第391話 ゴージャスなキャンプ

 我々の拠点となるキャンプだが、こちらはベテラン勢の指揮の元、人海戦術で設営がすすんでいた。

 ガーレイオンのテントに負けないハイテク建築もガッツリ用意してあるんだけど、今のところは内なる館に収納してあったり、基地においたまま輸送機を待機させていたりで、とりあえずは普通のテントやコテージを使う。

 といっても、普通なのは外見だけで中身はすごいやつだけど。


 ひとまず馬車のうちから四台を南に並べて残りを内なる館に収納し、反対側にユニット式のコテージをずらりと配置した。

 その中間に食堂用の大型天幕を置き、周囲には見張り櫓、馬小屋やバス・トイレなどを設置して、それらを通路でつなげば、キャンプの完成だ。

 ここは危険な野生動物も居ないようなので、柵も設置していない。

 まあ、クロックロンたちが徘徊してるし、問題ないだろう。

 そのあたりは状況を見ながら拡張していこうと思う。

 できたばかりのキャンプでは、早速七人の幼女が駆けずり回っていた。

 元気だなあ。


「すごい、草原! 広い! お花畑もある! 別荘みたい!」


 と騒ぐピューパー。


「ねえ、ご主人様、ここに住むの! いつまで?」

「さあ、いつまでかなあ、あそこの塔で、試練ってやつを済ませるまで居るんだけど、予想では一週間ぐらいって話だな」

「ふうん、でも、ここはすごく楽しい場所だから、長くても大丈夫!」

「そうだなあ、走り放題だよな」

「うん! お、おしくらむ、じゃなくて」

「おしむらくか」

「そうそれ、おしむらくは、鉄棒がない! 早速カプルに頼まないと。みなのもの、つづけ!」


 そう言ってドタドタと走っていってしまった。

 ストームたちも一緒になって走ってるぐらいなので、よほど走り甲斐がある草原なのだろう。

 俺にあの元気の半分もあれば、ここの試練も三日で終わるだろうなあ。

 だが、無い袖は振れないので、とりあえず酒でも飲もうかなと食堂にむかう。

 こちらは外見は普通の大型天幕で、騎士団なんかが使ってるのをよく見るやつだが、中はちょっとおしゃれなカフェっぽい内装になっていた。

 板張りの床に豪華なテーブルなどが並んでいる。

 ちょうどマダム連中がお茶していたので、俺も仲間に入れてもらう。

 昼間からエールをあおっていたエディが、ドンとジョッキを置いてこう言った。


「ここいいわねえ、ぱっと天幕を展開したかと思うと、中はこれでしょう。ほんと宿営地にこんな食堂があるだけで、士気も全然違ってくるわよね」


 と上機嫌だ。

 そりゃまあ、そうだよな。

 天幕の中は、テーブルが並ぶだけではなく、壁の一面はカウンターになっていて、そこで酒や料理を注文できる。

 その奥の厨房ではミラーが常時待機して注文を受け付けているし、パロンやエメオも得意のパンやチョコを作りまくっているようだ。

 あと寿司バーもあって、ミラーの板前が常駐している。

 およそ冒険者のキャンプ設備とは思えないな。

 さっそく覗いてみると、チョコ妖精のパロンがいろんなお菓子を棚に並べていた。


「あーらご主人様、焼きたてのチョコクッキーはいかが? こちらのワインにもよく合うのよー」


 歌いながらすすめるお菓子とワインを両手に持って、マダムのところに戻る。

 それを見たフューエルが、


「あら、美味しそう。エムラ、ちょっと行ってきましょう」


 と連れ立って漁りに行った。

 そういえばカリスミュウルが見当たらなかったんだが、ちょうど食堂に入ってきた。

 どうやら演出家見習いのリーナルちゃんと一緒だったようだ。

 ゲストのリーナルちゃんは、俺たちのキャンプスペースの外れに個人向けのコテージを用意しておいた。

 そこの様子を見てきたところらしい。


「うわー、こんな天幕をどうやって用意したんですか? こんなの、記事にしても誰も信用してくれないんじゃ……、さっきのコテージも凄かったですけど、これって、遺跡の技術……なんですよね。どこまで公にしていいんでしょう」


