第398話 第一の試練 その六

 いつものようにぼんやりと白いモヤの中を漂っている。

 やがてモヤが晴れてくると、そこは周囲を色鮮やかな星雲が取り巻く大宇宙で、ど真ん中に南海の孤島みたいな小さな島が浮かんでいる。

 ふわふわと吸い寄せられていくと、小綺麗なテーブルにお茶とケーキの用意が整っているのが見えた。

 なんか久しぶりだなあ、と思いながら席につくと、いつの間にか残りの席にも人がいた。

 左隣には燕、右隣には判子ちゃん、そして対面に座るエネアルは、今やはっきりとその姿が見えた。

 ちょっと小悪魔っぽい和服少女の出で立ちだが、出会った人の数だけ姿を持つエネアルの中で、俺の知ってる彼女はこの姿だ。


「まずは一つ、火が灯ったようじゃな」


 エネアルがそう言ってカップに口をつけるとテーブルの真ん中に置かれたホールケーキのロウソクに一つ、火が灯る。

 それを見た燕がクッキーをボリボリ貪りながら、こういった。


「そうね、で、どうだった、ご主人ちゃん」

「どうとは?」

「どうって、見たんでしょう、ネアルが最初の扉を開けるところ」

「うん?」

「がんばって物質世界の壁を超えて、宇宙の外に出てみればなにもなかった、ってところよ」

「ああ、あの試練はそういうモチーフなんだな」

「なんだと思ってたの?」

「なにって別に、なんとも思ってなかったんだけど」

「私達闘神の、そしてこの宇宙のたどった歴史をなぞり、互いの使命と運命を再確認する、みたいなそういうアレよ」

「ふうん」

「ふうん、って他人事みたいに」

「そう言われてもなあ、だいたい目が覚めたらここでの会話なんて全部忘れてるじゃん」

「覚えてるかどうかなんて些細なことよ。どうせ昨日のことだって半分も覚えてないでしょ」

「まあ、そうかもしれん、わからんけど」


 そう言ってお茶を飲み干すと、後ろに控えた紅がおかわりを注いでくれた。

 判子ちゃんを見ると、我関せずといった顔で黙々とお茶を飲んでいる。

 聞きたいことがあったような気がするんだけど、まあいいか。


「ところでストームとセプテンバーグはどうしたんだ?」


 そう言って周りを見渡すと、茶会の席を取り囲むカラフルな宇宙空間を二つの光点が自由に飛び回っていた。


「見てのとおりよ、ここだと縛りがないから、飛び放題なのよね」

「ふうん、まあわからんけど」

「ほんとわからんちんだなー」


 頭の上から別の声がしたかと思うと、とたんに首根っこを掴まれて、空高く引っ張り上げられた。

 引っ張り上げたのは、天の果てから地の底まで伸び切っているパルクールの無数にある腕の一本だった。


「ご主人さまは、ちゃんと考えてから答えるべき」

「お前、そうは言っても、わからんという主張はそれはそれで立派な回答の一つだろう」

「おじさんは言い訳ばかりうまくなる! もっと少年の心で!」

「スケベするときは少年のときめきを忘れてないつもりだが」

「下半身で生きてると、脳が腐る、立ち枯れ、中折れ」

「もうちょっと上品な言葉を使いなさい」

「ご主人さまが悪い、教育の賜物」

「まあ、そうかもしれん、わからんけど」


 パルクールは俺の襟首を掴んだままどんどん天高く登っていく。

 周りの美しい星雲はたちまち足元に消え去り、次々と浮かび上がる無数の光点もまた下へ下へと流れていく。


「ちゃんと見てる?」

「なにを?」

「ご主人さまを見てる、あの目を見てる?」

「目?」

「そう、目!」


 改めてよく見ると、周りの光点はすべてなにかの目玉だった。


「見てる、見てるよ! あらゆる時空、あらゆる宇宙、あらゆる概念の向こうから、全知の目が見てる!」

「なにを見てるんだ?」

「このわからんちん、それはもちろん……」


 次の瞬間、真っ黒い闇があたりを覆い尽くし、驚いた俺はソファから転がり落ちて目が覚めた。




「あら、大丈夫ですか?」


 側で飲んでいたらしいフューエルが手を貸して引っ張り起こしてくれる。


