第409話 第二の試練 その七
ぼんやりと漂う自分の体を認識するまでに随分と時間がかかった気がする。
ようやく自我が確立できた頃には、周りを覆うモヤも晴れ、俺は広大な荒野のただ中に、ぽつんと立ち尽くしていた。
なんだろうな、ここ。
朝になったらカシムルちゃんも口説いて夢の双子姉妹ご奉仕タイムだったんじゃないのか。
「またスカポンタンなこと言ってるなー」
そう言って俺の鼻から出てきたのは、例のごとくパルクールだ。
「お前もうちょっとましなところから出てこいと、いつも言ってるだろう」
「ここが出やすい」
「ならしょうがないな。で、お前何やってんだ?」
「知らない、ご主人さまが呼んだから来ただけ」
「そうか、俺が呼んだのか。俺もいいかげんだなあ」
「そう、いいかげん」
「じゃあ、ここはどこだ?」
「ここはここ。こここここっ!」
パルクールはくるっと回って鶏に転じたかと思うと、俺の頭の上でバサバサと羽ばたいた。
埒が明かん、とりあえず散歩でもするか。
ジャリジャリと乾いて固くかたまった砂と岩の大地を歩く。
乾いた空気が、肌に痛い。
なんかこう言うのも久しぶりだな、ストームたちの件が解決して以来じゃなかろうか。
いや、あったかもしれんがどうも俺の記憶は曖昧でいかんとも。
「俺ってなんなんだろうなあ……」
「思春期のゆううつってかんじー」
「思春期なんて、もう随分昔のような気もするなあ」
「おじさんはみんなそういう」
「おじさんは弱いんだ、もっといたわってくれよ」
「でも、おじさんはすぐ甘えとか自己責任とかいう」
「言うかあ」
「いうなー」
「自分にツケが回ってくるのになあ」
「そうなー」
不毛な会話を繰り広げる内に、足取りが軽やかになってきた。
今や一歩足を踏み出すだけで数百メートルはゆうに進む。
競歩ってレベルじゃねえなあ、と思ってよく見たら、俺の靴に鶏のような羽が生えていた。
ギリシャ神話みたいで、ちょっとかっこいいな。
そうして超スピードで荒野を歩ききった俺は、鬱蒼と茂るジャングルにいた。
森の中を原始的な哺乳類が駆け回っている。
だいぶ生物が進化したっぽいなあ、などとぼんやり眺めていたら、急に吹雪いてきた。
氷河期に入ったらしい。
忙しい話だ。
吹きすさぶ嵐の中でぼーっと待つと、分厚い雲に切れ間が見える。
その空の向こうに、真っ白い巨人が浮かんでいた。
あいつはあんな昔から、地上を見守ってたのか。
ほんとこの星は、おせっかい野郎どもの集大成だな。
やがて氷が溶け、海が戻ってくる。
俺の記憶と違い、まだ大陸と陸続きだった島になる予定の場所に、人影が見える。
人間が生まれるには早すぎる時代だ。
水銀のようにのっぺりと光る銀色の人物は、乳白色の円柱の前でぼんやりと立ち尽くしている。
だが、その命は長くは続かなかったようだ。
またたく間に塵となり、土に帰っていったが、乳白色の円柱だけは、その場所に残り続けていた。
「さてここでもんだい、あれをなかったことにすると、どうなるでしょー」
また鼻から飛び出してきたパルクールがそう言って反対の鼻の穴に飛び込んでいく。
苦しいからやめてほしいんだが。
「そりゃあ、なかった未来に進むんじゃないのか?」
「せいかい! エライのであと三周、鼻をぐるぐる回ってみよう、ぐるぐる」
「やめろ、息が詰まる」
「けち!」
まあ、あれだろ、放浪者といえども、過去は変えられないとかそういうやつ。
「そんな事はありませんよ、黒澤さん」
聞き覚えのある声に振り返ると、角つきヘルメットの少年、ロロだった。
「あれをとっぱらった世界と、そうでない世界をうまくつなぎ合わせて、都合の良い世界に作り変えればいいんですよ」
「またそんな自分かってな」
「しかし我々は常に無意識にそういうことをし続けているんですよ」
「まじで?」
「さあ、なんせ無意識なので、その可能性がある、ということです」
「そんなことしてどうするんだ?」
「あらゆる事象の組み合わせの中から、自分に都合のいい世界を選びぬいて、組み合わせる、すなわちマージするんですよ。あとに残るのは当然、自分に都合の良い世界です」
「神様でももうちょっと謙虚なやり方で世界を作るんじゃねえか?」
「あるいは僕たちこそが創造主なのかも」
「自分がそんな物好きなタイプだと思うか?」
「思いませんね、あなたもそうでしょう」
「そのとおり」
「だけど、あなたはやらなければならない」
