第410話 第二の試練 その八

「早かったな、もうこっちに来たのか」


 十一小隊を引き連れてキャンプ地にやってきたエディを出迎える。


「教会の部隊が今朝早くについたから、とっとと引き継いできたの。それより、ゆうべも出たんでしょう?」

「そうなんだ、しかも相手は美人で俺狙いらしいんだよな」

「どうりで鼻の下が伸びてると思ったわ」

「そっちは新しい従者にうつつを抜かしてたせいじゃないかな」

「ゆうべの子?」

「と、その姉も」

「姉妹セットで? マメねえ」

「むしろやっと調子が出てきたと言ってもらいたいね。ここから俺の大活躍が始まると思ってくれ」

「その調子で、全部解決してもらいたいものねえ」

「そうなるといいなあ」


 十一小隊は、前見たときよりも大所帯で、騎士だけで百人ぐらいいるそうだ。

 地球の軍隊における小隊がどれぐらいかは知らないんだけど、十一小隊の場合、十人前後の分隊が十個ほど集まって小隊を形成しているらしい。

 兵糧だけでも山積みされてて大変そうだなあ。


「だいたい、普通の指揮官が一度に指揮できるのは十人ぐらいまでだから、部隊が上位に行くにつれて十倍ずつ増えてくのよ。十一小隊はほぼ上限だけど、獣人部隊をもう一つ増やすのはなかなか難しいわねえ」

「何が難しいんだ?」

「なんと言っても隊長級の人材がとにかく足りないのよね。特に獣人は学院で学んでない子も多いから、士官としての技術がないのよね」

「普通士官は学校出のエリートだよな」

「そうなのよ、で、エリートは普通貴族だから、獣人や古代種だとそのへんがね。今は他の隊からかき集めてきた叩き上げのベテランが中心だけど」

「難儀だな」

「でも、部下は隊長に命をあずけるわけだから、学んでませんじゃ済まされないし。そういえばローンが最近古代の用兵を学んでるんだけどその話によると、大昔の部隊は、ミラーみたいに意識が繋がった兵士が、何千何万と同時に動いたりしてたそうね。兵士と言ってもガーディアンみたいな人形らしいけど」

「生身の人間じゃ、太刀打ちできんな」

「そうよね」


 そうやって無駄話をする間にも、エディの元には入れ代わり立ち代わり騎士がやってきて報告をしたり、指示を受けたりする。

 十一小隊でも俺の顔を見知っているのは半分もいないので、団長の隣で偉そうにふんぞり返ってるこのみすぼらしいおっさんは誰なんだといった顔でこちらをチラチラ見てくるのがなんとも気まずい。

 どう見ても俺は邪魔なんだけど、エディが俺を見て目の保養をするのだと言いはるので、仕方なくここに立っているのだった。


 そこにクメトスとラッチルが甲冑姿でやってきた。

 クメトスは兜を脱ぐと一礼して、


「おや、ご主人さまもこちらでしたか、新人が入ったと聞いたので、てっきり篭もっているのかと」

「一晩中篭もって、今出てきたところさ」

「それはご苦労さまです」

「そっちもご苦労さん、塩梅はどうだ?」

「それをこれから相談しようかと。よろしいですか、エディ」


 次々と部下に指示を出しながら、クメトスたちとの打ち合わせを始めるエディ。


「まず、こちらの戦闘組と、十一小隊との連携をどうするか、ですが」

「基本的には小隊の方は護衛に徹して、何かあったら結界を張る感じかしら。なんと言っても相手がアヌマールだと、個人の技量が決め手でしょう。直接相対するのは、私達ぐらいの腕の人間が数人で、ってことになるけど、今の十一小隊でそれが任せられるのは、せいぜい五人程度だから、直接戦うのはやっぱり家の精鋭になると思うのよね。セスの話じゃ例のやり方で結界は抜けるそうだから、その方向で行きたいわね」

