第400話 インターバル一回目

 出発地点のグリエンドの街は、今日もお祭り騒ぎだった。

 まさか港が開いてる間ずっと祭りをやってるんじゃないだろうな。

 いやでも毎日お祭りってのは観光資源としては優秀かもしれない、わからんけど。

 まあ、住民によほどのパワーが無いとむりだよな。

 パワーのない俺は、昨日神殿に戻って代わり映えのしない儀式を執り行ったのちに、街の宿に入ったら思ったよりヘロヘロで朝寝をしてしまったので、今日の出発はとりやめて、昼間から街に繰り出している。

 せっかくなのでガーレイオンをうまいもんでも食いに連れて行ってやろうかなと思ったら、俺が起きるよりも前にフルンたちと遊びに行ってしまったようだ。

 まあ、友だちと遊ぶほうが楽しかろう。

 それじゃあ従者でもデートに誘おうとしたものの、みんな次の準備が忙しく、暇なのはカリスミュウルしかいなかった。


「お互い、従者のできが良いとやることがなくて困るな」

「一緒にされるのは癪だが、現実としては、そうだな。レネなどもああ見えて、案外細かいこともできるようだ」


 レネとはウル派脳筋僧侶のカリスミュウルの従者だが、そうか、ちゃんと身の回りのことはできるのか。

 魔法は苦手だと言っていたが、神事などはそつなくこなすらしい。

 まあ一応、僧侶だしな。

 そのレネは今日は他の前衛組と一緒にトレーニングをしているようだ。

 緒戦はどちらかというと力押しで、あまり連携が取れていたとはいい難かったので、まだまだ調整が必要なのだろう。


「さて、クリュウよ、どうするのだ? 知らぬ街だ、遊ぶと言っても心もとないが」

「そうなあ、なんか名所とかないのかな?」

「ルタ島の観光名所といえば、やはり三柱それぞれを祀った三大神殿であろう。多少離れておるとはいえ、立派な神殿が一つの島に揃っておるのは、珍しいからな。観光客は船を使って、これを順番に詣でるそうだ」

「三つもあるんだっけ? 来る途中に船から見たのは何だったかな」

「あれはウル神殿だな、千年前の大戦のおりに破壊しつくされて廃墟になっておったものを、近年再建したと聞く」

「そういやそんな話をしてたな。ここの神殿はネアル神殿だろ、じゃあアウル神殿はどこだ?」

「ちょうど島の北側、オルミナという街から巨大な石橋で繋がれた小島に、モレア山という峻険な山がそびえており、そこに神殿があるそうだ。かつてはそちらが島の表門であったこともあるそうだが、今の試練の順路で言えば、ほぼ最後に訪れることになろうよ」

「詳しいな」

「同じ説明を出発前に受けたであろうが」

「おめえどうせ俺が酔ってるときにやったんだろう」

「貴様の精神は飲んでなくても酔っ払いのごとく浮かれておるからな。時を選ぶだけ無駄であろう」

「じゃあ、覚えてなくても仕方ないな」


 いつものどうでもいい会話を交わしながら、祭りの街をさまよう。

 広場の屋台で地元のエールを一杯引っ掛けていると、まわりがにぎやかになる。

 どうやら大道芸が始まるらしい。


「ここより北に幾千里、ベッソという小さな村がございます。二年続いた干ばつで井戸は干上がり、畑は枯れる。もはや村人総出で首でもくくろうかと相談していた所にふらりと現れたのは旅の僧」


 デデンと小さな太鼓を打ち鳴らしながら弁士がしゃべると、ぼろっちいローブを纏った役者が現れる。

 どうやら腹をすかせているようで、ヨタコヨタコと歩く姿もおぼつかない。

 それでも托鉢でもしようというのか、老婆の前で念仏を唱え始めると、干からびたばーさんは手を合わせて、


「お坊様、ここには籾殻一つ、残ってはおりませんのじゃ。早晩村人はみな飢えて死にましょう。せめて最後に説教の一つでも賜りたいものですじゃ」


 すると坊主は良かろうとうなずいて、説教を始める。

 何やらありがたい話をして村人が感動し、生きる気力を取り戻す。

 村人の一人がお礼にと一つだけ残ったパンを差し出すと、坊主が手をかざし、不思議な力でそのパンを何倍にも増やした。

 みんな大喜びしたところに現れたのはまるまると太った悪代官、ならぬ強欲領主。

 山積みされたパンを分捕ろうとすると先程の坊主が立ちはだかる。

 坊主がローブを脱ぎ捨てるとたちまちその体が輝き出した。

 誰あろう、この坊主こそ吉兆の星コーレルペイトその人であったのだ、みたいな芝居だった。

 ちなみに光ってるところは黒子が手にランプを持って周りを照らすみたいなアバウトな演出だった。

 エッシャルバンが見たらダメ出ししそうだな、あのおっちゃん、芸にはうるさいからな。

 実際、劇の評判はイマイチで、おひねりの代わりにやじが飛んでいた。


「ひでえ劇だったな。筋はともかく、演技が下手すぎる」


 とつぶやくとカリスミュウルが、


「演劇と言っても、見るに耐えうるというだけで半分を切るのではないか? 大半は愚にもつかぬものだが、それさえも辺境に行けば貴重な娯楽になると聞くが」

「こんなに賑わう祭りの一等地でやるもんじゃねえな」

「であろうな、みよ、すごすごと退散するではないか」

「だいたい、時事ネタってのは難しいもんだろうしな」

「うむ、そもそも取材が足りぬ。今の筋も、『ベイソーズの賢人』のタイトルで知られる古典劇のパクリだな。坊主の説教に感動した老婆が貴重なパンを差し出すと、賢人が手をかざして畑がうまるほどに増やした、という筋書きだったと思う」

