第380話 第三の紳士(第七章 完)

 こんな僻地までわざわざやってくる物好きを見学しようと、俺とカリスミュウル、それにうちでもトップクラスに物好きなスポックロンを加えた四人で地上に向かう。

 エレベータで一旦外にでると、リィコォちゃんの住む小屋で、客の到着を待つ。

 ここは一見すると普通の山小屋だが、小さな立体映像端末があって、そこから付近の様子を監視できた。

 こういうのも、あるところにはあるんだなあ、と思いつつ、映し出された映像をみると、雪山を悠然と進む戦士がいた。

 立派な甲冑にマントを吹雪でなびかせた小柄な人物だ。

 全身が光っているのは寒さよけの結界だろうか。

 このあたりは平均気温マイナス三十度、吹き荒れる強風で体感温度は更に低いらしく、強力な魔法の加護がないととても進めないらしい。

 豪華なクルーザーで乗り付けた俺達とは大違いだな。


「体格は小柄だが、一人で結界を張りつつ、足取りも淀みない。見るからに練達の冒険者といったところだな、そうでなければこんなところまで単身乗り込んで来ようとは思わぬであろうが」


 とカリスミュウル。


「どういう人物かの情報はないのか?」


 と尋ねると、リィコォちゃんがちょっとまってくださいと言って、虚空を見つめる。

 アレは多分、魔女からの念話を受け取ってるところなんだろう。


「あ、すごいです、あの人も紳士様らしいです。偉大な紳士様が三人も相まみえるなんて、今日は素晴らしい日ですね! あの人は……ここから二百キロほど離れたレアネフトという小さな村があるんですけど、そこで生まれた方で、えーと名前はガーレイオン、あれ、女の人みたいですね、名前と装備は男みたいですけど」


 そう言って立体映像で顔写真が出る。

 ちょっとボーイッシュだが、よく見るとかわいこちゃんだ。

 女の紳士って珍しいんじゃなかったのだろうか。

 年齢的にもフルンたちと同じぐらいかな、まだ幼さが目立つ。

 名前を聞いたカリスミュウルは、


「知らぬ名だな、もっともこのような遠い異国で、旅を始めたばかりの年若い紳士であれば、まだ名を成しておらぬだけかもしれぬが。従者も連れておらぬようだし……」


 リィコォちゃんの説明は続く。


「えーと、先ごろ育ての親だった祖父を亡くし、天涯孤独の身だそうです。私と同じなんですねえ。祖父の遺言で、立派な人物になるために、試練を受けようと旅に出たようです」

「そりゃあ、殊勝な心がけだなあ」

「ここを訪れた動機は不明ですけど、このあたりに住む人は、大願を叶えるために、ここを詣でて一角の人物であることを証明する事が昔はよくあったそうです。そういうのじゃないのかなあ?」

「ここまで来る時点で、すでに相当な実力者なことはたしかだろうけど」

「そうですね、見るからに強そうです。あ、今話した情報はとりあえず内緒にしておいてくださいね。状況に応じて、その、何でも知ってるぞアピールをして脅しをかけるとか、そういう交渉に使うこともあるので」


 俺も探偵の時によくやるやつだな、正しい技術の使い方だと言えよう。

 しかしスポックロンもそうだけど、こうやってちゃっかり個人情報を集めまくってるんだな。

 管理社会は怖いなあ。

 その割には、俺の正体は知らされてなかったようだけど、相手によって違ったりするんだろうか。

 などと考えていたら、リィコォちゃんが、ちょっと胸をそらして、


「どうです、パーチャターチは何でもお見通しなんですよ、すごいでしょう」


 と自慢気にいった。

 どうやらこの子は本当にあの魔女のことが好きなんだな。

 さすがは偉大な魔女だと感心してみせると、にっこり笑って満足そうにうなずいた。

 かわいいな。


「そろそろ、お着きになるようです。お庭の結界をあけないと。たまに先走って壊そうとして、周りを穴ぽこだらけにされちゃったりするんです」


 冒険者が到着したのを見計らって、小屋から出る。

 花畑の向こうにいた紳士ちゃんは、険しい雪山の奥に広がる暖かな景色に翻弄されていたが、俺達に気がつくと急に気を引き締めた。

 ボーイッシュ紳士が、名乗りを上げる。


「僕の名はガーレイオン、試練に挑まんとする紳士だ。ここは高名な晴嵐の魔女の庵であろうか」


 すると少しだけもったいぶったリィコォちゃんが、一歩前にでてフードを脱ぐ。

 出てきたのが少女と知ってあちらは若干驚いた様子だが、警戒はといておらず、見た目で侮るほど雑魚ではないようだ。

 俺とはだいぶ違うなあ。

 一呼吸置いてから、リィコォちゃんが、声を発する。

 どこから出してるのかわからないが、腹の底に響く、恐ろしい迫力を持った声だ。

 もしかして、この子もすごい実力者だったりするんだろうか。

 まあ、あの魔女の子分だしなあ。


「ようこそ参られた、偉大なる紳士よ、ここは静寂と混沌の挾間で世の行く末を見守る魔女、パーチャターチの神殿である。我は魔女の下僕リィコォ。汝の望みは我が耳を通して魔女に届けられよう。さあ、汝は何を欲する?」


 俺みたいな無神経野郎でも尻の穴がきゅっと締まる迫力で、隣りにいたカリスミュウルも見えないように俺の裾をギュッと握りしめるぐらいなので、相当な圧だといえよう。

 ましてこちらに相対している向こうの紳士ちゃんは、この圧力をモロに受けてるわけだ。

 だが、ボーイッシュ紳士ちゃんは、怯むことなく、堂々と答える。


「我が望みは一つ、魔女の試練に打ち勝ち、紳士の試練に挑むにふさわしい従者を得ることだっ」


 つまり、従者を求めてやってきたのか。

 従者がほしければ俺みたいに街に繰り出してナンパすればいいのに。

 と思ったが、当人は至って真面目そうなので、茶化しちゃ悪いな。

 何より生で見るとなかなか可愛い。

 ボーイッシュ紳士ちゃんは雪国っぽく抜けるような色白の肌になめらかな金髪で、雪の妖精って感じだ。

 昔の少女漫画に出てくる王子様とでも言ったところだろうか。

 そもそも、ここの魔女はホロアも斡旋してくれるのか?