「まじかよ」
「忘れたわけじゃないでしょう。あなたの元いた世界は、あなたがうっかり現実から逃避するために分割したときから、未だに分裂したままなんですよ」
「そうなの?」
「そうです、してみると、これは予行演習というものでしょう」
「というと?」
「目の前のアレをうまく解決しつつ、後世の影響を最小限に抑えるのです」
「とはいってもなあ」
「あなたのシクレタリィたる、その大きなお嬢さんなら、容易いことでしょう」
「こいつがか?」
そう言って耳から半分飛び出していたパルクールを引っ張り出す。
「いいところに気がついた! この妖精大魔王パルクールが、こんな世界なんて丸呑みにして、ぷーっとお尻から出しちゃう」
「やめてくれ、もうちょっとお上品に頼む」
「じゃあ、鼻から出す」
「鼻かあ、まあそれならまだどうにか」
「きまり! だけど今回は失敗。巻き戻してやり直し!」
「巻き戻すって何を?」
「ちがう、早戻し! ナウなヤングは巻き戻しとか言わない!」
「いや、俺が聞きたいのはそこじゃなくて、つかナウなヤングはナウなヤングとか言わねえだろ!」
「しらん! もどれー!」
俺が返事を聞く前に、世界はぐるぐると回りだし、目を回した俺は意識を失ったのだった。
なんだか疲れる夢にうなされて目を覚ますと、目の前にでかいおっぱいがあった。
パシュムルだ。
俺の頭を抱きかかえて、グーグーいびきをかいている。
なかなかワイルドで好ましい。
「ん、あれ? あっ……おはよう、ご主人様」
「おはよう、よく眠れたか?」
「うん、まあね。ゆうべは激しかったけど、いつもあんな感じ?」
「まあ、元気な時はそうだな」
「なかなか大変ね。でも私も、普通にああいうことができるってわかって、ちょっと安心したわ」
シーツ一枚を抱きかかえるように身にまとって、そう笑う。
「朝食の用意でもしたいところだけど、他所だと勝手がわからないわね」
「従者になったからには、ここがお前の家さ」
「それもそうね」
「まあ、朝食は食堂に行ってもいいし、呼べばかってに出てくるんだけどな」
「お姫様みたいね」
「そこに寝てるのなんか、本物のお姫様だしなあ」
そう言って、ゆうべ一緒にハッスルしていたカリスミュウルのほっぺたを突くと、
「むうん、よさぬかムニャムニャ」
と寝返りをうつ。
「なんだか全然実感がわかないわね、寝なおそうかしら」
と顔をしかめたところに、ミラーが朝食を運んできた。
だが、運んできたのは朝食だけではない、山羊娘のカシムルちゃんも一緒だ。
「カ、カシムル! これは、ちょっと、えっ、心の準備が!」
動揺する姉はほっといて声をかける。
「よう、具合はどうだい?」
「おかげさまで、すっきりしました。それで、一晩よく考えたんですけど、よく考えたらお断りする理由なんて全然ないので、朝一番で従者にしてもらおうと飛んできました」
「そりゃあ、いい心がけだ。じゃあ、契約だな」
「よろしくおねがいします」
頭を下げる彼女に、まずは血を与える。
ナイフで切るのはいい加減辛いと言うか、切りすぎて指の腹に傷が残るようになってきたので、痛くない注射器で、ちゅっと血を吸い出せるようにしてみた。
手首から吸い出した血液を手のひらにだして、舐めさせる。
これにて契約完了だ。
うーん、妹攻略のポイントは、町の復興じゃなくて姉の攻略だったか。
要するに血のつながらない姉と姉妹で居続けるために一緒に居たかったとか、そういう動機だろう。
都合よく正解を選べたもんだ、偉いぞ俺。
「あ……、なんだか従者になったって感覚が、心の底から湧いてきます」
「うん、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくおねがいします、ご主人様」
朝だろうがどこだろうが、やるべきことはやる男の俺は、従者になった姉妹をたっぷりと堪能したのだった。
フワフワの豊かな白髪は、綿毛のように軽いフルンのそれと違い、もっとどっしりと量感を感じさせるものだった。
そしておっぱいもこの上なくボリューム感がある。
それが二人分ときたら、これはもうたまらないものがある。
妹の方は、吸えば出るしな。
いやあ、こうして従者を得ると、やっと旅に出たって気がしてきたね。
午前中たっぷり楽しんでから、身ぎれいにして場所を食堂にかえ、昼食を取る。
色々あったので自動的に今日は休みになってるんだけど、戦闘組は対アヌマールに備えて準備に余念がない。
