第392話 キャンプめし

 久しぶりのキャンプめしは、普通のキャンプとは程遠い、いつもの我が家のごちそうだった。

 まあ、いきなり食うものや寝る場所が変わりすぎると、体調を崩すこともあるので、長丁場の場合いつもと同じってのは大事だよな。

 適当に食堂のあいてる席に腰を下ろすと、アンやテナの隣だった。

 アンは少し気難しい顔でスープをすすっていたので、控えめな胸のあたりをつついてみると、眉間にシワを寄せて、


「いたずらは食事の後にしてください」

「いたずらしたくなる顔をしてたもんだから、ついなあ」

「む……そんな顔をしてましたか?」


 ますますシワを寄せるアンに向かって、テナが呆れた顔で、


「していましたね」

「そんなつもりはないのですが、教えてくれればいいのに」

「ご主人様や奥様方が、いつも以上にリラックスされていたので、それぐらいでちょうどバランスが取れると思ったのですよ」

「そんな理屈はないでしょう」

「それもごもっとも。とはいえ、この大所帯、慣れぬ土地、さらには偉大な試練というプレッシャーですから、誰もがご主人様のようにはじめから天真爛漫に過ごすことはできぬもの。あなたのことですから、しばらくすれば自然に肩の力も抜けると思ったまでですよ」


 そう言われたアンは、スプーンの手を止めて、大きくため息をついた。


「ふう……。たしかに、意気込んでも仕方がありませんね。キャンプも無事に稼働しましたし、明日は天気も良いそうです。今日は余裕を持って備えるつもりでいれば、十分でしょうね」


 内向きのことは、俺の最初の従者にしてメイド長たるアンと、フューエルのお目付役テナ、同じくカリスミュウルのお目付役であるチアリアールに、少々でしゃばりなメカ従者スポックロンあたりが中心になって切り盛りしている。

 アンが一人でやってた頃に比べれば、仕事は増えていても負担は減ってるようだ。


「それにしても、ここのネアル神殿は噂通り随分と立派でしたね。夕べも盛大な儀式を執り行っていただき、興奮したものです」


 アンは夕べのことを思い出しながら、そう話す。

 もっとも俺は半分うたた寝してたので、あんまり覚えてないんだけど、ばれないように適当に話を合わせておいた。


「そりゃあいいんだけど、塔を攻略するごとに、毎回神殿まで戻らされるの、かなり無駄だよな」

「無駄という言い方はどうかと思うのですが、効率は悪いですね」

「昔からそういう仕様だったのか?」

「今回からのようですよ。まあ、色々と精霊教会からのサポートも受けていますし、多少はあちらに合わせるというところも必要ではないかと」

「お祭りみたいなもんだしな、夕べもちょっと街を覗いたが、随分と盛り上がってたな」

「みたいですね、私は宿の方から見ただけでしたが。次に戻ったときはちょっと街も散策してみましょうか」


 料理を半分ほど食べたところで、ミラーがやってきた。

 ガーレイオン達が戻ってきたらしい。

 出迎えると、例のハイテク服はカラッとしているが、二人共、髪などがべっとりと濡れていた。

 雨や霧ぐらい完全に防ぐ機能が服についてそうな気もするんだけど、どうなんだろうな。


「災難だったな」


 声をかけると、リィコォちゃんが頭を下げて、


「おかげで助かりました、森の道を抜けようとしたら、いきなりあたりが真っ白になって途方に暮れてたんです。道も見えないし、方向もわからないしで……」

「ひどい霧だったからなあ。それにしてもずぶ濡れだな、うちでひと風呂浴びてくかい?」

「お風呂もあるんですか? パーチャターチがシャワーユニットも持っていけって言ってたんですけど、かさばるし、たまに宿に泊まればいいので、別にいらないかと思ってたんですけど」


 二人共雪国育ちだから、毎日汗を流したりはしないのかもしれない。


「こっちはこの先どんどん暑くなるから、シャワーの一つも無いと大変だと思うよ。そのへんは後で相談するとして、まずはさっぱりしてくるといい。うちのものに案内させよう」


