第408話 第二の試練 その六

 目覚めると時刻はすでに夜の八時を過ぎていた。

 まだパシュムルちゃんは来てないようだ。

 あちらにやっていたミラーの報告によると、騎士団に鉱山から追い出された探検家連中と、町の保守的な住民が揉めてるらしい。

 その仲裁で町長とパシュムルちゃんは大変なんだとか。

 俺が起きたと聞いてやってきたフューエルが、


「町に行っていつもの弁舌でまるっと治めてこないのですか?」

「あれは別にやりたくてやってるわけじゃないぞ、いつも勝手に目の前で揉めだすから仕方なく仲裁してるだけで、好んでやりに行くもんじゃないだろう」

「それはまあ、そうですが、あの娘が困っているのでは?」

「まあそこはそれ、俺の完璧な計画によると、いい機会なので探検家連中にはお引取り願おうと思ってたんだ」

「というと?」

「あそこを鉱山として再開発して、それを町の柱にしてだな、あの姉妹には心置きなく素敵な主人の胸に飛び込んでもらおうという、素晴らしい計画だ」

「あなたの故郷のことわざでは、取らぬ狸の皮算用というらしいですね」

「よく知ってるな」

「スポックロンに教わりました」

「もっと有意義な言葉から教わればいいのに」

「あなたに使いそうな言葉から、学んでいるのですよ」

「それは有意義だな」

「そうでしょう、せいぜい自省と自重を心がけてください。そろそろしでかす頃合いでしょう」

「よくご存知で。ところで、エディの方はどうなってんだ?」


 むしろエディの方は相手が相手だけに心配だ。

 さっきまで酔っぱらってグーグー寝てたけど、心配なものは心配なのだ。


「先程、十一小隊が現地入りしたそうですよ」

「ふむ、そっちはさすがに陣中見舞いにいかんとな」

「そのつもりで、支度はしてありますよ。その寝ぼけた顔を綺麗にしたら、出発しましょう」


 よくできた奥さんに言われるままに、ひと風呂浴びに行く。

 できてない方の奥さんは、酔っ払って寝てたので、置いていこう。

 さっと身支度を整えると、用意してあった車に乗り込む。

 もはや馬車じゃなくて完全に車だ。

 大きなタイヤのオフロードタイプで、マイクロバスと装甲車の中間ぐらいのイメージか。

 車幅が結構狭いので、これなら馬車道ぐらいは走れるだろう。

 キャンプの護衛にもそれなりに人を残して、十人ほどで出発する。

 夜道でもすぐに到着するが、こちらは派手に篝火が焚かれて、忙しく騎士が走り回っていた。

 戦場って感じだなあ。


「すごい、本物の騎士がいっぱい!」


 と喜んでいるのはガーレイオンだ。

 本場の騎士が活躍するところを見たいというので連れてきた。

 ガーレイオンが来たのでリィコォやフルンも一緒だが、エットやスィーダは置いてきている。


「さて、エディはどこにいるかね?」


 と探すと、見知った顔の騎士が、ボスが陣取ってる天幕を教えてくれた。

 俺も結構、顔が利くようになったなあ。


「あらハニー、わざわざ来てくれたの」


 そう言って出迎えたエディ。


「こないと後でつねるだろう」

「そこは私の義務でしょう」

「俺としても、つねられる権利を放棄するのは忍びないが……、それで、状況はどうだ?」

「坑道の中は完全に把握できてるから、今は部隊を集めて様子見ね。うちのキャンプと違って陣を貼るのもそれなりに時間がかかるのよ」

「ふぬ、しかし相手は手負いだろう、しばらく動きはないかもしれんな」

「そういう常識の通じる相手ならいいけど」


 たしかに、以前魔界で遭遇した、カーネと戦ってたアヌマールみたいなやつだと、この規模の騎士団でも手に負えない可能性もあるからな。


「戦力を分散したくないから、キャンプの近くに部隊を駐留させたいけど、宝探しの連中が戻ってきそうで困るのよね」

「勝手にやってきても、なんかあったら責任問題だよな」

「そうなのよねえ、ほんと困るわ」


 などと話していたら、天幕の外で待っていたフルンの声がする。


「あら、フルンも来てたの、ちょうどよかった、会わせたいのがいるのよ、ってもう見つけたみたいだけど」


 そう言って外に出ると、フルンが小柄な騎士を相手に、嬉しそうに話しかけていた。


「あ、ご主人様! メシャルナとララン! みて、立派になってる」


 フルンが指差したのは、二人の若い騎士だった。


「ご無沙汰してます、紳士様」


 そう言って小柄な女騎士が頭を下げる。

 その頭には可愛らしい猫耳がプルプルと揺れていた。


「やあ二人共、よく似合ってるじゃないか」


 メシャルナとラランの二人は、以前都の剣術大会でフルン・シルビーコンビと決勝を争い、見事優勝した若手の侍だ。

 エディの推薦で騎士団に入団したとは聞いていたが、こうして騎士の格好をしていると、見違えるな。


「まだ見習いではありますが、先ごろ十一小隊に配属になりました。本日は紳士様のお役に立てるよう、全力を尽くします」


