第379話 晴嵐の魔女

 ペナルーズ山は遠くから見ると吹雪が吹き荒れる峻険な岩と氷の塊で、魔王でも住んでそうな恐ろしい姿だが、尾根を超えて反対側の中腹に至ると一箇所だけポッカリと光の差す場所があり、小さな花畑と神殿があった。

 そこに豪華クルーザーをつけると、我々は船から降りた。

 花畑の一帯だけは気候がコントロールされているのか、非常に快適だ。


 上空から見えていた神殿は、近くに来ると神殿というより、白い石造りの巨大なオブジェって感じで、神を祀るようなものではなさそうだ。

 その横には小さな小屋があり、煙突からは煙がのぼっている。

 誰か居るとすれば、あの小屋ぐらいだろうが、どうみてもただの山小屋だよな。


「魔女はあそこに?」


 カーネに尋ねると首を振って、


「いいえ、あそこには門番が住んでいます。今はリィコォという名の少女が一人。彼女の案内でのみ、地下にある魔女の館に赴けるのです」

「ふうん、大仰な場所の割にはちょっと地味だな、まあいいや、その子に案内を頼むとしよう」


 みんな揃ってのこのこと近づいていくと、中から小さな女の子が出てきた。

 見た感じ、ピューパーよりちょっと年上に見える幼女、いや、少女かな。

 幼女と少女の線引をどこでするのかは難しいところだな。

 真っ白い肌に薄い巻毛の金髪で、妖精のように可愛い。


「ご、ごめんなさい、ご飯食べてて……ようこそカーネ様、予定より随分お早いおつきで」


 見ると口元にスープのあとが残っている。

 それに気がついたのか慌てて袖で口元を拭い、ついでよごしてしまったきれいな上着の袖をハンカチで拭き始めた。

 かわいいな。

 まさかこんなところで可愛い女の子が出てくるとは思わなかったので油断したぜ。


「ご依頼の人物をお連れしました。案内をお願いできますでしょうか」

「かしこまりました、では奥へ」


 巨大オブジェの陰に、扉があった。

 見たところステンレス製、すなわち古代遺跡の類でこの奥に例の魔女が居るのだろう。

 扉の中は高さが十メートルはあるエレベータのようで、全員が中に入ると扉が閉まり、音も反動もなく移動を始めた。

 反動もないから動いてるかどうかわからないんだけど、天井にそれっぽい表示が出てるので、まあ動いてるんだろう。

 待つこと一分。

 急に正面の扉が開いた。

 中は真っ暗い巨大な空洞で、所々に明かりが灯る。

 壁は暗くて見えないが、床は遺跡特有の謎素材でできている。

 その奥、無骨な祭壇のようなステージに、目指す魔女がいた。

 わざとらしいスモークと青白いスポットライトに照らされ、神官風の真っ白いローブをまとっているが、顔は能面のようにのっぺりとしている。

 というか能面そのもののマスクが顔に張り付いているだけで、側面からは中のメカメカしい部分が覗いている。

 袖から覗く腕も機械じかけのマニュピレータさながらの造形で、人間とは違うアピールが甚だしい。


「ヨクゾ来タ、余ガ晴嵐ノ魔女、パーチャターチ、デアル」


 メカっぽくエコーのかかった重々しい声がどこからともなく響く。

 大半の人間はその貫禄に圧倒されて押し黙っているが、まったく動じないスポックロンがポワイトンに耳打ちする。


「ねえ、聞きました? 余、とか言ってますけど、なんですかあれ、王様にでもなったつもりでしょうか」

「まあそう言ってやるな、人間というのもまた傲慢不遜でね、ある程度ポーズをとらんと、言うことを聞かんのだよ」

「安っぽい芸風ですこと」


 聞こえてるだろうなあ、と思うけど、あんまりたしなめる気にならないのは、正直俺もちょっと引いてるからだ。

 だってあの外見でとか言い出すんだぞ、痛々しいだろう。

 などと口には出さなかったが、顔には出ていたかもしれない。

 ちょっと痛い魔女様は、その後は特に何を言うわけでもなく、じっと立っている。


