第394話 第一の試練 その二

 ダンジョンの泥臭さに比べると、試練の塔ってやつはやはり人工的というか作為的というか、作り物なんだなあ、という気がする。

 部屋の配置からしても、うまく敵を誘導したりとか、待ち伏せがあったりとか、いわゆるレベルデザインがしっかりしているというか、そういう印象がある。

 デュースの話では、ダンジョンでも人が作ったものもあって、魔界の魔王が攻めてくる人間の勇者をぶっ殺すために殺意満タンのトラップまみれのダンジョンを作ったりとか、そういうのはあったそうだ。

 あくまで昔の話だそうで、今どきはそういうのは流行らないらしいけど。

 だが、そういうのは本気で殺しに来てるので、攻略する方も楽しむ余裕なんてないわけだ。

 それに引き換え、試練の塔はそうそう死なないようにできてるからな。

 都でストームが作った塔はちょっとやばかったけど、あれは訳ありで即席で作ったものだから仕方がなかったと言える。

 そんなわけで、俺たち一行は、塔の攻略を楽しんでいるのだった。




「フルン! 背後の弓兵に注意を」


 セスの指示と同時にフルンがさっと後方に飛び退り左手を掲げると、たちまち半身を覆うサイズの透明なシールドが展開された。

 次の瞬間、小型の矢が数本飛んでくるが、全て盾で弾き落とす。


 俺も手にした盾を構えて少し下がると、レーンとローンが同様に盾を構えて横に並ぶ。

 その背後では身をかがめたウクレとオーレが呪文を準備していた。

 詠唱ができ次第、一発かます計画だが、前衛もなかなか手間取っているようだ。

 セス率いる侍隊が相対しているのは、腕が六本生えて身長が二メートルほどある細身の人型ガーディアンで、ひとまず六本腕と呼ぶが、こいつが目にも留まらぬ速さで剣を振り続けている。

