第384話 魔法

 今日は早朝の薄暗いうちから、海岸で釣りをしている。

 この時間はまだ肌寒くて本当なら布団でぬくぬくとしていたい気分なんだが、ストームとセプテンバーグが釣りをしたいとのたまうので、仕方なくこうして釣り糸を垂らしているわけだ。

 そのご両人は、本人の希望とは裏腹に、年相応の幼女らしく現地についたら少しはしゃいだだけですぐに眠ってしまった。

 今はいつも面倒を見ているサリスベーラに抱っこされてすやすやと寝息を立てている。


「こうなることはわかっていたのですが……」


 と恐縮するサリスベーラだが、そもそもが明け方に釣りから帰ってくるコルス達を見て自分もやりたいといいだしたので、その一番やりたいスタイルでやらせてやるのが重要なんだよな。

 結果的に寝てしまっても、それはそれで問題ないのだ。


 ここは家から三キロほど西にある小さな入り江で、釣りの穴場らしい。

 もう少し行くと漁村などもあるが、今ここで釣りをしているのは俺達だけだ。

 時刻は夜明け間近のマズメ時で、アルサのある東の空はほんのりと焼けている。

 少し離れた大岩の上で釣り糸を垂らしていたコルスがなにか大物を釣り上げたようだ。

 岩肌に張り付いて網を装着したクロックロンが魚をすくい上げていた。

 俺の釣り糸はさっきから小刻みに揺れているが、これは糸の先で自由に泳ぎ回っている自律型ルアーの動きによるものだ。

 要するに魚そっくりのルアーが魚そっくりに泳ぎ回って勝手に食われに行ってくれるという寸法だ。

 これでまだ一匹も釣れてないんだから、俺も相当な下手くそだと言えよう。

 やがて日が昇り、朝の釣りタイムも終了となる。


「そろそろ引き上げるでござるか、殿の釣果はどうでござった?」


 尋ねるコルスの顔は見ずに黙って首を振ると、側で控えていた紅が、


「これだけの条件を揃えて一匹も釣れない確率というのも、なかなか興味深いものがありますね」


 などというと、寝ていたと思ったストームが口を開く。


「ご主人さまは女性専門の釣師ですから、どれだけお膳立てしたところで、釣果は上がらないでしょう」


 すると同じく目を覚ましたセプテンバーグが、


「んー、よく寝ました。コルスは随分と釣れたみたいですね。釣りも堪能したので、帰って朝ごはんにしましょう、お腹が空きました」


 などとおっしゃるので、早々に引き上げることにした。

 帰り道、歩くのが面倒だという二人の幼女を交互に肩車したりしながらのんびり帰ると、裏庭ではいつものように前衛組が朝練している。


「おやご主人さま、釣果はいかほどでありましたかな?」


 汗を拭いながら朗らかに尋ねるのはレルルだ。

 最近はすっかり騎士らしくなってきた気がする。

 たぶん俺よりも腕前は上になったはずだが、うちは強すぎるのが多いので、まだまだ未熟扱いされているようだ。


「うちの女神様いわく、俺は女の子以外釣れない星の下に生まれたらしいぞ」

「それは実に納得の行く話でありますな、自分も釣りというものはどうにも忍耐を要求されていかんとも……」


 などと言っていたら、一緒にトレーニングしていたポーンに、


「無駄口をたたく暇があったら、手を動かしなさい」


 と尻を叩かれる。

 レルルも大変だな。


「ホレ、サボルナサボルナ」


 そう言ってレルルを載せて運んでいくのはクロだ。

 あの二人もすっかり良いパートナーになったもんだな。

 今一人、レルルのパートナーといえばエーメスがいるが、今はクメトスと激しく木剣で打ち合っている。

 練習とはいえ、素人目にもわかるすごい剣技だ。

 ああいうのを間近に見てなおへこたれないレルルの根性には称賛を贈りたいところだ。

 後で尻でもなでてやろう。


 少し離れたところでは、巨人のレグがオルエン、ラッチルの二人を相手に巨大な槍を振り回している。

 レグも相当強いはずだが、あの二人の相手だと少々バランスが悪いんじゃないかなと思ったが、どうもオルエンが盾でレグの猛攻を防ぎつつ、スキを見てラッチルが反撃するというフォーメーションのトレーニングをしているようだ。


「あれは大型の魔物相手に前衛を維持する練習だそうですよ」


 そう話すのは、水の入ったボトルを大量に運んできたカリスミュウルの従者であるチアリアールだ。

 全身が透明な彼女の表情は、今もあんまり良くわからないが、カリスミュウルのお目付け役だけあって、油断すると辛辣になる。

 あまり怒らせないようにしたいところだ。


「大型のノズや手長などを相手にすると、常に上を見上げながら戦うことになりますが、それだとどうしても足元が疎かになるものです。あるいは単純にリーチの違いというものもありますが、彼女たちのような手練であっても、ああして実際に訓練しておくのは有効だそうですよ」

