第396話 第一の試練 その四

 昨日リフレッシュ休暇をとったおかげで、今日は健やかに探索に勤しむことができている。

 今も三メートル超えのでっぷりした体型のガーディアンをぶちのめしたところだ。

 もちろん俺の従者が、だけど。


「ご主人様、お怪我はありませんか?」


 自分の倍はある敵を槍でぶっ飛ばしたクメトスが爽やかな顔で話しかけてきたのでしっかりとねぎらっておく。

 従者を褒めることこそが、紳士の一番の仕事と言ってもいいだろう。


「それにしても、カプルが用意してくれた槍は驚くべき強度ですね。私が全力で横殴りに敵を打ちのめしても、柄がなめらかにしなるだけでヒビ一つはいっておりません」


 そう言って新しい槍を嬉しそうに撫でる。

 特殊な繊維を編み込んで整形したものらしく、程よい弾力とびっくりするほどすごい強度をもった、なんか強い槍だ。

 カプルは以前、武器は素人が作れるものではないと言っていたが、古代技術のフォローがアレば、色々作れたりするんだろう。

 同じ槍を振り回して、クメトスに劣らぬ活躍をしていたエーメスも、


「天下無双の豪腕を誇ったという伝説の騎士ラッジホーズの愛槍ブリンゲルは、ノズの巨体を貫いたまま振り回しても、決して折れなかったといいますが、これはそれにまさるとも劣らぬ良い槍だと思います」


 などと言っている。


「これほどの名槍、それにふさわしい名前が欲しいところですね」


 クメトスがそう言って槍を掲げると、エーメスもそれが良いとうなずきながら、


「ぜひともご主人様に名付けていただきたいものです」


 と言い出した。


「いや、そうは言われても、名前つけるの苦手なんだけど」

「そんなことはないでしょう、クロを始め、みな良い名を頂いているではありませんか」


 そばでレルルを載せてくるくると回りながら遊んでいるクロを指差しながらそんなことを仰るが、苦手なものは苦手なんだよなあ。

 とはいえ、俺もかわいい従者の頼みを無下にするような男ではないのだ。

 それにしても槍か。

 ゲームとか漫画とかだと、だいたいファンタジーの主人公は剣ばっかり使うもんなあ。

 うちの騎士連中は、基本は槍だからなあ。

 でも戦国物の小説なんかでも、武将は槍ばっかり使うか。


「えーと、槍、槍なあ、なんかこう神話とかの強そうな奴を……剣ならエクスカリバーとか強そうだけど、えーと、それじゃあグングニルとかどうだ、槍の名前だったはずだけど」

「おお、勇ましい名前ですね、何か曰くのある名なのですか?」

「いや、えーと、たしか故郷の神話で……」


 と困っていると、スポックロンがかわりにうんちくをぶってくれた。


「北欧神話の主神オーディンの槍で、貫けぬものはなく、一度投げると何人も避けることは能わず、自ら所有者のもとに戻ってくるという槍ですね、世界樹の枝で作られているという話です」


 スマホ辞書なんかの知識を全部詰め込んでるんだろうが、俺より詳しいな、ちょっと悔しいぜ。

 一方、その説明を聞いた二人は、


「おお、それは素晴らしい名ですね、どう思います、クメトス」

「私も気に入りました。ぜひその名をいただきましょう」


 などと喜んでいた。

 そういや、ドラゴン族のラケーラや、ビキニアーマーのアンブラールはなんかすごそうなギミック付きの剣を持ってたし、二人にもあれに負けないすごい槍を持たせたい気もするな。

 というようなことを口にすると、


「では、槍に帰還機能をつけましょうか、銅金か石づきのあたりに仕込めば、使い勝手に変化はないでしょう」


 スポックロンはそんな事を言っていたが、投げたら自動で帰ってくる槍とか、ファンタジー感あっていいよな。

 ファンタジー感といえば、今日から俺たちの装備は一部様変わりしている。

 ガーレイオン達の古代装備に触発されたスポックロンが用意したやつで、俺の鎧もファンタジー風だった上っ面のなめし革や板金の装飾を取っ払って、古典SFのようなツルッとした外装になってるし、兜も透明なフードのついたヘルメット風にかわっている。

