第373話 名探偵再び その六
こういう時のためにリッツベルン号にしつらえてあった特製寝室で一晩中ハッスルした俺達は、朝になって別荘に戻る。
身だしなみを整えたレアリーは、素朴で愛らしい。
「今更言うのも何なのですが、本当に私のようなものを、迎え入れていただけるのでしょうか」
「いや、うちの連中もいろいろあるから、あまり気にしなくてもいいんじゃないかな」
「はあ」
すっかりしおらしくなったレアリーとともに船を降りると、フューエルが待ち構えていた。
「おかえりなさい、随分とお早いお戻りで」
「うん、まあね」
と雑な返事を返す俺を無視して、フューエルはレアリーに話しかける。
「当家のスタンスは、好きに生きて好きに甘える、といったところです。ですが血の契約のないアーシアル人同士は、それなりに配慮も必要になることでしょう。世間では身分や実績が、そうした部分を埋め合わせてくれるものですが、いかんせん神にも等しいと噂される紳士のパートナーとなると、そうしたものはおおむね役に立たぬようです。それを踏まえてどうか末永く、よろしくおねがいしますね」
その一言で、彼女の迎え入れは完了してしまった。
強いなあ。
レアリーをゲットしたことで、俺の役目は完了といいたいところだが、まだ後始末が残っていた。
まずは盗難騒ぎかな。
ちょうどエレンがメイド仕事に出るところだったので、ゆうべスケベしたあとに雑に考えた作戦を伝えておいた。
あとは午後に息子二人が来たら、完了だろう。
ついでラスラの町でひっくり返ってるボーセント卿の容態を確認する。
今朝は元気になって、もうすぐ戻ってくるようなことを言っているそうだ。
こっちはまだ落とし所がわからないが、レアリーは俺の素晴らしい魅力にメロメロで、復讐にとらわれるということはもうないだろう、たぶん。
他になんか、忘れてなかったっけ?
うーん。
まあ、いいか。
みんな揃って朝食をとる。
レアリーはフルンたちが取り囲んで楽しくやっており、おれはマダム連中に取り囲まれて小さくなっている。
いつもの光景だな。
「ふうん、彼女が例の商人なのね、なかなか美人じゃない」
とエディが言うと、
「彼女はアーシアルであろう、妻にするのか、従者にするのか?」
とカリスミュウルが尋ね、
「彼女にそれとなく意思を確認したら、身分が違いすぎるので、従者としてお仕えしたい、と言ってましたけど」
とフューエルが答える。
そうかあ、そんなことなんも考えてなかったなあ、という顔をしていると、
「まるでそんな事は考えてなかったって顔してるわね」
とエディに突っ込まれてしまった。
「わかりやすい生き方を心がけてるんだよ」
「ハニーの日常に、わかりやすいとこなんてあったかしら?」
「わかりやすくして欲しいという気持ちを忘れたことはないな」
「まあいいけど、それで今日はどうするの? ゆうべランプーンが顔を出して、ハニーが万事引き受けたような事を言ってたけど」
「ああ、そっちはほぼ解決したよ」
「あら本当に? すごいじゃない、さすがは名探偵ね」
「まあね、午後に夫人に報告して、宝石を返して一件落着さ」
「私も見学に行こっと」
「好きにしてくれ」
「そう言えば、ポーンから連絡が入ってるわよ、例の隠密について」
「ほう」
「どうもねえ、ここだけの話なんだけど、ボンドール喜劇団ってのが隠密らしいのよね」
「そっちか、じゃあ、あのおっぱいのでかい女優も隠密なのか」
「どんな女優よ」
「いやこっちの話」
「で、それとはべつに、ウェドリグ派ってのが、なんか怪しいらしいのよね。今回の件に関係あるのかどうかはわからないけど、一部か全部かはわからないけどおかしな連中がいて、内偵が入ってるみたいな話ね」
「やっぱそっち?」
「そっちって?」
「いやなんでもない」
「妙な合いの手入れないでよ」
「すいません」
「とにかく、どっちもうちの管轄じゃないでしょう」
「そうかもしれん。俺としてはレアリーの件を白黒つけるだけだな」