「なんですかね、私たちにからかわれて、ショックだったのでしょうか?」

「あれはセマンティクスがだいぶ枯れとるからな、無駄なことを喋れんのだ、以前はそばに控える弟子がかわりに応対しておったが……」


 ポワイトンがそう言うと、代わりにカーネが答える。


「以前の弟子であったギブスロォ氏は先年高齢のためになくなりました。かわりに孫娘のこのリィコォが応対してくれます。リィコォ、お願いできますか?」


 リィコォちゃんは元気良くうなずくと、こう言った。


「えーと、カーネの望みはすでに叶う、それから……デュースの心臓は復元できている、マザーと引き換えに渡そう……とのことです。おめでとうございます、カーネ様!」


 それを聞いたカーネは深く安堵したようだ。

 まあ三百年かけた望みがやっと叶うのだ。

 それにしては妙にあっけなくも感じるが、苦労してた部分を見てないからそう思うだけで、大変だったに違いあるまい。

 デュースのほうはよくわからんが、別に反対しても仕方ないだろう。

 俺が二つ返事で同意すると、ポワイトンが口を挟む。


「良いのかね、マザーだよ、あのような偏屈者に渡せば、地上の管理はどうなるか」

「しかしまあ、デュースの心臓と比べるもんでもないでしょう、むしろ当時死にかけたデュースを助けてくれたわけで、感謝してもしきれないぐらいですよ」

「ふむ、君がそう言うのならば、僕が口を挟むことはないな」


 というわけで、マザーは晴嵐の魔女ことノード7に引き渡すことにした。

 内なる館からマザーを取り込んでいたミラー88を呼び出す。

 この88号はマザーを保護するのに手一杯で、本来のミラーとしてちゃんと機能していない部分もある。

 実のところ、大事なミラーをそんな状態で置いておくのも心苦しく思っていたので、さっさと引き渡せるなら引き渡してしまいたいのだった。

 先日の鍵の件での反省が生きていると言えよう。


「それで、ここでマザーのデータみたいなもんを引っこ抜けるのかい?」


 とリィコォちゃんに尋ねると、


「はい、それもここの施設で行います。そちらの抽出は一日、お二人の手術は半日から一日程度、早ければ翌日には退院の予定です。まずは奥の医療施設に移動して、検査にかからせていただきたいと思います」

「うん、よろしく頼むよ」


 こういう場合、デュースの方は年の功か動じるところがないのだが、同行していたフューエルやオーレの方が心配そうにしていた。

 そりゃあ、心臓を取り替えると言われれば、心配だよな。

 フューエル達を励ましつつ、デュースに声をかける。


「みんな待ってるから、しっかり心臓を治してこい」

「そうですねー、まあ、ちょっと行ってきますよー」


 看護師代わりのミラーに付き添われて、デュースは奥の施設に消えた。

 レディウムちゃんも同様だ。

 あとに残ったカーネは、不安と安堵の入り混じった複雑な顔をしている。

 俺も不安なんだけど、俺の努力や才能で改善できない問題を心配してもしょうがないので、無事に帰ってくるように祈るぐらいしかできないんだよな。

 ちょっと淡白だという自覚はあるんだけど。


「では皆様、控室の方でお待ち下さい。進展は、逐一私の方から報告させていただきますので、ご安心ください」


 というリィコォちゃんの案内で、俺達は場所を移した。




 三時間ほど過ぎただろうか。

 案内された応接室は、大きなホテルのロビーみたいなスペースで、なかなか快適だった。

 最初のうちは神妙にしていたフルンたちも好奇心にはかてなかったのか、あちこち走り回っている。

 まあ、あいつらがしょんぼりしてると、こっちまで気分が沈んでくるからな。

 とくにオーレはなにか妙なオーラでも出てるのか、あいつの心理状態が周りにダイレクトに影響する所がある気がする。

 ドラゴン族とやらの特性なんだろうか、だとするとラケーラもそうなのかな?