 それならそれで、俺もチャレンジしてみたい気もするな。

 などと俺がくだらないことを考えている間に、リィコォちゃんはボスと打ち合わせたのだろう。

 迫力のある声でこういった。


「よかろう、試練に打ち勝てば汝の望みは叶えられる。負ければ対価として汝の命はそこに咲き誇る花の肥やしとなる。では、参るぞ」


 返事も聞かずにリィコォちゃんが右手を差し上げて叫んだ。


「いでよランフォー!」


 一瞬の間ののちに、雪山の壁面が割れて、巨大なロボがでてきた。

 いつぞやカーネが一緒に乗ってきた巨大人型ガーディアンと似てるようで似てない気もする。

 そいつがふわりと飛び出てきたかと思うと、手足がにゅっと伸びる。

 いいぞ、完全に昔の特撮みたいでかっこよさしか無いじゃないか、ここの魔女もサービスいいなあ。

 と喜んでいたのは俺だけで、カリスミュウルはビビってますますしがみつくし、ボーイッシュ紳士ちゃんも驚愕している。

 当のリィコォちゃんもよく見るとひたいに汗を浮かべてかなり緊張していた。


「さあ、紳士よ、あれこそが汝に与えられし試練、見事その首を討ち取って、武勇の証とせよ」


 リィコォちゃんが言い切った瞬間、紳士ちゃんは見えない力で結界の外に放り出された。

 すぐさまガーディアンが踏みつけに来るが、素早く飛んで難を逃れる。

 その動き一つとっても、常人の粋を遥かに超えた力を持っているように見える。

 だがまあ、それはさておき、緊張で息を切らせたリィコォちゃんをねぎらう。


「す、すみません、あの人すごく強そうで、ドキドキしてました」

「ごくろうさん、しかしいくらなんでもあのガーディアンの相手はしんどいんじゃないか? あれって人間が勝てるもんなのかい?」

「わかりません、実際は程々のところで手打ちにするんですけど。そもそも、ランフォーを出すのが初めてで、もうちょっと弱い子を出すのが普通なんですけど、あ、でも聞いた話では昔カーネ様のお母様や、そのご友人のラッドという勇者はランフォーより強いダストンパールって子を打倒したことがあるそうです」

「まじかよ、すげーな。しかしそんなことまでしないと、紳士の試練ってやつは挑めないもんなのか?」

「さあ、わかりませんけど、でもクリュウ様もすごいお力をお持ちなのでは? だって女神様も従者にしているとお聞きしましたし」

「俺は別に自分が強いわけじゃないからなあ、しいていえばモテるだけで」

「つまり将としての器が優れているんですね!」

「リィコォちゃんはいいこと言うなあ、きっとそうに違いないな」


 などとほのぼのした会話をする間も、結界の外では巨大ロボとかわいこちゃんの熱血バトルが繰り広げられていた。

 めんどくさいので詳細は省くが、紳士ちゃんはすごいパワーとスピードで全身から魔力っぽいものを吹き出しながら、バトルしている。

 その斬撃は、岩山を砕くほどだ。

 俺なんか、一撃でグチャッと行くだろう。

 だが、相手はそれ以上のバケモノだ。

 紳士ちゃんは善戦しているものの、ガーディアンが強すぎる。

 たまにすごい攻撃がヒットしてうっすらと傷がついたように見えても、すぐに元通りになってしまうのだ。

 これでは勝てない。

 様子を見ていたスポックロンが、


「人間としてはちょっと考えられない力ですけど、あれでは旧世代型とはいえ殲滅級ガーディアンの装甲は打ち破れませんね。その点、現在試験運用中の次世代型殲滅級ガーディアン、パクトフォールであれば、あの程度のガーディアンは一撃のもとに打ち倒せるでしょう。すなわちご主人さまはこの程度の試練はへっちゃらというわけですね」


 とふんぞり返るスポックロンの話は誰も聞いていないようだ。

 手に汗握って観戦していたカリスミュウルが叫ぶ。


「いかん、足をとられたぞ」


 紳士ちゃんは雪に足を取られたのか、それともダメージが足に来たのかはわからんが、バランスをくずしたところにガーディアンのパンチをモロに受けたようだ。

 サイズ的にトラックに跳ねられるようなもので、俺だと確実にミンチになってるところだ。


「潮時ではないのか? あれでは本当に死んでしまうぞ」


 とカリスミュウルが問い詰めると、リィコォちゃんも困った顔で、


「でも、ご本人がまいったと言わない限り、ランフォーは止まらなくて……」

「面倒な話だな、試練に無気力すぎる紳士もどうかと思うが、無謀すぎるのも考えものだな」


 そういう自分だって言うほどやる気ないくせに、調子のいいこと言ってるなあ、と思ったが、たしかにこのままじゃやばいな。

 目の前でかわいこちゃんがひき肉になるのを黙って眺めていられるような趣味は持ち合わせていない。


「ど、どうしましょう。あの人、降参しそうにないですし、パーチャターチの許しがないと、私も手を出せなくて」


 動揺するリィコォちゃんだが、彼女の都合で止めることはできないようだ。

 困ったな。

 自分から進んでこんなとこまで来て力試しをしようなんていうマゾっけたっぷりの若者が簡単にギブアップするとも思えないし、いくらかわいいと言っても関わりたくないタイプである可能性も高い。

 だけどまあ、やっぱりかわいいので、放っておくわけにもいかないという気もする。

 じゃあかわいくなければ助けないのかと言われると、実のところ女の子はみんなかわいいか綺麗かのどっちかでしか認識してないので、かわいくなければ綺麗だから助けるんじゃないかなあと思う。