「なるほどねえ、まあ俺には全然わからんのだが」

「私も名だたる騎士が修行するところを見てきましたが、当家の面々はみな達人揃いではあるものの、そういうもの程、往々にして人同士の鍛錬に偏りがちなもの。戦しか無い時代であれば別でしょうが、先の都や魔界での戦いのように、何を相手にするかわからぬのが旦那様の持って生まれた性のようですから、こうした訓練は欠かせぬのでしょう」

「そうならないように心がけるほうが大事なんじゃないかな」

「そこは旦那様の領分でしょう、我々としては、そうならなかった時に備えることこそが、本分といえましょう」


 などと難しいことをいうチアリアールの横では、狸娘のトッアンクが清潔なタオルをたくさん運んできた。


「ご主人様、お帰りだったんですね。釣りはどうでした?」


 無邪気に聞くトッアンクに、


「釣りってやつは釣果とは関係なく楽しむことができるということはわかったよ」

「つまり、あんまり釣れなかったんですね」

「あんまりというか、一匹も釣れなかったな」

「そうなんですか。スポックロンが昨夜、これで釣れない人間が居るはずがないって自信満々で疑似餌を見せてくれたんですけど、あれ、本当に小魚が泳いでるみたいで凄かったのに」

「俺に釣りをする才能はないが、代わりに釣ってくれる従者がいるからそれでいいのだ」

「でも、ストームたちも、ご主人様のかっこいいところを拝んでくるって言ってたのに」

「でもあいつらずっと寝てたぞ」


 俺がぼやくとチアリアールが呆れた顔で、


「目が覚めるようなかっこいいところを見せてあげなかったからでしょう。子供の期待を裏切る大人には、後でお仕置きが必要ですね」


 自分の不甲斐なさを再確認していたら、レグたちが一息入れようと、タオルと水ボトルを取りに来た。


「ご主人様、ご覧になってたんですか」


 先程までの激しさとは打って変わって可愛らしく照れるレグ。

 無双の巨人がこの奥ゆかしさなので、余計に可愛く見えるってもんだ。


「すっかり馴染んだみたいだな」

「はい、ここだと、いつも本気で練習できるので、嬉しいです」

「そりゃあよかった」


 まあ俺としては彼女たちが本気を出すような事態は極力発生しないように祈ってるんだけど、だいたい俺の意思とは無関係に勝手にトラブルがよってくるからな。

 勝手によってくるのは女の子だけにしてもらいたいもんだ。

 流れる汗を爽やかに拭うレグの隣では、魔族騎士のラッチルが、トッアンクから水のボトルを受け取っていた。


「今日も精が出ますね」

「うむ、試練が近いということもあって、やはり気合が入ります」

「私達の分まで、頑張ってくださいね」

「任せておきなさい」


 などと頼もしい。

 この二人は同期の従者だけあって、仲がいい。

 身分も生い立ちも全然違うし、俺の従者になってなければまったく接点がなかったであろうが、そんな二人が一緒になっていかがわしいご奉仕なんかをしてくれるのは、実に魅力的なことだよなあ、と思う。

 思ったはいいが、朝から劣情を催すほど若くもないので、ひと風呂浴びて、飯でも食うことにした。




 朝食後。

 たまには朝の一服をお隣でいただくかと表に出ると、今日も朝から商店街は繁盛していた。

 ルチアの喫茶店は、この時間だと朝のピークは過ぎて少し落ち着いており、空いたテーブルでお茶を頼む。

 注文を聞きに来たのは、最近良く見るパートのでっぷりしたおばちゃんだった。


「おや、お隣の旦那さん。今朝はお一人で?」

「まあね、目の覚めそうな甘いやつを一杯頼むよ」


 出されたお茶をすすりながら商店街を眺める。

 隣の本屋はまだしまっている。

 彼女に頼まれたなんとかって乗り物は、まだ何の痕跡も見つかっていない。

 というか、すっかり忘れていた。

 たぶん、紅やスポックロンがいい感じにやってくれてるのかもしれないが、その確認さえしてなかったので、困ったもんだな。


 お向かいの御札屋は順調に客が出入りしている。

 朝一の冒険者はすでにおらず、今は学生が多い。

 恋愛のやつで味をしめたのか、学業成就とか就職祈願とかそういう御札も売っているからな。

 大事なのは目の付け所と実行力だよな。

 むろん、同種のお守り的なものは神殿でも売ってたんだけど、魔法の効果のある御札ってところが味噌だ。

 魔法の心得のある者なら、札を燃やして念を込めれば、ちょっと気合が入ったりする。

 そのちょっとの差に意味があるんだろう。

 ドリンク剤を飲んで頑張るようなノリかもしれない。

 まさか、体を壊したりしないだろうな?


