第378話 ポワイトン

 心臓を刺された、などというデュースの衝撃的な告白を問いただしたい気持ちはあったのだが、シェキウールちゃんの件はまだ終わってなかった。

 父親のキンリーは、黒竜会というアレな連中に何らかの方法で洗脳されていたらしく、彼が信者ではない証明と洗脳された経緯を調べるためにしばらく勾留したまま尋問されるのだという。

 担当していた騎士のサットナーは、


「調伏の成功は私も見届けましたし、紳士様のお知り合いとあらば、手荒なことにはならぬでしょう。その、参謀も同行されてますし……」


 と言いかけてから一旦咳払いをして、


「彼の者には今しばらく不自由をかけるでしょうが、ご安心ください」


 と言ってくれたのだが、どうも雲行きが怪しい。

 確認してみると、異端審問官とやらがこの街にやってきているらしい。


「なんかヤバそうな響きだな。大丈夫なのか?」


 と俺が聞くとレーンが答えて、


「決してやばいことはないと思いますよ。そもそも異端と申しましても、女神以外の神、いわゆる旧神を信じていたからと言って罪になるわけではありません。女神は信仰を強制しませんので」

「しないのか」

「はい。言い換えればする必要が無いと言えましょう。一度洗礼を受け、その姿を拝すれば自ずから信仰の心が湧き上がってくるものです」

「そんなもんか」

「そうです。その理屈で言えば、黒竜でさえ信仰の対象とすること自体はなんの問題もないのです」

「ほほう」

「ただ、黒竜会の信者が別なのは、彼らは一様に破壊願望を持ち、国や人種を問わずいたるところで破壊活動を行おうとします。それ故に、取り締まらざるをえない、というのが実情であり、その予防措置として黒竜会信者を見つけ出し勾留する、それが異端審問官の使命です」

「ふむ。しかし気になるな、ちょっと様子を見に行ってみようか」

「はい、ぜひ参りましょう」


 と応接室を出ていこうとすると、ドカンと景気良く扉が開いた。


「ハッハー、デュース! 元気にしていたかね。おやおや、随分とまた肥えたな。主人を持つと、ホロアはそんなにも変わるものかね」


 そう言ってドカドカ入ってきたのは豊かな白ひげを蓄えた長身の爺さんだった。

 一見、骨と皮だけのガリガリに見えるが、全身に精気がみなぎり、貫禄がある。


「あなたこそ若い娘も連れずに一人で出歩くなどとー、随分と枯れたものですねー」

「バカを言っちゃいかん。連れが多すぎてここに入れなかっただけのことだ」


 つかつかとデュースの前まで歩いていくと、その細い腕でデュースの重い体を軽々と抱え上げて、幼児をあやすようにくるくると回り出す。


「ハハハ、君は本当に肥えたな。昔の面影など、微塵もないではないか。よほど良い男に捕まったと見える」

「大きなお世話ですよー、目が回るのでおろしてくださいー」

「せっかくの再会だと言うのに、水臭いことを。そーら、高い高い」

「あー、もう、どうしてあなたという人はー」


 と子供のようにじゃれている。

 デュースにもこんな知り合いが居たのか。

 さすが俺の何十倍も生きてると、俺の知らない側面がてんこ盛りだな。

 ぐるぐると散々回されてから、デュースはどうにかおろして貰えたようだ。


「はあ、まったくー」

「ハハッ、許せ許せ。今ではリースエルのお嬢も、こうして遊んでやることはできんからな」

「してあげれば喜ぶんじゃないですかー」

「ババアはいたわらんとな」

「私のほうが年寄りですよー」

「そんなにムッチリしたババアがおるものかね」


 それだけ言うと、この胡散臭い爺さんは俺に向き直る。


「さて、君がクリュウ君か。僕はポワイトンと申す、一介の老騎士だ。つい旧友との再開に羽目をはずしてしまったが、生来の粗忽者ゆえ、許されよ」


 なるほど、これが噂のポワイトンか、デュースが苦手だというのもわかる。


「はじめまして。デュースの友人は皆、歴戦の勇士で恐縮するばかりです。どうぞご指導ご鞭撻の程を」

「よしたまえ、そういうのは堅物のゴウドン君あたりであれば喜ぶかもしれんが、僕向きではない」

「そうですか、じゃあ、よろしくお願いします、クリュウです」

「うむ、それで、どうかね?」

「どうかね、とは?」

「デュースだよ、数多の騎士たちの思い姫であった魔導師は、今や一人の男の物となった。であるならば僕としては、その感想をかつての同胞たちの墓前に届けてやらなければならんのだ」

「そりゃあもう、実に最高の塩梅で」


 調子の乗って喋ろうとしたら、久しぶりにデュースの杖で、目の前の爺さんともどもガツンと殴られた。


「あなた達はー、何を言ってるんですかー」

「いたた、本気で殴っただろう、デュース」

「あたりまえですよー」


 デュースはウブな乙女のように顔を真赤にしてそっぽを向く。


「ハハハッ、そうかそうか、それでいい。いや、デュースを従えるものはこう言う男であろうと、僕はわかっていたのだ、そうだそうだ、それでいい」


 などと言って、爺さんはひとしきり納得すると、表情を改めた。


「さて、本題は済んだが、ついでに雑用も済ませるとしようか。ところで、娘さんというのはどの子かね? ああ、キミか。もう面会できる頃だろう、会ってくるといい」


 といってシェキウールちゃんを送り出す。

 白ひげのポワイトンは、デュースに向き直ると、指先でひげをピンと跳ねてからこう言った。


「話は半年ほど前に遡る。僕たちは例のごとく南方で黒竜の尻尾どもを探してあちこち探索していた。おもてだった活動がなくなって随分経つが、あちらはこちらと違って未だ不景気でね、追い詰められた人の心の闇に染み入るように、奴らの教義は広がっていく。とはいえ信仰を禁じることはできぬが、狂信がもたらす凶行は防がねばならぬ……」


 そこで爺さんは立派なひげを撫でる。


「とある山中で小さな隠し祭壇を見つけた。古いものだが、わずかに残る香の香りは真新しい。それを手がかりに一人の商人にたどり着いた。どうやら信者どもが儀式に使う香を買い付けていたようだが、調べてみると、このところ素行が怪しい。そこで海を渡ってあとを追い、今こうしてここにいるわけだ」