 そんな感じで、俺にしては珍しくたっぷりと五秒ほど時間を掛けて悩んでから、助けることにした。


「というわけで、スポックロン、どうにかならんか」


 と丸投げすると、待ってましたとばかりにこう言った。


「では、こんな事もあろうかと上空のリズフォーに格納しておいたパクトフォールを投入します。衝撃にお備えください」


 次の瞬間、空の上からスーッと巨大ロボが降ってきた。

 着地の瞬間、わずかに雪が舞うが、思ったほどの衝撃はない。

 さすが次世代型だな。

 関係あるのかどうか知らんけど。

 二体の巨大ガーディアンが取っ組み合いのプロレスを始めたので、俺はかわいこちゃんを助けに行く。


「あ、あれはなんだ、僕はまだ戦える! 戦いに水を差すのか!?」


 雪に埋もれながらも自分に治癒魔法をかけていた紳士ちゃんは、やはりまだやる気っぽいな。

 見た感じ、すでにぼろぼろなんだけど。

 言葉に詰まるリィコォちゃんの代わりに、俺が口を出す。

 頑固そうなので、ちょっと高圧的に説得してみよう。


「いかにも。もはや決着はついたことは君にも自明であろう。紳士たるもの引き際ぐらいはわきまえるべきでないか、そうは思わんかね、お嬢さん」


 すると必死に痛みを堪えていた紳士娘が、こちらをキッと睨んで、


「僕は男だ!」

「そうかね、それは失礼した。だが今議論することではないだろう、あれは君が敗北を認めぬ限り、止まらんよ?」

「じゃ、邪魔立て無用、僕は必ずやつを倒してみせる」

「その有様でかね?」


 俺が言うまでもなく、全身ボロボロで、立ってるだけで精一杯と言った様子だ。

 それでも剣を構えていられるのは、相当鍛えてあるのだろう。

 俺とは大違いだな。

 まあ、さっきの立ち回りからしても、うちの精鋭と張り合えるぐらいの実力はありそうだった。


「当然だ、僕は必ず試練に打ち勝ち、ホロアマスターの称号を得て、故郷のみんなに……うっ」


 台詞の途中で紳士ちゃんは少し血を吐いた。

 よほど思いつめてるんだろう。

 そこまで強い信念には敬意を払うが、いかんせん根っからの怠け者である俺にはどうにも理解が及ばぬところだ。


「ぼ、僕は紳士だ! 紳士とは人々の先頭に立ち、従えたホロアと共に、数多の試練に打ち勝つ者! 僕はまだ何もなし得ていないのに、こんなところで負けるわけにはいかないんだ!」


 頑固だな。

 こんなことに命をかけてしまう理由も気になるが、まあ助けると決めた以上は、助けることを優先するのだった。


「では、同じ紳士の言葉であれば、聞き届けてもらえるかな?」


 そう言って指輪を外すと、紳士ちゃんは俺の輝きに圧倒されてしまう。

 戦士としての力量はこの子のほうが上だが、体の眩しさだけなら、俺も相当なもんだと自負している。


「紳士たるもの、おのれを信念の犠牲にしてはならんよ。人々の先頭に立つというのならば、泰然たる態度で立ち続け、その輝きで人々を導かねば、あとに続くものは皆、道に迷ってしまう。紳士たるとは、そういうことだよ」


 あふれる後光に物を言わせて、慈悲の心をたっぷりのせて言い聞かせると、男装の紳士ちゃんはがっくりとうなだれてしまった。

 どうやら、観念したらしい。

 それと同時に大暴れしていた二体のガーディアンも動きを止めた。

 スポックロンはこっちが圧倒的に強いようなことを言っていたが、見た限り互角だよな。

 それとも手加減していたのだろうか。

 だが、それを確認する前に、


「あっ」


 とリィコォちゃんが叫ぶ。

 みると、紳士ちゃんはすでに気絶していた。

 やはりとっくに限界だったのだろう。


「こりゃいかん、リィコォちゃん、彼女を治療してやれるか?」


 リィコォちゃんは人一倍心配してるようではあったが、首を振って、


「いえ、試練に破れたので、これ以上は、その……」

「困ったもんだな、じゃああれだ、俺のさっきの依頼の対価代わりに、助けてやってくれ」

「え、でも良いのですか? なんでも叶うのに」

「いいのさ、俺はもう十分、足りてるからな」

「わ、わかりました。……受け入れるそうです、中に運びましょう」


 気絶した紳士ちゃんをスポックロンに担がせると、地下へと運び入れたのだった。


 男装美少女紳士のガーレイオンちゃんは、別室で治療を受けているが、俺のほうはだいぶ平静を取り戻したフューエルに、冷やかされていた。


「このような時にこのような場所でまでナンパに勤しむあなたのタフさには、さすがに感服しますよ」

「いやそう言ってくれるなよ、だって勝手にやってきて勝手に死にそうになってるんだぞ、かわいこちゃんじゃなくても助けようと思うだろう」

「どうだか。それよりも、先程連絡があって、そろそろデュースと面会できるそうです。レディウムさんの方はもう少しかかるそうですが」

「ふむ、まああっちは内臓全部みたいなもんだから、もっと大変そうだしな」


 お茶を飲みながら、さっきの紳士ちゃんの話になる。


「それにしても、このような僻地に紳士ですか。どういった出自の人物なのでしょう」

「リィコォちゃんの話では、近くの村で育ったそうだ。育ててくれた祖父をなくして天涯孤独の身と言っていたが、しかし若い割には相当な腕前だったな。ありゃあクメトスやエディなんかとやっても、いい線いくんじゃないか?」

「そんなにですか、紳士というものは優れた力を持つとは言いますが、あなたみたいにナンパに特化した能力ではないようですね」

「うーん、しかし真面目そうで思い詰めるタイプなのかなあ、よくわからんけど」

「助けた以上は責任を持つべきでしょう、いくら強くとも、まだ子供のようでしたし」

「その理屈はわからんでもないがな。そもそも、紳士の試練ってそこまで真剣にやるもんなのか?」


 とカリスミュウルに尋ねると、


「わからん、紳士の試練といえば確かにもっとも誇るべき栄誉ではあろうが、例えば暴虐の限りを尽くす魔王を打ち倒すといった現実的な使命と比べると、どこかお祭り騒ぎのようなものであろう。実際、今もルタ島で試練に挑む他の紳士たちの状況は、新聞で面白おかしく書き立てられておるではないか」