 驚くリーナルちゃんに、カリスミュウルは困った顔で、


「まあ、なんだ。私もよくわからぬが、我々の常識を超えた技術は、ぼかしておいてもらえると助かるな」

「そうですよね、もっとも私の場合、あくまで劇作家としての取材なので、新聞記者みたいに何でも根掘り葉掘り書く気はないんですけど。こんなのそのまま舞台にしても、わけがわかりませんし」

「うむ、まあ、そうであろうな」


 などと言いつつ、カウンターでドリンクの入ったボトルを貰うと、また二人で出ていってしまった。


「カリも結構マメに面倒見てるわよね」


 とエディ。


「新入りの従者とも、うまくやれてるみたいじゃないか」

「一昔前の彼女からは、考えられない進歩ね。やっぱりハニーの影響が大きいんじゃないかしら」

「俺にそんな影響力があると思うか?」

「ハニーと一緒にいると、なんだかなんでもできる気がしてくるのよね。あの子みたいに能力はあっても自信がないタイプには、ハニーみたいな存在が一番効くんじゃないかしら」

「特に何もしなくて結果が出るなら、俺向けの効果だな」

「そうそう、私もたっぷりハニーのご利益を吸収しないと」


 そう言ってべったりくっついて、耳元に吸い付く。

 こういうところこそ、リーナルちゃんにしっかり取材してもらいたいもんだな。


 しばらくイチャイチャしてから食堂を後にする。

 ポケットには水割りのウイスキーを詰めたスキットルと、つまみのナッツが一袋。

 真っ昼間からハイキングするにはベストな装備だと言える。


 キャンプ地の東側には小川が流れている。

 ひと跨ぎで越せる小さなせせらぎだが、覗いてみるとメダカやらサワガニが居て楽しい。

 北東の上流には森と岩山があって、その先はちょっとした高台になっていた。

 あそこまで行けば、見晴らしが良さそうだ。

 三十分も歩けばつきそうだし、フルン達でも誘って登ってみようかと思ったが、戦闘組と一緒になって装備を広げて点検みたいなことをしていたので、遠慮しておいた。

 俺みたいに立ってるだけで良い人間とは違って、あっちはこれからが本番だもんな。

 というわけで、暇そうな相手を探すと、キャンプ地の外れに並べたベンチで、ネールが一人たそがれていた。

 五百年ぶりに故郷の地を踏んで、どんな気持ちでいるか気になってはいたんだが、そろそろ声をかける頃合いかもしれない。

 さり気なく隣に座って、水割りをグビリと飲み、


「おまえも飲むか?」


 とスキットルを差し出すと、黙って受け取る。


「いいところだなあ」

「ええ、本当に。ここに来るまでは不安のほうが大きかったのですが、いざこの地に足を踏み入れると、この島の空気が当たり前のように感じられて、まだ絶望も知らぬ娘時代の自分が、そのまま大人になったかのようにも、思えるのです」

「そうなあ、まあ、今そう感じてるのなら、そうなんだろうさ」

「でも、クントが自分の足でこの島の大地の上を自由に走り回っている、あの姿を見ていると、これもまた現実であるとわかるのです。このことが、どれほどの奇跡の上に成り立っているのかと思うと、私は……」


 穏やかな表情でそういうと、ネールは水割りをグビグビと飲み干した。

 いい飲みっぷりだ。


「おいしい。思えば、ご主人さまに仕えてからですね、お酒の味を覚えたのは。ジャムオック達が楽しげに飲む輪に加わることはできませんでしたが、今ここで新たな姉妹たちと日々酒を酌み交わして笑うことができるのは、全てご主人様のおかげです」


