8章 紳士と試練

第382話 物心

 ――物心がつく、とは言うものの、実際に自分がどのタイミングで世の中を認識し、物事がわかるようになったのかを明確に指摘できる人間は少ないのではなかろうか。

 その点、俺の場合は結構はっきりしていて、それは両親が死んだ時だった。

 それまでは曖昧な幸福に包まれたなにかに過ぎなかったものが、突然世界に一人ぼっちで放り出され、その事実を理解した時に俺は初めて絶望し、その主体としての己を自覚したのだった。

 その絶望、あるいは孤独と言ってもいいが、それに対する恐怖こそが、俺の世界に対する最初の認識だったといえる。

 そういうふうに、俺は世の中を認識したのだ。


 だから、その後の俺は、いかに孤独を埋めるかに人生を費やしたとしてもおかしくはなかったはずだ。

 実際、俺は常に友人らに囲まれて、充実した生活を送っていた。

 にもかかわらず、学友や同僚との付き合いが、人生の過程で途切れることを恐れるようなことはなかった。

 遠く異世界まで来ても、故郷を恋い焦がれることがなかったのが、その証拠だ。

 本質的に孤独たりうる存在であるであった俺に、孤独が絶望であろうはずがなかったのだ。


 だが、従者となると話は別だ。

 彼女たちは契約によって俺の一部となった。

 すなわち、より大きなになったのだ。

 若木が育ち、枝葉を張り巡らせ、果実が色づくのを喜ぶように、俺は彼女たちを得て再び知った、いや、思い出したのだ。

 それを教えてくれたのは、亡き両親であろうし、育ての親たるエネアルや判子であろう。

 そうして思い出したからには、求めねばならぬ。

 今や両手に抱えきれないほどの家族を得たにもかかわらず、ますます従者を欲してやまぬのも、その現れだと言える。

 そのきっかけは、両親の死であろうが、やはり根源にあるのは俺が本質的に孤立した存在であったということだ。

 放浪者とも呼ばれる一個の考える宇宙は、それ自身が孤立した一つの系であり、俺は本来存在だったのだ。


 にもかかわらず、俺は知ってしまった。

 他者を受け入れる、ちょっとの面倒臭さと、大きな喜びを。

 だから俺は、常に誰かを欲して、やまないのだ。




 アルサの街に春が来た。

 春が来たということは、試練に行く時が来たということだ。

 実にめんどくさいなあという気持ちがとめどなく溢れてくるが、まあ、一回こっきりのおつとめみたいなもんだろう。

 持つ者の義務とでも言うか、そういうアレだ、たぶん。


「いよいよですねえ」


 俺に高そうな服を着付けながら、アンがしみじみとつぶやく。

 ルタ島についたら、あちらの神殿で、試練を始める時に盛大な催しみたいなのがあるらしい。

 まあ、お祭りみたいなもんだしな。

 その時に着るスーツを仕立てたので、ちょいと試着してるわけだ。


「エツレヤアンを出たときからは、想像もつかないほどの実績を積み上げて来られたわけですけど……」

「うん?」

「こうして間近で見ていると、あまりかわってませんね」


 と苦笑するアン。


「そんなに簡単にかわれたら、人間苦労せんだろう」

「でも、こちらは着実に積み上がってますね」


 そう言って少し飛び出た腹をたたく。


「もう少し引っ込めないと、シャツにシワが寄りますよ」

「寸法がきついんじゃないか?」

「採寸したときより、更に腹が出てきたのでは」

「食えば太るように世の中は出来てるんだよ、紳士たる俺が、率先してそのルールを守らんでどうする」

「古代の叡智で、すぐに痩せる魔法とかないのでしょうか?」

「あるかもしれんが、まあ健康に影響が出てから考えるよ」

「健康にはなくても、試練には影響がでそうですけど。たるんだ腹を見て気が引けては、光る体も光らないかもしれませんよ」

「別にこれ以上モテる必要もないし、多少だらしなくなってもいいんじゃねえか?」

「何を言ってるのです、ルタ島には世界中から主人を求めてホロアが集まっているそうですよ。今もアウル神殿で出発を待っているはずです」

「まじで、そりゃがんばらんと」

「神殿を通して面会の希望が来ているので、出発前にお披露目の場を設けようと考えてはいますが……」

「いますが?」

「あくまで一般論なんですけど、周りでお膳立てして相性の良い相手に巡り合うことは、ほとんどないんですよ、やはり運命の出会いというか、女神のお導きのようなものがあるのではないでしょうか」

