第375話 団子を食べる

 今日は裏庭に大きなたらいを出して、ひたすらイワシを指で割いている。

 先日の寿司のせいで、俺の中に料理ブームが沸き起こったらしい。

 さっきまで生きてたイワシの首をもぎ、内臓に親指を突っ込んでグリグリやるところなんかは実に残酷だといえるが、これにたっぷり塩を振って焼くと最高にうまいので仕方あるまい。

 少し干して身がしまったのもいいよな。

 そんな事を話しながら、一緒に両手を真っ赤にしているのは、料理組の面々だ。

 新人のトッアンクも今のところは家事を手伝っている。

 やりたいことが見つかるまでの暫定的な処置みたいなことを言っていたが、別に無理してやりたいことなんて見つけなくても、ムリのない範囲で最低限の仕事をこなしたらあとは食ったり歌ったり踊ったりいやらしいことをしたりして楽しく過ごせれば十分だと思う。

 だが、世の中はそんなに都合良くはできてなくて、人にはやるべきことや収まるべき場所があってしかるべきだと考えることも多い。

 同じ新人従者のラッチルなどはそのタイプで、今も俺が血を滴らせながら魚をさばく様子を見て愕然としていた。


「料理を趣味として嗜む、というのであればまだ納得もできますが、そのように魚の血と臓物にまみれて御身を汚すような行為は、いくらなんでも……」


 まあ、魔界の古風な、というか俺基準で言えば古風と言える価値観をもったラッチルがそう思うのももっともであろう。

 だからといって頭ごなしに批判するのはモダンな意識高い系紳士である俺のスタイルではない。

 なにか気の利いたことを言って納得させようと思ったが……なかなか難しいな。

 楽しく魚をさばいてる時に、余計なことを考えるのも面倒だし。


「まあ、なんだ、これ楽しいんだよ。癖になるぞ」

「楽しみを貪るばかりでは、人の上に立つ紳士として、示しがつかぬではありませんか」

「何を言ってるんだ。人間、上ばかり見てるとコケるぞ。上には上の、下には下の見本が必要なんだよ。俺は人のもっともささやかな暮らしに寄り添う見本でありたいと、常々思っているのだ」

「むっ……それはしかし、先日フルンが申しておりましたが、ご主人さまがもっともらしいことを言うときは、言い訳に困ったときだそうです。今の発言は誠に本心から出たものなのでしょうか」

「フルンは根が素直すぎて困るな。俺はだな、ラッチル。誰か困っているものが紳士の御威光にすがることで希望をつかめるというのなら、ちょいと体を光らせてその場しのぎの御利益を与えてやるぐらいのことはできる。だがお前たち従者はそうではない。きっかけはともかく、今や家族としてともに歩む立場のお前たちとは、忌憚なくおのれの姿をさらけ出し、同じ喜びを分かち合いたいと思っている。その一つのあらわれが、このイワシだ。こうしてしっかりワタを取ってぬめりも拭き取り、ヒレにまで塩を塗り込んで網で焼く。滴る脂と沸き立つ香りがもたらすのは、どんな人間でも持ちうる根源的な喜びだ。ひるがえって我が家には物乞いだった家なし子から王族まであらゆる身分の者が揃っている。そうした皆の生まれ育ちに配慮していては等しく喜びを分かち合うのは困難だと言えよう。そんな多様性をもつうちの家族においても、このイワシの味は等しく共通だ。その同じ喜びを俺が手づから与えられるのだということにこそ、俺は紳士としての自分を確かなものとして感じられるのだよ」

「はあ……」


 とラッチルはため息にも似た返事を返す。

 俺のいきあたりばったりな説得が効かないところを見ると、ラッチルも少しはうちに馴染んできたのかも知れない。

 トッアンクも俺の話はスルーしてひたすらイワシを割いている。

 海の魚には縁がなかったそうだけど、うまいもんだな。


「まあいいや、ラッチル、そっちでオルエンたちと一緒に炭でも起こしといてくれ。焼いてくおうぜ」

「かしこまりました」


 魚を焼き始めると、たちまち裏庭にいい匂いが充満してくる。

 するとどこからともなく酒瓶片手に家族が集ってくるという寸法だ。

 酒が入ると宇宙とか試練とかどうでも良くなってくるし、つい先日の探偵ごっこのことも綺麗サッパリ忘れていたのだが、書類片手にインテリ眼鏡参謀のローンがやってきて、先日の後日談を始めた。

