第407話 第二の試練 その五

 鉱山入り口では山羊おねえちゃんのパシュムルが待っていた。


「ようこそ、紳士様。悪いわね、何度も来てもらっちゃって」


 そう言って俺たちを出迎えたパシュムルちゃんは、泥まみれでツルハシを担いでいた。

 朝から穴掘りに勤しんでいたらしい。


「君の方こそ、朝から精が出るんだな、いつもそんな感じかい?」

「まあね、土の中にこそロマンは埋まってるのよ」

「そりゃあ、楽しみだ」


 さっそく案内してもらおうと思ったら、別の探検家がパシュムルちゃんに耳打ちする。


「また!? しょうがないわね……。ごめんなさい、紳士様。ちょっと野暮用で行かなきゃならなくなったの。案内は妹に任せるわ」


 と言って、返事も聞かずに鉱山に飛び込んでいった。


「あ、ちょっと、お姉ちゃん! もう……」


 呆れ顔のカシムルに、


「彼女はいつもああなのかい?」

「そうなんです、すみません。じゃあ今日も私が、昨日の続きあたりを」


 再び潜った坑道は、なんというか普通のダンジョンで、可愛い女の子とデートするにはふさわしくない場所だ。

 ここだけの話、何も楽しくないので適当に切り上げて、山羊娘のカシムルちゃんや、その姉のパシュムルちゃんと楽しく会話などしていきたい。

 いきたいが、パシュムルちゃんはさっき見たとおりだし、カシムルちゃんも、観光案内のように鉱山内の様子を説明してくれるだけだった。

 まあこうして見聞きしたことを、あとでリーナルちゃんに取材してもらって、それっぽく記事にしてもらおうという寸法だ。

 リーナルちゃんに直接来てもらったほうが良かったかもしれんなあ、と今更ながらに思ったりもしたが、まあ後で相談しとこう。


 特にめぼしい成果も得られないまま二時間ほど徘徊して疲れたので引き返していると、何やら騒がしい集団と遭遇する。

 どうもまた、魔物の目撃情報があったらしい。

 特に何も言わないスポックロンを一瞥すると目をそらす。

 危ないことはないけど、詳細を話すのは嫌だという解釈でいいのだろうか。

 つまり……どういうことだ?

 塔とちがって、ここの坑道なら余すところなく内部状況をスキャンできてそうなもんだし、その上であの態度なんだよな。

 まあ、暇で暇でしょうがないので、ちょっとは自分で考えてみるか。

 考える前に、まずは情報収集かな。

 近くで休んでいた髭面の男に話を聞くと、


「昨日封鎖した五番扉を開けて入ったやつがいてだな、パシュムル嬢が後を追ったんだが、入ってたやつがギアントに追いかけられて逃げてきおってな」

「それでパシュムルちゃんは?」

「わからん、まだ五番の先に居るはずなんだが、魔物にビビって誰も中に入らんでな」


 そりゃ一大事じゃないか。

 これが冒険者向けダンジョンなら、みんな喜んで狩りに行くところだが、やはり違いはあるもんだな。


「それで追いかけてきたって魔物は?」

「いや、途中でいなくなったとかでな」

「とにかく行ってみよう、カシムルちゃん、案内を頼む」


 カシムルちゃんは、姉が危険な場所に取り残されていると知って動揺しているように見えたが、それでも的確に俺たちを先導する。

 なかなか芯の強いお嬢さんだ、と思ったが、どうもおかしい。

 見た目は必死そうに見えるが、内心はそうでもないようだ。

 なぜわかるかといえば、俺の素晴らしい眼力……によるのではなく、ヘルメット内蔵のセンサーが、カシムルちゃんの心拍数だの何だのを調べて、その心理状態をモニターしているからだ。

 それによると、緊張と疲労は見られるものの、不安や焦り、恐怖といった感情は現れていない。

 言い換えると、あまり姉のことを心配していない様子だ。

 心配が不要なほど強いんだとしたら、昨日みたいに魔物退治を依頼したりはしないだろう。

 そこで、それとなくお姉さんのことを聞いてみる。


「パシュムルちゃんは、腕前はどうなんだい?」

「コロコロぐらいなら倒せますけど、ギアントなんかは……そもそも武器らしい武器も持ってないですし」

「じゃあ、急がないと」

「はい、こっちです」


 うーん、おかしい。

 姉妹仲は良かったから、姉が死んでも構わないとか、そういうネガティブな理由でもなさそうだし。

 ということはアレか、やらせか。

 魔物騒ぎを利用して、なにか企んでいるのだろうか。

 だとするとスポックロンの胡散臭い反応も腑に落ちる。

 だが、魔物が出ても、町の連中は得しない気がするんだがどうなんだろう。

 魔物を見たって連中もグルなんだろうか?