「ロマンチストだなあ」

「契約というのは、ホロアにとっては一生に一度の晴れ舞台ですし、多少はそういうところも……」

「まあいいんじゃないか」


 もう少し腹を絞りましょうという結論が出たところで、アンから開放されて裏庭に出ると、牛幼女のピューパーが突進してきた。


「あぶない!」


 叫んで急転換すると、あとに続く撫子やメーナ、それにパマラがドタドタと駆け抜けていき、最後につんのめるように走りながら俺に激突したのは、クントだった。


「おっと危ない」


 すっ転びそうになるクントを慌てて抱き上げると、ニパーッと笑って大はしゃぎする。


「だっこ、だっこ、ご主人様、いっぱい走った」

「おう、見た見た、ちょっとはうまくなったか?」

「うん、走って、あと、走る、あと、こける、痛い、痛い」

「そうかそうか、痛いよなあ」


 地面におろして頭をなでてやると、ピューパー達を追いかけて走り出した。

 クントに念願の体が届いたのは、つい先日のことだ。

 大喜びして走り回ろうとしてうまく走れずにこけて泣き出したり、ご飯を食べすぎて吐いたりと実にやかましい。

 まさにみんなが待ち焦がれた光景だと言えよう。

 クントの外見は、背格好はピューパーたちよりもう少し小さいぐらいだが、顔はネールの妹と言われても信じるような顔立ちになっている。

 残念ながら本人の要望は入れられず、胸は小さい。


 多少のトラブルはあったものの、依頼どおりに人形の体を仕上げた人形師のシャオラは、相棒のリックルとともにアルサに滞在して、クントの体をメンテしてくれている。

 普通の人形の魂に用いる特殊な精霊と違い、どうやらクントの場合は定着に時間がかかり、こまめな調整がいるのだとか。

 今でも油断すると、体から火の玉の本体がスッポ抜けることがあるからな。

 もうすぐ試練に出発することもあり、つきっきりで面倒を見てくれている。

 いまもリックルとネールがなにか話し合っていた。

 まあ、必要になれば相談してくるだろうし、今は任せておけば大丈夫だろう。


 ピューパーたちが走っていった先には、我が家の馬が立ち並び、それぞれが飼い主である騎士連中にブラッシングされている。

 暖かい日差しの下で、実に気持ちよさそうだ。

 騎馬ではない太郎と花子も、リプルやアフリエールが世話をしている。

 そんな様子を、クントと同じぐらい小さな二人の女児が頬杖をついて眺めていた。

 おそろいのおかっぱで、おそろいの真っ赤なワンピースを着て、同じような仏頂面。

 違いは髪の色だけで、真っ黒いほうがストーム、真っ白いほうがセプテンバーグだ。

 こちらもつい先日花子が無事に出産したばかりの、俺の従者だ。

 二人は女神だったりペレラールの騎士だったりするが、詳しいことはよくわからん。

 元は異なる星に生まれた敵同士だったはずだが、今生では双子だけあって外見はそっくりだ。

 性格も多分似てると思う。

 当人同士は認めないけど、もともと似てた気もする。


「はー、なんか暇ですね、せっかく生身の体を得たのに、日向ぼっこぐらいしかすること無いなんて」


 黒髪のストームが愚痴ると、


「なら、あの子達と一緒に走り回ったり、ままごとに勤しめばいいのでは? お似合いでしょう」


 白髪のセプテンバーグが応じる。


「ご自分と一緒にしないで頂戴、私ぐらいのいい女は、愛しい主人と並んでグラス片手にしっぽりと愛を語り合うものですよ」

「鼻を垂らした女児の妄想としては、いささか高望みなのではありませんか?」

「誰がハナタレですか、あなたこそトイレの使い方ぐらい、そろそろ覚えたんですか?」

「この私に知らないことがあるとでも?」

「老廃物を体外に排泄する必要があるとは思わなかったとベソをかいた人間のセリフとは思えませんね。そもそも自分こそがハナタレ幼女だというもっとも致命的な現実さえ、認識できていないでしょう」


 などと仲良くやっている。

 まあちょっとませた幼稚園児ぐらいに思っとけば、平気だろう。

 もっとも、ストームを我が神と奉じて毎日祈りを捧げてきた巫女のサリスベーラなどは、いささかショックを受けていたようだが、数日で慣れていた。

 今はパンテーに女児のあしらい方を習いつつ、新人の保母さんみたいなノリで面倒を見ている。

 ストームとセプテンバーグの二人は、中身は以前とあまりかわってないようなんだけど、いかんせん体の使い方というか生身の人間として生きていくノウハウがないので、クントと同じように毎日失敗している。

 これもそのうち良くなるだろう。


 そんな様子を眺めていたら、ミラーが俺を呼びに来た。

 馬車の内装で、相談があるらしい。

 いつの間にか幅が広がってエスカレータになった地下への階段を下り、ミラーが並ぶ事務室を抜ける。

 廊下の左は、以前は突き当りだったのだが、今はエレベータがついている。

 地下のノード229へと通じるエレベータだ。

 これもできたばかりなんだけど、復活したノード229、改めオービクロンの最初の仕事の一つだ。

 ここの地下基地は、スポックロンの母体であるノード18に比べると規模は小さいが、管理用の設備から居住スペースまで色々揃っている。

 だが、一番イケてるのは、ここから船に乗って魔界経由で出発できることだ。

 ちょっと予定とは違ったが、船の移動速度を考えれば魔界側から出発したところでたいした違いはない。

 なにより、ちゃんとした港になっているので資材の積み下ろしやら何やらも、自動で行けてしまう。

 まったくもって理想的な空港だと言えよう。


「お待ちしておりました、ボス」


 エレベータを降りると、オービクロンが待っていた。

 ミラーと同じタイプの人形ボディだが、若干スレンダーで、髪は色っぽいブラウンだ。

 あちらの塩梅もすごくいいが、あんまり相手をしてくれないところも実に趣がある。

 それでもいまだに人間風ボディを作ってくれないノード9・ファーマクロンに比べれば、色っぽい格好をしてるだけでも合格だ。


 ここは整備工場に当たるスペースで、かつてはこの基地を維持する各種乗り物やガーディアンなどを保守するための設備だったそうだ。

 そもそも軌道エレベータの管理だったり地上側の駅だったりするだけの施設なので、こじんまりしている。

 ここも体育館ぐらいのスペースに、ごちゃごちゃとものが並べてあるだけだ。

 その一角でカプルたちが馬車をいじっていた。

 木製のオーソドックスな馬車で若干場違いにも見えるが、木製なのは外観だけで、中はびっくりするほどハイテクだ。

 たとえば馬車なのにエアコンが付いている。

 ペレラール星広しといえども、エアコン付きの馬車に乗れるのは俺だけだろう。

 他の紳士たちに一歩リードしたと言える。

 そんな基準で争ってる相手は居ないんだけど、以前の旅の経験上、夏はクソ暑いはずなので、エアコン無しの旅は考えられないと思う。


「お待ちしてましたわ、ご主人様。ちょっと中を見てくださいな」


 カプルの案内で馬車に入る。

 こいつは試練で使う予定の馬車の一つだが、主に俺とマダム連中が乗ってイチャイチャしながら旅をするためのものだ。


「シートや内装は、以前確認した通りのものに仕上がったのですけど、ランプの調光で揉めて手間取りましたわ」

「ランプ?」

「室内灯ですわ。もともと設計段階では精霊石のランプの発色に基づいていたのですけど、スポックロンが用意したランプはあらゆる波長の光を再現できるようでして」

「ふむ、まあそういうのもあるよな」

「スポックロンの話では、太陽に限りなく近い昼光色の波長がおすすめだというのですが、実際に試すと少し明るすぎまして、室内の雰囲気という点ではもう少し赤みがかった、これ色温度と言うらしいですわね、で、それでいえば四千度程度のものが良いと思うのですけど」

「それの判断を俺にしろというのか?」

「いえ、判断はフューエル奥様につけていただいて、了承は取り付けているのですけど、それとは別に、手元を照らすランプの調整をしようと思いまして」

「手元?」

「まあ、そちらにおかけくださいな」


 と言って、リムジンの内装みたいなシートに押し込まれる。

 中はL字にシート、というかソファが設置されており、一番奥まった部分の中央に腰を下ろすと、両サイドにオービクロンとスポックロンが座る。


「移動中はそうして両隣に奥様方や従者の誰かを侍らせて、揉んだり吸い付いたりなさる予定でしょう」

「まあ、そうなるな」

「その時に、手元がよく見えるようなスポットライトが必要ではないかと思いまして」

「たしかに、若干薄暗くて大事な部分がよく見えないもんな」

「それはそれで雰囲気が出るかと思うのですが、そればかりではマンネリというものですし」

「さすがはカプル、よく気がつくなあ」


 どれほど優れたテクノロジーも、結局は使う側のセンスであるというのは、こういうことなのだろう。

 というわけで、さっそく抱きかかえたスポックロンとオービクロンを揉んでみると、手元がほんのりと明るくなる。


「ふむ、実に叙情的で趣のある良い仕組みだ」

「ありがとうございます、ではこのように調整しますわね」

「よろしく頼むよ、いやあ、出発が楽しみだなあ」


 他にも俺を楽しませるいかがわしい仕組みがあるようだが、全部聞いてはあとの楽しみが減るだけだ。

 馬車もこの馬車が移動キャバクラだとすれば、移動劇場だとか、移動ベッドだとか、移動お風呂だとか、そういうパターンの馬車も作ってるようなので、本番を楽しみにしておこう。