 この野暮ったいところがローンの魅力だと言えよう。


「いくつか、お耳に入れておこうと思うのですけど、よろしいかしら?」

「まあ、よろしくてもよろしくなくても話すんだろう」

「ご明察。まずはボーセント卿について。ボーセント卿は資産の横領に関する容疑がありますが、これはレアリーが被害届を出さないと言うので不問に。彼自身盗賊ギルドのメンバーだったようですし、あまり捜査の手を入れたくはないですね。また、レアリーの両親が隠密であったというのは確かなようです。任務内容はこちらの調査からは不明ですが、今後必要になれば調査を進めます」

「そもそも時効ってないのか? 随分前のことなんだろう」

「時効ですか、個人の犯罪に時効を適用することはあまりないと思いますが」

「そうなんだ、俺の故郷じゃそうでもなかったが」

「こちらの世界でも、かつてはそうだったようですね。そのあたりはフューエルのほうが詳しいでしょう。ついで、ウェドリグ派らしき集団による襲撃についてですが」

「ふむ」

「元々、ボーセント卿が新別荘に反対していたのは、先の件とはまったく無関係に、単に自分同様の成金を好ましく思っていなかったから、のようですね」

「そうなのか」

「そのため、森の開発をよく思わないウェドリグ派の一部と結託して、反対運動をしていたようなのです」

「反対運動?」

「はい、卿は自身ではパーティなどで他の貴族に話を持ちかける役目を、ウェドリグ派の修道僧たちは、不動産業者や建築業者と交渉するという役目を担っていたようですね」

「それがなんで襲撃になるんだ?」

「わかりません」

「わからんか」

「少なくとも卿はわからぬと言っておりました。よって、ここからは推測になります。かのウェドリグ派の一部は、何らかの非合法な活動を行っていた形跡があります。その一環として森を保護していたと見られます。森に何があるのかは不明ですが、そうした利害の一致からボーセント卿と手を組んでいたのでしょう。ですが襲撃の前日、卿は盗賊ギルドの幹部と面会していたでしょう。あなたもご一緒していたそうですが」

「ああ、あの猫耳ねーちゃんな」

「エレンによると、あの幹部はどうやらウェドリグ派の調査のためにあそこに滞在していた様子。それと接触したボーセント卿をギルドのスパイと判断して捕獲、もしくは排除するための襲撃だったのでは、と考えられます」

「つまり味方と思って手を組んでたら敵だったのでやっちまえってわけか」

「そうですね」

「それで、そのウェドリグ派の連中はどうしてるんだ?」

「消えました。スポックロンにも追跡を依頼していますが、こちらが本格的な調査に入る前に、ゲートを通じて各地に散ったようです。現在、ゲート利用者の履歴を元に所在を確認中ですが、簡単には行かないでしょう」

