第388話 ウル派

 レネという僧侶のホロアは、なんというかこう、硬かった。

 たとえどんなに小ぶりでもおっぱいにはおっぱいらしい柔らかさがあってしかるべきだよな、と思っていた俺の浅はかさをあざ笑うかのようなカッチコチのおっぱいだった。

 なんで知ってるかというと、カリスミュウルとイチャイチャする時に、一緒になってアレしたからなんだけど。


「それがしのような者が、こうした奉仕を行うなどということは決して無いと考えておったのですが、従者たるもの、臥所から墓場までと申すとおり、こうして主人の連れ合いたる殿方に、我が身に申し訳程度に備わったを駆使して共にご奉仕奉るというのはまた、実に趣深いものでありますなあ」


 などとわけのわからないことを言っていた。

 まあそれでも、彼女の勧めでアンブラールの姐さんともスケベなことができたので、良しとしよう。


「この年まで男を知らぬような喧嘩バカのおばさんの相手なんぞ、楽しいもんでもないだろうに」


 などと照れていたが、実際彼女は俺より若干年上なのに、そちらの方はまったく未経験だとかで、なかなかに初々しいところもあった。

 だがまあ、半分は成り行きとはいえ、アンブラールの姐さんはそれなりに脈があったと言えよう。

 エームシャーラのお目付け役で、アンブラールと似たようなポジションであるシロプスちゃんなんて、手も握らせてくれないからな。

 こっちに来てからも、ここに居ては姫が気まずかろうとかなんとか言って、フューエルの屋敷の方に住んでるし。

 それでもまあ、試練には同行するっぽいし、まだ独身で手を出しても大丈夫っぽいことは確認してあるので、これからの俺の頑張りに期待したいところだ。


 それにしてもカリスミュウルの従者は、マッチョ二人に透明人形一人という、なかなかレベルの高い組み合わせで、さすがは俺の女房殿だと、思わず自慢したくなる。

 そのカリスミュウルは、自分の従者とイチャイチャすることにまだ慣れていないようで、顔を真赤にしてマグロ状態だった。

 俺と一緒になってからも唯一、ずっと側に居た透明人形のチアリアールも、めったにご奉仕には顔を出さなかったからな。

 一息ついて、両隣をマッチョに挟まれて、まったり酒など飲むカリスミュウルを横目に、仕事から戻ったエディの相手をする。


「アリュシーダ卿が間に合ったと思ったら、さらに似たようなのが増えてたわけね」

「騎士連中もたいがい筋肉質だが、あの二人はさらに限界まで絞り込んだような肉体で、凄かったよ」

「ハニーって、そういうところしか興味ないわよね」

「自分が求められてるところをきちんと把握してるからな」

「たしかに、ハニーをもり立てたいという気持ちはあっても、ハニーになにかしてもらいたいっていう気持ちはあんまり無い気もするものねえ。甘えたいときはちゃんと甘えさせてくれるし」

「家庭円満の秘訣は、結局はまごころと思いやりだよ」

「年寄の説教みたいなこと言ってるわねえ」


 そう言ってグラスを煽るエディは、従者にちやほやされて浮かれているカリスミュウルをみてヤキモチをやいているのかもしれない。

 いつも彼女を甘やかすのは、エディの担当だったからな。

 しょうがないので、今日のところは俺が甘やかされる役に甘んじておいた。


 しかしまあ、カリスミュウルも嬉しそうだな。

 試練に挑む以上は、一人ぐらいホロアが居ないとまずいのでは、ということはカリスミュウル自身も悩んでいたようだが、はからずもこうしてホロアの従者を得たことで、出発前の懸案は全てなくなったと言える。

 いや、もしかしたら取りこぼしとかがあるかもしれないけど、どうせすぐに戻ってこれるし、まあいいだろう。

 あとは出発前の挨拶回りだけは済ませておかないとな。




 というわけで、今日は親戚筋への出発前の最後の挨拶と言うか、決意表明と言うか、そういうめんどくさいことを、義父リンツの屋敷に出向いて終わらせてきたところだ。

 終わらせたと言うか、まだ屋敷にいるんだけど、挨拶が終わって、この場にいるのはフューエルやカリスミュウルといったうちのメンツを除くと、親戚のかわいい女の子、エマちゃんだけだった。

 アルサに住んでる女学生の彼女は、これから一緒に戻るのだ。

 さっき彼女の両親とも挨拶をしたが、母親の方はテンプレ的な貴族様で、なかなか面倒なんだけど、父親であり、フューエルの実兄、すなわち俺の義兄にあたるカミエロお兄ちゃんは、とても穏やかで人当たりもよく気配りも効いて娘にも妹にも甘い、素晴らしい人物だ。

