第404話 第二の試練 その二

「塔の探索はどうでした?」


 約束通りやってきたカシムルちゃんとランチをともにしながら、午前中の探索について話す。


「いやあ、どうにも単調な塔だな。迷路は複雑なくせに、ほとんど敵もいなくてね」

「そうらしいですね。冒険者の皆さんもそういう噂のせいか、この先の第三の塔に向かわれてるそうで」

「ふうん、あっちは稼げるのかな?」

「そう聞いています」

「しかしそうなると、町としては美味しくないな」

「そうなんですよ、冒険者に開放されると聞いて、ちょっと期待してたんですけど」


 そういって苦笑する山羊娘のカシムルちゃん。

 ここラクサの町は湿地と険しい山に囲まれていて、農地がない。

 無論豊富な水資源のおかげで、狭い島でも農業ができるんだろうけど、この小さな町はその恩恵には預かっていないようだ。

 小作農として出稼ぎに行く、山で狩りをする、湿原で漁をする、あたりが主な収入源らしい。

 あとはメェラ族のミルク売りなどもあるようだ。

 そうした状況なので、宝探しにも期待しているのだろう。


「それで、今日はご見学いただけるんでしょうか。お疲れなら後日でも」

「いやいや、大丈夫さ。むしろ塔の探索が佳境に入ると、余裕がなくなるかもしれないしね。今のうちに見学しておきたいかな」

「わかりました、ではよろしくおねがいします」


 カシムルちゃんの案内で、さっそく宝があることになっている古い坑道に向かう。

 メンツは午前のメンバーの半分ほどだ。

 サボるのは先程やる気のないアピールをしていたデュースを筆頭に、フューエルたちもパスするという。

 逆に一番やる気を見せていたのは、幼女軍団だった。


「穴掘りと聞いては、黙っていられません」


 などと鼻息を荒くする宇宙幼女のパマラちゃんを始め、ストームらもやる気みたいだ。

 困るなあ。

 困るんだけど、のけものにすると拗ねるし、魔物なんかはいないらしいので、幼女二人につき一人ずつミラーを子守につけて行くことにした。

 幼女ではないが、浮かぶ椅子の上でとぐろを巻いているフェルパテットも一緒だ。

 冒険が大好きだし、牛娘のピューパーが、


「フェルほどのじんざいをメンバーから外すなんてばかげている!」


 などとおっしゃるので、連れて行くことにした。

 これはもっともな言い分だと言えよう。

 別に外すつもりもないんだけど、本人が遠慮しがちだからな、ちゃんと誘ってやらないと。

 あとはフルンやガーレイオンといった少女組も、軒並み参加するようだ。

 怖がりで文学少女系の牛娘リプルまでもが、


「本当は一度ぐらいこういうことをしてみたかったんです。ちゃんと装備もあるんですよ」


 などと言ってハイテクバトルスーツを身にまとっていた。

 まあ、いいか。

 というわけで、遠足か何かのような集団が、ぞろぞろと田舎道を進む。

 途中すれ違う現地民が異様なものを見る目でこちらを見ていたが、紳士様御一行だと知ると、とたんに愛想笑いに切り替わる。

 こういう現金な態度を見ると安心するので、俺もそれなりに偏屈者だと言えよう。


 坑道の入り口は、山裾の切り立った斜面にあり、年代物の木枠で固められている。

 時折出入りするのは冒険者というよりは人足風の連中で、子供連れの俺達を胡散臭そうな目で見ていたが、特になにか因縁をつけてくるわけでもなく、淡々と潜っていった。

 案内してきたカシムルちゃんは、入り口付近の山小屋にいた老人に声をかける。


「おじいちゃん、お姉ちゃんはもう上がってます?」

「いいや、まだだねえ」


 老人はのんびりとした口調で答える。


「もう、お昼には上がって待っててって言ったのに」

「山ん中じゃ、時間もわからんさ。あちらが紳士様かい? 随分とにぎやかな行列だねえ」

「うん、お子さんたちも見学したいんだって」

「そうかい、ランプはあるのかい? なら三番口から七番に抜けるといい。五番の方は最近やかましいからね」

「滝の方はどうかしら、見ごたえあると思うんだけど」

「今の時期は水量が多いからねえ、ちょっと危ないんじゃないかね」

「そうかも、じゃあお姉ちゃんが来たら、そっちに行ったって言っといて」

「うんうん、わかったよ」


 人の良さそうな老人はカシムルちゃんにそういうと、こちらにも頭を下げる。

 丁寧に挨拶を返すと、ニッコリと微笑んだ。


「気をつけて、お行きなさいよう」