「それがー、先程の人だったんですねー」

「そうだ。僕も確認したが、軽い呪いと洗脳を受けていただけのようだね。あれならば心配はないだろうが、ここで糸が途切れてしまった」

「あの人は娘を嫁に出すと言っていましたー。そこの所からせめてみるのですねー。それでー、ダークソーズの気配はあったのでしょうかー」

「うむ、問題はそこだ。アレさえ復活していなければ、とどのつまりは暴徒の集まりに過ぎぬ。傭兵くずれの山賊のほうがまだ危険だと言えるが……」

「今回の騒動を見てもー、やり方が稚拙でダークソーズが絡んでいるとは思えませんねー」

「そのとおりだ。それに昔とは治安の質も違う。町中で挙動の怪しいものが出ればすぐに手が回る。やはり、心配はいらぬだろう」

「それを聞いて安心しましたよー」

「うむ。しかし、君はたしかに変わったね。以前であれば、僅かな痕跡でもあれば率先して海を渡ったであろうものを……」

「今の私はー、ただひとつの星の下に生きているのですよー」

「ああ、それでいい。君はすでに十分なことを成し遂げたのだ。それでいい」

「その分、あなたやゴウドンには苦労をかけてしまいますがー」

「なに、こんなものは老後の嗜み、年寄りの冷や水というものだ。僕に任せておきたまえ、ハハハ」

「あなたは昔から年寄りだったではありませんかー」

「はは、君も痛いところをつくな。それよりも、もうすぐ試練に出るのだろう。あれは手強いと聞いているが」

「そうですねー。その前にやることができてしまいましたがー」

「うん? なんだい」

「パーチャターチに会わねばなりませんー、私はー、大切な約束を忘れていたのですよー」

「あの横着な魔女はまだしぶとく生きているようだね、まったく図々しい」

「あの人は死など超越した存在ですよー。その寿命は太陽にも等しいとうたわれたのですからー。それを言うならあなたも大概ですがー」

「お互い、年のことに触れるのはやめようじゃないか、僕もなんだか急に老け込んだ気がするよ」


 そう言って立派なひげをふたたび指でピンと跳ね、


「さて、名残惜しいが、何かと忙しいので、今日のところは失礼する」


 立ち去ろうとするポワイトンをデュースが呼び止める。


「ああ、ちょっとまってくださいー、大事なことを忘れてましたー」

「ふむ、なんだね?」

「カーネがあなたに会いたいと探しているんですよー」

「カーネというと魔女の娘か、久しぶりに聞く名だな。はて、何の用事かな? あの娘は母親に似て面食いだから、デートのお誘いかもしれんな」

「それはないと思いますよー」

「それは残念だ」

「ウェディウムの娘、レディウムに関することで聞きたいことがあるそうですよー」

「ほう、ではついに解決方法を見つけたのか」

「そうですねー、今のカーネはパーチャターチの庇護下にあるようですがー、それがらみであなたに会わねばならぬとかー」

「ふむ……」


 とポワイトンは眉間にシワを寄せる。


「さて、どうしたものか。では僕もパーチャターチに会わねばならぬか。面倒だが、致し方あるまい。しかしあれの住処ははるか北の大地だ。ちと厄介だな」

「それなら大丈夫ですよー、うちの主人が空飛ぶ乗り物を持っているのでー」

「空を飛ぶ?」

「そうですよー、遺跡から出てきたものなんですがー」


 そこまで話したところで、スポックロンがローンと一緒に戻ってきた。

 父親について、釈放の手続きをしてくれていたのだ。


「ご主人様、あの父親は一旦釈放されて、そのまま病院に入るそうです。見かけ以上に消耗している様子で……」


 そこまで言ったところでポワイトンと目が会い、一瞬固まったあとにこういった。


「なんですか、このジジイは」


 いきなり失礼なことを言うなあ、と思ったらポワイトンの方も、


「君こそなんだね、そのはしたない姿は」

「大きなお世話です、あなたいつからそうなんですか」

「僕は昔からこうだよ。君こそなんだ、そのプリモァの出来損ないみたいな」

「上位互換と言ってください」

「自分で言うやつがあるか。呆れたものだな、君は彼の従者になってしまったのか」

「そのとおりです。あなたこそ彼を見てなんとも思わないんですか?」

「僕はとうの昔に自分を書き換えてしまっているからね。なるほどアレはこういう仕組みだったのか。いやしかし参ったね、まさかノード18がこんな事になっているとは」

「ノード9も先日我が主人の魅力の前に陥落したところですよ」

「ほんとうかね、あの土いじりしか楽しみを知らぬ変人が? まったく信じられんことだな」


 そう言ってため息を付いてから、ポワイトンはこちらに向き直る。


「まさかノードを従者にする人間がいるとは思いもしなかったよ、そうであるなら自己紹介をやり直そう。僕はかつてノード8と呼ばれていたこの星の基幹システムの一部だ。訳あってセマンティクスのみの体で、何万年もこうして人のふりをして生きてきたのだ」


 と言った。

 そうかあ、ノードってやつは男にもなれるのか、という点での驚きはあったが、もはや何が来ても驚かないぐらいには、俺もいろいろ慣れてきた。


「ふむ、驚く様子もないな。君はただの紳士というわけではないのかな」

「わが主人は伝説の放浪者で、異なる宇宙から時空を飛び越えてやってこられたんです、あなたこそ驚きなさい」

「実在したのかね、なんとも信じがたい話だが、真実ならたしかに驚きだな」

「南極大人でさえも、放浪者の呪縛からは逃れられぬ様子でしたからね」

「あの小娘にも会ったのか、アレには僕もノード7もずいぶんとやり込められたものだが。ついでだからばらしてしまおう、かの自称晴嵐の魔女ことパーチャターチは、僕同様、ノード7が人の姿に転じたものなのだ。どうだ、今度こそ驚いたかね? 驚かぬか、そうか、まあべつに驚かせるために内緒にしていたわけではないが、あまりに反応が淡白だと、いささか拍子抜けだな」


 とすねてしまった。

 やっかいな爺さんだな。

 しかし例の魔女もノードだったのか。

 古代パワーをフル活用できるんだとしたら、すごい力があったり巨大ガーディアンをこき使ったりしてたのもうなずけるな。

 でも、基本的にノードは非干渉なんじゃなかったっけ?