「ふうん、まあ俺には関係なさそうだな」

「そうだと良いですね」

「また他人事みたいに。従者らしく、親身になって心配してくれよ」

「こうした態度が一番従者らしいと、理解しておりますので」

「さすがは名参謀、優れた洞察力だな」

「ありがとうございます」

「褒めてないぞ」

「主人の皮肉にまさる褒め言葉があるとでも?」

「どうかなあ」

「報告は以上ですね。他にご質問は?」

「ごくろうさん。そういや、例の鍵を持ってた冒険者は?」


 すっかり忘れてたけど、なんかそういう事件未満のイベントもあったんだった。

 けが人を助けたら、逆によくわからん盗賊に尾行されたりしたやつ。

 忘れたままでも良かったが、つい思い出してしまったので聞いてみる。


「そちらはエレンが担当しているので、彼女からお聞きください。私の方にはまだ新しい情報は入っておりません」

「そうか、しかし面倒だな、あの酒場に鍵も一緒に渡してくればよかった」

「反省は次に活かすべきですね」

「そうしよう。報告が終わったんならこっちに来ていっぱいやれよ。ご褒美に柔らかいところをつついてやるから」

「残念ですが、これからまた仕事です。では、失礼いたします」


 ローンはオーバーにお辞儀して去っていった。

 ほとんど現地に居なかったのにこれだけまとまった報告をできるってのは、やっぱりそういう方面に長けてるんだろうな。

 入れ違いに、現在話題沸騰中の先鋭デザイナー、サウ先生がやってきた。

 隣にはシェキウールちゃんも一緒だ、いいぞ。


「いいにおい。おねだりに来たんだけど、いいかしら?」


 というサウに、椅子とジョッキを勧めながら、


「もちろん、シェキウールちゃんも一緒にどうぞ」


 俺がすすめると、はにかみながら席についた。

 かわいい。

 小柄なシェキウールちゃんは襟を立てて首をすくめるようにいつも縮こまってる印象だが、議論が白熱するとなかなか口が立つらしい。


「画廊はどうなんだ? 俺も忙しくて全然見てやれてないが」

「うんまあ、最初の騒動は落ち着いたかしら。なんかほら、評論家の先生方が批判的に取り上げて、それに対抗する感じで学生たちがぱーっと盛り上がる、みたいな構図だったけど、そのまま舞台が学院の美術科の方に移っちゃってて、私の上の方を通り抜けていったみたいな感じね」

「ははあ、まあ、話題を独占するのは大変だからな」

「別にそれはいいんだけど、なんかうちの画廊に大物スポンサーがついてるのにビビって評論家先生の腰が引けたせいじゃないかって話もあるわね、そうなんでしょ、シェキル?」


 シェキルってのはシェキウールのあだ名かな、わりとカジュアルにあだ名で呼ぶのでややこしいときもある。

 なんか法則でもあるのかなと思ったが、あったりなかったり、ノリで決まったりもするらしい。

 そのシェキウールちゃんによると、


「ミューレズ校のカンジエ先生は保守派の第一人者みたいな人で、最初に新聞にサウのディスクリプションとコードに関する論考を発表したのもこの先生なんですけど、アレゴリーの解釈の面から切り込んだ学生の反対論文が掲載されたあとに、急に反論を取り下げて、なんだかうやむやになっちゃったみたいです。画壇はわりとそういう所あるから」


 よくわからない単語もあるが話に水を差すのもなんなので、


「なんだ、つまらんなあ」


 とだけつぶやくと、サウがこう言った。


「ご主人様、なにかした?」

「俺がそんな野暮なことするわけ無いだろう、学者は議論してなんぼだぞ。俺も学生の頃には……まあ、それはさておき、そもそもスポンサーとかついてたか? うちのポケットマネーでやってたんじゃなかったっけ」

「メイフルの話じゃそうなんだけど、勝手に勘ぐったのかしら? 土地は奥様の実家の方のものなんでしょ?」

「それを言ったら、都市で家を私有してるのなんて一部のブルジョアと貴族だけだぞ。まあ、うちも大物といえば大物と言えないこともないような家柄的なつながりというかそういうのがないわけでもないような」

「まあいいわ。最近は彼女と二人で、インダストリアルデザインの意義みたいなのをずっと話してるの。今までの絵画って言えば、基本的に神様に捧げるものだったけど、まあ実際には金持ちに売り込むのが大半だったけど、そこから一歩先に行って、商品と顧客をつなぐビジョンを明確にするためのアートを開拓しようっていう意図が明確になってきた感じ。彼女も私と同じで、親は商人で、輸入商社だっけ? それで身内に芸術家は居なかったから、独学から始めたそうなんだけど、造形の才能は眼を見張るものがあるわ。でも前衛的すぎてそっちでは入学できなかったので、絵画の方もやってるとか。それでも私よりは遥かに正統派よねえ。それはともかく、彼女も常に商売に触れて育ってるから、商品を見る目と芸術を見る目の両面を持ってるのよ、話があうのも当然よね」


