第383話 地下基地のある暮らし

 まだ暗いうちになにかの気配を感じて目を覚ますと、裏口に明かりが見える。

 ちょうど尿意を催していたこともあり、周りを埋め尽くす女性陣の合間を縫うようにして裏口まで行くと、エレンが帰ってきたところだった。


「おや、起こしちゃったかい?」

「いやあ、ちょっとトイレにね。歳を取ると、どうも近くて」


 そんな軽口を叩きながら、用を済ませて戻ってくると、コートを脱いだエレンが、ミラーの給仕で夜食をとっていた。

 テーブルの向かいに腰を下ろして、出された茶をすすりながら、今日は何をしていたのか尋ねると、


「いつぞやの件の後始末さ」

「いつぞや?」

「ほら、例の盗賊の鍵がどうのこうのってやつ」

「ああ、なんかそういうのもあったようななかったような。もう解決したものと思ってわすれてたよ」

「もちろん、旦那は忘れてくれてもいいんだけど、僕らはそれなりにね」


 と言って目配せするので隣を見たら、いつの間にかポーンが座っていた。

 赤竜騎士団副長にして忍者らしいポーンは、まったく気配を感じさせずに出たり消えたりできる、漫画みたいな人物だ。


「お疲れさまです、エレン。なにか追加の報告は?」

「ないねえ、もうすっかり身を潜めちゃったのかもね。となるとしばらく動きはないかなあ」

「それは盗賊ギルドの見解ですか?」

「まあ、そう思ってくれてもいいよ。そっちはどうなんだい?」

「ボンドール喜劇団がスパイツヤーデを出て、西のシャムーツ国に移動しました。意図は不明ですが、そうだとすれば、赤竜として現状でできることはないでしょう」

「つまり僕たちは晴れやかな気持ちで、試練に同行できるってわけだね」

「そのようです」


 そう言ってポーンはお茶をすする。


「それはつまり、今からイチャイチャしてくれるということかね?」


 奥ゆかしく尋ねてみたが、エレンはもう眠いとそっけないし、ポーンはもうすぐ仕事に出るので、今から身支度をするという。


「せつないなあ」


 俺がぼやくと、お茶を飲み終えたポーンが立ち上がりながら、


「そんなにお暇でしたら、夜勤明けの彼女でもねぎらってあげたらどうです?」


 と言って裏口を顎で示すと、やつれた顔のローンが入ってきた。


「なんですか、みんな揃って。どうせ一日中駆けずり回って化粧の崩れた人の顔を見て、陰口でも叩いているのでしょう」


 ローンが愚痴ると、ポーンがすまし顔で、


「まさか、そういうことは面と向かってはっきり言わないともったいないでしょう。それよりも、我らの主人が夜も開けぬうちから人恋しさで泣きそうになっているそうなので、これからオフのあなたに全部押し付けようと相談していたところです」

