第399話 王様と紳士
翌朝。
まだ東の山並みから太陽が顔を出さぬうちから、撤収を始める。
内なる館を使った運搬は俺がめんどくさいという理由で、大型の空輸機が何台も飛んできて、大きな重機やロボットを使ってコテージや食堂のユニットをそのまま運び出してしまった。
楽ちんだねえ。
馬車を残して綺麗サッパリ片付いたところで、神殿に戻るべく出発する。
しかしまあ、毎回戻ってこいとかいうこんなクソめんどくさい要求を、他の紳士も飲んでるんだろうか。
先日、屋台で一緒に飲んだブルーズオーン君などはお人好しっぽかったので嫌とは言えなそうだけど、なんか王様みたいなのもいるって聞くし、揉めないのかな。
まあ俺の場合は豪華馬車でのんびり移動するだけだし、その間に塔攻略の疲れも癒えるからいいんだけど。
リムジン風馬車で両脇にトッアンクとリプルの巨乳獣人娘を抱えてウハウハしていたら、急に馬車の進みが遅くなった。
片道一時間ほどの道のりで停滞するようなところはないはずなんだけどなあ、と控えていたスポックロンに確認すると、どうやら前方からうちに負けない規模の団体様が近づいているらしい。
さほど広くはない街道で鉢合わせれば、混乱も起きるだろう。
その調整のために、速度を落としたそうだ。
「若きヘショカの王、ハンドレッドエンペラーことサンザルスンという紳士の行列のようですね」
そう言って壁面のスクリーンに映像を出す。
みると巨大な象の背に輿を載せて、その上で美女を侍らす若者がいた。
なかなか頼もしいな。
一緒に馬車に乗って、美人の侍らせ方を学んでいたガーレイオンは、それをみると、
「すげー、あんなにいっぱいいる、師匠にも負けてないかも。やっぱり紳士ってすごいんだ」
などと感心していた。
若いうちは一途でいいねえ。
どうやらあちらは神殿での報告を終えて、次の塔に向かう途上らしい。
どういう人物かと聞いてみると、
「ヘショカははるか西の大国で、スパイツヤーデとの国交などもないようでほとんど情報がなく、私が独自に調べた範囲ではありますが、強固な王政を引く国で、人種、文化的に南方の影響も大きいようですね。王の年齢は十八歳、先代王の長子として生まれ、紳士としてのあまりの輝きと聡明さに、十二歳のときに王位を継承。全国の知者を集めその知により善政を敷く若き名君のようです」
「ほほう」
「どうなさいます? 最初からビビって道を譲ったなどと新聞に書き立てられても良いのでしたら、退いても構いませんが」
煽るんじゃない、とたしなめようと思ったら、先にガーレイオンが反発する。
「えー、師匠のほうが立派で偉い! 向こうが道を譲るべきだと思う」
などといい出したので、師として正しい日和見方を教えておくことにする。
「ガーレイオン、こういう場合、偉いとか偉くないとかはあまり関係がない。紳士は喧嘩せず、喧嘩で失うものは多くても得るものは少ない。みなさい、あの御仁を。あれ程の美女を侍らせているのだから、立派な紳士であることは疑いようもない」
「う、うん、そうかも」
「ならば紳士として、対等に接すればいいのだ。紳士が自ら剣を抜くのは、自分の従者を害されたときだけで十分だと思いなさい」
「わ、わかった、そういえばじいちゃんも、男が命をかけるのは惚れた女のためだけだって言ってた」
「うん、つまりはそういうことだ」
なにがそういうことかは自分でもわからんが、ガーレイオンは好き好んで俺に師事してしまった以上は、俺みたいな紳士に育ってほしいものだなと思う。
とはいえ、このまま馬車に引っ込んでやり過ごすわけにもいかないので、スポックロンになんかいい感じに張り合えるものはないかと聞いてみたら、
「でしたら、ガーディアンに輿を担がせましょう。先程の撤収にも使った中型の作業用ガーディアンが上空に待機しておりますから、二機に担がせてやればいいでしょう」
そう言ってイメージ映像を映す。
時代劇で人足に輿を担がせて川を越えるような、そういうイメージの巨大ロボット版といえる。
ちょうど相手と同じ高さに調整してくれよとガーレイオンに聞こえないように耳打ちしておいて、馬車から降りた。
たちまち空から輸送船が降りてきて、ものの数分で巨大ガーディアンによる輿が出来上がる。
思った以上に立派なものだが、どうやらパレードなどで使うことを想定して事前に用意しておいたものらしい。
気が効き過ぎるのもどうかという気がしてきた。