 サウは画塾みたいなものには通ってたものの独創的すぎて、そこから王立学院の上級課程に進むことなく、飛び出してたんだよな、たしか。

 経済学をしっかりと修めた従姉のイミアとは対照的だ。


「そんなわけで、彼女と一緒になにか作品を作って出そうと思うんだけど、色々検討してたら、フルンが作ってたすごろくがあるじゃない、あれすごろくって言っていいのかわかんないぐらいバリエーションあるけど、あれのコマ? トークン? だっけ、モンスターとか戦士とか、ああいうのの人形が楽しそうって話になって」

「ほうほう、そりゃいいな」

「それでいくつか試作もしてるんだけど、実際の製造はスポックロンに任せようと思ってて」

「ふむ」

「それで今シャミが覚えてるCADってあるでしょ、あれを彼女に見せてもいいか、ご主人さまに確認しておけってカプルが言うものだから」

「おねだりってそっちだったのか」

「まあね、このイワシも美味しいけど」

「でもあっちで量産すると、工場のほうに回す仕事が減らないか?」

「工場はすでにキャパいっぱいだし、それにシェキルの造形を再現するのは、ちょっと難しいと思うのよね。そのへんは棲み分けしていかないと」

「ふうん、まあ、いいんじゃねえか。完成を楽しみにしてるよ」

「ありがとうご主人様、あいしてるー」


 そう言って脂ぎった唇を俺のほっぺにむちゅーっと押し付けるサウ。

 それを見たシェキウールちゃんは真赤になって顔をそらした。

 なかなかウブだな。

 サウの感謝の気持ちは脂ぎったキス一つだったようで、シェキウールちゃんの手を引いてすぐに地下室に引っ込んでしまった。

 サウはずっと引きこもってるから、もう長いことご奉仕してもらってないんだよな、倦怠期だなあ。

 自分の不甲斐なさに泣けてきたので、エールをおかわりしてみた。

 飲めばだいたい元気になるんだ、俺ってやつは。


 しばらく飲んで元気になったところで、レアリーが帰ってきた。

 今日も朝から営業に出ていたらしい。


「おや、いいにおい。旬には早いようですけど、立派なイワシですね」

「焼き立てでうまいぞ」

「ではいただきましょうか、昼食を取りそこねてしまいましたので。ちょっと着替えてきますわ」


 女の身支度の遅さには慣れてきたが、できる商人のレアリーは、支度も早い。

 さっと普段着に着替えてもう出てきた。


「この時期は、シラスをパスタにたっぷり乗せて食べるのが好きなんですけど、ただの塩焼きも乙なものですわね」

「そうだろう、さっきみんなで捌いてたんだ」

「そういえば、私もアルサに来たばかりの子供の頃、港で水揚げしたあとのイワシを業者が馬車で運んでいくんですけど、山積みの荷台からこぼれ落ちるんですの。それを拾って売っては、小遣いを得ていたものですわ」

