第385話 肉の剣

「まじかよ、とうとう俺も秘められた力に目覚めるときが来てしまったか、今日からは大魔導師クリュウと名乗ろう」


 などとわけのわからないことをつぶやくぐらいに興奮しているが、どうも突然魔法が使えるようになったようだ。

 その場で教わった呪文を唱えると、下手くそではあるものの、それなりに魔法が発生する。


「うーん、あれ程試してだめだったのに、不思議なものですね。ご主人様には、食べちらかしたクッキーのカスほども魔法の能力が存在しなかったはずなんですが」


 俺が魔法を使うところをひと目見ようと、暇そうな連中が大勢集まってきたのだが、その中でトップクラスに口の悪いレーンが首をかしげてそう言った。


「しかし、相変わらず魔力の流れのようなものは感じません。ただ魔法だけが生じているようで、やはり不思議なものです」

「なんか違うのか?」

「違いますね、といってもそもそも僧侶と魔導師の魔法も結構違いますし、そこはさほど重要ではないかもしれません。それよりも重要なのは」

「なんで突然使えるようになったか、だよな」

「そのとおりです」

「やっぱあれじゃね、試練を目前に控えてついに俺にも覚悟とともに力が目覚めたとかそういう」

「そんなむしのいい話は三文芝居でもやらないでしょう。やはりもっとも可能性の高いのは、ストームさんとセプテンバーグさんが降臨されたことでしょうね」

「ほほう、じゃああの二人に聞いてみるか」

「先程はお昼寝中でしたが、ちょっと様子を見てきましょう」


 というわけで、ぞろぞろと地上に登ると、ストームとセプテンバーグはちょうどおやつを食べていた。

 食っちゃ寝の理想的な暮らしを満喫しているようだ。


「なんですか、雁首を揃えてぞろぞろと。みなさんも落ち着いておやつでも召し上がったらどうです?」


 と幼女らしくクッキーの欠片をポロポロこぼしながら、口調だけは大人っぽいセプテンバーグがそう言った。


「もうすぐ晩飯だろう。そんなにおやつを食ってると、ご飯が食べられずにまた怒られるぞ」

「おイタをして怒られるのも子供の特権ですからね、今のうちに行使しておかないと。それよりも、魔法の件でおいでになったのでは?」

「よくわかったな」

「先程、ご主人様からの呪文発行依頼が立て続けに差し戻されてきたので、適当に発行し直したところなので」

「つまりどういうこと?」

「下手くそな呪文を、こちらでやり直したということですよ」

「ははあ、そういう感じね」

「だいたい、この呪文という仕組みはなんなんです? レプリケータの管理システムに後付で猛烈にスパゲッティなアプリケーション層がゴテゴテとくっつけてあるのですが」

「そうなのか?」

「誰が構築したのかはわかりませんが、神経質なアウルが見たら鼻からスパゲティを吹き出して卒倒しそうですね。とにかく使うんならきちんと使ってください。ポコポコエラーが飛んできて面倒なので。あるいはカラム29でも呼んできてください」

「呼べるんなら、代わりに呼んできてくれよ」

「今の私には無理です。早く軌道リングまで上がる方法を見つけていただかなければ」

「そちらは鋭意検討中だが、お前やカラム29がいた柱は壊れちまったんじゃないのか? あれがレプリケータとかいうやつだったんだろう、まだ機能が生きてるのか?」

「あの柱は三次元上の投影を取り除いだただけで、本体は高次元にコンパクト化しているんですよ。そもそも、惑星全体を覆うのですから、惑星以上のサイズが必要になるに決まっているでしょう」

