第374話 寿司を作る
寝ぼけ眼で尻をかこうとしたら右手が動かない。
見るとレアリーが俺の手をギュッと握りしめたまま眠っていた。
かわいいなあ。
かわりに左手を使おうとしたらこちらも動かない。
見るとエディがでかい尻の下敷きにしていた。
たまらんなあ。
身動き取れないのでしばらくぼおっとしていると、やがてみんな目を覚まし始める。
夜の濃密な時間とはうってかわって、朝の爽やかなこの瞬間もまた、いいものだ。
特に目の前にいるのが新しい美人だと、なお良い。
ほんのりと頬を染めて肩をすくめ、おはようございますと小さくつぶやくレアリーに優しくチューなんてしちゃったりして、完全に目が覚めたところで起き出した。
簡単に身だしなみを整えてテラスに出ると、すぐに朝食の支度が出来上がる。
エットたちはボーセント卿にお別れを言いに行ったらしい。
今日、帰るからな。
例の襲撃に関しては、騎士のランプーンが後日事情聴取するそうだ。
また襲われるかも知れないんだけど、そもそもこの別荘地にはクロックロンがまだ数百体ぐらい潜り込んでるっぽくて、なんかあったらどうにかするだろう、みたいな話だった。
そのうちあらゆるところに溢れ出すんじゃなかろうか。
リースエルはまだしばらく滞在するが、両親のリンツたちもそろそろ引き上げるそうだ。
避寒シーズンも終わり、暖かくなるとここも寂しくなる。
孫を手放すことにしたカントーレ夫人も大丈夫かな。
冬だけと言わず、たまには顔を出してもいいのかもしれないな。
挨拶を済ませて家に帰った。
自宅では新人がいるということで待ち構えていたアンによるスムースな迎え入れがいつものように執り行われた。
もっとも、先日のトッアンクなどと違い、一流商人であるレアリーは、そのまま商人組に合流するようだ。
そもそもイミアの先輩でもあるしな。
レアリーは、いくつか商談中の取引を継続しつつ、当面は得意の貴族向け販路を使って、高級チェスなどを売りさばくところを担当するらしい。
メイフル曰く、
「いやあ、うちの商売の弱かった部分を補うお人を、都合よく捕まえてきはるんやから、さすがは大将ですわなあ」
などと調子のいいことを言うし、イミアの方も、
「学生時代に色々と武勇伝を聞いていたレアリーさんと一緒に仕事ができるのは光栄です」
と言っていた。
まあ、うまくやってくれるだろう。
こちらがうまく収まったところで、次のタスクは宇宙行きなんだけど、まだノード229の件が解決していない。
そういえばデュースやリースエルの知り合いというなんとかってのと連絡をつけるんだっけ?
忘れていたのでデュースに確認すると、
「ポワイトンですかー、どうも南方からこちらに向かう船に乗っているそうなのでー、こちらにつき次第連絡があるんじゃないですかねー」
「そうなのか」
「それよりも気になっているのはー、例のレアリーさんの両親が黒竜会の刺客にやられたってことなんですよー」
「ふむ」
「二十年ほど前といえばー、もうほとんど残党など居なかったはずなんですがー」
「じゃあ、あの話は嘘だったのかな?」
とレアリーに聞こえないように声を潜める。
「うーん、私は諜報員のたぐいとはあまり接してこなかったのでー、ポワイトンならなにか知ってるかも知れませんがー」
「じゃあ、そいつは黒竜退治絡みの知り合いなのか」
「私は近年までそっち絡みの知り合いしか居なかったんですよー。彼は赤光の騎士の名で世間では知られていると思うんですけどー、昔はあんまり一緒に行動することはなかったんですけどねー、ドラゴン達が亡くなったあとぐらいからちょくちょくと討伐作戦で一緒になることがー、知ってる限りもう何百年も爺さんみたいな顔なのでー、よく考えたらあれも普通の人間ではないんでしょうねー」
「面倒くさそうだな」
