第393話 第一の試練 その一

 夜明けと共に起き出して、身支度を整える。

 冒険ってやつは何度やっても特別な心構えがいるようだが、慣れたとは言い難いものの、こういうものだという感触みたいなものは掴めてきた気がする。

 するけど、やっぱりただの気のせいかもしれない。

 まあ、細かいことはいいんだけど、せっかくの試練だし、後で手記でも出版するぐらいの感じで、探索の様子を残しておきたい。

 無論、自堕落で根気のかけらもない俺のことなので、すぐに飽きるに決まっている。

 決まっているので、飽きても大丈夫なように、最初からミラーに丸投げすることにした。

 俺を中心に行動内容を逐一記録してもらい、後で編集するという方針だ。

 これならいつもどおりに探索するだけで、勝手に記録が溜まっていくだろう。

 劇作家のリーナルちゃんのフォローにもなるかもしれんしな。

 可愛い独身女性に尽くすことは、俺の喜びなのだ。


 第一の塔は、サイズとしては高さ四十メートル、直径二十五メートルほどのどっしりとした円柱だ。

 高さが結構あるので階数も多いのかと思ったら、事前情報では八階建てらしい。

 一フロアの高さが五メートル弱なんだとか。

 理由はわからんが、ウチとしては巨人のレグも安心して同行できて助かるな。

 ただ、デュースあたりに言わせると、


「天井の高い建物にはー、えてして体の大きな魔物がいるものですよー、そうしたものが大勢いるようだと大変かもしれませんねー」


 とのことだ。

 最初なので、探索メンバーも記しておこう。

 まずは前衛が十四名でいきなり多い。

 セス、フルン、オルエン、レルルとクロ、エーメス、エット、クメトス、スィーダ、レグ、ラッチル、ローン、エディ、レネ、アンブラール。


 後衛が十二名。

 デュース、レーン、ハーエル、ネール、ウクレ、チアリアール、ペキュサート、スポックロン、エームシャーラ、フューエル、カリスミュウル、俺。


 斥候が五名。

 エレン、コルス、ポーン、紅、メイフル。


 さらにゲストのシロプスとリーナルがいる。


 さらにミラーを十名足して四十三人の大編成だ。

 もちろん、クロックロンもいっぱいいる。

 メイフル、ローン、ポーンあたりはちょくちょく抜ける可能性が高いが、それでも多いな。

 この人数だとフィールドでもなければ一緒に行動するのは無理なので、五、六人ずつで八つの隊にわけた。

 詳細は必要があればまた述べるが、各隊に最低一人ミラーか紅がはいって、そこからの情報を逐一スポックロンが管理している。

 それによって別行動していても有機的に連動できるわけだ。

 頼もしいな。

 なお、アンとサリスベーラ、テナは探索の間、外で祈りを捧げたり、その合間に家事を行ったりするようだ。

 以前の旅の時にはスタメンだったプールも控えで、こちらはエンテルたちと何か調査みたいなことをするとか言っていた。

 カプルとシャミも、必要になれば参加する感じだ。


 とりあえず俺の隊は、レーン、ローン、スポックロン、ミラーだ。

 なかなか疲れそうなメンツだが、司令塔としては妥当なところだろう。


「ではご主人様、そして皆さん、参りましょうか」


 全隊のリーダーでもあるレーンの号令で、俺達は塔の扉の前に立つ。

 巨人のレグが重そうな扉を開き、一歩足を踏み入れると、どこからともなく、重々しい声が響いてきた。


「古の盟約に基づき、汝の力を示せ」


 なんかそれっぽいなあ、と聞き流していたら、周りの連中はそれなりに盛り上がっていたようだ。

 俺ももうちょっとポジティブに行ったほうがいいかもしれん。


 高さ五メートルはある巨大で豪華な装飾扉の中は、ステンレス遺跡特有の光源の掴みづらいぼんやりした明かりで包まれていた。

 天井までは四メートルちょっとで、幅も五メートルはある大きな通路が、塔の真ん中まで続いている。

 左右にはいくつか扉が並び、突き当りにも入り口と同じぐらい大きな扉があった。

 床に足跡があるのは、先行したガーレイオンのものだろう。

 他の冒険者は、まだ来ていないようだ。


「さて、どうしたもんかな」


 リーダーのレーンに話しかけると、周りを一瞥してから、


「そうですね、まずは予定通りに、隊ごとに分散しつつあたりを探索しましょう」

「アバウトだな」

「まあ、この人数で、しかも念話が相互に通じる状態であれば、かなり自由に動き回っても大丈夫ですから。ここは効率重視で手広く行きましょう。もし敵が予想以上に強い場合は、作戦を練り直します」

