第415話 インターバル二回目

 ぽわぽわと白いモヤが漂ういつものアレをぼんやり眺めていると、いつもと違う景色が見えてきた。

 幾何学的な、三角や丸といった図形が無数に飛び交い、かと思うとネオンのように輝く一辺が破線になって、その一つ一つの塊が巨大な構造物に膨れ上がる。

 そしてその壁面にはまた別の図形が描かれているという塩梅だ。

 目まぐるしく変わる景色に気持ちが悪くなって目を閉じると、今度は無数の文字が音となって頭に飛び込んできた。

 なんだかここはたまらんな。

 うんざりしてもう一度目を開けると、巨大な嵐のような文字の塊がうねりながらやってきて、マシンガンのように文字を撒き散らす。


「ぎゃぼっ」


 とさけんでひっくり返ると、可愛くも間の抜けた声が響いた。


「ちゃんと見てないから見えないの、このスカポンタン」


 むろん、声の主はパルクールだ。

 そう認識するとたちまち文字の嵐が収まり、パルクールの姿が見えるようになった。


「そうはいっても、一方的に押し付けられるとな」

「押しつけは世のつね、つけものはつぼづけ、カルビたべたい!」

「俺も食べたいな、どうにかしてくれよ」

「そうなー、でもここはお肉とかないからなー」

「ないのか」

「ここはー、色んなものがぐちゃぐちゃのどろどろのスープになってるところ」

「ほほう」

「こうしてぐちゃぐちゃの揺らぎのスキを見つけて、ちょんとつまむとあら不思議、だいばくはつー!」


 世界が吹っ飛びそうな大音響と大閃光ともに、気がつけばあたりは真っ白い光りに包まれていた。


「なんということでしょう、宇宙が生まれました」

「生まれたか」

「あとはー、おいしい牛が生まれそうないい感じにこねくり回してー、あ、失敗」


 たちまち光は霧散し、跡にはなにもない真空の世界が広がっていた。


「肉を作るのは難しい。根性がいる。根性を培うには肉を食うしか無い。肉が先か、根性が先か。トゥービーフ、オアノットトゥビーフ」

「そりゃ問題だな」

「肉が先だと、肉の宇宙になる。じゃあ、根性が先だと何になるでしょう?」

「なにって、根性の宇宙じゃないのか?」

「ぶーっ、正解!」

「どっちだよ」


 俺のツッコミには答えずに、いつの間にか色鮮やかな肉に囲まれた宇宙の中を、パルクールは自在に飛び回る。


「肉のある世界はきれいだなー、根性の世界は寂しいからなー」


 パルクールと一緒に肉が泳ぐ。

 正直、だいぶ珍妙な光景だ。

 巨大なエイのように泳ぐステーキ肉の赤身と白身のコントラストがエグい。


「赤身と白身がおおきくなるとー、マグロと鯛になる」

「なるのか」

「大トロおいしい」

「うまいな」

「トロトロのスープが光になってー、あくをとったら宇宙ははれあがる、あざやかな宇宙!」

「そうかな」

「宇宙はきれいー、こういうのをねー、見たかったんだよ」

「誰が?」

「それはもちろん……」


 答えを拒むように世界が暗転したかと思うと、何かの音で目を覚ました。




 どうも打ち上げで深酒したようで胸焼けしそうな夢を見た気がするが、重い頭を抱えるように起き上がると、時刻は夜の三時頃だった。

 大きな音ではないが、どこからか人の騒ぐような音が響いてくる。

 敵襲のたぐいなら誰か起こしに来るだろうし、一緒に寝ていたフューエルたちも誰も目を覚まさない程度の僅かな音だ。

 確認しようと廊下に出るが、騒音の元は建物の反対側のようだ。

 たしか廊下の隅に屋上に出る階段があったはずなのでそこから上に出ると展望台になっており、外と中庭が同時に見下ろせた。

 少し離れた場所にある騎士団の宿営地が明るい。

 そういや夜中に叩き起こして移動させるとか言ってたな。