「それは結構なご提案で、眠気が吹き飛んでもう一度仕事に出れそうですね」

「まったくもって、そのとおり。では私はそろそろ支度に。なにか火急の連絡は?」

「ありませんよ。細かいことはミラーに」

「わかりました、ではごゆっくり」


 そう言ってポーンは地下室に降りていった。

 地下が広がったことで便宜上、ミラーを発掘した方の地下施設を地下室、その下に広がるノード229全体を地下基地と呼んでいる。

 私物の多い従者は、その地下室の空き部屋を区切って、ロッカー的に使ってもらっている。

 地下基地にあるジムで、みんなシャワーの魅力を知ったせいか、今は地下室にもシャワーとトイレも並んでたりするので、完全に事務所的に使えるようになっている。

 俺はあんまり降りないので使わないけど、地下室にこもってる連中は、ますます上がってこない要因になっている。

 それはどうかと思うんだけど、当面、自宅の拡張や引っ越しを考えなくても良くなったのは助かるな。


 エレンもお風呂に行ってしまったので、あとに残ったローンと二人っきりになる。

 こういうところで気まずくなるほど青臭くはないのだが、あんまり疲れてるようだと、相手をさせるのも気の毒だよなあ、という気配りぐらいはできる。

 今日のローンはどうかな、と思って様子を見たところ、


「それで、何をして遊んでほしいんです?」

「そりゃあ知的な大人にふさわしい遊びはごまんとあるが、先にひと風呂浴びてこいよ。全身くまなく洗ってほしいなら頑張るけどな」

「それは遠慮しておきますよ」


 すぐに戻りますので、といってローンも地下に降りていった。

 戻ってくるまでに、酒のあてでも作っておくことにしよう。

 以前から巨人村の差し入れはいろいろあったが、最近ではファーマクロンのところからも毎日新鮮な野菜が届く。

 野菜だけじゃなくて、家畜なんかも飼ってるらしくて、極上A5牛みたいなのも手に入るようだ。

 まあ、ものがものだけに、あくまで家で消費する分に限るわけだが、俺がうまいものを食えれば、それでいいのだ。

 棚を漁ると、その極上牛を贅沢に使ったしぐれ煮があったので、加熱しておく。

 小分けのパックになってるんだけど、パック自体に冷凍加熱機能があったりして、ボタン一つで凍らせたり温めたりできる。

 モアノアなどは、すげー魔法もあったもんだな、などといいながら当たり前のように活用しているが、ほんとすごいもんがあるよな。

 で、そいつを茶碗に盛り付けつつ、根野菜を刻んでなますを作る。

 刻んだ野菜に塩を振って放置している間に、焼き網をコンロにかけて、薄揚げを焼く。

 このコンロもワンボタンで火がつく便利なやつだ。

 いい匂いがしてきたところで、ローンが戻ってきた。

 プライベート用の野暮ったい眼鏡がチャーミングだな。


「あら、香ばしい匂いがたまりませんね」

「もうできるよ、座っといてくれ」


 野菜の水気を切り、味をつけてなますもできた。

 あとは生姜をすりおろし、あさつきを刻んだら、焼き上がった揚げにちょいと載せて、つまみの完成だ。


「これは結構なごちそうですね。どれも馴染みのない料理ですが、やはりあなたの故郷のものなのですか?」

「まあね、故郷でしがない一労働者としてお勤めしていた頃は、たまに飲み屋にふらりと寄って、こんなツマミをいくつか頼んでダラダラ飲んでたもんさ」


 そう言いながら、新しい酒をあける。


「まずは乾杯」


 チンとグラスを合わせて、グビリとやる。

 旨い酒はいつ飲んでもうまいなあ。


「ふう、これは染み渡ります。では、つまみの方も。このお揚げでしたか、分厚いものを焼いたのは前にいただきましたが、この薄いものだとどうなのでしょう」

「これがサクサクしていけるんだ、この醤油をちょっとかけてな」

「あなたの故郷の料理は、なんでも醤油ですね」

「まあ、それはある、あと味噌な」

「あの強烈な匂いのやつでしょう」

「そこまで強烈かな?」

「そう思いますよ」


 といいながら、揚げにかぶりつく。


「あら、おいしい。この薬味もなかなか。こういう素朴な素材の使い方も、特徴的ですね」

「そうかもしれん」

「でも、粗野ではなく、素材の良さを生かしているようで、あなたの見かけに反してきめの細かい配慮は、こうした文化に根ざしているのでしょうか」

「そんなに細かいかな?」

「ええ、ときに少々神経質ではないかと思うぐらいに。世間的にはあなたのそうした日和見的な傾向を批判する向きもあるようですが、今の私の立場としては、楽すぎて少々物足りないぐらいですね」