「だよなあ、俺のやる気の無さはまあ特別だとしても、あれはちょっとどうかと思うよな」

「うむ、つまりはあのものの生い立ちやおかれた立場によるのであろうな。このあたりは大国の勢力からははずれた、小国や蛮族が点在する土地柄であろう。そうしたところから、想像以上に重い使命などを背負わされたのではないか?」

「というと?」

「たとえば圧政に苦しむ農村から、試練を成し遂げた偉大な紳士が出たとなれば、当然扱いもかわってくるであろう」

「それなら試練に行くより、悪い支配者と戦うほうが現実的じゃあ」

「そうかもしれんが、いかな紳士といえども戦争は一人ではできんだろうが。それをなすには金と人こそが必要だろう」

「なるほどねえ、どっちも縁がなさそうだ」

「馬鹿を言え、今この世界に貴様ほどの財力と武力を持ったものがどこにおるか。古代遺跡一つで兵力も兵糧も輸送手段も、およそ戦に必要なあらゆるものを生み出せるであろうが。貴様がその気になれば、世界征服も夢ではあるまい」

「まじかよ、俺が野心家じゃなくて世界中の王様は得したな」

「他人事のように言うな!」

「そうは言ってもあれはおまえ、特別枠みたいなもんだろう、そうそう使うもんじゃない」

「今さっきも使ったばかりではないか」

「そうだった、しょうがねえな、俺も」

「もっと深く自覚するのだな」


 などと話していると、リィコォちゃんがやってきた。

 デュースと面会できるという。

 なんと言ってもこっちが最優先だ。

 みんなで奥の面会スペースに向かう。

 以前、宇宙幼女のパマラちゃんを治療したときと同じような部屋で、デュースがベッドに横たわっていた。

 意識ははっきりしているようで、顔色もいい。

 点滴っぽいチューブが一本、腕から生えてるだけで、ベッドに横たわる姿はとても心臓移植したばかりとは思えない。


「心配をおかけしましたがー、無事に治療が終わったようですよー」


 いつもどおりのんびりした声でデュースがそういうと、オーレやフルンが喜んで飛びつく。

 フューエルもちょっと涙ぐんだ顔で、うなずいていた。

 ミラーに話を聞いてみたが、経過は順調なようだ。


「がんばったな。具合はどうだ?」


 と尋ねると、


「おかげさまでー、寝ている間に終わってしまってー、はじめのうちは自覚はなかったんですがー、体がとても軽いですねー、魔力が溢れてくるのを感じますよー」

「そりゃあ、よかった。ついでに性欲も溢れてたりはしないのか?」

「それはどうですかねー、あとで試していただかないとー」

「楽しみにとっとこう」

「あー、それにしてもー、なんだか忘れていた感覚ですねー、こう魔力がみなぎりすぎて体が燃えだしそうなー」


 と話すうちに、デュースの体が赤く光る。

 まるで相性を確認する光のようだ。

 その光が更に強くなったかと思うと、ギラリと青い光に転じ、デュースの体から炎のように吹き出し始めた。


「はわー、ちょっとこれはー、なんですかねー」


 見た感じ、ネールが覚醒したときと同じ現象のようだ。

 青い光と金髪が入り混じって緑っぽくも見える。


「もしかして、覚醒ってやつか?」

「ああー、そうなんでしょうかー、これはすごいですねー、そういえば昔はいつもこんな感じだったかもー、この感覚も忘れてましたねー」


 と話すうちに、光が収まっていく。

 青い光が抜けて、逆にデュースの髪が前より少し赤っぽくなったようなきもする。

 昔は赤くて縮れてたって聞いた気もするが、覚醒してたせいだったのかな?


「うーん、私が覚醒できないのはー、心臓が偽物だったからなんですねー、これはちょっと時間をかけて研究してみないといけませんねー」

「頼もしいな、なんと言ってもうち一番の魔導師だ、頑張ってもらわんと」

「引退してもいい年だと思うんですけどねー」

「俺も引退したいんだけどな」

「ですよねー」


 心臓が元気になったぐらいで、デュースが勤勉に生まれ変わらなくてよかった。

 今後も年寄りスタイルで俺と一緒に自堕落な生活を送ってくれることだろう。

 デュースは今日一日はこの病室にとどまるが、面会などは平気らしい。

 しばらくデュースを囲んでみんなで雑談などをしていたら、リィコォちゃんがやってきた。

 さっきの紳士ちゃんが回復したらしい。

 リィコォちゃんは、自分と同じ天涯孤独の境遇に共感しているのか、ことさら気にかけているようにみえた。


「さすがは紳士様ですね、常人よりも遥かに早く、回復なされました」

「ふうん、それで、どんな様子だい?」

「ちょっと落ち込んでおられるようです。私が声をおかけしても、生返事で……」

「そうか、俺も様子を見てみようかな」


 紳士ちゃんの病室は、デュースの部屋よりはこじんまりとして、小綺麗なベッドが一つあるだけだった。

 当人はベッドの上であぐらを組んでふてくされているようだ。

 部屋に入った俺を一瞥すると、少し顔をしかめてそっぽを向くが、続いて入ってきたミラーをみると、ぴょんと飛び上がって駆け寄ってきた。


「お、お姉さん、人間じゃないですよね! 僕、紳士のガーレイオンといいます! よ、よかったら僕の従者になってください!」


 などと言い出した。


「このクソガキめ、人の従者に手を出そうとは紳士の風上にもおけんやつだな!」


 とヘッドロックをかます。


「な、なに、ずるい! お前みたいなおっさんに、こんな美人はもったいないだろ!」

「ばかめ、俺以上に主人にふさわしい紳士がおるか! 命の恩人になんちゅーけしからんやつだ」

「うるさい、僕が頼んだわけじゃないだろう! 僕だってこんなおっぱいのでかい従者が欲しいんだ!」


 おっぱいと聞いて、思わず手をはなす。


「ほう、おっぱい好きか、お前なかなか見どころがあるな」

「じいちゃんがいっつも言ってたんだ、男の価値は、侍らせたおっぱいの価値で決まるって。毎晩村の酒場まで迎えに行くと、両手にムチムチのネーチャンを抱えて、ガブガブお酒飲んで、男らしかったんだよ! だから僕もおっぱいのでかい従者を見つけてそうなるんだ!」