 そのラケーラは、テーブルの対面でカーネと一緒にアルコールのグラスを握りしめていた。

 だが、ほとんど口はつけていないようだ。

 なにか話しかけても良かったが、特に話す言葉も浮かばずに、用意されたお茶を一口のんだ。

 そこにリィコォちゃんがやってくる。


「お食事の支度ができています。ご心配かとは思いますが、長丁場になりますので、食べておかれたほうが良いかと思うのですけど」


 かわいこちゃんにそのように言われれば、断るわけにも行くまい。

 別室の食堂に移ると、立派な料理が並んでいた。

 うまそうな料理を見ると、空腹だったことにも気がつく。

 まずは食って元気をつけよう。

 手術を終えて元気になったデュースと、久しぶりにエキサイティングなご奉仕みたいなのも堪能したいしな。

 最近、心臓に負担をかけないように激しい運動であるところのご奉仕はご無沙汰してたんだよ。

 あの誰よりも柔らかいボディを堪能するためにも、精力をつけておかねば。

 というわけでモリモリ食う。

 他の連中も俺が食うと釣られるようで、食ったり喋ったりしているうちに、だいぶ元気になってきた。

 そうしてふと気がつくと、案内役の少女リィコォちゃんが、部屋の隅に立っている。


「君は食べないのかい?」

「いえ、私はおもてなしをする立場ですので、どうぞお楽しみください」


 というが、物欲しそうに見ている。

 あれは食べたいけど我慢している顔だな。


「俺の故郷の作法じゃ、もてなす側ともてなされる側が同じテーブルで食事をとるのが大切でね、ぜひとも君も一緒に食べてもらいたいなあ」


 というと、一瞬躊躇したようだが、


「ゲストにそのようにおっしゃられては、お、お断りもできませんね、それでは失礼して……」


 と言って、俺の対面に来てもぐもぐ食べ始めた。


「いい食べっぷりだな」

「お客様向けの料理を食べるのは初めてで、すごく美味しいです」

「そりゃよかった。君はあの魔女の部下のようだけど、あまり待遇が良くないとみえる」

「そ、そんな事はありません。偉大なるパーチャターチの御心は私などの知るところでは……、それにちゃんとご飯もありますし、カーネ様のような常連の方もよくお土産をくださいます」

「じゃあ、俺もお近づきの印に」


 と言って、持ち合わせたチョコレートを進呈する。


「これは?」

「チョコレートだよ、知ってるかい?」

「き、聞いたことはあります! よろしいのですか?」

「もちろん、このごちそうの御礼だよ」

「ありがとうございます」


 そう言って、チョコを口に含んだリィコォちゃんはとろけそうな顔で、堪能していた。

 話すうちに気がついたが、この子はホロアのようだ。

 ホロアっぽさが薄いうえに、さっき孫娘とか言ってたので迷ったが、多分そうだろう。

 主人は居るのだろうか、ちょっと聞いてみてもいいかな。


「君は、ホロアみたいだね。主人はパーチャターチなのかい?」


 すると驚いた顔で、


「え、わ、わかるんですか?」

「まあ、なんとなくね」

「あの、祖父が私は普通のホロアじゃないので、時が来るまで内緒にしとけって」

「君のお爺ちゃんが?」

「はい。私、先年なくなった祖父に育てられて、でも本当の祖父ではなくて、私のことは拾ったのだと聞いています。普通のホロアは神殿の卵から生まれるそうなんですけど、私は山の中で見つけたって」