 HUDヘッドアップディスプレイで目の前に地図とか味方の配置情報とかが表示されるんだけど、情報過多で鬱陶しいので、今の所オフにしている。

 まあ、徐々に慣れていくだろう。


 戦闘の後始末を終えたところで、エディ達のチームがやってきた。

 ざっくり二つのチームに分かれて四階を探索していたのだが、あちらは探索し終えたらしい。


「どう、なにかめぼしいものはあった」


 と尋ねるエディに、


「いやあ、ないね。こっちはここが最後の部屋のはずだから、この先は吹き抜けの通路に出るはずだ」

「向こうからも通路に出られたけど、下の階同様、単に吹き抜けの周りを一周してるだけで何もなかったわね」

「そうか、困ったな」

「五階への階段は見つからないわねえ」

「見落としはないと思うんだけどな」


 ヘルメットのHUDを起動して他の連中とも共有できる形で地図をARで表示する。

 エディを始め騎士連中の兜もAR表示に対応してるのだが、事前にトレーニングを受けてきっちり使いこなせるようになっているようで、そういうところは訓練された軍人っぽさがあるよな。

 俺はまだ慣れてないので四苦八苦して表示した地図を見ながらみんなで検討してみるが、隠し通路のようなものが隠れる余裕はないと思う。


「まあ、吹き抜けに出てみるか」

「そういえば、ハニーの可愛いお弟子さんが、ぐるぐる走り回ってたわよ」

「お子様はすぐ走るんだよ」


 ぞんざいな返事を返しながら、先に進む。

 吹き抜けを取り囲む通路は、出入り口が数箇所ある他は、めぼしいものはなにもないが、ここ四階になると、天井まで四、五メートルほどで随分と近くなる。

 天井部分はぼんやりと光っているが、見ると放射状にスジボリがあってかみ合わさっており、なんだかカメラの絞りのようにも見える。

 なにかやったらアレが開いて、上に行けるんじゃなかろうか。

 まずは調査だな、というわけで、スポックロンに調べさせる。


「ではまずはクロックロンに張り付かせてデータを取りましょう。といっても、ここの素材は我々のセンサーではスキャンできないので、得られる情報は限られているのですが」

「そんなに技術格差があるのか?」

「なんとも言い難いところですが、女神の柱同様、何でできているのかもわからないので評価しようがない、あるいは仮説はありますが検証する手段がないというのが正直なところですね。まったくもって不甲斐ない話といえましょう」

「まあ、そういうこともあるさ」


 天井に張り付いてわらわらと歩き回るクロックロンを眺めていると、可愛い弟子のガーレイオンが走り寄ってきた。


「師匠! どうしよう、ここ行き止まりだった。次、何をすればいいのかわからない、どうしよう」

「まあ落ち着け、闇雲に動き回っても答えは見つからんぞ」

「じゃあ、どう動くの?」

「まずは観察する、しかる後に予想を立てる、そして予想を検証するように動く。予想が外れたらそれに基づいてまた別の予想を立てる。その繰り返しで問題を解決していくのが、紳士らしいスマートなやり方だ」

