第411話 第二の試練 その九

 子どもたちと遊び疲れて、ちょっと一休みしようかと馬車スペースに移動すると、見慣れない馬車にスポックロンが陣取っていた。

 中はツルッとしたなにかの装置っぽいものがみっしりと詰まっている。


「おやご主人さま、マシンルームで逢引をご所望ですか」

「それはそれでそそる気もするが、なにやってるんだ?」

「例のアヌマールを追跡する装置をセットアップしておりました。ここで今まで集めたデータを抽出して処理することで、いい塩梅に敵を捕捉できる予定です。本体までは少々遠くてラグがありますので」

「よくわからんが頑張れ。襲撃が早めに検知できそうなら、試練も捗るだろ」

「あちらもどうにかしなければなりませんね。メンバーを減らして探索を続けますか。カリスミュウル様と交代で、一日一フロアでも攻略しておくと、あとが楽かと」

「そうなあ、二人をゲットしたし、ここの町にももう用はねえしさっさと終わらせたいな」

「もう少し公共の福祉に配慮した発言をなされたほうが良いのでは」

「俺もちょっとそう思った」

「正直で結構なことです。ところで先程デュースに依頼して、アヌマールに関するヒアリングをしたのですが、随分と特殊な魔物のようですね」

「そうなのか?」

「彼女もあくまで伝承だという前置き付きで話してくれましたが、あれはアヌマールという特定の種があるわけではなく、高度に魔術を高めた魔物が闇の衣という結界を纏うことでアヌマールと呼ばれる状態になる、と考えたほうが良さそうです。すなわち、今回のものは人間の女性、ないしそれに近い種がアヌマール化したと考えて良いでしょう」

「そんな話を聞いた気もするな。それでつまりどうなんだ?」

「ご主人様の本来の思惑通り、ナンパによる攻略可能な対象である可能性があるということですね」

「それは明るい話題だなあ。ナンパなら俺にも勝ち目があるよな」

「だとよろしいのですが、現在も痕跡は途絶えておりますが、逃げた方向の先には、東の街シーナや、第三、第四の塔などがあります。今後の進行状況によっては、再びかち合う可能性は高いですね」

「襲ってくる可能性についてはどうだ?」

「二度目の遭遇時、明らかにこちらの戦力に手が出ないといった様子が感じ取れました。手負いであることが原因かはわかりませんが、強引に攻めるだけの力は持ち合わせていないようです。よってスキさえ見せなければさほど問題はないかと」

「ふむ、しかし狙いはなんだろうな」

「ご主人様狙いの痴女だったのでは?」

「希望と予想はごっちゃにしないことにしてるんだ」

「まあ、そのような日和見的な」

「日和見は俺の終生の友だからな」

「そのようで。あの時アヌマールはそれをよこせと言っていました。あの状況で該当するのは、確保した宇宙船ベランストー号が第一の候補に上がるでしょう」

「ふむ、次点は?」

「パシュムル嬢も考えられますね。ローヌ星人の変身能力は稀有なものです」

「じゃあ、稀有だと知ってるってことか?」

「それはわかりません。ローヌ星人の価値を知るものであれば、私なども狙い目かもしれませんね。それ以外では、あの時の当家のメンバーに狙われるような人材がいるかと言われると、悩ましいですね。皆優秀な人材ではありますが、あのような非合法な手段で奪取して利益があるかと言われると……」

「そういえば、アルサ神殿大掃除のときのアヌマールはエームシャーラをさらったんだよな、彼女になにか秘密があるんだろうか?」

「彼女はコアと呼ばれるエルミクルムの体内結晶が平均より立派だという以外、他の人間と大きな違いはないと思われます」

「まあ、あの時はフューエルをかばってさらわれたんだっけか。フューエルだってそんな特殊な体じゃないよな?」

「そう思われます。むしろご主人様を襲おうとして外した、ぐらいの認識で良いのでは? 今回のアヌマールも割と雑に襲ってきているように感じられます」

「力は強くても、知恵はそうでもないってか。しかし魔術に長けてるんじゃないのか?」

「この世界の魔法は力技の暗記勝負なので、あまり知性は必要ないのでは?」

「なるほど、うちの魔導師連中が聞いたら怒りそうだな」

「おっとこれは失言だったようですね。むろんアヌマール化するトリガーに未知の要因がある可能性もあります。例えば遺伝とか、特殊なアイテムとか。それはそれとして、結局のところ、ご主人様が一番狙われそうなので用心してください」