「そうですねー、でも若い子を侍らすタイプの人なのでー、ご主人様とは気が合うかもしれませんねー」
「そうかな?」
「どうですかねー、そういえば彼は昔はホロアの救済などにも尽力していたそうですがー」
「救済?」
「黒竜会はホロアを目の敵にしてましたからねー、以前レーンも言っていたと思いますがー、血の契約を呪いだと言って迫害してたようでー、先の大戦前後はそれを保護していたとかー、アレはだれに聞いたんでしたっけー、まあーこちらについたら連絡が入るはずなのでー、わかるんじゃないですかねー」
面倒くさそうな話は丸投げして、俺はレアリーとイチャイチャしようかと思ったら、さっそく仕事にでかけてしまったあとだった。
せつない。
せつないが、過去のしがらみを断ち切って純粋に商人として新たな一歩を踏み出したのだ。
俺は部屋の隅から生暖かく見守ることに徹しよう。
などと思って暖炉の前まで行くと、今日は比較的温かいせいか、火が入ってない。
わびしい。
わびしさの洪水にたえきれず、フラフラと裏口から出ると、湖沿いのベンチでデザイナーのサウが寝ていた。
春だなあ。
近くに居たミラーに尋ねると、一晩中議論したあげく、ついさっきそこで力尽きて眠ったらしい。
いま毛布を取りに行くところだという。
よく見ると、隣では美術家志望のプリモァ少女シェキウールちゃんもだらしない格好で寝ている。
彼女とは特に仲良く激論を交わしているらしい。
相性がいいのかな。
だとすると、楽しみだなあ。
何が楽しみかは煩悩の泉に深く沈めておいて、ブラブラと散歩する。
日差しがほんのり温かくて気持ちいい。
いやあ、いい散歩日和だなあ。
なんの憂いもなく、目先の締切みたいなもんもなく、家に帰ればうまい飯と酒と美女がまってる。
極楽だねえ。
などとぼんやり歩いていたら、石に躓いてこけかけた。
あぶない。
気を取り直して前を見ると、魚屋の裏手にある大きめの桟橋のところで、漁師のタモルが荷をおろしていた。
見ると桟橋の手前ではピューパーたちがじゃまにならないように行儀よく見学している。
タモルの船には、娘のアースルちゃんも乗ってきたようだ。
荷物をおろし終えると、アースルちゃんも船から降りて、ピューパーたちと遊ぶらしい。
「おや旦那ァ、朝から景気の良さそうな顔してるねえ」
よく通るタモルの声にびっくりしたのか、水面で魚が跳ねる。
「あ、魚!」
とそれを見たピューパーが喜び、みんなもはしゃぎだす。
子供は素朴でいいねえ。
しかし魚かあ、魚といえば寿司だったな。
別荘では異様に忙しくてそれどころではなかったが、今日は寿司を作ろう。
というわけで、魚屋を覗くといきの良いのが並んでいた。
「旦那、今日はいいブリがはいってるよ」
みると立派なブリが積まれていた。
なんかいつもブリを食ってる気がするんだけど、もしかしてここの特産品なんだろうか。
すきなんだけど、ナマで行くには脂が乗りすぎてる気がするんだよな。
しかしそれ以外だと寿司向けの魚は見当たらなかったので、三匹ほどまとめてもらう。
ザルにかかえて家に帰ると、フルンたちが道場に出かけるところだった、さっき帰ってもう出るのか。
「あ、魚、おっきい! 丸焼き?」
と舌なめずりするフルン。
「さて、どうなるかは帰ってからのお楽しみだな」
「わかった、行ってきまーす!」
見送ったら調理開始だ。
朝食を終えて一息ついたモアノアに手伝ってもらうことにする。
「ブリだな、どうするだ?」
「寿司を握ろうかとおもってな」
「前から言ってた、例のやつだすな」
「うん、というわけでまずは酢飯だな」
米を研いで水に浸す。
寿司はちょっと固めに焚くもんだよな。
ついで魚をおろす。
でかすぎるうえに脂が回って、俺の技量ではうまくおろせないようだ。
モアノアにかわってもらって、その間に卵を焼こう。
砂糖とブイヨンをたっぷり利かせた甘いやつだ。