「ふうん、横着な連中もいたもんだ」


 などと話していたら、演出家見習いのリーナルちゃんがひょっこり顔を出す。


「横着以前に、どうもあの連中は偽物みたいですね。カンビス一座っていう最近地方で人気の若手一座があるんですが、ここの劇場でその名を騙ったものの、あまりの下手さにすぐにバレて今朝追い出されたはずなんですが、性懲りもなくこんなところでまだ頑張ってたとは」

「偽物かよ」


 エノケンが来たと思ったら土ノケンだった、みたいなやつか。

 俺も例えが古いな。


「ここの商工会にエッシャルバンのご友人がいらっしゃいまして、挨拶がてらこちらの情報を聞いてきたのですが、その時に事情をうかがいました。ああした輩はうちの劇場でも悩みのタネでして、胡散臭い紹介状をもった役者もどきなども頻繁に現れるものです。芸を見れば一発でバレるのに、ああいう連中は図太いうというかなんというか」

「ばれないと思ってるのか、バレてもダメ元ぐらいに思ってるのか、それとももっと違う心理が働いてるのか気になるところだな」

「演劇では観客の理解できない行動を役者に取らせることはなかなかできませんが、現実には想像もつかない行動原理を持つ人がうじゃうじゃいるので面白いですね」

「面白いで済んでるうちはいいけどな」

「それはまあ、おっしゃるとおりです。ですが脚本をやるものはいかなることも常に俯瞰して捉え、我が事さえも他人事のように扱ってこそ、人の営みを面白おかしく描けるもの」

「まあ、自分のことも笑えるようになると、大体の物事は面白くなるな」

「そのとおりです。面白いといえば先程街頭売りの新聞に桃園の紳士様のことが出ていましたよ」


 そう言ってカバンから新聞を取り出す。

 みると西国の紳士と東国の紳士の一騎打ち、宙に浮かび火の粉を散らしにらみ合う両紳士の戦いやいかに!

 みたいな感じで煽っている。


「面白そうなニュースだな、他人事だったらだけど」

「あちらには何組も記者がついているそうなので、その連中が書いたのでしょうね。次からこちらにもつくと思いますよ。そもそも先程商工会に顔を出したのも、新聞社組合に呼ばれたからというのもありまして」

「ほほう」

「私、専属として同行させていただいておりますが、エッシャルバンが事前に各方面に根回ししておりましたので、その七光と申しますか、それなりに配慮というものが働くのですよ。むろん、本職の記者などというものはもっと図々しいものですが」

「俺が美人に囲まれて鼻の下を伸ばしてると、あっという間にすっぱ抜かれるな」

「私も見ないふりをするのが大変でして」

「遠慮はいらんのに」

「いいえ、劇場関係者にスキャンダルはご法度、将来に差し支えますので」

「誠実だねえ」


 俺も誠実さを売りにしてるので、リーナルちゃんとは気が合いそうだよなと思うんだけど、そんな俺の気持ちは無視して、彼女はさっさと別の用事で去っていった。

 鼻の下を伸ばして手を振って見送ると、カリスミュウルが呆れた顔で、


「あれはああ見えて、いまいち人生経験が足りておらぬ。しでかさぬように見守ってやることが、我ら友人の努めだと思うがな」

「嫁の友達って、格別魅力的に見えるのはなんでだろうな」

「貴様の目に魅力的に映らぬ女性などおらぬだろうに」

「みなまで言わせるなよ、お前と並んでるからこそ、その七光で映えるのさ」


 そう言ってキザにニカッと歯を見せて笑うと、カリスミュウルは心底嫌そうな顔をした。

 この顔が見たくて、くだらないことを口走ってるところはあるよな。


「それにしても」


 気を取り直したカリスミュウルが、広場を行き交う人々を眺めながらこういった。


「こうして長い時間うろついている割には、貴様が誰も引っ掛けぬな、道を歩けば従者を拾うと新聞に書かれるほどのナンパ男が形無しではないか」

「そんなこと書かれてるのか。まあでも、そこのところは不思議に思ってた。この島にも何人かホロアが主人を求めてやってきてるんだろ? それならここいらで一人や二人、出会っても良さそうなもんだが」

「割の良い主人を目指して、先の塔に向かっておるのだろうよ」

「俺はだめかね」

「貴様は肩書や実績の振れ幅が広いからな、面識もない娘たちにすれば、いまいち信用できぬのであろう」

「そんな気はする。少なくとも最初にアタックするなら、先日のマッチョ君とかのほうが堅実だよな」

「マッチョ君?」

「ああ、お前はみてないか。親愛の虎とかの異名を持つ紳士君だ」


 そのマッチョ君こと紳士ブルーズオーンは、現在、第四の試練に挑んでいるらしい。

 船の上から見たウル神殿の近くにあるんだとか。

 行ったり来たりは本当に大変そうなので、途中から飛行機でも使いたいところだが、体裁を考えると、そうも行かないのかもしれないなあ。


 その後もかわいこちゃんとの出会いを求めて街をさまよったが、出会ったのはうまい飯と酒ぐらいで、それはそれで満足して宿に戻ったのだった。

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