 かわいこちゃんは熱弁する。

 つまり、さっきもおっぱいのために命を張ってたわけか。

 なかなか頼もしいな。


「ふむ、いい心がけだ。立派な人物に育てられたと見える」

「あんた、わかるのか? 村の人は僕がそういうと呆れた顔してたのに。だからいつか見返してやろうと……」

「何を隠そう、この俺も毎晩美人のおっぱいに囲まれて飲んだくれているからな、紳士たるものそうあるべきだ」

「やっぱり! あ、あんたホントはすごい人なのか!? 名前は?」

「俺か、俺の名はクリュウ、桃園の紳士という通り名のほうが有名かもしれんが、もっと南に住んでるんで、このあたりじゃどうかな」

「き、聞いたことある! スパイツヤーデっておっきな国で、何度も人々を助けたって」

「ほう、こんな異国の地まで知られていたか、光栄だな」

「やっぱり紳士はモテるんだ、じいちゃんの言ったとおりだ。じいちゃんのそのまたじいちゃんも紳士だったらしくて、僕はその血を引いてるって、だからじいちゃん以上にモテる男になるんだ」

「ふむ、そんなにモテる男になりたいか」

「うん!」

「たとえ本当は女でもか?」

「ち、ちがう! いや、違わないけど……、でもそんなことは些細なことだろ! じいちゃんは、女でも男以上に男らしければ大丈夫だって言ってたし」

「そうかもしれん、ならばモテる紳士になれ! お前ならなれる」

「ほんと? 何人ぐらいモテる? さ、三人ぐらい?」

「ははは、俺は今、人型だけで三百人からの従者を従えているが、まだまだこんなところで終わる男じゃないぞ。お前もはやく俺の高みまで登ってこい」

「さ、さんびゃく! そ、そんなに? 三百ってことは、お、おっぱいが六百個も!?」

「そうだ、一通り揉むだけでも大変だぞ」

「す、すげぇ、さすがは国を救う紳士だけのことはある。すげぇ、六百個も、すげぇ……」


 男装でおっぱいが好きな美少女というなかなか業の深い性格だった紳士のガーレイオンちゃんだが、俺の薫陶を受けて、地道に紳士としてやっていくことにしたようだ。

 そんなガーレイオンちゃんは、目を輝かせながら俺の手を取り、こう言った。


「師匠ってよんでいいか? いいよね、師匠!」

「むう、俺は弟子はとらんことにしているが、同じ紳士であることだし、なによりおっぱいへの執着が気に入った、特別に師と呼ぶことを認めよう」

「あ、ありがとう、師匠!」


 弟子ができてしまった。

 なんなんだ、この子は。

 まあいいけど。


「それで、お前も紳士の試練に行くつもりなのか?」

「うん、師匠は?」

「試練の場であるルタ島は、冬の間は立ち入ることができんのでな、春になったら赴くつもりだ」

「そ、そうなんだ。ルタ島って名前だけは聞いてたんだけど、歩いていったら一年以上かかるっていうし、山を超えて南に行けばゲートってのもあるって聞いたけど、よくわかんないし、なにより試練には従者がいるんだろ?」