「しかしなんだな、うちの製造体制もすっかり様変わりしちまったな」

「そうですわね、一年前には想像もできなかった技術がてんこ盛りですわ」

「そういうのに抵抗とかってないもんなのか? 職人って結構自分の身につけた技術にこだわりとかありそうな気も」

「そこはまあ、本人の気質の問題もありますわね。こつこつと一つの技術を磨き上げる職人もいますけど、幸か不幸か私を含めてうちの人間は、みな新しくてすごいものに際限なく興味が湧くようですわね。それに例のCADにしても、大雑把な指示でもそれらしく仕上げてはくれるのですが、木彫りや粘土で造形する技術がないと、結局は思ったとおりには作れないもののようですもの。言い換えればどう作るかの技術はフォローしてもらえても、何を作るかを見極める技術は職人自身が備えるもの、というわけですわ。そういう意味でも身につけた技術が無駄になることはありませんし」

「だったら、今の環境は天国だな」

「そのとおりですわ」


 満足そうに答えるカプルと一緒に馬車から出ると、ミラーがやってきた。


「そろそろフューエル奥様一行がお戻りです。この下の十二番ポートですので、お出迎えなされますか?」

「ああ、もうそんな時間か、せっかくだし顔を出そう」


 フューエルは、自身の従者であるエームシャーラの嫁入りに合わせて、デラーボン自治領まででかけていたのだ。

 俺の試練に付き合うために、エームシャーラの嫁入りは試練が終わるであろう年末あたりになるらしい。

 今は要するに婚約みたいなもんだな。

 その花嫁は従者として女主人が居たり、その主人の夫といかがわしいことをしているいささか貞操感に問題のある人物だが、花婿の方も中身はロボットで、妹が魔法で操ってる傀儡なのでいい勝負だろう。


 十二番ポートは、基地の中腹にある。

 地上からの深さで言えば五百メートルぐらいだろうか。

 そこから大きな通路を通って魔界側の入り口につながっている。

 入り口ってのは、以前青竜と相まみえた地下の劇場みたいなスペースのことだ。

 あそこから外に出入りする入り口はいくつかあって、そこを通る冒険者からは見えない通路で外と出入りする。

 そもそも、この地下遺跡を作ったのは十万年前に滅びた高度な古代文明の連中だが、魔界の天井と呼ばれるこの地盤そのものはそれよりもっと大昔に女神がなんかやって作ったもっと高度なものだ。

 天井を支える謎物質は、遺跡の連中の力を持ってしても解析できなかったらしい。

 だからここのように物理的に地下側の穴が開いてる箇所を利用して、基地を作っていたそうだ。

 まあ、細かいことはいいんだけど、そのポートに、我が家のファミリーカーならぬファミリーシップであるリッツベルン号が到着した。


「あら、わざわざお出迎えですか、どういう風の吹き回しです?」


 ご機嫌そうな顔で船から降りたフューエル。


「女房殿の顔を半日も見ないと尻がムズムズしてな、居ても立っても居られずに、駆けつけたってわけさ」

「あら、それはお熱いこと」


 そう言って出てきたのは、エームシャーラの嫁ぎ先であるデラーボン自治領の事実上の王、アウリアーノ姫だった。

 つい先日もお忍びで遊びに来ている。


「おやいらっしゃい、またサボりかい?」

「そんなところです。ラッチルの色ボケした顔も見たかったので」

「そりゃあいい、あいつも気のおけない友人の顔を見れば喜ぶだろう」

「あら、紳士さまの従者ともなれば、アレ程の偏屈者も、人並みの殊勝さが身につくようですね」

「いやいや、俺が不甲斐ないばかりに、まだ肩身が狭いようでな。もうちょっとのびのびやってくれていいんだが」


 というと、その後ろから別の声がする。


「ほほう、アレ程のお転婆も、人の従者となると慎みを覚えると見える」


 そう言って出てきたのは、一メートル足らずの小さな騎士だ。


「やあ、シロプス。久しぶりだね」

「ご無沙汰している、紳士殿」


 シロプスは小柄なレッデ族の騎士で、エームシャーラの保護者と言うか後見人というか、まあそういう人物だ。

 折衝のために、故国に帰っていたが、どうやらそちらは片付いたようだ。


「今度のことで、余も陛下に槍を返上して参った。貴公の従者ではないが、エームシャーラ姫の付き人として、試練以外の場で陰ながらご尽力つかまつろうと思ってな」

「それは頼もしい限り。よろしく頼みます」

「うむ」


 シロプスはレッデ族の集落の長でもあったと思うんだけど、長く仕えるエームシャーラのために、私人として馳せ参じたということなのだろう。

 いい話だねえ。

 もちろん言うまでもなく、とても強い。


 ぞろぞろと揃って地上に戻る。

 直通エレベータから降りた地下室の廊下で、エンテル達学者組とばったりであった。


「あら、フューエルも戻ったんですね。お客様もご一緒で」


 アウリアーノとは面識があるはずだが、シロプスは初めてかな。

 一通り挨拶を終えると、フューエルたちはひと風呂浴びて旅の疲れを取るという。

 俺もご一緒したかったが、立場上遠慮して、代わりにエンテルたちにちょっかい出すことにした。

 エンテル、ペイルーンの学者コンビにアフリエールをくわえた三人は、普段はアルサの王立学院に通っている。

 自宅では地下室の一室を研究室にして、資料の山に埋もれていた。


「以前から話はつけてあったのですが、予定通りこの春から講義は取りやめて、試練のお供に専念することになりますね」


 とエンテル。

 それに続いてペイルーンが、


「どっちにしろ、ちょっと休みも欲しかったのよ。もともと私達の研究対象であるペレラールのステンレス文明に関して、知りうることが一気にわかっちゃったじゃない。まあまだ全部は把握できてないけど、ミラーにしこたま資料を書き出してもらったし、これを整理して解釈していくのが当面の仕事とは言えるんだけど」

「ふむ」

「ほら、あんまりこれって無条件におおっぴらにはできないでしょう。私達の知的好奇心は満たされたけど、学術的に意義ある成果を出せるかと言うと怪しいのよね」

「ふぬ」

「私はともかく、エンテルは教授だから、ちゃんと穴ほって論文書いて成果を発表していかないとまずいのよね」

「なるほど」

「そこで目をつけてるのが、岩窟の魔女の遺物なのよ」

「ほう」

「六大魔女の一人である岩窟の魔女ロロイドは、他の魔女より活躍してた時代がちょっと古いっぽいの、ざっくり言って六百から七百年ぐらい前かしら。まあ六大魔女って呼称自体が後付らしいけど。別荘地でもいくつかシンボルを見かけたんだけど、この間魔界の温泉地でも、魔女の遺跡を発掘したでしょう。そこから調べていくと、どうやらロロイドはプールの一族であるエデトの民とも関わりがあるんじゃないかって資料が出てきたのよ」

「ほほう」

「その中にこんな一節があったわ。ロロイドは寡黙な人物であったが、聞くところによると彼女は顔に深い傷を負い、満足にしゃべることもできないという、それ故彼女の生い立ちを知るものも居なかったが、何かの折に、魔女はルタ島と呼ばれる島から来た、と話すのを聞いたものがいたそうだ、ってね」