「ふむ」


 このメンツであれば、どの隊であっても、魔物最強と名高いキングノズ数匹までなら相手ができるだろう。

 試練の塔でアヌマールみたいな反則級の魔物が出るとも思えないし、あとはボスとしての竜などに警戒すればいいぐらいか。

 みんなもそういう想定で臨んでいるようだ。


「そもそも、紳士の試練において試されるのは、従者の武勇と紳士の知恵、だともいわれております。われら従者の修練は十分、ご主人様の知恵もまた尽きることなし、あとはただ、進むだけといえましょう」


 今日のレーンはいつもに増して、調子がいいようだ。

 皮肉屋のレーンといえども、やはり試練ともなれば、燃えるようだな。

 他の連中も同様で、日ごろは俺と同じぐらい怠け者のカリスミュウルでさえも、やる気を見せている。


「では私は右手にゆく、貴様は精々、足を引っ張らぬようにするのだな」


 そう言ってカリスミュウルは自分の従者三人に、ゲストのリーナル、ミラー一人を連れて、右手の扉に颯爽と入っていった。

 セス達侍組もそちらに続くようだ。


「じゃあ、私は左ね」


 そう言ってエディは反対の扉に進む。

 こちらはエディ、オルエン、ラッチル、レグ、ミラーという、ガッチリめのパーティだ。


「それじゃあ、僕たちは前を見てくるよ」


 そう言ってエレン達斥候隊が正面の大扉に進んだ。

 残りのメンバーは、ひとまずこの大きな通路で待機だ。

 フューエルも、とりあえず俺と一緒に残るらしい。


「遠慮せずに、探索に勤しんでくれてもいいんだぞ」

「そうは行きませんよ、アンやテナに、あなたのことをしっかりと見張っているように頼まれていますからね」

「言われなくても、極力何もしないように心がけてるんだけどな」

「本人の意志とは無関係にトラブルを呼び込むのが、あなたの特質というものでしょう」

「せつないな」

「せいぜい、注意してくださいよ」


 フューエルは口ではそう言っているが、あきらかに冒険を楽しんでるようだ。

 俺も冒険を楽しむべく、新人のペキュサートに声をかける。

 こちらはデュース率いる魔導師隊に組み込まれていて、ウクレとオーレ、それにミラー三人を伴っている。


「探索の経験はないんだって? 緊張するだろう」


 そう声をかけるが、見た感じ、割とリラックスしているな。


「うん、でも、メンバーが多いから、まだ実感がわかない、かも」

「まあ、そうかもしれん」

「ご主人様、魔法、うまくなった?」

「いやあ、もうあれっきり練習もしてないな」

「魔法、楽しいのに」

「そうかな?」

「たぶん」

「まあ、向き不向きがあるしなあ」


 俺の言い訳には興味がないようで、ペキュサートは覚えたての呪文をどう使うかに頭を悩ませているようだった。


「従者になってから、新しい呪文、七個も見つけた。すごいペース。本当は家に帰ってもっと文献をあさりたい。でもせっかくだから実戦で使ってみたい気もするし」

「そうなあ、まあここでもなるべく資料に当たれるように、準備はさせてるんだけどな」

「うん、端末……なんとかボードっていうので、全部読めるみたいだけど、まだ慣れてなくて、読みづらい」

「そうかもしれん」


 そんなことを話している間にも、先行した隊からの報告がスポックロンのところに上がっているようだ。

 彼女が連れているバレーボールぐらいの球状クロックロンが、ふわふわ浮かびながら、空中に地図を表示していた。


「ご覧の通り、エディ隊がこちらの部屋で体長三メートルはある人型ガーディアンと交戦中です。カリスミュウル隊は慎重に探索中、いまだ何も発見していない様子。斥候隊は塔の中央広間にいますね」


 戦闘の様子なども映像に映し出される。

 総司令部って感じあるなあ。

 それを見たローンが、


「こんなに楽な作戦指揮はありませんね。前線の様子がいながらにして余すところなく把握できるのですから。情報の迅速さ、正確さの不足をいかに補うかも将の能力の一つと言えますが、これがあればそれが不要になってしまいます」