「わ、わかった。僕にもできるかな?」

「できるようにならないとな、まあ、一緒にやってみようか、まずは観察だ」

「うん」

「ところで地図は書いたか?」

「書いた! リィコォがだけど」


 ガーレイオンはリィコォちゃんから小さな箱を受け取ると、不器用にいじりながら地図を表示させた。

 立体映像の地図には入り口から四階までの正確な立体地図が表示されている。


「ふむ、よくかけてるな」

「そうなのかな? 僕はよくわからないけど」

「ああ、良い地図だ、ちゃんとリィコォちゃんにお礼を言っとけよ」

「わ、わかった、ありがとうリィコォ」


 いきなりお礼を言われたリィコォちゃんは、ちょっと面食らっていたが、胸をそらして、


「従者として当然の努めです」


 と、こういった。

 ガーレイオンには、従者の労い方も教えてやらんとなあ。

 ところでこの二人、夜はご奉仕とかしてるのかな。

 まだ早いか、わからんけど、まあいいや、今は地図の話だ。


「こうして地図を見ると、四階にはどこにも階段を隠すような場所がないのがわかるよな」

「うん、だから一生懸命走り回ってたんだけど」

「ぱっとみてわからない以上は、わからない隠し方をしてあるもんだ。つまり、普通に歩いて回っても見つからない方法で上に行くのだろうと、予想してみる」

「うん、予想……、えーと、わかんない」

「ははは、諦めるのが早すぎるぞ。そうだな、ちょっとそこの広いスペースでお茶でも飲みながら考えるか」

「え! こんなところでお茶飲むの!?」

「紳士たるもの、常に優雅に構えて事にあたるものだ。もちろん、警戒は怠らずにな。今はこの大人数だから、大丈夫だろう」


 というわけで、通路が少し広がったスペースに腰を落ち着けて、お茶を入れてもらう。

 もっとも大した広さではないので、くつろげるのは十人ぐらいかな。

 残りはこの場所の護衛と、周囲の調査でもやっといてもらおう。


 ガーレイオンはお茶をグビグビ飲み、まんじゅうをパクパク食べながら必死に地図を眺めているが、なにかアイデアが出てきそうな感じはまったくしないな。


「そうやって悶々と悩んでるだけじゃ、いいアイデアってのは出ないものだ」

「じゃあ、どうするの?」

「そうだな、人それぞれってところはあるが、例えば誰かと相談しながら考えるのは、もっともいい方法だな。リィコォちゃんと相談しながら、気がついたことを順番に上げていくといい。その中でなにか気になるものを見つけたら、それを調べて見るんだ」

「わかった!」


 この二人はまだパートナーとしては半人前以下って感じだよな。

 もちろん、いきなりうまくやれるわけもないのだが、共同作業を行ううちに仲が深まるということもある。

 そもそも、相性はいいんだしな。

 今だって、初対面の頃に比べれば、ちょっとは仲良くなってるように見えなくもない。

 まあ、正式に付き合う前の中学生ぐらいの雰囲気はある。

 ガーレイオンとリィコォの二人は、あーだこーだ言いながら、一生懸命試練の塔の秘密を解き明かそうと相談を始めたのだった。

 その間に、俺もなんか考えとかないと、師匠としての威厳が保てなくなるな。


 改めて地図を見る。

 ドーナツというより、シフォンケーキのように中央がくり抜かれた塔は、四階までみっちりと円周状に迷路と小部屋が配置されていて、幾何学模様みたいだ。

 一方、中央の空洞には天を見上げる女神像が一体あるのみ。

 うーん、わからん。

 いや、たぶん、なにかやったらこの天井が開くんじゃないかな、とは思うんだけど、なにをやるんだろうな。

 もう少し情報がいるか。

 お茶のおかわりを頼みつつ、スポックロンから調査報告を受ける。


「天井の調査を一通り終えました。絞り構造の細い溝はピッタリと接合しておりますが、表面に付着したホコリに僅かなズレが見られます。おそらくはあれが開くのでしょう。また、中央辺りに若干ですが、高熱で焼けたホコリのカスが付着していました」