「喋れないのに喋ったのか」

「そうなのよ、よくわからないけど、でももしかしたらルタ島にもロロイドの痕跡が残ってるかもしれないじゃない」

「そうかな?」

「そうだといいわねえ、って話よ! なにか見つかったら、論文の一つも書けるだろうし、ネタがネタだけに、受けも良さそうでしょ、そのへんに期待してるのよ」

「眉唾だなあ」

「いいのよ、どうせ私達は塔で戦うわけでもないし、なにか目的がないとね」

「まあ、そういうのを調べるのは面白そうではあるな」


 エンテルたちは、出発前に可能な限りの資料を集めておくのだと言って、研究室に引きこもってしまった。

 うちは引きこもる連中が多いよな。

 その引きこもり組のもう一方、サウとシェキウールの二人の様子を覗くと、巨大な電子黒板の前ですごい勢いで何かを書いたり消したりしながら、猛烈な早口で議論していた。

 何を話してるのかさっぱりわからないので、もうちょっと話がわかりそうなシャミを探すと、こちらはバレーボールぐらいのガラス玉を手にしてなにかやっていた。

 どうやらこいつはノートパソコンのような、ポータブルタイプの端末らしい。

 立体映像のタッチパネルとでも言えばいいだろうか。

 何をやっているのかはわからないが、淀みない操作で完全に使いこなしていた。

 若い子は順応性が高くていいねえ。

 このあたりのシステムは、内なる館や馬車にも組み込まれていて、試練に同行しながらでも同じことができるらしい。

 ノマドとかユビキタスとかいうやつだ、たぶん。


 結局、話しかける余地が誰にもなかったので、大工工房を後にする。

 戻りしな、廊下に設置されたタンスみたいな箱の前に立ち止まると、正面のパネルにきらびやかな映像が写しだされ、軽妙な歌が流れてきた。


「おいしいー、おいしいー、お菓子の時間ー、あなたの食べたいお菓子は何かしらー」


 映像の中では、綿菓子のような髪をふわふわと踊らせた人物が歌っている。

 どこかパロンの人間モードに似ているその映像の主こそが、妖精のアイドル『お菓子屋さん』だ。

 要するに自販機みたいなもので、小型の食品用レプリケータを内蔵しており、長く妖精の里でお菓子を供給していたようだが、壊れて埋められていたのを回収して、先ごろ修理が完了したのだ。

 今ではここに設置されて大工組や学者組の脳にカロリーを供給している。

 飴を一つゲットして、ペロペロしゃぶりながら地上に戻ると、飯時だった。

 昼飯時の我が家は学食の如き賑わいで微笑ましい。

 給仕だけでも五十人ぐらいのミラーが出ているので、黙って座っていれば勝手に料理が運ばれてくるはずなのだが、見るからに落ち着きのない年少組だけでなく、騎士連中も我先にと料理を貰いに行く。

 とくに赤竜組はいささか激しい。

 ボスであるエディからして、皿を持って並ぶのだから、仕方あるまい。

 さっき遊びに来たばかりのアウリアーノ姫も、ラッチルと並んで食卓についていたが、その様子を見て驚く。


「まあ、地上では身分を問わず、あのように配給の列にならぶのですか?」


 あっけにとられるアウリアーノに、ラッチルが咳払いを一つして、


「私もはじめは驚いたのですが、あれはその、単にエンディミュウム殿の趣味……のようなものかと」

「趣味ですか」

「実際のところは、よくわかりませんが、一兵卒同様の行動を上のものが取ることで、共感を得ると言った狙いがあるのかもしれません。ですが、やはりもっとも合理的な説明をつけるとすれば、趣味であろうと」

「はあ」

「なんせ我が主からして、趣味と称して魚を手づから捌いたりしておりますので」

「そんなことまで」


 ラッチルはなかなか理解が早い。

 魔界の有力貴族にして、生粋の騎士だったにしては、短い間に我が家のノリに馴染みつつあるようで、感心だな。

 その隣りにいたフューエルは、特に何を言うでもなく、黙々と料理を口に運ぶ。

 そのまた隣のエームシャーラも同様だ。


 俺はと言うと、あの列に並ぶパワーはないが、じっと待ってるのも性に合わんので、卓上の豚まんを一つ手に取り、かじりながらテーブルを周る。

 だいたいみんな従者同士でグループを作ってやっているのだが、これだけいるとたまにタイミングが合わなかったのか、一人で食べているものもいる。

 こんな機会にそうした従者を見つけて、親睦を深めるのも良い主人の勤めと言えよう。

 今日は、元、宿の女将パルシェートがその相手だった。


「珍しいな、最近昼飯はガラス屋で済ませてただろう」

「あれ、お聞きじゃありませんでした? 新しく店員を雇ったので、私も店に入る頻度を減らしたんです」

「そうだったのか」

「試練に入るまでには、完全に引き継いでおきたいですし、いいタイミングでした。おかげで今日は久しぶりに家でお昼が取れてます」

「しかし、人手不足のこの折に、よく見つかったな」

「だいぶお給料を弾んだようですよ。それでも、仕事の覚えもいいので、行けるんじゃないでしょうか」


 相変わらず髪を染めているプリモァハーフのパルシェートは、いずれは宿を経営する予定だが、今は商店街のシロハマガラス工房で売り子をやっている。

 そちらが落ち着いてきたので、こうして余裕ができたということだろう。


「そういえば、サリちゃんの方も、近々、本部の方から増援が入るっていってましたよ」

「ついにか、あっちもミラーのパートが減っては来てたんだよな」

「でも彼女、仕事をやめたいようなことを言ってましたけど、どうするのかなあ」

「業績を上げて、栄転するとかじゃないのか?」

「プリモァだとなかなか厳しいようですよ。まだ内緒だけど、土木ギルドから引き抜きの誘いもあるとか、やっぱり南部に拠点を構える会社の方が、プリモァの待遇はいいみたいですねえ」

「ふうん」


 サリちゃんことサリュウロは、冒険者ギルドの課長で、いわゆるブラック労働者だ。

 まあ、やめられるなら、やめたほうがいいかもな。

 やめるタイミングでナンパするというのもいいかもしれない。

 俺にしては珍しく、彼女にはだいぶ貢いでると思うんだけど、空回りしてるからなあ。


「そういえば、試練の間は、あまり宿は使わないそうですけど、ルタ島って有名な夏の観光地なので、結構いいお宿もあるらしいんですよ。視察を兼ねて、そういうところもちょっと利用してみたいんですけど、私だけでもいいので、構いませんかね?」