「苦労してるなあ」

「今もそうした子供はたくさんいるものですわよ。大抵は身を持ち崩してしまうものですけど、私が商人としてやっていけたのは、じいやのおかげですわねえ」

「そういう人が居てくれるかどうかで、人生は変わっちまうからなあ」


 俺も学校を出て一人前に社会に出られたのは、エネアルと判子ちゃんが面倒を見てくれてたからなんだよな、たぶん。

 そもそも、あまりそういうことを意識せずに生きてきたってこと自体が、育て方の良さを証明してるんだろうなと今になって思うわけで。

 わんぱくに走り回っているピューパーなんかも、将来ちゃんとそう思えるように面倒見なきゃなあ、なんてことを考えるようになったのは、レアリーのおかげもあるだろう。

 人間、ちょっとずつしか成長できないもんだけど、そのきっかけは色んな所に転がってるもんなので、それを逃さないようにしないとなあ。

 みたいなことを酔っ払った頭で考えるうちに、俺は酔いつぶれたようだ。

 弱いな。




 目が覚めるとすでに夕方で、俺は裏庭のベンチで転がっていた。

 イワシパーティは一部メンツを入れ替えつつまだ続いている。

 まあうちも六十人ぐらいいるしな。

 俺の飽くなき欲望の結晶だと言えよう。

 あんまりハーレムって感じはしないんだけど。


 酒が抜けきらない気だるさと、脂の取り過ぎによる微妙な胸焼けでぐったりとベンチに腰を下ろしたまま、夕日に染まる池を眺める。

 水面になにかチラチラと光るものが見えた気がして目を凝らすがよくわからない。

 大きなゲップをしてから空を見ると、こちらにもなにかチラチラ光るものが見える。

 いや、見えた気がしたのは一瞬だけで、すぐに見えなくなった。


「何を見ていらっしゃるのかしら?」


 声の主はレアリーだ。

 彼女が手にした皿にはイワシのフライがてんこ盛りだった。

 俺が寝てる間も、ずっとみんなと飲み食いしてたらしい。

 タフだな。


「なんか空にチラチラ光るものが見えた気がしたんだけど、気のせいかな?」

「それは女神の雫ではありませんか? 今日のように夕日のきれいな日には、空にチラチラと光るものが見えるそうです。迷信みたいなものですが、アルサに住むものならだいたい知っているのでは?」


 すると一緒にフライをたべていた地元民のイミアもうなずいて、


「子供の頃に聞いたことがありますね。見たことはないですけど」


 という。

 改めて見上げるが、何も見えない。

 ボーッと見ていると、近くで給仕していたミラーがこう言った。


「オーナー、今見上げているあたりには、軌道エレベータの駅が浮いています。遮蔽装置の精度の問題で光って見えるのかもしれません」

「ああ、あのへんにあるのか」

「先日、乗り込んで設備が機能していることは確認済みです。ただし管理権がないのでエレベータはまだ使用できませんし、エレベータユニットの修理も必要だと思われます」


 軌道エレベータの説明を受けたレアリーは驚いて、


「では、空の上に見えない遺跡が浮いていると?」

「そうらしいぞ」

「ほんとうに絵物語のような冒険をなさっているんですね。はやく宇宙というものにも行ってみたいものですわ、おほほ」

「行きたいのはやまやまなんだけど、なーんかまだ面倒な事件とか起きそうな気がするんだよな」

「そんなにいつもトラブルに巻き込まれているんですの?」

「そうなんだよ、なんでだろうな、俺はこんなにいい子なのに」

「本当にいい子は自分でいい子だと言わないものだと思いますわよ」

「俺も誤解されやすい人間だからな、なるべく自分の良さをアピールしておきたいんだよ」

「良い商品の売り込みというものは、九割の誠実さと、一割の誇張ですわね。ご自分のアピールポイントは、慎重に選ぶべきですわね」

「なるほど、俺も誠実さが十割だからな、すこしはメリハリを付けないとなあ」


 などとくだらないことを話していたら、来客があった。

 レアリーの友人であり、うちとも商売上の付き合いがある小麦の仲買人リリエラ嬢だ。

 花束を手に、お祝いに来てくれたらしい。


「まあ、立派な花をありがとう、リリエラ」

「本当におめでとう、レアリー。話を聞いて、一番に駆けつけようと思ったんだけど、今の時期はなかなか手が離せなくて。それにしても、紳士様ならあなたのことをどうにかしてくれるんじゃないかと思ったら、様子を見るまもなく、こうして捕まってしまうなんて。噂のプレイボーイの前では、あなたほどの人でも形無しのようね」