事情を聞いたフューエルとカリスミュウルは呆れていたが、エディなどは面白がって、大急ぎで騎士連中を集めて、甲冑の上からマントを身に着けて正装し、輿の周りに騎馬を並べる。
支度が整ったところで輿に上がると、思ったより高い。
五メートル四方ぐらいの台座の淵をちょっと低い欄干が囲み、真ん中に豪華な椅子が三脚並んでいる。
これに三紳士がでんと構えて街道を練り歩くという寸法だ。
欄干が低いのでちょっとよろめくとすぐに落ちそうな怖さがあるが、ガーレイオンははしゃいでいた。
「すごい、こんな立派な神輿に担がれるなんて! しかも師匠と一緒に!」
「はしゃぐのはいいが、落っこちるなよ、かっこ悪いからな」
「うん、もっとどっしりと構えてないと」
そう言って鯱張って椅子に座る。
それにしても高いな。
七メートルぐらいはあるようだ。
俺の知ってる象だと高さは三メートルぐらいじゃないかなと思うんだけど、今から遭遇する王様紳士の乗る象は五メートルぐらいあって、更にその上に立派な輿が乗っている。
そいつに合わせるとこうなるらしい。
まあいい、さっさとやり過ごしてしまおう。
俺の隣ではカリスミュウルが三人の従者を従えて座り、反対側ではガーレイオンの横に、リィコォちゃんがおっかなびっくり控えている。
俺の後ろにはアンたち巫女三人が大慌てで着込んだ巫女服姿で立ち並び、横にはクメトスとラッチルが槍を構え仁王立ちしている。
残りの騎士連中はエディが率いて一歩後ろを進んでいる。
かっこいいなあ。
騎士はこう言う時に絵になるよな。
フューエルは後続の馬車に引っ込んでいるようだ。
「貴様もまあ、次から次へとこうした茶番を思いつくものだな」
と呆れ顔のカリスミュウル。
「成り行きってものもあるんだよ」
「貴様の人生は、成り行きといきあたりばったり以外ないであろうに」
「つまり平常運転ってことだ、ほら、そろそろ相手が見える頃だぞ」
森の木々に囲まれた街道の向こうから、ぞろぞろと続く行列が見えてきた。
先頭を行く象の後ろには、百人いるという従者らしき美女軍団、まあ顔はフードで隠れているのでよくみえないんだけど、多分美女だと思われる集団を始め、武装した兵士などを引き連れて進んできた。
やがて互いの顔が識別できる距離まで近づいて、双方の行進が止まる。
あちらの立派な輿の中央に、ひときわ高い椅子があり、そこに若者が座っていた。
顔はゴージャスなコートのフードで覆われていてよくわからないんだけど、印象としては南方風の褐色の優男だな。
そのとなりには儀式用巫女衣装のネーチャンが控えていて、その巫女さんが一歩前に出ると手にした錫杖をシャンとならし、よく通る声で話しかけてきた。
「偉大なる玉光、万物の長兄、紳士の中の紳士たる我らが王サンザルスンの御前である。拝謁を望むなら膝をつき、威光にひれ伏すが良い」
それを聞いたクメトスが、槍を手に一歩前に出る。
「ここにおわすは女神の盟友にして、紳士の祖たる放浪者クリュウである。たとえ女神といえどもその膝を折らせること能わず、ただ共に手をとり歩むのみ」
大きく出たなあ、とか思って聞いてると、相手の巫女ちゃんはちょっと怒ってるっぽかったが、なにか言う前に、相手の王様が立ち上がった。
「この世に生を受けてより、いまだかつて我と並びうる存在など目にしたことがない。なぜならこの輝きの前に、膝を折らぬものなどないからだ」
そう言ってきらびやかな装飾のついたフードを外すと、たちまち太陽のようなまばゆさで輝き出した。
同時に彼の従者っぽい連中はみな膝を折り、頭を垂れる。
なるほどこいつは眩しい。
なにより、頭が丸坊主なんだよな。
狙ってやってるとしたら相当なタマなんだけど、多分違うだろう。
さっきカッコつけたクメトスなんかも、思わず屈しそうになっていたが、頑張って耐えていた。
とはいえ、こいつはすごい紳士パワーだ。
俺もたいがい眩しいが、こいつは引けを取らぬ輝きがある。
でもまあ、やる前から気持ちで負けても仕方あるまいということで、こちらも立ち上がって指輪を外す。
するとたちまち俺の体もかつてない勢いでピカピカと光りだした。
自分で眩しいぐらいなので、周りも大変だろうと余計な心配をしてしまったが、幸いなことにクメトスも俺の輝きを背に受けて、活力を取り戻したようだ。
凛々しく構えている。
「お初にお目にかかる、若き王よ。日々地に足をつけ、一人の民として生きる身であれば、王たるあなたを崇めもしよう。だが紳士として万人の前に立つとき、何者も仰ぎ見ず、何者も見下さず、常に平らかな地平に肩を並べ、歩むことを欲するのみ」
