第417話 山羊ママ

 衝撃の再会から誤解が解けるまでにはひと悶着あったが、姉妹の母親はどうにか俺がいかがわしい人買いの類ではなく、立派な紳士で二人の正式な主人であると納得してくれたのだった。


「しかしまあ、よりにもよって二人揃って紳士様の従者になっちまうとはねえ……」


 宿に戻って一息つきながら、互いの近況を交換した上での、山羊ママの一言がこれだった。

 まあ、母親としては娘の将来が一番気にかかるところなのだろう。

 俺は自分の頼りなさをよくわきまえてるので、格好つけずに精一杯頑張る所存ですなどと言っておいた。

 その誠実さが通じたのかどうかはわからないが、特に二人が従者になったことについて、反対などはされなかったのだった。

 もっとも、ずっと南方を旅していた両親の耳には、桃園の紳士様の噂はほとんど入ってなかったらしいので、娘を信用してるのだろう。


「まあ、二人が自分で選んだ相手だ、ケチを付けるつもりはないさ。それにこうしてわざわざ海を渡って探しに来てくれる甲斐性もあるんだからね、どうか幸せにしてやっとくれよ」


 というわけで、そちらは丸く収まったのだが、収まってないのは両親の状況だ。


「どうも厄介な輩に追われてねえ、しばらく身を隠してたんだが……。以前雇った案内人、こいつも敵方のスパイだったんだけど、それが娘たちに手紙を出してつなぎをつけようとしているって話を耳にしてね。私に似て無鉄砲だから、万が一海を渡ってここまできちゃ事だとおもって、変装してここで網を張ってたら、案の定、こうだからね」


 まあ、こっちも胡散臭い格好をしてたからな。


「ま、そっちは誤解ですんだからいいようなもんの、私もちょっと派手に顔を晒しちまったから、面倒なことになるかもねえ。旦那さんは、腕っぷしの方は大丈夫かい?」


 といぶかしそうな顔の山羊ママ。

 まあ、頼りなさそうな見た目だからな。


「俺自身は見た目以上の青瓢箪だが、自慢の従者たちは歴戦のツワモノ揃いでね。まず安心してもらって大丈夫だと思う」


 ぶっちゃけ、宇宙人でも攻めてこない限りは負ける気がしないが、今目の前にいる双子姉妹の姉の方は宇宙人だからな、何が来るかは油断できない。


「そうみたいだね。もっとも、手紙がついたのがつい先日なら、相手ももう少し時間を見ていたかもしれない」


 本来なら手紙であれ人であれ、片道一月近くはかかる距離なので、まさか手紙がついて即やってくるとは予想していないだろうという話だ。


「となると、うちの亭主と早々に落ち合いたいところだが……」


 父親の方は、別行動で、少し内陸の街にある隠れ家に潜んでいるらしい。

 別行動なのはリスクを分散するためだそうだが、互いに自信もあるのだろう。

 俺なんてさっきは腕を掴まれただけで、身動きできなかったからな。


「所在地がわかれば、連絡を取るのは簡単だと思う。ちょっとやってみようか」


 スポックロンを呼ぶと、すでに支度を終えていた。


「ラクトンの町は予定経路の一つでしたので、すでにクロックロンを配置済みです。カードン氏の潜伏先を指示していただければ、すぐに連絡が可能です」


 そう言ってブワッと空中に町の立体地図が表示された。


「なんの魔法だいこりゃ、へえ、精霊さんと同じ遺跡の技術? そいつを自在に扱えるんだって? そりゃあすごい、二人共、いい男を見つけたねえ」


 などと年甲斐もなくはしゃぐ山羊ママ。

 そういえば、母親の名はペシムル、父親はカードンという。

 多少の驚きはあったものの、滞りなく父親とも無線で連絡が付き、後日落ち合うことになった。

 今すぐ行かないのは、ママ曰く、ここでもう少し調べたいことがあるからだそうだ。


「件の天に通じる塔ってのがあるのは、ここから南にざっと千キロほど行ったところの密林の奥ってことでね、まあ当初は眉唾ものだったんだけど、なにやら塔の秘密を守る結社があるらしくてね、そいつらに命を狙われだしたもんだから、逆に情報の信憑性も上がったんだよ」