「それに関しては、分担がしっかり決まっていれば問題ありません。ではその方針で、午後にでも訓練を」

「私はこれから、都に行かなきゃダメなのよ。入れ違いにポーンが戻ると思うから、彼女と一緒にそっちは任せていいかしら、日が変わるまでには私も戻れると思うんだけど」

「わかりました、あとはおまかせを」

「二人共お願いね。ハニーは……」


 と言って俺の方をじろりと見てから、


「小隊の子に手を出しちゃダメよ」

「努力するよ」

「頼りない返事ねえ」


 手を振りながら、エディは都に飛んでいってしまった。

 できる女は忙しいねえ。

 一緒に見送ったラッチルは、


「ご主人様はどうなさいます? 訓練を視察なさるのもよいのでは?」

「やめとこう、俺が見てると、俺の魅力にメロメロになって腑抜けになるか、俺の腑抜けズラを見てやる気が無くなるかのどっちかだからな」

「それはもったいない。私どもなら、ご主人様の目があれば万倍の力が出せるものを」

「従者になっといて、得したと思うだろう」

「いかにも」


 そう言って笑う。

 ラッチルもそれなりに冗談が通じるよな。

 だいたい貴族ってのは話術も巧みだしな。

 貴族がそれだけ優れているというよりも、教育を受けてるってことなんだよなあ。

 教わって無いことまでホイホイできる人間ってあんまりいないし。

 それに実生活でしか学べないこともあるけど、だいたいのことは学校で学んだほうが、ちゃんとするんだよなあ。

 などととりとめのないことを考えていたら、パシュムルとカシムルの山羊娘姉妹がやってきた。


「一度町に戻りたいんだけど、いいかしら?」


 と姉のパシュムル。


「ふむ、大丈夫だとは思うが、どうなんだ、スポックロン」


 一緒にやってきたスポックロンに尋ねると、


「昨日得たデータから、アヌマールの検出はかなりの精度で可能だと思います。いきなり不意をつかれることは無いでしょうから、護衛さえ入れば大きな問題は生じないかと。ただし相手を捕獲するというのであれば、話は別ですが」

「いろいろ考えたんだけど、相手は怖いし、お前たちにもしものことがあったら目も当てられんので、次に遭遇したらなるべく退治する方向でたのむよ」

「おや、それはまた随分と弱気な」

「だってお前ほら、世の中には優先順位ってのがあるんだよ」

「かしこまりました。では皆にはそういう方針を伝えておきます」


 そこから三十分ほどで支度を整え、俺達は町に向かった。

 移動手段は飛行機で、護衛は昨日と同じだ。

 町で町長を始め、町の要人や姉妹の友人知人らと挨拶を済ませ、最後に二人の実家を訪れる。

 両親が不在なので、二人が町を離れると空き家になるのだが、町長に頼んで、定期的に家の手入れをしてもらうことにした。

 荷物をまとめながらパシュムルが妹に向かってこう言った。


「いつかはここを出ていくと思ってたけど、まさかこんな形になるとはね」

「私だって、お姉ちゃんが出ていったら一人になるんだなあって思ってたのに、まさか一緒に行くことになるなんて」

「そりゃあ、私の妹なんだから、町になんて閉じこもっていられるはずがないのよ」

「ふふ、そうだったみたい」


 姉妹が仲良くしている姿は、そそるものがあるなあ。


「でもお姉ちゃん。この家、どうしようか。お父さんたちもめったに戻らないし、私達も従者になるなら、多分使わないでしょ?」

「そうねえ、処分するのもなんだし……」

「おじさんに頼んで、売り払ってもいいけど、どう思います、ご主人様」


 二人にとっては生家を手放すのは名残おしかろう。


「そうだな、とりあえず人に頼んで、留守を預かってもらえばいいんじゃないか? 荷物は全部持っていってもいいが、建物は残しといてもいいだろう」


 そういった感じで、後始末を終えて町を離れる。

 ほんとは町に結構いる山羊娘のメェラ族と広範囲にお近づきになれないかなと思ったんだけど、若い連中はみんなグリエンドに出稼ぎだそうで、この時期はめったに帰らないらしい。

