第386話 墓参り
翌朝。
今日はダンジョンの墓参りということで早めに起きると、ネールがクントによそ行きの服を着せていた。
「しばらくここを離れることになりますが、だからといって儀式の手を止めていただくわけにも参りません。しっかりと今のうちに別れを告げておこうかと」
そういうわけで、クントも連れて行くようだが、体がついたばかりとあって、まだそれほどうまく歩けない。
あのダンジョンの中はかなり安全になっているが、用心のためにちょっと多めに護衛を連れて行くことにした。
元貫主ヘンボスと古くからの知り合いであるカリスミュウルも一緒に挨拶に行くといって珍しく早起きしているが、朝に弱いだけあってまだ寝ぼけている。
この調子だと準備にはもう少し時間がかかるだろう。
その間に新装備をチェックする。
まずはアンダーだが、足先から首元までみっちりと覆う全身タイツだ。
こいつがあれば、理論上はレグの槍でまともにどつかれても、打撲か骨折ぐらいで済む。
それでも十分重傷だが、普通に殴られたら体がちぎれ飛ぶからな。
素材は例の妖精の糸だ。
この糸は古代文明のハイテク繊維よりも良い特性を持つらしい。
構造の説明なんかも聞いた気がするけど、もう覚えてないのでなんか難しいことを言ってたんだろう。
特殊な編み方でつなぎ目などがなく、着てみると実にいい塩梅に肌にフィットする。
また体の状態をモニターするセンサーなどもついているし、適度なテンションが掛かって、動きをサポートしてくれる。
スポックロンいわく、筋力は七十%アップし、疲労は四十%低減するそうだ。
何もせずに強くなれるという、まさに俺にピッタリの装備だと言えよう。
その上には今風の革鎧をまとっているが、これも全身にあれこれ仕込まれている。
クロックロンたちと同程度のセンサーや生命維持装置、ちょっとした飛び道具などだ。
カプルが以前作っていた鎧の発展形で、作ったのはカプルとシャミらしい。
革っぽいのも表面だけで、中身はカーボン系の樹脂だと言っていた。
カプル特製ジュラルミン装備より、遥かに頑丈で軽い。
ヘルメットにはARレンズのようなものも組み込まれていて、いろんな情報をここで取得できる。
こんなものまで使いこなすとは、あっという間に技術に馴染んでて怖いぐらいだ。
魔法が使えるようになっても速攻で持て余していた俺とは大違いだな。
また武器もすごい。
見た目は剣の柄なんだけど、スイッチを入れると光の剣が飛び出す。
いわゆるビームサーベルだ。
これがまた最高に格好良くて、粒子の密度を調整することで、ほぼなんでも切れるし、何も切らないこともできる。
つまり、敵の斬撃を受けたり、盾ごと切り裂いたりできるのだ。
しかもうっかり自分の手や足を切りそうになったら、安全装置が働いて剣が消えるというサポートつき。
どう考えても、これだけあれば俺も地上有数の剣士と言えるだろう。
だが、セスに言わせると、
「確かに、これだけの力と武器を得れば、たいていの魔物に引けは取らぬでしょうが……」
「が?」
「まあ、おそらくはフルンに手も足も出ぬことでしょう」
「そんなに差があるか」
「はい。ご主人さまでは切っ先をかすらせることも困難かと」
試しに先日、この装備で木刀を持ってフルンと打ち合ってみたものの、まったくついていけなかった。
「ご主人様、速くはなったけど動きが下手なまま! それじゃあ、いくらでも避けられるし、当て放題!」
それを聞いたスポックロンが、
「体術トレーニングのカリキュラムを構築して肉体を強化すれば三ヶ月程度で一端の戦士程度には鍛えることが可能です。早速レクチャを」
などと言っていたが、ちょっと試しただけでついていけそうになかったので遠慮しておいた。
俺に求められているのは、戦場でうっかりやられないことだけなので、完璧な防具と、ちょっとのトレーニングがあれば十分なのだ。
かような装備を整えた上で、地下基地経由で、森のダンジョンの下層部に出る。
出入り口は巧妙に偽装してあるうえに、こちらはホロアの墓場側なので、冒険者や商人もまず居ない。
よって徒歩でもあっという間に目的地に到達することができる。
久しぶりに顔を合わせたヘンボスは高齢のわりには元気だが、やはり連日高度な術を使っているので疲労がたえないのだろう。