「なんか魔法でもぶちかましたのか」

「そう思われます」

「ふーむ、じゃああれか、『力がなければ先へは進めぬ』ってやつか」

「魔法か物理的な力かはわかりませんが、そういうことでしょう。それによって扉が開く、と」

「まあ、そうだろうなあ」

「では、早速そのように」

「まあまて、可愛い弟子がまだ悩んでるんだ、もう少し様子を見よう」

「ご主人様は弟子を甘やかしすぎるのでは」

「俺は甘やかされて育ったからなあ、このやり方が一番しっくり来るんだよ」

「かしこまりました、では、お茶をもう一杯どうぞ」


 さらに三杯ほどゆっくりとお茶を堪能した頃に、ガーレイオンがやってきた。


「いっぱい考えたけど、僕はあの女神像が怪しいと思うんだ」

「たしかに、これ見よがしに置いてあるな」

「だから、あれをぶっ壊してみようって言ったんだけど、リィコォがそんな罰当たりなことをするなって怒るんだ、どうしよう」

「そりゃあ、リィコォちゃんじゃなくても怒るだろう、女神様だしなあ」

「師匠も怒る?」

「俺はあんまり怒らないタイプだからなあ、でもほら、女神様に与えられた試練をやらせてもらってる立場としては、あんまり失礼なことをするもんじゃないだろう」

「そっか、そうかも。じゃあどうしよう」

「もうちょっと女神様を観察してみるとどうだ」


 そう言って二人で下を覗き見る。

 女神様の頭はここよりちょっと下の三階辺りに位置しているが、上を見上げているのでここからみると綺麗な顔がよく見える。

 なんかエネアルに似てる気もするが、こいつはネアル様らしい。


「なんか天井を睨んでる。天井が憎いのかな」

「そうかもしれんな、俺たちと同様、ネアル様も上に行きたかったのかもしれないぞ」

「じゃあ、天井をぶっこわせばいいのかな」

「うん、いいところに気がついた。試す価値はあるアイデアだ」

「でも、剣だと届かないよ、ジャンプすれば届くけど、はじっこしか無理かも。攻撃の魔法は苦手だし、師匠は?」

「そうだなあ、俺だったら魔法の得意な従者にやらせてみるかな、従者の力こそ紳士の力量を表すもんだからな」

「そっか、じゃあリィコォに撃ってもらおう、あいつ、すごい魔法使うんだ!」


 というわけで、ガーレイオンがリィコォちゃんに命じると、女の子特有の気難しそうな顔で渋りながら、ガーレイオンの袖を掴んで隅っこまで引っ張っていった。

 何やら小声で言い合っているようだが、そちらに視線を向けると、急に会話の内容が拡声されて耳に届く。

 どうやらヘルメットに内蔵された集音装置が働いているらしい。

 こんなスケベな隠し機能があったとは、悪いとは思いつつ盗み聞きしてみよう。

 いやまあ、今までも念話とかでよくやってたけど。


(なんだよ、いつも自慢の魔法で全部薙ぎ払ってみせるって言ってたじゃないか)

(それとこれとは別です。クリュウ様の歴戦の従者の皆さんを差し置いて、私ができるわけないじゃないですか。だいたい、失敗しても恥ずかしいし)

(失敗を恐れちゃだめだって、じいちゃんも言ってたぞ、成功するまでは失敗し続けるもんだって)

(それとこれも別です!)

(別じゃないよ! 師匠にお前のすごいところを見てもらうんじゃないか。それにもし、今できなくたって、次はできるかもしれないし、そうやってできるようになるところを見てもらうんだよ!)

(そうは言っても、従者の恥は主人の恥です。私としては、あなたのみっともないところを見せたくないんです)

(大丈夫だよ、師匠は失敗しても笑わないよ、たぶん)