 すると少し離れたところに居たポワイトンの爺さんが、


「ふむ、よく見るとたしかにホロアだな、しかし、何のホロアでもないようにも見える。だがデュースのようなネイキッドホロアでもなかろう、あれはもっと明確にわかるものだ。ではパーチャターチはついに人造のホロア製造に成功したのかね?」


 そう問われたリィコォちゃんは、首を傾げて、


「すみません、パーチャターチは何も答えることはない、私は祖父のギブスロォが拾い育てたもので間違いない、と言っています」

「パーチャターチの言葉は、君の頭に届くのかね?」

「はい、念話だそうです、その、言葉の意味は半分もわかってなくて、そのままお伝えしているだけなので、間違ってるところもあるかも……」


 なるほど、ところで彼女自身は見た目通りの少女なのかな。

 ホロアはある程度の年齢で成長が止まるそうなので、彼女もこう見えて相当な年配で、少女のふりをしてる可能性もあるからな。

 うちのアンだって外見は子供っぽく見えたけど、中身は結構口うるさいおばさんだったもんな。

 まあ、そこがいいんだけど。

 だが、ポワイトンはそこのところには興味がなさそうで、話を戻した。


「ふむ、ではホロアについて、知っていることを少し話そう。まず前提として、ホロアというものは十万年前には存在しなかった、僕が初めて認識したのは二万年ほど前だろうか。エルミクルムという魔力の元、あるいはレプリケータの原料と言ってもいいが、それは特定の条件で自己組織化を始め、まるで生き物のように振る舞うことがある。精霊や竜などと呼ばれるものがそうで、これは十万年前にも居た。だがホロアのように人の写し身として肉の体に転じる存在は居なかったのだ」


 だが、そうした存在を作ろうとする研究はあったらしい。

 エルミクルム開発局というのがあって、竜の研究などの一環で、人のような知性体を作れないかという研究をしていたそうだ。

 スポックロンが抱え込んでいた検体とやらもその一つだという。


「エルミクルム開発局は技術院配下であったが、その崩壊に伴い、現在はノード7、つまりパーチャターチが引き継いでいる。ホロアの出現以降、アレは人造のホロアについて研究していたが、成功はしなかったはずだ。あるいは南極大人ならなにか知っているかもしれぬが、関わりたくはないな。そのお嬢さんは、未分化のままの特殊なホロアなのかもしれないね」


 リィコォちゃんはよくわからないと首を傾げたままだったのでポワイトンは話題を変える。


「ところで、パーチャターチはなぜ僕を呼んだのかね、美人のためなら一肌脱ぐ気できたが、僕はあの二人の治療の交換条件には入っていないではないか」


 俺みたいなことを言ってるな、この爺さん。

 リィコォちゃんは、少し困った顔で、


「ええと、マザーの復元には母体が必要で、スクエールの跡地から回収してもらいたい、とのことです」

「また面倒なことを、そういうことは自分でやりたまえ。そもそもマザーをそのまま復元しても大丈夫なのかね?」

「すぐには行わず、時間をかけて段階的に検証する……そうです」

「ふむ、しかしスクエールはこっぴどく壊れていたからな、あれを使えるかどうかは定かではないが、そういえばメテルオールはどうなのかね、あれの調査をしたほうがよいのではないか?」

「め、メテルオールは……、ええと、あちらは南極大人の管理下にあるので手が出せない、そちらの紳士様を……ってええ、おじさん紳士様なんですか!? すごい、始めてみました、あ、いえ、すみません、話の途中でした、んーと、紳士様に軌道上まで上がってもらって、調査してもらいたい、とのことです」

「ほう、あれの方から依頼を出すとはね、普通は人の方から魔女に人知を超えた望みをかけて挑み、認められたものだけが報酬を得る、という形だったはずだが?」


 そのポワイトンの問に、リィコォちゃんは慌てて、


「そ、そうですよね。おかしいなあ、でもパーチャターチはなにも……」


 念話が届かなくなったのかな?

