第395話 第一の試練 その三
探索開始から四日目の朝。
昨日の時点でまだ三階をウロウロしていたのだが、いまのところ、特にめぼしい発見はない。
戦闘などは強敵ではあるものの滞り無く進み、可もなく不可もなくといったところだろうか。
順番に部屋を回り、強い敵を倒し、扉を開いて先に進むとまた次の敵が出る、といった感じで、まるで修行だなあ、というのが現時点での感想だ。
クメトスを始め、まじめな騎士連中などはすごくやる気を見せてるんだけど、俺やデュースのように老後の隠居生活を夢見る連中には評判が悪いタイプの塔だと言えよう。
斥候隊であるエレンにとっても、どちらかというと面白みにかけるようで、
「こういうところは、ずっと空気が張り詰めっぱなしで疲れるね。今の所、興味を引くようなトラップもないし、謎掛けはあっても、別に答えを求められるわけでもないし」
などという。
謎掛けというのは、塔の階段などにパネルがあって、何やらありがたそうな文言が書かれてあったやつのことだ。
『旅の始まりは、常に扉を開くことから始まる』
とか、
『力がなければ先へは進めぬ、だが先に進まねば力は得られぬ』
みたいなことが書いてある。
だいたいゲームとかだと、こういうもっともらしいメッセージはただのフレーバーで、大した意味はないよな。
と思うんだけど、ハーエルなどはありがたがって一生懸命メモしていた。
引きこもり系巫女のハーエルは、どちらかというと俺やデュース寄りの性格だと思うんだけど、そこは腐っても巫女といったところか。
新人ウル派僧侶にしてカリスミュウルの従者であるレネは、文言を前に手を合わせて拝んでいたものの、
「信仰とは言葉にて表すものではござらぬ、体にて感じるものでござる。その点、この試練というものは、強敵との殴り合いの中に、ふと知恵のひらめきを得るものでござる、まこと試練とは得難いものでありますなあ」
などと言っていた。
筋肉で考えてる感じが頼もしいが、カリスミュウルはちょっと持て余してるようだな。
こういう従者とともに歩むことも、紳士の試練と言えるのかもしれないなあ、などと雑なことを考えていると、我が家でもっとも僧侶らしい僧侶であるレーンが、
「女神のお言葉は、常に問いかける本人の心に響くもの。言い換えれば聞くものの解釈こそが、お言葉の本意となるのです。ご主人さまにおかれましては、どのように受け取られましたか?」
「どのようにっていわれてもなあ、書いてる通りじゃないのか?」
「つまり、あるがままに受け入れることこそが、ご主人さまの有り様とおっしゃるわけですね!」
「うむ、何がこようが動じることなくすべて受け入れてやろう、どんとウェルカムだ」
「言葉の意味はよくわかりませんが、実に頼もしい限りですね!」
「そういうお前はどうなんだ」
「それはもう、私は常にご主人様に右に倣えですから、お言葉をお言葉のままに受け入れてこそ、意味があるのだと信じる次第」
「おまえそれ、アンにも同じことが言えるのか」
「まさか! お姉さまには私の知りうる限り、古今の聖典の文言などをざっくばらんに引用しながら解釈を加えていきたい所存です」
「そういうことをするから、アンの眉間にシワが増えるんじゃないか」
「しかしまあ、これは私の趣味のようなものなので、改めるのは難しいですね」
「その心意気は、見習いたいものだけどな」
「お姉さまを困らせる頻度においては、ご主人様も相当なものだと思いますが」
「そこはそれ、アンは苦労することが信仰だと思ってるフシがあるからな、功徳だと思っておいたしてしまうんだよ」
「その心意気は、見習いたいものですね!」
とまあそんな感じで楽しく探索を進めていたわけだ。
でもって、今日は休み。
三日も探索を続けると、これはもう働きすぎと言わざるを得ず、休みとなっても仕方がないと言えよう。
新人魔族騎士ラッチルはまだ俺のそうした精神の働きというものに理解が及んでいないようなので、物足りない顔をしていたが、従者歴の長い面々は、むしろ三日も続いたことを褒めてやりたいとでも言わんばかりの顔をしていた……かどうかは定かではないが、まあ特に文句をいうものはいなかった。
そこで朝から中庭スペースに椅子を並べてふんぞり帰り、朝のうちに仕入れてきたルタ島名産の海鮮をもりもり焼いては食ったりしているところだ。
少々汗ばむほどの春の陽気に包まれながら飲む冷えたビールが、これまた最高に美味い。
いやあ、この瞬間のために生きてるね。
「このようなペースでは、いったいどれほど時間がかかるかわからんな」
などと言いながら、やはり酒をぐびぐび飲むカリスミュウル。
