第397話 第一の試練 その五

 みんなで力を合わせて塔の上層部に進んだわけだが、ここは外周だけ残して中をくり抜いた巨大な空洞に、頼りない螺旋階段が一本、円錐状に生えてるだけだった。

 その階段をのぼってるんだけど、かんたんな手すりしかついてないので正直かなり怖い。

 例のごとくフルンなんかは喜んで駆け上がっていくが、突き当りの真四角な小部屋まで行くと遠慮しているのか中に入らずに戻ってくる。

 階段の幅はギリギリ二人分ぐらいしか無いので、あんまり激しく動かれると突き飛ばされそうでよけいに怖いんだけど、俺のすぐ後ろを可愛い弟子のガーレイオンがついてきているので、カッコつけなければならない俺としてはあまり見苦しい態度は取れないのだった。

 そうしてどうにか最上部までたどり着くと、四角い部屋の中は例のごとく巨大な精霊石が浮かんでいるだけの質素なものだった。


「ねえ、師匠、これで終わり? ここでなにかの判子をもらうの?」


 ガーレイオンは不安そうな顔をしている。

 まあ、正直なところ、わけわからんよな。


「そのはずなんだけどな、よくある試練の塔だと、なにかありがたいお声がかかったりするんだが……」


 そう言って少し前に進むと、突然、巨大精霊石が輝き出した。


(我が試練を乗り越えし英雄よ、汝に印を授けん)


 ありがたい声が脳内に響いたかと思うと、ふわっと目の前で何かが光りだす。

 その光を手に取ると、三センチぐらいの金色に輝く立方体だった。

 よく見ると表面に幾何学的な模様が彫られているので、これが印鑑なんだろうか?