 果物屋はそろそろ朝の稼ぎ時が終わって、配達に出る頃合いだろうか。

 今の時間は妹も店に出ているが、エブンツが一人の間は、かなり大変そうだ。

 そのお隣のパン屋は、うちのエメオが朝から頑張っているはずだが、入り口は混んでいて中の様子は伺いしれない。

 そのまたお隣の冒険者ギルドも繁盛している。

 新規出店の方も結構人がいるなあ、商店街は盛り上がってて結構なことだ。


 お茶を飲み終わったら、ハーエルとレーンが、僧侶っぽい格好で出てきた。

 神殿に行くらしい。

 この二人は割と毎日神殿に通って、図書館で研究などをしている。

 最初のうちは呪文の研究をしたり、白象のお宝なんかを調べていたはずだが、最近は何をやってるのだろうか。


「おやご主人さま、まだお休みかと思いましたが」


 とレーン。


「たまには一人でお茶ぐらいのむさ。お前たちは今からか」

「はい、試練の前に、岩窟の魔女とエデトの民について、エンテルさんたちとは別の角度から可能な限り調べておこうと思いまして」

「例のやつか、面白そうだな、俺もたまには付き合うか」

「それは結構、では参りましょう」


 俺が一緒なら護衛がいるだろうと言って、ハーエルがエーメスを呼んできた。

 元白象騎士のエーメスは散歩時のお供を担当することが多いが、それなりに貫禄がありつつも悪目立ちしないという点で、最適だからであろう。

 もちろん、腕が立つのは言うまでもない。

 いざお供をしたら下水処理場だったり、肝心なところで置いてけぼりを食ったりと、残念な所も多いが、最近は慣れたようだ。

 そういえば下水処理場のあの若者は元気かな、名前も忘れちゃったけど。

 地下の調査とかを頼むはずだったのに、なんか有耶無耶でなかったことになっちゃったもんなあ。

 妹はちょっと可愛かったけど、まあ縁がなかったんだろう。


 神殿に続く目抜き通りは人が多いので、地元民らしく裏道を抜けていく。

 レーンとハーエルの二人が通ると行き交う住民がちょっと立ち止まって拝んでいく。

 それを受けた二人も歩みをとめて一言祈りを捧げる。

 それ以外にも、都にいる孫にお金を送りたいがどうすればいいかと相談する婆さんや、先月足を折った父親の予後が良くないので見てもらえないかと頼むおばさんやらの、ちょっと手間取る相談なんかも受けたりする。

 ちゃんと坊主をやってるんだなあ、と意外な一面を見た気がした。

 まあハーエルの方はレーンに比べるとだいぶぎこちないんだけど、それでも丁寧に応対していた。

 そんなこんなで、神殿に着くまでに二時間ぐらいはかかってしまった。


「いつもこんな感じなのか?」


 と聞くと、ハーエルが苦笑しながら、


「いえ、普段は挨拶程度で、こんなに手間取ることはないのですが」


 するとレーンは笑って、


「たしかに今日はちょっと多かったですね。ご主人様の隠しても隠しきれないありがたさに引かれて人々が出てきたのでは?」


 などと調子のいいことを言う。

 神殿では人混みを避けてまっすぐ図書館に入る。

 ここにつくまでに向学心はあらかた消尽したので、レーンたちと別れて隣接するテラスで甘いレモネードをすする。

 俺の護衛役のエーメスも一緒にジュースをすする。

 初めて護衛についた頃は、もっと生真面目に俺の安全を守ると意気込んでたエーメスも、最近はこれがただのデートだと理解したようで、一緒にお茶を飲んだり無駄話をしたりするのだ。

 ジュースの売り子をしているのは、フルンたちと同年代の男の子で、せっせと小金を稼いでいた。

 異世界にもレモネードスタンドの風習があるんだろうか、とぼんやり眺めていると、エーメスがこんなことをいう。


「私がここで育った頃にも、ああして子供がジュースを売っていたのですが、メリエシウム様と一緒にここでお茶をしたのですよ。まだ幼いころで、子供同士でそうしてお茶をしたことに、随分と興奮した覚えがあります。今思えば他愛ないことですが、こうして今も覚えているところを見ると、あれはよほど楽しい思い出だったようです」

「そういうのはあるよな、俺も田舎の駄菓子屋で初めて自分の小遣いでおやつを買う時に、すっごく悩んでなあ」


 たしか当時一番好きだったアイスを買った気がするんだけど、俺の好物なのでちゃんと家に買い置きで同じものがあったんだよな。

 それを知ったばあちゃん、いやエネアルはなんて言ってたっけ?

 そそっかしい子だといったのは、判子ちゃんだった気もする。

 俺は確か、好きなものはいくら食べても好きだとか答えたんだったか。

 今もそういうところは変わらんな。


「メリエシウム様はお元気でしょうか、クメトスも最近は便りがないと寂しそうにしておりますが」

「どっか都の近くにいるらしいってのを、ローンが調べてくれたんだけど、詳細はわからんな。まあ困ったことがあれば、一番にお前たちに相談してくるさ。そもそもアレだろ、自分の目標を新たに見つけるみたいなそういう旅なんだろうし、何も連絡がないってことは順調ってことだろうさ」

