第401話 二回目の出発
目立たないように、編成を減らして翌朝早くに街を出る。
次の目的地はルタ島中央に位置するラクサという町、の近くにある塔だ。
直線距離だと二十数キロといったところで一日あれば着きそうなんだけど、手前に湿地帯があって、北回りで山裾を迂回するか、船で行く必要がある。
うちはあんまり船は使わない予定なので、二日掛けて迂回していくことにする。
今日の馬車は、畳敷きのお座敷馬車だ。
茶室ぐらいのこじんまりしたスペースにちゃぶ台をおいて、壁面に設置したスクリーンで十万年前の流行り映画を見ている。
なんか悪い宇宙皇帝と落ちぶれた宇宙警察が戦ったりする話だ。
見てて普通に面白い。
異世界で古代文明だというのに、エンタメの本質は変わらないのかもしれないな。
ちなみにスクリーンは立体表示ではなかった。
各種端末は立体表示がデフォなのになあ、とスポックロンに聞いてみたら、
「立体映像の映画はアトラクション向けなので、のんびり鑑賞する演劇タイプの映画はこのようなスクリーン投影型が主流となっております」
とのことだった。
この古代映画が我が家に導入されたのは、地下基地の主であるオービクロンが従者になって以降のことだが、ジムと同様、すぐに慣れて受け入れていた。
あいかわらず我が家の順応性は高い。
一緒に見ているカリスミュウルやフューエルも、みかんなど食べながらぼーっと眺めていた。
有閑マダムっぽさがある。
朝から立て続けに二本見て、大きな欠伸をしたフューエルが、
「流石に何本もみるとマンネリ化してきますね。舞台でもそうですが、この映画というものは、簡単に見られるので余計にその傾向が強い気がします」
「そうだなあ、これだってでかい劇場で大きなスクリーンで見れば、また違うのかもしれんが」
「スポックロンはいずれ専用の設備を作ると行っていましたが、それよりも……」
そう言ってフューエルは小窓の障子を開けて外を覗く。
「まだ畑地帯を抜けないようですね。湿地が見える辺りで山手に入って、そこらで昼食にする予定だったはずですが。ミラー、地図をお願いします」
「かしこまりました。現在地はこちらになります」
そう言って先程まで映画が流れていたスクリーンに現在地の地図が表示される。
第一の塔の少し手前で東に曲がり、昨夜泊まったグリエンドの東側に広がる穀倉地帯に沿った街道を東に進んでおり、もう少し行ったところで北に道が曲がっている。
遠回りではあるが、整備された道なので、特に問題はなさそうだ。
スクリーンをオフにして、お茶を飲む。
まったく揺れない馬車なので、こうしていると全然移動中という実感もない。
以前の旅とは大違いだな。
まああれはあれで、情緒があってよかったけど。
以前の二台の馬車のうち、家馬車の方は今も裏庭に設置したままなんだけど、幌馬車の方は多少手直しした上で内なる館にしまってある。
ハイテク馬車に飽きたら、また使ってみてもいいかもしれない。
改めて窓の外を見ると、かわいい弟子のガーレイオンとリィコォちゃんが、大型スクーターぐらいのサイズのエアバイクのようなものに乗って隣を走り抜けていった。
その後を、シェプテンバーグに乗ったフルンが追いかける。
拾ったときは仔馬だったシェプテンバーグも、今や普通の馬と変わらなく見え、走る姿もかっこいい。
そのまた後ろを、円筒形のクロックロンにまたがったエット達が追いかける。
楽しそうだな。
楽しそうだが、わざわざ外に出て遊ぶほどの気力はない。
ぼんやり外を眺めていると、畑仕事をしている地元民の集団がこちらに手を振ってくれたので、振り返すと、若い娘が黄色い声を上げる。
かわいいねえ。
そういえば、ここの農民は変わった民族衣装を着ているな。
赤をベースにした幾何学模様の、ちょっと分厚いフェルト地のケープというかポンチョというか、そういうのを羽織っている。
アルサの周辺では見ないタイプだが、フューエルの話では、西の隣国シャムーツで見られる古い民族衣装らしい。