特に戦闘用ミラーは重機関銃みたいなごつい武器を抱えてトレーニングしていた。
こわい。
こわいので俺は左右に侍らせた美人姉妹を相手に、もぐもぐと飯を食べる。
「ご飯おいしい、座ってるだけでいつもこんなの食べられるんだ」
口いっぱいに頬張るパシュムルに向かって妹のカシムルは、
「ちょっとお姉ちゃん、意地汚いこと言わないでよ。家ではいっつも私が料理してたのに」
「ごめんごめん、でも、そうは言っても、こんな柔らかい肉とか食べたことないわよ?」
「それは、そうだけど。ほんと美味しい、いい材料使ってるんだろうなあ。これ、私も料理させてもらっていいですか?」
と尋ねるカシムル。
「そりゃあ構わんよ、あとでうちの料理人と相談するといい」
「料理人も、従者なんですか?」
「まあね、一部の客人を除けば、うちにいるのは全部従者か嫁だからな、要するに全部家族だよ」
「すごい、噂には聞いてましたけど、ほんとに大家族なんだ」
「俺もたまに驚くけどな。なんせこの数だから、俺にかまってほしい時は、遠慮なく自分から来てくれ。じゃないと体は一つしか無いからなあ」
すると姉のパシュムルが、
「そこは重要よね、せっかく従者にしてもらったんだから、たっぷり甘えていかないと」
「そうそう、その意気だ」
「それはそうと、あとでおじさん達にも挨拶に行かないとね。ご主人様にも一緒にお願いしていいかしら。町長は私達の保護者がわりだし、町の教会とか友人とか、色々顔だしておかないと。ここの試練が終わったら、町を離れるでしょう?」
「そうなるな、まあ昨日も乗ったああいう乗り物を使えば、この島に限らず、都でもすぐに移動できるけどな。」
「そうなんだ、デールとかは?」
「デール? 南方の?」
「そう、うちの両親、今そっちで宝探ししてるのよ。今日あたり手紙を書いとこうと思ってたんだけど、もし会いに行けるなら、それでもいいかなって」
「ふむ、行けなくはないが、じゃあ、ここが落ち着いたら行ってみるか。南方にも興味あるし」
食事を終えると、カシムルはアンやメルビエの元で当面家事仕事につくための相談に行った。
パシュムルの方はというと、試練の塔に入りたいという。
「試練の塔って女神様謹製の宝箱が出るんでしょう? それこそロマンの塊じゃない」
「そりゃあそうなんだけどな、ここの塔はなんも出ないぞ」
「そうなの? なんかしけてるって噂はあるけど」
「出るとこは出るんだけどな、次の塔に期待しといてくれ。とはいえ試練の塔は結構敵が強いからな。ギアントぐらいソロで倒せないと、危ないんじゃないかなあ」
「え、そんなに?」
「お前のあの変身で、マッチョになったら、強さも増したりしないのか?」
「ううん、変わるのは見た目だけ。力はほぼ一緒よ」
そこにどこからともなく現れたスポックロンが、
「それはおかしいですね、私の伝え聞くローヌ星人は、変身した形状にふさわしい力を振るっていたそうですが。あるいは変身に必要なコツがあるのかもしれません」
「そうなの? 私、子供の頃に両親に連れられて旅をしてた時に魔物に襲われて、その姿があんまり恐ろしくて印象的だったのか、気がついたらその姿になってたの。うちの親が精霊さん、ベランストーっていうんだっけ、まだ慣れないけど、あの人から説明を聞いてたらしくて、戻し方を教わったんだけど、それでも元の姿に戻るまでに最初は何日もかかっちゃって」
「興味深い生態ですね。ローヌ星人の記録は、探せばどこかに残っているかもしれません。もし発見があればお伝えしましょう。それはそれとして、あなた向けの衣装を用意しました。このアンダーは数倍まで伸び縮みしても体に追従する繊維でできています。これなら大男に変身しても、いちいち服を脱ぐ必要はないでしょう」
「へえ、そんなお宝、貰っていいの?」
「それはもちろん、あなたも従者ですから」
「いたれりつくせりね」
「今なら主人の前で着替えを披露できる権利もついていますよ」
「それって権利なの? 義務なの?」
「解釈次第で、いかようにでも」
というわけで、食堂から個室に移動して、生着替えを堪能する。
その後は生変身も堪能しようと思ったが、エディ率いる十一小隊が戻ってきたというのでお楽しみの続きは後ほどと相成ったのだった。
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