 そう言って話す姿は、なかなか様になっている。

 あっというまに礼儀作法も騎士っぽくなってるな。

 今一人のグッグ族剣士ラランは、体格が大人顔負けなので、すでに一人前の騎士そのものの風格だ。


「こんな状況じゃなければ再会を祝して宴会と行きたいところだが、そいつは後日の楽しみにとっておこう」


 二人の見習い騎士は、任務の途中だからと、仕事に戻っていった。

 あとに残った俺達は、再び天幕で作戦を練る。


「とりあえず、事が事だけに、強権を発して入り口を封鎖しちまうよりほかないんじゃないか?」

「そうなんだけど、島には教会騎士団ってのが居て、私達もあんまりでかい顔をしづらいのよね」

「お役所仕事だなあ」

「教会や領主の持ってる騎士団って、赤竜や青豹みたいに直接陛下に忠誠を誓ってるわけじゃないから、色々と軋轢があるのよ」

「世知辛いな」

「というわけで、神殿の兵隊に来てもらってここの封鎖は丸投げして、うちの十一小隊はハニーのキャンプを守る方向で行きたいのよね」

「いいのか? そんなプライベートな用事に動員して」

「何言ってるの、救国の英雄が狙われてるのよ、それだけでも一大事だし、ハニーのピンチは私のピンチでもあるんだから、赤竜としても部隊を割いて、なんの問題もないわ」

「ほんとに俺が狙われてんのかな?」

「違ってもそういうことにしておきなさいよ」

「じゃあ、そうする」


 俺たちが不甲斐ない大人の会話を繰り広げている間、フルンとガーレイオンは夢と希望にあふれる会話を交わしていた。


「じゃあ、さっきの騎士の子、フルンより強いの?」

「うん、すごい技だった。機会があれば、ガーレイオンも手合わせするといいと思う」

「やってみたい! でも、忙しそうだった」

「騎士はみんな忙しい。うちで従者になった人でも、よく手伝いに行ってる」

「そうみたい。あ、でもあのレルルって人は、いっつも遊んでる気がする」

「そんなこと無いよ、いっぱい仕事してるし、あと、馬に乗るとすっごく速い。国一番ってぐらい」

「そうなの?」

「うん、他にも……」


 さらにフルンがレルルを褒めようとしたところに、当のレルルがやってきた。


「お、みな来てたでありますか、まったくハウオウルはベタベタと寄ってくるし、ギロッツオもすきあらばこき使おうとしてくるし、さっさと引き上げるであります」


 などというものだから、さすがのフルンも褒めるのを諦めたようだ。

 まあ、レルルはそういう役回りだよな。

 エディも呆れた顔でなにか言いたそうにしていたが、当の本人が空気を読めていないので、ほっとくことにした。


「ところでハニー、今から町に顔出しに行くんだけどどうする?」

「君の役に立つなら、同行してもいいがね」

「行きたくないって顔ね」

「まあ、顔に出る程度には面倒くさいな」

「じゃあ、私のために来てちょうだい。だって私も面倒だもの」

「だよなあ」

「こういう場合の理想的な方針としては、相手のトラブルを解決するようなふりをして、こっちの言い分を押し通しつつ恩を売るってところね」

「そうやって支配者はますます力を増すんだなあ」

「お互いのためよ、さあ行きましょ」


 夜の森を抜ける道を、装甲車もどきのパワフルなヘッドランプで照らしながら町へと向かう。

 暗いを通り越して真っ黒な森は不気味だなあ。

 しばらく行くと、木々の向こうに町の頼りない明かりが見えた

 あの薄明かりを全部集めても、この車のランプに勝てないんじゃなかろうか。

 こうやってより強い技術で日常をどんどん上書きしていくと、どこに行くんだろうな。

 俺はエンジニアなので、基本的に便利なら便利な方が便利、ぐらいに考えてるんだけど、便利さのインフレもいずれは頭打ちになるし、そこまで行かなくても昔ながらの冗長さに安らぐ時もある。

 オルエンがびしっと決まったメイド姿でコーヒーを淹れるところなんかはまさにそれだ。

 この車もドリンクサーバが付いてるらしいので、ボタン一つでコーヒーが飲めるっぽいし、それはそれで便利だからOKなんだけど。

 ただどちらも選べるってのは、それだけの余裕があるからで、さっき判子ちゃんが言ってた漂着者だかなんだかいう人物は、選ぶ余裕もなくひたすら元いた世界に帰りたかったんだろうなあ。

 俺だってここの世界が美女あふれるハーレム世界じゃなくて、今日食うものも無い一面の原野だったらとにかく帰りたいと思うだろうしなあ。

 だがもし、そのツケを俺たちが支払わされるんだとしたら、あんまり同情もできんよな。


 ところでその漂着者ってどんなやつだったんだろう。

 最近我が家で話題の岩窟の魔女と関係があるんだろうか。

 あったらあったで、まとめて解決できそうで助かるなあ。

 別にそちらに関しては、俺が解決するような問題は発生してないと思うけど、だいたい判子ちゃんや女神連中が思わせぶりなことをいうときは、俺が尻拭いをすることになってるんだよ。