「島の結界が解けたあと、アルサは白象騎士団の活躍でスパイツヤーデ領となりましたが、それでも長い間に国境の境は移り変わるものです。丁度境目にあったこの島にも、スパイツヤーデだけでなくシャムーツからの移民もなんどか入ったそうで、その名残だとか」
「ふうん、それじゃあ、トラブルも多かったんだろうなあ」
「今でも地主はスパイツヤーデ系で、シャムーツ系の住民は小作農が多いと聞きますね」
「なるほどねえ。狭い島のことだし、余計に融通はきかんかもなあ」
「ただ、この島の農地の多くは教会の所有になっているので、相続などからくる混乱もありませんし、そういう点では安定しているのではありませんか」
「そんなもんかね」
アグリビジネスが教会の収入源なのは、異世界でも同じなんだろう。
教会で作るエールもうまいしな。
更に馬車が進むと、畑の風景は一変して沼地へとかわる。
ここから東にかけて、道を遮るように湿地帯が広がっているらしい。
俺たちは北回りでそれを迂回していくのだ。
水面に水草が浮かび、映り込む雲の白さとの対比が鮮やかだ。
絵になる風景だなあ。
水辺にはポツポツと木が生い茂るが、その合間にキラリと輝くものが見える。
どうやらあれが次の塔らしい。
「結構近くにみえるな」
「まっすぐ行けば近いんでしょうけど、かなり遠回りするようですね」
「面倒だなあ、やっぱり飛んでいきたいよな」
「気持ちはわかりますが、先程のように可愛い地元娘に手を振って鼻の下を伸ばす楽しみはなくなりますよ」
「それはそれで、切ないな」
風景に見とれてしばらく進む。
気持ちのいい草原で馬車を止め、昼食となる。
例のごとく、空からギューンとコンテナが飛んできて、食堂を設置して去っていった。
中では常駐して支度をしていたミラー達のおかげで、すでに料理が整っている。
別の馬車に乗っていたアンなどは、
「楽すぎて、ちょっと後ろめたいぐらいですね。去年の旅では、まず薪を集め竈を作りと忙しかったものですから」
「この人数で同じことをやると、とてもじゃないけどおっつかんよな」
「でしょうねえ。さて私は子どもたちを集めてきます。ご主人様は先にお召し上がりください」
アンはそう言って、ついてそうそう遊びまくっている年少組を呼びに行った。
ビュッフェスタイルのランチをあれこれ食べ歩くが、朝からぐーたらしていると流石に腹も減らんな。
なにもしなくても腹が減らなくなると、若さが失われつつあるんだなあ、という気がしてくるが、まあ減らんものは仕方あるまい。
フルーツと甘い白ワインを手に、表に並べたテーブルに腰を落ち着ける。
相席は、カプルとプールだった。
先日話していたゲームのアイデアを話し合っているらしい。
「それでどういうゲームなんだ?」
リンゴをかじりながら尋ねると、先の飛首退治をモチーフにした駆け引き主体のゲームになるのだとか。
カプルが手元の手帳のスケッチなどを示しながら説明してくれる。
「参加者を村人と飛首にわけて、飛首を全て倒したら村人が勝ち、村人を全員殺せば飛首が勝ちといったゲームですの」
「ほほう」
「飛首は見ただけではわかりませんから、駆け引きをしたり、結界の魔法を使って正体を暴いていくんですけど、正体さえバレなければ飛首が圧倒的に強く、バレても一対一なら村人に勝ち目がないので徒党を組む必要がありますが……」
ついでプールが手書きの試作カードを見せながら説明を続ける。
「民衆は疑心暗鬼に囚われ、簡単に手を組むことができない。そこで飛首の正体を暴くと同時に、人間であるという確証も得なければならない。そこのところで駆け引きが生じるわけだが……」
人間に化けた狼男を見つけるゲーム、みたいなのはやったことがあるが、それとはまたコンセプトが違うゲームになりそうだなあ。
最初から組分けしてあるので誰が飛首か、プレイヤーはわかっているがキャラクターはわからないので、証拠を積み上げるような感じのシステムのようだ。
「具体的にはどうやるんだ」
「色々と条件を考えていてな。もとより顔見知りであれば信頼度は高く、よそ者の商人や冒険者だと条件が厳しいといったことを考えていたが、条件付けが難しい気もしておる」
「たしかに、あのときは試練の塔ができるなんて特殊な条件があったからわからなかったけど、もし村人しかいなけりゃ、もっと見分けは付きやすかっただろうしな」