久しぶりに焼いたが、よく鍛えてあるフライパンの助けもあってか、なかなかキレイに焼けた気がする。
焼印みたいなのがあれば、市販の玉子とかわらんよな。
と思い立って、ちょっとカプルを呼んでくる。
「焼印ですの? 何に使うんです」
「この玉子の表面にな、ちょいと押してやるとなんかいい感じになるはずなんだよ」
「よくわかりませんけど、わかりましたわ。ちょうどシャミが一仕事終えたところですし、小一時間もあればご用意できますわ」
「おう、頼んだぞ」
などとやっている間にブリがキレイな短冊にカットされた。
かなり脂がテカってるが、まあいいか。
こういうのは熟成とかしたほうがいいのかなあ、わからんけど。
少し塩を振って締めとこう。
ちょっと味見してみたが、とろけそうにうまい。
うまけりゃなんでもいいや。
そうこうするうちに、米を浸し終えたので火にかける。
この間に吸い物でも作るか。
今おろしたブリのアラを火で炙ってから出汁を取る。
あとしょうがと味噌で軽く味をつけ、刻んだあさつきをちょいとちらしたら完成だ。
うまい。
やがて米の炊けるいい匂いがしてきた。
酢と砂糖、それに塩をちょっぴり合わせておいて、準備もオーケーだ。
大きな団扇であおいでもらいながら飯に酢を混ぜ込んでいく。
程よく照りが出て、いい感じになってきた。
ちょっと味見するとこれまたうまい。
これだけでも三杯は食えそうだなあ、などと思いつつ酢飯も完成した。
さてここからが問題だ。
今更言うのも何だが、握り寿司なんて握ったことないんだよな。
まあ米も魚もいっぱいあるんで、さっそく握ってみる。
はじめの十個ぐらいはおにぎりの出来損ないみたいなもんで、ひどいできだった。
試食したモアノアなどは、
「ボソボソで、うまいもんではないだすな」
「そうだな」
「これはどういう方向にもっていければ完成なんだべ?」
「うーん、こう手で掴むとしっかりしてるのに、口に入れた瞬間飯の部分がほろっと崩れて、それでいて魚の部分とも一体感があるというか」
「難しいことをいうもんだべ」
「だよなあ、職人は何年も修行するらしいけど」
「じゃあ、修行するべ。米も魚もいっぺえあるだよ」
というわけで、料理組にミラーもくわえて、みんなでひたすら握る。
握っては食うを繰り返すうちに、徐々に腹が膨れて限界が見えてきた。
せめて食う部分だけでも分担しないと、と思っていたところに頼もしい連中が帰ってきた。
フルン達だ。
「ただいまー、できた?」
「まだ試作段階だ、味見してくれ」
「了解!」
というわけで、テーブルをカウンター風に並べて座ってもらい、どんどん寿司を出す。
ネタはブリしかないんだけど。
「ブリ!」
「あいよ」
「こっちもブリ!」
「ほいよ」
「もういっこブリ!」
「あらほらよ」
などとひたすら試作するうちに、しこたまあった飯と魚はなくなってしまった。
それでも最後の方は、結構いい感じに仕上がっていた気がする。
吸い物や桃の焼印を押された玉子もいい感じで、なかなか前途は有望だ。
特に玉子焼きは子供受けが良かった。
この調子でミラーに最適化を進めてもらえば、数日でいい感じの寿司職人になってくれるだろう。
俺は途中で諦めたけどな。
「ぷはー、おなかいっぱい」
丸まったお腹をさするフルン達は、
「ちょっと運動してくる!」
といって出ていってしまった。
元気だなあ。
あとでプロ料理人のハッブの意見なども聞いて、もう少し完成度を高めて江戸前ならぬエッサ前寿司……なんか語呂が悪いな、まあそういうのに仕上げたい。
しかる後に、判子ちゃんにごちそうするとしよう。
気がついたら時刻は昼下がりで、寿司を食べすぎて腹もいっぱいなのでぐーたらしてると、レアリーが帰ってきた。
「おかえり、思ったより早かったな」