 その六本腕が三体いて、更に背後に今矢を放った弓兵風のガーディアンが一体。

 対するこちらは俺の隊とデュースの魔法隊、そしてセス達の侍隊だ。


 六本腕の一体はセスが抑えて、もう一体はメイフルとフルンが相対している。

 のこる一体は、先程新人呪文マニアのペキュサートが唱えた呪文で、光る鎖のようなものに絡まれて動きが封じられている。

 まずはこいつから仕留めたいのだが、二体の六本腕がかばうように前に出ていて攻撃できない。

 しかもちょっと無理して前に出ようとすると、今みたいに背後から矢が飛んでくるという寸法だ。

 単体の腕前ならセスのほうがかなり上だろうと思うが、後衛を守りつつ戦ってるので、どうも決め手にかける。

 さっきセスが六本腕の腕を一本切り落として五本腕にしたんだけど、腹から予備の腕がでてきてまた六本に戻っちゃってるしな。

 無限にストックが有るわけじゃないだろうが、手強い相手であることに違いはない。

 そんな相手なので、侍隊のエットは、今は俺の横で控えている。

 エットもしっかり修行したおかげか、無理な相手に突っかかることはないので、足手まといになることはないし、なにかあれば、しっかりと俺を守ってくれるだろう。


「うーん、膠着状態ですねー、詠唱は終わったんですが撃つ機会がありませんねー」


 引率の先生風に弟子を指導するばかりで自分は呪文を使ってないデュースがそう言う。


「ペキュサートのあの呪文、もう一発かませば、どうにかなるんじゃないか?」

「さっきは隙があったのでうまくかかりましたがー、次は無理でしょうねー。ガーディアンだと目くらましのような妨害も効きませんしー、なかなか手ごわいですねー」

「腕が多いからな、やはり前衛が足りんか」

「そうなりますねー。うちの隊のミラー三人を前衛に回しますかー」


 ミラーの三位一体攻撃はその後のトレーニングもあって、かなり強まってるんだけど、この状況ではスペース的に投入しづらそうだ。


「ちょっと狭いんじゃねえか?」

「そこはネックですねー。かといって、よその隊を呼んでくるのもどうかと思いますしー」


 今ここには三隊集まっているので、もう一隊増やすのはちょっと多すぎるとはいえる。

 やはり今いるメンツでどうにかしたいところだ。

 というわけで周りを見渡す。

 といっても、前衛に出られそうなのは、ミラーを除くとローンぐらいしかいないんだよな。

 などと考えてると、ローンと目が合う。


「そろそろ、私に出ろと命じてもよい戦局では?」

「参謀自ら前で戦うようじゃ、負け戦だろう」

「このような場では、私も一騎士として槍を振るう覚悟で臨んでおりますよ」

「そうまで言われたら仕方ないな。よし、頼む」


 軽装だが騎士っぽさを感じさせる金属鎧を身に着けたローンが、手槍を構えて支度を整えると、援護とばかりにデュースが火球の魔法を二発、敵の頭上で炸裂させる。

 敵は当然のようにこれをかわすが、そこにローンが躍り出た。

 前衛に入っていたメンツも、この機にさっと編成を組み替える。

 こういう時のコンビネーションは事前にしっかり練習ができているのだ。

 セスのサポートにフルンが、そしてもう一体にはローンとメイフルが向き合う。

 ローンはエディやクメトスなどと比べると見劣りするんだけど、別に弱いわけではない。

 見習い時代のオルエンに槍の指導なんかもしてたそうだし、インテリらしい理詰めの戦い方をするんだとかなんとか。

 もちろん俺の力量ではそうした細かいところは見て取れないんだけど、今のところ互角にやれてるようだ。

 その結果、セスとフルンの師弟コンビがどうにか一体を倒し、あとはなし崩し的に敵を殲滅できた。


「みんな、お疲れさん。なかなかの強敵だったな」


 俺がねぎらうと、フルンがぴょんぴょん跳ねながら、


「うん、強かった! ローンが来てくれたので助かった!」


 ローンは倒した敵を見分しながら、


「どういたしまして、フルン。しかし結局、魔法を使うチャンスを作れませんでしたね。連携の練習が足りていないとは思わないのですが」


 それを聞いたデュースが、たるんだ尻をゆすりながらローンに答える。


「やはり敵の技量が高すぎますねー、この調子だと魔法は初撃に絞っていくほうがいいかもしれませんねー」

「そう思いますね、特にガーディアンは睡眠や幻覚も効きません。そのような戦いではどうしても前衛が主体となります。そういう方向で修正していくべきでしょう」

「そうですねー。まあそもそもー、うちの魔法隊は慣れてきたら各隊に分散させる予定でしたしー、早めに再編してもいいかもしれませんねー」


 などと相談する間に、宝箱の回収も終わったようだ。

 試練の塔は宝箱が出るのが楽しいよな。

 バーゲンの時期はすでに終わってるそうだが、それなりにいい物が出る。

 こいつの中身はちょっとした宝石だった。

 これで装飾品でも作って、うちのキレイどころを飾りまくりたい。

 ご奉仕の時、邪魔そうだけど。

 それよりも腹が減ったな。

 時刻を確認すると、ちょうどお昼だった。

 現在地は塔の二階、東寄りの外周部に位置する部屋だ。

 女神像を調べても何も出なかったので、ひとまず上を目指しているわけだが、今のところめぼしい発見はない。

 なにか見つけるまで頑張りたい気もしたが、朝一から探索を始めていることもあり、昼には撤収する予定になっていたので、潮時だろう。


「よし、今日は引き上げるか」


 すると、フルンが待ってましたとばかりに、こう言った。


「うん、もうおなかペコペコ! 早く帰ろう」


 ダンジョンと違って、通路で魔物と出くわすことはまずないので、まっすぐ帰ればすぐに出口につく。

 一階まで降りると、すでにほかの隊も撤収済みで入り口前の通路で待機していた。


「ほう、一番最後まで粘るとは、何のかんの言って、やる気を見せているではないか」


 といったのはカリスミュウルだ。


「まあね、皆が無事に出るのを確認するまでは、むやみに出ることはできんだろう」

「それはもっともだな。さて、点呼は済ませたか? 昼食の支度が整っているであろう、さっさとキャンプに戻るとするか」

「そうしよう、今日はもう頑張りすぎたよ」




 ひと風呂浴びて豪勢なランチを腹に詰め込むと、今日の勤労は打ち止めだ。

 朝から探索していたので、すでに十分な時間を探索にかけたといえる。

 というわけで、午後はごろごろする。


 かわいい弟子のガーレイオンは、まだ塔の中で頑張ってるようだが、まあ、塔の中にはまだクロックロンも残ってるはずだし、そもそもあの二人は強いからな。

 ガーレイオンの強さは以前、目の当たりにしてるので安心だが、従者のリィコォちゃんも、魔女仕込みのすごいパワフルな魔法とか棍棒とかで戦うようだ。

 あと装備もなんかハイテクだしな。

 心配じゃないといえば嘘になるが、日暮れ前になっても出てこないようなら、迎えを出そう。


 一杯やり始めてもいいんだが、試練初日から羽目を外しすぎるのもどうかと思うので、ちょっと反省会でもしておこうとリーダーのレーンを探すと、キャンプ地の一角に用意した祭壇で、アンたちと一緒に祈りを捧げていた。

 邪魔すると祟られそうなので、代わりに暇そうなのを探すと、ほかはだいたい全部暇そうだったので、参謀であるローンに声をかけることにした。

 ちょっと濃い目のサングラスに着替えたローンは、ワイングラスを傾けつつ、なにかの書類を眺めていた。


「わざわざ、私に声をかけるということは、先程の戦闘の反省会でも開こうというお考えですか?」

「まあね、まずは参謀殿のご意見を伺いたいな」

「そうですね、と言っても、まだ半日程度のことなので……」


 と前置きしてから、


「想像より敵が強い、ということは言えるでしょう。更に魔法によるサポートや、盗賊などによる撹乱もあまり効かない相手だと言えます。となると、素直に前衛に三人、それぞれが単独でキングノズとやり会える程度の力量のものをあてる、というのが妥当でしょうね」

「贅沢なパーティだな」

「ですが、うちにはそれだけの人材が揃っているでしょう。そうですね、セスにオルエン、エディ、クメトス、エーメス、レグ、ラッチル、レネ、そしてアンブラールの九人はまず大丈夫でしょう。これを三つに分けて、残りのメンバーをそれぞれ割り振っていくというのが妥当でしょうが……」

「しょうが?」

「相性というものがありますからね。先程も見ておりましたが、フルンは、いま一歩決め手にかけるかと思っておりましたが、メイフルからセスへとパートナーを切り替えると、明らかに強さが増しているように感じました。これはやはり師弟ならではのコンビネーションだと言えるでしょう。逆にセスは、むしろ一人で戦ったほうが明らかに戦果を上げられるでしょうが、試練としてはいかがなものかという気もしますし」

「まあ、そういうところはあるよな」


 ひとまず保留と言った感じの頼りない結論が出て安心したところで、外の空気を吸いに出た。

 キャンプスペースの外はきれいな草原で、今もピューパー達が蝶々を追いかけて走り回っている。

 平和だねえ。

 試練のことはまた明日考えるとして、今日のところは目の前の平和を堪能することにしたのだった。

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