第387話 闘技場

 朝の港は人でごった返している。

 ここは商港なので出入りするのも大型商船が大半で、運ぶものは貨物や郵便物、そして旅客だ。

 今も南方に出発する大きな客船が、港を離れようとしていた。

 俺の隣では春のさえずり団の三人、ヘルメ、サーシア、オーイットが手を振っていた。

 他にもエッシャルバンを始め、春のさえずり団と関わりのあった人々が見送りに来ている。

 そして皆が見送る先には、のっぽのペルンジャが同じくこちらに向かって手を振っていた。

 その姿が見えなくなるまで振り続けた手をやっと下ろすと、いつも元気なオーイットがぼそっとつぶやく。


「行っちゃった……」


 三人は何も言わずに、しばらく佇んでいたが、やがてリーダーのヘルメがひときわ明るく、こう言った。


「さあ、私達も行こうか」


 他の見送り連中と一緒に俺も帰ろうとしたところ、珍しくリーダーのヘルメが俺の腕をとって、


「せっかくだから、なにかごちそうしてくださいよ、しばらく会えなくなりますし」


 普段、控えめなお嬢さんにそのようにアプローチされたら、おじさんはじゃんじゃんおごりたくなるわけで、港近くのちょっとお上品なお店で、遅めの朝食をとることにした。

 カロリーを摂取して元気が出たのか、いつものおしゃべりが戻ってきたようだ。


「それにしても驚いちゃった、ペルンジャ、お姫様だったんだね」

「そうそう、あんな立派なお迎えの一団がいて、きれいなドレス着て、びっくりしちゃった」


 三人共笑顔で送ろうと決めていたらしく、今も平静を装ってはいるが、喪失感みたいなのはあとから来ることも多いもんだ。

 だが、たとえ空元気であっても、元気に振る舞っていれば、なんとなく元気になることもある。


「でも、今思えば、この半年って夢みたいだったね」


 解散した春のさえずり団の面々は、再びただの女学生としての生活に戻るのだが、うまく馴染めるのかな。

 気にはなるけど、俺ももうすぐこの街を離れるしなあ。

 といっても、故郷に帰ったペルンジャもそうだが、この子達は、古代種でありながらも、高い学費と難しい入試の必要な学校に通っていることからも分かる通り、みんな家庭にも才能にも恵まれている。

 だからよほどのことがない限り、俺みたいな胡散臭いおっさんのサポートがなくてもうまくやっていけるタイプの人間なのだ。


「そういえば、サワクロさんも、そろそろ試練ってのに行っちゃうんですよね。寂しくなるなあ」


 とヘルメ。

 劇場みたいな場所で活動してると、様々な階級の噂が流れてくるもののようで、彼女たちも今では俺の正体を知っている。

 オーイットなどは、


「サワクロさんって魔族まで従者にするのに見た目は平凡な商人みたいで、もしかして裏で怪しい仕事をしてる人なんじゃないかと心配してたの。まさか紳士様とは想像もつかなかったけど」


 あっけらかんとそう言っていたが、まあ気持ちはわかる。

 今一人の青肌のベーシスト、サーシアはニコニコしながら黙ってうなずいてるだけだ。

 彼女は普段は無口だけど、ミーハーなところがあってたまにマシンガントークが始まったりするそうだが、俺はあまりお目にかかったことがない。


「サワクロさんが出発するときも、見送りに行きますね」


 そう言って年若い友人の三人娘は帰っていった。

 若い娘とのデートを堪能して家に戻ると、カリスミュウルが俺を待っていた。


「早かったではないか、あの娘は無事に旅立ったのか?」

「まあね、それよりもう時間だっけ」

「いや、まだ多少時間はあるがな。最近、朝型になおしておるので、目が覚めただけだ」


 朝型と言うにはもう結構な時間だが、こいつにしてみれば早いほうだろう。

 この後、カリスミュウルと改めて演出家エッシャルバンのところに出向くことになっている。

 じっと待ってても仕方がないので、ちょっと早めに歩いて出向くことにした。

 この時間は、馬車も混むしな。

 お供にミラーを一人連れ、ブラブラと街を歩く。


「やっと馴染んだところではあるが、この街とももうすぐお別れか」


 とカリスミュウル。


「近年は一つ所にとどまることが少なかったので気にならぬ、と言いたいところだが、ここはまあ、我が家だからな」

「試練さえ終われば帰ってくるだろ、商売もあるし」

「うむ。とはいえ、貴様はあらぬ方向に活動圏を広げていくからな。おそらくは試練の途中に、あのアップルスターにも行くのであろう。空の上に家を建てるなどと言い出しても、いまさら驚かんぞ」