 そう言って、なにやら古地図を取り出す。

 地図に添えて俺にも読めない文字もあって、いかにもそれっぽい。


「この文字が見たことのないやつでねえ、おそらくは暗号になってると思うんだが……」


 それを一瞥したスポックロンは、


「私のデータベースにもない文字ですね。人工的な暗号のたぐいでしょうが、言語の体をなしているように見えますので、強度はさほど高くないかもしれません。解析を試みますので少々お時間を」


 と引っ込んだ。


「そいつが解けると助かるね。あとは裏切った案内人をとっ捕まえて、相手がなにを考えてんのかを聞き出したいところだねえ。」


 悪そうな顔をする母親に気がついた妹のカシムルが慌てて、


「ちょっとおかあちゃん、あんまり物騒なことしないでよ、ご主人様の名に傷がついちゃう」

「あんたこそ従者になっておかあちゃんもないんじゃないかい、もっとビシッとしなよ、私の娘だろう」


 などと悪びれない。

 さすがは世界を股にかけるトレジャーハンター、いい性格だな。

 そうこうするうちに、エレンがやってきた。

 一人なので、他のカリスミュウル組はまだ町にいるのだろう。


「二人のお袋さんはみつかったんだって?」

「まあね、オヤジさんの方にも連絡はついたよ」

「そりゃあなにより、ってことは、用事はもう、済んだんじゃないのかい?」

「それもそうだな。いやいや、せっかく来たんだから、どうせなら例の塔とやらも見てみたいじゃねえか。まだ時間はある」

「そういうと思った。そこで例の案内人だけど、足取りはつかめたよ。どうやらこの街の近くにアジトがあるみたいだねえ」

「さすがだな、それで正体はわかったのか?」

「うーん、この辺の盗賊ギルドは都合のいいことに灰色のシマでね、融通を利かせてもらったんだけど……」


 一旦言葉を切って、出てきた酒を一口飲んでから、


「よくわからないけど、カルトのたぐいだろうねえ」

「カルト?」

「精霊教会以外の宗教のことさ、南方には多いからね。黒竜会とやらだって、そうしたものの一つだったんだし」

「ふうん」

「その遺跡を守ることを教義にしてるっぽいんだけど」

「やばい連中なのか?」

「それが、今まではずっと森に篭もってひたすら念仏を唱えてるような輩だったんだけど、ここに来て急に活動的になったとかどうとか」

「めんどくさそうだな」

「そうだねえ、嫌な予感がするから、手を出さないほうがいいと思うけど」


 いつもの俺なら、さっさと引き返すところだろうが、パシュムル姉妹の母親にいい格好をしてみせるという男らしい義務もあるようなないような……。


「ま、今日のところはおとなしくしときなよ」


 そう言ってエレンはひっそりと宿を出ていった。

 さて、どうしたものかと思ったが、当のペシムルかーちゃんは、フューエルらと飲み始めていた。


「こりゃあまた、貴族のお嬢様の酌で酒がいただける日が来るなんて、いい娘を持ったもんだねえ」


 などと調子のいいことを言っている。

 フューエルも祖母譲りの庶民派なうえに、身内には甘いからな。

 接待は任せて、俺はスポックロンに状況を聞きに行く。

 広いテラスの一角に、ガラス張りのコンテナハウスみたいなものを勝手に設置して、そこでふんぞり返って情報収集にあたっていた。


「どうだ、スポックロン。なにかわかったか?」

「ええ、まあ色々と。例えば先程の暗号ですが……、おや、クロックロン404号から緊急通報が」

「ん、どうした」

「少々お待ち下さい……、なにやら面白いことになっていますね。現地に向かいながら説明しましょうか」


 いやらしい笑いを浮かべるスポックロンに、嫌な予感で胸を一杯にしながら、急いで宿を出発するのだった。

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