「何やらウンウンうなされていたので、起こそうかと思ったら先に転がり落ちて」

「なんか怖い夢を見たような気がするんだけど、落ちたショックで忘れちまったよ」

「悪夢なんて忘れたほうが気が楽でしょう。どうにかできるものでもないんですから」

「そりゃそうだ、ところでいま何時だ?」

「六時ぐらいですよ、そろそろ日が沈む頃ですね」


 食堂の窓から外を見ると、ピンク色に染まっていた。

 けっこう眠っていたらしい。

 ちょっとさっぱりしてくると言ってその場を離れ、風呂場に向かう。

 途中、廊下から食堂の裏手を覗いたら、昨日までなにもなかったはずのスペースに小屋が立っていた。

 小屋というかコンテナハウスみたいやつ。

 中はカプルたち大工組の工作スペースだった。


「どうしたんだ、これ?」


 と尋ねると機材に囲まれて腕組していたカプルが、


「家の地下と同じシステムが、やっと先程届いたんですわ」

「そりゃいいが、明日にもここを引き払うんだぞ」

「ええ、それでどうしたものか、悩んでいるところでして」

「しょうがねえな、これって今、組み立てたのか?」

「これはそのままの形で空輸してきましたの。ですから、次の居留地が決まるまで、また近場に待機させておこうかと」

「効率がいいのか悪いのかわからんな」

「まるごと移動できれば都合がいいかと思ったんですわ。内なる館にも色々用意はしておきましたけど、ご主人様が試練に取り組んでいる間は出入りが不自由ですし。でもこうして移動のたびに使用できなくなると、逆に効率が悪いですわね。もっとポータブルな環境、例えば馬車一台で収まるような物で作り直す予定ですわ」

「まあ、いいようにやってくれ。それより、他の連中はどうした?」


 みるとごちゃごちゃと設置された各種マシーンをチェックしている数人のミラーの他には誰もいない。


「シャミは徹夜明けで睡眠、サウとシェキウールはお風呂ですわ」

「ふむ、俺もまだちょっと寝ぼけてたもんだから、ひと風呂浴びようと思ってたんだった」

「では私もご一緒しますわ、リフレッシュして一杯やってなにか知恵を絞り出さないと」

「そりゃいいね、人間アルコール抜きで立派な仕事をやるのは難しいもんだ」

「おっしゃるとおりですわね」


 というわけで、二人で仲良くお風呂に行くと、十人ぐらいのかわいこちゃんがキャッキャウフフと湯浴みをしていた。

 いい眺めだなあ。

 絵描きコンビのサウとシェキウールは、個人用のつぼ湯に二人で入って肩を寄せ合いながらタブレット端末を覗き込んであーだこーだ言っている。

 最近は女の子同士が仲良くしてると間に入りに行きたくなるんだけど、あそこに俺が入る余地はなさそうなので我慢して、代わりに泡風呂でブクブクと全身をほぐしてみた。

 あー、いい塩梅だなあ。

 隣では同じくカプルがゴボゴボと泡に責められている。

 引き締まった肉体が泡の合間からちらちらと覗き見えて色っぽい。

 そのまた隣では、魔界の眠り姫プールがブクブクやっていた。

 どうやら一人のようなので声をかけてみると、エクはミラーを引き連れて戦闘組のマッサージに、燕はマッサージの終わった連中と飲んだくれているらしい。

 今一人のイミアはというと、


「イミアは最近、チェスより商売に身を入れておるのでな、チェス組は開店休業というわけよ」

「女の友情は儚いな」

「貴様も巻き込まれぬようにするのだな」

「怖いなあ、まあ穏便に新しい趣味でも開拓してくれ。ご先祖様探しとかはどうなんだ?」

「なにか動きがあればともかく、妾は鍬を担いで穴掘りを手伝うのも向いておらぬ」

「わがままだな、カプル、なんとか言ってくれ」


 と間に挟まれてひたすらリラックスしていたカプルに話を振ると、


「そうですねえ、チェス組のみなさんには新しいゲームができるたびにテストをお願いしておりますが、いっそ開発段階から絡んでいただいても良いと考えてはいたのですわ。シェキウールが入って製作ペースを上げたいのに、今はフルンが忙しいこともあって滞っておりますし、そういうのはどうでしょう?」