「そうしよう」


 つまり俺としては、驚異の怪人にも通じる新しい次元のナンパスキルの習得が求められているということだな。

 すなわち修行だ。

 修行といえば滝かな。

 滝のように酒を流し込もう。


 山羊娘姉妹に酌でもしてもらおうかと思ったが、姉のパシュムルはエンテルたち考古学者組と発掘談義、妹のカシムルは台所で料理に勤しんでいた。

 しょうがないんで一人でカウンターに座る。

 食堂の壁面にはモニターがかかっていて、キャンプ地周辺の様子や、天気予報なんかが流されていた。

 今もキャンプの外では獣人部隊の十一小隊が、天幕を広げている。

 あそこに行って実地訓練でナンパスキルを磨くべきだろうか。

 でもエディがすぐつねるしな。

 誰でもいいから酒の相手を探していたら、ちょうどデュースが新人魔法マニアのペキュサートを連れて食堂にやってきた。


「おう、忙しくなかったら仲間に入れてくれよ」


 ナンパ修行中なので、軽薄なナンパ野郎のノリで声をかけると、


「あらー、アヌマールをナンパする算段はついたんですかー?」

「それはお前、相手の目を見てから考えるよ」

「さすがは一流のナンパ師ですねー」

「まあね、そっちは魔法探しか?」

「そんなところですよー。私もメジャーな呪文は網羅してるんですけどー、割と基本的な術でもー、派生の細かいものやー、媒介となる女神の違いでバリエーションが見つかったりしてー、勉強になりますねー」

「人間、いくつになっても初心忘るべからずだな」

「そうですねー。まあ使えない呪文も結構あるんですけどー、ネールの話では覚醒してると何でも使えると言ってたんですがー、これがなかなかー」


 すると端末に見入っていたペキュサートが、前髪をかきあげつつ、


「その覚醒っていうの、気になってる。呪文もいらないらしいし、でも呪文がないと、呪文が使えないから、そこのところはどうかと思うんだけど、属性の縛りも無いらしいし、あ、でも私は元々色々使えてたんだけど、だから、うーん、なんかすごそう、だし」

「まあ、すごいのはいいよな」

「そう、いい、と思う」


 デュースとペキュサートの二人は、ミラーがナビゲートする立体映像端末を使って、膨大な文献データベースをあれこれと漁っていた。

 俺もこう言うの使ってなんかやったほうがいいのではと思うんだけど、ナンパの役に立つかな。

 というか、俺のナンパって体が光ってなんぼの運任せなところが強いので、如何ともし難い。

 などとぼんやり考えていたら、アンが俺を呼びに来た。

 来客だというのだが、いぶかしそうな顔をしているので、誰が来たのかと尋ねると、


「それが、吉兆の星の通り名で知られる紳士コーレルペイト様がご主人様に面会を求めていらっしゃったのです」

「コーレルペイト?」


 だれだっけ?