 以前と違い、俺もみんなと同じ声が聞こえたようだ。

 そしてガーレイオンやカリスミュウルも同じものを手にしたので、紳士一人につき一個ずつ参加賞的に貰えるものらしい。


「ははー、それがボックス、というものですかねー」


 俺の手元を覗き込んでデュースがそういった。


「ボックスとは?」

「ある種の試練の塔ではこういうものが貰えるのだと昔聞いたことがありますねー、あれはラッドでしたかねー」

「ほほう。で、これはなんなんだ?」

「わかりませんけどー、これを神殿で頂いた紙に印章として押すんじゃないですかねー」

「ふむ、まあこれがそうなんだろうな、台紙みたいなやつは持ってきてるよな?」


 と尋ねると、レーンが荷物から取り出す。


「もちろん、ご用意しております。こちらにドンと印を押せば、第一の試練達成というわけですね」

「なんだかあっけないな。朱肉はあるのか?」

「神殿で聞いたところによると、血判でやるそうですので、いつものナイフで指をずぶりと」

「あれ正直痛いんだよな、従者のためだと思うからこそ我慢してるんであって、ぶっちゃけ判子ぐらいなんでもいいじゃんという気がするんだが」

「まあ、そうおっしゃらずに。このボックス、というものも従者みたいなものだと思えば」

「これに添い寝してもらっても有り難みはねえよな」


 などと言っていたら、カリスミュウルが呆れた顔で、


「グダグダ言っておらんと、さっさとやれ!」

「はい、すいません」


 言われるままに血を付けて判を押す。

 こちらは別に光ったり音がなったりするわけでもなく、ただ押されただけだった。

 ガーレイオンは、俺の情けない姿を見て戸惑っていたようなので言い訳しておく。


「大人になるとな、男ってやつはかっこいいだけじゃ生きていけないんだ。思うに任せぬ情けない自分と向き合う覚悟ってのも、必要なんだよ」

「う、うん。じいちゃんも二日酔いの朝とかは、すっごいかっこ悪かったけど、似たようなこと言ってたから、大丈夫、だとおもう」

「さすがはお前のじいちゃんだ、よくわかってたんだなあ。さあ、お前もさっさと終わらせてしまえ。キャンプに戻って、打ち上げのごちそうと行こう」

「うん、師匠のところのご飯美味しい! あ、リィコォのご飯も美味しいけど、それとは別で」

「うんうん、大丈夫、ちゃんとわかってるから。でも女の子には口に出して言うのができる男のやり方ってもんだ、わかるか?」

「うーん、わかんないけど、わかる……かも」


 ガーレイオンも男らしく育てられただけあって、そういう野暮ったさはあるが、それだとモテる紳士にはなれないので、気配りと配慮の仕方を教えてやらねばなるまいなあ。

 まあいいや、みんなを一通りねぎらったら、さっさとキャンプに戻ろう。


 外に出ると、例のごとく塔がピカピカ光っていた。

 そういや、そんな仕様だったな。

 塔の前ではアンを始めとした待機組の面々が出迎えてくれた。


「お疲れさまでした、みな怪我はありませんか?」


 と言うアンに、


「ああ、無事に終わったよ」

「では、さっそく宴会ですね。一昨日の時点で三階と聞いていたので、まさか今日終わるとは思わずに、まだなにも支度ができていないのですが、先程連絡を受けていま準備中です。それにしても、後半は簡単だったのですか?」

「簡単というか、なにもなくてな。まあ後で話そう」


 キャンプに戻り、ひと風呂浴びて、とっておきのキンキンに冷えたビール片手にまだ光ってる塔を眺めていると、クリアしたんだなという実感が湧いてきた。

 せっせと宴会の支度をしている家事組やミラーの集団を横目に、草原に無造作においたソファにふんぞり返って、ジョッキのビールを飲み干す。

 続けてもう一杯行くか悩んでいると、演出家見習いのリーナルちゃんが手帳片手にやってきた。


「お疲れでしょうけど、塔攻略の興奮冷めやらぬうちに、インタビューなどよろしいでしょうか」

「ああいいよ、君も大変だったろう、大丈夫かい?」

「はい、初めてのことが目白押しで興奮しっぱなしです。特にあの魔法合戦は、なかなかの見ものでしたね。アレはうまく盛り上げてやれば、非常に映える舞台が作れそうです。ところで試練の塔はあのように特別な行動を要求されることが多いんでしょうか? 私の調べた範囲では、謎解きであるリドルなどはあっても、ああしたものは聞いたことがなかったもので」

「どうなんだろうなあ、俺も数えるほどしか塔に挑んだことがないんでな。とはいえ、今回はすぐに分かったからいいようなものの、毎回あんなのだと、運が悪いと行き詰まるかもな」

「他の紳士様も第三の塔でずいぶん長く足止めされていたようですし、困難が予想されますね」

「困るよなあ、ここだけの話、可能な限り楽をして、うちのもんにも危ない目に合わせずに、試練だけ達成したいと思ってるんだけどな」

「かの救世主たる桃園の紳士様がそのような怠け者だと私が語っても、誰も信じぬでしょうね」

「俺もそう思うよ」

「エッシャルバンは取材にあたって、大衆の予想もできないものを探せ、それでいて大衆の期待を裏切ってはならぬ、などと言っておりましたが、なかなかに難しそうです」

「大衆なんてわがままなもんだからな。俺だって客の立場なら好き放題いうからなあ」

「ところで、今後の抱負などは?」

「まだ始まったばかりだしなあ。ここで一旦、街に戻らされるようだし、ちょっと休憩してから計画を考えるよ。まあなんだ、偉大な紳士様がいいそうなかっこいいセリフは君の創作センスに任せるよ」

「お任せください。歯の浮くようなセリフと舌が痺れそうな悪口が得意なんです」

「そりゃあ、頼もしいね」


 そんな感じで取材を終える頃には、酒席の支度が整ったようだ。

 集まったみんなを前に、ジョッキ片手に演説をぶつ。


「まずは最初の試練突破おめでとう、そしてありがとう。全てはお前たちの頑張りのおかげだ。まだ先は長いが、無理せずいつものペースで頑張っていきたいと思う。まあ、なんだ、とにかくおつかれさん、かんぱーい」