 胡散臭い魔女だしなあ。


「うーん、まあどうせ行くつもりだったから引き受けてもいいけど、せっかくならなにか頼んでもいいな」

「そ、それがいいと思います。なんと言ってもパーチャターチは古今に比類なき魔女ですから、なんでも叶えてくれますよ」

「といっても、うちにも似たようなのが居るからなあ」

「え、そうなんですか?」

「まあ、貸しにしとくよ。それよりも、宇宙に上がるのに軌道上のバリアとやらが邪魔をしてるんだ。それに関する情報はないのかな?」

「あ、はい、えーと……、バリアの制御装置の一つが、ルタ島というところに落ちているそうです。それを回収して修理するとよいそうです」

「ってことは、宇宙より先にルタ島にいけってことなのかな?」

「それはちょっとわかりません、その、すみません、普段はもっときっちりとした言葉をいただくのですが、今日はどうも……、やっぱり紳士様だから違うのかなあ?」


 と頼りないことをいうリィコォちゃん。

 かわいいな。

 あんな胡散臭い魔女のもとでこき使われるのはもったいない、うちに来てピューパーやフルンたちと楽しく遊び呆けるほうがよっぽど似合ってるだろうに。

 とはいえ、いまは少女をナンパする不審者になるときではなかろうということで、おとなしく手術の完了を待つのだった。




 更に数時間が過ぎた。

 案内人のリィコォちゃんの話では、全て順調らしい。

 デュースの方は、心臓のマッチングを終えて、すでに移植は終わっているとか。

 長く人工の心臓を使っていたので、体に掛かる負担を考慮して時間をかけているそうだ。

 心臓手術とかって血栓ができやすいと聞いた記憶があるが、ここのような高度な技術でも同じような問題があったりするのだろうか。

 それとも、もっと別の次元の問題なのかな?

 そういえばデュースの心臓は古代文明の基準から言えばわりとチープな人工心臓だったらしいけど、ここで作ったものではなかったのだろうか。

 まあ、無事に治りさえすればそれでいいんだけど。


 レディウムちゃんの方は、逆に人工の臓器を移植する手術らしいが、こちらも順調らしい。

 彼女やカーネは、レディウムの母親のウェディウムという人物が作った人造の男性器から生まれた人造人間らしいんだけど、その大本の技術を提供したのはここの魔女なんだそうだ。

 乱用を防ぐために遺伝子にプロテクトが掛かっていて、そのために別の施設では移植できなかったとか、そういう話らしい。

 それでここに来ないと治療できなかったんだな。

 なんにせよ、手術は淡々と進んでいる。

 ミラー88の方も、問題なく進んでいるらしい。

 順調すぎて怖いぐらいだ。

 なんかほら、映画なんかだと味方が治療したり修理したりしてる時に敵襲とかあるじゃん。

 で命がけで守り抜いたら、治療を終えた味方がやってきて敵を追っ払うみたいなやつ。

 敵ってなんだよという気もするけど、幸か不幸かこんな世界の果ての雪山にやってくる物好きはめったに居ないのだった。

 リィコォちゃんによると、


「数ヶ月に一度、噂を聞きつけた人がやってきます。不治の病の家族を助けてくれだとか、王になるための力がほしいだとか、そういう望みを叶えるために、魔女の試練を受けるんです。だいたいは失敗するんですけど、カーネ様みたいな優れた人だけが、望みを叶えます。あの、紳士様は、なにか望みは無いんですか?」

「俺かい? 別にないなあ。だいたい足りてるからね。君はどうだい?」

「わ、私ですか? 私は別に……私も十分なものを頂いているので」

「魔女は優しいのかい?」

「はい、そうなんです、パーチャターチの名を聞くと、みんな震え上がっていたそうなんですけど、私の知ってる限り、魔女はとても厳格で、公正で、そして優しいです。さすがは紳士様、お見通しなんですね」