「そりゃあ、エディのようなワンマンとは違うからな」

「おっしゃるとおりです。それよりも、そのお肉も美味しそうですね」

「それは昨夜の晩飯の残りでな、うまかったぞ」


 などといいながら、ダラダラと遅い夜食を楽しむ。

 ローンは特に仕事の愚痴を言うでもなく、今日の街の様子や、俺の知り合いの近況などを語った。


「今日はエツレヤアンにも行ったのですが、バダム卿が出発時には見送りに来ると言ってましたよ」

「へえ、爺さんは元気だったかい?」

「ええ、エディが団長になって、やっと隠居できると思ったら、もう辞めるとかいい出したものですから、いつまでたっても仕事が減らんとぼやいてましたね」

「そりゃ、気の毒に。そういえば、後釜とかって決まってるのか?」

「まだですよ、そもそもエディが団長の座につくまでにも、しばらく空白期間がありましたが、なんせ大所帯ですから、いろいろと思惑が働くのですよ」

「めんどくさそうだなあ」

「それはもう、私の仕事といえば、騎士団中を毎日回ってひたすらそうした利害を調整することですからね」


 酒が回ったのか、ちょっと舌も回りだしたようだ。

 ローンは酔っ払うとしでかすことに定評があるが、そのへんを自覚したのか、自分でペースを落として、ゆっくりと飲んでいる。

 これが他の従者なら飲むうちにだんだん色っぽい格好にかわっていったりするんだけど、ローンにはまだそこまでのスキルはないっぽい。

 たしかヒゲオヤジのゴブオンも言ってたけど、なんというか色んな意味で色気が足りないんだよな。

 持ってうまれた性格とか境遇とかもあるんだろうけど、まああのクメトスだって今じゃそれなりに色気が漂ってるからな。

 仕事が落ち着いて、試練で毎日一緒にいればきっとそのうち色気がだだ漏れするようなことに……。


「何を難しい顔をしてるんです?」

「あれ、そんな顔してた?」

「あなたがそういう顔をしているときは、ろくでもないことを考えているときだと、エディが言っていましたよ」

「そうは言っても、俺はだいたいろくでもないことを考えているか、何も考えてないかの二択だぞ」

「あなたには、もっと多くを期待している人が、たくさんいると思いますが」

「俺は別に王様でも神様じゃないから、期待されても困るんだよな」

「私も……」

「うん?」

「いえ、私もかつては、あなたに惹かれる理由をそういうところにもとめていた気がするのですよ。妹を導いてくれたことや、エディの支えとなってくれたこと、それがあなたの魅力だと思っていたのですが」