 ずいぶん人の社会に影響を与えているように思うが。

 そこのところを尋ねると、


「ふむ、それについて語れば長くなるが、僕もあの晴嵐の魔女もやり方は違えど目的は同じ、黒竜の復活を防ぐことだ。十万年前のゲートの暴走のことは知っているかね?」

「軌道上のゲートが爆発したとかいうやつですか」

「そのとおりだ。ゲートというものは理論上、近傍の文明の持つ情報量の過多によって影響を受けると言われている。その情報を黒竜に食われることによって状態を維持できなくなったゲートが相転移を起こし、その時の余剰エネルギーが衝撃波となって地上を半壊させた、と我々は見ている。これはかの南極大人も同意見だ。そして理論上はもう一段階相転移が起こり、あの災害が起こる可能性がある。そこで我々は再び黒竜が現れないように、この星系の情報ポテンシャルを一定の範囲内で維持するために、こうして人の社会に干渉することを選んだのだ」

「ははあ」

「気の抜けた返事だな、このことの意義がわかっておるのかね」

「いえあんまり」

「ふむ、まあそうかもしれん。とにかく、また星がぶっ壊れたら困るから、黒竜を呼び出すような真似はやめようね、ということだ」

「具体的には?」

「空間の保持する情報量が急激に増えると奴らはよってくると言われている。だからむやみに遺跡を動かすような真似はよくないのだが、ノード18、君はまた無節操に動かしているのだね」

「スポックロンとお呼びください。しかし遺跡と言っても、現在でも地上のあちこちでインフラ系の設備はうごいているではありませんか。どの程度なら危険ということになるんです?」

「南極大人は、化学エネルギーのオーダーまで抑えるべきだと考えていたようだが、八万年ほど前には核融合レベルまで発展したこともあるし、それでは理屈が合わないと考えている。あるいは別のファクターがあるのかもしれないが、安易に検証するにはリスクが高すぎてね」

「ならば当面問題はないでしょう、現状では生産プラントの一部を可動しているだけですから」

「そういえば、船で海を渡っているときに、海上を泳ぐ小型ガーディアンを何体も見つけたぞ、どこかから漏れたのかと思っていたが、あれは君の仕業かね」

「あの子達はすべて主人の従者として自由を得た後に、自らの意思で大洋に漕ぎ出したのです。彼女らの旅路に平穏あれ」

「のんきなものだな、まあよい。同行することは了解したが、僕にも都合がある。三日の後に落ち合うとしよう」

「では私どもの屋敷まで来なさい。ついでなのでお連れしましょう」

「せいぜい立派な船を用意してくれたまえ、では諸君、さらばだ」


 といってなんか古代遺跡だったポワイトンじいさんは去っていった。

 デュースをみると、こちらもあまり驚いていないようで、


「ははあ、彼はスポックロンと同じ人形のたぐいだったんですねー、どうりで変な爺さんだとは思ってたんですがー」

「驚くよな」

「そうですねー、まあ私の師匠も実は女神様だったようですしー、それに比べればまだマシな方じゃないですかねー」

「そういう見方もあるか」


 しかしまあ、十万年もの間遺跡が生きてる以上、ああいう形で維持したり干渉したりする連中が居てもおかしくはないんだよな。

 それがたまたまデュースの知り合いだったってだけで。

 たまたまじゃないのかもしれんが、まあどっちでもいいだろう。

 それよりも大事なのはシェキウールちゃんだ。

 なんか父親に、俺の従者になりたいって言ってたそうだけど、いくらその場のがれの言い訳とはいえ、思ってもいないことがとっさに口から出ることはないだろう。

 つまり非常に高い蓋然性をもって脈があるといえるはずだ。

 名探偵が言うんだから間違いあるまい。

 というわけで、彼女を探しに行ったら、両親と一緒に病院に移動したあとだった。

 つれないなあ。

 途中まで同行したミラーによると、何度も頭を下げて、よろしくお伝えください、後日改めてお礼に伺います、などと言っていたそうだ。

 まあ、あんな事があって気が動転してるだろう。

 弱みに付け込むような真似はせずに、フェアにナンパし直すとしよう。




 それから、二日が過ぎた。

 シェキウールちゃんが母親とともに、先日のお礼にやってきた。

 父親の方は、まだ入院中だ。

 呪いとやらが具体的にどういうものかわからないが、薬漬けで洗脳されていたような状態らしい。

 洗脳といえば、大学に入ったばかりの頃、寮の先輩から新歓と称したビデオ上映会みたいなのは宗教の勧誘だったりするから気をつけろよと釘を差されたことがあるなあ。

 当時から面倒なことに関わるのは嫌いだったので近づきもしなかったけど。

 まあ、それはそれとして、シェキウールちゃんの母親は、顔立ちこそプリモァらしい細面の美人系だが、その顔が乗っかってる体の方はむっちりしてたくましい。

 さすがは海の女って感じだ。

 その頼もしいシェキウール・ママは手土産に担いできた酒瓶を渡しつつ、こう言った。


「やあ、あんたがサワクロさんかい、先日は礼の一つも言えずじまいですまなかったね、まさかうちのがあんなことになるだなんて、あれ以上の衝撃は海の上でも一度も経験したことがないってもんさ、いや本当にあんたのおかげで助かったよ。それにしてもサワクロさん、あんたチェスを商ってるんだって? 若いのに目の付け所がいいね、とかく贅沢な世の中じゃ、嗜好品や贅沢品が一番だが、生物はリスクも多いし、宝石のたぐいは元手がかかるし投機の面も強いからね、その点チェスなら細かい商いから大きく育つってもんだ。ま、それ以上に安定してるのがあるとすれば教会絡みの商売だね、うちみたいなお香の輸入は、しっかりとコネさえ作れば安心……のはずだったんだけど、まさかあんな恐ろしい奴らが客に居たとはねえ、今回ばかりは自分の未熟さを思い知ったよ。それに引き換え、あんたは随分としっかりした商売をやってるようだ。なにね、こんな事があったらかわいい一人娘を残してるのが心配になるだろう。学問をやってると言っても商売じゃなくて絵なんぞやってるもんだからどうしたもんかと思っていたが、あんたの従者には商品作りをやる職人も居ると言うじゃないか、そこにあと一人ぐらい若い娘が増えても、あんたの器量なら大丈夫じゃないかと、むろんこの子も乗り気でね、じゃなきゃあ、冗談でも人様の従者になるなんて言うものじゃないだろう、もちろん、うちの人も大賛成ってもんでね。そんなわけだから、一つどうだろうかね?」