 それとも、この姉妹の独断?

 うーん、わからん。

 もうちょっと情報がほしいが、スポックロンに泣きつくのは癪だしなあ。

 などと悩む内に、五番扉とやらに到着する。

 そこではツルハシと松明を構えた宝探しの探検家が三人ほど中の様子を伺っていた。


「お姉ちゃん、出てきました?」


 と尋ねるカシムルちゃんに首を振ってみせる探検家。


「みなさんはここで待っててください。今から紳士様が、中を調査してくださいます」


 カシムルちゃんはそう言って、俺たちを扉の向こうにいざなう。

 ヘルメットのHUDヘッドアップディスプレイには、この先の坑道マップが映し出されている。

 多少複雑で循環した経路の坑道だが、この先に、生体反応が一つある。

 識別子によるとパシュムルちゃんのものだ。

 他に魔物と思しきものはない。

 やはり魔物などおらず、探検家連中の狂言であるか、あるいはパシュムルちゃんが幻覚などの術の使い手で、それを用いて他の探検家を騙しているか、そんなところだろう。

 問題は動機だが、ピンとくるものがないな。

 この先で精霊石が落ちてると言っていたが、なにかデカイ精霊石でも見つけて、独占しようと他の探検家を追い払ったのだろうか。

 そう考えて、マップの情報を、精霊石でフィルタリングすると、たしかに微小の反応が点在しているが、この先に大きな反応は見られない。

 この線もなしか。

 うーん。

 やっぱ動機から推理するのは筋が悪いのかなあ。

 状況だけで判断すると、パシュムルちゃんはピンチなはずだが妹はあまり心配していないようで、魔物騒ぎはフェイクである可能性が高い……ぐらいか。

 悩んでいると、HUDに小さな警告が出る。

 我に返ると、目の前に岩の突起があって、危うく頭をぶつけるところだった。


「ちゃんと周りを見て歩いてください」


 レーンにたしなめられて、改めて前を見る。

 一本道の先に、そろそろパシュムルちゃんが見えるはずだが、俺の予想があたっていると、魔物の幻覚などを見せてくるかもしれない。

 今日のメンツはレーンの他に、セス、エレン、スポックロンとミラー、あとはカリスミュウルとレネだ。

 大抵の魔物なら負ける心配はないが、うっかり魔物に化けたパシュムルちゃんを攻撃しても困る。

 そのことをカシムルちゃんにばれないようにどうやって注意しようか悩んでいたら、スポックロンが指先で自分のこめかみをコンコンとつつく。

 同時にHUDが更新されて、マップ上のパシュムルちゃんのところに、


(注意、事前情報の通り本人とは異なる外見、攻撃不可)


 と表示された。

 わかってんじゃねえか!

 翻弄されてるなあ、と思いつつ、他のメンツを見ると、黙ってうなずく。

 どうやら俺以外のメンバーは、その可能性についてスポックロンからブリーフィングを受けていたらしい。

 実にひどい。

 言葉には出さず、不平不満を顔いっぱいに浮かべてスポックロンをにらみつけると、さも嬉しそうに満面の笑みを返してくれた。

 かわいいやつめ。


 ヤラセに乗っかるつもりでさらに進むこと十分ほど。

 まっすぐな坑道の先になにかの気配を感じる。

 まあ、なにかというか、マップによるとパシュムルちゃんなんだけど、手持ちのライトで照らすとその姿はあきらかにギアントのものだった。

 うまく化けたもんだなあ。

 幻覚かもしれないが、幻覚特有の頭がぼんやりする感じもないし、何か他のトリックかもしれない。

 ハイテクランプの強い明かりに照らされたギアント姿のパシュムルちゃんは、動揺したのか慌てて奥に走り出す。


「い、いました、魔物です、魔物!」


 と慌ててみせるカシムルちゃんに、


「ああ、うん、いたね」


 考え事をしていたせいで、つい投げやりに返事をしてしまう。


「あの、魔物……ですけど。見ましたよね?」

「うん、みたみた。どうする、やっつけようか?」

「あ、はい。いや、でも、この先は、その……そう、崩落! 崩落の可能性が……」

「じゃあ、追いかけるのは危ないかな。でもお姉ちゃんは探さないと」

「そ、そうですけど。そろそろ戻ってるかもしれないし」


 見た感じ、崩落しそうには見えないんだけど、嘘の下手そうなカシムルちゃんの気持ちを汲んでやると、魔物がいたから危ないよという事実だけを俺の口から外に広めてほしいということなんだろうか。

 かわいこちゃんがそう望むなら、いくらでも望み通りに叶えてあげるのが俺の信条だが、それはそれとして、この先に何があるんだろう。

 マップのスケールをいじって、もう少し先の状況を調べようとした、その時。


「ご主人様っ!」


 セスの尋常ではない叫び声と、心の臓を鷲掴みにされるような恐怖心が沸き起こるのは同時だった。

 この感覚はよく知っている。

 もっとも恐るべき魔物、アヌマールの気配だ。

 だが、なぜ今、こんなところで?