「そうだな、かつては八人のホロアを従えて試練に挑んだそうだが、今は何人でもいいそうだ。ただし、最低でも一人はいるだろうな」

「このあたりには大きな神殿もないし、ホロアなんて見たことないんだ、ねえ師匠、どうすればいい?」

「ホロアの方でも主人を求めて旅をしている、お前にふさわしい相性の相手がいれば、いずれはめぐりあうだろうが、そのためにも、大きな街に赴くべきだろうな」

「そっか、街か……いたた」


 気が抜けたのか、ガーレイオンは傷の痛みがぶり返したようだ。

 傍に控えていたリィコォちゃんが、休むように促す


「傷はふさがっていますが、完治したわけじゃないです、もうちょっと休まないと」

「でも僕は、従者を探しにいかないと」

「よくわかりませんけど、一日や二日休んだところで逃げるものでもないでしょう」

「そ、そんなことはわかんないだろ!」

「わからなくても物事には優先順位があるでしょう。今は傷を治すべきです。そもそも、なにがおっぱいですか、そんな不純な動機で選ばれる従者が気の毒です」


 耳が痛いな。


「う、うるさい、お前みたいなぺったんこにわかるもんか!」

「むう、自分だってぺったんこじゃないですか、私はこれでもちょっと膨らんできてるんですっ!」

「僕は男だ!」

「そんな男がありますか! 正真正銘隅から隅まで女です!」

「か、関係ないだろ、僕が男といえば男なんだ!」


 二人の少女はとうとう、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

 なんかふたりとも似たタイプだな。

 それはすなわち相性が良いとも言えるのかもしれない。

 その証拠に、リィコォちゃんの体がピカッと光を放ったのだ。


「え、な、なんですか、これ?」

「お前、光ってるぞ、お前も紳士なのか?」

「ちがいます、私はホロア、なんですけど……、もしかして」


 混乱する二人に、祝福を送る俺。


「おめでとう、リィコォちゃん、君の主人にふさわしい相手に巡り会えたわけだ、そしてガーレイオン、お前も自分にピッタリの従者を見つけたようだな」

「ええ!? ちがいます、こんな人、私向けじゃないです!」

「ぼ、僕だってそうです師匠! 僕はもっとおっぱいがぼーんと大きな」

「そんなにおっぱいが好きなら自分のをおっきくすればいいでしょう!」

「そんなことをして何になるんだ、僕はおっぱいを侍らせたいんだ!」

「そもそも、人前でおっぱいおっぱいと、恥じらいはないんですか!」

「自分だって言ってるじゃないか!」

「あなたに合わせるとこうなるだけです!」

「合わせなきゃいいだろ!」

「じゃあ、その口を閉じてください! いますぐ!」


 ぎゃーぎゃーと取っ組み合う二人。

 じつに相性ぴったりだと言えよう。

 リィコォちゃんは可愛かったのでちょっぴり惜しいところだが、ホロアに重要なのは相性だからな、二人で幸せになってもらいたいところだ。


「まあなんだ、大人は退散するよ。あとは若い二人で仲良くやってくれ」


 といって、ガーレイオンの病室をあとにした。

 一緒にいたのに終始黙っていたカリスミュウルは、


「紳士には変わり者が多いというが、まんざら嘘でもないようだ。私としては認めたくはなかったのだがな」

「なに、俺達が夫婦仲良く普通の紳士を目指せばいいんだよ」

「貴様の口から、普通などと言われてもな。それで、どうするのだ?」

「どうって?」

「弟子に取ったのだろう、面倒を見てやらんでもいいのか?」

「俺は放任主義でね、困ったときだけ相談に乗ればいいだろ、そもそも俺のナンパはいきあたりばったり過ぎて教えようがないんだよ。それよりもリィコォちゃんは魔女の子分だろう、魔女が手放すかな?」

「それ以前に、あの調子で従者になるのか?」

「なるんじゃねえかなあ、光ってたし」

「ふむ、まあ、そうかもしれんな」


 よそのカップルに口を挟むような野暮な大人ではないので、その後はデュースのもとに戻り、のんびりと過ごしたのだった。




 翌日の早朝。

 レディウムちゃんの治療が終わったそうで、面会に行く。

 知らせに来たリィコォちゃんは色々あって一睡もしてないのか、目の下に隈ができていたが、まだ契約をしたわけではなさそうだ。

 詳細を尋ねるのはあとにして、まずはレディウムちゃんだ。

 と言っても、感動の再会はカーネに任せて、俺達は遠巻きに見守る。

 二人は何やら静かに語り合っていたが、互いに手を取って涙ぐんでいた。

 感動のシーンだなあ。

 レディウムちゃんは、彼女の体のもとになった技術を用いて、人工の臓器を一から構成し、移植したらしい。

 それによって、普通の人間と同じように生きることができるようになった。

 普通という雑な表現にどこまで意味があるのかはわからんが、これから彼女は多くの人と同じように、自分の人生を自分の体で歩むことだろう。

 レディウムちゃんは、ベッドから起き上がると、カーネに捕まるようにしながら震える足で自ら立ち上がった。


「こうして……自らの足で立つ日が来るとはな。はじめは信じておらなんだ。だがカーネが私のために積み上げる日々が、やがて私にも力を与えてくれた。その延長に今の私がある。だからこれは、私にとっては必然の一歩というわけだ。この瞬間をお主らと分かち合えたことに、感謝したい」


 ついでカーネも深々と頭を下げる。


「おかげさまで、母の代から引き継いだ念願が叶いました。とくに紳士様にはひとかたならぬお世話になり感謝しております。あなたの力がなければ、いくつかの件はこのようには片付かなかったことでしょう。そうすればまだ何年もの時間を要したかもしれません。そもそも、魔女は最後まで治療には反対していたのです。最終的な許しが出たのは、都での一件のあとでした。詳細はわかりませんが、黒竜を打倒したことが関係しているそうです。ですから、今こうして祝えるのも、全てあなたのおかげです、本当にありがとう」


 都の件は、あんまり俺がなにかしたという自覚もないんだけど、まあ、あの場で頑張ったみんなを代表して、俺が謝辞を受けたということにしておこう。


 その後はレディウムやデュースを囲んで、皆で楽しく過ごす。

 レディウムはしばらくリハビリが必要で、一月程度はここにとどまるようだ。

 カーネやラケーラもそれに付き合うという。

 その後はカーネの故郷でのんびり過ごすそうだ。

 デュースも様子を見なきゃだめなんだけど、こっちはうちに設備が整ってるから大丈夫らしい。

 今日の午後には帰る予定だ。


 で、朝からめでたくて忘れてたんだけど、男装美少女のガーレイオンの様子を見に行く。

 一応弟子だからな。

 彼女……いや、こいつの信念に配慮して、彼にしておこうか。

 彼はベッドの上でふてくされていた。

 どうやら傷の方はすっかり回復したらしい。

 俺の顔を見て、嬉しそうに出迎える。


「あ、師匠。お連れの人は、もういいんですか? なんでも、ここで治療してたとか」

「おかげさまで、うまく行ったよ。友人の方はリハビリのために暫く残るが、もう一人の俺の従者は大丈夫なので、今日にも一緒に帰る予定だ」

「じゃあ、師匠も帰っちゃうんですね」

「そうなるな、お前はどうする? なんなら俺が住んでる街まで連れて行こうか、ルタ島に一番近い街だから、時期が来たらすぐに渡れるぞ」

「え、でも、すごく遠いんですよね?」

「そりゃあ、俺ぐらいの紳士になれば、空飛ぶ船に乗って、あっという間に世界中どこでも行けるのさ」

「す、すげー、おっぱいだけじゃなくて、そんな船まで持ってるなんて」

「ははは、いいだろう。それより、リィコォちゃんのことはどうしたんだ?」


 と尋ねると、急に顔をしかめる。


「あ、あんなやつしらないよ。おっぱい小ちゃいくせに生意気だし」

「馬鹿を言え、おっぱいに貴賎なし、小さいのもまたいいもんだぞ」

「ほんとに? じいちゃんは、でかければでかいほどいいって」

「それは一理あるがな、だが紳士にとって大事なのは大きさよりも相性だ。あの子の体が光ったってことは、お前と一番相性がいいってことだ。とくにホロアにとって主人は一生仕える相手だ、相性のいい相手に出会えないまま死んでしまうものだっている。そんな相手に出会えた運命を、もっと真剣に考えるべきだろう」