 そう言ってニッコリ笑う姿は、かつての船幽霊の面影は微塵もない。

 もはや完全に立ち直ったのだろうなと思える。

 やはりこの島に来るに際して、ネールのことは懸案の一つだったんだよな。

 すっかり立ち直ってるように見えても、不幸の現場が未だトラウマになっている可能性だってあるわけで。

 それともう一つ、この島が異常気象で閉ざされていた原因だけど、この星を覆うバリア発生装置の一つがここに落ちてることと関係がある可能性が高い。

 ネールにはまだ話してないが、スポックロンの予想では半々といったところらしい。

 もし今後の調査でそのことが判明すれば、ネールに不要なショックを与えるかもしれないと懸念していたんだけど、今の調子なら、まず大丈夫かなあ、と思える。

 それでも慎重に扱う案件ではあるだろう。

 などと考えていたら、ちょっと風が出てきた。


「戻りましょうか、この時期、島の南岸では深い霧がでやすいのです、油断すると、びっしょりと濡れてしまいますよ」

「まじか、こんないい天気なのに」

「海岸に立つと、海一面に広がった霧が押し寄せてきます、あれはなかなかの見ものですよ」


 キャンプに戻ると、装備を広げていた戦闘組が、慌てて片付けていた。

 こちらはミラーの予報で、霧を知ったらしい。

 片付け終わったクメトスに声をかけると、


「かなり濃い霧が数時間続くそうなので、ひとまず片付けておこうかと」

「俺の故郷じゃ、霧なんてめったに出なかったから、ちょっとワクワクするな」

「アルサでも春にはよく霧がかかるのですが、そういえばご主人様はその時期のアルサはまだご存じないのでしたね」

「そういや、そうだな。俺が来たのは秋だもんな」

「まだ知り合って半年程度と思うと、不思議なものですね。もはやご主人様がいなかった頃の自分がどうやって暮らしていたのか不思議に思うほどです」


 あの野暮天の極みみたいなクメトスが、こうやって堂々とのろける程度には進歩したわけで、たった半年のことが長く感じられても不思議はないだろう。

 そうするうちに、あっという間にキャンプ地は霧に覆われてしまった。

 ひどいもので、二、三メートルも離れるともう顔も判別できない。

 こんな状態じゃ、探索どころか散歩も無理だな。

 というわけで、建物に撤収する。

 キャンプ地にはいろんな建物があるが、コテージは以前からあるやつで、二段ベッドが二つにシャワーが付いたカプセルホテル的なものだ。

 これが十六棟並び、廊下でつながっている。

 食堂を間に挟んだ渡り廊下を通じてつながる四台の馬車も、キャンプ中は部屋として使えるようになっている。

 馬車はそれぞれに趣向を凝らしてあり、一台は今朝利用したリムジン風の物だが、残りはなんだろうな。

 試しに別の一台を覗いてみたら、和室だった。

 スポックロンが用意してくれた畳を敷き詰めた三畳程度の小部屋で、内装はちゃぶ台と座布団、窓には障子となっている。

 空っぽの和室でちゃぶ台を広げ、座布団に座ると、ここが馬車の中とは思えない。

 完璧なサスペンションで、移動中でも振動のたぐいはほぼ無いと言うし、次の移動時はこれを試してもいいかもな。

 部屋の隅にポットと急須が置いてあるのも趣がある。

 まあこれは俺が頼んでおいたんだけど。

 障子をずらして、窓の外を見ると真っ白だった。

 霧って異世界感あるよなあ。

 おもむろにお茶を入れてすする。

 なかなかいい塩梅だ。

 とはいえ、一人でお茶をのんでると物寂しい。

 だれか呼んでこないとなあ。


 和室馬車から廊下に出ると、幼女達が走り抜けていった。