 などと考えるよりも早く周りを見ると、カシムルちゃんとカリスミュウルが恐怖で硬直しているのが見えた。

 敵の気配は俺達のすぐ下だ。

 二人とも抱えてかわすのは無理だと察した俺は、二人の手を掴んで内なる館に突っ込む。

 同時に自分自身も入ろうとしたのだが、なにかに足首を掴まれ、地面に引きずり込まれそうになった。


 次の瞬間、セスが俺の目の前に飛び込んできて地面から滲み出してきた黒いシミに刀を突き立てる。

 自由になった俺は勢い余ってゴロゴロと坑道の中を転がった。

 ハイテク装備じゃなければ骨の一本も折れてたかもしれん。

 あとはよく見えなかったが、気がついたら大柄なレネが、俺をかばうように前に立っていた。

 そこまで十秒も経ってないと思うんだけど、どうやら敵はセスの一撃を食らって退散したらしい。


「ご無事ですか、皆さん」


 そう言ってみんなに回復呪文をかけるレーン。


「こっちは大丈夫だ、それで、どうなった?」


 と確認すると、セスが刀をしまいながら、


「手応えはあったのですが、逃しました。あの闇の衣というやつは、やはり手強いですね。コルスと一緒に結界を切る修行を、随分とやっていたのですが……」


 ひとまず安心と見て内なる館に入ると、正気に戻ったカリスミュウルが中にいたクロックロン部隊を集めていた。


「クリュウ、どうなった!?」

「大丈夫、ひとまず退けたよ」

「そうか、あれは何だったのだ、私ともあろうものが、身がすくんで動けなんだ」

「ありゃあ、アヌマールだな」

「あれがか……、貴様よくとっさに動けたな」

「慣れてるからな、それよりカシムルちゃんは?」


 みるとカシムルちゃんは、ガクガクと震えていた。

 なだめつつ、レーンの治療を受けさせようと外に連れ出すが、まだ混乱しているのか、


「ダメ、ダメ、戦っちゃ」


 とうわ言のように呻く。

 もしやと思って確認するが、パシュムルちゃんの位置はここよりだいぶ離れた場所に止まったままで、今、俺たちを襲ったアヌマールらしき何かとは別物だ。


「大丈夫、あれは君のお姉ちゃんじゃない、お姉ちゃんは無事だ!」


 と言い聞かせるが、まだ混乱して俺の言葉が理解できないようだ。

 もっとも、この感覚は何度も相対した俺でも相当やばい。

 強そうで怖い、みたいな感じではなく、怖いって感情がダイレクトに押し寄せてくるので、ショックで物が考えられなくなる。


「申し訳ありません、ご主人様。今の相手はどうも私のセンサーでは捉えられないようですね」


 スポックロンがそう言ってカバンからカプセルを取り出し、間諜虫を大量に解き放つ。


「こちらの光学センサーなら認識できるでしょう。それよりも、パシュムルさんの回収を急いだほうがいいでしょう。しかる後に、安全が確認できるまで、鉱山の封鎖を提案します」

「そうしよう、パシュムルちゃんをこっちに呼べるか?」

「現在、岩陰で着替えているようですね。あちらに飛ばした間諜虫からメッセージを伝えましょう。妹さんが怪我をしたので、鬼ごっこはやめて投降せよ、といった文言でよろしいでしょうか」

「適当にやってくれ。俺はそれどころじゃないんだ」

「そのようで」


 何がそれどころじゃないかといえば、カシムルちゃんの介抱だ。

 怯えて震え、俺にしがみつく彼女の、土で汚れた顔をタオルで拭ってやる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、紳士様に嘘ついたから、あんな、バチが……」