「カルポースというあの乗り物のおかげで、移動にかかる時間コストがほとんどなくなってしまいましたので、予定の三倍の仕事がこなせました、あれはなんとも言えず素晴らしいものですわね。それに供に付けていただいたミラーも実に優秀で。人形というのはもう少し杓子定規なものと思っていましたけど、相当優秀なレガートなのですね」
「ミラーたちは特別でな、そういうところは追々教わってくれ」
「そういたしましょう」
「それより、仕事が終わったんなら、こっちで一緒に一杯やろうぜ」
と誘うと、
「まあ、まだ外は明るいと言うのに。予定の仕事が早く終わったら、予定外の仕事がこなせるものでしょう。まだこちらの仕事も覚えなければならないことがたくさんありますので、また後ほど」
と言って、店の方に行ってしまった。
そういや、彼女はワンマンだったな。
でもまあ、半分ぐらいは照れ隠しのようだ。
個人差があるとはいえ、周りにいっぱい人がいる状況でイチャイチャできるようになるまでには、そこそこ時間がかかるのだ。
でも、いちゃいちゃしたいよう。
と嘆いていると、酒瓶片手にカリスミュウルがやってきた。
「ははは、もう倦怠期か」
「そんなことはないぞ、俺はつねに各人の自主性を重視しているのだ」
「物は言いようだが、いつもそんなことを抜かしておらぬか?」
と言って隣に腰を下ろすと、俺にグラスを手渡す。
「しかしなんだな、貴様の周りには程度の差はあれ、どこか満たされぬものが集まってくるのであろうか」
「そうはいっても、誰だってそういう面はもってるだろう」
「それはそうだが」
「たまたま俺が穴埋めしやすいタイプの子が、ずぶりとハマっただけじゃないのか」
「言ってることはわからんでもないが、もう少し品の良い表現をするのだな」
「自分で言っててそう思った」
ちょっと辛い酒をグビリと飲んで、話題を変える。
「あとはちょこっと宇宙に行ってくれば、いよいよ試練だなあ」
「ちょこっとと雑に流せるような場所なのか、宇宙というものは」
「わからん、わからんので、雑に考えておきたい」
「たしかに、わからんものを考えるのは不毛だな。もっとも試練の方も、わからぬほうが多いが」
からになったグラスに手酌で注ぎながら、カリスミュウルはこう続ける。
「そう言えば先程手紙が届いて、近日中にクントの体を持ってくるそうだぞ」
「早いな、しかし試練に間に合いそうで良かった」
「もっとも、体が馴染むまで時間がかかるようだがな」
「ああ、そりゃまあ、そういうもんかもなあ」
「ところで、話は変わるが」
皿に盛られた炒り豆を鷲掴みして頬張るカリスミュウル。
「今日はエンディミュウムが買った屋敷とやらを見に行ってきたが、案外近場でも良い屋敷があるではないか。ここも手狭になってきたし、なにか考えてもいいのではないか?」
「うーん、まあそうなんだよなあ」
俺が狭いところに密集してイチャイチャするのが好きというのはおいといて、今となっては不便なところもある。
たとえば表に面したスペースの半分しか店として使ってないのでもったいないとか、飛行機のたぐいは庭から直接乗りたいとか、昼間から惰眠を貪りたい時に、ちゃんとした寝室があったほうが便利だとか、そういうやつだ。
地下室をうまく使えばよかったのかも知れないが、気がつけばカプルたちの工場と、スポックロンの司令室みたいなので大半が占拠されちゃってるんだよな。
「街なかに大きな屋敷を構えるよりも、庭から直接リッツベルン号に乗れるような、ちょっと郊外の一軒家みたいなのを用意したほうが、色々便利な気もする」
「ふむ、その理屈も、わからんでもないな。もっとも、あれに乗るような機会はたまにしかないのではないか?」
「俺たちはそうかもしれんが、ローンやポーンは毎日つかってるじゃん。たぶんレアリーもそうなりそうだし。それでもまあ、今はなんとなく公園まで出向いたりしてるけど、たんに人気のない土地を用意してちょっと囲いとか小屋とかだけ作った空港みたいなんを用意すればいいのかな」