 などと考える内に、町についた。

 町の集会所では町民と探検家連中が集まって終わりのない論争を繰り広げていた。


「だいたい、なにがアヌマールだ、そんなもんいるわけ無いだろう。宝探しなんていう夢物語にうつつを抜かすから、そんな幻覚を見るんだ」

「それはこっちのセリフだ、俺達が拾い集めた精霊石を町に落してやるから、お前らも食ってけるんじゃねえか」

「そういってお前たちが山を荒らすから、尾根のこっちには鹿も猪も降りてこなくなるんだよ」


 などと、盛り上がっている。

 そこに騎士団長と紳士様がやってきたというので、一瞬静かになる。

 間髪入れずに指輪を外して、車のランプより明るい紳士パワーで圧倒しつつ、弁舌をぶつ。


「……諸君らの苦労は重々承知しているが、いわばこれは百年に一度の非常事態だ。一つ対策を誤れば、多くの犠牲を出すことになろう。ここはぜひ、私と、そして勇猛果敢たる赤竜騎士団の力を信じて、協力してほしい」


 こんな雑なスピーチでも、みんな行儀よく聞いてくれていたが、


「そりゃあ、紳士様がそう言うなら……」

「でも俺たちゃ坑道で日銭を稼いでるんだ、何日もってなるとよう」


 などと愚痴る。

 だが問題が金銭に集約してしまえば、あとはちょろいもんで、エディが代わりに答える。


「騎士団の方で人足を雇うから、希望者には優先して仕事を振ることができるわ、当面はそれでどうかしら?」


 との提案に、探検家連中はおおむね納得していたようだ。

 下手すりゃ死ぬかもしれないとわかっていても、昨日までの暮らしを突然変えたりはなかなかできないもんだからなあ。

 やはり具体的な救済策が必要なんだろう。

 町の方も、面倒事は避けたいという意向なのか、あまり反対はなかった。

 まあ、ごねられてもどうしようもないんだけど。


 その日はひとまず収まったので、キャンプに撤収することにする。

 パシュムルちゃんも一緒だ。


「紳士様、光ってるとまるで別人みたいに神々しいのね、びっくりしたわ」

「ちょっとした余興さ、それよりも当面のトラブルは避けられそうだな」

「おかげさまでね。紳士様には何から何まで迷惑かけちゃってるわね。どうしてそんなにしてくれるの?」


 帰り道、車に揺られながらの道中、初対面のときより少し神妙な顔でパシュムルちゃんはそういった。


「そりゃあもちろん、下心があるからさ」

「妹に? それとも私?」

「もちろん、今は君にさ」

「さっき見たでしょう、私の正体。この体は妹のモノマネでしかなくて、あんな薄汚い魔物でもなんでもなれる、よくわからない生き物よ」

「君こそさっき見ただろう。俺だって、指輪を外せば体が光って直視できないような、妙な生き物さ」

「あんなにありがたい光を発してるのに?」

「ありがたく感じるのは、俺の人徳かもしれんな」

「そうかしら? でも、あなたみたいな人のほうが、妹には向いてるかも。あの子根っこは山師なのに、真面目だから必要ないところまで責任を感じちゃって損するのよね。だからあなたみたいなスケールの桁違いな人に貰ってもらったほうが、絶対うまくいくと思うんだけど」


 あくまで妹なんだな。

 まあいいや、俺は根気強いんだ。

 だがじっくり口説くにはキャンプは近すぎたようで、あっという間に着いてしまった。

 降り際になってパシュムルちゃんは車の中をまじまじと見回す。


「これ、よく見たら普通の馬車じゃないわよね、遺跡のそれに近いんじゃないかしら」

「実はそうなんだよ、ここだけの話、俺はステンレス遺跡の調査にかなり成功していてね。これもそこから持ってきた乗り物なのさ」

「ほんとに!? そんなの、歴史的大発見じゃない!」

「どうだい、俺のことに興味が出てきたかい?」

「でたでた、もっと詳しく教えて!」

「そりゃあもう、お望みのままに」


 ちょっとフラグが立った気がするぞ。

 このまま攻めたいところだが、まずは妹のカシムルちゃんの様子を見ないとな。

 カシムルちゃんは、ショックが強かったのか、病室で点滴を受けて休んでいる。

 彼女が休む病室は、外見こそ木造コテージ風だが、中は最新の医療設備がみっしりだ。


「お姉ちゃん、町の方はどうだった?」

「今の所、混乱はないわよ。紳士様と赤竜騎士団が出張ってくれたから、ひとまず大丈夫みたい」

「本当に何から何まで、ご迷惑を……」


 そう言って体を起こそうとするカシムルちゃんを押し止める。


「その話は元気になってから聞くとするよ、君は自分で思ってる以上に疲れているようだ。まずはゆっくり体を休めるといい」


 俺の言葉に頬を染めながらうなずくと、カシムルちゃんは再びベッドに横になった。

 これ以上居ても、彼女がゆっくり休めないだろうと、俺達は病室をあとにする。

 食堂でお茶など飲んで一服したところで、姉のパシュムルちゃんは置いてあったいろんな設備を見て興奮しているようだ。


「すごい、ここ、私が生まれた遺跡ににてるけど、それよりももっと複雑そう。これ全部、使い方がわかってるの?」

「まあね」

「カシムルが休んでたところもそうよね、あれってどういう治療をしてるの? もしかして、だいぶ悪いとか?」


 との問には、代わりにミラーが答える。


「問題ありません。ただアヌマールとの遭遇によるショックと、元々の心労がかさんでいたので、薬でお休みいただいております。朝までお休みいただければ、十分に回復なさるでしょう」