 俺も大人になったらこういう人物になりたいなあ、と自分の年齢も忘れてそんな事を考えていたわけだが、そのカミエロが、こんな事を言っていた。


「娘も懇意にしている、スーベレーン家のご息女の件だが、かの家の家名をキッツ家が欲していることは知っているだろう。当家としても反対の立場ではあるが、父はキッツ家のカリス辺境伯とご昵懇でな、その方面から働きかけを受けているそうなのだが、いかんせん、父の立場ではな」


 まあリンツ自身は地味目の田舎領主に過ぎないから、影響力とか全然ないんだよな。

 当のカミエロも養子みたいなもんなので、同じく発言力とか弱いらしいけど。


「そこで、ただ金で買うのではなく、縁組によって家名を得ようという話もあるそうだ」

「つまりシルビーを嫁に?」

「うむ、落とし所としては悪い話ではないと思うが、娘が言うには、かのシルビー姫は随分と君がかわいがっているそうではないか。それにフューエルの話ではキッツ本家の娘御も、随分と君に入れあげているとか。そのせいであちらも切り出せぬ、と言った状況らしい。カリス辺境伯はそのために君に近づいたようだが、うまく行ったという話は聞いていないな。いずれも、あくまで噂だがね」


 カリス辺境伯ってのは、ローンのおじさんだが、やっぱり以前たまたま出くわしたのは、偶然じゃなかったんだろうな。

 まあ、事故自体は偶然だったのかもしれないけど、あのあと、都であんな騒ぎがなければそういう話も出ていたのかもしれない。

 それにしても、シルビーも苦労が耐えないな。

 ローンの妹エンシュームちゃんもどうしてるんだろう、などと考えつつ、曖昧に返事を返す。


「まだ若いのに、あの子達も苦労が耐えないようで」

「若いといっても、どちらももうお披露目をする年頃だろう。うちの娘もちょっと早いが今年お披露目をする予定なのだ」


 そう言ってから声を潜めて、


「ここだけの話だが、家内の実家では、君を婿に迎えてペーラーやウェルディウスとのつながりを強めたい、などと言っていてな。娘もまんざらでもなさそうだが、父親としては複雑な気分だよ。無論君の事はフューエルの夫として申し分ない人物だと思っているが、娘のこととなるとな。君に兄と呼ばれると誇らしく思えるが、父と呼ばれるほどには、私もまだ老けては居ないつもりでね」


 などと言って笑う。

 このあたりの微妙なジョークセンスは、フューエルよりもリンツに近い。

 フューエルの場合、アクティブな部分はリースエルの遺伝だろうが、毒の部分はテナの教育の賜物な気がする。

 しかしまあ、そんなことを相談されて、俺としても複雑なんだけど、貴族ってのも困ったもんだよな。


「親の贔屓目かもしれぬが、エマは聡い子だ。だが、かしこすぎるがゆえに、周りに配慮して当然のように自分を殺してしまうかもしれぬ。私としては、もっと自由に生きてもらいたいと思うのだよ。祖母のようにね」


 祖母とは無論、リースエルのことだ。

 だが、彼女はたいていの女性が見本とするには、奔放すぎる気がする。

 腰を悪くして隠居気味の今でさえああなので、若い頃はきっと今のフューエルの比じゃないぐらいアクティブだったんだろうなあ。


「なんにせよ、無事に試練を終えれば紳士の称号を得るわけだ。さすればその名は神にも等しい存在として、あまねく世界に響き渡るだろう。だが私が思うに、君の魅力というものは、妹のようなじゃじゃ馬を受け入れてもなお余りある度量の広さなのだ。そういう人物であれば、託すに値すると言えるのかもしれぬが……」


 父親ってのも大変だなあ、と思いながら義兄と別れ、家路につく。

 自分の父親がそんな話をしていたとは知らないエマは、いつものように元気におば様であるフューエルと会話を楽しんでいた。


「夏の休みになったら、私もルタ島に見学に行ってもよろしいでしょう? もちろん、一人ではなく供もつけますし、それにシルブアーヌ様もご一緒くださるっておっしゃっていましたもの」