「それはそうなのかもしれませんが、その……」

「うん?」

「彼女は、ご主人様のパートナーとして、一緒に試練に望むのではないかと、期待しておりましたので、そこのところで寂しさというか、そういう感情が」

「ああ、それはまあ、俺が不甲斐ないせいだな」

「そんなことは……、ご主人様は、メリエシウム様を娶ろうというお気持ちはないのでしょうか」

「難しいこと聞くなあ」

「も、申し訳ありません」

「そもそも、彼女は俺のことを慕ってくれてたけど、それは例えばクメトスを慕うのと同じような気持ちだったろう」

「そうなのでしょうか?」

「うん、だけどそれじゃあ友人にはなれても恋人にはなれんからな。彼女が旅の上でもしそこに違いを感じるようなら脈があるってことだろうし、そのときは俺も頑張って誠心誠意口説く方向で頑張らせてもらいたいなあという気持ちではあるんだよ」

「はあ、どうも恋愛というものは私のようなホロアにはわかりませんが」

「まあ、俺もほんとはわからないんだけどな」

「それでは困ります。ぜひとも頑張っていただかなければ!」


 熱弁するエーメスの話題をそらそうと、なにか無いかと周りを見回すと、従者っぽい気配を感じる。

 見るとミラーを三人ほど連れた、大商人のメイフルだった。


「おや大将にエーメスはん、どないしましたん」

「レーンたちに付き合って、ちょっと女神様を冷やかしにな。お前こそどうした、お参りって感じじゃないな」

「うちは商品を収めに来ましてん。修道院の方に、チェスのセットを三十ばかり」

「ふうん、ヘンボスの爺さんはチェス好きだったけど、他にも需要があるもんなんだな」

「神殿は下手な貴族よりも、美味しい商売相手ですからな、うちももう随分とうまい商売させてもろうてますで」

「そりゃ何より」


 メイフルは次の仕事があるからと、そうそうに立ち去ってしまった。

 エーメスも気を削がれたのだろう、レーンたちの様子を見てきますと言って、その場を離れた。

 まあ、神殿内でまで護衛はいらんからな。

 俺もジュースを飲み終わったので、適当に図書館から取ってきたこの街の地誌のようなものを読む。

 私服だと目立つからと、他の修行僧と同じフードをまとっているので、たぶん俺も傍目には学僧の一人にしか見えないだろう。

 と思ったら、立派な中年の坊さんがやってきて声をかけられた。


「これはお珍しい。なにか、気を引く知恵は得られたでしょうかな?」


 元貫主ヘンボスの補佐役で、ここの幹部的な神官である。

 名前は覚えてないんだけど、なんかそういう人だ。

 名前も思い出せない相手とたわいない雑談をしばし交わす。

 試練を前に女神エネアルの兆しが現れたことは、何よりの吉兆であろうとか、都に黒竜の陰が見られたことは恐ろしいがあなたのお力があればどうのこうのとか、そういう話だ。

 そのうちに別の坊主が呼びに来たので中年神官は去っていった。

 完全に姿が見えなくなってから、近くのテーブルで読書していたフードの女の子に声をかける。


「ちょっといいかな、今の神官様、なんてお名前だったかな」


 俺の言葉がはっきり聞こえてなかったのか、こちらを向いてボーッと俺を見つめていたが、やおら前に向き直ると、本を読み始めてしまった。

 なかなか手ごわい。

 もう一度声をかけようか悩んでいたら、不意に念話が入る。


(ちょっとご主人ちゃん、お昼どうするの? 食べて帰るならこっちは勝手に食べとくからどうするか聞けってアンが)

「ん、ちょっとまて」


 小声で返事をして物陰に移動する。

 通話マナーならぬ念話マナーってところだ。


「そろそろ帰ろうかと思ってたんだ、どうせレーンたちは夕方までいるだろうし、俺も飽きたからな」

(先にレーンに声かけたら、ご主人ちゃんナンパしに行ったって言ってたけど、いいの釣れた?)