そう言って一歩前に出る。
すると相手の王様は、少し驚いた顔で、
「なんと、これぞまさしく女神の輝き。今まで幾許かの紳士とまみえたが、真に女神と同じ輝きを持つものはおらなんだ。だが今、我は知った。女神の輝きを持つものがこの地上にいることを」
そう言って王様は、芝居がかった仕草で前に歩き出す。
高い輿の上なので、歩けるスペースはほとんどないんだけど、お構いなしに前に進む。
どれぐらいお構いなしかといえば、床がなくても空中を歩いているのだ。
すげーな、王様。
俺には無理だが、負けてられないのでちらりとスポックロンをみると、嬉しそうにうなずく。
同時に俺の目の前に、光る板状の床が現れた。
こっちはこっちで、何でもありだな。
光る床の上を歩いて進むと、ちょうど中央で王様と相対することになる。
下を見ると怖いので、王様を見るしか無いんだけど、近くで見ると、なかなかの美少年だな。
「我は地上に生を受けてより今日まで、我以上の存在を女神の他に知らぬまま生きてきた。二親をして、我の輝きの前には臣下の礼を尽くす。だが汝はどうだ、本当に我と同じ紳士なのか、それとも女神の顕現した姿なのか。我には見当もつかぬ」
「王よ、人の体で地に住まう限り、その知りうるものは肉体の枷を超えることはかないません。この輝きが女神と同じというのであれば、その本質はおよそ我らの計り知るところでは無いのやもしれません。ですが試練を通し、我らは女神の知恵に触れるでしょう。その事によって、紳士の輝きの意味もあきらかになることでしょう」
「その道を、汝も歩むのか?」
「いかにも。そのためにこそ、我らはここに来たのではありませんか?」
「さよう……、我はなぜ紳士なのか、そのことを万国の知者に、そして内より出る女神の声に常に問いかけてきた。そして今こそ確信した、その答えは試練の先にのみあることを」
そう言って王様は右手を掲げて宣言する。
「朕は今ここに百代の知己を得、真理へと至る道を見た」
すると王様の従者が立ち上がり、手を掲げて王を称える。
インド映画みたいにいきなり踊りだしたりしないだろうな、などと余計な心配をしつつ見守っていると、王様が手を下ろし、同時に歓声も止む。
こういうの、練習してるのかな。
「友よ、我は汝と同じこの道を一足先にゆくとしよう。汝に女神の加護のあらんことを」
「王よ、私もまた、同じ道を行きましょう。あなたの道程に女神の加護のあらんことを」
こうして王様とのタイマン勝負は無事に終わりを告げた。
互いに道を譲り合い、それぞれの目的地へと歩を進める。
そうして相手が見えなくなったあたりで、大きくため息をついて輿から降りる。
「いやあ、すげえ王様だったな、びびってしょんべんちびるかと思った」
というと、さすがのカリスミュウルも神妙な顔で、
「うむ、あれは相当な傑物であろう。しかし貴様の図太さも筋金入りだな」
「他に取り柄がないからな」
一方、茫然自失だったガーレイオンは、我に返って叫びだす。
「すげえ、あれが王様! 王様すげー、でも師匠も負けてなかった、すげー、ほんとすげー」
だんだん、語彙がおバカになっていくな。
フルンと遊んでるとこうなる気がするが、最初からこうだったかもしれない。
「ガーレイオン、王とは所詮地上の権勢における一つの頂点に過ぎない、お前が紳士として大成したいなら、そうした価値観から一歩引いたところで物事を見られるようにならないとな」
「ん、つまり……どういうこと?」
「王様であろうが乞食であろうが、それは人間同士が作り出した身分だってことだ。そうしたものに惑わされずに紳士として生きるなら、人の社会から一歩身を引いて、女神と対話する心構えを持ちなさい、ってことだよ」
「う、うん、わか……ったような、わからないような」
まあ、俺もわからんのだけど、そもそも紳士とはなんぞやというのは、この世界に来てから常に気になっていた問題ではある。
それはあの王様だって同じことなのだろう。
さっきはその場の流れで適当なことを言ってしまったが、結局その答えを求めて、俺はこの試練に来たのかもしれないなあ。
まあいいや、さっさと街に戻って、なんかうまいもんでも食おう。
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