 年寄りに二人を頼みますねえ、などと言われただけで終わってしまった。


 キャンプに戻ると、ちょっと様子がかわっていた。

 なんか全体的に上げ底になってる。

 どうやら建物全体をステンレスの頑丈なプレートの上に乗せる形にしたらしい。

 現場を指揮していたカプルによると、


「ネールの覚醒した状態でもこのプレートは通り抜けできないので、おそらくアヌマールも同様だと考えられますわ。確証はないんですけど。さらにこの下に三十メートル程のアンカーを何本も打ち込んで、土中に結界、バリアと言ったほうが良いかしら、それを張っております。また同じものが上空にも張れますので、非常時には完全に防御することができますわ」

「鉄壁の守りだな」

「こちらが終わったら、十一小隊さんの宿営地にも、同様の施工を行う予定ですわ」

「よろしく頼むよ」


 一メートルほど上げ底になった以外は、キャンプの構成は変わってないんだけど、中庭が天然の草原から、こっちの世界でステンレスと呼ばれる謎材質のプレートに変わったので、フルンたちがテントを張れないと嘆いていた。


「土を運んできて、敷き詰めればいいんじゃないか?」

「それ言ったら、カプルが解体時に砂が詰まって困るからやめてほしいっていってた」

「そうかあ、そうかもしれんなあ。じゃあなんか考えるか」

「うん」


 一緒になって代替案を考える。

 まず床を確認すると、濃いグレーのマットなプレートで、三メートル四方のパネルが組み合わさっている。

 つなぎ目の部分は薄っすらとラインが見えるが、それ以外はつるつるだ。


「どっかに紐を引っ掛けるフックぐらいついててもいいのにな」

「そういうのはないみたい、ツルツル」

「うーん、まあテントなんて、張り綱を止めさえすればどうにかなるんだから、重りでも置いとくか。俺も昔ペグが打てないようなとこだと、大きな石にくくりつけてテントを張ったもんだ」