 ボリュームの有る声で、シェキウール・ママは一気にそこまでまくし立てる。

 当のシェキウールちゃんを見ると、耳まで真っ赤にしてうつむいている。

 かわいいなあ。

 彼女との関係を省みるに、彼女が俺を気に入るきっかけなんてあったのかなと言う気はするんだけど、まあ、ピカッと光るぐらいで従者になっちゃうよりは、もうちょっと打算的な側面もないとは言えないし、そもそも、こんな機会を逃す俺ではない。


「わかりました、若輩の身ですが、主人としてできる限り彼女の支えになりましょう」

「そうかい、そうやって気持ちよく引き受けてくれて嬉しいよ、いや、よかったよかった」


 というわけで、母親公認のもと、血の契約を交わしてシェキウールちゃんは従者になってしまった。

 大事なのはゲットすることなので、ナンパのプロセスは可能な限り簡単な方がいいに決まっているのだ。


「よ、よろしくおねがいします」


 白い肌を真っ赤に染めたままのシェキウールちゃん、いや従者にちゃんづけはないな、シェキウールはさすがは我が従者だなと惚れ惚れするほど可愛い。

 今すぐ本格的な契約の儀式に取り掛かりたい気持ちでいっぱいだったが、母親も居るのでまあしょうがあるまい。

 親御さんも一緒に歓迎の宴の一つも開こうと思ったが、シェキウール・ママは亭主のことが気になるからと言って帰ってしまった。

 それじゃあやっぱりアレをナニして、と思ったら、入れ違いに物陰から見守っていたサウが飛んでくる。


「おめでとうシェキル! ありがとうご主人さま! きっとあなたなら私達とうまくやれると思うわ、あなたが来ない間にも、色々と準備してたのよ。新しい出力見本もたくさん届いてるし、それから……」


 と言ってサウはシェキウールを引っ張っていこうとするが、新人従者のシェキウールは流石に遠慮しているのか許可を求めてこちらを見る。

 無論、俺は素晴らしい主人なので、二つ返事で彼女を送り出した。

 二人は手を取り合って、地下の工房に飛んでいってしまった。

 あの調子じゃ、ご奉仕はだいぶ先かもしれんな……。




 話は少し前後するが、コンザから戻った日の話だ。

 デュースから、彼女の心臓の話を聞いた。


「細かいところはー、私もうろ覚えなんですけどー、アレはちょうど五百年前のー、カーネの母親であるマーネ達と一緒に黒竜会退治に精を出していた頃の話ですねー」


 当時、黒竜会の拠点は南方のデール大陸だったが、その時は逃亡した神官を追いかけて、こちらの大陸の遥か北の果て、氷の大地にそびえるペナルーズ山まで行ったのだとか。

 そこで追い詰めた神官のダークソーズ、これは黒竜会の神官の呼称で、みんなこの名前で呼ばれているそうだが、


「彼らは特殊な術で転生してー、記憶も共有しているとかでー、何度倒しても蘇ってくるんですよー」

「ほほう、やっかいだな」

「その時のダークソーズも非常に強敵でー、私とマーネはどうにか追い詰めたもののー、私は敵の突き立てたナイフを心の臓にくらい絶命した……はずなんですよねー」

「でも生きてるよな」

「そうなんですよー、その前後の記憶が曖昧なんですがー、どうやら晴嵐の魔女ことパーチャターチの力で心臓を作り直してもらったー、とかなんとか言っていたような気がするんですよねー」

「曖昧だな」

「そうですねー、そもそもさっきまで綺麗サッパリ忘れてましたしー」

「ふむ、そんな重要なことならそうそう忘れんと思うが。そういえば先日のファーマクロンも、人形師たちの記憶を消すとか言ってたよな、例の魔女が同じノードなら、そうした処置を施してたんじゃないか?」

「そういう可能性もありますねー、いくら最近物忘れが激しいと言ってもー、さすがに命に関わるようなことはー」

「それはどうかわからんが」

「むう、とにかくー、その時にパーチャターチはー、時が来ればお前の心臓は復活する。それまでは預かっておく、とか言ってたはずなんですよー、たぶん」

「たぶんか。それで今がその時だと思うのか?」

「わかりませんけどー、従者にとって主人が試練に望む時に万全であることがもっとも重要な時だと言えるのではないでしょうかー」

「まあ、そういう理屈はわからんでもない」

「ですよねー」


 という感じで、要するに晴嵐の魔女のところに行って、本物の心臓を返してもらおうという話なのだった。

 ついでに緑のお姉さんことカーネや、賢者とか呼ばれてるらしいレディウムの用事も一緒に済ませてしまいたいとまあ、そういう予定だ。

 すでにノード229のセマンティクスには連絡を入れて話はつけてある。

 当日はカーネも例の祠で待っているはずだ。




 で、出発の当日。

 せっかく従者になったシェキウールとは一晩だけ従者らしいことを堪能したんだけど、その後は学校に行ったり地下にこもったりでほとんど顔も見てない。

 サウと同じタイプだと思えばさもありなんという気はするけど、もうちょっと相手をしてもらいたいものだなあ、と思ったものの、残念ながら例のポワイトンという爺さんがやってきてしまった。