 そう言って見上げたはるか先には、丸い物体が浮かんでいる。

 ルタ島にバリアの発生装置みたいなのがあるらしくて、それをどうにかすれば、軌道エレベータ経由で宇宙まで上がれるだろう、というのが現在の予想だ。

 つまり試練の途中で、それをやることになるんだろう。

 どっちもめんどくさい案件ではあるので、まとめてこなせるならそれに越したことはない。

 とはいっても、めんどくさい事ばかりじゃなくて、試練の間はアウトドアスタイルの生活がメインになるだろうから、それはそれで楽しみでもあるんだよな。

 世界中のホロアも集まってくると言うし。

 なるべく楽しいことに喜びを見出して、面倒な試練を乗り切りたいものだ。




「先程はお疲れさまでした、いや、寂しくなりますな」


 そう言って出迎えたエッシャルバンのオフィスでは、彼とその従者のシャロアン、そして弟子のリーナルが待っていた。

 今日の要件は春のさえずり団のことではなく、リーナルのことだ。

 見習い演出家であるリーナルの修行として、俺の試練に同行させたいのだという。

 そして試練の行程を取材して、劇にしようというわけだ。

 日頃お世話になっているエッシャルバンの提案でもあるし、なによりかわいこちゃんの道連れが増えることに、否やのあろうはずもない。

 それでなくても、試練の間は新聞の取材みたいなものも多いらしい。

 専属記者が一人ぐらい居てもいいだろう。

 あとはまあ、リーナルはカリスミュウルの貴重な友人でもあるしな。


「なにかとご不便をおかけするかもしれませんが、弟子をよろしくおねがいします」


 などとかしこまってエッシャルバンに頼まれて、しっかりと引き受けた。

 とはいえリーナルちゃんは旅の経験もないらしいので、旅支度の仕方もわからないらしい。

 こちらは後日、カリスミュウルが付き合って買い物などするようなことを言っていた。

 まあ女の子同士の買い物に付き合っても、荷物持ち以外することがないので俺は関わらないことにする。


 用事は済んだが、そのまま帰るのもなんなので、カリスミュウルとブラブラ街をほっつき歩く。

 フューエルやエディと違って、俺同様に年中暇なカリスミュウルはこうして一緒に出歩く機会が多いんだけど、やはり俺と同じくたいした趣味もないので、ただひたすら歩くだけ、みたいな頼りないデートになってしまう。

 金も暇もあるんだけどなあ。

 だからといって、積極的にエスコートするわけでもなく、やはりダラダラと歩いていくと闘技場に出た。

 以前、騎士団の紅白戦を見たことがあるが、ここは普段は、魔物と剣闘士がバトルするところだ。

 感性が穏やかで争いを好まないお上品な俺にはあんまり向いてないと思うんだけど、世間的には大人気らしい。

 闘技場の外に居ても、中の歓声が聞こえてくる。


「なんだ貴様、興味があるのか?」


 と尋ねるカリスミュウルに、


「いやあ、別にねえなあ。だって怖いじゃん」

「身もふたもないことを言うでない。むしろ少しは血なまぐさい刺激を受けて、衝動に身を任せるようなことも必要ではないのか? 女神の試練とて突き詰めれば暴力であろう」

「そんな事言われてもなあ。そいや前にここで逃げ出した魔物と出くわしたことがあってな、エディがいたから助かったようなものの、ひどい目にあったよ」

「どこに行っても災難に見舞われておるのではないか? よほど不幸な星の下に生まれたと見えるな」

「そう思うなら、もうちょっと平和そうなところに行こうぜ」

「まあよかろう」


 そう言って立ち去ろうとしたら、何やら闘技場の入口あたりがにぎやかになる。

 また魔物が逃げ出したんじゃ無いだろうなと思って身構えていると、どうやら中に入ろうとした花形剣闘士がファンに捕まってもみくちゃにされているらしい。

 ちょっと気になったので見えるところまで近づいてみると、ビキニアーマーと言ってもいい程度にはへそとか太ももが露出したムキムキの女戦士だった。


「ああいうのって、アンブラール以外にもいるんだな」

「むしろ剣闘士ぐらいしかあんな格好はせぬものであろう。本来は、相手の攻撃など全てかわす、あるいは食らってもどうということはないということを示すための装備だからな。一対一が保証されている闘技場ならではというところもあるのであろう」