 それを聞いたプールは体を起こして浅い湯にあぐらを組むと、


「ふむ、実はフルンのゲームを遊ぶうちに、妾もアイデアを温めてはおったのだ。折を見て相談しようと思っていたが、頃合いかもしれぬな」


 どちらかといえば控えめな褐色の裸体に水滴を滴らせながらそういうと、カプルはみっしりと引き締まったボディを起こして、


「よろしいですわね、まずはそのアイデアをうかがいたいものですわ。そろそろ夕食の時間ですし、酒でも酌み交わしながらじっくりと」

「うむ、そうしよう」

「ではご主人様、私達はこれで」


 そう言って二人はさっさと上がってしまった。

 みんなマイペースに生きてて手がかからなくて助かるなあ。

 とはいえ、俺は常にイチャイチャしていないと生きられない生き物なので、別の従者を求めて風呂を出た。

 いやまあ、その前に飯かな。

 腹も減ったし。


 フューエルたちマダム連中のご機嫌をうかがいながら少し飲み食いしたところで中庭に出ると、こちらではフルンたち年少組とガーレイオン主従が、焚き火の前で盛り上がっていた。

 どうやらすごろくをやってるたしい。

 夕方からずっと遊んでるそうだが、ガーレイオンもリィコォちゃんも、あまり子供の遊びをしたことがなくて、すごくのめり込んでいた。


「じいちゃんは剣の稽古はつけてくれたけど、うちにこういうの全然なくて、たまにじいちゃんが留守にするときに村の知り合いの家に預けられてたんだけど、そういうときにちょっと遊んだことがあっただけだから、こんなに面白いと思わなかった」


 ガーレイオンは目をキラキラさせて興奮しているし、見た目こそ興奮しているようにはみえないものの、リィコォちゃんも同様だった。

 楽しそうだとこっちも嬉しくなるねえ。


 一緒になって少し遊んでから、ちょっと飲み直そうと食堂に移動する。

 カウンターを覗くと、テナが重箱に料理を盛り付けていた。

 残ったものを、夜食用に整えているらしい。

 残り物なんてそのまま置いてあるから残り物なんじゃないかと思うが、テナのこだわりどころなのかもしれん。


「じっと見ていても、なにも口には入りませんよ、お望みのものがあれば、何なりをお申し付けを」

「働く女性の美しさを眺めて、胸を一杯にしようと思ったんだけど、一つ頼めるかな」

「それは結構なご注文ですが、残念ながらこの作業はもうおしまいですよ」

「そりゃあ惜しいことをした。じゃあかわりに酒を一杯」

「魔界から届いたワインを先程まで奥様がたが試飲なさっておいででしたが、飲みかけのボトルが何本もございます。今からこれを開けてしまおうと思っていたのでご一緒にどうです?」

「いいね、あんまりワインは飲まないほうだけど」

「魔界は気候が安定して温暖で雨も少なく、安定していいぶどうが取れるのだとか」

「ふうん」


 グラスをとっかえひっかえ、いろんなワインを飲み比べるが、酔っ払ってくると味もだんだんわからなくなってくる。

 テナは俺よりだいぶ強いので、あれこれと評しながら味わっているようだ。


「これは渋みが効いて、舌に残る感じがなかなか。油の乗った肉に合いそうです。この渋みは樽の違いもあるのでしょうか。スパイツヤーデは伝統的にエールやウイスキーのような麦の酒が中心ですが、キッフー地方のように良質で甘い白ワインも有名です。一方、このように渋みの効いた赤は一部の愛好家にしか飲まれていないはず」

「そんなもんか」

「ご主人様のお好きなビールのように苦味のある、あれはたしかホップでしたか、それを加えたものがお好きな人は、こういう渋みのあるのも大丈夫なのでは?」

「そうかもしれん。たまに飲むワインはだいたい甘いよな」


 と昔フューエルに飲まされた辛いやつを思い出す。


「その甘いワインも、今から四百年ほど前、キッフー地方のラドーツと言う小国、これは今はスパイツヤーデに併合されていますが、ここから嫁いできた当時の王妃ペリジェーヌが自身の経営するワイナリーで作ったワインを宮廷に持ち込まれたことで一躍ブームになったとか」

「ああ、そういうのはあるよな」

「ですからこうした魔界のワインも、そういうきっかけさえあれば、流行るのかもしれませんね」

「逆にそのままだと売れないわけか」

「その可能性もあります。商いのことは専門外なので、これ以上は申しませんが」

「ふうん、でも利き酒の方には自信があるんだろう」

「それはもちろん、主人にお出しする物をしっかりと見極めるのも女中頭としての仕事ですから。この点において、アンにはもう少し、勉強してもらわなければなりませんね」

「あいつも貧乏性だからな」

「巫女ゆえの慎ましさ、と申すべきでしょう。利き酒といえば、リアラはキッフーの有名なワイン醸造所の出身で非常に優れた味覚を持っておりますね。もともと彼女は行儀見習いとしてシャボア家に仕えていたのを私が引き抜いたのですが、今では屋敷を任せられるほどに立派に育ってくれております」