「そう、ほんと感謝の言葉もないわ。でも妹が大丈夫なんだったら、せっかくなので朝まであなたの知ってる遺跡の秘密を聞きたいわ」


 なかなか現金なお姉ちゃんだな。

 俺向きの性格をしている。


「それもいいが、その前に赤子の君が眠っていたという遺跡の調査からしてみたいんだけど、どうかな?」

「え、あそこ? でもあそこには別に何も……、紳士様ならなにかわかるってこと?」

「その可能性もある。何より気になるのは、あのアヌマールの狙いがその遺跡かもしれないので、そこのところをはっきりさせておきたいんだよ」

「そうなの。たしかに、ここを見る限りちゃんと扱い方を知ってるみたいだし、むやみに荒らさないなら……」

「じゃあ、さっそく行こうか」

「え、今から?」

「早いほうがいいし、昼間だと町の連中に感づかれても面倒だろう。自分たちを締め出してなにかやってると思われてもね」

「それはそうね。でも、坑道には入れないんじゃ?」

「実は遺跡の場所は把握済みでね、外から進入路を用意してあったんだ。あとは君の許可待ちってわけさ」

「ほんとに? でも結構深いでしょう、紳士様が来てから、まだ二、三日なのに……それも遺跡の力ってわけ?」

「まあね、行けばわかる。せっかくなので、違う乗り物で行こうか」


 さっきの車はエディが現場に戻るのに使ったので、どっちにしろないんだけど。

 二十人ほど輸送できる飛行艇で発掘現場に向かう。

 パシュムルちゃんはこれにも驚いていたが、


「こうも立て続けに見せられると、感覚が麻痺してきたわね」

「まあ、そんなもんだ。それよりも、うちの調査メンバーを紹介しとこうか」


 とりあえず代表してエンテルに自己紹介してもらう。


「はじめまして、紳士クリュウの従者で、エツレヤアン・アカデミアで考古学の教授をしているエンテルです」


 という無難な挨拶に動揺するパシュムルちゃん。


「え、考古学者!? あ、うちは盗掘とかはしてないので、いや、両親はしてなくもないけどなくもないというか、えっと、その」

「もしかしたら、あなたのご両親とはどこかの遺跡でかち合ってるかもしれませんけど、今日のところはその話はなしにしましょう。私達は十万年前のペレラール遺跡、いわゆるステンレス層の研究が専門なんですけど、今回は岩窟の魔女にまつわる遺跡を調査しています。そこでぜひご協力いただきたいとご同行願った次第です」

「はい、その、紳士様には色々お世話になってるし、あ、でも、あんまり発表とかされるのはちょっと」

「それは調査内容次第ですが、あなたのプライベートに立ち入るような発表は主人が許さないでしょうから、心配はいりませんよ」


 などとさり気なく俺を持ち上げるエンテル。


「だったら……、本当は私も自分のルーツとか、知りたかったの。じゃないと……」


 そう言って複雑そうな顔を見せるパシュムルちゃん。

 そりゃまあ、なんだかよくわからんブヨブヨのカタマリで、色んなものに変身できる謎の生物だという自分の出自について、少しでも知りたいと思うのは当然だろう。


「大丈夫、現状でもおおよその目処はついています。調査の後に、あなたの疑問の多くは明らかになるでしょう」

「よ、よろしくおねがいします」


 エンテルは教え諭すのがうまいからな。

 壮行する内に遺跡についた。

 森の木々で覆われた崖の片隅に、カモフラージュするように覆いが被せられ、その下で穴掘りが進んでいるらしい。

 シールド工法みたいな感じで、通路はすでに樹脂製の壁で覆われ、中は明るいが、外には明かりがもれないようにしてある。


「いつの間にこんな……」


 パシュムルちゃんが驚くのも無理はなかろう。

 例のアヌマールが怖いので、こちらもそれなりに戦闘メンバーで固めてある。

 セスとデュース、レーンが主力で、フューエルとエームシャーラが結界でフォローする。

 またエームシャーラの護衛として、シロプスも来ている。

 このあたりはアヌマール戦の経験者で固めてあるのだ。

 あとは大体ついてくるスポックロンもいる。


「すでに情報収集は終わっておりますが、ロックが掛かっていたので中には入っておりません。パシュムル氏の生体認証で入るのがスムースでしょう。では出発しましょうか」


 スポックロンの雑な音頭で一行は出発する。

 綺麗に舗装された地下トンネルをしばらく下り、さらに横穴を進むと少し開けた場所に出た。

 どうやら遺跡である墜落宇宙船の周りを完全に掘り出してあるらしい。

 宇宙船はほぼ直方体で、全長三十メートル、断面が五メートル四方といったところか。

 推力っぽいところが、大きくえぐれて破壊の跡が見られる他は、十万年も土中に埋もれていたとは思えないぐらい綺麗なもんだ。


「これ、こんな形だったんだ」


 おどろくパシュムルちゃんにスポックロンが、


「およそ十万年前、別の星からやってきた旅行者の乗っていた船だと推定されます。外壁に攻撃で損傷を受けたあとがありますね。あれでは大気圏内を安定飛行するのは難しかったことでしょう。動力も停止していたのですが、すでに外部からエネルギーを供給済みです。飛行以外の能力は回復しているでしょう」