「なるほど、じゃあ重りだ。石かな?」

「その辺の資材の入った箱とかでいいんじゃないか? ついでに並べて壁にしとけば、風も防げるだろう」

「今回のキャンプ、周りが部屋で囲まれてるから、あんまり風もないよ。ちょっと景色が悪いけど」

「そりゃあ快適だな、火も起こしやすいし」

「うん」


 方針が決まったので、あれこれやってテントを張り直す。

 やってる内に楽しくなってきたので、俺もフルンたちのテントの隣に一人用の小さなテントを貼ってみた。

 こう言うものがたくさん用意してあるので、どんどん使っていかないと。


「小さくてかっこいい! でも一人用だと寂しくない? ご主人様一人で寝るの寂しいってよく言ってる」


 と心配そうな顔で尋ねるエット。


「まあ、昼寝にしか使わんし、そばにお前たちもいるしな。どれ、寝心地はどうだ?」


 テントというよりビビィサックといった感じの小さな筒状のシェルターだが、手触りはなめらかで悪くない。

 ハイテク素材の薄いのに底づきしないマットを敷き詰めて、軽くてあったかい毛布をかぶると、無限に眠れそうだ。

 この季節なら寝袋もいらない気がするが、寝袋に下半身を突っ込んでゴロゴロするのも捨てがたいよな。


「ご主人様のテント楽しそう」


 と指をくわえるスィーダに、


「夜は多分部屋で寝てるから、使ってもいいぞ。足りなきゃまだあるはずだから、あと何張りか設置してもいいな」

「うん、とりあえず試してみる」


 テントが張り終わったら遊ぶのかと思ったら修行するらしい。

 フルンはガーレイオンとの地稽古が気に入ったようで、暇さえあれば二人で打ち合っている。

 エットやスィーダだと、腕のほうが何段も劣るので、丁度いい練習相手を得て二人共楽しんでいるようだ。

 一方、ガーレイオンが修行に勤しんでいると暇を持て余すらしいリィコォちゃんは、焚き火の前に座ってぼんやりと自分の主人の様子を見守っていた。


「どうだ、旅は慣れたかい?」


 と尋ねると、可愛い顔で苦笑する。


「おかげさまで。思ってたのとはだいぶ違うんですけど」

「まあ、そんなもんさ」

「でも、ガーレイオンと二人旅だと、とっくに破綻してた気がします。自分では何でもできるつもりだったけど、食事や寝床を用意するのもままならなくて……」

「自分のできないことに気がつくたびに、ちょっとずつ大人になるんだよ」

「大人になるほどできるものじゃないんですか?」

「うーん、まあ最終的にはできるようになることも多いんだけどな、できるようになる前に、できないことに気がつくって段階があるんだよ。要するに、自分の能力を客観的に見るようになるところから、成長は始まるんだな」

「たしかに、パーチャターチのもとで色々学んだんですけど、ほんとうの意味で客観視ということはできてなかった気がします」

「たぶん、実践が足りてなかったのかもな。学んだら経験するの繰り返しが大事だからなあ」

「はい。あそこではいつもパーチャターチがフォローしてくれていたので、失敗することもあまりありませんでした。つまりはそういうことでしょうか」

「そうだな、だからまあ、気にせず失敗しまくるといいな。俺みたいな大人は、そういう若者の失敗をフォローするのが仕事みたいなもんだからな」

「ありがとうございます。私、今まで見てきた大人の人って、自分の腕を頼りにパーチャターチに願いを叶えさせよう、みたいな乱暴な人ばっかりだったので、クリュウ様みたいにちゃんと接してくれる人は、亡くなった祖父やカーネ様ぐらいしか知らなかったので、その、失礼かもしれませんけど、そういう人がガーレイオンの面倒を見てくださってるのは本当に幸運だなあ、って」

「ははは、そうまで言われると、俺も頑張って期待に応えないとな」


 などと話していると、いつの間にか修行の手を止めて談笑していたガーレイオンが飛んできた。


「ねえ師匠、あの獣人のお姉さん、従者にしちゃったてほんと?」

「ん、ああ、そうだよ」

「どっち? 妹の方? お姉さん?」

「もちろん両方だ」

「両方! すごい、出会ってちょっと喋っただけなのに! もう従者に! 折角のチャンスなのにどうやって従者にするか見てなかった! 弟子なのに!」

「すまんすまん、アヌマールの件とかあって、ちょっと余裕がなくてな」

「次はちゃんと見てるから師匠のそばから離れないようにしないと」

「ふむ、それも大事だけど、たまには町に出て、相性の良さそうな女性を探すのも大事だぞ」

「う、うん。何度かいってみたけど、最初のとことかもびっくりするほど人が多くて、その、むずかしい」

「知らない人と知り合いになるのがか?」

「そう、ともいう、かも。とにかく人が多すぎて、なんていうか人に見えないっていうか」

「たしかになあ、俺も若い頃は、人の少ない田舎に住んでてな、都会に出てきた時はびっくりしたもんだ。自分の知らない、そして自分のことを知らない人がこんなにいるなんてってな」

「うん、そう。誰も僕のこと知らないし、僕もそうだし」

「都会のすごいところは、そういう互いに知らない人同士でもなんとなく生きていけるところにあるんだが、そういう場所で従者を探すのは大変だと思うだろう」

「うん」

「だけどこれがまた良くしたもので、従者になってくれそうな相性のいい相手ってのは、なんとなくお近づきになれる機会があったりするんだよ。だからこの人はちょっと気になるなと思ったら、まずは顔ぐらい覚えておいて、次に会話するきっかけでもあったらきっちり話しかけていくといいぞ」

「そういうのあるのかな?」

「あるある、だからこそ、たとえ誰とも話さなくても町をブラブラするだけでも、意味があるのさ」

「わかった、これからそうする!」


 どれぐらいわかってくれたかはよくわからんが、ひとまず師匠らしいことを言えた気がする。

 とはいえ、俺のナンパは無手勝流なので、教えて身につくのかどうかは知らんけど。

 ガーレイオンへのレクチャは、俺にとってもまた、修行なのかもしれんなあ。

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