「へえ、彼女にそんな特技が」

「むしろ仕事以外の時間は全て飲み歩きに費やしているぐらいで」

「そんなにか」


 女中ってもっと仕事に縛られてるイメージがあったけど、この国の女中はわりと自由時間がおおいっぽいからな。

 しかし彼女がそんなのんべぇだったとは。

 俺のいるときは一滴も口にしてなかったので、次はぜひともご一緒してもらいたいものだなあ、と思ったが、そうした欲望が顔に出るとテナにつねられるので、慌てて視線をそらすと、目の前には今開けたワインボトルがいっぱい並んでいた。

 よく見ると、地球のワインボトルとだいたい同じ形をしてるな。

 こういうのは異なる世界で発展しても、自然と収斂していくものなのだろうか。

 栓もコルクだし。

 強いて言えばオープナーが違うぐらいか。

 なんか目打ちというかアイスピックというか、そういうものでぐりっと引き抜いているようだ。

 おしゃれなソムリエナイフみたいなのを作ってもらえば、受けるかもしれんなあ、とソムリエみたいな格好をしたリアラがワインを注いでるところをうっかり想像して鼻の下を伸ばしていたら、テナにじろりと睨まれたので、慌てて話を逸らす。


「サウも実家は酒蔵だけど、あいつはあんまり詳しくないよな。飲む方は飲むけど」

「彼女は芸術以外に興味がないのでしょう。むしろ商人の嗜みとして、イミアのほうが詳しいですよ」

「そうかもしれん、イミアは爺さん仕込でわりとお大尽な遊びも詳しいよな」

「試練を達成なされた暁には、そういうお付き合いも増えることですから、しっかりと身に付けていただかねば」

「そうはいうけどな、家柄で言えば最上位と言えるカリスミュウルやエディがあれだからな」


 カリスミュウルはただの社交ベタといえるが、エディの方はこの国の騎士らしく宴会となると肉エール肉肉エールみたいなかんじで攻めるので、およそお上品とは程遠い。

 まあわざとやってるんだろうけど。


「ですから、その分のつけがフューエル奥様とご主人様に回ってくるのですよ」

「レディの尻拭いこそ俺の本分といえるが」


 そう言ってテナの尻を撫でるとつねられた。


「所構わずそのようなことをしていると、そのまま演劇の題材にされても知りませんよ」


 テナが視線を向けた先には、劇作家見習いのリーナルちゃんがいた。

 カリスミュウルと楽しそうに飲んだくれている。

 考えてみれば、カリスミュウルの正体を知っててああして付き合えるのだから、彼女も相当に図太い性格だと思われる。


「むしろ俺のあるがままの姿を見てもらいたいんだけどな」

「そのようなものを上演すれば、たちまち警吏の群れが押し寄せるでしょう」

「そして俺は歴史に名を残すわけだ」

「その時はぜひとも、主人を諌められなかった愚かな従者の一人として名を連ねたいものですね」


 などと言っていたら、カウンター奥の厨房から、料理人のモアノアが大きな寸胴を抱えて出てきた。


「おや、モアノア、もうできたのですか?」

「んだ、味見してみるだか?」

「そうですね、飲むばかりでは悪酔いしますし」

「じゃあとりわけるべ、ごすじんさまもどうだす、ポトフだども。ごすじんさまに教わった魚の天ぷらも入ってるだよ」

「もらおうか、たしかにそろそろ温かいものが欲しいタイミングだった」


 ベーコンの代わりに豚バラの塊が入ってたりするポトフを少し食べていたら、アンがミラーと一緒に両手に毛布を持って中庭に向かう姿が見えた。

 声をかけると、フルン達のテントに持っていくのだという。


「今夜は少し気温が下がるそうなので。それにお弟子さんも泊まっていくようですから、その分の毛布も出しておこうかと」

「あいつら、随分と仲良くやってるみたいだな」

「あの二人は、年頃の友達といったものがいなかったようで、遊ぶことにも慣れていないようですから、フルンたちに任せておくのが良いでしょうね」

「だろうな、多少の夜ふかしは大目に見てやってくれ。今日はめでたい日だし」

「かしこまりました」


 そう言ってアンは毛布を抱えて出ていった。


「ガーレイオンはまあ、今のわんぱくなまま育ってくれてもいいとおもうんだけど、リィコォちゃんの方は、胡散臭い魔女に育てられただけあって、ちょっと社交力にかけてる気もするので、誰かが指導してやったほうがいいんだろうな。俺が言うのもなんだが、主人の体裁ってもんは従者の器量次第だからなあ」