「ああ、問題ないだろ、商人組でまわってくれればいいんじゃないか、俺も余裕があれば付き合いたいところだな」

「よかった、楽しみですねえ。でも、試練の塔ってのは大変なんですよね?」

「みたいだなあ、怪我もなく、順調に回れればいいんだけど」

「そうですねえ」


 話すうちに、やっと料理が運ばれてきた。

 メイン料理は、羊肉のシチューだ。

 揚げた肉団子も放り込んで、ガブガブ食べる。

 うまいな。

 しばしシチューを堪能していると、料理人のモアノアが、カゴいっぱいのパンを持ってきた。


「焼き立てだすよ、一つどうだす、ごすじんさま」

「一つと言わず、いっぱいくれ、なんか腹が減ってきた」

「なら、どんと食べるだ」


 と言って目の前にカゴを置く。

 熱々の柔らかいパンを手に取り、一口かじる。

 ふわっと吹き出す熱気が顔にあたってむせそうだがうまい。

 次に、何かのパテをナイフで取って、どっぷりと塗りつけ、もう一口かじる。

 うまいなあ。

 気がつけばパンだけで六個ぐらい食べて腹がはちきれそうだ。

 少し風にあたって休もうと、裏庭に椅子をだしてくつろぐ。

 しばしウトウトしていると、エディとクメトスの話し声が聞こえた。

 狸寝入りで聞き耳を立てると、どうやら、来る試練での編成について話しているようだ。


「それで、実働パーティを三つに分けるまではいいと思うんだけど、私はやっぱり先行したいじゃない」


 とエディが言うと、クメトスも、


「それは私とて一番槍の栄誉に預かりたいという気持ちはありますが、皆も同様でしょう」

「あら、でもハニーを護衛するなら、あなたかエーメスあたりが適任だと思うけど」

「それも確かに栄誉ある仕事ではありますが、そもそもエディ、あなたは奥方として、隣についておくべきでは?」

「いいのよ、私だってコアはあるんだから、試練の間は従者として美味しいところをもってくのよ」

「従者として参加するというのであればなおのこと、個人の主張は一旦下げて、ここは平等に最適な形を検討すべきです」


 などとやっている。

 クメトスもだいぶ言うようになったなあ。

 前は偏屈なだけだったのに。

 それにしても、うちは戦闘向け従者の中でも、騎士が多いんだよな。

 騎士は集団戦向けなので、じつはあんまり冒険者には向いてない。

 うちの騎士連中は個人スペックが高いのでどうにでもなるんだけど。

 逆に、純粋な戦士や魔導師がほとんど居ない。

 まあ、それで困ることはないんだけど、隊長格の騎士が何人もいるので、編成では揉めそうだなあ。

 すると、会議に参加していたらしいセスの声がする。


「先陣を切るのであれば、我々侍組こそがふさわしいでしょう。騎士のご面々には、やはり主人の盾となっていただくほうが、よいのではありませんか?」


 ともっともらしく言うと、フルンたちもそうだそうだと囃し立てる。


「フルン……あなたは、盾役になると、あれほど、言って……いたでは、ないですか」


 とこれはオルエンだ。

 そういや、そんな事を言って、最初の頃は盾の練習もしてたな。

 最近は剣術の腕が上がってきてそういうところを見てなかったけど。


「うっ、そうだった。じゃあ、私はぴったりご主人様の前にいる! 大人はみんな、ご主人様より先にいけばいいと思う」


 と言ってやり返す。


「考えてみれば、ハニーと四六時中ベタベタするのも捨てがたいわね」


 エディの言葉につられて、みんな悩みだしたようだ。

 モテる主人は罪だねえ。

 結局、編成は決まらなかったのだが、ざっくりとした方針としては、エディやクメトスを中心とした騎士主体の肉弾戦パーティを一つか二つ、侍中心の機動力の高いパーティを一つ、エレンを中心とした斥候パーティを一つ、あとは俺を中心にした本隊という編成で、フレキシブルにやる、みたいな感じのようだ。