 途中で面倒になったので雑に乾杯する。

 乾杯の後は、従者たちの間を回って個別に労ってやるターンだ。

 ミラーやクロックロンを抜いてもざっと六十人からいるので、一人五分ずつ話しても五時間かかるんだよな。

 五時間も俺だけの従者を褒め続けることができるなんてなんて喜ばしいんだ、などという気持ちもないではないんだけど、多少は要領よくやらんと今日中に終わらんわけだ。

 実際に試練に参加した戦闘組だけでなく、後詰めでキャンプを守っていた連中も大事な役目をこなしていたわけなので、しっかりとねぎらう必要がある。

 このマメさこそがハーレムを維持する秘訣だと言えよう。

 こういうところもリーナルちゃんに語っておいたほうが良かったかもしれんなあ。




 手短に一時間ほどで声をかけ終わると、主だったメンツを集めて、今後の相談をしておく。

 後回しにすると、俺も含めてみんな酔いつぶれてしまうからな。


「予定だと、一、二週間はみてたわけだが、五日で終わってしまったわけで、どうしたもんかな」


 そう言うと、アンが少し悩む素振りを見せながら、


「そうですね、後半になるほど、移動にも時間がかかるので、序盤で日数が稼げるなら、前倒しで攻略を進めるのが良いと思いますが」

「あんまり飛ばすとバテそうだが、とはいえ、昨日休暇をとったばかりだしな」

「では、明日神殿に戻って一泊ほどしてから次に出発と言う感じでよろしいでしょうか」


 そういうと、周りの連中も了承する。

 ただし、商売組の面々は、明日の朝一で一度アルサに戻るという。

 日帰りできるかはわからぬが、帰れるうちにマメに顔を出しておきたいのだとか。

 現役騎士団幹部のポーンとローンも同じく仕事に戻るとか。

 メガネ参謀のローンいわく、


「今回の状況を見ても、探索で私達二人が必要になる機会は少なそうですから、できれば日替わりで騎士団の方に顔を出すぐらいの頻度で、やらせていただきたいところです」

「そりゃあ、そっちの都合のいいようにやってくれていいんだが、結構手強い塔だったよな。おまえたちの力が必要な機会はありそうな気もするんだけど」

「たしかに、事前に聞いた噂では、もう少し手頃な難易度という話だったのですが」

「あれじゃあ、冒険者を入れても、ほとんど歯がたたないんじゃないのか?」


 俺の疑問には、代わりにエレンが答える。


「さっき下の方で敵を漁ってた冒険者連中に話を聞いたけど、どうも相手を選んで敵の強さを決めてるっぽいね、彼らには手頃なガーディアンが相手をしてたみたいだよ」

「そうなのか、ずるいな」

「まあ、女神様の思し召しだからねえ。僕らとしては、やりがいがあって結構だけど」

「殊勝なことを言うなあ、まあそれでも大変なことには変わりなさそうだな」

「そうだねえ」


 というか、こちらの強さに応じて変化してるなら、スポックロン謹製のハイテク装備は自重したほうがいいんじゃなかろうか。

 でも今更引っ込めるのもなあ。

 手に負えないほど敵が強くなってから引っ込めるという手もあるけど、それで誰かが怪我でもしたら取り返しがつかんわけで、このあたりはちゃんと検証しておきたいところだ。


 雑な相談は終わったので、満を持して酔いつぶれようと、場所を変える。

 食堂のカウンターは、駅前の小さな飲み屋のような作りで、腰掛けて注文すれば、ピンクの髪を結い上げて割烹着姿のミラー達が、相手をしてくれる。


「なにがおすすめだ?」


 と尋ねると、


「昨日届いた芋の煮付けなどよろしいのではないでしょうか」

「ふむ、じゃあまずはそれをもらおう。酒は冷で頼む」

「かしこまりました」


 料理人のハッブのところでも少し修行しただけあって、ミラーの料理はなかなかのものだ。

 出された芋は、いい塩梅に鰹出汁がきいている。