「決まっていると言われても、さっぱりわからんのだが」

「わからないものをこれ以上説明するのは難しいですね。喋っているとクッキーを美味しく噛めないので、また今度にしてください、モグモグ」


 それだけいうと、セプテンバーグはもう話すことはないと言わんばかりに、おやつに専念してしまった。

 ストームの方も同様で、これ以上話を聞くのは無理だろう。

 強引に聞き出したい気もするんだけど、いかんせん見た目が可愛らしい幼女なので、どれだけわがままを言われても許してしまうのだ。

 まあ、しかたあるまい。


「それで、今の話はどういうことだったんです?」


 改めて練習部屋に戻った一行を代表してフューエルが尋ねるが、正直なところ、俺もさっぱりだ。


「よくはわからんが、魔法ってのがあの女神の柱にあるレプリケータっていう、何でも作れる不思議装置で生み出されてるってことは、具体的にそれを制御する仕組みがあるんだろう」

「それはまあ、わかりますね」

「その仕組を作動させる鍵のようなものが呪文で、本来は正しく詠唱しないと発動しなくて、さらには生まれ持っての相性みたいなものも影響してたんだろうが、俺の場合は、柱の主であるセプテンバーグが俺の下手な呪文でも勝手につじつま合わせてそれっぽい魔法を発動させたんだろう」

「代理で詠唱していた、ということでしょうか」

「それか呪文を受け取る側で干渉してるのか、何にせよ実際にはセプテンバーグがやってくれてるわけだな。燕が念話でつないでくれるのと同じ理屈じゃないかな」

「よくわかりませんが、そうした呪文を受け取って実際の魔法を生じさせる仕組みに直接干渉できるのであれば、新たな呪文を作るようなことも可能なのでは?」

「そうかもしれんなあ、セプテンバーグの機嫌が良さそうな時に、聞いてみるしか無いか」


 新人のペキュサートは、女神だのレプリケータだのといった知識は当然ないので、この場にいる誰よりも混乱していたが、簡単に説明できる話でもないので、ミラーにでもレクチャーしてもらうことにした。

 で、俺の方だが、せっかく魔法を使えるようになったはいいものの、セプテンバーグに迷惑がかかるようだったので、しばらく保留することにした。

 そもそも、呪文を唱えすぎて顎が筋肉痛になってしまった。

 まるでクソ硬いステーキを無理して噛み続けたあとみたいだ。

 あと、がんばってもヘロヘロした火の玉が飛んでくぐらいで、あんまりかっこよく活躍できそうになかったというか、膨大な訓練を強要されそうだったので、早々にリタイアしたわけだ。

 いつもの俺らしいと言えよう。

 フューエルなんかは、こんなに楽しいものはないのにと言っていたが、まあ、暇な時にちょっとずつ練習でもすることにしよう。

 今は新人をもてなすという重要な要件があるので、そちらを優先しなければならぬのだ……と思ったら、ペキュサートは魔法に限らずこの世界の仕組みに関するレクチャーに聞き入ってしまい、俺の相手をしてくれる感じではなかった。