「そうみたいですわよ、おほほ」

「それで、お仕事の方はどうするの?」

「当面はこちらの商売を手伝いつつ、奥様の話では魔界との交易を始めるそうで、そちらに本腰を入れることになるんじゃないかしら。あなたも噛んでるんでしょう?」

「ええ、だからどっちにしろあなたに手伝ってもらいたかったんだけど、あなた組むのを嫌がってたでしょう。そちらも、もう宗旨変えしたの?」

「そうですわよ、愛に生きると、信条さえも変わってしまうみたいですわ、おほほ」

「まあ、憎らしいこと」


 そう言って楽しそうに話している。

 いいねえ、レアリーのこういう顔が見たかったんだ。

 リリエラ嬢は俺に全然興味がないっぽいので、俺もまったく口説こうという気にならないんだけど、この辺の受け身さも、我ながら筋金入りだなと思う。

 レアリーたちは俺をほっといて商売の話なんかで盛り上がってたので、場所を変えることにする。


 周りを見渡すと、最初に目に入ったのは巨人のレグと、魔族騎士のラッチルなんだけど、すでに騎士連中なんかで盛り上がってるので間に入りづらい。

 次に目に入ったのは、テントの前で焚き火をしているフルンたちだ。

 テントぐらしの三人以外にも、新人狸娘のトッアンクや牛娘のリプルなんかもいて、なにかやっているので声をかけてみた。


「おだんご! お団子食べるところだった! ちょうどいいところ!」


 と言ってフルンが席を勧めてくれたので、一緒に団子を食べる。

 もち米の粉で作った団子に、あんこがたっぷり乗っている。

 うまい。

 うますぎて、フルンなどは口いっぱいに団子を頬張っている。


「へえ、ごふゅひんはは、うひゅう……」

「まずは落ち着いて団子を食え」

「うん……もぐもぐ」


 しばらく無言で団子をたべて、落ち着いた頃に改めてフルンがこういった。


「宇宙っていつ行くの? ミーシャオにも行けるようになったら呼びに行くって約束してる!」

「そうなあ、さっさと行きたいのはやまやまなんだけどな」

「リッツベルン号ならすぐつきそうなのに」

「空の上の方に、壁みたいなのがあって、それをどうにかしなきゃ、それ以上宇宙に上がれないんだよ」

「誰か意地悪してるの?」

「そうみたいだな、困ったもんだ」

「そうだねえ」


 団子は満足したので、別の団子を堪能すべく、リプルとトッアンクを抱き寄せる。

 牛娘のリプルなんかはなれたもので、みんなの前で自慢の団子をモミモミされても平気なんだけど、狸娘のトッアンクはすっごく恥ずかしがる。

 まあ、これも従者の努めだと思って、慣れてもらうしかないよな。


 随分日の入りも遅くなったが、湖の向こうに日が沈むと晩飯になった。

 とはいえ、食いすぎて腹がいっぱいなので、イワシのつみれ汁だけいただくことにする。

 汁をすすりながら、酒もすする。

 あとはおっぱいでもすすれば完璧なんだけど、客もいるしまあいいか。

 赤紫色の空をぼんやり眺めていると、絵かきのサウと、ゲストのシェキウールちゃんが出てきた。

 ずっと地下でCADと格闘してたらしい。

 地下室のCADは一台しかなかったように見えるが、同時に複数人で作業できるものらしいので、なんか色々作ってたようだ。

 最先端すぎる造形技術に触れたシェキウールちゃんは興奮しすぎていた。


「あんな古代の叡智で、思い描いたものがそのまま造形になるようなすごい技術で、しかもおもちゃを作るなんて! これは学院のエリート主義だけでなく、一部の学生にはびこる反知性主義へのカウンターとしても有効な活動になるでしょう! この活動が成功すれば、浮世離れして貴族の太鼓持ちに成り下がった画壇を解体し、いずれはあらゆる階層にアートが社会のビジョンを与える、いえ、自ら構築するツールとして成り立つきっかけとなるに違いありません。すなわち……」


 とかなんとか言っている。

 過激だな。

 少女っぽくはにかむ姿と、熱っぽくアジるギャップがチャームポイントのようだ。

 満足して帰るのかと思ったら、寮に戻って着替えてくるのだとかなんとか。

 昨日も徹夜で議論してたので、ずっと着の身着のままらしい。

 シェキウールを見送ったサウが、大きなあくびをしてからこう言った。


「彼女、いいでしょ」

「そうだな」

「はやくナンパしてよ」

「そうはいっても、話す機会もろくにないんだけど」

「別にいいじゃない、私だってイミアのおまけみたいなものだったでしょ」

「そんなことはなかっただろう?」

「そうかしら? なんとなくここに通って仕事をしてるうちにくっついちゃった気がするんだけど」

「そうだっけ?」

「まあいいわ、私もひと風呂浴びて、続きをしないと。このところ画廊に時間を取られてたから、仕事がてんこ盛りで」


 と言って引っ込んでしまった。

 楽しそうだな。

 俺は少し冷めたつみれ汁をすすりながらそうつぶやくと、ぼんやりと星空を眺めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る