「何言ってんだおめえ、長丁場だからこそ無理せずじっくり取り組むんじゃないか。一度体調を崩すと遅れを取り戻すのは大変だぞ。常に健康を維持するのが一番の近道なんだよ」
「それだけ言い訳に費やす元気が残っておるのなら、まだ休む必要はなかろう」
「舌は探索中はあんまり使わんからな、むしろ今使ってバランスを取ってるんだ」
「探索中も無駄口ばかり叩いていたとおもったが、あれはなんだ、へそで喋っておったのか?」
カリスミュウルが呆れ顔でいうと、突然俺のへそが喋り出した。
「きょうふ、喋るヘソ! 曲がったり茶を沸かすだけで飽きたりなくなったへそが、とうとうおしゃべりを始めた、こわいー」
声の主を掴んでへそから引っ張り出すと、もちろんパルクールだった。
「らんぼうもの! もうちょっと丁寧に引っ張るべき! デベソになる!」
「そうは言ってもな、勝手に人のへその気持ちを代弁されても俺としても困るだろうが」
「ご主人様がへその気持ちを考えないから! もっとへそと向き合うべき!」
「へその気持ちと言われてもなあ、へそはどうしてもらいたいんだ?」
「それはもちろん、ゴマをすられたい! へそのごまだから! あはは、おあとがよろしいようでー」
そう言って再びへそに引っ込んでいった。
なんかどっと疲れたので、再び酒を飲む。
空を見上げると、白い雲がポッカリと浮かんでいた。
陽気だねえ。
うちはかように呑気にやっているが、試練の塔の入り口あたりでは、昨日あたりから増え始めた一般冒険者が何組が乗り込んでいくのが見えた。
三番目ぐらいの塔までは入れるそうで、どうやら第三の塔が稼ぎ場所らしくて、割とそっちにいってる方が多いと聞くか、ここにも五組ぐらいはいるようだ。
まあ、試練の塔ってやつは、たいてい人で賑わってるものなので、別に構わんだろうが、ガーディアンの強さを考えると、あまり美味しくはないよな。
神殿から派遣された管理人と何か言い合ってるようにも見えるが、まあ、冒険者はだいたいそんなもんだしな。
午前中から酔いつぶれるほど飲むのもいかがなものかと思ったので、少し散歩に出ることにする。
せっかく遊びに来たんだから、観光もしないと。
遊びに来たとか言うとアンに怒られそうなので、口にはしないんだけど、態度に現れてるのでまたシワが増えるかもしれないなあ、などと考えつつ、カリスミュウルと連れ立って、近くの森を散策する。
ここは森といっても、人の手が入っているようで、あちこちに小道がある。
この先には小さな漁村もあるそうだ。
後で行ってみてもいいかもしれないが、まずは近くの池を目指す。
小さな滝なんかもあって、なかなかの絶景ポイントらしい。
手にはスポックロンに作ってもらったカメラが有る。
こいつで旅の記録なんぞを残してやるつもりだ。
今の所、従者のいやらしい写真しか撮ってないので、ここいらで一つ、アーティスティックなピクチャーをメモリーしてやりたいところだな。
「森は湿度が高いな、ちょっと蒸れる」
そう言って襟元をパタパタさせながらカリスミュウルが愚痴るが、たしかに暑い。
南の方から吹く温かい風と、山の方から吹き下ろす冷たい風が交互に来るようで、案外過ごしにくい土地なのかもしれないが、植生は豊かで、森も見応えがある。
屋久島あたりのああいう雰囲気に近いかもしれん。
苔むした地面を踏みしめ、折り重なった倒木の隙間を抜けると急に視界がひらけた。
目指す池だ。
こじんまりとしたきれいな池で、正面の崖に小さな滝がある。
それ以外にめぼしいものはないようだった。
「何をキョロキョロしておる」
「いや、水浴び中のかわいこちゃんでもいないかと思ってなあ」
「かわりに貴様があびればどうだ? そのカメラとやらでしっかりと見苦しい尻でも撮ってやろう」
「露出が癖になったらどうするんだ」
「案ずるな、治安を守る我らが騎士団が、しっかりと退治してくれるであろうよ」
「頼もしいな。しかし露出の高さで言えば、お前のお供のほうが危ないだろう」
といって、少し後ろで控えているお供のレネをみる。
自称僧侶で実質バーバリアンみたいなレネは、ビキニアーマーのアンブラールとおそろいの鎧をあつらえたようで、非常に露出度が高い。
あんなに美しくムキムキと割れた腹筋なんてわいせつ物と言われても否定できんぞ。
とはいえ、ウル派の僧侶はわりと肉体美を誇示するのが普通らしいので、仕方あるまい。
それよりも、あんな格好で森を歩いて、ダニとかにやられないのかな?
などと考えていたら、スネに張り付いたヒルを力任せに指で潰していた。
頼もしい。
結局、美しい風景や、美しい腹筋などをたっぷりと写真に納めて、キャンプに戻ったのだった。
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