「でも……、あいつだって、僕のこと嫌ってるし」

「そうかな?」

「そうだよ、僕のことバカにして」

「馬鹿にしてるわけじゃないさ、だけど、自分の仕えるかもしれない相手が、自分のことを好みじゃないって言えば、反発したくもなるだろう」

「うっ……。そ、そう……かも」

「お前も紳士ならな、まずは謝れ。そのうえで、じっくり二人で話し合ってみろ。相性ってのはお前が思ってる以上に、すごく大事なもんだ。落ち着いて彼女と向き合えば、それがわかると思う」

「う、うん。師匠がそういうなら……」


 ちょっと教育がずれてるだけで、根は素直でいい子のようだ。

 ガーレイオンが納得したところで、病室を出るとリィコォちゃんが立っていた。

 化粧こそしてないものの、綺麗に髪を整えて、ほんのりと胸元を強調するような、ちょっといい服を着ている。

 要するに勝負モードというわけだ。

 子供ながらによくわかっているところが女を感じさせる。

 その点、ガーレイオンは完全に少年のメンタリティだよな。

 これも育て方の問題だろうか。


「あの子が待ってるよ」


 というと、リィコォちゃんは力強くうなずいて、病室に入っていった。

 まあ、どうにかなるだろう。

 ならなくても当事者同士の問題は、当事者に頑張ってもらうしか無いわけだが、それ以外の問題を少し確認しておこうとスポックロンを探す。

 ここの遺跡も中は広大なようで、スポックロンはノード229と一緒に、少し離れた倉庫っぽい部屋に居た。


「おやご主人さま、そろそろおいでになると思ってました」

「ここは何の部屋だ?」

「ただの空き部屋です。先程までミラー88がメモリを物理的に展開していたんですけど、それも完了して、今は片付け終わったところです」

「それで88号は大丈夫なのか?」

「ええ、今別室で他のミラーと同期をとっています。午後には出発できるでしょう」

「そりゃあよかった。で、それとは別に相談なんだけど」

「あのホロアの娘のことですか?」

「うん」

「パーチャターチは、紳士ガーレイオンが試練に勝てば、リィコォを従者として与えるつもりだったようですね」

「そうなのか?」

「パーチャターチの研究によれば、相性とは内包するエルミクルムの波長の親和性だそうです。エルミクルムの結晶であるコアはそれぞれ固有の波長を持っています。それが遺伝子のペアのように、互いの波長パターンが噛み合うと、励起して輝くのだとか」

「ほほう」

「その点で、事前のデータから二人の相性が一致する可能性が高いと見ていたようです。もっとも外れる場合もあるので、一概には言えませんが」

「ふうん、だけどリィコォちゃんはたった一人の子分なんだろう、手放すかな?」

「もとよりそういう条件で、彼女の祖父と取り決めていたそうです。ホロアとして主人を得るまで、面倒を見て欲しい、と。弟子は居なくても、ガーディアンでもなんでもいるのでどうにかなるんでしょう」

「それならまあいいか、また俺が一肌脱ぐ羽目になるんじゃないかと思ってたよ」

「あんな偏屈者のためにご主人さまが骨を折るなどもったいない、なんならポワイトンあたりが頑張ればよろしいでしょう」

「また他人事みたいに。そういうこと言ってると、自分にツケが回ってくるぞ」

「それは恐ろしい、では早々に退散する支度をしましょう」




 午後になって、俺達は魔女の神殿を後にした。

 どんな恐ろしい魔女かと内心ビビってたんだけど、何のことはない、少々無機質で事務的な、できの良い役人みたいなもんだった。

 それでもあの容姿と駆使しうる力を考えると、一般人が畏れ敬うのはもっともだろう。

 あるいは、俺達に対する態度が特別だったのかもしれない。

 あれ程の実力者であるカーネだって、実際のところ魔女にビビってたように思えるもんなあ。

 そのカーネは、リハビリが済んで落ち着いたら、一番に遊びに来ると言っていた。


「その頃はすでに皆さんは試練の途上でしょうか。あなたの従者であればきっとうまく乗り越えることでしょう」

「だといいけどね、また会える日を楽しみにしてるよ」


 不肖の弟子ガーレイオンは、どうやら頑張ったようだ。

 二人仲良く並んでいる。

 見送りに出てきたときは手をつないでいたが、俺と目があったら慌てて離していた。

 かわいい。

 百合漫画にはまってた後輩の気持ちも、そこに挟まりたいと言ってた先輩の気持ちも、ちょっとだけわかった気がする。

 それにこの可愛らしいカップルを見守るという楽しみが増えたと思えば、面倒な試練も、ちょっとはやる気が出るってもんだ。


「師匠のおかげで、従者を得て、やっと試練に挑める気がします」

「そりゃあよかった、リィコォちゃんもよかったな」


 というと、彼女も自信たっぷりにうなずいて、


「主人の不足は従者が補います。私がついていれば必ずや試練に打ち勝つでしょう」

「そりゃあ、たのもしいな。まあ、君たちなら大丈夫さ」


 と無責任なことをいう。

 ガーレイオンは故郷に一度戻ってから改めて試練に出るという。

 その時はこっちから足を用意してやるつもりだ。

 かわいい主従の前途を祈りながら、残る人たちと別れた。


 帰路はあっという間で、留守番してた連中が元気になったデュースを出迎える。

 あとはいつものようにひたすら宴会だ。

 一緒に帰ってきたポワイトンとノード229だが、ポワイトンの方は途中まで宴会に参加したあと、帰っていった。


「黒竜会のことは僕に任せ給え。君は試練を成し遂げるがいい。君の名声が世にとどろく日を楽しみにしているよ」


 とのことだ。

 樽型ガーディアンの形をしたノード229は、


「これからノード229の再建にかかります。完全な復帰には一月程度はかかるかもしれませんが、その際はよしなに。あ、それから忘れないうちに名前を頂いておきたいのですが」