 鰹節はまだ入手できてないんだけど、これは農業系ノードであるファーマクロンに依頼して作ってもらった合成調味料だ。

 なんか色々シミュレーションして作ってくれたらしいが、味はバッチリなので天然じゃなくても問題ない。

 しゃれたぐい呑で冷や酒をちびちび飲む間にも、ミラーが慣れた手付きであてを用意してくれる。

 そんな様子をぼんやり見ていると、商売組の三人、メイフル、イミア、レアリーがやってきた。


「あら、ご主人様、お一人で? ご一緒してもよろしいかしら」


 と尋ねるレアリーにうなずいて席をすすめる。

 腰を下ろした三人に、ミラーが注文を取ると、まずは同じものをと返す。

 三人共性格も好みもバラバラな気がするけど、あえて最初は俺に合わせてくるあたりに、商人的コミュ力みたいなものを見た気がするが、気のせいかもしれない。

 乾杯してから、あらためて芋をつつく。


「そういえば、魔界のお酒は常温で飲むものなんですね」


 レアリーが俺に酌をしながらそういった。


「冷やしたり温めたりもするけど、常温が一番かもなあ」

「今後、魔界のお酒を扱う予定ですけど、酒そのものだけでなく、その飲み方やそれに合う料理もセットで提案していくことになるものですから、私ももう少しそちらの勉強をしたいと思っておりますの、おほほ」

「俺の場合は故郷のスタイルだからな、そういうところはアウリアーノ姫にお願いしたほうがいいだろうなあ、酒を売り込みたがってるのは彼女だろう」

「そのつもりではいるのですが、かの姫君は、なかなか付き合いの難しいお方のようで」

「お前もそう思うか。俺も苦手でなあ、じゃあラッチルはどうなんだ?」

「彼女は、なんといいますか、あまりそういうところには詳しくないそうですわね」

「育ちはいいんだけど、根っからの武人だしな。あ、でもあいつが連れてきた侍女なんかがいただろう、ああいう連中は、マナーとか教養とかしっかりしてるんじゃないか?」

「そういえば。従者ではないのであまり交流もなく、たしか屋敷の方でリアラさんが監督していたんでしたでしょうか」


 レアリーがそう尋ねると、イミアがそうだとうなずく。


「今回の試練にも、ラッチルの付き人として何人か同行する予定だったんですけど、まだ地上の暮らしに慣れてなくて、今は奥様の屋敷の方で地上のマナーを修行中のはずです」

「別に細かいことはどうでもいいと思うんだけどな、まあ頼めば協力してくれるだろう。魔界人の好きそうな土産でも持っていって……、って何がいいんだろうな」

「さて、そうした知識も急いで身につけていかねばなりませんわね。知識こそが商人の武器ですのよ」

「それはいえるな」


 話しながら飲んでいると、なんだか小腹がすいてきた。

 そういえば昼飯もちゃんと食ってなかった気がする。

 米が食いたいなあ、でもご飯食べると酒が欲しくなくなるしなあ、とはいえアテばかり食って腹をふくらませるのもちょっとなあ。

 などと考えていたら、顔に出ていたのかミラーが奥の冷蔵庫からきれいな白身の柵を出してきた。


「いい真鯛がありますが、少し握りましょうか?」

「そりゃいいね、ちょっと貰おう」


 ミラーの握る寿司はなかなかのもので、しかも日々進化してる気がする。

 自分専属の寿司職人ってのは、これはもうなんとも言えぬ贅沢だなあ、とニコニコしていたら、隣のレアリーが勘違いしたのか、


「随分と美味しそうに召し上がってますね。ミラー、私もいただけるかしら」


 と注文すると、ミラーの方はベテラン職人の貫禄でちゃくちゃくと握っていく。

 見事な手際に見惚れてつい注文して食べすぎてしまい、そのまま近くのソファでうたた寝することにした。

 この自堕落な暮らしさえ保証されてれば、試練のひとつやふたつ、どうってことはない気がするね。

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