 老人に見送られながら、坑道に入る。

 先頭はランプを持ったカシムルちゃんで、その隣は俺と魔族幼女のメーナだ。

 どうもおっかなびっくりなので、手をつないで歩いている。

 そのすぐ後ろはピューパー達が続き、あとはバラバラと適当についてきている。

 入口付近は結構広く、途中いくつも横穴があってかつてはせっせと掘り出していたのだろう。

 岩盤は相当硬いようで、のみで削り取った岩肌が未だに鋭利な質感を残している。

 それを見た穴掘り名人パマラちゃんは、


「これは見事な穴掘りです、この硬い岩だと、ちょっと大変だと思う。天国の洞穴人も見事な穴掘りをするんだなあ」


 などと一人でうなずいている。

 しばらく進むと、大きな縦穴があり、金属製のはしごがかかっている。

 キャッキャとさわぐ女児たちをなだめながら順番に下ろすとさらに先へとすすんだ。

 なんていうかこう、地味な洞窟で非常に退屈なんだけど、子どもたちは楽しそうなので、そちらへのサービスだと思えばまあ妥協できる範囲だと言える。

 そもそもなぜつまらないかといえば、宝がないことがわかってるからなんだよな。

 こういうのはあるかどうかわからないから楽しいのであって、山を丸ごとスキャンなんていうチートな技術も考えものだな。

 今更言っても始まらんが、そういう感じの愚痴をポロッとスポックロンに漏らしたところ、


「では、なるべく余計な情報は出さずに、人力で専念していただきましょう」

「それはそれで面倒な気もするな、楽にスリルだけ味わえんかね」

「文明人はとかく怠惰に流れるものですが、ご主人様はその最先鋒と言えるでしょうね」

「褒められると照れるな」

「主人の期待に応えるのが、従者というものでしょう」


 などと思ってもなさそうなことをいう。

 しょうがないので結果がわからない方に専念しよう。

 すなわちナンパだ。


「それにしても見事な坑道だね。ここはかなり古いものだと聞いているが」


 俺が話しかけるとカシムルちゃんは立ち止まってあたりをランプで照らす。


「そうなんです。しかも採掘した時期によって技術の違いもあって、面白いんですよ。このあたりは手彫りなんですけど、もう少し下層には、現代では伝わっていない道具で掘っているところがあったりして、キレイな円形に掘られてるんです。鉄の層と同じ技術だろうって話ですけど」

「ほほう、興味深いね」

「ご興味ありますか? 本当は姉のほうが詳しくて、案内させる予定だったんですけど、どうも捕まらなくて」

「はは、まあ盛り上がってるんだろう」

「穴にこもると熱中しちゃって。それから、ここをもう少し行くと、三層分ぐらいの開けた場所に出るんですが、そこは竜の巣穴って呼ばれる大空洞で、巨大な竜が住んでいたんだろうって言われてます」

「へえ、竜かあ、今もいるのかな?」

「いたら大変だと思うんですけど、紳士様は竜退治でも有名ですよね」

「おかげさまでね」

「グリエンドで講談師が話しているのを聞きました。竜殺しのフルンが刀を一閃、たちまち竜の首はぽーんと宙を舞い、って」

「へえ、そりゃあ光栄だね」

「フルンさんってどんな方なんでしょう。筋骨たくましいグッグの戦士だって聞いてますけど」

「グッグ族なのはそうなんだけどな、フルンならそこにいるよ」


 とすぐ後ろではしゃいでいたフルンを指差す。


「なあに、どうしたのご主人さま」


 白い毛をふるふる揺らしてフルンがやってくる。


「え!? この子があの竜殺しのフルンさん……なんですか?」

「うん、竜倒した! でも、みんなで頑張ったから、私一人の手柄じゃないよ」

「そ、そうなんですか、だけど噂じゃもっとたくましい……」

「噂? 噂になってるの!?」

「は、はい、講談とかでもよく……」


 それを聞いたガーレイオンが眼を丸くして、


「フルン、竜倒したことあるの? 僕、まだ見たこと無い!」

「私は雷竜と赤竜と白竜と金竜はみた、あと黒竜の一部みたいのも」

「すげえ、そんなに!? 勝った?」

「雷竜は倒した! でも赤竜とか黒竜は、人間じゃ無理だと思う、女神様が助けてくれた」

「すげえ、やっぱり師匠と一緒だと、そういうこともあるの?」

「うん、いっぱいある、銀糸の魔女の最後も見た、なんだか悲しそうな人……人って感じじゃなかったけど、他にも色々ある! 今度は宇宙にも行くから、ガーレイオンもちゃんと一緒にいたほうがいいと思う」