 室内だと防音がしっかりしていたようで、外に出ると結構やかましい。

 中庭のテントで寝ていたフルンたちも起き出してきたようだ。

 俺に気がついて声をかけてきた。


「ご主人さま、あれなんの音? そこからみえる?」

「おう、見えてるぞ、ちょっと上がってこいよ」

「うん!」


 元気よく返事をしたかと思うと、みんなして廊下の外壁をよじ登りだす。

 わんぱくだなあ。


「うわ、騎士の人、みんな起きてる。何かあったの?」


 そういったのは驚いた顔のエットだ。


「うん、夜中に叩き起こされて、進軍の練習をするらしいぞ」

「すごい、大変そう」

「大変だろうなあ、みんなの安全を守るために頑張ってるんだ、頭が下がるよな」

「うん。故郷の兵隊は、威張るばかりで嫌いだったけど、こっちの騎士の人はみんなちゃんとしてて、すごい」

「軍隊が頼もしい国は、色んな所がちゃんとしてるんだよ」

「ふうん」


 しばらく眺めていたが、眠気を催してきたようだ。


「夜はまだ寒いから、風邪引かないようにしろよ」


 といいおいて、再び布団に戻るのだった。




 翌日、丸一日掛けてグリエンドに戻ると『桃園の紳士様の快進撃』みたいな見出しの新聞が配られたりしてて、件の紳士様はなかなか好評らしい。

 俺のことだけど。

 そうは言っても結局ラクサの町おこしは何もできなかったんだけどなあ、とぼやくと、カリスミュウルがめんどくさそうな声で、


「また増長しておるな。そもそも貴様が町おこしなどといい出したのは、パシュムル姉妹をナンパする手段であったのだろうが」

「そりゃあそうなんだけど」

「無事に二人を手に入れた上に、当人たちも町の住民も別に町おこしにそこまで必死でない以上、貴様がこれ以上手を出す必要はない、そうであろうが」

「そりゃまあ、そうだな」

「手段と目的を取り違えるなど愚の骨頂。そんな暇があったら、姉妹を連れて街でデートでもしてくるのだな」


 カリスミュウルの言うとおりで、頼もしい嫁がいると安泰だなあ、というわけで、さっさと神殿の用事を済ませて遊びに行くことにした。

 神殿には真っ白いスーツを着て派手な馬車に乗ってあえて大衆にサービスしながら移動して、その後街に出る時は目一杯貧相な格好を決めることで人目を忍ぶ。

 地元民のパシュムル、カシムル姉妹の案内で、グリエンドの旨い店を食べ歩く。


「と言ってもうちも貧乏だったから、豪華なお店は知らないんだけど」


 姉のパシュムルはそう言って悪びれない。


「俺だって根は庶民だからな。まあ高い酒が嫌いなわけではないが……」


 などといいながらあちこちはしごしたり、出稼ぎに来ている姉妹の友人などの屋台に顔を出したりして、キャッキャウフフと楽しんでいたのだが、帰りしな、友人の山羊娘がでかい乳を揺らしながら追いかけてきた。


「よかった、二人共まだいた!」


 息せき切って駆け寄った娘が手にした手紙を二人に手渡す。


「港に今日の、郵便を受け取りに、行ったら、ぜぇはぁ」

「ちょっと落ち着いて、どうしたのよ」

「ふ、二人宛ての手紙が、ご両親の、緊急って、ハァハァ、よくわかんないけど、い、急いで渡したほうがいいって」

「え、なになに!?」


 慌てて封を切って手紙を読んだ二人の顔色がさっと青ざめる。


「どうしようご主人様。うちの両親が行方不明だって」

「行方不明? ってじゃあその手紙は」

「わからない、向こうの案内人だと思うけど、ど、どうしよう」

「どうしようって」


 そりゃ、行ってみるしか無いだろうが……一体何事だ?

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