「うむ、まあどうとでもこじつければいいのだが、フルンあたりに言わせると、リアリティは説得力を持たせるための手段だから、必要なだけこだわったほうが面白い、などと言っていたからな」
「あいつも自分に厳しいなあ。そうだな、じゃあ……この飛首は知人に化ける、みたいな設定はどうだ。そいつはすでに食べられてて、外見や記憶の一部を受け継いで同じように生活してるからすぐにはばれないってことにするんだ。それなら全員村人でもどうにかなるんじゃねえか」
「ふむ、知人になりすます幻覚というのもあるにはあるからな。その受け継いだ記憶の曖昧さをつくような仕組みを考えればいいわけか、あるいは知人だと思い込ませる術というのもあるな」
「間違えて本物の村人を吊し上げたりして自分の足を引っ張るような展開も熱いんじゃないか?」
「あくどいことを思いつくな。リアルと言えばリアルかもしれんが、子供に遊ばせてよいのか?」
「駆け引きとか騙し合いが主体になるだろうから、どっちにしろ大人向けじゃねえか?」
「そうかもしれん」
酸味と甘味のバランスが取れたリンゴを食べながら構想を練るうちにランチタイムは終わってしまった。
こう言うのも楽しいな、俺も女の子をナンパするゲームでも作ろうかなあ。
まあ、作ろうかなとか言ってるうちは作らないんだよな、そういうもんだ。
午後もダラダラと馬車は進む。
昼も過ぎたし、そろそろ飲んだくれてもいいだろう。
というわけで酒が常備してあるリムジン馬車に乗り換えて、ウイスキーを飲む。
島唯一の蒸溜所で作られたシングルモルトの水割りだ。
お気に入りのシロワマ工房の切子グラスによく合う、複雑な香りがたまらんな。
酒のアテはかわいこちゃんと相場が決まってるわけだが、一緒に飲むはずのカリスミュウルやフューエルは、チェスに興じて相手をしてくれない。
エディは騎士団に戻っていたローンから呼び出しを食らって、さっき飛んでいってしまったので、マダム連中は全滅だった。
それならばと従者を探すが、みんな何かしら用事をしていて、昼間から飲んだくれるようなダメ人間はいないようだ。
しかたないので、ちびちび飲みながらフューエルとカリスミュウルの対局を眺める。
こういう、無為な時間も旅の醍醐味だよなあ。
まあ、こっちの世界に来てから、特にアルサに住んでからは家にいるときはだいたいこうだったけど。
アルサではちょっとイベント事が多すぎて大変だったので、この試練ではなるべく平穏に、何事もなく過ごしたいものだ。
などと考えていたら、顔がふやけていたのだろうか、フューエルの隣にすわって脇や太ももをつつきながらフューエルの邪魔をしていたエームシャーラ姫が、今度は俺にちょっかいを出し始めた。
「どうなさったんです? お暇だったら、私をかわいがってくださっても、よろしいんですよ」
「そんなことをすると、フューエルの気がそれて負けた言い訳にされるじゃないか。特定の嫁に肩入れしないのが、俺の家庭円満の秘訣なんだよ」
「まあ、もったいない。家庭を持ってもスリルを忘れない関係こそが、長続きの秘訣では?」
「そういう見解もあるかもしれん」
「でしたら、試してみなくては」
などと言って、細くて柔らかい腕を絡めてくる。
いい匂いだなあ。
鼻の下を伸ばしていると、フューエルにじろりと睨まれたので、目をそらすようにエームシャーラの柔らかいところに顔をうずめて現実から逃避したのだった。
酒と女体に囲まれていれば時間がすぎるのも早いもので、あっという間にその日の野営地についてしまった。
今は焚き火の前で飲んだくれているわけだが、引き続き右にはエームシャーラを、左にはさっき家から戻ってきた商売人のレアリーを抱えて、いい感じにやっている。
この二人は貴族向けの商売を始めたばかりで、コンビの相性もいいようだ。
小国とはいえ、王族の姫が商売なんてするのかなと思ったりはしたんだけど、むしろ貴族の商人しか相手にしない貴族ってのも多いらしいので、さほど珍しいわけではないらしい。
貴族の暮らしはよくわからんな。