 えーと確か、グリエンドの町でマッチョ君と飲んでる時にやってきたお節介の坊さん風紳士か。

 よかった、ちょっとだけでも覚えてた。


「いったい、どんな要件だ?」

「それが、通りがかったのでぜひご挨拶をと」

「ふむ」


 うなずいてから、自分のだらしない格好を見て、


「ちょっと着替えるか」

「そうしてください。奥でミラーが着替えを準備中です。フューエル奥様はちょっと飲みすぎていたので、とりあえず私がお供します」

「頼むよ」


 相手がおっさんなので特に慌てることなく支度して、接客用のコテージに客を出迎える。

 以前見かけたときと同様、地味なローブ姿で、お供の従者五人も同じく質素な格好をしている。

 だがホロアが一般にそうであるように、顔つきは美しく、体型もグラマラスだ。

 彼のお供が色っぽい従者だったので、こちらも負けじと綺麗どころを揃えて出迎える。


「おまたせしました。お初にお目にかかります、私がクリュウです」


 と挨拶すると、相手も慇懃に頭を下げる。


「急な訪問にも関わらず、面会をお許し頂き、感謝いたします」


 などと非常に奥ゆかしい。

 少し頬がコケているが肌の色艶はよく、健康に気を使っているのが見て取れる。


「これは故郷のものでして、お口に合えばよいのですが」


 そう言って手土産の酒などを持ってくるところも如才ない。


「これは何よりなものを」


 挨拶を交わす間に、簡易の酒席が整う。

 このあたりの手際はうちもなかなかのもので、あの王様にも引けを取らないんじゃないかなと思うが、実際のところはどうかわからん。

 互いにテーブルについて乾杯などして、雑談など交わす。

 はじめは試練のことや、世情の話題。

 聞けば彼は見た目だけでなく、本当に僧侶らしい。

 紳士の身分を隠し、行脚して困った人を助けて回っていたのだとか。

 だが貧相な托鉢僧の身でできる人助けなんてものはたかが知れており、紳士の名誉が世のため人のために役立てられるのであればと一念発起して、試練にやってきたのだという。

 どうも彼は俺が同類だと思ってるようで、話を合わせるのに苦労したが、話題がラクサの町に触れたところで、こんな事を言いだした。


「じつは、少し前に夢に女神のお告げがありまして」

「ほう」

「クリュウ殿も夢見をなさると聞いておりますが」


 俺の噂もだだ漏れだな、と思わなくもないが、顔には出さずにさらりと流す。


「何度かお告げを受けて、従者の窮地を救ったこともありますよ」

「それは何より。私が受けた此度のお告げはラクサの町に宝が出る、というものでした」

「宝? 噂にある白象の隠し資産の類ですか?」

「いえ、そうしたものではないでしょう。聞けばラクサの町は主力となる経済の基盤がなく、困窮しているとか。私もクリュウ殿同様、ささやかながら救いを求める人々に手を差し伸べてまいりました。それと同じことがここでもできるのではないか、と考えているのです」

「それはご立派なお考えです。私もこの度、ラクサの住人を従者にする機会に恵まれたものですから、ぜひとも僅かなりと、この町に貢献しておきたいと考えていたところです」

「そうでしたか。その夢の内容というのが、いささか変わったもので、尽きることのない水が山肌よりわきいでるのです」

「ふむ、とはいえ御存知の通り、このラクサの町は、南の湿原の水源であり、今も豊富な水量を誇っておりますね」

「さよう、今更その水がなんの救いになるのかはわからぬのですが、夢において宝が出た、これぞ吉兆である、と。私も御大層な二つ名を頂いておるようですが、真に困窮した人々の前に立ち女神に祈ると、そうした奇跡が起こることが何度がありました。あるいは此度も、と思うのですが、すでに湧いている水を財にかえる力は持っておりませぬ。私は紳士の血を引いてはいるものの、辺境の寒村に生まれ、念仏の唱え方を除けば世事に疎く、商才なども持ち合わせてはおりませぬ。たとえ何らかの宝を見つけたとしても、それを活かすことはできぬでしょう。ですがクリュウ殿はそれを何倍にも活かすすべをお持ちと伺っております。このお告げは、貴方こそ民のために活かすことができるのではないでしょうか」


 会談はそこで終わった。

 まあ、ざっくりまとめるとなんか夢のお告げがあったけどよくわからんので丸投げしたろ、といったところか。

 俺としても、鉱山開発がダメっぽいので代替案が欲しかったところだ。

 うまく活かしてやりたいところだな。

 しかし、水で金儲けかあ、そういや前に水を売るなんて話をしてたけど、あれってうまくいってるんだろうか。

 というわけで、うちのブレーンを集めて相談する。

 最初に口を開いたのは大商人のメイフルだ。


「水でっか? そりゃあようさんありますけどな」

「なんか金になりそうな水はないのか?」

「ちゅうても普通の水でっしゃろ。付加価値をつけるちゅーんは、水の乏しいところとか、うまい水に金を出す連中のところに持ってくことで生まれるわけで、ここやとどうですやろな」