 混乱気味に涙目で謝る彼女に、優しく言葉をかける。


「なあに、女の子のお茶目な嘘に、バチを当てるような野暮な女神は居ないさ。もし居たら、俺がおしりペンペンしてやろう。さあ、水でも飲んで」


 言われるままに手渡された水を飲み、少し落ち着いたのだろう。

 そこで初めて、彼女は自分の体の変化に気がつく。


「え、なに? 私、光ってる」

「そうみたいだな」

「こ、これって、相性……ですか?」

「ああ、いつ見てもきれいな光だ」

「でも、私……」

「その話は、あとにしようか。ほら、お姉さんもやってきた。ひとまず撤収しないと」


 坑道の奥からは、姉のパシュムルちゃんがランプ片手に小走りにやってきて妹の手を取る。


「カシムル! カシムル!」

「お、お姉ちゃん、無事だったのね!」

「怪我したって、あなた、その体何?」

「これは……、それよりもお姉ちゃん、なんともなかった?」

「あなたこそ、何があったの?」

「わからない、わからないけど、なにか怖いのが、よくないのが出て、も、もうダメかと思った、よかった、無事で」


 あとは泣き崩れて言葉にならない。

 俺たちは姉妹を伴い、鉱山を出た。

 他の探検家連中にも、非常事態なので一旦外に出ろと連絡を回す。

 もともと鉱山だけあって、非常時に鳴らす警報のようなものが備わっているらしい。

 そこまで手配をした上で、物陰で一息つくと改めてパシュムルちゃんに事情を説明する。


「アヌマール!? 嘘でしょ、そんなもの実在するの?」

「俺も割といい加減な方だが、そういう嘘はつかないさ」

「でも、なんでそんなものが……」

「それはこっちが聞きたいな。以前遭遇したアヌマールは、銀糸の魔女の持つ伝説の武器を狙っていた。そうした物が、この鉱山に眠っている可能性はないかな? そう、例えば岩窟の魔女とかね」


 というと、パシュムルちゃんは急に顔色が変わる。

 確証はなかったが、他に思いつくものもなかったのでカマをかけてみたところ、アタリっぽいな。


「し、知ってたの?」

「君が魔物に化けてまであの場所を封鎖しようとしたのは、そのためかい?」

「そうよ。見てもらったほうが早いかしら」


 そういうと、彼女は立ち上がり、深く深呼吸する。

 はじめは僅かな変化だったが、肌の色がじわじわと濃い緑色に転じていく。

 さらには肌の質感までが、ゴツゴツとしたウロコ状のものにかわっていった。

 体型こそ元の女の子のものだが、見た目はギアントそのものだ。


「多少は体格も変えられるわよ、もっとも、服を脱がなきゃダメだけど」

「すごいな、変身したのか」

「ええ、自分がイメージできるものなら、何にでも変身できるわ」


 そういってまた、元の姿に戻る。


「それは幻覚の魔法とは違うのか」

「そうみたい、私もよくわかってないんだけど……」


 そこでスポックロンが一言、


「不定形生物ローヌ星人の能力ですね。十万年前でも希少種でしたが、まだ生き残りが居たとは」

「あなた、私のこと知ってるの?」


 驚くパシュムルちゃん。


「ええ、それなりに」

「そうなんだ、私はよく知らないの。ほとんど記録が残ってなかったから……」


 詳しく話を聞こうと思ったが、撤収した探検家連中が坑道の入り口に集まって、やかましくなってきた。

 さらにキャンプからも騒ぎを聞きつけて応援が来たので、まずは引き上げて一息つくとしよう。

 と思ったが、探検家連中が騒いでるので、演説でもぶって説得しなきゃなるまい。

 いつもの調子でそれっぽいことを言って、納得してもらってるところに、仕事に行ってたエディたちが文字通り飛んできた。


「ハニー、大丈夫? またアヌマールが出たってほんと?」

「ああ、信じられんがまた出やがった」

「よほど好かれてるのね。とにかくアヌマールとなると半端な戦力じゃどうにもならないから、ちょうど手隙だった十一小隊を配備するわ。おっつけやってくると思うから、ひとまずここは任せといて」

「すまんな、俺もちょっと疲れたよ」

「そのピカピカ光ってるお嬢さんのことも、ちゃんとしておくことね」

「そうしよう。じゃあ、あとは頼む。そっちも気をつけてな」


 キャンプに向かう道すがら、パシュムルちゃんは、自分の生い立ちを話してくれた。


「人に話すのは初めてなんだけど……」


 と前置きしてから、


「さっきの坑道をもう少し東に進むと、小さなステンレスの遺跡があるの。私はそこで眠ってた赤子だったのよ。といっても、見つけたときは黄緑色のぶよぶよした塊だったそうだけど」