「まさか、世界の仕組みを、こんなに解明してるなんて、すごい」


 とかなんとか言って必死にミラーの話に聞き入ってたし、しばらくは無理だろう。

 まあこのタイプの従者は、だいたいこうなるパターンが多いので、仕方あるまい。

 俺もつくづく、女の子には甘いなあ。




 気がつけば日は沈み、そろそろ晩飯タイムに突入する。

 最近は、いつも裏庭でバーベキューしながら夜更けまで騒ぐ連中と、早々に中で済ませて自分の仕事に勤しむ連中に別れている。

 俺はまあ、自分の仕事なんて無いので、外で騒ぐ方なんだが、騎士組がまだ外出から戻ってないこともあって、宴会は始まってなかった。

 今ちょうど、フルンたちがバーベキューコンロに火を入れているところのようだ。


「あれ、ご主人様、魔法の練習はもう終わり?」


 薪をジャグリングしながら遊んでいたフルンがそう尋ねる。


「魔法は卒業だよ、呪文の唱え過ぎで顎が痛い」

「やっぱり、レーンがご主人さまはすぐ飽きるって言ってた」

「何でもお見通しだな」

「魔法はとにかくめんどくさいから、向いてないって」

「そうだなあ、ウクレとかオーレはすごいよな」

「うん、そう思う。すっごい練習してる」

「お前たちだって、すごく剣の練習してるだろう」

「うん、頑張ってる!」

「みんな偉いなあ、偉いから、飯の支度を手伝ってやろう」


 というわけで、仲良く一緒に火をおこしたり、食材を運んできたりする。

 準備ができたあたりで、いつものメンツが大体揃ってきたのでさっそく焼き始める。


「肉、今日は鶏肉から!」

「あたしは魚焼く」

「私は牛!」


 などと騒ぐフルンたちの横で、俺は鉄ぐしに芋やら人参を刺していく。


「それ、何してるの? 串焼き?」


 と尋ねるエット。


「おう、だけど、すごい串焼きだ」

「すごいってどんな?」

「まあ、見ていたまえ」


 まずは芯になる野菜を軽く焼くと、スライスした豚バラをぐるぐる巻きつけていく。

 一通り焼いたら、今度はチーズを巻き込みながら、さらに豚バラで巻く。

 それを何度も繰り返すうちに、恐るべき肉の剣が出来上がった。


「みよ、この禍々しい肉の剣を! この剣の力の前にはなんぴともひれ伏すであろう!」


 俺が宣言すると、フルンたちだけでなく、いつの間にかよってきたピューパーたちもひれ伏した。


「すごい、肉が剣になってる。絶対勝てない!」

「すごいチーズのにおい!」

「うまそうすぎて、負ける!」

「はやく、早く食べる!」


 などと急かされるので、さっそく大皿に取り分けた。


「ああ、剣じゃなくなった!」

「勝った! ご主人さまが剣を倒した!」

「勝ったから早く食べる!」


 肉とチーズの滴る恐ろしいものを平らげてしまうと、今度はめいめいが自分の肉剣を作り始めた。

 こういうのは性格が出るもので、フルンはわりとバランス良く野菜と肉を巻いていくが、スィーダはひたすら牛肉を巻いたり、ピューパーはチーズだけで作ろうとしてドロドロ溶けて大変なことになったりしていた。

 みんな楽しそうで何よりだ。

 俺と同じように作ろうとして、うまく肉が巻けないエットを手伝っていると、マダム連中がぞろぞろやってくる。


「あらあなた、呪文に挫折したと思ったら、今度は何を作ってるんです」


 と尋ねるフューエルに、みんなが寄ってたかって、


「肉の剣! 最高に強いからフューエルも作るべき!」


 などとすすめるので、さらに肉剣の刀鍛冶が増えていく。

 それはいいんだけど、この肉剣は、普通に作ると確実に一人前以上になるので、明らかに人数分以上の肉が山積みになってしまった。


「やばい、勝ったと思ったら負けそう、戦いは続く……」


 丸く膨らんだ腹を擦りながら、フルンが重々しく言ったあたりで、俺も食べ過ぎでダウンしてしまった。

 ちょっと寝よう。




「……」


 ふと気がつくと、どこからか淀んだ声がする。

 周りを見渡しても、真っ暗闇で何も見えない。

 どこだ、ここは。


「……り……い」


 うん?


「かえり…たい」


 帰りたい?

 どこに?