 かと思うと、突き当りですぐに折り返して、もと来た方に走り去った。

 いついかなる時でも走ってるな。

 廊下には大きな窓がついているが、例のごとく霧で真っ白なので何も見えない。

 食堂まで戻ると、さっきまで装備をいじってた戦闘組が集まっていた。

 とりあえず一番手前にいた侍組の隣に座る。

 侍組は基本的に軽装なので、装備の手入れとかもあまり時間をかけないんだよな。

 騎士連中はほっとくと一日中、甲冑を磨いてたりする。


「ご主人様、外見た? すごい霧!」


 何を見ても楽しそうなフルンがそう言ってはしゃぐ。


「みたみた、まじで何も見えねえな」

「これじゃあ、今日は探索無理だね、でも塔の中だと関係ないのかな?」

「そうなあ、とはいえ、塔に着くまでにびっしょり濡れそうだよな」

「うん、さっきちょっと出てみたら濡れた! でも、あっちに乾燥室ってのがあって、ぶわーって乾いた」

「ほほう、そんな便利ルームがあるのか」

「カプルは修行部屋も作ろうかって言ってたけど、レーンはまだ様子見でいいでしょう、っていってた。あんまり最初から飛ばしても良くないよね!」

「そうなあ、なんせ何ヶ月もかかるっぽいし、のんびりいかないとな」

「アンとか今朝まですっごい意気込んでたけど、さっき様子見たら、みるからに出鼻をくじかれた! って顔してた」

「してたか」

「うん!」

「まああれだよな、あんまりガツガツと攻めていくスタイルはうち向けじゃないよな。もっと飄々とやり過ごすぐらいで丁度いいんだよ」

「よくわからないけどそう思う!」

「そうだろうそうだろう」


 そんなことを話していると、スィーダが食堂に入ってきた。

 見ると霧に濡れてびしょびしょだ。


「たいへん! 今荷物取りに行ったら、テントが中までびちょびちょになってる、どうしよう!」

「え、大変だ!」


 そう言ってフルンやエットは大慌てで出ていってしまった。

 あいつらはここでもいつものテント暮らしっぽいな。

 この霧じゃあ、無理があるだろう。

 食堂の天幕は、一見すると出入り口が開きっぱなしで霧が入ってきそうに見えるんだけど、エアカーテンで外気をシャットアウトしてるし、中は空調完備なので、まったく問題がない。


 場所を変えて魔導師組のところに行く。

 こちらはデュースを筆頭に、弟子のウクレとオーレ、そして新人の呪文マニア・ペキュサートがいた。

 フューエルとエームシャーラは居ないようだ。

 どうやら昼食前の入浴中らしい。


「どうだ、ペキュサート、来たばっかりでいきなりこの有様じゃ、大変だろう」


 そう声をかけると、はにかみながら、


「ううん、忘れがちだけど、こうしていると、自分がホロアだったなって思い出す。だからこれも、悪くない」

「そりゃあ、よかった。それで、実戦には出られそうなのか?」


 との問に、首を傾げてデュースを見る。


「そうですねー、技術はあるのでー、あとは本番で慣れていくだけでしょうからー、ひとまずベテランの前衛勢に二人ほどついてもらってー、トレーニングしていくことになるでしょうねー」

「ふむ」

「昨日神殿で聞いた話によるとー、ここの塔は難易度的にはさほど難しくないかとー。ただ敵の大半が人型の木人形でしてー、以前ペルウルの塔で遭遇したあのガーディアンと同系統のものが中心らしいんですよねー」

「いたっけ、そんなの」

「いましたよー。そもそもガーディアンといえばああいう木人形タイプが主流でー、遺跡によくいるクロックロンみたいなタイプはー、あまり敵としては戦わないんですよねー、強いのでー。同じガーディアンと言ってもー、両者はまったくの別物なのでしょうねー」