「ふむ」

「発見した両親は、最初それが生き物だとも思わなかったみたい。ちょうどその時、母は臨月で、よせばいいのにそんな体で宝探しをしてたんだけど、遺跡の入口の前で中に入ろうと悪戦苦闘してたらそこで産気づいて、危なかったところを遺跡の精霊が両親に声をかけて中に入れてもらって、そこにあったなにかの仕組みでカシムルを無事に出産できたらしいわ」

「ふぬ」

「それと同時にぶよぶよだった私も、妹そっくりの赤子にかわってたんだって。で、遺跡の精霊の指示で、二人を姉妹として育てることになったってわけ。でも遺跡の精霊は、部外者にここを知らせるなって両親に命じたらしくて」

「じゃあ、その遺跡を隠すために、一芝居うったわけか。しかし岩窟の魔女はどこに絡んでくるんだ。その遺跡の主がそうだったのかい?」

「それはわからないんだけど、遺跡の中に、八つ目仮面のレリーフがかざられていたの。岩窟の魔女のモチーフとして有名なやつだから、関連があるんだろうと両親は言ってたけど」

「なるほど、でも遺跡の精霊とやらは、何も教えてくれないと」

「そんなところよ。まあ、私としても遺跡を荒らされたくなかったし、どうにか人を寄せないようにしたかったんだけど」

「それなら、宝探しなんて主導しなければよかったんじゃないか?」

「それは別問題よ、宝探しはしたかったんだし、だって私は探検家の娘なのよ」


 そういってパシュムルちゃんは笑う。

 あるいは血がつながってないからこそ、両親の仕事を継ぎたかったのだろうか?


「でも悪いことはできないわね。紳士様を利用しようとして、妹を危険な目に合わせたんじゃ……」

「まあ、俺の方はいくら利用されても平気だがね」

「紳士様として、それで大丈夫なの?」

「数ある紳士の中でも、俺だけに許された特権かもしれんな」

「それはロマンがあるわね。じゃあ、妹のことをお願いしても、大丈夫かしら」

「それは彼女次第さ」


 そう言って妹のカシムルちゃんの方を見ると、後ろの馬車で横になっていた。

 相当ショックを受けたようだ。

 体の光の方は、レーンが呪文を掛けて一旦落ち着かせている。

 アヌマールの襲撃が無いとも限らないし、まずはナンパよりもみんなの安全を図るとしよう。


 キャンプにつく頃には、カシムルちゃんもだいぶ落ち着いたようだ。

 慌てず騒がず、慎重に彼女を口説こう。

 できれば姉もセットで頑張りたい。

 なんせ変身するんだぞ、なんかすごいご奉仕ができそうじゃん。

 などという下心を胸の奥に押し込めて、極力爽やかに攻める。


「大変だったね、普通に暮らしてれば、あんな奴にまみえることはまず無いんだが」

「紳士様はなんどもあんな恐ろしいものと戦ったのですか?」

「まあ、それなりにね。なんせ紳士だからなあ」

「そんな方を利用するような……」

「なに、それは大したことじゃないから気にしなくていいさ。しかし、状況がわかるまでは、鉱山を封鎖せざるを得ないだろうなあ」

「それは……でも」

「町と鉱山のことは、これから一緒に考えよう。その間に、自分のことも、しっかり考えておいてほしいな」


 自分のこととはすなわち、俺の従者になる気があるかどうかということだ。

 町に対して責任感を持っている彼女が、自分のことを優先して決断することはないだろう。

 彼女の気持ちみたいなのはこれまでの反応と、相性の良さを鑑みるに、問題ないと思われる。

 であればここは町の経済的な問題を解決してやるのが近道じゃなかろうか。


 まだ療養の必要そうなカシムルちゃんの相手はミラーに任せて、作戦会議といこう。

 主なメンバーを集めて、まずは状況確認かな。

 姉のパシュムルちゃんは、俺たちと別れて町に状況説明に向かった。

 話がついたら、またこちらに戻ってくるそうだ。


 エディは坑道の入り口で中にいる探検家連中を追い出している。

 また、対アヌマールを想定して武装した十一小隊がもうすぐやってくるらしい。

 緊急事態なので、うちの輸送機で空輸するそうだ。

 それが到着するまで、うちの騎士連中もあっちに張り付いている。

 しかし、だんだん古代技術の扱いがグダグダになってるな、そのうちしっぺ返しが来なけりゃいいけど。

 エンテルたちは、日が暮れてから遺跡調査に行く予定だったので、まだキャンプに待機している。

 これはあとでパシュムルちゃん立ち会いのもと、調査するのがいいだろう。

 彼女は自分の出生の秘密に興味がありそうだったので、そこのところを交渉材料にすれば、乗ってくると思う。

 ローヌ星人とやらについても情報を得ておきたいが、スポックロンはアヌマールを検知できるようにセンサーをパワーアップするとか言って、実家である基地に飛んでいってしまった。