「ははは、人間、それぐらいで惚れたりはしないだろう」

「まったくもってその通りで。私の知恵など、所詮ちょっとばかり効率よく兵を動かしたり、兵糧を確保したりと言った程度のことのようです」

「可愛いこというなあ、そんなんだから、ポーンに揚げ足取られるんだろう」


 というと、少しすねた顔で、


「わかってはいるんですよ、いるんですけど」

「けど?」

「……やりかたが、わからないのです」

「なんの?」


 とあえて聞いてみる。


「それは、その……甘え方が、ですよ!」


 アルコールと羞恥で二倍顔を赤くしたローンは色気はなくても十分可愛かった。


「だったら、手取り足取り、指導してやらんとな」


 みっちり甘やかすうちに、いつの間にか夜が明けたようだ。

 朝練組がポツポツと起き出してきた。

 最初に出てきたのはエディだ。


「あらおはよう。なあに、二人っきりで飲んでたの、いやらしいわね」

「おかげさまで。私はそろそろ仮眠をとりますが、エディ、あなたはどうします?」

「会議は午後でしょ、それまではレルルに稽古でもつけてようかと」

「それは楽しそうなことで」


 ぞんざいに答えながら、大きなあくびをするローン。


「地下基地にある、睡眠カプセルというやつは、短時間で疲れが取れるのでありがたいですね。ああいうものを部隊にも導入できれば、運用効率が上がるのでしょうが」

「そんなにこき使っちゃ気の毒でしょ。第一そうなると上の仕事はもっと増えるじゃない」

「それもそうですね」


 ではごちそうさまでした、などと言いながら、ローンは地下に降りてしまった。

 イチャイチャしたりない気もしたが、騎士組は朝からトレーニングだし、一緒に起きてきた家事組も今から朝の支度だ。

 他に手頃な相手を探すと、ちょうど牛娘のリプルとパンテーが朝の乳搾りタイムだった。

 アレの見学でもしよう。

 何度見ても飽きないからな。


「あれ、ご主人さま、ローンさんと飲んでたんじゃ」


 四つのおっぱいにガラスの搾乳機を取り付けてちゅーちゅー吸い出していたリプルがそう言って驚く。

 今使ってるのはスポックロンの用意した搾乳機で、動力部分がコンパクトでガラス面の透明度も高く、吸い出される様子が余すところなく観察できる素晴らしい装置だ。


「ローンはもう寝ちまったよ。おまえたちも毎朝早くから大変だよな」

「でも、最近は朝は絞るだけで、朝食の支度はほとんど手伝わなくても良くなりましたし、ちょっと仕事が減りすぎて物足りないぐらいです」

「勤勉だなあ」

「でも、ローンさんなんか、いっつも遅くまで働いてて、大変そうで」

「あれはなあ、頭が下がるよな」


 などと話す間にも、どんどん乳が絞られていくのだが、これが実に見ていて飽きない。

 搾乳機の進化だけでなく、リプルやパンテーも魅せる乳搾りスキルが向上したせいもあるだろう。

 こういう成長を見ると、俺も主人としてしっかり仕事ができているのだなあ、という気がして満足できるね。

 そうこうするうちに乳搾りも終わったので、今度は俺が搾って遊ぼうかな、と思ったら、幼女組がドタドタと起き出してきた。


「おはよう、ご主人さま。今日は早起き!」


 といってピューパーが飛びついてくると、


「今日は天気が悪いので、スゴロクをしようと思います」


 と撫子も飛びつき、


「ご主人さまも、一緒にどうですか?」


 とメーナも遠慮なく飛びつき、最後にパマラちゃんが、


「おはヨーございまス」


 と片言で叫びながら飛びついてきた。

 寝起きで全力が出せるのは、子供の特権だよな。

 みんな元気でよろしい。

 いつも一緒に走っているクントは、今朝はネールと墓参りに行くようで別行動だ。

 ストームとセプテンバーグは見当たらないが、どっかで遊んでるんだろう。

 朝食を待ちながら幼女たちと遊んでいたら、外から雨音が聞こえてきた。

 少しして、ぞろぞろと裏庭で朝練に勤しんでいた騎士や侍連中が戻ってくる。


「なによもう、あとちょっとぐらいもってくれてもいいのに、まだ体もほぐせてないじゃない」


 などとグチグチいいながらエディがタオルで体を拭いつつ、こっちにやってきた。


「ねえハニー、遺跡のすごい力を使えば、天気ぐらいどうにかなるんじゃないの?」

「さあなあ、別に雨ぐらい、好きに降ってくれればいいと思うが、どうなんだ?」


 側でふんぞり返って控えていたスポックロンに尋ねると、嬉しそうにしゃしゃり出てくる。


「雲を部分的に除去するようなことは可能ですが、恒常的に管理するとなると、コストが割に合わないので、おすすめしませんね。トレーニング施設であれば、地下にオービクロン管理のものがいくつも用意してありますが」

「あそこの設備って、なんかお仕着せがましいというか私達の修行に合わないのよね、きっとすごい技術的な裏付けとかがあるんでしょうけど」

「合理性という点では申し分ないことは保障いたしますが、かつての軍人たちも、往々にして自分たちのトレーニングにはこだわりをみせておりましたし、ご希望に応じてカスタマイズすることも可能ですよ」