「うん、絶対そうする、僕も師匠につれてってもらう」


 などと話す二人の会話を、カシムルちゃんは半信半疑で聞いていたようだが、やがて巨大な地下空洞に出た。

 暗くてスケール感がいまいちだが、野球場ぐらいのサイズはあるかな。

 斜面に沿ってスロープ状に道が掘られているが、ところどころ丸太で補強してある。

 道なりに下って空洞の中ほどまで降りると、何やら宝探し連中が揉めていた。

 揉め事があるとついついひやかしに行きたくなるのが俺の愛すべき欠点だが、話を聞いてみると、どうも魔物が出たという話があるらしい。

 おいおい、話が違うじゃないか、そうと知っていれば幼女軍団は連れてこなかったぞ。

 と思ったのだが、さらに話を聞くと、本当にいるのかどうかよくわからないらしい。

 東の方でギアントっぽいものをみた、いやあれはノズだった、俺は見ていない、そもそもそんな連中はこの島で足跡も糞も見たことがねえ、ただの見間違いだろう、などという話だった。

 カシムルちゃんはどうにか混乱を収めようとするが、宝探しの連中は小娘の言うことに耳を傾けない。

 助け舟を出そうかと思ったところに、どこからともなく若いねーちゃんがあらわれた。


「なに揉めてんのよ、五番から東は危ないから一旦封鎖して他所を当たるわよ」


 一同に言い聞かせるように声高に宣言したのは、カシムルちゃんそっくりの顔立ちで、人足風の格好につるはしを担いだ女の子だった。

 してみると、彼女が例の姉だろう。


「お姉ちゃん、もうとっくにお昼は過ぎてるわよ」

「ごめんごめん、カシムル。やっぱ五番の先で、魔物が出るっぽくて、扉を締めてたのよ」

「本当に? でもそうだとすると、困るわねえ。どこから入り込んだのかしら」


 そう言って話す二人は、双子というだけあってすごく似ている。

 他の連中はまだグダグダ言っていたが、カシムルちゃんの姉は皆に顔が利くようで、彼女の説明で納得したようだ。

 見た目は同じでも、違いはあるようだな。


「へえ、あなたが紳士様? また随分とお子様を連れて、ハイキングには向いてないでしょう、あ、わたしパシュムルっていうの、よろしくね」

「こちらこそよろしく、クリュウだ。それにしても、思ったよりにぎやかなもんだね、宝の目星はついてるのかい?」

「それがさっぱり。むやみに掘るよりも、文献をあたるほうが近道だってのは両親の受け売りなんだけど、私はどうも潜ってるほうが好きみたいで、あはは、おとなしい妹とは大違いよね」