わからん俺をほっといて、レアリーがエームシャーラと仕事の話をしている。
「それで例の件ですが、先方も実物を拝見なさりたいとのことで来週あたりどうでしょう?」
というとエームシャーラもうなずいて、
「ええ、かまいませんよ。ですけど、第二の試練の進み具合によっては、どうなるでしょうか」
「理想を言えば、終わったあとぐらいがよいのでしょうけど、まだわかりませんわね」
「そうですね、もっとも私の場合、さほど探索の役にはたっておりませんし、お休みをいただけば良いとは思いますが」
「なんと言っても、移動に時間がかかりませんので、スケジュールに都合がつけやすいのがよいですわね。あの飛行機というものはビジネスを根底から覆す発明ですわ、オホホ」
などと俺を挟んで仕事の話をしている。
働く女性は美しいねえ。
そして女性が美しいと酒が進む。
つまり最上アテであるといえよう。
酒が進むなあ。
ほろ酔い加減で山の方をみると、シルエットしか見えない山の麓に小さな明かりが見える。
あれが目的地のなんとかって町らしい。
遠くてよくわからないが、町の周りにもちらちらと明かりが見える。
ちょっと気になったので、ミラーに双眼鏡を用意してもらって覗いてみると、色々補正されてるのか、昼間のようによく見える。
どうやら町……といっても村と言ってもいいぐらい小さいようだが、そこの住民が松明片手に山の方をうろついてるようだ。
山狩りでもしてるんだろうか。
ミラーに確認すると、あの辺りにも間諜虫をはじめとした各種アレで動向はモニターしてるそうなんだけど、別にトラブルが発生したわけではないそうだ。
「ラクサの町は宝探しが流行っているそうです」
「宝探し?」
「白象騎士団の隠し財産があの近辺に埋まっているとかで、発掘料をとってよそ者に掘らせていたのだとか」
「隠し財産はもう見つかっただろう」
というか俺たちが見つけたわけだが。
「それで年末には一時下火になっていたそうなんですが、ゴーストシェルにまつわる詳らかな事情が明らかになったことで、逆にシェルを売ったのでないなら、それとは別に隠し資産があったのだ、という理屈で先月辺りからまた掘り始めたそうです。海開きに合わせて、益々増えるのではありませんか?」
「ふうん、なんでそういう理屈になるのかはよくわからんが、人の欲は尽きないねえ」
宝に興味はないが、宝探しにはちょっと気を引かれたので、考古学教授のエンテルに話を聞きに行くと、もう少し詳しい話を知っていた。
「アルサの宝と同様に、たしかにこの島にもそうした噂はあったのですよ。たとえば白象騎士団の解散について記したベンジーラスという騎士の手記に、ジャムオック団長の命を受け騎士団の資金の一部をルタ島に隠す、その位置は以下の通りである、といった内容が暗号のかたちで記されているのですが、これなどは記述の内容から後世の偽書であることが判明しています。またラクサの廃寺から発見された古文書に、宝を埋めるのに協力した当時の村長の息子の記録があり、それが直接的な宝探しの原動力となっているようですね」
「へえ、それで可能性的にはどうなんだ?」
「どうもこうも、宝は見つかったではありませんか。他の信憑性のある記録や、ネールの話などを総合しても、あれ以上の資産を隠しておく余裕が当時の白象にあったとは思えません」
「身も蓋もねえな」
「ですが、あの町の住民はそうは思っていないのでしょうね。もっと膨大な、教会が狙うほどの莫大な資産があったはずで、ご主人様が発見したのはその一部に過ぎない、資産の大半はここに眠っているのだ、というふうに」
「結論ありきで行動してると、そういう風になりがちだよな」
「おっしゃるとおりで。せめて、もう少し可能性があれば、一緒に宝探しに興じても良かったとは思うのですが、現状ではちょっと」
とのことだった。
まあ、宝なんてのは見つかるまでのほうがロマンがあるし、無いことを証明するのも難しいだろうから、やりたい人は楽しく宝探しでもしてくれればいいんじゃないかなあ。
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