 スポックロンの説明は、多分半分も理解できてないだろうが、動揺したパシュムルちゃんは、お構いなしに宇宙船に近づく。


「入り口、入り口はここよね」


 そう言ってハッチらしき場所で手をかざすと、プシュッと空気の漏れる音とともに、扉が開いた。


「開いたわ、すごい、中が明るい。前はもっと暗かったのに……」


 そう言って中にはいると、


「精霊さん、精霊さん! 私よ、パシュムル、今日は連れがいるの、あなたのことを調べたいって言ってるけど、信用できる人だから入ってもらって大丈夫?」


 パシュムルがそう声をかけると、僅かの間をおいて、少し合成音じみた声が響く。


「おかえりなさい、パシュムル。すでに状況は把握しています。動力も復元し、調査に応じることも可能でしょう」

「そう、よかった、って今日はずいぶん元気がいいのね。じゃあ入ってもらうわね。みなさん、どうぞ」


 お言葉に甘えてお邪魔する。

 宇宙船の中は、中心部に一本、細長い通路と、それを取り囲むように小部屋が設置されていた。

 縦長の中央あたりの入り口から入って、先頭と思しき方向に進むと、コクピット、というよりはリビングに近い部屋に出る。

 中には小綺麗なソファが並んでいた。

 そこに腰を下ろすと再び声が響く。


「ようこそお客人、私は当舟ベランストー号のナビゲーションプログラムです。ベランストーと呼びかけてくださって結構です。ソリッドAI故に粗忽なところがあるかもしれませんが、ご容赦を」


 それに驚いたのは、パシュムルちゃんだった。


「え、精霊さん、名前あったの?」

「申し訳ありません、パシュムル。あなたに私の正体を理解するだけの教養がなく、私もそれを教育するだけの力が残っていませんでした。よって遺跡の精霊という妥当な表現を利用しておりました」

「そ、そうなんだ、いっつもかすれ声で頼りなかったのだ、なんだか別人みたい」

「さて、すでに情報の大半は入管プロトコルに基づき、そちらのノード18に提供済みです」


 するとスポックロンがしゃしゃり出て、


「私はスポックロンとお呼びください」

「失礼、スポックロン。まずは何からお話しましょうか」

「要点は三つ、あなたとその所有者の由来、パシュムルさんの出自、そして岩窟の魔女と呼ばれた当舟の乗員、ロロイド氏について、お話ください」

「いいでしょう。約十万年前、私はウェキス星系第四惑星ホーヴォンの住民が所有するファミリー用宇宙船でした。ファミリーは観光目的でゲートを超え、本星を訪れます。軌道上で入国審査をおえ、バリアをくぐった途端ゲートが爆発、その衝撃で私どもはこの場所に不時着しました」


 話す内容に応じて、壁のモニターに当時の映像が映し出される。

 そこには衣装や髪型を除けば俺たちによく似た、平凡な家族が映し出されていた。


「その事故で乗員の大半が死亡、残りも重症で治療カプセルで冬眠状態に入ります。唯一軽傷だったのはファミリーの友人として同乗していた、ローヌ星人のロロイドで、彼女が一人、舟を出て助けを求めに行きました。ですが当時、この星は惨憺たる有様で、救助の見込みはありません。当時地下世界は比較的無事だったのですが、観光客であった我々はそのことを把握できませんでした。それでも時間をかけ、残ったファミリーを助けようと試みますが、最終的に生き残ったのはロロイドだけでした」


 そう言って映し出されたのは、ロロイドとおぼしき妙齢の女性だった。


「救援が期待できないと知ったロロイドは、星の復興が進むまで、あるいはゲートが復活するまで、当舟で冬眠することを選びます。はじめは数年単位、やがては百年、千年と間隔を開け、その都度外界に出ていって状況を確認しますが、御存知の通り、期待するだけの復興は叶いませんでした」


 パシュムルちゃんは半分も意味がわかってなさそうだが、それでも必死に話を聞いている。


「やがて私のエネルギーも底をついてしまいます。これがいまから七百八十年ほど前の事。これ以上の冬眠は不可能だと考えたロロイドは、この星の住民として生きることを選びます。ですが当時、この島の北部に落下したバリア装置の干渉で島は封鎖されていました。彼女は残された資材を用いてどうにか島を脱出、その時に負った傷が元で、変身能力に支障が出ていたようです。島を離れていた間のことは後に彼女から伝え聞いただけですので正確さにかけますが、各地を回り、残されたノード、すなわち遺跡の調査などもしていたようです。最終的に彼女は自らの死期を悟りここに戻りました。これがちょうど五百年ほど前です。その際にバリア装置の干渉を弱め、島の出入りが可能になるようにしたそうです。二百年ほどの間に、何らかの技術を得たのでしょう」


