第416話 南へ

「デール大陸といってもー、こちらの北方大陸と同様に広いものでしてー」


 突然の南方行きということで、あちらに詳しいデュースのレクチャを受けていた。


「今回行くアピア地方というのもー、密林の大国デルンジャ、南海の覇者カジマ、エットの故郷ペイカントや山岳の小国トリカントなどー、多くの国がありますねー」


 とヨレヨレの紙の地図を示しながら解説を続ける。


「今回訪れるデルンジャですがー、大半はジャングルに覆われた未開の国でー、私も海岸沿いの街には滞在したことがありますがー、内地には入ったことがないですねー。フリージャの故郷のコーヒー農園もー、この一部になるはずですねー」

「ほほう、じゃあ彼女も呼んできて協力を、いやまあ、あとでもいいか」

「そうですねー、船旅で片道一月かけるのならともかくー、飛行機なら三時間程度とのことですしー、なにか困ってからでも遅くはないかとー」


 ついでスポックロンが、


「初動で高高度飛行ができませんので、三時間程度はかかってしまいますね。詳細は出発後にお話しますが、まずはこちらの最新の地図をご覧ください」


 と今度は映像で映し出される。


「デルンジャ国の領土は約六百万平方キロ、うち八割が密林です。地球でいえば、アマゾンのジャングルと同程度でしょうか。中でも興味深いのはこの最奥部の一帯です」


 そう言ってなにもないジャングルの一部をズームする。


「巧妙にカモフラージュされていますが、この映像は偽装ですね。ファーマクロンと同様のシステムで覆い隠されているようです」

「ほほう、じゃあなにか現役のノードが?」

「その可能性は高いですね、そしてこのあたりにデルンジャの首都ラジアージャがあるようです。スコールと猛獣に守られた神秘の都、などと現地では称されているようですが、なんらかの仕組みがあるのかと」

「遺跡を利用した高度な国家が現存してると?」

「あるいは、ファーマクロンのように現地の文明圏とは断絶したまま、施設だけ維持している可能性もありますね。いかんせん、こちらからの呼びかけに応答しないので、相当な偏屈者のノードだと思われます」


 偏屈じゃないノードがいるならお目にかかってみたいものだが、満面の笑顔でツッコミ待ちのスポックロンに誰も突っ込まないまま続く沈黙を打ち破るように、アンがやってきた。

 どうやら支度が整ったらしい。


「では、私ども待機組の方は街に二日滞在したあと、三、四日かけて第三の塔に移動、その後一日かけて設営しますので、約一週間の猶予ということになります」


 とアン。

 試練の途中に紳士がいなくなって下手に騒がれても困るので、なるべくばれないようにこっそり行ってこっそり帰ってくる計画だ。

 今のうちのテクノロジーで一週間全力で探せば、足取りぐらいはつかめるだろうと思う。

 代わりにカリスミュウルに留守番してもらおうと思ったのだが、


「デール大陸には行ったことがないのだ、行かぬ訳がないだろう。どのみち貴様抜きで試練を始めてもしかたあるまい」


 というし、フューエルも同じ意見のようだ。

 エディは今も仕事で外しているが、余裕ができたら追いかけると言っていた。

 細かいことは後で決めることにして、さっさと出発することにした。

 メンバーは、当事者の山羊娘姉妹の他に、忙しい騎士組を除いた戦闘組の半数と、フューエルやカリスミュウルとそのお供、そしてエンテルやレアリーらだ。

 あとは弟子だから当然だとついてきたガーレイオンもいるし、すっかりなかよしのフルンたちも一緒だ。

 多いな。


 時刻は深夜。

 この時間だと流石に街の喧騒も収まっており、ひっそりと隠れるようにリッツベルン号に乗り込んで島を出ると、一路南に向かう。

 道中、改めてパシュムルたちに話を聞くが、当人もよくわからないらしい。

 手紙を手にカシムルが言うには、


「前回手紙が届いたのが三ヶ月ほど前で、南方で塔の遺跡の情報を得たから、ジャングルを抜けて調査に行くってあったんです。でも詳しい場所とかは書いてなくて。もし手紙が同業者とかに見られて、大事なお宝の情報が漏れたら困るから、いつもざっくりとしたことしか書いてないんです。あとは非常用の家族だけの暗号とかもあるんだけど、そういうのも特には……」