「さっぱりだよ、まあ小一時間もしたら帰るよ、適当に準備しといてくれ」


 念話が切れて、ひとまずレーンたちのところに顔を出すかと振り返ったら、真後ろに誰か立っていた。


「おわっ!」


 驚いて尻餅をつくが、見るとさっきのフードの女の子だったので、平静を取り戻す。

 ゲーム風に言えば対女の子補正みたいなのにがっつりボーナスが乗ってるタイプだからな、俺は。


「やあ、お嬢さん、なにか御用かな?」

「今、念話……つかってた?」

「ああ、うん、ちょっとね。耳障りだったかな?」

「ちがうの、呪文に気が付かなかった。術の発動も」

「いや、相手の方が呪文は唱えてて、俺は魔法の方はからっきしで」

「そういうは知らない、教えて」


 尻餅をついて座り込んだままの俺を覗き込むように、鋭い眼差しで迫るお嬢さん。

 モテすぎるのも考えものだなあ、と思ってよく見ると、どうもホロアらしい。

 中分けの長い黒髪はフードの中に隠れているが、色白で鼻筋のしっかり通った、美人系のお嬢さんだ。

 でも、見かけの年齢的には女子高生ぐらいかなあ、まあホロアの年齢はわからんもんだけど。


「俺はほんとに、魔法は全然わからなくてね。ご所望なら今の念話相手に紹介しようか?」

「ぜひ、お願い……します」


 あ、でもそういえば、燕は呪文とか知らないって言ってたような気もする。

 うろ覚えだけど。

 まあいいやと起き上がろうとしたら、フードの女の子が手を差し伸べてくれたので、反射的にその手を掴むとぴかっと光る。

 やったぜ、と思った瞬間、ぱっと手を離されて再び尻餅をつく。


「ぎゃふんっ!」


 今度は打ちどころが悪かったのか、だいぶ痛かった。

 痛みに堪えつつ彼女を見ると、ピカピカ光る自分の手と俺を交互に見比べながら、困惑した顔をしている。


「あの、こういうの、困る……」

「痛つっ、そうかい? 主人は要らないのかな?」

「そういうわけでは、ないけど」

「じゃあ、だれかお目当ての相手でもいたのかな?」

「そういうわけでも、ないけど」

「ふむ、まあ一生のことだから、悩む気持ちはわかるが、じゃあ、どういう主人をお望みかな?」


 なんかかなり痛いんだけど、痛みよりナンパだ。


「私、魔法を集めてる」

「魔法?」

「うん、正確には呪文、古今の、いろんな術、秘匿されてるのも多くて、むずかしい」

「研究家なんだ」

「そうでもない、魔法が好き、なの。呪文をうまく唱えられると、その……」

「その?」

「興奮……する」


 頬を赤らめながら、そんな事を言う。

 呪文マニアかあ、まあマニアはいいよな、やはり人間一つぐらいはこだわりを持つ物が必要だ。

 俺も自分のこだわりを追求しよう、すなわちナンパの継続だ。


「じゃあ、魔法に詳しい主人が、いいのかな?」

「それもアリ、だけど、一緒に探してくれる人でもいい、冒険者とか、行商人とかの旅をする人」

「ふむ」

「それか、大商人か貴族みたいに、お金で解決してくれそうな人」

「なるほど」

「学者や僧侶みたいに、学問をやる人でもいい」

「ふむふむ」

「でも、あなた、お金なさそうだし、学者でもなさそう、よくわからない」

「ははは、確かに何者にも見えるし、何者でもなさそうだとよく言われるんだ。だが、それは世を忍ぶ仮の姿。本当は大金持ちで、たまに冒険者もやってるんだ」

「ほんとう?」

「ああ、本当さ」

「じゃあ、なってもいい」

「俺の言葉を、信じてくれるのかい?」

「……嘘、なの?」

「君に嘘はつかないさ」

「じゃあ、誰にならつくの?」

「話すのがめんどくさい相手かな、関わり合いたくないようなね」

「私とは、話したい?」

「もちろん、できることなら、主従として末永くね」

「……だったら、そうする」

「じゃあ、契約だな」

「うん。本当は、もうあなたのこと、好きになってた、ドキドキする、魔法がうまく行ったときみたいに」


 そう言ってはにかむ姿はとてもかわいい。

 さっそく、いつものように指を切って血を与える。

 たちまち光は収まり、彼女は従者になった。

 そういえばまだ、名前も聞いてなかった。

 こういう直情的な契約は、ホロアならではって気がするよな


「俺の名はクリュウっていうんだ」

「ペキュサート」

「ふむ、ペキュサートか、よろしくな」

「クリュウ……じゃあ、あなたが、紳士様?」

「そっちは副業みたいなもんだけどな、まあ本業は商人だったり領主の婿だったり、色々さ」

「従者になったからわかる、あなたの言うこと、本当だって」

「そりゃよかった、そ、それよりもだな」


 無事にゲットして安心したら、猛烈に腰の痛みが増してきた。

 浮かれて受け身も取らずにもろに腰をぶつけたせいか、いつぞやのぎっくり腰が再発したような痛みだ。

 今朝、幼女を肩車して無理したからかもしれん。

 ちょっと脂汗まで出てきた。


「ちょっと人を呼んでくれないか、腰が、やばい」

「た、たいへん!」


 そこに丁度俺を探しにきたレーンとエーメスが現れた。


「おやご主人さま、お取り込み中でしたか。邪魔者は退散しましょうか?」

「その前に、ちょっと腰をぶつけてだな、その、痛い」

「おやおや、ご婦人の前でだらしない……、おっと、あなたはペキュサートさん、良い呪文は見つかりましたか?」


 とレーンが話しかけると、ペキュサートは首を振って、頬を染めつつこう言った。


「ううん、でも代わりに、大事なものを、見つけた」

「それは何より、お互い、良い主人に恵まれて幸せものですね」

「うん」