「ふうん、しかしまあ、取り巻きは女の子ばかりだな」

「大抵の男にとって、自分より屈強な女を崇拝するというのは、屈辱的なのではないか?」

「そこがいいと思うんだけどな」

「今更貴様の趣味を聞かされたところで、なんとも思わぬが……、それにしても大した人気だな」


 女剣闘士は群がるファンに丁寧に挨拶したり握手したり手を振ったりしているし、ファンの方もお花とかお金とか色んなものをどんどん貢いでいるようだ。

 貢ぎたい時に貢げるってのはいいよな、俺ももっと春のさえずり団に貢いどくんだったなあ。

 でもあの子達の懐に札束とかねじ込んだら、めっちゃ軽蔑されそうで、俺には無理だったよ。

 などと考えているうちに、女剣闘士は見えなくなった。

 今からあのマッチョレディが戦うのかなあ、と思うと、ちょっと興味が湧いてくるな。

 そんな繊細な俺の男心を読み取ったのか、カリスミュウルが呆れた顔で、


「貴様はとことん、思っていることが顔に出るようだな」

「裏表のない性格を目指してるんでな」

「まあなんだ、冷やかし程度なら良いのではないか? まだ腹も減らぬし」


 というわけで、主義を変えて闘技場を見物することにした。

 歓声が鳴り止まぬ石造りの客席から見下ろすと、ちょうど勝負がついたところだった。

 前の方は立ち見状態で、比較的空いてる後ろの方から覗き見る。

 といってもここからだと剣闘士は豆粒程度にしか見えないな。

 背負った鞄に小型の双眼鏡が入っていたことを思い出して覗いてみる。

 手ブレだけでなくディティールを補正する機能もついた、ハイテク双眼鏡だ。

 そいつで覗いてみると、広い舞台の真ん中では、剣を突き立てられて躯となったギアントが、まだピクピクと足を痙攣させていた。

 野蛮だなあ、などと思いつつ、ボーッと見ていると、死体が片付けられて、次の剣闘士が出てきた。

 ちょうどさっきのビキニアーマーちゃんだ。

 人気のほどは、周りの絶叫からうかがい知れる。

 いやまじで絶叫って感じで、思わず耳をふさいだぐらいだ。

 特に前方のビキニアーマー二人連れがうるさい。

 ってよく見ると、片方はカリスミュウルの従者であるアンブラールじゃないか。

 血の契約こそ無いものの、幼い頃から忠誠を誓った腹心の部下とも呼ぶべき人物で、気のいいマッチョ姐さんだ。

 隣で同じく耳をふさいでいたカリスミュウルに教えると、心底嫌そうな顔をする。


「何をやっておるのだ、あやつは。そもそも、なぜここまで来てまっすぐうちに来ぬのか」


 カリスミュウルの気持ちはわかるが、たぶん罰ゲームみたいな奉仕活動が終わって、羽根を伸ばしたかったんだろう。

 しばらく見ていると、連れのビキニアーマーと盛んに声援を送っている。

 連れが誰かは知らないが、この騒ぎようはおおよそ名のある騎士様とは思えないな。

 やがてさっきの剣闘士が勝利を収め、二人も大声で歓声を上げた。

 互いに手を打ち合わせて喜び、ちらりとこちらを振り返ったアンブラールが、さっきのカリスミュウルに負けずとも劣らぬ程、嫌そうな顔をする。


「なんでよりによって、こんなところにいるんだい」


 寄ってきてカリスミュウルの前に立つアンブラール。


「それはこちらのセリフだ」

「まったく、今日一日羽根を伸ばしてから顔を出そうと思ってたんだけどねえ。まあいい、目当ての試合も拝めたし、ちょいと場所を変えようか」


 闘技場には食堂も併設されていて、ここでしか食べられない珍味もあるそうだ。

 スタジアムグルメみたいなもんか。


「まあなんだ、辛気臭い神殿の奉仕活動でうんざりしててね、ほら、ここの闘技場は有名じゃないか、せっかくなのでちょいと拝んでから行ってもバチは当たらないだろうと思ってね」