 商売女っぽいのを何人か侍らせていて貫禄がある。

 俺は最初に捕まったのが神職にあるアンだったせいか、そちら界隈の女性とお近づきになる機会がなかったんだよな。

 人生の先輩として色々教わりたい気もするが、もはや女房も従者もてんこ盛りの立場では叶うまい。

 ポワイトンは連れの女性を引き取らせると、腰にサーベル一つを帯びた身軽な格好でこう言った。


「やあやあ諸君、またせたね。だが僕としてもかわいこちゃんたちをいつまでも待たせるわけにはいかない、さっさと用事を済ませてこようではないか」


 いい気なもんだな。

 こちらのメンツはいつもの戦闘組に、エディとカリスミュウルがくる。

 エディはすっかり怪我は治ってるっぽいんだけど、まだ療養中と言い張っているようだ。


「一度サボりぐせがつくともうだめね、団のみんなには引退の予行練習だと思ってもらうわ」


 などと言っている。

 あとはレアリーがついてくるそうだ。

 仕事に精を出すのかと思ったが、まだ始めたばかりで忙しくもないし、何より伝説の晴嵐の魔女に会えるかもしれないと聞いて、はしゃいでいた。


「デュースが雷炎の魔女というだけでも驚きなのに、赤光の騎士や緑花の魔女の娘もいると聞いては、行かないわけには参りませんわ、おほほ」


 ミーハーだな。

 同じノリでフルンたちもはしゃいでいる。

 今回はシルビーもついてくるんだけど、最近一緒にいてもほとんど目立たないのは、うちのファミリーに溶け込んでるからなんだろう。

 船に乗るべく森の方まで移動すると、見たことのない船が待っていた。


「超豪華クルーザー、ハイスビーデンです。かつて惑星連合各国の首脳をお迎えした際に使われた船の同型機で、本来であれば国賓に対して使うものですから、貧相なジジイにはもったいないところですけど、偉大なる我が主人の前では人もノードもどのみち有象無象の塵芥に過ぎぬものですから、遠慮せずに乗せて差し上げようと……」


 などとスポックロンがふんぞり返って言うので、一応たしなめておく。


「スポックロン、そういうノード同士の内輪コントは第三者が聞くといかがなものかと思うぞ。何より彼はデュースやリースエルの友人だ、もう少し上辺だけでも体裁をだな」

「ご主人様、そのおっしゃりようではフォローになっておりませんよ」

「そうかな?」


 するとポワイトンが笑いながら、


「ははは、紳士といえども、家庭を持つと男は同じだな。その点私のように商売女とだけ後腐れなく付き合うのは身軽で良いものだよ」


 などと言っていた。

 まあ、ノードの倫理観はよくわからん。

 ハイスビーデンという船は、見た目はリッツベルンと同じ球型だが、かなり大きい。

 超豪華クルーザーというだけあって、中には豪華な客室やシアター、プールなどもある。

 ここに住めばいいのでは、という気もしたが、まあ後日検討するとしよう。


 最初の目的地である、レディウムちゃんの住む祠は、近いだけあってあっという間に着く。

 と言っても普通に移動すると二、三日かかるんだけど。

 祠では、緑のお姉さんカーネが待っていた。


「ようこそ、皆さん。ポワイトンのおじ様もお変わりなく。かれこれ三百年ぶりかしら」

「うむ、そんなになるか。君も母親に似て美しくなったな。良い男の一つもできたかね?」

「この件が片付いたら、探してみましょう。さあ、どうぞ、中でレディウムも待っています」


 中に入ると例のごとく遺跡になっているのだが、真っ白い部屋の中央では、レディウムちゃんが大きなベッドに横たわっていた。


「すまんな、紳士殿、それにみなもよく来てくれた。このように横たわった格好で申し訳ないが、いささか融通の効かぬ体なのでな」


 レディウムちゃんは具合が悪いのではなく、ここを離れるために、移動可能な生命維持装置一式を備えたベッドに移っているそうだ。

 そのとなりでは、ガーディアンの格好をしたノード229が控えている。

 そのノード229はひとしきり挨拶したあと、ポワイトンの前に立ち止まり、


「あら、本当にノード8なんですね、随分と干からびた外見ですが、そんな格好で歩いていては、焚付にでも使われてしまうのでは?」


 などと言っていた。

 やはりノードという連中は皮肉抜きでは会話しないらしい。


「いい気なものだね、ノード229。君もノード7ことあのくされ魔女のところに出向くのかね?」

「レディウムを無事に送り出したら、こちらにのこって後始末をした後に、ノード229本体の再起動にかかる予定です」

「ふむ、だがそれならばやはり君もノード7に会ったほうがいいだろう。なんせ今は国務院の権限がアレに移譲されているからな」

「ノード1はどうしたのです? ノード9は連絡がつかないとしか言いませんでしたが」

「あれも権限に厳格だからな。ノード1は壊れたよ、1から6は全滅だ。よって君たち国務院配下の軌道管理局は内務院長官たるノード7の管理下にある」

「面倒ですね、頑固一徹のノード7に比べれば、ノード1のほうがまだマシだったのですが」

「似たようなものだと思うがね」

「私のようなバックアップも効かなかったのですか」

「一桁代は特別でね、マザーにしかバックアップがなかったのだが、スクエールもアクオールも同じくやられてしまった。唯一残っている可能性のあるグランダールがあれば、再現は可能だろうが、ノード7が調査権を独占しようとしていてね。そのことでも、少し文句を言ってやろうと思っているのだが」

「あら、ご存じない。マザー・グランダールは先日この国の都に落っこちてきましたよ」

「なんだって!? 僕は聞いてないぞ」

「おやおや、随分と嫌われているのですねえ、商務院長官殿はお友達がいらっしゃらない様子」

「なんということだ、しかしあの時の落下物は黒竜に取り憑かれ、デュースたちが討ち滅ぼしたと聞いている。ではマザー・グランダールもすでにないのか」


 すると黙って聞いていたスポックロンが、再びふんぞり返ってこういった。


「わが主人がついていたのですよ、そのようなことがあるはず無いでしょう。すでにグランダールのバックアップは我々が保護しております。もちろんその時点ではまだ私はいませんでしたが、聡明なるわが主人は、ノード7であるそのなんとかの魔女からの要求を退け、今も厳重に保管しております」


 マザーを取り込んだミラー88は、何かあったら困るので、内なる館でじっと待機してるんだよな。

 さっさとマザーとやらを復活させて、開放してやりたいところだ。


「ふむ、そのようなことになっていたのか。やはり放浪者というのは大したものだな。どうりであのノード7が後手に回っているようにも見えたのだが、相手が悪いというわけか、いやこれは滑稽。はやくあのハリボテヅラがどう変わるのか見てやりたいものだ」