 小一時間ほどで戻るらしい。


「で、どうしようか?」


 と尋ねるとカリスミュウルが開口一番、


「貴様はとことん、トラブルを呼び込む体質のようだな」

「いやあ、俺のせいじゃないだろ」

「本気でそういい切れるか?」

「それはわからんけど」

「しかし、相手がアヌマールとなれば、のらりくらりとごまかすわけにも行かぬな」

「そうなあ。でもまさかほんとに俺が原因なんじゃないだろうな」

「貴様の性格はある程度理解しているつもりだが、因縁じみたものまではわからぬからな。過去にも何度か遭遇したのであろう、その時のことを思い返してみてはどうだ?」

「ふぬ、そうなあ。確か一回目は……」


 まだこの世界に来て間もない頃。

 セスが従者になる切っ掛けとなった事件だな。

 ダンジョンの結界が切れて、魔界から登ってきた魔物がアヌマールだったわけだ。


「あのときはマジでやばかったな、セスでさえ死にかけたんだし」


 というとセスが頭をかきながら、


「あれはもう、私が未熟すぎたというよりほかありません」

「たしかに、今日は結構あっさりと退けてたよな」

「しかし敵にも油断があったと思います。呪文などで広範囲に攻撃されれば、狭い坑道では抵抗できなかったでしょう」

「そうかもしれん」


 次に出会ったのは、メルビエの実家である巨人の村近くの洞窟か。


「姐さんとも初対面だったな」


 とアンブラールに話を振ると、


「いやあ、あれはあたしも不覚を取ったねえ」


 それを聞いたカリスミュウルが、


「何だ貴様、何やら人助けとは聞いておったがそんなことをしておったのか。そのせいで船に乗り遅れたのではないか」

「まあいいじゃないか、そのおかげで、こんないい男を引っ掛けられたんだしね」

「それがケチの突き始めかもしれんぞ。まあいい、次はなんだ?」


 その次は、アルサ西の森のダンジョン、ネールが守るホロアたちの墓だな。


「あれがお前と初めての顔合わせだったろう、カリスミュウル」

「ふぬ、あの時か。私は直接アヌマールは見ておらんのだがな」

「そうだったっけ? まあいいや、次は……」

「まだあるのか」

「それがあるんだよ、どうなってんだろうな。えーとだな」


 アルサの神殿地下大掃除の時だな。

 エームシャーラをさらって大変だったんだ。


「いやあ、あの時もやばかったな。エームシャーラも大変だったろう」


 そういうと、フューエルといちゃついていたエームシャーラは、


「あの時は必死で。でも、そのおかげで今こうして愛しい主人といちゃいちゃしていられるのですから、怪我の功名ですね」


 などという、いい気なもんだ。

 その次は、妖精パロンの暴走で魔界に飛ばされた時か。


「銀糸の魔女が持つ伝説の武器を狙うアヌマールと、それを守るカーネの戦ってるとこに出くわしてな」


 それで思いだ出したようにフューエルが、


「あの時は突然あなたが居なくなって、肝が冷えましたよ。なにかしでかす時は、せめて事前に相談ぐらいしてほしいものですね」

「俺もそうしたいよ。あのあとは……今日までなかったんじゃないか?」

「私の知る限りは、そうですね」

「つまりまとめるとだな」


 元々なにかを狙っていたのは、ネールの時と、カーネの時ぐらいか。

 あとの四回はただの遭遇戦と言ってもおかしくないが……。

 それを聞いたカリスミュウルが呆れ顔で、


「偶然四回も出会う相手ではなかろう。私も直接見たのは今日が初めてだが、思い出すたびに未だに震えが来る」

「そういや、初めてだったか。びびるだろう、あれ」

「うぬ、恐ろしさで言うならば、先の黒竜にも引けを取らぬな。もっとも、あれならば女神の力を借りずとも倒せる相手ではありそうだが」

「うちも強くなったからな。しかしそうなると、やっぱり俺が狙われてるのかなあ、やだなあ」

「心当たりはないのか?」

「あるとすれば」

「すれば?」

「あのアヌマールの中身が美女だとか」

「貴様に聞いた私が間抜けだったようだな」

「そうは言ってもお前、これが権力者だったら命も狙われようが、なんでこんなちょっとモテる以外に取り柄のないおっさんを襲うんだよ。あるとしたら痴女ぐらいだろうが」

「何度も言っておると、そんな気がしてくるのでよせ」

「はい」

「いずれにせよ、過去のアヌマールは倒したのであろう。であれば、当面は今日の相手の対策を考えるべきだな」

「騎士団の方でさくっと倒してくれると助かるんだがな」