 などと言い合っていたが、結局リィコォちゃんは覚悟を決めたようだ。


「じゃあ、やってみます。あの天井を攻撃するんですよね。一番得意なやつで……」


 そう言って呪文を唱え始めた。

 たちまち女神の頭上に巨大な火の玉が出現し、それがますます大きくなっていく。

 それを見ていたデュースが、


「あらー、なかなか見事な火球ですねー」

「あれが火球の魔法か、もっと握りこぶし程度じゃないのか」

「呪文を練れば練るほどでかくなるんですよー、更に練ると逆に小さくなるんですがー、とにかく下の人にはちょっと避難してもらったほうがいいですねー」


 吹き抜けの下を見ると、よその冒険者が二組ほどいて、上を見上げていたので声をかけると慌てて扉から出ていった。

 こっちも防御しといたほうがいいかもしれんと思ったら、すでに結界で包まれている。

 さらにクロックロンが取り囲んで半透明のシールドのようなものを展開していた。

 そうする間に、火球は直径三メートル程度まで膨らんでおり、正直かなり熱い。


「行きますよ、皆さん、衝撃に備えてください」


 詠唱を終えたリィコォちゃんがそう言うと、ガーレイオンが、


「よし、やっちゃえ!」


 と叫ぶ。

 同時にリィコォちゃんが手首をくいっとひねると火球が天井に激突した。

 次の瞬間、火の玉が爆ぜて爆音とともに目の前が真っ白になる。

 いや、真っ白になったのは一瞬ですぐにヘルメットのフードが真っ黒になって閃光を遮っていた。

 それから一分程度だろうか、魔法の衝撃が収まって、煙が晴れると、火球が激突したあたりは真っ黒い煤が張り付いていたが、その中心部分が僅かに開いていた。

 直径一メートルほどの穴だが、たしかに開いている。

 成功かな、と思ってしばらく眺めていたが、それ以上の動きはなかった。


「だ、だめだったんでしょうか?」


 不安そうな顔のリィコォちゃんだが、ガーレイオンが励ますようにこういった。


「そんなこと無いよ、ちゃんと天井が開いたじゃないか、やり方はあってたんだ。一回でだめなら十回やればいいんだよ」

「でも、いまのでだいぶ力が」

「じゃあ、ちょっと休んで……」


 そう言ってガーレイオンが天井を見上げると、じわじわと天井がスライドして、こびりついた煤がはらはらと舞い散りながら、中心の穴がふさがり始めた。

 どうやら完全に開ききるまで魔法をぶつけ続けなきゃだめらしい。

 そろそろ俺の出番か。


「二人ともよくやったな、あとは一緒にやろう。なに、みんなで力を合わせれば大丈夫さ」


 というわけで、うちの魔導師連中も一緒になって、天井にボカスカ魔法攻撃を繰り返すと、再びじわじわと天井の穴が広がり始めた。

 この調子なら三十分も頑張れば開くかな。

 サボってる一人が頑張れば、もう少し早く開きそうなんだけど。

 と、サボってるデュースに声をかける。


「どうした、現場監督に専念してるのか?」

「そうですねー、この調子なら私がやらなくても大丈夫でしょうしー、若い子たちに活躍の場を作っておかないとー」

「まあ、本番経験は大事だよな」

「それにまあ、さっきの火力から考えるとー、たぶん私がやるとー一発で開いちゃいそうですしー」

「そんなもんか」

「みんないいところを見せたいんですよー、頑張ってもらいましょー」


 そういうことなら、ちゃんと頑張ってるところを見てやらんと。

 うちの魔導師連中は、円周状の通路に広がって自慢の魔法を次々と天井にぶつけている。

 その余波は激しいもので、うっかりノーガードでうろつくと焼け焦げてしまいそうだが、そこは結界やらシールドがあるのでどうにかしのげる。

 しのぎながら、まずは新人のペキュサートのところに行く。

 なにやら見たことのない雷撃の魔法で、天井にいくつも光の玉が張り付いてバリバリとスパークしている。

 アレで敵にまとわりついて継続的に電撃を浴びせる魔法らしい。


「効いてるのか、効いてないのか、分かりづらい。次は、火炎系で攻める。新しいの、あるから」


 そう言って別の呪文を唱え始めた。

 楽しそうなのでそっとしておいて次はネールのところに。

 ポテンシャル的にはデュース並なんじゃないかと思うんだけど、呪文となると、まだ駆け出しっぽいところがあるようで、時々噛みながら必死に火の玉の魔法を天井にぶつけ続けていた。