 お、意外なところでこの島の秘密が明らかに。


「戻った彼女は、私に依頼します。自分の卵を預かってくれと。ローヌ星人は外見だけでなく性別も本来ありません。単性生殖によって卵を残します。ですが成長の過程に見本となる生物が必要なのです。ロロイドはそれを託すに足る人物を外界で探すつもりだったようですが、彼女は怪我の影響でその肌は岩のよう固く、話す言葉もたどたどしく、人々は恐れこそすれ彼女を受け入れることはなかったそうです。事実彼女は現代では岩窟の魔女として恐れられているそうですね。そうして孤独なままに亡くなった彼女の意思を継ぎ、ここで卵を託すに足る人物が現れるのを待ちました。あとはご承知の通り、その卵であるパシュムルを、彼女の両親に託したのです」


 わけの分からぬままに聞いていたパシュムルちゃんだが、わかったこともあるようだ。


「じゃあ、この絵の人が、私の本当のお母さん……ってこと?」

「そうです、パシュムル。今の説明ではあなたにはわからないことが多いでしょうが、ここにいる皆さんなら、より詳しい説明ができるでしょう」

「そっか、じゃあ私はなんだかよくわからない謎の生き物じゃなくて、大昔に空の向こうからやってきた人の子供ってわけ?」

「そうです」

「そっか、なんだか女神様みたい」


 そう言って笑うパシュムルちゃんは、笑ってるのか泣いてるのかよくわからない顔をしていた。


「私、ずっと不安だったのよね、自分が人間でもなんでも無い、生き物のふりをしたなにかなんじゃないかって。でも、言ってみれば単にこういう変身する力を持った孤児だったってだけなのね」

「納得できたかい?」

「ええ、でも、幼い頃から心のどこかで、私はただ呪いか何かにかかってるだけで、ほんとは両親の娘なんじゃないか、カシムルの血のつながった姉なんじゃないかって思うこともあったのよ」

「人生はままならないものさ。俺も幼い頃に両親をなくして、随分と自分の不幸を嘆いたものだが、泣いてるうちは、お宝は探せないもんでね」

「私はもう、泣いてないわよ」

「そりゃあよかった、ちょうど目の前に宝箱があると思うが、どうする?」


 そう言って差し出した俺の手を、パシュムルはじっと見る。


「私も妹みたいにコアがあれば、目の前のお宝がアタリかどうか、わかると思うんだけど」

「そこは探検家の実力の見せ所だろう」

「そういう視点で言うなら、ためらわずに開けるわね。だって、私の欲しい物が全部入ってそうなんですもの」

「欲しい物?」

「ねえ、探検家って、何を探してると思う?」

「お宝だろう」

「そうね、じゃあ宝箱の中には何が入ってる?」

「そりゃあ、金銀財宝……とは限らんか、罠だってあるしな」

「そうね。だけど必ず入ってるものもあるのよ」

「ふむ……、そいつはあれだな、ロマンってやつだ」

「そうよ、探検家はロマンを探して世界を飛び回るの。あなたならわかると思ったわ」


 そう言って俺の手をとった彼女は、実にいい笑顔を見せてくれた。


「コアがなくても、血の誓いってするのかしら?」

「さあ、アーシアル人の従者は、特にそういうことはしてないな」

「じゃあ、さっそくご主人様って呼ばせてもらうわ。もう、かまわないでしょう?」

「もちろん。さて、従者となってくれたからにはそれらしいことをして親睦を深めたいところだが……」

「それらしいことって、つまり、そういうこと?」

「まあね、恥ずかしい?」

「そ、そりゃあ……、だいたい、私こんな体だから、あんまり恋愛とか考えたことなかったし」


 そういえば生みの親は性別もなかったと言ってたな、まあいいけど。


「そこのところは、これからじっくり身につけてもらうよ。それよりも、まずはこの舟をどうするかだな」

「どうするって?」

「ここには置いておかないほうが後々のためにいいだろうと思ってね。よければこの場で回収していきたいが」

「回収って、こんな大きなものを?」

「ははは、紳士ともなれば、これぐらいは朝飯前さ」


 そう言って、さっそく内なる館に取り込んだ。


「え、何、どうなってるの!? 紳士様……じゃなくて、ご主人様、今の何?」

「内なる館と言って、俺の中に小さな世界がもう一つあってな、今ぐらいのサイズなら自由に出し入れできるんだ」

「すごい、じゃあどんな宝でも無限に運べるじゃない」

「そういう用途もあるな。まあ、そのへんはおいおい話そう。カシムルちゃんのことも気になるし、ここは埋め戻して、帰るとするか」

「そうね、あ、でも、妹にどんな顔して話せばいいのかしら? 結構気恥ずかしいわよね。それよりも、その、妹のことも貰ってくれるの?」

「それは彼女次第だが」

「気持ち的には大丈夫だと思うけど。だって初日からあなたにメロメロで、ずっとあなたのことばかり話してたし。相性ってつまりそういうことよね。私はそこまで一途じゃないと思うし……」

「付き合い方は人それぞれさ。ホロアと古代種だって、同じ血の契約でも案外違うもんだし、嫁さん連中ときたら、すぐに俺を尻に敷きたがる」


 そばにいるはずのフューエルとは目を合わさないようにしながらそういうと、パシュムルはくすりと笑って、


「私はうまくやれると思う?」

「こういうのは慣れらしいからな、のんびりやっていこうじゃないか」

「宝探しと同じね、私向きだわ」


 後始末は現地のミラーに任せて、キャンプに引き上げようと地上に出た、その時。


(ヨ…コ…セ…)


 脳の奥にまとわりつくような声に思わず体が竦む。


(ソレヲ……ヨコセ)


 それってなんだ?

