第413話 第二の試練 その十一

 塔の最上階は格子状に柱が点在する以外はなにもない広間のようなスペースで、足元には大量の落とし穴が開いている。

 集合体恐怖症とかだとつらそうな光景だ。


「これですべての通路を網羅したわけか。だが何も起こらぬようだな」


 床は格子状にポコポコ穴が開いてるので端によって下を覗き込むカリスミュウル


「ハズレだったかな?」

「さて、ここからもう一段階、なんらかの行動が必要だという可能性もあるが……。先の謎掛けを今一度確認するか」


 ということで印刷しておいた紙を取り出して改めて読み返す。

 こう言うときは紙も便利なんだよな。


 ――すべてを終えてしまえば、変化は失われる。

 ――失うことを変化と呼ぶのは欺瞞である。

 ――生み出すものと共に歩めば、変化を感じ取れるだろう。

 ――時が移ろえば万物は流転する、であるならば、世界が変われば時が生じる。

 ――時の流れの中にこそ、真実の匣はある。


「うーん、なんもわからん」


 二人で悩んでいるとスポックロンがひょいと顔を出す。


「センサーで検知できない範囲に取りこぼしがあるかもしれません。クロックロンを追加投入して……」


 とそこまで言ったところで、脳内に響く声がした。


(我が試練を乗り越えし英雄よ、汝に印を授けん)


 前回もクリアした時に聞こえた声だ。

 ってことはクリアしたのかな?

 と周りを見渡すが、どこにも金ピカの立方体は出現していない。

 あれを判子として押して初めて試練達成なわけだが。


「おかしいですね、あるいは最下層などにあるのかもしれません」

「そうなあ」


 いつもどおり最上階にクリアアイテムが出るだろうと予想して、地下を先に網羅してからこっちに来たんだよな。


「じゃあ、ちょっくらクロックロンを呼んでくるわ」


 と内なる館に入ると、妖精たちがいつになく騒いでいる。

 近くで作業していたミラーに尋ねると、ついさっき光るものが現れて、妖精たちが騒ぎ出したらしい。

 ピンときて妖精の群がる真っ只中に突っ込んでいくと、集団の中心にキラキラと光る金色の印、すなわちボックスとやらが浮いていた。


「ボスー、へんなのでたー」

「ちいさくておおきい、パルクールみたい」

「パルクールのほうがでかいー」

「食べていいかな?」

「食べるー」


 などと騒ぐ妖精たちをかき分けてボックスをゲットする。

 ちょうど二つあったので、俺とカリスミュウルの分かな。


「あー、ボスそれ食べる?」

「食べないよ、お前たちはこっちを食っとけ」


 ポケットに入っていた飴玉をいくつか放り投げるとぱっとそちらに群がっていった。

 そのスキを突いて内なる館から外に出る。


「おう、見つかったぞ、なんか中にあったわ」


 そう言って片方をカリスミュウルに手渡す。


「どういう理屈だ、あの謎掛けをどう読み解けばそういう結果になるのだ」


 と憤慨するカリスミュウル。

 まあ気持ちはわかる、ぶっちゃけクソゲーの範疇ではなかろうか。

 ボックスが見つかったと聞いて、ちょっと離れたところで穴を飛び越えたりして遊んでいたガーレイオンもやってきた。


「師匠、みつかったの? 僕のは?」

「お前のは、お前の内なる館にあるんじゃないか?」

「なにそれ!?」

「なにってこう、自分の中にある、なんか館っていうかそういうやつだ」

「ないよ! あるの? 知らない!」

「あー、俺も最近まで知らなかったからな。なんかこう、紳士の印みたいな宝石があるだろう、それもないか?」

「あ、それはある。爺ちゃんが母ちゃんの形見だって小さい頃にくれた。なんかなくしても勝手に戻ってくるすごいやつ!」

「そいつを握りしめてな、中に入ろうと念じるんだ」

「やってみる!」


 襟元から取り出したペンダントには、少し小ぶりだが、青い宝石がついていた。

 俺やカリスミュウルは赤いんだけど、なにか違うのかな?