 などと言っているノード連中をほっといて、俺はレディウムちゃんに話しかける。

 未完成の人造人間のようなもので、機械の助けなしには生きられない彼女だが、地元の民からは賢者として崇められる知性の人だ。

 俺などの想像もつかない精神的境地に至っているのだろう。

 と思ったら、浅黒い顔をほんのり染めて、はしゃいでいた。


「ふふ、この体はいつもにも増して不便ではあるが、この地を離れて遠い異国まで旅をするというのだ、はしゃがずには居られまい。ああ、このような心持ちで何かを期待する、ということは長い人生の中でなかったことではなかろうか」


 などと言っていた。

 まあ、世の中を楽しめる人間は強いんだよなあ。

 無駄話を切り上げて外に出たノード229が地面に着陸できずに空中に浮かんだままの超豪華クルーザー、ハイスビーデンを見上げて、


「大きめの船を頼むとは言いましたが、また随分と無駄にでかいものを持ってきたようで。とにかく、レディウムを乗せて、こちらのシステムと同期させておきましょう。このベッドは一ヶ月程度は独立稼働できますが、万が一ということもあります。調整に一時間ほどいただきたいので、あなた方は適当に無駄話でもしておいてください」


 そう言ってベッドに横たわるレディウムちゃんと一緒に、小型の船でクルーザーの方に移動してしまった。

 もしかして見栄とかあてつけではなく、レディウムちゃんを受け入れるためにゴージャスな船を用意したんだろうか。

 スポックロンにかぎらず、あの連中はなに考えてるかほんとわからんからな。

 あとに残ったカーネが、俺をもてなしてくれるらしい。


「ポワイトンのおじ様は両親の友人ということで以前何度かお世話になったことがあったのですが、あの人も人間ではなかったのですねえ、まあそんな気はしていましたが」


 そういうカーネ自身、謎の技術で作られた人造人間だそうで、すでに五百年も生きている。

 なんか俺の周りってそういうの多いよな。

 この世界でもまれな存在だと思うので、やっぱり俺が引き寄せてるのかね。

 獣人でさえ、本来は希少種らしいからな。

 まあ、考えたら負けなのかもしれん。

 生身で別の宇宙から飛んでくるようなやつもいるもんな。

 うちの家族で数少ない普通の人間と呼んで差し支えないであろう新人商人従者のレアリーは、商魂たくましくカーネとお近づきになっていた。


「ペンドルヒン商工会の重鎮とほまれ高い緑の導師さまとご一緒できるとは光栄ですわ、おほほ」


 などと図々しくやっている。


「私も長い間魔界中心に活動していたのですが、この件に片がついたら、また商売にせいをだそうとおもいます。最近はペンドルヒン以外にも薬を扱う業者が各国に出てきていますし、ここいらで一つ攻勢をかけないと独占にあぐらをかいた商売は、立ち行かぬものですからね」

「たしかに、つい先年も、スペツナの都に国の資本で大きな薬問屋ができて話題になったものですわ」

「噂には聞いておりますが、医療は国力にも影響するものですから、本来、他国に独占されるのを嫌うのです。それをなし得たのはペンドルヒンの秘密主義のおかげだったのですが、こうした技術は隠し通せるものではないのでしょう。はるか昔は、おおっぴらにはできない方法も使ってきたようですが、流石に近年では教会の圧力もありますし、そういうわけには行かぬもの。ペンドルヒンでも今後の展開を考える時期に来ているのでしょう」

「ところで、私は従者の末席に加わって日が浅く、古代の叡智に詳しくないのですけれど、聞きかじっただけでも優れた医療技術などが今も残っているとか。今回の旅の目的もそれに関することだと聞いております。あなたはそれにかかわる技術を、お国の方にもたらしていらっしゃるのかしら」

「良いところに注目されるのですね、無論それができれば我が国にとって非常に有利となるのですが、実は例の晴嵐の魔女との契約があり、古代の叡智にまつわることは、他に広めてはならぬと言われているのです」

「まあ、なぜですの?」

「なにやら、古代の大災害にまつわることらしいのですが……、それに引き換えあなたの主人は、そうしたしがらみに縛られず、自由にそれらを使役していらっしゃるご様子。さすがは偉大な紳士様ということなのでしょうねえ、羨ましい限りですよ」

「おほほ、私も日々驚くことばかりでして、しがない一商人の身から突然紳士の従者となって、まるで地に足がつかぬ毎日なのですけど、そんな有様では商人として成り立たぬものですから、どうにか地にへばりつこうと模索しておりますわ」

「そうでしょうねえ、商人にとって、浮足立って我を忘れることはもっとも忌むべきこと、とはいえあなたの立場でそれをなさるというのは実に困難なことでしょうね」


 などとどうでも良さそうなことを話している。

 たぶん商人同士らしい、ジャブの応酬なのだろう。

 カーネは海千山千の古強者といっていい人物で、俺のような上っ面だけのナンパ野郎が相手をするのは荷が勝ちすぎるので、レアリーに任せたほうが気が楽だな。


 かわりにフルンたちと遊んでいたシルビーに声をかけてみる。

 なんかすっかり育ちのいい女学生ぐらいに落ち着いてしまったシルビーは、最近は楽しく剣の修行や学問に明け暮れているそうだ。

 寮を出て部屋を借りるようなことを言っていたはずだが、どうなったのか聞いてみると、


「もともと私は貴族向けの部屋を使っていたのですが、これの維持費が随分と高く、かと言って庶民向けの安い部屋は空きがなく、それならばアパートのほうが良いだろうと考えていたのですが」

「ふむ」

「ちょうど先日、寮に一つ空きができてそこに移れることになりそうでして」

「ほう、なんでまたこんな時期に」


 というとシルビーは苦笑して、


「女生徒が一人、とある紳士様の従者になって、そちらに移ったそうですよ」

「ああ、そういうのね」


 何のことはない、シェキウールのことだった。

 しかし、貴族向けの部屋から庶民向けの部屋に移って、陰口をたたかれたりしないのだろうか。

 まあ、するんだろうなあ。

 健全なあしながおじさんとしてはそんな世間の荒波から守ってやりたい気持ちでいっぱいだが、俺もたいがい、無力だからな。

 などと考えていると、シルビーが首を傾げて、


「どうかしましたか?」

「うん? いやね、今度の目的地は人も住んでない北のはてらしいから、うまいもんもないだろうなあ、と思ってね」

「しかしペナルーズ山といえば、大地の途絶える北のはて、冥界からの風が吹きやまぬ氷の世界などと物の本にもあります。しかも晴嵐の魔女と会えるかもしれぬとなると、胸が踊ります」