 俺のこと?

 お前が欲しい、みたいな口説き文句か?

 などと一瞬間抜けなことを考えてしまったが、すぐに我に返る。

 目立たないように足元を照らす非常灯以外はなんの光源もない森の中で、周りを見渡すと、何も見えないはずの森の闇の中に、気配を感じる。

 次の瞬間には臨戦態勢に入ったセスとシロプスが前に立ち、フューエルとエームシャーラも結界の術を使う。


「え、なに、なんなのこれ!?」


 混乱するパシュムルをかばうように、気配の方向をにらみつけると、周りに設置されたスポットライトが一斉に闇を照らし出す。

 そこには全身から揺らぐ黒煙を吐き出す、異形の姿が会った。

 だが、前回と違い、体を覆う黒いモヤ、いわゆる闇の衣とやらは、部分的に剥がれ落ち、中の姿が見えている。

 その姿は人間の、しかも女性のように見えた。

 やはり俺に懸想する美女だったか。

 などと軽口を叩くには、その気配は恐ろしすぎて、パシュムルを守るという男らしい使命感がなければ腰を抜かしてるところだった。

 前衛に立つセスとシロプスは獲物を構えたまま動かない。

 これは相手を威嚇しつつ、結界が完成するまでの時間を稼いでいるのだ。

 つまり、結界が完成した瞬間が勝負、というわけだ。

 だが、それよりも早く、目の前のアヌマールはかき消えるようにその姿を消してしまった。


「もはや近くにはいない様子。ひとまず安心しても良いでしょう」


 セスの言葉に、シロプスもうなずく。

 フューエルも精霊を飛ばしながら、


「精霊たちも、忌まわしい気配は去ったと言っています。スポックロンはどうです?」


 その問いには、


「今回は敵の特徴を捉えることができました。まっすぐ北東に移動中……、今、二キロ先の山の中腹で停止しました。上空のリズフォーでの監視に切り替えますが、攻撃を加えますか? プロトン砲によるピンポイント狙撃であれば、近隣への被害は妥協できる範囲で攻撃できます」

「妥協ってどれぐらいだよ」

「それはまあ……妥協ですから」

「そんなんで命令できるか! だいたい……」


 中身が魔物じゃなくて、女だったしなあ。

 狙いが俺だとすれば、次の機会を待ったほうが……。


「中身が人間の女性っぽいので攻撃しづらいという顔ですね」

「俺はすべての女性の味方だからなあ」

「それはよく存じておりますが……、残念ながら対象を見失いました。索敵モードに切り替えて引き続き一帯を監視します」


 俺の優柔不断で、恐ろしい敵を見逃してしまったようだ。

 周りのみんなの視線が痛い。


「ご主人様、もしかしてあんなのでも手を出すの?」


 というパシュムルの問ももっともだなあ、と思わなくもないが、


「俺はな、パシュムル。どうやらそういう星の下に生まれた人間みたいなんだ」

「まあ、それだけ包容力があると言えなくもないわよね。私もあんまり人のこと言えないし、かえって安心したぐらいよ」

「そりゃあ良かった」


 ひとまず危険は去ったようなので、改めて帰路につく。


「それでね、妹が悩んでるのはやっぱり町のことだと思うのよ。とくに町長には親代わりになって幼い頃から世話になってるし。私は昔から探検家としていつか町を出るってずっと言ってたから余計に自分が責任を感じてるのかも」

「そのことなんだが、一応アイデアはあるんだよな」


 鉱山として発掘する計画について、かいつまんで話すと、彼女は諸手を挙げて賛成とは行かないようだった。


「たしかに、それだけの鉱床があるなら、向こう百年はやっていけるだろうけど、鉱山は難しいらしいのよね。これは父が昔言ってたんだけど、まず山が今以上に荒れるから猟が難しくなるわ。あと、ここの山は湿地の水源で、さらにその先の畑や海にも繋がってるでしょう。でも山を掘ると水が汚れるし、場合によっては鉱物や精霊石の毒で汚染される可能性もあるの。東のシーナをはじめ、この島は漁業で成り立ってるから、万が一の時は取り返しがつかないもの」