「普通の魔物であれば任せておけばよいであろうが、あのような相手となるとな」

「眠ってると床からにじみ出てきそうで怖いよな」

「よほどに警戒せねばなるまい」

「やだなあ」


 あまり話は進まなかったが、お茶が入ったので休憩する。

 ぼんやりしていると、ピューパーがストームとセプテンバーグの手を引いてやってきた。


「どうした? 遊びなら、ちょっと休憩してからにしてくれると助かるが」

「ううん、ストームがご主人さまに話があるけど、今話すと面白くないからあとにしようっていってたけど、みんな大変そうだから意地悪しちゃダメって言ったら、話す気になったので連れてきた」

「そうかそうか、偉いぞピューパー。で、なにを教えてくれるんだ、お二人さん」


 そう言ってピューパーの頭をなでていると、元女神のストームが、幼女らしく尻を振りながら、


「責任者を呼びましょう」


 それに合わせるようにセプテンバーグもうなずいて、


「叱られ役の生贄みたいなものですね」

「そうとも言えますが、何事も責任者は必要ですからね。さて、この体もそろそろ馴染んできたことですし、ちょっと呼び出して見ましょう」


 二人が揃って手を挙げると、二人の間に真っ白い光が現れ、次の瞬間、光の中から誰かが飛び出してきた。


「あいたっ、ってあつ、あつい、お茶がかかって!」


 そう言って転がりまわるのは、手にしたお茶をひっかぶった判子ちゃんだった。

 気の毒に。


「なんですかいきなり! 私はいま美味しい紅茶を……」


 そう言ってホコリを払う判子ちゃん。

 見たところ、やけどなどはしていないようだ。


「なにをのんきなことを。ほら、懺悔の時間ですよ」


 セプテンバーグがいうと、判子ちゃんは周りを見渡して、


「ああ、漂着者が見つかったのですか? いえ、違いますね、やはりもう消えていて、そうですか、大体わかりました」


 俺はわからんぞ。


「それにしてもこれは、ああ、随分とこの時空を汚してしまったんですね。一人の人間の妄執がここまで世界に影響するとは」

「だからシーサのやり方は気に入らないのですよ」

「私に言われても困ります。とはいえ、拾ってやらねば、可愛そうでしょう」


 などと言ってかってに納得し合う幼女とお隣さん。


「君たち、そうやって思わせぶりなことばっかり言って煙に巻くのはよくないぞ、わかりやすくいいたまえ」

「そうはいっても、私達にもわからないんですよ。わかっているのは現状だけ」

「現状とは?」

「何者かが、世界の外にシグナルを送ろうとして時空に干渉しまくっていたんですよ」

「世界の外ってのは、この宇宙の外の、俺や君の故郷とかのことか?」

「それらを内包する、この表現も不適切ですが、とにかく外の世界です。そのためには、恒星一個分ぐらいのエネルギーを凝縮してぶっ放す必要があるんですが……」

「ですが?」

「当然、この星でそこまでの技術はないので、いや厳密にはあったのですが、例えばこの小さい女神もどきなどの力を持ってすれば、ですけど、当該の人物はそこまでの力はなかったんですよ」

「ふむ」

「それが誰かはわかりませんが、シーサ、すなわち私の本体が所属する組織のようなものの一員であろう、ということまではわかっています」

「君の仲間か」

「そうですね」


 なるほど、それで責任者か。


「で、それと今のアヌマールの件、なにが関係あるんだ?」

「アヌマール? ああ、以前メルビエさんの件で遭遇したあの、いえ、それは知りませんよ」

「じゃあ、なんでそんな話をしだしたんだよ!」

「聞かれたからですよ!」

「なにを?」

「このあたりの時空の乱れについてですよ!」

「どうも話が噛み合わんな」

「あってますよ、とにかく、とにかくその人の遺志は世界の外に出る手段を探しています。本屋の舟もそう、あなたもまた、そういう力を持つ存在ですから、狙われるんですよ」

「本屋ってネトックかよ、舟って?」

「なくした彼女の次元移動舟を、あなたが探していたのでしょう」

「ああ、うんそうそう、そうだった」

「まったく、なんでこんな人に依頼するんだか。とにかく、一番ありそうな予想はこうです。漂着者、あるいは時空遭難者とも呼びますが、ここの時間で数千万年、あるいはもっと以前にやって来たシーサのエージェントが何らかの原因で帰還できずにここから救難信号を出し続けたのでしょう。残念ながら直接シーサには届きませんでしたが、その信号はいつしか変異し、世界の境界面に付着するゴミとして、デストロイヤーの駆除対象になったと思われます」