 それに対してスポックロンが、


「伝令などに比べれば、確かに圧倒的に情報の速さと量は勝りますが、逆にこの多すぎる情報をいかに取捨選択するのか、という別の技量は必要になりますね。今は私が処理していますが、戦闘に特化したシステムであれば、より効果的に処理できるでしょう」

「なるほど、そういう問題は出てきそうですね。では私は当面、そうした課題に取り組むとしましょう」

「戦術教練プログラムは施設外への持ち出しに制限があります。初級コースはここでも受講できますが、それ以上は施設のほうに通っていただくことになるでしょう」


 スポックロンも好き放題やってるように見えて、一応縛りがあったりするんだなあ。

 かくいう俺も、いろんなしがらみに縛られて、今こうして突っ立ってるわけだけど。

 立ってるだけだと暇なので、何かしたいところだな。

 そんな俺の気持ちを察したのか、レーンが手にしたメイスをふりふり、こういった。


「では、そろそろ前進しましょうか。どうやらこの先は吹き抜けになっており、巨大な女神像が設置されているそうです。リドルの類もあるようですし、ご主人様の出番といえましょう」


 言われるままに、先に進む。

 現在、俺のところには四隊そろっていて、そのうち前衛なのはクメトス率いる隊が務める。

 具体的にはクメトス、エーメス、スィーダ、ハーエル、レルル、そしてミラーだ。

 誰が俺の護衛を務めるかはいろいろもめてたようだけど、結局その時の状況に応じて決めるつもりらしい。

 それ以外のメンツはみな後衛向けなので、クメトスの隊に続くように進む。

 これ、側面や背後から襲われたらどうするのかなという不安もあるんだけど、実際には各隊に最低一人はいるミラーが取り囲むように位置しているし、クロックロンも目に付く範囲だけでも十体以上いるので、まず不意打ちを食らうことはないはずだ。


 廊下の突き当りにこれまた立派な扉がある。

 さっきエレンたちが通り抜けたので、半開きになっているが、その先は大きな吹き抜けのホールだった。

 円筒形のホールは、直径十メートルほどで天井までの高さはその倍ぐらいはある。

 そして中央にはありがたい女神の像がそびえていた。

 神殿なんかでもよく見るネアル像だが、ちょっと違和感があるな。

 そんな俺の疑問を察したのか、質問する前にレーンが蘊蓄をたれ始める。


「これは珍しい。天を睨むネアルといえば、パフ記にこうあります。ネアルは滅びゆく世をはかなみ、何もなしえぬ自分への怒りを胸に秘め、じっと天を睨みつけた、と。まだ全知の神として名を成す前の、若かりし頃のネアルが、世界樹のたもとで世界の運命を悟り、怒りを覚えたというような話です。ご覧ください、あのネアル像は厳しいまなざしで天を仰いでいらっしゃる。先日神殿で見たものをはじめ、基本的に女神はみな地に住まう我々を見守りいつくしむように見下ろしております。ですがここのネアル様は、違うようですね。このことがこの塔の試練と、何か関係があるとみても、不思議ではないでしょう」


 言われてみると、ここの女神像はちょっと顔つきが怖いな。

 あんな風ににらまれたら、俺なら速攻謝り倒すところだ。

 そんなことを思いながら見上げていると、視界の端で何かが動く。

 どうやら一つ上の層のバルコニー風の通路から、誰かがこちらをのぞいていたのだ。


「あ、師匠! おーい! もう来たの? 階段あっちにあったよ!」


 などと身を乗り出して叫んでいるのはガーレイオンだ。

 乗り出しすぎて落っこちそうになってるのを、隣のリィコォちゃんが必死に引き戻している。


 ガーレイオンがいる通路は、吹き抜けの壁を取り囲むように一周しているが、上下に移動する階段のようなものはない。

 それが全部で三層分、つまり二階から四階まで備わっているようだ。

 その上は天井があるので、五階以上がどうなっているかはわからない。

 まあ、塔ってやつは一番上まで行けばゴールらしいので、階段を探すべきだろう。

 そんなに大きな塔じゃないので、そろそろ一階のマッピングぐらいは終わるんじゃないかな。

 もう少しここを確認したら、まずは上を目指すとしよう。

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