 要するにいきあたりばったりってことだな。

 斥候は、今までのエレン、コルス、紅の他に、ポーンも入ることになるだろう。

 一流の盗賊であるエレンや、各種センサー装備の紅だけでなく、忍者のコルスやポーンというのは実にバランスがいい斥候パーティだ。

 この四人であれば、まず戦力としても並のパーティより遥かに強く、斥候スキルも非常に高い。

 ここに関してはほぼ問題はない。

 また、うちの場合は魔法による念話と無線による通話の両方で遠隔でのコミニュケーションが取れるので、パーティを分けやすいというのも強みだ。

 そのおかげで斥候チームを独立して動かすことができる。

 また、クロックロンによる人海戦術もある。

 たぶん、今のうちのメンツなら、試練の塔攻略は楽勝なんじゃないかな。

 あくまで過去に攻略した塔と同レベルの難易度であれば、だけど。

 都にできた塔も、準備なしでの短期攻略だったから大変だったけど、しっかり準備してじっくり攻略すれば、そこまで難しい塔ではなかったはずだ。

 こればかりはやってみないとわからないので、現地で再検討することになるだろう。

 まあ、要するに、いきあたりばったりってことだ。




 気がつけばそのまま昼寝したようで、目覚めると日が暮れていた。

 つまり、夜の宴会が始まっているということだ。

 毎日騒いでるからな。

 火をおこしてバーベキューが最近の夕食の基本で、それ以外にも色んな料理がテーブルに並ぶ。

 それを好きな仲間どうして楽しく食ったり飲んだりしている。

 そうした様子を見ているだけで、俺も胸が一杯になるのだが、胸に気持ちがいくら溢れたところで腹の足しにはならん。

 寝ると腹がへるんだよ。

 うまいものからなくなるので、さっさと食べよう。

 肉を山盛りにした皿とジョッキを手に、空いたテーブルに付くと、隣はチョコ屋のパロンとパン屋のエメオだった。

 いつもならまだ二人共店に入っている時間だ。


「おう、今日はもう仕事上がりか?」

「今日はー、売り切れちゃったからー、もうー、おしまいよー」


 相変わらず歌わないとしゃべれないパロン。

 最初の頃はここまでひどくなかったと思うんだけど、癖になってるんだろうな。


「パン屋の方も、日暮れ前には切れちゃって、最近お客が多くてまかないきれないんです」


 とエメオ。


「そんなにか、繁盛してるなあ」

「今日はお嬢さんとコラゥさんも手伝いに来てて」


 どっちも俺の友人であるパン屋のハブオブの彼女だ。

 地味な割にちゃっかり二股かけてる、頼もしい友人だ。


「それであの二人、つかえるところまで成長したのか?」

「いえ、それはまだ。売り子の方をやってもらう感じで」

「大変だな」

「それにしてもあの二人、すっかり仲良しで。コアとかなくても、ああいうふうになっちゃうもんなんでしょうか?」

「そりゃあわからんなあ、まあ、いいんじゃないか、あとはハブオブの甲斐性しだいさ」

「そもそも、あの人がもっとしっかりしてればよかったのに」

「そう言ってやるなよ」


 パン屋のお嬢さんに恩義を感じているエメオにしてみれば、お嬢さんの相手としてはいささかハブオブは頼りなく見えるらしい。

 しかし、俺だって相当頼りないんだけど、そこはまあ従者の贔屓目なんだろう。


 エメオが切り分けてくれたパンに肉を挟み、マスタードをかけようとテーブルを探すと、パロンが瓶を取ってくれた。

 そいつを無造作にすくってかけると、なんか色がおもったより茶色い。


「おいこれ、チョコじゃねえか」

「もちろんよー、パンにはチョコクリーム、お肉にもチョコクリーム、なんでもー、チョコをかけるのよー」

「ならおまえがくえ!」

「あら残念ねー、私はもうー、お腹いっぱいー」


 そう言って逃げるパロン。


「じゃあ、私が食べる!」


 俺のへそからにゅっと出てきたパルクールが、チョコソース入り肉サンドをひょいとひっつまんで一口で食べた。


「あはは、あまーい、変な味ー、あはは、へーん」


 などとニコニコ笑って再びへそに消えた。

 忙しいやつだ。

 あとに残ったエメオと改めて肉を食う。


「パロン、最近ご飯にもチョコをかけて食べるんですよ。いくら好きでも、あんまり雑な食い合わせをしてると舌がバカになるんじゃないかと」

「あいつの手綱を引けるのはお前だけだ、頑張ってくれエメオ」

「私にもムリだと思いますよ」


 そう言って大口でパンをかじるエメオは、自分で焼いたパンの旨さに、とろけそうな顔になる。

 こいつも大概だよな、さすがは俺の従者だ。


「試練の間も、食事はずっとこういう形なんでしょうか、一応内なる館に、家と同規模の調理場を用意してもらってはいますが」

「そもそも、塔の間を移動するときと、キャンプに腰を据えて試練に挑んでる間でも変わりそうだよな」

「それもそうですね。一応、アンやテナがそのあたりの段取りは考えてくれてるそうなんですけど、私も旅とかしたことがないですし。以前のときはどうだったんですか?」

「あの頃は、実質モアノアが一人で回しててなあ、それに内なる館の事も知らなくて、食材の確保も結構苦労してたなあ」

「そうでしょうね、今はスポックロンが毎日次から次へと、見たこともない調理器具とかを持ってきて、聞いたこともない料理法とかを披露してくるんですけど、どうもついていけなくて。私も新しい調理法とかに興味はあるんですけど、ちょっと理解が追いつかないんです。どこから勉強すればいいのやら」


 大工組に比べると、若干苦手意識が勝ってるようだ。

 スポックロンの押しの強さも裏目に出てるのかもしれないな。


「そのあたりは、カプルたちがうまく取り入れてるみたいだから、コツを聞いてみるといいんじゃないか?」

「なるほど、そういえば先日、久しぶりに地下に降りたら、なんだかすごい大きなものがいくつも並んでなにかやってましたけど、もう何が何やら……」

「あれはビビるよな」

「それでも、ああいう古代の技術を使えば、もっと美味しいパンが焼けるかもと思うと、勉強しなきゃなあって気にもなるんです」


 と頼もしいことをいう。

 エメオは小柄でも乳や尻がでかいだけあって、頼もしいなあ。

 食べ終わったエメオは、明日の仕込みがあるからと、仕事場に戻ってしまった。

 あとに残った俺は、次の相手を探す。


「あらご主人ちゃん、ウロウロしてるんだったら、こっちに座りなさいよ」


 と声をかけてきたのは燕だった。

 こいつも元女神らしいんだけど、毎日集会所でチェスやら麻雀に明け暮れる楽隠居だ。


「さっきまでストームたちがいて、ぴーぴー騒いでたんだけど、パンテーに連れられていったわ。お子様は寝る時間だものね」

「あいつら、体は幼児そのものなんだよな」

「中身も幼児よ。もうちょっと考えて生まれてくればいいのに。一緒に生まれてくるから、成長しきれなかったんでしょうけど」

「まあ仲が良くていいんじゃねえか、あれはあれでかわいいもんだ」

「それはそうかもね」


 そう言って燕は極太のソーセージにかぶりつく。


「あふ、あふひ、あふっ」


 ともがく燕に、隣りにいたプールが水を注いでやりながら、


「ちゃんとナイフで切り分けて食べぬか」

「ほ、ほうはひっへも、あふふ……」

「まったく、すこしは女神としての自覚を持つべきではないのか? お主がそんなだから、ストームたちもやんちゃに歯止めがかからぬのであろう」

「これが女神流のマナーなのよ」

「朝晩お主を拝んでいるハーエルの気持ちも考えてやらぬか」

「そうはいっても、女神にもできることとできないことがあるのよ、それに今の私は、ただの人形なんだもーん」

「調子のいいことを」


 そういうプールは、元お姫様らしく、お上品に料理を召し上がっておられる。


「そう言えばプール、なんかお前の故郷とかご先祖のことがわかりそうなのか?」

「うん? 例の岩窟の魔女とやらのことか? 妾の育った当時は、そのような話を聞いたことはなかったがな。だが、エデトの民があの辺りに住み着いたのは、大戦よりあと、確か六百年ほど前か、妾の生まれた頃に建国三百年だかの祝をしたそうだからな」

「ふうん、フェルパテットのところの婆さんとかもしらんのかな?」

「エンテルは話を聞きに行きたいと言っていたが、あの連中は世俗との関わりを絶っておるのだ、あまり干渉してやるなとはいっておいたが、学者はそういうところには我慢が効かぬものだし、どうであろうな」

「そうなあ、まあフェルパテットの姉ちゃんが遊びに来た時に、それとなく聞いておいてもらうとかになるだろうな」


 チェス組の一人、我が家のセックスシンボルであるエクは、大人しげに黙々と料理を食べている。

 うちの新人は、一通りエクからご奉仕の仕方を学ぶのだが、そちら方面に才能の有りそうな人材は、とくに念入りに指導を受けている。

 最近のメンツだと、レアリーやシェキウールはあまり見込みがなく、逆にラッチルやトッアンクはなかなか筋が良いらしい。

 トッアンクはリプルと同じく、幼さを残す外見とは裏腹にすごく胸がでかい、いわゆるロリ巨乳枠で汎用性が高い。

 ラッチルは逆にスーパーモデルみたいな外見で、整いすぎて性的な意味では押しが弱い気もするが、同タイプのオルエンやクメトスらと一緒に取り囲まれると、ああ俺は今から根こそぎ絞られるんだなあという諦観にもにた気持ちで身を任せることができるので、これまた素晴らしいのだった。

 などと考えていたら、


「食べるときぐらい、鼻の下を伸ばすのやめたら?」


 と燕に突っ込まれて、しばし食事に専念した。




 夜も更けた。

 魔界の姫様アウリアーノは、泊まっていくのかと思ったら、忙しいからと早々に帰ってしまった。

 地下ポートでフューエルやレアリーと一緒に見送ったあと、地下のジムに顔を出す。

 当時の福利厚生の一環で備えられた、ようするにスポーツジムだ。

 日本のジムでよく見る、機械式のウエイト器具みたいなのは全然ないんだけど、負荷をかけて筋肉を鍛えるという基本は同じらしい。

 ミラーの指導を受けながら、汗を流す。

 怠け者の俺でも、美人に囲まれて励まされてると結構頑張れるものだよな。

 気がつけば、テナやパンテーなどの家事組の面々も来ている。

 戦闘組は自分なりのトレーニング法を確立しているせいか、あんまり使ってるところを見ない。

 むしろそれ以外の連中のほうが、利用しているようだ。

 こうしている間も、どんどんやってくる。


「ご主人さま、精が出ますね」


 声をかけてきたのはチェスチャンピオンのイミアだ。

 最近はチェスを打つより、商売の方に力を入れている。

 学校の先輩であるレアリーが来たことも影響しているようだ。


「そっちこそ、頑張ってるじゃないか」


 すでに走り込んできたようで、額を流れる汗が艶めかしい。

 猫耳の獣人であるイミアは、それなりに運動能力は高いようで、一緒に走るとあっという間に周回遅れにされてしまう。


「私も油断すると籠りがちなので、頑張らないと。でもここは本当にすごいですね。サウたちが使ってるあのなんとかって装置もよくわからないですけど、ここは夜でも明るくてすごく広くて、いろんな運動もできるし、プールまであるし。あとスポックロンが恒常的な運動がもたらす美容効果ってレクチャをしてくれたんですけど、みんなあれ見てやる気出してるんですよ」