「そういうことなら、一つ用意してもらってもいいかもね。今から頼んでみようかしら、でも試練に出る前にできあがるの?」

「内容によりますが、例えば板張りの道場のような質感の部屋を用意する、と言ったものであれば、即座に構築できます」

「そうそう、そういうのでいいのよ。セスんとこの道場みたいな」

「では、さっそくそのように、下につく頃にはできておりますので、さっそく参りましょう」

「そんなにすぐにできるの? 何でも言ってみるものね」


 そう言ってみんなぞろぞろと地下に降りていった。

 まあ、地下室便利だからなあ、俺はジムと船に乗るときと、オービクロンのお尻を触りに行くときぐらいしか行かないんだけど。

 などと考えていたら、


「ご主人さま、私達も地下に行きたい! 子供だけで行っちゃだめって言われてるから、ご主人さまつれてって!」


 ピューパーにおねだりされたので、朝食の後にホイホイ連れて行くことにする。

 まあ、自分の家の一部みたいなもんなのに、よく知らないのもいかがなものかという気がするしな。

 一緒に遊んでいたパンテーやリプル、フェルパテットもお供にして、さっそく地下に乗り込むと地下室の廊下でアフリエールととばったり出くわす。

 地下に引きこもって一晩中討論していたエンテルとペイルーンに朝食を届けてきたところらしい。


「お揃いでどうしたんです?」


 そう尋ねるアフリエールにピューパーが、


「探検! 地下の探検に行くの、一緒に行こう!」


 と誘う。


「あら、楽しそう。私も下はジムってところ以外あんまり行ったこと無いから気になってたの」

「そうでしょ、そうに決まってると思った!」


 やっぱり皆、興味あるんだな。

 俺ももうちょっと色んなものに興味を持たないと枯れてしまうかもしれん。


 地下基地への入り口は廊下の南側にあるエレベータだけだが、これは地下基地の中心部である地下五百メートルあたりまで一気に降りていく。

 そこまでの上層部分にも、色々あるらしいんだけど、大半は壊れて廃棄されたスペースだ。

 ミラーたちがいたところは、ほんとに運良く残っていたようで、まさに俺に発見されるために無事だったのだろうなあ、と都合よく解釈している。

 エレベータを降りると、オービクロンが出迎えた。


「お揃いで、どういったご用件でしょう」

「こいつらが、ここを見学したいってんでな、暇だったらなんか面白そうなところを案内してくれよ」

「暇といえば暇ですが、子供が遊ぶようなスペースはあまりございませんよ」

「子供だからといって、子供用施設じゃないと満足しないとは限らんぞ、なんか地上ではお目にかかれないようなかわったもんでいいんじゃねえかな」

「そういうことでしたら、ご案内いたしましょう」


 そう言って最初に連れて行かれたのは、地下鉄の工事現場だった。

 スポックロンの本体であるノード18と直通するトンネルで、直径が二、三十メートルもあるような巨大な穴を、同じサイズの巨大な掘削機でゴリゴリ掘っている。

 無論実際に掘ってるところは見えないんだけど、予備の掘削機やら、掘ってるところの映像やらでなかなか楽しかった。

 やっぱでかい重機はそそるな。

 といっても、パンテーを始めリプルやアフリエールもちょっとビビり気味で、さほど感銘を受けているようには見えなかった。

 冒険好きのピューパーやフェルパテットは気に入ったようだが、一番喜んでいたのは穴掘り大好き幼女のパマラちゃんで、


「すごい、こんな穴掘り名人がいたなんて、さすがは天国だけのことはあります、すごい、こんなのみんなが知ったら大喜びで、もっともっと穴が掘れるし、すごい穴も掘れるし、今まで掘れなかったところもきっと掘れるし、それに、それに……」


 興奮しすぎて大変だったので、次に移ることにする。


「ここは無重力トレーニングを行う設備で、ノード191、いわゆる都の壁などのものに比べると簡易的なものですが、反重力コーティングにより、約0.1Gの環境を実現しております」