 と嬉しそうにいう。

 例の魔女も、うちわからは慕われているらしい。

 その言葉を聞いたスポックロンは不満そうだったが、少女に難癖をつけるほど行儀が悪くはないのだった。

 一方、軌道エレベータの運用に関してノード7と折衝していたノード229は、


「ひとまず、軌道エレベータ再始動の許可は取り付けました。あなたが調査に行くという前提で、ですけど。メテルオール、すなわちアップルスターですが、ノード7の計算ではもっと遠くの場所、ラグランジュ点などに廃棄することが望ましいと言っています。そもそも、現在あの場所に安定して固定されていることが異常だとのことです」

「まあ、あんなでかいものがずっと同じ場所に浮いてるんだから、なんか無理してるんだろうな」

「スポックロンの話では、あれは女神と呼ばれる存在が干渉しているそうですが、あなたであれば交渉が可能なのでしょう。ノード7はそこのところに期待してるようですね。彼女の望みはこの星の安定なので」

「ふうん、まあ俺としてもなるべく何もない日常というものを期待してるので、別に反対する理由はないな。どっちにしろあそこには行かなきゃならないし」


 すっかり家の幼女組に溶け込んでるパマラちゃんのことは早めにかたをつけなきゃだめなのだ。

 正直、あまり楽しい場所とは思えないが、可愛い女の子のためなら、骨身を惜しまずがんばるのが俺の魅力だよな。

 しかし、宇宙に上がるのを邪魔しているバリアとやらをどうにかするには、ルタ島に行って制御装置とやらを回収しなきゃならないようだ。

 そうなると、宇宙行きは少し先送りになるなあ。

 ちょっとだけその気になってたと言うか、自分の意志で一時的にサボるのはいいけど、周りにだめだと言われるとやりたくなるようなところってあったりするじゃん。

 今がそういう気分だと言えなくもない。


「そもそも、宇宙に行く方法って他にないのかな?」


 と今更な質問を投げかけると、わが家の地下に広がる古代遺跡の主であるところノード229は、


「私はあくまで軌道エレベータの管理運用が使命なので確認していませんが、いくつか存在します」

「やっぱそうだよな」

「バリアの外側との出入り口は三本ある軌道リングに設置されていました。そのうちの一つがノード229上空だったので、これを利用するのが利便性の面ではもっとも有効でしょうが、こちらはご存知の通り現在利用できません。もし他の出入り口が現在も稼働していれば、多少遠回りですが利用は可能だと思います。すでにスポックロンが調べていると思いますが」


 話を振られたスポックロンが答えて言うには、


「オービタル・ホール、すなわち宇宙との出入り口は十個ありますが、リモートチェックではすべて閉鎖中。現在二つまで個別調査済みです。その結果、一つは制御不能なレベルまで破損、もう一つは修理次第でして保留中。残りのうち一つは現在調査チームを派遣中、ノード229上空のものも含めて残りすべての調査を完了するまで、あと三ヶ月から半年はかかります。その後、修理可能なものがあったとして、一年はかかる可能性があります」

「なかなか大変だな。でもそれじゃあ軌道リングまで上がっても、アップルスターに行けなかったんじゃ」

「アップルスターはあの場所で軌道リングと接続していますので、出入り口を経由しなくても、直接侵入できるであろうという見積もりでした」

「それならバリアが邪魔してないところから上がれば行けるんじゃないのか?」

「バリアは軌道リングを覆うようにはられていますので、正常に稼働する軌道エレベータか出入り口経由でしか軌道リングにも入れません。入れたとしても、軌道リング内の移動の問題もありますし、現実的ではありません」

「難儀だな。まあでも、そんな簡単に出入りできたらバリアを貼る意味がないか。しかし、それじゃあアレだな、もしこの星の連中が自力でロケットとか作って宇宙に行こうとしても、行けなかったのか」