少々やつれて見えた。
このゴーストシェルを成仏させる術は高度なもので、しかも対象も多く時間がかかる。
大変だろうが、ヘンボス自身もこれを僧侶としての集大成であると考えているようだ。
俺たちにできることは、精のつく差し入れを持ってくるぐらいなんだよな。
というわけで、持参したお弁当を囲んで、一息ついてもらう。
俺がここに来ると、ヘンボスとチェスを打つ。
腕の方は互角なので、良いライバルだったが、俺が試練に出れば、しばらくはお預けだな。
二戦やって一対一の引き分けだ。
普段なら三戦やって決着をつけるところだが、今日はやめておいた。
ライバルであるがゆえに、双方ともにこの場で決着をつける気にならなかった、みたいな気持ちが働いたのかもしれないし、単に疲れただけかもしれない。
こういうものに、さしたる理由はないのだ。
「紳士殿も、いよいよですな。殿下とお二人、手を携えて必ずやホロアマスターたる栄誉を掴むことでしょう。お二人と、従者の皆さんの無事をここから祈っております」
ヘンボスはそう言って俺たちを送り出してくれた。
ネールはもう少し残るそうで、何人かを護衛に残し、徒歩でダンジョンの出口まで歩く。
ちょっとは実地訓練をしとこうと思ったんだけど、なにもないまま地上に出た。
例のスーツで補強されてるのに、上り坂を歩くだけでバテてしまったので、これはやっぱり鍛えておいたほうがいいのかもしれない。
もう、そんな時間はないけど。
出口付近の騎士団駐留地は、随分と簡素化され、小さなテントの他には騎士が二人と兵士が数人しか居なかった。
俺たちが潜っていた頃の盛況っぷりは見る影もない。
商人の往復でも、護衛がつくのは一日一回だけらしいしな。
一つには魔物がほとんど一掃されたから、というのもあるし、交易のサイクルが安定して一往復で済むようになってきたのもある。
冒険者が減ると、結界を張って更に安定させることになるが、各方面の利害関係によって、どういう結界を張るのかが決まるようだ。
要するに商業向けに魔物をほぼ完全にシャットダウンするような結界なのか、冒険者向けに魔物を程よく残すのか、みたいな違いだ。
この街は冒険者ギルドが弱いので、たぶん商業向けになるだろう。
うち的にも魔界との通商はどんどんやってもらったほうが助かる。
冒険者ギルドにしても、稼ぎ場所は神殿の地下があるし、キャパを考えてもこっちはぼちぼち閉じてもいいのかもしれない。
なんにせよ、冒険者商売ってのは大変なんだろうなというのがここを見るだけでもわかるってもんだ。
半年足らずで稼ぎ場所がなくなっちまうんだからな。
詰めてる騎士はあまり面識のない人物だったので、とくに挨拶することなくダンジョンを後にした。
結局、戦闘どころか魔物の気配さえ感じなかったな。
新装備もとくに出番もなく家に帰る。
まあ、だいたいいつもあれこれ想定して準備しても半分以上は空回りだけど。
それを無駄と言わず、冗長性として確保する所が俺の管理者としての能力の高さだと言えるので、今後も過剰なぐらいあれこれ準備していきたい。
その代わり、女の子の取りこぼしだけは避けたいところだ。
朝からしっかり労働したので、ゴロゴロと英気を養っていたらあっという間に昼下がり。
ウクレとオーレに誘われて、ちょっとだけ魔法の練習をすることにする。
すでに魔法の上達は諦めたんだけど、
「せっかく使えるようになったんですし、ご主人様が真面目に練習すればきっと私達なんかよりももっとすごい高みを目指せると思います」
などと言って、ウクレがおだてるので、仕方なく付き合ってみたわけだ。
たぶん、俺と一緒に練習したいという従者らしい願望のあらわれだろうし、俺としても可愛い従者にそんなことを言われたらホイホイ頑張るしかあるまい。
チョロさにかけては俺も負けてないからな。
我が家の家訓は揺るぎないチョロさとかにしてもいいかもしれん。
というわけで、小一時間ほど付き合って顎がガクガクしてきたあたりで早々にダウンした俺は、修行部屋から逃げ出した。
消費したカロリーを補充すべくおやつを求めて台所に行くが、戸棚の中は空っぽだった。