 スポックロンのやりそうなことだ。

 あいつはちょっと人間を理想的に見すぎてるきらいがあるからな。

 まあ、俺のそばにいれば、すぐに人間がいかにだらしなくいい加減な存在か、理解するだろう。


 イミアと別れてプールに向かう。

 五十メートル四方ぐらいの、立派な温水プールだ。

 ちょうどアンやテナが浅いところでじゃぶじゃぶと泳いでいる。

 反対の一番深いところでは、巨人のメルビエがザバザバと泳いでいる。

 どちらもあまりうまくはないようだ。

 いっぽうモアノアなどはガバガバと平泳ぎっぽい泳法で泳ぎ続けている。

 こっちは結構うまい。

 そういや、あいつは初めてあったときも素潜りでウニとか取ってくれてたな。

 その横ではパンテーが水着越しでもわかるでかい乳を四つ、上下左右に揺らしながら、ミラーに手を引かれて水の中を歩いていた。

 なんか妊婦の水中トレーニングみたいにもみえる。

 俺はまあそこそこ泳げるので、かっこよくザブンと飛び込んで、クロールとバックを織り交ぜながら、一キロぐらい泳いだ。

 いいところを見せようとして泳ぎすぎたせいで、ちょっと気持ち悪くなってきたが、先に水から上がっていたパンテーがうっとりした顔でタオルを持ってきてくれる。


「ご主人さま、お上手なんですね、私なんて水に顔をつけるのも怖くて」

「ははは、まあ俺ぐらいになればこれぐらいはな」


 こみ上げる気持ち悪さを押し隠しつつ、サウナに移動する。

 こちらは上の手製サウナと違って、完璧に温度と湿度が調整されているだけでなく、体調のモニタまでしてくれるので、好きなだけサウナを堪能できる。


「んはー、最近毎晩ここでおよいでるもんだで、めしはうめえし、夜もぐっすりで、最高だべ」


 でっぷりとたくましい体をサウナのベンチに横たえたモアノアがそういうと、隅っこで座り込んでいたメルビエも、


「んだんだ、今まであんまり泳いだことなかっただども、ちょっと泳げるようになって楽しいだよ」


 というし、隣に腰掛けるテナも、


「たしかに、朝も目覚めが快適で、なんとも言えず、良い心持ちですね」


 そうしみじみとつぶやく。


「このあとに飲む酒がまたうまいんだよなあ」


 と俺が言うと、テナの隣で汗を流していたアンが、


「そういうことをおっしゃられると、飲みたくなるではありませんか、せっかく絞ったばかりなのに」

「そうはいっても、むしろ俺はそのためにここに来てるんだが」

「私達は、美容のためなんです。スポックロンも言っていましたが、過度の飲酒は健康と美容の敵ですよ」

「お前たちが締め出した不健康と怠惰を拾い上げて情けをかけてやるのも、偉大な紳士に求められてる徳なんじゃないかと思ってなあ」


 俺の持論に耳を貸す者はここにはいないようで、みんな適当に聞き流しながらサウナを堪能していた。

 俺もこれ以上力説するのが面倒で、限界まで絞ってからシャワーでスッキリする。

 整うねえ。

 そういえば、このシャワーの快適さも、長らく忘れてたなあ。

 サラリーマン時代は、湯船にお湯を張る気力もなくて、雑にシャワーだけ浴びて済ますことが多かったから、あんまりいいイメージがなかったけど、サウナのあとのシャワーはむしろ贅沢の極みだよな。

 それが自宅にあるんだもんなあ。

 セレブだねえ。

 スッキリしたところで地上に戻って飲み直すことにした。


「ふぁー、よく寝た、なんだ、もう皆食い終わったのか?」


 地下室から出たところで顔を合わせたのはカリスミュウルだ。

 寝間着姿に首からタオルを下げている。

 多分、今まで内なる館で寝ていて、寝起きのサウナに来たのだろう。

 生活リズムがメチャクチャなカリスミュウルは、昼間静かに眠りたいときは、あっちの居住スペースを利用している。

 試練の間ぐらい、ちゃんと起きてられるんだろうな。

 まあスポックロンに頼めば体内時計をリセットするみたいなことは、簡単そうな気もするけど。


「ひと風呂浴びたら私も飲む、先にやっておれ」


 などと言って風呂に入っていった。

 さて、どこで飲もうかな?

 今やすっかり手狭になった我が家は、夜ははやく寝るものも多く、以前のように暖炉前で夜ふかしするのも難しくなってきた。

 その代わり、これだけ暖かくなると外で飲むのに最適だとも言える。

 そこで二階のバルコニーに、いちゃいちゃスペースが常設してあるのだ。

 以前であれば、昼間は裏庭とここに洗濯物が並んでいたものだが、最近はすっかり地下の乾燥部屋で乾かしているらしい。

 除湿とか殺菌とかができていつでも洗濯物が干し放題だとか。


 分厚い絨毯と、山積みのクッションに埋もれて、めいめい腰を下ろす。

 俺の右隣りにはフューエル、エームシャーラ、ウクレと並ぶ。

 反対側には普段ならエディやポーンが並ぶのだが、今日はまだ下で飲み食いしつつ、パーティ編成の議論なんかをやってるようだ。

 あれはあれで楽しそうなんだけど、俺が参加する余地がないからな。

 代わりに今はレアリーが左手についている。

 目の前で酌をしてくれているのは、蛇娘のフェルパテットだ。

 艶めかしいしっぽをうねうねと振るわせながら酒をつぐ姿は、すっかり色気が乗ってきた。

 彼女のご奉仕の才能は、エクに言わせるとトップクラスらしい。

 まあ、蛇だしな、全身がスケベの塊だと言えよう。

 そんなフェルパテットに酒をついでもらいながら、今日の魔界での成果なんかを聞いてみた。

 レアリーによると、


「魔界側としては、小麦を仕入れて肉や酒を売りたいようですが、酒はともかく食肉は難しいですね。地上でも十分な供給ができてますし。むしろ魔界ブームに乗って民芸品的なものを扱うほうが地道に伸びそうな気はするのですけど」

「あるものは売れんよな。まあブランド化すればどうにかなるかもしれんが。そういえばカプルが漆喰を仕入れようとしてたようだけど、あれはどうなったのかな。うちもあっという間に古代文明に席巻されて色々かわっちまったからなあ」

「当家の基準は、あまりあてになりませんものね。漆喰といえば高級建材のことですわね、そのことは聞いておりませんでしたから、後で確認してみましょう」


 ついでフューエルが、


「うちとしては、農作物が売れればなんでもいいのですけど、外国、しかも魔界に売るとなると、貨幣の点一つとっても、なかなか難しいものみたいで」


 言われてみれば、リアルタイムに市場が動いて通貨のレートが出てくるわけじゃないもんな。

 レアリーが言うには、


「まず決済通貨の時点で、魔界取引はやっかいなのですよ。地上の貿易であれば、決済通貨として精霊石を使うことが多いのです。こちらはレートが安定していますから。ですけど、魔界の場合はそこからして差額も大きく安定しませんし。それにデラーボンは今まで地上との直接取引をしてこなかった国ですから。もっとも、そこにこそ魔界商売の旨味があるのですけれど」