「ふむ、よくわからんが、まああまり強くはないんだな」

「そうですねー、ただ人型なのでー、後衛的には難しいかもしれませんねー」

「なるほど」


 よくわからんが、適当にうなずいていると、フューエルとエームシャーラが戻ってきた。

 湯上がり美人って感じだなあ。


「ふう、さっぱりしました。ここはアルサよりもちょっと蒸し暑い気がしますね」


 とフューエル。


「たしかにそうかもしれんな。この先、夏が来たら思いやられるな」

「エアコン、というのがあるので快適なのでしょう。ここも空気がカラッとして気持ちいいではありませんか」

「それもそうだな」


 そこにさっき出ていったフルン達が戻ってきた。

 どうやらテントをまるごと担いできたようだ。

 そのまま乾燥室に向かう。


「あの子達はどうしたんです?」

「見ての通り、テントが霧でずぶ濡れだってさ」

「それはまた……。そういえば、あのお弟子さんは大丈夫なんですか? 北国の出身なのでしょう。このような気候にも慣れていないのでは」

「そういやどうしてるのかな? あんまり過保護すぎてもどうかとは思ったが、さすがにこの霧はなあ」


 スポックロンに尋ねると、


「近くの村まで買い出しに行こうとして、道に迷っていたようですね。先程、クロックロンを迎えに出して、森の中で発見したところです。あと三十分ほどで戻るでしょう」

「気が利くな」

「あの魔女にしこたま恩を売る機会かとおもいまして」

「いい心がけだ、ちゃんとメモしとけよ」

「ノード中に回覧しておこうと思います」


 スポックロンの悪趣味に毒される前に、もうちょっとキャンプ地を探検しておこうと言う気になってきた。

 敷地でいうと約三十メートル四方、ざっと三百坪の土地にゴージャスに建物が並んでいるので、ちょっとした豪邸気分ではある。

 この食堂だけでも、幅十五メートル、奥行き十メートルといったところだろうか、結構広い。

 隣接する厨房を覗くと、ミラーと家事組がせっせと昼食の支度をしている。

 学食っぽいなあ。

 皿に山積みされた唐揚げを一つつまむと、どこからともなく現れたテナにじろりと睨まれたので慌てて逃げ出す。

 次に向かったのは浴場だ。

 銭湯みたいな感じだな。

 脱衣所の横に、フルンが言っていた乾燥室ってのがある。

 ここでフルン達が濡れたテントや寝袋などを乾かしていた。

 洗濯はなんか乾燥機つき洗濯機の凄い版みたいなのがあるので、無理に干さなくてもいいらしい。

 靴とかコートとか、洗うまでもないようなものを、ここで乾かすのだろう。

 そこからコテージへと続く廊下に進む。

 窓のある廊下と、個室の扉が並んでいる様子は、寝台車っぽさがあるな。

 一室の扉が半開きだったので、中をのぞくと、エンテル達学者組が荷物をほどいていた。


「あら、ご主人様。もうご飯の時間?」


 学者ホロアのペイルーンが昨日のパーティで着ていたドレスをクローゼットに突っ込みながらそう言った。


「まだじゃねえかな。それより荷物が多いな、そんなに収まるのか?」

「多いから割当を三人にしてもらったのよね」


 たしかに、このコテージは二段ベッドを二つ並べた四人部屋だったはずだが、ここのベッドは片方の下段を潰して、そこに机やら本棚が並べてある。


「まあほら、資料の大半はこれで読めるから、これでもだいぶ減ったほうなのよ」


 とタブレットっぽい小型端末をペチペチ手で叩いてみせる。

 その横ではすでに片付け終わった長耳美少女のアフリエールが、備え付けのポットでお茶を入れているところだった。


「ちょっとした宿よりも、はるかに良い設備で、去年の旅のときとは大違いですね」

「そりゃあ、そうだよな。あのときは慣れるまで大変だった」

「体を洗うだけでも、毎日水をくんできて、デュースにお湯を沸かしてもらって、それを大事に使って綺麗にしてたのに、今じゃ、お風呂にサウナまであるんですよ」


 この三人はエツレヤアン時代からの古株なので、前の旅でも一緒だったんだよな。

 糟糠のなんたらって感じがある。

 その中でも特に古女房感のある考古学教授のエンテルが、珍しくだらしない格好でベッドに腰掛けながら、


「そういえば、ジムはこちらには持ってきてないんですよね?」

「そうじゃないかな、内なる館に設置しようかって話をカプルとはしてたんだけど、結局間に合わなかった気がする」

「夕べ着たドレスが少しきつくて、やはり毎日絞らないとどうも調子が」

「人間勝手に丸くなるんだよ、俺なんて仕立てたばかりのズボンがもうキツキツで」

「ご主人さまと違って、私達はそういうわけにはいかないのですよ。元々うちの料理は美味しかったんですけど、このところ際限がないでしょう。特にチョコを始めとしたお菓子のたぐいがどうにも多すぎて。仕事中もつい口にしてしまい……」

「気持ちはわかるが、そこは断固たる決意で我慢するしか無いよな」


 ため息をつくエンテルはほっといて、アフリエールの入れてくれたお茶をすする。

 そういや、和室の方でもお茶を飲んだばかりだった。

 まあいいか。

 窓際の小さな椅子に腰を下ろし、アフリエールを抱っこして外を眺める。

 相変わらず霧がひどくて遠くは何も見えない。

 晴れていれば、さっき見た山なんかが視界に広がってるはずなんだよな。

 ハイキング的には天気が悪いと頼りないが、学生時代にちょっと色っぽい方の判子ちゃんなんかとやってた登山だと、山奥で天気悪くてグダグダ山小屋で過ごすみたいなのも多かったので、当時を思い出して楽しい気もする。

 そうしてぼんやり過ごしていると、どこかでベルが鳴った。

 続いてミラーの声で、昼食の支度が整ったので、適宜食事を取れとの放送が入った。

 館内放送つきかあ、と感心していたが、エンテルたちは特に驚きもせずに着替え始めた。

 どうやら、自宅の地下室でも、こうして呼び出しの放送がかかるらしい。

 あんまり下には降りないので知らなかったよ。

 とりあえず、飯でも食うか。

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