「空港とはなんだ?」
「うん、なんというか、ああいう飛行機とかに乗り降りするための、駅みたいなもんだな、駅馬車とかの、いや、港のイメージのほうが近いのかなあ、まあそういうのだ」
「ふむ」
わかったのかわかってないのかよくわからない返事を曖昧に返すカリスミュウル。
台所ではすでに夕飯の支度に入っていて、忙しそうだ。
寿司を食いすぎて腹もいっぱいなので、あまり酒も飲む気にならない。
フラフラと、お店のほうを覗いてみると、奥の商談スペースで、レアリーとイミアがなにか話していた。
「旦那様、なにか御用でしたら、どうぞお入りになってくださいまし」
レアリーがそう言って迎え入れると、イミアが笑って、
「ああ見えてご主人さまはシャイなんですよ」
「そのようですわね、ちょっとテライサでは紳士の偉大さにアテられてしまいましたが、私の気を引いた殿方は元々、そういう方でしたわね、おほほ」
久しぶりにおほほが出たな。
すっかり本調子のようだ。
「そんなふうに言われると、照れるな。忙しくないなら、仲間に入れてくれよ」
と悪びれずに中に入る。
「レアリーには一通り、うちの仕事を説明したので、当面の方針を話し合おうかというところなんです」
とイミア。
「メイフルは高級品を貴族に売り込んでもらいたいと言ってたが」
「そうなんです。今も中堅どころの貴族までは販路をもっているそうなんですが、うちはさらにウェルディウスやペーラーといった最有力貴族のお墨付きも出せるでしょう、それを利用して、レアリーには超高級チェスなんかをあらゆるところに売り込んで貰おうという話をしてたんです」
「そんなうまくいくのか?」
と尋ねると、レアリーは、
「そうですわね、お墨付きがないと会ってさえもらえないという点では、ひとまず舞台には上がれているといったところですわね。それにしても、あのお二人がまさかかの赤竜姫やカリスミュウル殿下だとは。新聞などで噂ぐらいは聞いたことはありましたけど」
「まあ、身分みたいなのはあとからついてくるんだよ」
「そんなものでしょうか。しかし、大貴族相手の商売ともなると、私だけでは力不足ですわね。いざというところでなめられてしまいますもの」
「そんなもんか」
「調子に乗って、無理難題や嫌がらせをする輩も……おっと貴族相手にヤカラはありませんでしたわね、おほほ。いわゆる、困ったちゃんもいるものですわ」
「困ったちゃんね、となると、イミアやメイフルでも同じか」
「残念ながらそうでしょうね」
イミアは獣人だし、メイフルも盗賊だからな。
「つまり、貴族として申し分ない身分でありながら、暇を持て余していて、おまえの商売に付き合える人材がいればいいのか」
「聞くところによると、旦那様は必要な人材はナンパで確保なさるそうではありませんか。それも一種の才能なのでしょうねえ」
「それも結果論だよ。しかし、そういう人材なあ、騎士連中はあんまり向いてない気がするなあ。しいていうならローンなら行けるかもしれんが、隠居するまでは無理だよな。フューエルも領主の仕事が忙しいし、カリスミュウルは俺に匹敵するぐらい暇だけど、あいつに商売ができるとは思えんし……やっぱりナンパか」
「おほほ、頼もしいですわね」
「それはそれとしてレアリー、おまえは自分の店とか持たなくていいのか? 元々は仕事を大きくしたかったんだろう」
「もちろん、ゆくゆくはそうしたことも考えておりますけど、こちらの従者となったからには、この店だって自分たちのお店ですし、イミアやメイフルと協力してこれを盛り上げていくことにまずは専念したいですわね」
「ふうん、そういうもんか」
その後、営業に出ていたメイフルが帰って、商人組は忙しくなってきたので俺はおいとまする。