「ど、どうにもまだ修行が足りぬようで、デュースが非常時以外は丁寧に呪文を唱えろというものですから。覚醒して体当りしたほうが、まだ効くかと思うのですが」

「それじゃあお前、他の連中の邪魔になるだろう」

「はあ、一応、色々と特訓はしてきたのですが、やはり呪文というものはどうにもまだるっこしくて」

「今も修行の続きみたいなもんだ、頑張れよ」


 ついでカリスミュウルのところに行くと、アンブラールとレネのマッチョ二人が腕組みして様子を眺めていた。


「このようなときは、役に立たぬ自分に歯がゆさを覚えるものですな」


 というレネ。


「まあ、普段はお前たち前衛組のほうが出番が多いしな、後衛は呪文の一つも唱えることもなく戦いが終わることもあるんだし、たまにはこういうこともないとな」


 一応そう言っておいたが、レネは口でいうほどには気にしていないようだった。

 脳筋の脳筋たる所以であろうか。

 アンブラールは、あのなんか凄い剣の力を使えば一発かませそうなんだけど、若いものの活躍を見守るスタンスらしい。

 今一人、カリスミュウルの従者である透明人形のチアリアールもすごい術者っぽいんだけど、これも補助魔法や回復魔法向けで、攻撃魔法はあまり使えないそうだ。

 あるいはこちらも、サポートに徹してるのかな。

 で、カリスミュウルは念動力が使えるが、こういう場合には向いてないのだろう。

 結局、主従揃って後方で腕組して見守る感じになっていた。

 そういうのは俺の仕事だと思うんだけどな。


「貴様は覚えたての呪文を披露せんのか?」


 腕組したカリスミュウルがそう言うが、俺の役目じゃないとばかりに手を振ってその場を離れた。


 最後にウクレとオーレの新米魔導師コンビのところに行く。

 こちらはフューエルが指導につきながら、協力して魔法をぶつけまくっているようだ。

 ウクレはまだ未熟だが、控えめな火球を何発も天井に放っていた。

 前は数発しか打てなかったのに、休憩しつつとはいえ、なかなかの成長ぶりだな。


「随分、連発できるようになったじゃないか」


 というと、額の汗を拭いながら、


「そう思ってたんですけど、リィコォちゃんのすごい魔法を見たあとだと、どうにも自分の術が頼りなくて」

「ははは、欲張るもんじゃないさ。この数ヶ月でそれだけ成長したんだ、先が楽しみってもんだ」

「はい、がんばります!」


 ウクレもそばかすはそのままだが、ちょっと体つきは女っぽくなってきたし、色んな意味で将来が楽しみだよな。

 ムチムチになるのか、スレンダー系に育つのか、もちろん、フューエルみたいなバランスの良いタイプも捨てがたいよなあ。

 一方、ウクレの修行仲間であるオーレは、氷の礫をポコポコ当て続けていたが、


「キリがない、もっとデカイの、かます」


 そう言ってモコモコと巨大な氷の塊を作り始めた。

 前はバレーボール程度だったと思うんだけど、こいつは二メートルを超えている。

 なかなかのもんだな、材料の水分はどっからくるんだろう。

 エルミクルムとかいう魔法の元が作ってるんだろうか。


「もうむり、これ以上でかくならない、撃つ、どっせーい!」


 オーバーアクションで両腕を振り上げると、巨大な氷の塊が天井に激突する。

 でどうなったかといえば、何割かは砕け散って、残りは中央の穴にすっぽりハマってしまった。


「ハマった、何だアレ」

「何だアレじゃないだろう、もうちょっと地道にやったほうがいいぞ」

「そうかな? ご主人、いうだけだから楽、やる方はしんどい」

「そりゃもっともだ。ちょっと休憩するか?」

「休むと穴が塞がる、頑張るしか無い」

「それもそうだな、まあ頑張れ、ほらリィコォちゃんに負けるな」

「リィコォの魔法、熱い、氷溶ける、負けそう」

「そうなあ」


 今も、さっきほどではないものの、バレーボールぐらいの火球を何発も天井にぶつけている。

 そのうちの一発が、オーレの作った氷の塊にぶつかると、ミシッと音を立てて氷が割れた。

 割れたらどうなるかといえば落ちるわけで、落ちた先には巨大な女神像があるのだ。

 その結果、氷の塊は女神の顔に激突して、めり込んでしまった。


「あはは、女神の顔に氷が乗った、タンコブみたい」


 オーレは無邪気に笑うが、落っことしちゃったリィコォちゃんは慌てて氷をとかそうと火の魔法を放ち、ボコスカと女神像に攻撃をぶつけてしまって、泣きそうな顔をしていた。


 かように混乱も見受けられたが、それでもどうにか天井が開きったようだ。

 完全に天井の覆いがなくなると、上から螺旋状の階段が現れて、登れるようになる。

 さっそく登ってみると、五階から上には螺旋階段の続きが伸びているほかは何もなく、広々とした円柱状のスペースがおそらくは最上階の八階相当の高さまで広がっていた。


「なんだこりゃ、これでおわりか?」


 と首をかしげる俺に、カリスミュウルが天を指差し、こういった。


「みよ、階段の先に小部屋のようなものがある、あそこがゴールである塔の心臓部ではないか?」

「まあアレだけこれみよがしにあるんだから、そうなのかもしれん」

「他になにもないようだ、まずは行ってみるしかあるまい」


 カリスミュウルの言葉にうなずくと、俺は皆を率いて階段を登り始めたのだった。

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