 エマは念願かなってシルビーとなんとかっていう義理の姉妹的な契約を結べたらしい。

 シルビーの話では、甘えたり困らせたりすることもなく、実に良い関係を作れているようだ。

 父親が自慢するだけのことはあるなあ。

 それにしてもシルビーか。

 うちの嫁さん連中はわりと晩婚なのでアレなんだけど、シルビーもお年頃なんだよな。

 俺を慕ってくれてはいるけど恋愛とは程遠いよな、ってことぐらいはうぬぼれ屋の俺でもわかる。

 もっとも、世間一般の貴族は、自由恋愛で結婚するほうが少数派らしいので、あまり俺の現代的な価値観だけで判断するのもどうかとは思う。

 それはこのエマも同様で、なんというかまあ、どうしたもんかなという気持ちでいっぱいだ。


「どうなさったんです、おじ様。難しい顔をなさって」

「俺がこういう顔をしてるときはな、たいていどうでもいいことで頭を悩ませてる時なんだよ。それこそズボンに足を通す時に、右からにするか左からにするかで悩むような、そういう無駄な悩みってやつだな」

「おじ様もご苦労が耐えませんのね。おば様、ちゃんとおじ様のご苦労を分かち合っているんですの? 母はいつも、妻たるものはいつも夫の苦労を分かち合うものだって言うんですの。でも私が見たところ、父が苦労を分かち合える相手は、おじい様ぐらいしかいらっしゃらない様子。最近は、おじ様ともよくお話なさっているでしょう。父はおじ様のことをとても褒める……というと変ですけど、お認めになってらっしゃいますわ。今日もなにか難しい話をなさっていたのでしょう?」


 この子は本当に良く見てるなあ。

 一方のフューエルはというと、特に小言を言うわけでもなく、小生意気な姪御の話に黙ってうなずいていた。

 ちょっとは人妻の貫禄が出てきたのかもしれない。


 家に帰ると、新人のマッチョ僧侶レネが、主人であるカリスミュウルを出迎えた。

 新しい従者のこういう初々しい仕草みたいなのも微笑ましいよな。

 カリスミュウルも照れ隠しにことさらしゃちほこばって、


「ご苦労、留守は変わりないか?」


 などと言っていた。

 かわいいもんだ。

 そのレネは、戦闘組に混じって、トレーニングをしていたようだ。

 クラスとしては僧侶なんだけど、やはり予想通り、背負った斧で叩き切る戦士タイプみたいだな。

 今一人のカリスミュウルの従者であるアンブラールも、建前としては騎士なんだけど、戦い方は戦士に近い。

 俺の従者である巨人のレグと合わせて、ここに来てやっと前衛に戦士タイプが揃ったと言えるだろう。

 戦士の特徴は、なんと言ってもパワーに全振りしてるところにあるといえる。

 重い防具で身を固め、重い武器を振り回す。

 無論、ちゃんと剣術の技みたいなのはあるんだけど、とにかく根底にあるのはパワーだ。

 特にダンジョンのように閉鎖的なスペースで乱戦からの削り合いになりがちな戦闘では、戦士が一番前衛に向いている。

 そういうところを踏まえて、いろいろと構成を考えているらしい。


「それにしても、御館様のお噂はいろいろと聞き及んでおったでござるが、これほどの人材を揃えた紳士は、類を見ないのではござりませぬかな?」


 汗を拭いながら爽やかに話すレネに、アンブラールが相槌を打つ。


「あたしも腕にはそこそこ自信があったんだけど、ここじゃ剣も魔法も図抜けた連中が多すぎて、生まれてはじめて謙虚な気持ちになってるところさ」

「それがし、実戦経験は未熟ゆえ、これだけの先達とともに経験を積みながら試練に挑めることは、何にも勝る喜びでござるなあ」


 などと話しているところに、レーンがやってきた。


「ご休憩のところ、よろしいでしょうか」


 爽やかに話しかけると、レネも爽やかに応じる。


「おお、レーン殿、であったな。貴殿はそれがし同様、僧侶だとか」

「そうです。ウル派の皆様が剣治同根、殴るも治すも同じとすることは存じておりますが、回復を主体においた戦術についても、今のうちにしっかりと検討しておきたいと思いまして」

「さよう、なればご存知かとも思うが、我々ウル派の僧は、あまり人を治すのは得意ではござらぬ。なんとなれば、戦闘の間は常に自分自身に戦意高揚の術をかけ続けるからでござるが、それ故、回復的な術となると」

「はい、そのことも存じておりますよ。騎士の方も、同様の戦い方をされるものですし、そこのところは問題がないと考えております。ですが、レネさんは騎士の皆様と違い、中級の回復もできるのではないかと思いまして」