 とさり気なくそういった。

 すなわち、俺の従者になってくれるということだ。

 もちろん、名前はとうに考えてある。


「オービクロン、ってのでどうだ?」

「ふむ……まあいいでしょう。では、よろしく、ボス」


 そういって、こちらも去っていった。

 あとは家族だけでの宴会が続く。

 うちは毎晩宴会みたいなもんだけどな。


「いやー、しばらく禁酒してたせいかー、五臓六腑にしみわたりますねー」


 と言いながらデュースはガブガブやっている。


「禁酒って、それなりに飲んでただろう」

「あれぐらいは飲んだうちに入らないでしょー、ひっく」


 しゃっくりするたびに一瞬体が青白く光る。

 落ち着くまでは大変そうだな。

 先日、従者になったばかりのシェキウールは、隅っこの方で大工組に混じって飲んでいた。


「どうだ、うまくやってるか?」


 と尋ねると、黙ってうなずく。

 若干目の下に隈ができてるが、仕事が楽しすぎてあんまり寝ていないようだ。

 気持ちはわかるが、徹夜はいかん。

 とはいえリーダーであるカプルが鍛え上げた肉体でバリバリ長時間働くマッチョ系なので、周りが引きづられてる気もする。

 ミラーにしっかりと体調管理してもらってるはずなんだけど、やっててこれだと、ちょっと問題かもしれんなあ。

 主人らしくグビグビ飲みつつみんなに声をかけながら一周してマダム連中のところに戻ってくる


「結局、宇宙行きとやらはお預けか」


 ほろ酔い加減のカリスミュウルがそういった。


「みたいだな」

「いずれにせよ、タイムリミットであったな、これを見よ」


 と差し出したのは今日の新聞だ。

 みると、ルタ島に渡る船便が、いよいよ来週にも出るらしい。


「ついに試練か、めんどくせえなあ」

「そんなことでは弟子に先を越されるぞ」

「いいじゃねえか、そしたら免許皆伝だ、あいつなら立派なおっぱいマスターとして世界中の美女を俺と二分する立派な紳士になるだろう」

「いい気なものだ」


 日が暮れても宴は続く。

 店を閉めた近所の連中も交えてガブガブ飲む。

 隣のルチアは、エディと腕を交差させてジョッキを煽っていた。

 ああいうの、屈強な男同士でやるのは見た記憶があるけど、こっちじゃ若いねーちゃんもやるんだな。

 俺の横では少々やつれた果物屋のエブンツがちびちび飲んでいた。


「元気ねえな」


 と尋ねると、


「妹の分まで仕事が増えて、もう限界だよ」

「人を雇えよ、儲けは出てるんだろう」

「口入れ屋に頼んでるけど、全然来なくてよう」


 前にもそんなことを言ってた気がするな。


「おまえんとこ、またなんか女の子が増えてねえか?」

「人材は足で稼ぐんだよ」

「まじかよ」

「出入り先の屋敷の女中さんとかでも声かけてみろよ、人の余ってそうなところもあるだろ」

「無茶言うなよ、女の前に立つと、頭が真っ白になってうまく喋れねえんだよ」

「仕事の話ならできるんだろう、別にナンパするんじゃねえんだ、労働者を雇うんなら仕事の話だろう」

「そうなあ」


 そこにエブンツの義弟で料理人のハッブが籠を下げてやってきた。

 中に入っているのは握り寿司だ。


「どうです、自分でもなかなかのものだと思いますが、サワクロさんの言う寿になっているかどうか」


 一つ食べてみると、たしかに立派な寿司だった。

 さっそく判子ちゃんを呼んでごちそうする。

 はじめは嫌そうな顔をしていたが、寿司を一口食べると、ぱっと明るくなって、


「そう、これが寿司なんですね。知ってるけど食べたことのない味」


 それだけ言うと、あとは黙って黙々と食べ続けた。

 あっけないものだが、これで一つ、借りは返せたかなあ。




 深夜になっても宴は続く。

 商店街の連中も大半が引き上げたが、酔いつぶれてベンチで寝ていたルチアは判子ちゃんが運んでいった。


「今日はごちそうさま、あのお寿司、今度は私の本体にでもごちそうしてください」


 そういった判子ちゃんは満足そうだった。

 本体ねえ、エネアル同様、試練が終われば、向こうからやってきてくれるんだろうか。

 エネアルとちがって、自由に行き来できるっぽいんだけど。

 まあいいや、もっと飲もう。

 限界まで飲んだら、あとは寝るだけだ。




 白いモヤだ。

 これが夢なのかどうかは定かではないが、こっちに来ると俺はすべてのことを少しだけ思い出す。

 例えば遠くの空を掛ける巨大な馬と、その背にまたがる騎士はセプテンバーグとストームだし、ふわふわと柔らかい地面は、パルクールの手のひらだってことを、俺はちゃんと知っているのだ。


「えらい、ご主人様おおむねスカポンタンなのに!」


 空の上から響く声でパルクールがそういうと、すぐ隣にいた燕が、


「だいぶ土台が出来上がってきたわよね。これなら、大丈夫なんじゃない?」


 すると反対側に居た紅が、


「マスターの中に生まれ変わった者たちの多くはまだ眠っています。別次元に吐き出されたものも。それらをすべて回収するのは、まだまだ、時間がかかることでしょう」

「時間のない世界で、時間がかかるって言われてもねえ」

「プロセスに時間を内包していないからと言って、手順が簡単になるわけではありません。一人ずつ、起こしていくしかないでしょう。まずはあの二人から」


 紅が指差した先には、今やかがやく巨大な塊となった二つの光がある。

 その光がこちらに飛んできて、ぶつかりそうになったところで、目が覚めた。




 目覚めると、夜もすっかり更けていた。

 裏庭でいくつも炊かれていた焚き火は中央の一つだけが残り、エレンと紅が、火の番をしている。

 俺はさっき見た内容も覚えていない夢の中で、馬が出てきたような気がするので、ちょっと気になって馬小屋を覗くと、花子がヒヒンと小さくいななく。

 様子がおかしいと思ったら、破水していた。


「こりゃいかん、誰か、ウクレ! ウクレを呼んできてくれ、急げ、花子が、生まれる、生まれるぞ!」


 そう叫んでとび上がった瞬間、しこたまぶつけたスネをさすりながら、俺はみんなを呼びに馬小屋から飛び出したのだった。

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