再びカリスミュウルとイチャイチャしながら晩飯を待っていると、フューエルが帰ってきた。
今日も自分の屋敷で仕事に勤しんでいたようだ。
「おつかれさん、今日は早かったな」
「父が仕事に戻ったので、こちらは多少楽になりそうですね。それでも試練に出る前に余計な仕事は片付けておかないと」
「苦労するなあ」
「まったくですね」
いつもベッタリとくっついているエームシャーラも、ちょっとお疲れのようだ。
「そっちもご苦労さん、フューエルの相手はつかれるだろう」
「ええ、おっしゃるとおり。貴族の従者として輿入れしたからには、毎日食っちゃ寝で過ごせると思っておりましたのに、すっかり当てが外れてしまいましたね、まさかこんなにこき使われるとは」
「ははは、まあよくある話さ」
エームシャーラは、フューエルとともに学んだ優秀な政治家でもある。
フューエルにしたら助かるだろう。
「そもそも今や我が主人の仕事とはいえ、私にとっては異国の領民の暮らし向きに関わる政治的判断を下すことになるのは、なかなか負担が大きいのですよ。もう少し時間をかけて慣れたいところですね」
とエームシャーラがいうと、フューエルも申し訳無さそうに、
「それはわかっているのですが、あなたがいつもべったり横についているから、つい頼んでしまうのではありませんか」
「それは従者なんですから当然でしょう」
「そうでもありませんよ、見てご覧なさい。この人の従者は誰も横におらず、みな各々が自分の仕事をしているではありませんか」
「それもそうですわね、では私もなにか違った仕事を……」
というので、さっきの話題を振ってみた。
「それならいい仕事があるぞ。レアリーが貴族相手の商売をする時に、身分のある相棒を探してるんだ、もし興味があるなら話してみたらどうだ」
「あら、面白そうですね」
とエームシャーラは乗り気だが、フューエルはそうでもなさそうだ。
「あなたに商売ができるのですか?」
「それはやってみないとわからないでしょう。だめなら手を引けばよいだけですよ」
「それはそうかもしれませんが」
「うふふ、あなた妬いてるのね、フムル。これはぜひとも引き受けるしかありませんわ、レアリーさんは今どちらに? お店ですの、ちょっと行ってきますね」
とスキップしながら店の方に行ってしまった。
それを見送りながら、ため息をつくフューエル。
「まったく、大丈夫かしら」
「すまなかったな、頼まないほうが良かったかな?」
「別に彼女がやりたいなら、構わないでしょう。いくらなんでも四六時中一緒にいるわけにはいきませんし。それに彼女自身、自分の仕事がほしい様子ではありましたから」
「ふむ」
「それに、将来的に魔界への販路を広げる際に、レアリーには頑張ってもらいたいと思っていたのですが、当然エムラもバッツ殿下の妻としての立場を利用して色々と働いてもらうことになるでしょう。そうなった時に、今のうちから二人で仕事をしておくのは、良いのではありませんか」
「ははあ、そんな難しいことまでは考えてなかったよ」
「そうでしょうねえ」
とうなずいたところに、地下室からデュースとオーレが出てきた。
地下で修行してたのだろう。
普段一緒に修行しているウクレは、フューエルが仕事のときはお供してるので今一緒に帰ってきたところだ。
「あ、ウクレ、フューエル、戻ったか、勉強するか?」
とオーレがいうと、
「奥様はお疲れだし、今日はもう……」
そう答えるウクレを遮ってフューエルがうなずく。
「構いませんよ、やる気があるのはいいことです。休暇の間もレクチャが滞っていましたから、しっかりやりましょう」
と言って地下に降りていってしまった。
勤勉だなあ。
勤勉とは程遠い俺は、結局ぐだぐだと無為な時間を過ごしたのだった。
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