「む、それなのだが……、それがし、回復術は苦手で……」


 どうやら、初級の簡単なものしか使えないらしい。

 複雑な呪文が苦手だとかで、御札をつかった簡単なものしかだめだとか。

 とことん、ウル派ってのは脳筋なんだなあ。

 そういえば偏屈女児のストームはウルの妹分らしいけど、燕あたりに言わせると、アウルみたいに陰湿な性格だったそうなので、あっちが例外なのかもしれない。


「そうですか、それならば仕方ありません。そうなると編成上、カリスミュウル様の従者三人で固まるよりも、ある程度こちらと混成にしていただくほうが良いかとも思うのですが、アンブラールさん、チアリアールさんも交えて一度相談させていただきたいところですね」

「うむ、聞けば我が主人も御館様も、基本的にご一緒に挑まれるとか。であればこの拳も最適な場所に采配していただくのが、最良であろうと思われる。いかんせん、戦術などというものも、どうにも苦手でござってなあ」


 要するに敵を決めてもらってあとは殴るだけがいいと言っているんだろう。

 割り切ってて頼もしい。

 あれこれと打ち合わせるレーンたちの邪魔をしては悪いとその場を離れて、裏庭のベンチで見学することにした。

 カリスミュウルはもうしばらく側についているようだ。

 やっぱり新しい従者ができると、気になるよな。

 特にホロアってのはいきなり従者になるので、契約してから互いのことを知っていくわけだ。

 俺もだいぶ慣れては来たけど、やはりそれなりに気を使う。

 相性によって仲良くなれることは保証されてるようなもんだが、結局関係を深めるには互いのたゆまぬ努力が必要なのだ。

 特に先日入ったばかりのペキュサートのように、マイペースで引きこもりがちのタイプだと余計にこっちからアプローチしてやらんとだめなわけだ。

 まあ、今はデュースがついていろいろ指導してくれてるようだけど。

 ミラーの入れてくれたお茶を飲みながら、そんな事を考えていたら、メガネ参謀ローンが隣に腰掛けた。


「もう修行は終わりか?」


 と尋ねると汗ばんだ額を拭いながら、


「あの人達と同じペースで訓練できるほどの力量は無いのですよ、私は文官寄りなので」

「そりゃ大変だな、それで、参謀殿的に、うちのパーティはどうだ?」

「どうと言われても、これだけのメンツが揃っていれば、あとは兵の頭数さえ揃えれば、小国の一つや二つたやすく落とせるでしょう。もはやダンジョンなどにつぎ込む戦力ではありません」

「まあ、そうかもしれん。クメトスみたいな隊長級の戦力を前線で戦わせるのってだいぶ無駄だよな」

「その通り。とはいえ、試練というものはまた独特の難しさを持つものでしょう。先の都の塔のようなものであれば、このメンバーでなければ、攻略は難しかったかもしれませんよ」

「確かに竜とかばんばん出てきたもんな」

「普通は生涯に一度見えるかどうかという強敵なのですよ。聞けばあなたはこの一年かそこらでなんども竜を退治しているとか」

「別に俺が倒したわけじゃないけどな」

「あなたの従者が倒せば、同じことですよ。それにしても……」


 と言って、新人のレネの方を見る。


「ウルを信奉するものは騎士団にも大勢居ますが、やはり僧侶ともなれば、筋金入りですね」

「脳筋っぷりがか?」

「そのような言い方はどうかと思いますが、まあそうです」

「それで、お前なら彼女みたいなタイプはどう使うんだ?」

「彼女は殿下の従者でしょう、私が指示を出すことはないと思いますが」

「レーンは混成で行くほうがいいんじゃないかとあっちに持ちかけてたぞ。アンブラールも特に反対はしてないようだったし」

「ふむ、そうですか。では……」


 と少しだけ考える素振りを見せてから、


「彼女のようなタイプは最前線で一人立ち回るのが得意なものです。常に連携を旨とする我々騎士とは、そこが大きく違う。であるなら、支援の届く距離を保ちつつも、一歩前に出て戦う、すなわち前線に単騎で突入してもらう戦術を取るのがもっとも良いでしょう」

「ふむ」

「ここで重要なのは孤立させないことです。個々の兵力の繋がり、すなわち線を途切れさせないように付かず離れずフォローして、敵に四方を取り囲まれないようにするパートナーが必要です」