 よくわからんけど、ややこしそうだ。

 グラスをグビリを煽ったフューエルも、


「アウリアーノ姫の領地は、規模で言えばうちの母方よりも少し小さいぐらいですけど、今、発展中で勢いがあるでしょう、あるいはラッチルの祖国にしても、精力的に入植を繰り返して農地を広げている様子。どこもなかなか強気ですから、こちらも負けないようにしなくては」


 などと言っている。

 うちの女性陣は皆たくましいからな。

 たくましさよりも色気がまさるフェルパテットは、酌をしながらこういった。


「商売の話はわかりませんけど、また魔界には行ってみたいです。初めて行ったときから、なんだか故郷って感じがするので、不思議ですよね」

「なるほどなあ、そういうのもあるのかな」

「それに最近、セスに稽古をつけてもらってるんです。もともとマートルは戦士として戦うものだって、おばばも言ってましたし、姉は教えてくれなかったんですけど、この間温泉で遺跡を探検した時に、全然役に立てなくて、やっぱり自分の身ぐらいは守れなきゃだめだなあ、と思って」

「ほう、頼もしいな」


 そもそもマートル族という蛇女は、力が強く、長い尻尾で締め上げると並の人間サイズの動物はあっけなく骨が砕けるらしい。

 俺もきゅっきゅと絞められて、よく骨抜きにされている。

 それはさておき、実際のところは、探検が楽しすぎてまたやりたいってとこのようだ。

 もともとわんぱくだったしな。

 ルタ島に魔女の遺跡が本当にあったなら、エンテル達に同行させてやってもいいかもな。

 フェルパテットは下半身が蛇という外見上、なかなか外に出られないんだけど、レディウムやエディも使っていた空飛ぶ椅子の改良版を使って、あまり目立たずに外を出歩けるように準備中だ。

 ぷかぷか浮いてりゃそれだけで目立つんだけど、そのへんはなんかいい感じにしてくれるんだろう。


 しばらくすると、カリスミュウルが風呂上がりのホカホカした顔でやってきた。

 レアリーが場所を変わろうとするが、構わぬと押し留めて、その隣に座る。


「下はなんぞやかましくやっておるな。あの有様で、うまくパーティが組めるのか?」

「そこはおまえ、実際に戦いになればまとまるんだよ、たぶん」

「貴様がそのような横着な性格だから、ああなるのであろうが」

「俺に言われてもなあ、それより、アンブラールの姐さんは間に合うのか?」

「先日の手紙では大丈夫そうなことは言っていたがな、まあ、ルタ島に足を踏み入れた際に一緒におれば、体裁はたもてるであろう。そもそも、試練の際は一緒に回るのだから、構成的には十分なわけだしな」

「そりゃあ、そうなんだけど、でもやっぱまだ見ぬ出会いに胸を踊らせたりもしたいじゃないか」

「貴様はそうであろうが、そういえば、近日中に神殿に行って内々にホロアのお披露目をしたいと言っておったぞ」

「ああ、そんな話も聞いたな。都合よく見つかるもんかな?」

「私も一時期、城でそうしたホロアと顔合わせをしたことがあったが、一人も相性が合わなんだな。そもそも私はホロアの従者が一人もおらぬ。チアリアールとアンブラールだけでも十分ではあるが、一人ぐらいホロアの従者が居たほうが良かったのかもしれぬな」

「向こうにもいっぱいいるそうじゃないか、俺も頑張るからお前も頑張れ」

「貴様の唯一の強みを奪うような真似は気の毒でできんからな、遠慮しておく」


 酒が進むとだんだん破廉恥な格好になってくるが、星あかりだけでは手元がよく見えなくて、まあそれはそれでいいもんなんだけど、なにか明かりが欲しいなと思って空を見上げたら、青白い光が二つ、くるくると宙をまっているのに気がついた。

 しばらく上空を旋回していたが、やがてふわりとバルコニーの端に舞い降りた。

 デュースとネールだ。

 覚醒した火の玉状態で、飛んできたらしい。


「いやー、この感覚は新鮮ですねー、昔心臓がちゃんとしてたころもー、こうやって飛んだことはなかったと思うのでー、やっぱりやり方を知らなかったからかもしれませんねー」


 詳しいことはわからないが、意識をふわっと切り替えると、ぼわっと魔力が溢れ出してこの状態になるらしい。

 そのままだと単に人の体が光っているだけだが、そこから更にもう一段意識を切り替えると火の玉になるのだとか。

 体はともかく、服まで出たり消えたりしてるのはなんなんだろうな。


 元の姿に戻ったデュースは、やはり肌や髪が赤みを帯びていて、以前とはちょっぴり様子が違う。

 だがまあ、こっちのほうが、本来の姿なのかもしれないな。

 あと若干、腰回りがスリムになった気がする。

 太めの女性が痩せると、胸から減っていくと聞いた気もするけど、デュースは今の所そうではないようだ。

 ジムから戻ったアンやテナたちも交えて、更に夜の酒宴は続く。

 裏庭を上から覗くと、喧喧囂囂やってた連中も、今は仲良く酔っ払っている。

 さっきまで一緒にいたはずのフルン達年少組が見当たらないのでもう寝たのかと思ったら、見張り台の上で望遠鏡を覗いていた。

 別荘地で使ってた、あの馬鹿でかいやつとは違い、小さいのにハイテク装備のすごいやつだ。

 センサー部分は見張り台の屋根の上に設置されていて、その下でモニターを使って観測できる。

 千鳥足で覗きに行くと、小さめのモニターをみんなで覗き込んでいた。


「どうだ、なんかいいもの見えたか?」


 と尋ねると、エットが嬉しそうにニカっと笑って、


「うん、アップルスターみえた、ここ、かじられたところ!」


 モニターを覗くと、キラキラと輝く鏡面加工された船体の一部がぼこっともげている。

 だが、周りに破片などが飛び散っている様子もなく、壊れた部分も何か樹脂っぽいもので覆われているようで、たぶん最近壊れたものではないのだろう。

 ルタ島より、こっちのほうが優先順位高い気がするんだけど、まだ目処が立っていない。

 オービクロンの話では、やはりエレベータとバリアが干渉しているので、今のままでは危険で動かせないそうだ。


「ここ、行くんでしょ? どんなところ?」

「パマラちゃんの話では、土がいっぱいらしいな」

「そうなんだ、まだパマラとあんまりお話してない、言葉わからないし」

「そうだなあ、まあ、追々な」


 その隣では、スィーダが寝惚けていた。

 あんまり望遠鏡には興味がないのかな。

 頭をなでてやると、ビクッとして顔を上げた。


「んぁ、あれ、ご主人さま、いつきたの?」

「さっきな、眠いんだったら先に寝たらどうだ」

「ん、まだ大丈夫……師匠達もまだお酒飲んでるし」

「あいつらはほっとくと朝まで飲んでるぞ」

「うん、私もお酒いっぱい飲めると、一緒に騒げるのかなあ」


 子供の頃って、大人と一緒のことをするのに憧れることがあるよな。

 俺はもう大人なので、憧れて貰う立場なんだが、まあ人間できることとできないことがあるもんだ。

 俺にできるのは、一緒になって子どもの遊びをすることぐらいだよな。

 だから夜がふけるまで、望遠鏡を一緒に覗いて、宇宙の神秘に思いを馳せたのだった。

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