「弱そうだよな。他に水といえば……酒造りとかかなあ」

「そういうのは急にできるもんちゃいまっしゃろ。そもそも、山の北側とかに立派な醸造所とかがあるらしいでっせ。ネアル神殿の修道院が作るエールも有名ですしな」

「ふぬ。じゃあ……誰か素晴らしい意見のある人」


 そう言って周りを見渡すが、特に意見はない。


「まいったな。なあスポックロン、なんか現地でそれっぽいものは見つかってないのか?」

「と申されましても、以前調べたとおりで……」


 そう言って町の周辺の立体地図が出てくる。

 こじんまりした町の北側を覆うように山がそびえ、南には湿地が広がる。

 鉱山の様子も透過されているが、先日宇宙船を掘り起こしたところはすっぽり穴が空いていた。

 その下の方に、何やら白い筋が表示されている。


「その白いのはなんだ?」

「ここは地下の水脈ですね。坑道の中でも何箇所かド派手に吹き出しているところがあるようです」

「ふうん」


 そう言って白い筋と言うか、層になってる部分をたどると、別の赤い塊が見える。


「これは?」

「いわゆる精霊石ですね、緩やかに反応して熱源となっているようです。おそらくここの地下水は温められてかなりの高温となっていることでしょう」

「ってことはおまえ、温泉じゃないのか?」

「そうともいいますね。ボーリング調査しないと成分などは不明ですが」

「いいじゃん温泉、温泉といえば観光、観光といえば温泉だぞ。そういえばこの島って温泉がいっぱいあるって言ってなかったか?」

「私の知る限り、ほとんどありませんね。資料によれば過去には何箇所か温泉地があったようですが、現在は枯れている様子」

「そりゃあ好都合じゃねえか、ここを温泉宿にして、海の幸や山の幸でもてなす立派な宿の一つも並べてやれば、ウハウハ、とは言わないまでも、探検家相手にやるよりは希望が持てるんじゃねえか?」


 それを聞いていた新人山羊娘のカシムルは、


「よくわかりませんけど、温泉って浴場のことですよね? 儲かるんでしょうか」

「儲かるところもある。結局は客商売だから、やってみないとわからんが、湯治とかいって病人が長く逗留して湯に浸かって治療するところもあるしな、温泉さえあればやりようはあると思うぞ。言い伝えを元に、白象温泉とかそういう名前で。いっそ騎士団の保養地にするとかいう手もあるな。少なくとも何年もかけてやってみる価値はあるんじゃないかなあ。いやでも、温泉に馴染みがないとだめかなあ?」


 話すうちに自信がなくなってきたが、ひとまず穴を掘って源泉を確保するところまではこっちでフォローして、あとは町の連中に任せようという話になった。

 後でカシムルとメイフルが町に行って相談するらしい。

 準備だけでも何年かかかるかもしれないし、その先のことは俺が口を出す案件じゃないだろう。

 と安心していたら、なぜかセスが神妙な顔でやってきた。


「どうした、なにか問題が?」

「問題といえば、問題です。先程の紳士殿の連れのことですが」

「あのグラマー軍団のことか?」

「そのうちの一人、ローブを纏っていたのでしかとはわからぬのですが、素振りを見るに左肩に割と深い傷を負っていたように見受けられました」

「傷?」

「そしてあの背格好、褐色の肌、傷の場所から思い当たることがあります」

「というと?」

「あのアヌマールのことです。それらは実によく一致している……と」

「あの従者がアヌマールの正体だと?」

「断言はできかねますが、思えばこのような珍妙とも言える理由で面談を求めてきたのも、怪しいと言えなくもないかと」

「じゃあ、様子見のためにお告げなんてでっち上げて?」

「そうとは限りませんが、あの敵のことばかり考えていたところに、まるで瓜二つの体つきの主が現れたものですから、どうも気にかかり……」

「そりゃあお前が言うんだから、まったくの見当違いということもなかろうが……、ちょっと困るな」

「はい、相手は紳士ですから、滅多なことでは手が……」

「いやそうじゃなくて、人の従者だとナンパできんだろう」

「はあ」


 そこまで神妙な顔をしていたセスが、呆れ顔に変わる。


「たしかに、ご主人様にしてみれば、それこそが最重要の問題でしたね」

「うむ、よしんばあの紳士が悪人だったとしても、人の従者を寝取るなど、紳士道にもとる」

「では、ナンパ作戦はなしで? そもそも、先程スポックロンから聞きましたが、襲ってくれば倒す方針だったのは?」

「いやほら、襲ってこなければナンパの余地もあるかもしれんし、それはそれとしてミスリードかもしれないじゃん、よくある」

「ミスリードとは?」

「物語なんかで、悪事の犯人だと思わせといて実は別人だったと誤解させる手法でだな」

「しかし、誰がどのような意図でそのような誤解をさせるのです? アヌマールではないと思わせるのならともかく……」

「そりゃあ、わからんけど」

「ナンパしたいという願望をこじつけているだけでは」

「まあそうなんだけど、とりあえずさっきの連中には監視をつけとくか」


 うーん、妙な雲行きになってきたな。

 しばらくは様子見か。

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