 二人をミラーに任せて、テーブルに戻ると、チアリアールが冷めた料理を取り替えようかと尋ねるが断った。

 もったいないもんな。

 テナも最初の頃は同じように聞いてきたが、俺が基本的に断るので最近は聞かなくなってきた。

 アンは最初からもったいない派なのかして、そういうことは聞かない。

 代わりに残りを自分で食べてしまって温かいものを出す、みたいなことはたまにするけど。

 そういう我が家のスタイルにはまだ慣れていないっぽいチアリアールが、


「あの子達、無事だったようですね」

「温かい地方での暮らしにも慣れてないみたいだしな、もうちょっとマメに見てやらんと」

「紳士と魔女の弟子というだけあって、優れた能力を持っているようですが、やはり冒険の知識というものは、経験が物を言いますからね」

「だろうな。まあ、ここで試練を終えれば、あの二人も一回り立派になるんじゃないかな。師匠としては、特に教えることもないのでちょいと面倒を見てやるぐらいしか、できんからなあ」

「やはり弟子というものは可愛いものですか?」

「そりゃあもう、もっと猫可愛がりしたい気持ちでいっぱいだが、そこは大人の良識を持ってだな」

「それは結構なことでございます」


 チアリアールは人形ではあるが、我が家の主流である古代文明のロボット系の人形ではなく、現代の人形師が作り出した高級貴族向け仕様の特製人形だ。

 人形師がつかってる装置は古代文明由来のレプリケータとかいうやつらしいので、根っこの技術はおなじなんだろうけど。

 彼女のボディは全身がガラスのように透明なんだけど、触れてみると柔らかいし、所々に金属質の臓器のようなものが詰まっている。

 そういうのが透けて見えるところもまた、魅力的だと言えよう。


 昼飯を食べ終えた頃に、ガーレイオンとリィコォちゃんが風呂から上がってきた。


「師匠! あんな温泉みたいなおっきいお風呂初めて入った、お湯もいっぱいあるし、持ってきたの?」


 と喜ぶガーレイオン。

 聞けば彼の村には温泉があるらしいが、家風呂といえばサウナが普通だとか。

 都にも温泉はあったけど、あるところにはあるんだろう。

 一方、黙々と髪を拭いていたリィコォちゃんは、興奮して騒ぐガーレイオンの袖を引っ張って、


「ほら、ちゃんと髪も拭いて」

「いいだろべつに、ほっとけば乾くんだから」

「またごわごわになるでしょう、みっともないので綺麗にしてください」

「それぐらいのほうが、男らしいんだよ」

「がさつなのと男らしいのは別です。クリュウ様だって、綺麗に髪を整えてらっしゃるじゃないですか」

「師匠は大人だからいいの!」

「関係ありません、ほら、頭を出して」

「やだ!」


 強引に髪をふこうとするリィコォちゃんから逃げ出すガーレイオン。

 この二人は無限に見ていられるなあ、とぼんやり眺めていたら、フルンたちも戻ってきた。

 こっちもテントを乾かしたあとに、ひと風呂浴びてきたそうだ。


「濡れたからお風呂に入ってたら、ガーレイオンが男の子なのに入ってきてびっくりしたんだけど、よく見たら女の子だったのでもっとびっくりした」


 とエット。


「白象にも、男なのに女の人とかいて、そういう人もいるんだって教えてもらったけど、ガーレイオンもそうなの?」

「いやあ、あいつの場合は、単に男らしい生き様に憧れてるだけで、そういうのとは違うんじゃないかな」

「よくわかんないけど、そういうことは、あんまり指摘したりからかったりしちゃだめだってスポックロンが言ってた。むずかしい」

「そうなあ、まあ、難しいよな。世の中いろんな人が居るけど、なるべくそのままの形で付き合えるといいよな」

「うん、私も猿じゃなくて、ポロとして付き合ってもらいたいから、そういうのだと思う」

「そうだなあ」


 多様な種族の居るこの世界だと、俺の想像もしてない問題もあったりするのかもしれないんだが、あんまり警戒しすぎても生きづらいので、しでかした時に素直に非を認めるようなスタンスでいきたい。