すでにフルンたちに食べつくされたあとらしい。
モアノアが団子をこねていたが、もう少しかかるそうなので、地下のお菓子屋さんにすがることにする。
少々メニューがアレンジしてあって、日本のお菓子もわりと高い完成度で再現してくれる。
というわけで、今日のおやつはたい焼きだ。
別途用意した紙袋にたい焼きをいっぱい詰めて、裏庭にいく。
ピューパーたちにも食わせてやろうと思ったが、どうやら公園に遊びに行っているようだ。
公園まで数分の距離を歩くのが億劫なので、桟橋のベンチに腰掛けて、一人寂しく湖を眺めながらたい焼きを食べる。
甘くてうまい。
日本の味だなあ。
続けて二つ食べて、三つ目をどうしようか悩んでいると、ちっこいのが二人、ひょこひょこやってきた。
「何を昼間からたそがれているんです?」
口調は大人のそれだが声質は幼女そのもののストームだ。
「平和を噛み締めてるんだよ、ほら、ふたりとも座れ」
と促すと、仲良く並んで俺の膝の上に座る。
ちょっと重い。
「食うか?」
とすすめると、二人はうなずいてたい焼きを受け取る。
黙ってもぐもぐと半分ほど食べてから、再びストームがこう言った。
「平和とやらは、随分と甘ったるいようですね」
「うまいだろう」
「まずいとは言っていません」
するとセプテンバーグが、
「素直に美味しいと言えない人間でもこの味を享受できる所が平和の醍醐味なのでしょう」
などという。
しんどい幼女だな。
ちびちびと食べ続ける二人を抱っこしたまま、ぼんやりと空を眺める。
真っ昼間なのに、小さくかがやく星が一つ見えた。
ソプアルの門だっけか、ゲートのなれの果てらしい。
「ゲートが活性化してますね、情報場のダイバージェンスがマイナスに転じています。ご主人様の無駄に溢れる魅力が世界に満ちているせいでしょう」
とストーム。
「それは褒めてるのか?」
「従者たるもの、褒める以外に主人を表す言葉を持たぬものです」
「いいこと言うなあ、よし、なでてやろう」
そう言ってしばらく二人をなでていると、集会所から燕たちが戻ってきた。
「あら、ちょっとはおとなしく従者らしいことをできるようになったんじゃない?」
と冷やかす燕にストームが、
「あたりまえです、あなたみたいに肝心のウェルビネをよその宇宙に忘れてくるようなおっちょこちょいとは違いますから」
「あれはあれでいいのよ、あっちで使うんだから、たぶん。それにしてもあんたたちほんとそっくりね」
「あなたと紅も昔はそっくりだったでしょう。性格はまったく違いましたけど」
「あんたたちは性格までそっくりじゃない」
「まさか! どこが!?」
オーバーに驚いてみせるストームと、まったく意に介さずに食べ続けるセプテンバーグ。
でもまあ、似てるよな。
黙って食べ終えたセプテンバーグがぺろりと唇をなめてから、
「私としては、誇り高きペレラールの騎士の血が、あなた方アジャールと半端に混じってしまったことがどうにも悔やまれますね」
「あんたはもともと半分闘神みたいなもんでしょ。真似して作ったくせに」
「あれは敵性技術を解析してより高度な形で再利用した、というものです」
「ところで、あんたのあとにもあと三人ほどいたんじゃないの? そっちはどうしてるわけ?」
「さて、私はプロトタイプでしたから。残り三人の妹がどうなったかはわかりませんが、楔にはならなかったはずなので、そのまま天命を全うしたのかもしれません、あるいは一人ぐらいはひょっこりとまだ生きているかもしれませんね」
「ふうん、紅をやったのはそのうちの一人でしょう? どうしてるのかと思って」
「縁がなかったのでしょう。ご主人様の中に生まれたのは、私だけだったと思いますよ」
「そうなのね、まあ、それならそれでいいんだけど。ちゃんと揃った形で、ネアルに見せてあげたいじゃない」
「そういう契約でしたからね」
なんだかわからない話をしているが、どうせ聞いても教えてくれないので、聞き流すだけにする。
度を越した包容力は、ときに無関心に見えてしまうかもしれないなあ、みたいなことを思いつつ、あんこの詰まってないしっぽを頬張るのだった。
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