「デストロイヤー?」

「もともとはシーサの運用する時空の掃除機のようなものでして、その本質は情報を食らうことで、擬似的に時間を生じさせる機構です」

「なんかどっかで聞いたような話だな」

「そのデストロイヤーが物質化すると、黒竜と呼ばれる存在になるんですよ」

「ひでえ話だな」

「あのアヌマールというバケモノのまとう黒い霧も、原理的には同種のものですから、何らかの関係があってもおかしくありませんが、別に確証はありません」

「そうなのか」

「とにかく、今お伝えできる情報はすべてお伝えしたので、あとはそちらでご自由に」


 そう言って立ち上がった判子ちゃんの頭を、ストームがスリッパではたく。


「あいたっ、なんですか!」

「なんですかではないでしょう。もう少し誠意を持って土下座などしつつ私が悪うございました、どうぞこの惨めな雌豚にお仕置きを、ぐらい言ってご覧なさい」

「口の悪い幼女ですね、お里がしれますよ」

「この私が宇宙最強のアジャールの闘神であると知らぬものなど無いでしょう」


 というとセプテンバーグが、


「聞き捨てなりませんね、最強とは我がペレラールの騎士を指す言葉ですよ」

「負けたくせに」

「負けていません」

「なら、今ここで負かしてあげますわ」

「望むところ……あいたっ」


 タイミングよくピューパーがストームとセプテンバーグの頭をはたく。


「お客さんの前で、喧嘩しちゃダメ」


 叱られた二人はしゅんとしておとなしくなった。

 聞き分けがいいな、俺の言うことも聞いてもらいたいもんだ。

 結局、なんだかよくわからないままに判子ちゃんは帰ってしまい、ストームたちも戻って遊戯に勤しんでいた。

 残された俺達は、仕方がないので酒でも飲むことにしたのだった。


「それで……」


 ほろ酔い加減になった頃に、カリスミュウルが口を開く。


「先程のハンコの話はなんだったのだ?」

「わからんがまあ、なんだろうな」

「頼りない男だな」

「世界だの何だのって、ナンパ以外能のない男が抱える問題としては、スケールがでかすぎないか?」

「そこは同情の余地があるかもしれぬが、結局は貴様の抱えた問題であろう」

「そうなのかなあ」

「そうだ」

「とはいえ、憶測だけであれこれ考えても、ろくなことはないしな。当面の問題から考えよう」

「ふむ、まずはアヌマールか?」

「そうだな、やっぱあぶねーからな。倒すなり追い払うなりしたいところだ。こっちは戦力を出し惜しみせずに、騎士団の協力も最大限得つつ、町の人に危害が及ばないように配慮しつつ、なんかいい感じに解決したい」

「そういうのは作戦とは言わんぞ」

「具体的な作戦は専門家が考えたほうがいいだろうが、俺はビジョンだけそれっぽく提示するんだよ」

「まあよい、次は?」

「山羊娘姉妹のナンパ」

「その次は?」

「ツッコミはなしかよ」

「至極当然だったので、突っ込むという考えさえ浮かばなんだわ」

「まあいい、次は、町の経済対策だな。鉱山には未発掘の鉱床があるっぽいし、ローンあたりに相談して大規模に鉱山として復活させれば町も潤うんじゃないか?」

「ふぬ、私も鉱山運営などはわからぬが、悪くないのではないか」

「その前提として、パシュムルちゃんが気にしてる例の遺跡、こいつはエンテルが掘ってる方と同じやつだと思うが、これを封印するなり移動させるなりして、探検家連中や、来る鉱山開発の目からそらす必要があるな。これは明日にでも彼女同伴で行ってみようと思う」

「それが良かろう。で、塔はどうする?」

「アヌマールが片付くまでは、保留でいいんじゃないか? 気になって試練どころじゃないだろう」

「ふむ。ではひとまず期限を切って、一週間はアヌマール対策を最優先にするか。それで目処が立たねば、次の対策を打とう」

「次って?」

「それは一週間以内に考えるのだ」

「フレキシブルだな、じゃあそれで」


 方針が決まったところで、空いたソファに横になって少し仮眠を取ることにした。

 パシュムルちゃんが戻ったら、また出なきゃならんしな。

 忙しくなってきたなあ。

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