 オービクロンの説明通り、目の前の直径十メートル程の透明なカプセルの中で、子どもたちが飛び跳ねていた。

 こちらはリプルやアフリエールなんかも気に入ったようで、楽しげに飛び回っている。

 蛇娘のフェルパテットも、長い尻尾を器用におどらせて、まるで空中を泳ぐように飛び回っていた。

 俺も少し試してみたが、楽しかったのは最初だけで、ぐるぐると振り回されるうちに車酔いみたいになってギブアップした。


「ボスは宇宙に出る前に、もう少しトレーニングが必要のようですね」

「こういう酔いって訓練でどうにかなるもんなのか?」

「日常に支障がない程度には。パイロットを目指されるのでしたら、それなりに肉体の改良が必要でしょう」

「宇宙で暮らすことはないと思うけど、地下基地のプールで泳ぐような生活も想像してなかったから、何があるかわからんよな」

「そのとおりです」

「まあ、追々な」


 はしゃいで疲れたところで、地下の食堂に移動する。

 かつてこの基地で働いていた人向けの社食的なところで、一部を復旧して簡単な料理が出せるようになっている。

 ジムのすぐ側なので、ジムの愛用者は汗を流したあとに冷たいものを飲んだりするが、俺はここもあんまり使ったことがないのだった。

 こじんまりした食堂では、フューエルたちが、朝のジムを終えて山盛りのスイーツを食べてるところだった。


「どうしたのです、あなた。こんな時間に珍しい」

「ちょっと子どもたちと見学にな。それよりお前ら朝からそんなもの食ってるのか、ヘビーだな」

「これはなんでも、ほとんど太らないもので出来てるそうですよ。にもかかわらず、このお味。古代の叡智というのは実に素晴らしいものですね」


 などと言って、クリームがべっとりのったケーキをもりもり食べてる。

 仲が悪かったはずのデュースとエームシャーラも、なんか楽しそうにキャッキャウフフと騒ぎながら、山のようなスイーツを交換していた。

 いい気なもんだ。

 その隣ではピューパーがウクレやオーレにたいして、さっきの無重力装置の素晴らしさを熱弁していたが、重力という概念をうまく説明できないせいか、全然伝わっていないようだった。


「やればわかる、もっかいいこう、もっかい!」


 と興奮するピューパーにウクレが、


「いいけど、今おやつを頼んだばかりでしょう、これを食べてからね」


 と言って言い聞かせている。

 最近は魔法の修行とフューエルのお世話が中心で忙しそうだが、ウクレは生まれたばかりの撫子の面倒を見ていたこともあって、今でもマメに幼女軍団の相手をしている。

 撫子もウクレに遊んでもらえると嬉しそうだしなあ。

 その横ではオーレが山盛りのかき氷を、ひたすら食べ続けていた。


「うまい、こおりうま、いちばんうまい、うま、つめたい、うま」


 あんまりうまそうに食うものだから、ピューパーが同じものを欲しがって頼んだはいいものの、冷たすぎてちょっとしか食えずに、残った分を俺が処分した結果、なんだか腹具合が悪くなってきた。

 とはいえ、ピューパーに心配させるわけにもいかないので、爽やかな作り笑いでしばらく我慢していると、ミラーが小さなシリンダーのようなものを取り出しながらそっと耳打ちする。


「腸の痙攣を抑える薬です、腕を拝借」


 といって、注射のようなものを打ってくれた。

 するとものの三十秒もしないうちに、渋っていた腹の違和感がすっと収まる。

 魔法もすごいが、科学もすごいな。

 いや、そもそも魔法もなんかすごい科学的ななんかみたいなアレらしいけど。


「お役に立てましたか、オーナー」

「おう、効いた効いた、スッキリだ」


 スッキリしたところで、再び幼女軍団を引き連れて、というか引きずり回されて遊ぶうちに、一日が終わってしまった。

 うちの中だけでも結構遊べるもんだな。

 俺ももう少し少年の心を取り戻すために、いろいろ攻めていかないとなあ、などと思いつつ、力尽きて早々に眠ってしまうのだった。

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