「なるほど、そこまでは考えが及ばなかったな」

「ご主人さまが町のことを考えてくれるのは嬉しいけど、やっぱりこれは、町の人間が解決することなのよね」

「そうだなあ」


 汚染に関しては、うちの技術を駆使すればどうとでもなるかもしれんが、そこまで干渉して良いものかという気はする。

 素人の思いつきでうまくいくことなんて、そうそうないようだな。


 キャンプに戻ったころには、すでに日が変わっていた。

 思ったよりのんびりしすぎたようだ。

 ひと風呂浴びて、さっそくパシュムルにご奉仕でもしてもらおうかと思ったが、彼女は妹の看病をしたいというので、好きにさせることにした。

 まあ、彼女にも気持ちの整理をする時間が必要なんだろう。

 フューエルたちは疲れたので寝ると早々に寝室に引き上げてしまったので、寂しく食堂で飲んでいたら、惰眠を貪っていたはずのカリスミュウルがやってきた。


「どうした、こんな時間に起きると、また夜型になるぞ」

「体に染み付いた夜ふかしグセは、簡単には取れぬようだな。それよりも貴様はうまくやったそうではないか。なぜ一人で飲んでおる」

「彼女は妹の看病中さ」

「妹の方は、まだだったか」

「そいつは明日のお楽しみってね。それよりも、またアヌマールが出たんだが」


 とさっきの様子を話して聞かせる。


「それで中身が女だからと見逃したのか。呆れたものだな」

「自分でもちょっとそう思う」

「次に襲われた時は、貴様が責任を持ってナンパするのだな」

「話が通じるといいなあ」

「通じればあんな煙のカタマリでも抱くというのか?」

「イチャイチャする時は、中身で勝負してくれるんじゃないかな」

「希望で物を語ると、後で後悔するぞ」

「そうかもしれん」


 今になって考えると、もしあんな奴が人里で暴れたら大惨事だと思うんだけど、今更言ってもどうにもならんか。

 あれの狙いは俺だろうと感じたから見逃したってところもあるにはあるんだけど、なんの保証もないしな。


「何だその顔は、今更反省しておるのか?」

「まあ、相手が相手だけになあ」

「いい機会だ、反省しておけ」


 この話題は分が悪い、切り替えよう。


「そういえば、お前も知ってるだろう、都の剣術大会でフルンたちと戦った獣人の二人」

「ん、ああ。試合は見ておらぬが、たしかエンディミュウムがスカウトしておったな」

「さっそく見習い騎士として、十一小隊に配備されててな、フルンが随分喜んでたよ」

「あやつが古代種でも分け隔てなく採用する件に関しては、都でも批判が上がっていたようだが、実際にはうまく機能しておるようだな」

「だといいけどな、あれ程の人材が種族を理由に採用されないのは、ちょっと間抜けすぎるだろう」

「実益より体裁を重んじるのが、貴族の伝統だと信じるものもおる。貴様のように実益ばかり重視するのも、はたから見れば案外変わらんものだぞ」

「そういう自覚は、なくもない」

「まあ、自分を客観視できるところだけは、貴様の長所であろうな」


 そう言ってカリスミュウルは少し焦げたししゃもっぽい魚をかじりながら、酒をグビリと飲む。

 それを見て、ふと思い出したことがあった。

 さっきの宇宙船での話、微妙に違和感があったんだよな。

 スポックロンを呼んで問い詰めると、


「さすがは名探偵、僅かな齟齬も見逃しませんね」

「齟齬ってほどでもないが、あの宇宙船、攻撃されたって言ってただろう」

「言いましたね」

「観光客がたまたまゲートの爆発に巻き込まれて不時着したなら、なんで攻撃されるんだ?」

「トラブルで暴走した防衛装置に攻撃された、という可能性もありますね」

「それならそう言うだろう」

「言うでしょうね」

「つまり、なんだったんだ?」

「あの舟には記録の大半が残っていませんでした。あの僅かな写真が全てと言っていいでしょうが本物という保証はありません。航行記録は人為的に削除されていました。またオービクロンの方にも入国記録が存在しません。それの示すところは……」

「不法入国のたぐいか」

「とはいえ、正規の手段で入国せず、防御スクリーンのバリアを越えて入国するのは困難です。おそらくは観光客に偽装した宇宙海賊の舟だったのでしょう。それが何らかの形で露見して攻撃されたと考えられます」

「ってことは、パシュムルの親も海賊だったのか?」

「その可能性はあります。ローヌ星人はその特性上、あまりカタギの商売につくことはありません。宇宙警察機構や軍の特殊部隊、そして犯罪者のような両極端の人生を歩むことが多かったようですね」

「ふむ」

「とはいえ、親の罪を子に負わせるのは違法ですから、この場合、本人には黙っておくのが最適という判断です」

「じゃあ、あれは作り話だったのか?」

「少なくとも私やベランストーのものではありません。あれはロロイドという人物がベランストー号のシステムを再起動したあとに吹き込んだ情報に基づいています。ロロイドが完全に嘘をでっち上げたのではない限り、ある程度は真実を含むのでしょう。また岩窟の魔女の伝承を見る限り、さほど悪人とも思えません。あるいは改心したのかもしれませんが、そこは想像するしかありませんね。今述べた内容もあくまで仮説ですし、調査は継続中ということで」

「ふむ、まあパシュムルに聞かせる必要はない話のようだな。お前の判断を尊重しよう」

「ありがとうございます。おや、ちょうどいいタイミングでご本人がいらしたようですよ。体を清めて、薄く紅などもさして、随分やる気のご様子」


 見るとちょっとめかしこんだパシュムルがやってくるところだった。


「よう、妹は見てなくていいのか?」


 と尋ねると、少し頬を染めながら、


「うん、妹が従者になったんなら、ちゃんとお仕えしなきゃダメっていうもんだから。それにほら、せっかくのお宝が目の前にあるのに、ほっとける質じゃないのよ、私って」

「そりゃあいい心がけだ。じゃあまずは仲良く乾杯といこうか」


 そうしてこの島最初の従者と、夜が更けるまでしっぽりと楽しんだのだった。

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