 それだとジャングルを抜けるというのも怪しいかもしれないな。


「こういうことは、今までにもあったのか?」

「音信不通になることはしょっちゅうだから、普段はあまり心配ないんだけど、でもこんな手紙が来たのは初めてだから」

「それで、手紙の差出人には心当たりはないのか」

「よく見たらビオムってサインがあったので、この名前は前回の手紙にもあったし、やっぱり現地で雇った案内人じゃないかと思う」

「じゃあ、まずはあちらについたらその案内人とコンタクトを取るところからはじめるか」


 俺たちの最初の目的地はテルソーという小さな港町だ。

 姉妹の両親は、ここを拠点にデルンジャ国を縦断する大河を船で南下し、目的地の塔を目指す予定だったらしい。

 手紙の差出人も、そのテルソーから手紙を出したようだ。


 あっという間に目的地の周辺にたどり着く。

 時差は三時間程度で、時差ボケの心配は無いだろう。

 夜明け前の街道沿いに船をおろし、旅商人の風体で馬車を仕立てる。

 馬車で軽く仮眠を取り、夜明けとともに出発だ。

 人数が多いので、ひとまず俺とカリスミュウルのチームに分かれて、別行動を取ることにした。

 俺の方は大店のドラ息子が、商売修行と称して綺麗どころを連れての物見遊山、という設定だ。

 カリスミュウルは冒険者スタイルでいくようだが、まあなんか適当にやるんだろう、ああみえて旅慣れてるしな。


 無駄に立派な馬車二台でのんびり町に入る。

 そこそこ大きな町なので特に目立ってはいないが、せっかくなので派手に行こう。

 小高い丘にある町一番の大きな宿に乗り付けて、大金を積んで一番いい部屋を取る。

 目的は伝手のない町で、金目当てに寄ってくる輩とつながりを持つためだ。

 逆にカリスミュウルの方は、地味に進める作戦になっている。

 別々のグループが同じ探検家夫婦を探しているとなれば、友好的にせよ敵対的にせよ、なにか知ってるやつがアピールしてくるだろうという算段だ。


 でまあ、そういう計画はそれとして、一番いい宿というだけあって、部屋につながっている立派なプライベート・テラスは海のように広い大河を見下ろす特等席だ。

 ここはもう南半球らしいが、熱帯なので結構暑い。

 ウェルカムドリンクがわりに出てきた酒は、コーヒー豆をつけた冷たいリキュールだった。

 コーヒー好きの癖に、こう言うのを作るのは思いつかなかったな、不覚だ。

 挨拶に来た支配人に、やぁやぁここはいい土地だねえ、しばらくのんびりしたいものだ、などと調子のいいことを言っておいたら、満足そうにうなずいていた。

 アレはいいカモが来たと思ってる顔だな。

 豪華なランチを終えて、のんびりしていると、姉のパシュムルが、心配を隠しきれない顔でやってきた。


「ご主人様、なにかわかった?」

「うーん、そろそろ情報が入るはずだが……」


 俺がのんびりしている間に、カリスミュウル組のエレンやデュースが酒場やそれっぽいところを回って、件のビオムという案内人の情報を集めているのだ。

 そちらからの連絡がそろそろ入るはずだが、まだっぽいな。

 こう言う場合は、じっと待つのが上策だが、じっとしているのも耐えられないだろう。


「二人を連れて、少し町を回ってきたらどうです?」


 見かねたフューエルの提案に乗って、散歩することにした。

 二人に高くてケバそうなドレスを着せて街に繰り出す。


「ちょっと派手すぎない?」


 照れくさそうなのは姉のパシュムルで、逆に普段真面目な妹のカシムルのほうが気に入ったようだ。


「そうかしら? 似合ってると思うけど。私も一度ぐらい、こう言うの着てみたかったの。こんな状況じゃなければ、踊り出したいぐらいよ。ほら、こんなにフリルもいっぱいついてるのに生地が軽くて」


 そう言ってクルッと回ってみせる。

 暑い土地だけあって、午後のこの時間、街は閑散としている。

 人足も旅人も、そして土地のものもみな、涼しいところで休んでいるらしい。

 俺たちも川沿いの手頃な店に入ってみた。

 どうやらちょっとお高い酒場に、カジノなんかが併設されてる店のようだ。

 俺みたいにネーチャンを侍らせたおっさんなどがいる。

 たぶん、第三者目線だと、あれと同じに見えてるんだろう。

 せっかくなので、積極的にやろう。

 これみよがしに札束を積んでチップに交換し、ルーレット風のテーブルに付く。

 最初のうちは、神妙な顔で俺の隣に控えていたパシュムル、カシムルの姉妹も、生来の山師の性格が出てきたのか、調子に乗ってどんどん賭け始めた。

 結果的に随分とすってしまったが、二人の機嫌が多少戻ったので良しとしよう。


「あー、随分負けちゃったわね」


 という姉に、


「なんだか幸先悪いかも……」


 と落ち込む妹。


「まあ、ここで憑き物を落としたと思えば……」


 そう言いかけたところで、港の方が何やら騒がしいことに気がつく。

 ブラブラと見学に行くと、どうやら船が着いたようだ。

 なんか見覚えのある船だなあ、と近づいていくと、突然フードを目深にかぶった人物に体当りされる。

 おっとよろめいた瞬間、相手は俺の腕を掴み、首元にキラリと光る物を押し当ててきた。


「動くんじゃないよ」


 ドスの利いた声の主は、中年の女だろうか。


「かわいそうに、そんなケバケバしい格好で連れ回されて。二人共、もう大丈夫だよ」


 そう言ってフードを取った人物を見た二人の姉妹は、同時にこう叫んだ。


「おかあちゃん!」

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