「そうなりますね」


 するとポワイトンの爺さんが、


「過去に何度か軌道上まで人工物を打ち上げたことはあった。むろん失敗した当時の人々は自分たちが何者かに閉じ込められていることを知ったのだ。その後、バリアを破壊しようとする試みもあったが、パーチャターチの干渉もあって、うまく行かなかったようだな」

「そりゃあ、気の毒に」


 と俺がうなずくと、リィコォちゃんが首を振って、


「それは違います、ええと、パーチャターチは段階を踏んで外に出る手段を与えようとしたが、当時の人は耳を貸さず、核兵器? による同時攻撃で制御装置を破壊しようとしたが失敗、電磁……パルスで文明が後退、したそうです」

「そりゃあ、気の毒に」


 とうなずく俺に、ポワイトンが、


「君が元いた文明は、どのような場所だったのかね? 我々の当時の文明を受け入れているところからして、それなりに進んでいたのだろう、ゲートにまつわる問題はなかったのだろうか?」

「俺の故郷にはゲートはなかったんですよ。文明の度合いで言えば、どうにか最寄りの衛星まで人を送れて、核分裂をおっかなびっくり制御して、あとはあなた達よりはだいぶ劣るコンピュータで遊んでるような世界ですかね」

「ふむ、では遠からずゲートが開く前段階だったのかもしれぬな。むろんゲートがこの宇宙特有のものである可能性もあるし、ゲートを制御しうる先行文明が同じ宇宙に居たかどうかも定かではないが、しかし見た限り同じ遺伝子ソースを持つように思える以上、それなりにちかしい世界であった可能性も高いな」


 そんな雑談をしながら、時間は少しずつ過ぎていく。

 さっき妄想したような映画じみた敵襲もなく、幸いなことに、こうして落ち着いて治療が終わるのを待つことができてよかったなあ、などと思っていると、ぼーっと虚空を眺めていたリィコォちゃんが、あっ、と声を上げた。

 いよいよ、なにか起きたのかと思って尋ねると、


「いえ、そちらに関係のあることではありません、久しぶりに新しい来客があったので、お出迎えしないと」

「来客?」

「はい、見たところ、冒険者のようです。たぶん、パーチャターチに望みを叶えてもらおうとやってきたのでしょう。私はそうした方に、パーチャターチに成り代わって試練を与えなければなりません」

「大変だなあ、一人で大丈夫かい、邪魔じゃなければ手伝おうか?」

「え、でも、お客様ですし」

「なに、どうせ大したことはできないが、せっかく俺の家族を治してもらってるんだ、少しでもお礼したいと思うじゃないか」

「それじゃあ、えっと、一緒に来てもらっていいですか。私、見ての通り子供なので、初見の人になめられちゃって、あなたみたいな立派な人が一緒にいるだけで違う……かも」

「よっしゃよっしゃ、おじさんに任せておきなさい。偉そうにふんぞり返るのは得意なんだ。でもボロが出るから、あまり喋らないようにしておくよ」


 というわけで、リィコォちゃんのお手伝いをすることにした。

 彼女の用意してくれた、おそろいの真っ白いローブをまとうと、修行僧か何かのように見える。


「ふふ、おじいちゃんのおふるなんですけど、よく似合ってます」

「そうかい」


 ポーズをとってみせると、リィコォちゃんは嬉しそうだ。

 こういう時に決まって俺と一緒に行動するカリスミュウルも同じ服を着込む。


「貴様だけでは頼りなかろうが」


 などと口では言っているが、内心は楽しそうだ。

 カリスミュウルも紳士だと知ると、


「ええっ!? あなたも紳士様なんですね! 今日は素晴らしい日です、伝説の紳士様に二人もお会いできるなんて」


 リィコォちゃんはすっかり感動していた。

 こんな普通の女の子が、世にも恐るべき偉大な魔女にこき使われてるなんて大変だなあ、と思うんだけど、そのリィコォちゃんも正体がよくわからないのでどうなんだろうな。

 まあいいか、かわいいし。

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