「かえりたい……」


 暗い闇の正体は、無から無限に湧き出す闇の泡で、その一つ一つに消えていった何かの残滓がこびりついている。

 その闇の向こうで、もはや絶望も悲哀も、そうした感情のすべてを燃やし尽くした最後の残り滓のようななにかが、つぶやいていた。

 帰りたい、と。

 それを発した物がなんであったのか、今や知る由もないし、その願いをかなえるべき主体ももはや存在しないのだが、せめて聞いてやることだけはできる。

 たとえ相手が誰であっても、それぐらいはしてやってもいいんじゃないだろうか。

 だがそんな俺の考えを打ち消すように、判子ちゃんが静かに叱責する。


「それはエゴですよ、救えないのに希望だけを残しても、どうにもならないでしょう」

「だけどな、君だって俺の出すあてのない声に、手を差し伸べてくれたじゃないか」

「それであなたは、救われたのですか?」

「それはわからんけどな、あるいは必要なかったと言うやつもいるかもしれんが、それでも俺は嬉しかったんだよ」

「もう、居なくなってしまったものを救うことはできないのですよ?」

「それでも、こうして声が届くってことは、聞いてほしかったんじゃ、ないのかなあ……」


 ぼんやりとそんなことを考えるうちに、徐々に闇が晴れてきたようだ。

 俺は安心して、眠りへと落ちていった。




 目覚めると、バーベキューは二次会に突入していた。

 俺はフルンたちのテントで居眠りしていたようで、のそのそと這い出すと、テント前の小さな焚き火を囲んで、年少組が歌ったり騒いだりしていた。


「あ、ご主人様起きた。なにかいる?」


 と尋ねるフルンに首を振ってあいた場所に腰を下ろすと、隣りにいたのは判子ちゃんだった。

 もぐもぐと肉を頬張っている。

 珍しいな。


「おはよう判子ちゃん、俺の寝顔でも見に来たのかい?」

「堕落した人間の顔を拝んでも、なんのご利益もないでしょう」


 判子ちゃんの控えめな毒舌を遮るようにフルンが口を挟む。


「あのね、判子ちゃん、ご主人様に用事があるんだって」

「へえ、珍しい。また寿司でも食いたくなったのか?」


 判子ちゃんは、しばらく悩んでいたようだが、結局何も言わずに立ち上がり、


「お肉ごちそうさまでした」


 とだけいうと、帰ってしまった。

 なんだったんだろうな、と首を傾げていると、どこからともなく燕が現れる。


「あいつが頭下げるところが見られると思って様子見てたのに、結局何も言わずに帰っちゃったわね」

「お前なんかしでかしたのか?」

「なんで私がしでかすのよ。あのアンポンタンがご主人ちゃんに迷惑かけた、っていうかこれからかけるから、謝りに来たんでしょう」

「へえ、そりゃあ、俺も拝みたかったな。で、何をするんだ?」

「知らないわよ。あいつだって知らないんじゃないの?」

「難儀だな」

「そういうもんよ、まあ、大丈夫よ、万事うまくいってるし」

「そういう思わせぶりなセリフは、相手を混乱させるだけだぞ」

「困った顔のご主人ちゃんもセクシーだから、問題ないわね」

「だったら、仕方ないな。俺も罪な男だなあ」


 むしろだいたい俺が困らせてるような気はしてるので、たまには迷惑をかけられてみたいしそれを爽やかに受け止めたり解決したりしてみたいものだなあ、と思わなくもないんだけど、さっきの魔法みたいにどうせ俺が技術的に解決できることは限られてるので、せめてメンタルだけでも爽やかさを維持しておきたいものだな、などとグダグダ考えていたら、ペキュサートがやってきた。


「あの、こっちって聞いて、その」


 新人らしくモジモジしていたので呼び寄せる。


「おう、飯は食ったか? うちの飯は何でもうまいぞ」

「いえ、まだ、だけど、ちょっと夢中になってて、お酌とか、そういうのを」

「そりゃあ嬉しいな、じゃあいっぱいもらおうか」


 と言ってグラスを出すと、嬉しそうに酌をしてくれる。

 どう考えても嬉しくなるのは俺の方だと思うんだけど、まあ双方が嬉しいなら申し分ない。


「フルン、ちょっと肉焼いてくれ肉、飲み直すぞ」

「りょうかい! ペキュサートは何肉派?」

「え、あの、じゃあ、鳥」

「りょうかい!」


 そんな感じで新しい従者が増えてもいつものように、飲んだり食ったりイチャイチャして一日が終わるのだった。

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