「では、私が回復呪文をかけますので、そこの椅子に座らせましょう。エーメスさん、お願いします」


 レーンがすぐに治療してくれたおかげで、どうにか痛みはおさまるが、下手に歩くとすぐに痛みが押し寄せてくる。

 馬車を使って家まで運んでもらったものの、そのまま地下基地の医務室に直行した。

 こんなことで契約後のご奉仕がお預けなんて、俺も老けたものだなあ、と思いつつ、治療を受ける。

 地下の主たるオービクロン曰く、


「腰の筋肉に軽微の損傷が見られます。骨に異常はありませんので、手術の必要もないでしょう。このまま薬物治療で、数日安静にしておけば十分です」

「なんかボタン一発で治らんのか」

「外科治療も可能ですが、もともとナノマシンによる修復機能がない体ですから、後遺症の可能性も考えると、自然治癒を待つほうが無難ですね」

「そんなもんか、まあいいや、お前のおすすめの方法でやってくれ」


 結局、痛み止めとコルセットと言うわりと古典的な方法で治療してもらった。

 まあコルセットと言っても、フィルム状のものを腰に巻いてるだけで、ほとんどなにか貼っているという感触もないのだが、


「日常動作に支障が出ることはないでしょう。体に負担がかかるときだけ繊維が硬化して筋肉を支えます。とはいえ……」

「とはいえ?」

「あまり激しい反復運動などは、数日控えるべきですね」


 反復というと、あれか、俺の一番得意なやつ。


「もっとも、新人がいるようでは、控えろと言っても無理かもしれませんが、そういう観点からも、この治療法が最適ですよ」


 そう言ってオービクロンが指し示した先には心配そうな顔のペキュサートがいた。

 新人従者にあんな顔をさせるなんて、俺もまだまだ未熟だなあ。

 というわけで、さっそく上に戻って我が家の主従らしい契約を頑張ってみた。

 流れるような黒髪と、大きすぎず小さすぎず、程よいバランスの体型が実にいいものだった。

 同じ黒髪サラサラむっちり系であるサリスベーラとくらべると、ちょっと控えめなところもバリエーションの展開としておいしいところだと言える。

 俺の胸に抱かれてうっとりしているペキュサートを眺めながらそんなことを考えていたら、またちょっと腰に違和感を覚える。

 やっぱりちゃんと鍛えたほうがいいのかなあ、と心のなかでぼやいていたら、寝起きっぽいカリスミュウルがやってきた。


「何だ貴様、腰をやったと聞いたが元気そうではないか」

「俺の腰が動かなくなったら、何の価値も残らんだろう」

「自覚があるなら、日々の鍛錬を怠らぬことだな」

「本番ばかりじゃだめか」

「だめだから、そうして不甲斐ないさまを晒しているのであろう」


 などと軽口を叩いてから、ペキュサートと自己紹介などを交わす。

 他の在宅メンツとは、すでにだいたい面通しをしてある。


「……ほう、呪文の収集とな。私自身は念動力のほかは、初歩的なものしか使えぬが、うちにはいろんな流派の魔導師、神霊術師、僧侶がおる。それに私やエンディミュウムの実家にも、それなりに魔術書の収集もある、そうしたところを当たればよいのではないか? とはいえ、本格的にやるのは試練を終えてから、ということになるだろうが」

「ん、わかります。私、ホロアなのに従者としての使命とか、考えてなかったけど、きっと導きがあったんだと、思う」

「まあ、そういうものだろうな、私もここでは新参の方だが、それはまあ、皆が皆、好き勝手にやっておるよ。ま、予算とコネは十分にある、独学で学問をやるには最適の環境と言えよう」

「そうみたい、うれしい」


 そんな事を話しながらくつろいでいたら、アンがやってきた。


「ご主人さま、具合はどうです?」

「まあ、ぼちぼちだよ」

「明日はヘンボス様にご挨拶にうかがう予定でしたが、大丈夫でしょうか」

「下から行けば大丈夫だろ、いざとなったらあの空飛ぶ椅子でも使うよ」


 エディが足を怪我したときに使っていたやつだ。

 あれはなかなか楽しい乗り物で、裏庭でフルンたちがたまに遊んでいる。


「それで、ペキュサートのことですが」


 そう言ってペキュサートに向き直るアン。


「クラスとしては魔導師ですが、実践訓練などは受けていなかったとか」

「そう、です。アーレイの神殿と、隣接する王立学院で、ずっと研究、してた」

「僧侶と違って魔導師などは全員が戦闘訓練をするわけではありませんし、では、後詰めでよいでしょうか、希望するなら今からでもトレーニングを始めれば、試練の後半には実戦に臨めるかもしれませんが」

「トレーニングをおねがい、します。せっかく、試練に行くのだから」

「では、しばらくはデュースに任せましょう。うち一番の魔導師で、実戦経験も豊富なので」


 デュースはあんまり師匠向きではないとオーレはぼやいてた気もするが、まあいいか。

 そのデュースは今日はフューエルと一緒に屋敷の方にいる。

 心臓の手術後はすっかり元気を持て余してるようで、わりといつもホイホイ出歩いているようだ。

 おかげで少し腰回りが締まってきたようだが、乳や尻はまだ据え置きなので、かなりメリハリがきいてきた。

 でもどうせすぐに遊ぶのにも飽きて、またブクブク行くことだろう。

 あのたるんだ腹肉を揉みしだくのも癖になってたからなあ。


 ひとまず、地下の図書室に呪文マニアのペキュサートを案内する。

 ここはエンテルたちが集めた文献をはじめ、ミラーが書き出したスマホ情報だけでなく、各ノード経由で得た古代の知識を紙にまとめた資料、さらにはカリスミュウルやフルンたちの蔵書の大半もおさめてある。