 というと、テナは煮込んだ人参をお上品に口に運び、ゆっくりと咀嚼して飲み込み、さらにワインを一口飲んでから、こういった。


「本人に頼まれてもいない指導は、ただのおせっかいですから、私としてはおすすめしかねますが」

「それはまあ、もっともだな」

「ガーレイオンさんは、本人の希望で紳士としてのご主人さまに師事しているのですから、それに関してご指導なさるのはあなたの責任でありましょうが、リィコォさんに関して言えば、これはもう別の話です」

「ふむ」

「ですがこうして日常をともにしていれば、おのれの至らなさに指導を欲するようになるかもしれませんし、逆に我を通そうとするかもしれません。どれが正しい道かは本人次第ですが、正しいと思える道の見本を常に後輩の前に示しておくのは、年長者の勤めと言えましょう。ですから、今の私としては、家を守る女中の仕事を誠実に行うだけですよ」

「いいこと言うなあ」


 と俺がアバウトな返事をすると、隣でポトフをもぐもぐ平らげてたモアノアが、


「あの子達は食いっぷりが気持ちいいから、おら好きだべ」

「そうだなあ」

「おらはうまそうに食うもんに、うまいもんを出すのが喜びだあなあ」

「いい心がけだなあ、俺も真似しよう。このワイン、お前も飲むか。ポトフには合わん気がするが」

「そこはあう酒をだすもんだよ、それにおらはどうも、ぶどう酒は苦手だすな」

「酒はけっこう好みが出やすいよな。飲んでるうちに癖になることもあるけど」

「ごすじん様、ちいと太ってきただで、痛風が出ねえように気をつけるだ」

「そうなあ、でもほら、今はスポックロンがなんかすごい治療してくれるから、大丈夫じゃないのか?」


 というと、あいた皿を片付けていたミラーが、


「治療は可能ですが、万能ではありません。場合によっては後遺症も残りますし、手遅れになれば義肢と取り替える可能性もありますから、適度な摂生は重要です」

「そりゃ怖い、気をつけよう」

「それがよろしいかと思います」


 空のグラスを置いて遠ざけると、どこからともなく現れたスポックロンが、間髪入れずにワインを継ぎ足した。


「お前は話しを聞いていたのかね?」

「もちろん、いつでもご主人様の会話はモニターしております。そしてご主人様のコンディションもモニターしておりますが、血圧、尿酸値ともに正常で今の所痛風の心配はございません。どうぞ心ゆくまでアルコールをご堪能ください」


 スポックロンはあれだな、お世話しすぎて男をだめにするタイプだな。

 まあ、俺はもともとだめなので、相性がいいと言えよう。

 安心してグビグビ飲んでいい感じに酔っ払ったので、寝室に移動する。

 テナとモアノアはまだ飲み食いするらしいので、一人でヨタコヨタコと歩いたせいか、どうやら方向を間違えたようで寝室である馬車とは反対のコテージの方に来てしまった。

 どうやらだいぶ酔っ払ってるようだ。

 戻るのも面倒なので、適当にドアを開けると、リプルとパンテーの牛娘二人の寝室だった。

 ベッドでクッションにもたれかかって読書していたリプルは、俺に気がつくと驚いて、


「どうなさったんです?」


 と聞くものだから、


「夜這いに来てみたんだけど」


 といい加減なことをいうと、編み物をしていたパンテーは驚いて顔を真赤にするが、甘えるのがうまいリプルの方は、ではこちらにどうぞと言って、ベッドの横をすすめる。

 言われるままにバタンと横になったら思った以上に酔ってたようで、なんか世界がぐるぐる回るな。

 気を取り直したパンテーが注いでくれた水を飲んで少し落ち着いたところで、改めて室内を見ると、パンテーと一緒にいるはずのピューパ―達の姿がない。

 聞けば、幼女軍団は別の部屋で寝ているそうだ。

 自立してるなあ。


「ピューパ―も私が忙しかったせいか、わりと早くから一人で眠れるようになってまして、手がかからなくて助かるとはいえ、もう少し甘えて欲しい気持ちもありますねえ」


 などというので、俺が全力で甘えるうちに、どうやら眠ってしまったようだ。

 柔らかい夢が見れそうだなあ。

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