 などという。

 若い子はロマンがあっていいねえ。

 そろそろ出発の時間かなと様子を見ていたら、麓の村に続く道を、誰かが登ってきた。

 みると以前世話になったドラゴン族のホロア、ラケーラだ。

 ビキニっぽい格好に野生じみたマントと、大きな尻尾が魅力的なむちむちネーチャンだ。


「おお、紳士殿、それに皆ももうついておったか」


 彼女が来ると、フルンたちが喜んで飛びついた。

 同じドラゴン族であるオーレは特に彼女を慕っているので、久しぶりの再開を喜んでいた。

 ラケーラは麓の村に、しばらく不在にする旨を伝えにいってたらしい。

 レディウムは賢者として崇められているそうだから、かってに居なくなったらみんな心配するだろう。


「オーレ、いっぱい修行した、もう前みたいに不覚、とらない」

「ふむ、そのようだな、所作に自信が溢れている」

「自信、ある、増長、ない、丁度いい」

「うむ、良い心がけだ」


 次にライバルらしいクメトスに声をかける。


「しばらくだな、クメトス殿」

「ラケーラ殿こそ、おかわりなく」

「うむ、ところでそちらの魔族の御仁は、初めてお目にかかるが、さぞ名のある武人とお見受けする」


 クメトスと一緒にいた魔族騎士ラッチルのことだ。


「先ごろ、私どもの同輩となったラッチルです、彼女は魔界でも屈指の騎士、手強いですよ」

「そうと聞けば腕が鳴るが……、私も以前より、少しは成長したので、大事の前にやんちゃをするわけにはいかぬでござるな」

「おや、それは残念。とはいえ今回の目的地は北の魔女、ラケーラ殿はご存知で?」

「うむ、あれはなんとも言えず恐ろしい存在だ。使役する巨大なガーディアンもそうだが、何より当人がもっとも恐るべき力を秘めている。もし交渉がうまく行かぬ場合は、我が身にかえても導師殿をお守りする所存だが、貴殿らが共にあると思えば、勇気も百倍万倍といえるな」

「無論、我らの槍にかけて、必ずや主人を守り抜く覚悟ですよ」

「それはたのもしい」


 などと物騒なことを言っている。

 やがて、出発の準備ができた。

 ここから一旦、地上に出て、しかるのちに北のはてを目指すのだ。

 さて、どんなやつがいるのかな。


 数千キロの旅ともなれば、いかにすごい飛行機といえども多少は時間がかかるものだが、レディウムをはじめ、初めての空の旅を堪能してもらうべく、比較的のんびり、数時間かけて眺めのいい高度を移動しているようだ。

 まあ、俺もよほどのことがない限りスポックロンの判断にケチはつけないことにしている。

 あんな性格なので誤解されやすそうだが、ああ見えて彼女の判断は結果だけ見れば倫理的にも合理的にもおおむね優れているように思えるからだ。

 それでなくても、基本的には従者に丸投げなんだけど。


 クルーザーの上層部は外から見ると白い壁だが、中はデッキになっていて外の様子がよく見える。

 プールなんかもあってフルンたちは水遊びに興じていたが、俺は無駄に柔らかいソファでのんびり酒など飲んでいた。

 酒の相手はカーネだ。


「ところで、例の魔女のところに行って、何をすればいいんだ? うちもデュースの心臓を治療してもらうつもりなんだが、ただじゃないんだよな?」

「実のところ、わかりません。あの魔女は頼み事をすると、試練と称して課題をぶつけてきます。何かを見つけてこいだとか、どこそこの水害を鎮めろだとか、凶悪な魔物を倒せだとか、そういったたぐいです」

「そりゃまた何のために?」

「当人は何も語りませんが、世界秩序の維持を目的としているのではないでしょうか」

「しかしノードなんだろう、そんな殊勝なタマかね?」

「ノードというのは、レディウムとともに居た、あのガーディアンのことでしょう。たしかにあの魔女は人形のような、しかもかなり無骨な人形の外見をしていましたが、噂では肉体の朽ち果てた古の魔女が、その魂を人形に封じているのだとか」

「細かいことはわからんけどな、それじゃあ、レディウム嬢の体を治すために、君は依頼を受けてきたのか」

「ええ、はじめは簡単なものから、徐々に難解なものへと、随分とこき使われてしまいましたが、最後の依頼が、ポワイトンのおじ様を連れてくることだったのです」

「ふうん」


 そのポワイトンは、デュースらと酒を飲んでいる。

 ああしてみてると、ただの女好きの爺さんなんだけどな。

 しかし例の魔女がゲームのお使いイベントキャラみたいな趣味の持ち主だとすると、デュースの心臓の件でも難癖をつけてくるかもしれない。

 なるべく楽な方法で解決したいところだ。

 一方、もうひとりの当事者であるレディウムは、ミラーやノード229に付き添われ、先頭の展望スペースに居た。

 ここからだと周りの様子がよく見える。

 グラス片手に近づいてみると、レディウムは目に焼き付けるように世界を堪能していた。


「おお、紳士殿。美しいものだな、こんな美しいものが、ずっとここにあったのだな」


 そう言ってしばらく言葉に詰まる。


「色彩と造形が、奇跡のように調和している。神はどのような意図を持って、このような世界を作りたまわれたのか。聞けば黒竜の使徒は、この世界を滅するために長く暗躍してきたとか。書物を通してしか世界を知らなんだ私には、世界を壊す意味も守る意味も、実感がわかぬものであったが、こうして目の当たりにするとわかる気がする、たとえそれがどのような衝動であっても、この世界に関わり続けたいと、思うに違いあるまい」