 そしてその内容はすべてデータ化され、司書役のミラーに頼むと一瞬で検索した上でのぞみの資料を出してくれるすごい図書室だ。

 これも人によってはハーレム以上に夢のようなスペースだと言えるだろう。

 まあ、俺はおっぱいのほうがいいけど。


「というわけで、古今の呪文が記載されてる資料をまとめてやってくれるか」


 とミラーに指示すると、


「かしこまりました、さっそく取り掛かります。順次お持ちいたしますので、お掛けになってお待ち下さい、お役に立ちます」


 そう言って五人ほどのミラーが一斉に動き出して本を集め始めた。

 キョロキョロと周りを見ながらペキュサートが驚いた声で尋ねる。


「この地下室は、不思議な材質で出来てるけど、もしかして、ステンレス?」

「そうさ、ここは遺跡の一部でな。別に呪文の練習部屋もあるが、壊れないからいくら呪文をぶっ放しても平気らしいぞ」

「すごい、攻撃魔法は、練習できるところ、少ないから、たいへん。それに高そうな人形も大勢……」

「あいつらはここの遺跡で見つけたんだ。いろいろできるが、秘書のような仕事が一番得意でな、お前もいろいろ頼むといい、頼られると喜ぶんだ」

「ほんとうにすごい、ご主人さま、あんまりすごそうに見えないけど、どうしてすごい?」

「なんでだろうな、俺もたまに不思議に思うんだけど、これがさっぱり理由がわからん」


 というと、ペキュサートは少し顔をしかめるが、そこにミラーが本をしこたま持ってきたものだから、彼女の意識はたちまちそちらに奪われてしまったようだ。


「こちらは、古代の魔導師の手記の写しで、有名なものだそうです。それからこちらは、聖書に現れる呪文を逆引きした事典で、呪文研究においてはこれも有名な文献と聞いております」

「うん、それは有名、でも私の手持ちとは、底本が違うみたい、そっちの本は?」

「これは同じく聖書において、女神の言葉を中心に集めたものですが、この中にいくつか呪文が……」


 すっかり熱中したペキュサートをおいて、図書室を出る。

 夜になって残りのメンツが全員揃ってから、あらためて紹介すればいいだろう。

 上に戻ると、一人がけのソファが暖炉の前に用意してあった。

 腰の負担が少ない作りになっているらしい。

 そこに腰掛けると、アンがひざ掛けをかけてくれた。


「彼女は下に?」

「さっそく図書室で張り付いてるよ」


 それを聞いてうなずきながら、アンは用意したカップにお茶を注ぐ。


「さ、どうぞ」


 出されたお茶は、安定の旨さだ。

 高級な茶葉に、高級なティーセット。

 初めてアンにお茶を入れてもらったときと比べると、随分と変わったものだが、俺やアンも同じぐらい変わったのかな?

 などと考えていると、つい苦笑してしまう。


「あら、お口にあいませんでした?」

「いや、美味しいよ。むしろ美味しすぎて、出がらしばっかり飲んでたエツレヤアン時代を思い出しちまってな」

「ふふ、あの頃は本当にギリギリの生活で。まあ、アレはアレで楽しいものでしたが」

「もう一度やれと言われても、難しいけどな」

「そうですねえ、ところで、ホロアのお披露目があるという話をしていたと思うのですが」

「うん」

「そのうちの一人はペキュサートだったので、もう良いのですが、残りはどうなさいます?」

「どうと言われても、俺は希望されればいくらでもホイホイ会いに行くが」

「それはそうですね、レーンの話では戦士クラスのホロアがいるとか、他にも船が出るまでにこちらに着く予定のものがいるとかいう話で」

「そういえば、レーンはペキュサートを知ってたな」

「あの子はすでにここの神殿のほとんどの人間と、顔見知りになっているようですよ」

「あいつもアクティブだからな」

「あの行動力で布教にうちこめば、立派な僧侶になれたでしょうに」

「まあいいじゃないか、それより、フューエルは何時頃戻るんだ?」

「先ほど屋敷を出たという連絡がありました。あと三十分もすれば戻られるのでは?」

「ふむ」


 オービクロンが、地下からあちらの屋敷まで貫通させて、直通できるようにするとか言ってたんだけど、流石に人の住んでる街の下でこっそり工事をやるのは、古代文明パワーを持ってしても、それなりに日数がかかるようだ。