 だからといって、無批判にクレームを聞いてると、逆に差別を助長することにもなりかねないので、難しいところだな。


 フルン達がご飯を食べ始めたところに、リィコォちゃんに捕まったガーレイオンが戻ってきた。

 おとなしく椅子に座って髪を拭かれているようだが、もりもりご飯を食べてるフルン達を見て、物欲しそうな顔をしていたので、食べていくかと尋ねると、


「うん、でもさっきご飯はたべたし」

「お前ぐらいの年頃なら、いくら食べても足りないだろう。遠慮せずに食っていけ。リィコォちゃんもどうだい?」


 こちらも遠慮していたようだが、


「いつぞや魔女のところにお邪魔した時は、ごちそうになったしね。そのお返しみたいなもんさ」


 というと納得したのか、


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 と答えるリィコォちゃん。

 それを聞いて、ガーレイオンは喜んで料理にかぶりつく。

 やっぱ遠慮してたのか。

 誰に遠慮してたのかといえば、リィコォちゃんにだろうなあ。

 複雑なお年頃なんだろうなあ。

 しばらくかわいい弟子の健啖ぶりを堪能してたら、隣でお茶を飲んでるリィコォちゃんと目があった。


「本当になにからなにまでお世話になっちゃって」


 などと苦笑しながら、ちょっとませたことを言う。


「なあに、甘えられる時にうまく甘えるのも、人徳ってもんだ。とくに紳士なんてもんは、ほっとくと向こうから恩だの媚だのを売ろうって連中が寄ってくるんで、気を使うもんだからな」

「たしかに、昨日神殿でも、いろいろ声をかけられたのですが、ガーレイオンったらのぼせ上がっててちょっと良くないなとは思ってたんです。気をつけないと」

「かく言う俺も、ほっとくとすぐ調子に乗っちまうからな」

「まさか、クリュウ様が?」

「そりゃあもう、ひどいもんだ。だからこそ、頼りになる従者にビシッとしめて貰うのも大事なところなんだよ。君も従者としてわからないことがあったら、うちのもんに相談してみるといい。」

「ありがとうございます。ほんとうはパーチャターチのいないところでうまくやれるか不安で……」

「誰だって、そんなもんさ」


 リィコォちゃんが現実的な問題に思い悩む間、ガーレイオンはおかわりした山積みの料理をどうやって腹に収めようか悩んでいるようだった。

 まあ、紳士ってのはこれぐらいで丁度いいんだろう。


 いつの間にか霧が晴れ、さっきまできれいな夕焼けに染まっていたキャンプ場も、あっという間に夜の闇に包まれてしまった。

 キャンプで夜とくれば焚き火と決まってるし、火を起こせばバーベキューが始まるのもまた、決まってるんだけど、最近家でも毎晩これだったので、ありがたみが薄いと言えなくもないが、まあバーベキューは毎日やってもいいもんだ。

 今も厨房のオーブンで午前中から焼いてた豚などを鉄板に並べてるところだ。

 なんか半日ぐらい焼くらしいからな。


 しこたま飲み食いして苦しくなったので、少し夜風にあたりに行く。

 コテージや馬車で囲まれた中庭がにぎやかなバーベキュースペースになってるんだけど、そこから少し外れると、景色が夜の草原に変わる。

 北の方には低山とはいえ登るには険しそうな山並みが続き、反対に南側は緩やかな傾斜の草原が広がっている。

 ポツンと小さな明かりが見えるのは、ここのキャンプ地を管理する、役人の詰めてる小屋だ。

 さっき酒と料理を差し入れたので、今頃舌鼓を打ってるんじゃなかろうか。

 空を見上げると、なんだか星が近い。

 星が綺麗だと、なんかキャンプの満足感が倍増するよなあ、などと考えていたら、ちょっと冷えてきた。

 まだ、夜は肌寒いな。

 明日はいよいよ、試練の塔だ。

 戻ってもう少し飲みなおして、英気を養っとこう。

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