「どちらもそれなりに魅力があるものさ。しかし魔物が出るんだと、子どもたちは連れて帰らないとなあ、どうなんだい?」

「うーん、こっちは大丈夫だと思うけど、用心に越したことはないんじゃないかしら」

「ふむ、そうだろうなあ」


 それを聞いた妹のカシムルちゃんは、


「そ、そうですね。でも……、あ、いえ、やっぱり危ないですし」


 などと困った顔をしていた。

 俺にここの宣伝をしてもらいたいんだろうが、子どもたちになにかあったら大変だという葛藤に苦しんでいる感じが丸見えだ。


「心配しなくても、悪いようにはしないさ。ちょっと待っててくれよ、うちのもんと相談してくるから」


 好き勝手にはしゃぐ子どもたちを追いかけ回すミラーたちを横目に、ぼーっと突っ立っていたスポックロンに相談する。


「どうなさいました、ご主人様」

「聞いてなかったのか?」

「聞いておりましたよ」

「なら、相談したいことはわかるだろう」

「余計な情報は与えないほうが面白かろうと思いまして」

「まさか拗ねてるんじゃないだろうな」

「なるほど、これはそういう感情でしたか」

「ウブなフリはいいから、危険はないのか?」

「まあ、もう少しノッてくださっても良いでしょうに。とりあえず危険と思しき存在は検知できませんね。いたらとっくにお知らせしておりますよ」

「それもそうか」

「あとは……」

「うん?」

「いえ、これは秘密にしておきましょう」

「ケチ」

「まあ、なんと甘美な褒め言葉でしょう、燃費が上昇しそうです」


 などと言って浮かれるスポックロンはほっといて、今度はレーンと相談する。

 こういう場合戦闘組リーダーであるレーンの決定が最優先だ。

 デュースもフューエルもいないしな。


「で、どうしようか」

「スポックロンさんがいないというのであれば、まず魔物の心配は無いでしょう。ですがこのピリピリした状態で、のんびりお子様連れで散策するのは、ご主人様の印象に悪影響でしょうね」

「まあ、お前なにしにこの島に来たんだよ、みたいなツッコミは覚悟せにゃならんだろうなあ」

「ご主人様本来の魅力を世間にお伝えすることには貢献するでしょうが、それはそれとして、今日のところは引き上げるべきでしょう」

「しょうがねえな、キャンプに戻ったら、なんか別の遊びを考えるか」

「それがよろしいでしょう」


 うちの子は素直なので、引き上げるといえば素直に従うんだけど、残念そうではあった。

 パマラちゃんは、


「まだ全然穴を掘れてないのに、でも撤収指示が出たときは従わないと危険なので、仕方ないと思います」


 などと穴掘りのベテランらしいことを言っていた。

 一方、俺を案内していたカシムルちゃんは、


「申し訳ありません、こんなことはめったに無いんですけど」

「たまにはあるんだ」

「はい、知らない間に山の上の空気取りの穴とかから侵入するんじゃないかって話です」

「魔界とは繋がってないんだよな」

「そうです、もっと上層、山の上の方ほど精霊石が取れてたらしくて、さっきの下るルートはどちらかというと鉱山の本筋ではないんです。あとは古い噂ですけど、このあたりは下まで掘り進んでも魔界に抜ける天井の穴が開いてない、という話もありますね」

「ふうん、そうなのか、まあでも雰囲気はわかったし、どうにかなるんじゃないかなあ」

「どうにか、とは?」

「要するに、鉱山跡での宝探しを宣伝すりゃあいいんだろう。新聞のインタビューなんかで、それっぽいことを喋っておけば、いい感じに記事にしてもらえるさ」

「ありがとうございます、どうにかして島にいる観光客の方だけでも呼び寄せたいなあって思ってるので」


 結局、俺たちは小一時間程度坑道を散歩しただけで撤収となったわけだが、他の宝探し連中は特に気にせず探索を続けるようだ。

 そもそも宝探しと言っても、大半はあちこちに転がってる精霊石のかけらを拾い集めるのが主目的らしい。

 砂金集めに似たようなものだといえばいいだろうか。

 カシムルちゃんに聞くと、


「昔は川をさらって精霊石を集める人も多かったそうですよ。今はほとんど取れないんですけど」

「まあ、無限に湧いてくるものでも無いだろうしなあ」

「でも地下の方を掘れば、結構湧いてくるんですよ。世界にあふれる精霊が地に帰り、眠りにつくと精霊石になると言われていますし」


 そういう説もあるのか、確か精霊ってエルミクルムとかいう魔法の元である粒子的なものが、寄り集まって生命のような振る舞いをするやつだったと思うんだけど、俺の認識はアバウトなので、細かいところは違うかもしれない。

 でもそういうナマモノであるなら、自然に溜まっててもおかしくないのかなあ。


「ところで、今回閉鎖した方は、精霊石がいっぱい取れたりしたのかい?」

「いえ、そういうことはないはずなんですけど、山の中のことは私もそれほど詳しくないので、あとで姉に話を聞いてもらえれば」


 その姉のパシュムルちゃんは、中の連中に一通り説明して回ってから、戻ってくるそうだ。

 宝探しよりも現場監督って感じだな。

 それにしてもカシムルちゃんは、宝探しには否定的っぽいことを言ってたけど、町の商売としては推したいっぽくて、難しい立場なんだろうなあと言うのが見て取れる。

 そうしたところから攻めるのが、ナンパの王道ではなかろうか。

 そんな事を考えながら、俺達はキャンプに戻ったのだった。

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