 他にもノード18まで地下鉄を通すとかも言ってたな。

 これは古い路線がもともとあって埋没していたのを掘りなおすそうだ。

 いずれにせよ、完成は試練に出たあとになるんだろう。

 やがてフューエルたちが帰ってきた。


「あなた、また怪我をなさったとか」


 呆れ顔のフューエルにあえて胸をそらしてこう言った。


「何を言ってる、俺の腰一つで従者をゲットできるなら安いもんだ」

「それは良い心がけで。それで、その新しい従者はどこに?」

「さっそく図書室で引きこもってるよ」

「そういうタイプですか」

「呪文収集が趣味とか言ってたな。実戦経験がないので、ひとまずデュースに面倒を見てもらおうかと……」


 すると、一緒に帰ってきたオーレが真顔でこう言った。


「デュースに教わるの、むずかしい、おすすめしない」


 慌ててウクレがごまかすが、デュースはもともと丸い顔をプーッと膨らませて、


「むう、そんなことはー、ないと思うんですけどー」


 などと子供のように拗ねるものだから、思わず周りのみんなが吹き出してしまう。

 とはいえ、実戦指導できる魔導師ってのはうちにはあんまりいないので、工夫して頑張ってもらうしかないだろう。

 図書室におりて、互いに紹介を済ませて、本題に入る。

 大まかな方針を決めるべく、デュースがいろいろとペキュサートに質問を始めた。


「それでー、相性のいい呪文の系統はなんでしょうー」

「それが、よくわからなくて」

「わからないとはー?」

「いろいろな呪文が使えるんだけど、それがバラバラで」

「バラバラとはー、相性がないということでしょうかー」

「私を指導してくれた先生は、そう言ってた、だから無差別に試してたら、たまにうまくいくのが、嬉しくて」

「ふむふむー」

「それで、だんだん新しい呪文を探すのが、趣味になって」

「なるほどー、ホロアは普通一属性に特化するので珍しいですがー、人間だとそういう人もいるようですしー、それで具体的にはどういう呪文が使えるのでしょー」


 ペキュサートはかれこれ四、五十個は呪文を使うことができるようだ。


「確かにバラバラではありますがー、それだけ多方面に渡って使えるとー、最低限の護身術を身につけるだけで役に立てそうですねー、実際の訓練はレーンに任せたほうがいいかもしれませんがー、ひとまず詠唱の練度を見てみたいと思うのでー、今から大丈夫でしょうかー」

「うん、大丈夫。ちょうど本に載ってた呪文も試したかったし」

「では練習部屋に行きましょうー」


 練習部屋は、他の部屋同様、学校の教室程度の大きさで、天井が五メートルと高い以外はなにもない部屋だが、隅には木でできた的の残骸が転がっている。


「えーと、それではー火球はなくてー、火矢が行けるんでしたねー、何発ぐらいいけますかー」

「五発、ぐらい」

「じゃああちらの壁に向かってー、なるべく一直線に最高の速さで撃ってみてくださいー」


 コクリと頷き、フードの袖をめくって懐から小さな杖を取り出す。

 魔法使いっぽいな。

 それから杖で狙いを定めて、モゴモゴと呪文を唱え始めた。

 するとたちまち杖の先端に光が集まってくる。

 徐々に光が溜まってきたかと思うと、突然弾けて鋭い炎の矢が対面の壁めがけて立て続けに五発飛んでいった。

 壁にまっすぐ直撃した炎の矢は大きな音を建てて弾け飛ぶ。

 ステンレスの壁はなんともないが、アレが直撃すると痛そうだ。

 俺だったら多分痛いと思うまもなく砕け散ってるかもしれん。


「おおー、なかなか見事ですねー、でも今の様子ならあと何発か打てるのではー?」

「だめ、連射の術をこれ以上重ねると、術が途切れる」

「うーん、不思議ですねー、一から掛け直しならどうなんですー?」

「それなら大丈夫、だけど、だいぶ時間がかかるから」

「そうですねー、では次はー」


 といろいろ試し始める。

 しかし改めて聞くと、呪文ってやつは不思議だよな。

 言葉になってなくて、ただの記号の羅列みたいに聞こえる。


「あの呪文ってやつは、意味とかないんだよな?」


 隣りにいたフューエルに尋ねると、


「そうですね、神と交わした契約に基づく符丁のようなもの、と言われてきましたが、結局、魔法というのは女神が作り上げた何らかの機構が生み出す高度な技術によるものなのでしょう」

「そうらしいな」

「であるならば、女神の視点でみれば、意味があるのかもしれませんね。もっとも燕などは知らないと言っていましたが」

「ストームたちならどうなんだろうな」

「そういえば、聞いていませんでしたね。あの子達はまだ幼すぎて」

「そりゃそうなんだけど、しかし今の火矢ってのも変な感じだったな、アルアルアルアル……とかずっと言い続けて」

「そうですね、同じ火矢でも系統によっていろいろありますが、今の系統であればアルを十三回、イルを挟んでまたアルを七回ですか。これが単発の呪文で、ここに連射や目標の選定などを加えると、長い場合は百回を超えた繰り返しになりますね」

「よくそんなのを唱えられるな、早口言葉かよ」

「慣れてしまえば簡単ですが、ようは慣れるまでが大変ですね」

「そんなもんかね、アルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアルアル、えーとイル、で、アルアルアルアルアルアルアル」

「えーと、とか余計な言葉を挟んでは……っ!」


 一瞬何が起きたのかわからなかった。

 俺の目の前で突然なにかの光が弾けたかと思うと、急にふわっと消えた。

 見ると青白く覚醒したデュースが飛び込んできて、目の前の光を素手で掴んでいたのだ。


「危ないから呪文を唱えるときは注意しろとー、アレほど教えたでしょー」


 と怒るデュースに、フューエルが首を振りながら、


「いえ、今のはクリュウが……」


 そう言って俺を指差すと、皆が驚いて俺を見た。


「え、俺? まぢで!?」

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