 ジョッキを一杯飲み干してから、アンブラールは頼りない言い訳をする。


「ふん、まあよかろう。それで、連れの御仁は?」


 アンブラールと一緒にいたのは、体格的には一回り小ぶりだが、それでも俺よりごつい、筋骨隆々のビキニアーマーギャルだった。

 でも顔はかわいい系だな。

 短めのツインテールが似合ってる……様な気もする。


「彼女はレネ。奉仕中に知り合ってね、ちょうどあっちの神殿に寄宿してたんだけど、見ての通りホロアの僧侶さ」


 僧侶か、どう見ても戦士にしか見えないが。

 背中に背負ってるのも巨大な戦斧だし。

 肉の圧も強くて、ホロアかどうかもよくわからん。


「あたしとウマがあったもんでね、せっかくだから、ご両人に顔見せぐらいしてもいいかと思って、ご同行願ったわけだが」


 つまり、紳士である俺たちのどっちかと、相性がいいかどうかを確認させようと連れてきたわけだ。


「お初にお目にかかる、それがしレネと申す。女神ウルを信奉する僧でござる。ご両名の御高名はかねがね……」


 などと挨拶するが、声質は可愛いのに、喋り方が重苦しくて、なかなかしんどい。

 あと別にふんぞり返ってるわけじゃないんだけど、マッチョで胸を張ってるので、非常に威圧感がある。

 そういえば、ウル派の僧侶はとことん脳筋だと聞いた記憶があるが、脳だけじゃなくて全身筋肉だとは思わなかったよ。

 まあ要するに、相性を見ればいいわけで、さっそく俺から握手などしてみたが、さっぱり光らなかった。

 マッチョなかわいこちゃんも当然守備範囲だった俺的にはとても残念だが、彼女の方はさほど気にしては居ないようだった。

 一方のカリスミュウルは、


「今まで、何度引き合わされても、相性があったことはなかったのでな、もし合わぬとなっても気を落とすなよ」


 などと相手を気遣いながら握手すると、これでもかってぐらい、マッチョちゃんの体が輝いた。


「おお、これが相性の輝きというものであるか、なるほど確かに、貴公への情愛とでも言うべき感情が湧き上がってくる。このような気持ちは初めてだ」


 と感心しているが、カリスミュウルの方は面白いほど取り乱していた。


「いや、しかし、これは、まことか? わ、私で良いというのか?」


 混乱するカリスミュウルにマッチョちゃんは、余裕たっぷりにうなずきながら、


「こうして相まみえると、貴方様を置いて仕える相手は他におらぬと信じられる。どうかそれがしを従者の末席にお加えいただけぬか」

「いや、その、貴様が望むなら、その、構わぬが、ほ、本当に良いのか?」

「無論、ウルの使徒に二言はござらん!」


 というわけで、マッチョ僧侶のレネちゃんは、めでたくカリスミュウルの従者となった。

 カリスミュウルにとっても、初のホロアの従者というわけだ。

 改めて人が契約するところを見ると、ホロアのこの即決っぷりはちょっと不安になるレベルだよな。

 そこまで相性ってもんに自分の人生を丸投げできるもんなんだろうか。

 俺が言うのもなんだけど。


「血の契約というものが、これほど精神の負担になるとは思わなんだ。よく貴様はほいほい契約が結べるものだな。人一人の人生を背負うのだぞ」


 というカリスミュウルの言葉ももっともだが、


「そうはいっても、目の前でピカピカ光ってる女の子を見ると、こいつは俺のものにするしか無いって気持ちになるからなあ」

「いい気なものだ、ま、まあよい。とにかくレネ、試練に挑もうというまさにこの時に貴様という従者を得たことは、私にとっても僥倖であろう。貴様の働きに期待しておるぞ」

「はっ、一命をとして!」


 片膝をついて忠誠を誓うところは、なかなか感動的なシーンだと言える。

 当人がビキニアーマーだったり、ここが酔っ払いのあふれる闘技場の食堂だったりするところに目を瞑ればだけど。

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