「えーと、入る!」


 そう行って声に出してガーレイオンが念じた瞬間、そばにいた俺達も吸い込まれてしまった。


 わずかばかり意識が飛んでいた気がするが、気がつくと薄暗い空洞にいた。

 暗くてよく見えないが、どうやら周りには灰色の壁があるようだ。

 隣りにいて呆けていたカリスミュウルに声をかけると、ピクッと身震いして我に返る。


「おう、大丈夫か?」

「む、なんだ、ちょっと我を忘れていた気がするが……ここがあの子の内なる館か」

「みたいだな」

「灰色の壁の質感などは私のものと同じようだな。これも叩き壊せば貴様の中につながっていたりするのではないか?」


 そう言って壁をゴンゴン殴るが、壊れそうな気配はない。


「それで、ガーレイオンはどうした?」

「そういやいないな」


 周りには俺とカリスミュウしか見当たらなかった。

 装備品はそのままだったので、手持ちのランプで照らして改めて周りを見る。

 直径にして十メートルは無いと思うが、かなり大きな土管の中みたいな空間だった。

 前後の道は果てが見えず、どこまでも続いているように見える。


「広さはなかなかのようだが、なにもないな。私の中は狭いとはいえ、土の大地と建物ぐらいはあったのだが」

「それはお前の祖先が持ち込んで作ったもんじゃないのか?」

「そうかも知れぬが、貴様の中も、大地や水などがあるではないか。これでは鉄の層の遺跡のように殺風景だぞ」

「たしかに、しかしどこまで続くのかな」


 前方の闇を照らしてみるが、何も見えない。


「とりあえず、ガーレイオンを探したいところだが、どっちに行けばいいのかな?」

「どちらでも同じですよ」


 急に足元から声が響いて驚いたが、双子女神のストームとセプテンバーグが立っていた。


「おまえたち、いつからいたんだ?」

「いつも付き従うから従者なのでしょう」

「そりゃもっともだ」

「カリスミュウルのものとはトポロジーが違うようですわ。ここは無限遠チューブのようです」

「ふむ、よくわからんが、それよりもガーレイオンはどこにいるかわかるか?」

「ここにいますよ。その代わり、ここにご主人様はいませんが」

「うん?」


 また頓珍漢なことを言ってるなと思って二人を見ると、二人の幼女の姿がぼんやりと重なって一人になっている。


「面白い芸だな」

「私がご主人様のところにいて、私がガーレイオンのところにいます。現在重ね合わせの状態にあるので、収縮させれば互いの位置が確定しますよ」

「難しいことを言うなあ」

「ではご主人様にもわかるようにしてみましょう。さて、私はどちらでしょう?」


 そういった幼女は、顔は同じなんだけど、髪の毛の色だけがグレーがかってどちらとも言えない。

 髪の色以外で区別がつかんからなあ。

 しかしここで外してしまうと、沽券に関わるので頑張りたい。


「うーん、ストーム!」


 俺が答えると同時に、目の前の幼女の髪の色がすっと黒色に染まっていく。


「正解ですわ、さすがはご主人様」


 そう言って満足気にうなずくと、通路の片側を指差す。


「***はあちらに……、おっと検閲が」

「何だ検閲って」

「検閲とは、検閲ですわ。それよりもほら、行きますよ」


 強引な幼女に手を引かれ、大きめの土管の中を進む。

 しばらくすると空洞の向こうから、ガーレイオンのにぎやかな声が聞こえてきた。


「あ、師匠いた、ししょー」


 俺に気がついて満面の笑みを浮かべ、ドタドタと駆け寄ってくるガーレイオン。

 弟子ってのもかわいいもんだなあ。


「師匠、ここなに? 僕が作ったの、これ」

「そういう感じのものらしいぞ、紳士はだいたいこう言うのを持ってるそうだ」

「ふうん、師匠もこんなへんなやつ? ここすごい変」

「そうなあ、俺の中のは、もうちょっと緑が溢れてていい景色だな」

「すごい! 僕もそういうのが良かった」

「まあ、今度連れてくよ。それより見つかったか?」

「うん、ほら!」


 握りしめた手を開くと、中にキラキラと煌く黄金の印鑑が輝いていた。

 これも結構謎アイテムだよな。

 どう考えても判子にするようなもんじゃないと思うんだけど、後で別の使いみちでも出てくるのかなあ。

 幼女コンビがなにか知っているのではと思って質問しようとすると、姿が見えない。

 カリスミュウルの話では、ついさっきすっと消えたそうだ。


「ああした行動を見ると、やはり女神様なのだという気がしてくるな」


 と、神妙な顔のカリスミュウル。


「まあ、細かい話はあとにして、まずは戻るか。宴会しないとな」


 するとガーレイオンが大喜びで、


「やった、宴会! フルンが言ってたけど、今朝すっごいたくさんお魚買ってきてたから、たぶんすごいごちそうになるって言ってた」

「そりゃ楽しみだ、急いで戻ろう」


 どうやらこの師弟は、不思議空間や不思議アイテムよりもごちそうの方が気になるようで、いそいそと灰色の土管から出ていったのだった。

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