「それならアンブラールとペアで戦わせればいいんじゃないか?」

「いえ、見たところ技量の差はあれども、二人とも同系統の戦士、そのパートナーには異なるタイプが良いかと。例えば機動力を重視して、エレンやコルス、ポーンなどが向いているでしょうね。あるいはもう少し距離をとってオーレや紅のような魔法剣士との組み合わせも有効でしょう」

「ほほう」

「レネのような戦士タイプが前線に立つと、敵はまずは正面から打ち破ろうとするでしょうが、それが無理な場合、相手を押し包んで倒そうと、隙のある方向に回り込んできます。ですからそれを察して素早く動きを断つような能力がパートナーには求められるわけです」

「なるほど」

「逆に我々のような騎士であれば、元々編成を組んで面で敵と当たるので、そうそう包囲されることは有りませんし、されたらされたで防御に徹する陣などもいくつもあるのです」

「ふうん」

「ですから、騎士は騎士同士で組むのが最適ですが、戦士は侍や僧侶と組むのが最適と言えるでしょうね。一般論としてですが。うちの場合は個々の技量が優れているので、もう少し特殊な編成も検討できるかもしれませんね」


 よくわからんが、ローンは我が家の参謀役、すなわち軍師役として働いてくれている。

 もっとも本人曰く、得意なのはロジスティクス、すなわち兵站で、実際の戦闘における戦術面での指揮は不得手らしい。

 不得手と言っても、並の騎士よりはうまくやれるそうだが。

 赤竜はベテランの隊長が多いので、あまり口を出す必要もなかったとか。


「そういえば、初めて参謀の任に付き、隊長たちと挨拶した時にゴブオン卿が言っておりました。兵を飢えさせるな。それさえ守れば、大抵の尻拭いはしてやる、とね。私もまだ青臭い頃ですから、随分とむきになって働いたものですが、卿のおっしゃったことは真実なのですよ。どれほど鍛えた兵でも、武器や食料がなければ戦いようがないので。来る試練に置いて私の役目といえば、その事となるでしょう」

「ふむ」

「もっとも、クロックロンや各種飛行機という輸送手段、それにファーマクロンが供給する食料のおかげで、圧倒的に簡単な仕事になってはおりますが、先の黒頭のように、それらが使えぬ場所というのもあるかもしれません。そうした事態も想定して、備えておくべきでしょうね」

「頼もしいな」

「私から見れば、これだけの環境を揃えているあなたのほうが、遥かに頼もしいものですよ」

「そうかな、まあ俺の場合、宝の持ち腐れみたいなとこが多いので、こうして活かしてくれる仲間が居ないとどうにもならんのだよな」

「自覚があるのに改善の意志が見られないのはどうかと思いますが、私としても、仕事を与えられたほうが、尽くしがいがあると言えるでしょうね」


 結論が出たところで戦闘組と別れて家に入る。

 家の中もじわじわとハイテクによる改装が進んでるんだけど、例えば表通りに面した物置スペースは、現在はお店に拡張してある。

 これもちょっと前であれば業者を入れて工事をしてもらうところだったのだが、今は3Dプリンタ的な何かで壁やらなにやらをグイーッと成形して、数時間で部屋ができてしまっていた。

 これによって商品の展示スペースを広げることができるようだ。

 壁も取っ払って、ガラス張りのオシャレなショーウィンドウになっている。

 今はまだ準備ができてないのでカーテンが掛かってるはずだけど。

 覗いてみると、豪華な内装の店内では、新しい棚に新しい商品が並び、新たな客を呼び込む準備が整いつつあった。


「あら、ご主人様。もうお戻りだったんですね」


 商品の確認をしていたレアリーが俺に気づいて手を止める。


「どうにか面倒な仕事は片付けてきたよ。それよりここは良くなったな。高級な宝飾店にも負けてないんじゃないか?」

「ええ、実に趣のある店構えで。やはりこうして仲間とともにお店をやるというのは、いいものですね。ご主人様が居なければ、こんな素晴らしい体験もできずじまいでした」

「そりゃあ良かった。と言っても、すぐに離れることになっちまうけど、お前たちは交代で戻るんだろ?」

「その予定です。カルポースがあれば、地下経由で出入りしても片道三十分程度ですから、試練の旅先から通勤するような感覚で店に入ることができるでしょう。私とメイフル、イミアの三人で交代で回せば、業務が滞ることも無いと思います」

「客のある商売だから、あんまりホイホイ休むわけにもいかんもんな」

「そのとおりですわね」


 楽しそうなレアリーを見てると、こちらも楽しくなってくるようで、二人でウキウキしながら棚の陳列をああでもないこうでもないといじりたおしたのだった。

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