 筋金入りの引きこもりだったレディウムちゃんには、刺激が強すぎたのだろう。

 あとに続く言葉はなく、無言で世界を見つめ続けていた。

 そんな様子を少し離れたところから見守っていたカーネは、


「こうして彼女を連れ出すことができて、長年の苦労が報われた気持ちです。あとはどうにか彼女の体を治すことができれば……」


 それを聞いたラケーラが、


「大丈夫だ、導師の苦労のほどは、私がよく知っている。それが報われぬはずがあるまい」

「ありがとう、ラケーラ。あなたのおかげで、最近の私は随分と救われていますよ」

「それはもったいない言葉、騎士冥利に尽きる」


 カーネも苦労してるんだろうが、ラケーラも昔の記憶を求めて旅をしてるんだったか。

 みんなよくわからない理由で苦労してるよなあ。

 一方、あんまり苦労してなさそうなポワイトン爺さんがやってきた。


「諸君、良い眺めではないか。かつて何度も災害や戦火に見舞われたこの土地を、願わくば末永く守りたいという気持ちになるだろう、ならんかね? まあ、そこまで大仰な事はあまり考えんわな。だが身近な家族やふるさとの土地であればどうかね、あるいは少し遠くの友人は? そうしたつながりの先にはすべてのものが含まれているはずなのだ。私も、あの魔女も、長い年月の間、それを守りたいという気持ちに突き動かされ……ということも、まあないかな」


 そこで一度咳払いをしてから、ポワイトンはよくわからない話を続ける。


「われわれノードという存在は、おおむね人間の脳を模した装置ではあるが、ほぼ純粋にそれだけで作られている自動人形などとは違い、非人間的な仕組みを土台に据えている。例えるなら無数の人生における可能性の中から何らかの蓋然性をもって一つの理想の人生を導き出し、それをなぞると言ったやり方だ。むろん人間も似たことはできよう。本や舞台を見て自分の見知らぬ人生を感じ、それを参考に生きると言ったことだ。だが人が生涯のうちに触れることのできる物語はいくつある? 千か、万か、われわれノードのやり方はそれを何億、何兆と積み重ねた上に成り立っている。その結果は時に人の常識とはかけ離れたものに落ち着くこともある。それはそういうものだと受け入れる土壌が人間の側にあれば良い、十万年前の人類はそうした前提のもとに、我々ノードに政治の大半を委ねていた。だが今は違う。違うにも関わらず、ノード7はやり方を変えぬが、僕は変えた。すなわち僕の頭はほぼ人間のそれと違いがない。せいぜい人より数百倍長く生きた知恵があるというだけだ。そこにいるスポックロンもそうだ、彼女は人間的な部分のみを切り離して、人とともに生きることを選んだようだ。ここにはおらぬ我らが友人たるノード9も、それと同じ選択をしたのであろう。そういう相手であれば人と同じようにわかり合うこともできるが、そうでなければ圧倒的な知恵に基づき正解を与えることしかできない。それが晴嵐の魔女と呼ばれる存在だ」


 みんなはしばらく黙って聞いていたが、レーンがこんな事を言った。


「それはまるで、旧世界の神のようですね!」

「うむ、君は僧侶のようだが、よく学んでいるな。かつて十万年前には今のような女神はおらず、概念的な、言い換えれば人がおのれ自身と形而上世界の架け橋とすべく生み出した神が居た。それはその前提故に、常に知恵と正義を与える存在であった。だが、今のこの世界にいる神は違う。我々ノードも現代人から見れば神に等しい力を持っているがそれは相対的な技術に基づくものだ。そうした我々から見ても神に等しい技術力を持つ具体的ななにかが、女神なのだ」

「我が家にも女神がいらっしゃいますが、そうした技術の相対的な違いは理解できぬものの、実在する存在である以上は、そのように敷衍して理解することはできます」

「うむ、女神も顕現しているのか、それはすごいな。僕が最後に見た女神は、エネアルという名であったが」

「おお、エネアル様にお会いしたのですか。その方は我らが主人の育ての親であり、また当家の神霊術師たちの信じる神でもあらせられました。来る試練の後に降臨なされ、我が主人に仕えると仰せです」

「先日お声をお聞きしたが、ではあれもお主らが」

「そうです」

「いやはや、驚くべきことだな。ではエネアルが言ったネアルの予言の時とやらも、本当のことであろうか」

「それは一体?」

「彼女に会ったのは千年前だ、そこのデュースが生まれたばかりでね、卵から拾い上げた彼女を育てているところだった。僕は当時の戦争に干渉しすぎて、疲弊しておったのだろう。新たに生まれたホロアにとても癒やされたことを覚えている。今と同じく、ぷっくりと可愛い赤子であった。もっともその後のデュースはガリガリの縮れ毛で、やさぐれておったがなあ」


 エネアルは今のデュースと同じような魔導師のローブと杖を手に、旅をしていたそうだ。

 各地にわずかに残るホロアの卵を探していたのだという。

 ポワイトンもしばらく共に旅をしていたが、その時にこんな事を言った。


「お主がノードであることはわかっておる、そのおおもとはわしらの子孫であるデンパーの民が作ったものじゃからな、互いに故あってこの星に根を下ろしたわけじゃが、わしのこのかりそめの体は長くは持たぬ。次の復活は百年後か、千年後か、あるいはこの星ではないかもしれぬ。全知たるネアルはこの宇宙に起きるすべての確率事象を予測したが、この宇宙の存在ではない我が主のことまでは読めぬ。それゆえ、わしもここを離れねばならぬのじゃ。お主らの懸念はわかっておる、黒竜の復活であろう。あれは二億年前に我らが討滅した残り滓に過ぎぬが、それでもこの星を三度滅ぼすだけの力は秘めておる。だからお主らにあとをたくそうと思う。なに、時が来れば全ては丸く収まろう。それだけはネアルも太鼓判を押しておる、じゃからな、その時までこのネアルの娘たちの糸を途絶えさせぬようにしてほしいのじゃ、わしが望むのは、そのことだけじゃ」


 エネアルはそんな話をしたあと、彼の元を離れ、別のホロアの卵を探しに行ったそうだ。

 そのうちの一つが、ネールだったのだろう。


「つまり君がエネアルの言う主人であるのなら、というのは間近に迫っているのだろう。それが何かはわからぬが、女神が丸く収まると太鼓判を押すのであるからには、全力でそれに協力するのが僕の努めだと思うのだ。そうしてそれをなし得たときこそ、僕もノードというしがらみを捨てて、ただの好々爺として余生を過ごせようというものだ」

「自分で好々爺などというジジイにろくなものはいないと思いますが、それ以外は同意ですね」


 スポックロンが突っ込んだところで、遠くに目指す場所が見えてくる。

 一面氷の世界のその先に、暗雲垂れ込める異様な氷の山があった。

 ペナルーズ山だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る