というわけで、事の次第をすべて説明する。
「ふうん、彼女、そういうのだったのね。でも良かったんじゃない、ハニーにくっつくほうが、他の大抵の結末より、だいたいハッピーエンドよ」
「そう言われると照れるな」
「例の貴族が本当にそれだけの罪を犯していたのなら、それなりの贖罪はひつようよね」
「それなり、とは?」
「まあ……極刑かしら。人が死んでるし」
「エットが悲しむだろうな」
「そうねえ、とはいえ、見過ごすこともできないわ。それにそういうのは私の仕事だから、任せておけばいいのよ」
「ダーリンの優しさには心が震えるが、まあ、とにかくやってみるさ」
「そう? なんにせよそういう事件なら、そっちも私が付き合うわ」
両親の件の真相がどうであろうが、レアリーは復讐ではなく俺とともに歩むことを選んでくれたわけだ。
だったらあとのことは俺がどうにかしないとな。
そんな重苦しい空気を打ち消すように、スポックロンが慌てて飛び込んできた。
「お食事中に失礼します、例のボーセント卿がこちらに戻る途中の馬車で、襲撃されました」
「襲撃!? それで無事なのか」
「後をつけていたクロックロンたちと上空に待機していた、高高度支援型ガーディアン・リズフォーの援護により、敵を退けました」
「何だその物騒なのは、まあいい、じいさんは無事なんだな」
「はい、ですがクロックロンに囲まれて混乱している様子」
「じゃあ、保護して屋敷まで連れ帰ってくれ。ついでにギビトン先生も頼んでおこう。医者と坊主は安心感が違うからなあ。落ち着いたら俺たちも行くとするか」
と指示を出してから、改めて尋ねる。
「それで、襲撃者はだれだ?」
「覆面で顔を隠した五人ほどの集団です。倒さずに追い払っただけですので、逃走先をトレースしたところ、ウェドリグ派と呼ばれる集団の集落の一つに逃げ込みました」
「随分と武闘派なんだな、噂とはだいぶ違うじゃないか」
「私の観測範囲では、ウェドリグ派修道会と呼ばれる集団は、森の中にいくつも存在して、相互の交流もほとんどないようです」
「ふむ」
「襲撃者はそのうちで、もっとも町に近い集落だと思われます」
「そういえばデリエフ少年のガールフレンドの消息はつかめているのか?」
「該当者と思しき人物は、すでにトレース中です。今の襲撃集団とは別グループのウェドリグ派のようですね、現在も別荘のそばに潜伏しているようです。昨日、仲間と会話した際の記録を解析したところ、万が一デリエフ少年が拘束された場合は、助け出そうと計画を持ちかけたようですが、あれは教えを捨てたのだから、手を出すなと諌められておりました」
「面倒だな」
「しかも懐妊している様子」
「ますます面倒だな」
「当の娘は単身乗り込んで、恋人を助け出そうとするでしょう。そこに立ちはだかるは憎き名探偵。娘は手にしたナイフをぐさりとひとつき、見事恋人を取り返し、森の中へと消え去るのでした」
「探偵なんてやるもんじゃないな」
「そう思いますね」
「まあいいや」
のんびりと時間をかけて食事と相談を終えて、席を立つとレアリーに声をかける。
「先延ばししても仕方がない、今から例の御仁のところに行こうと思うが、どうする?」
するとさも当然といった顔で、レアリーはうなずく。
「行きましょう、そういうけじめは、必要なものでしょう。一度切った手形には必ず期日が来るものですから」
「じゃあいこうか。すぐに戻るから、お前たちは留守番しといてくれ」
レアリーの態度に、心配そうな様子を見せる子どもたちにそう言って声をかける。
ボーセント卿はクロックロンたちが丁重に護衛したので、すでに屋敷に戻っていた。
俺たちが訪れたときには、ギビトン先生が診療を終えたところだった。
「どうです、先生」
「うん、まあ、大事ないが、少々心の臓が弱っておるな、あまり刺激を与えんように」
「それは難しい相談ですが、善処しますよ」
ボーセントに面会すると、昨日より一回りは老けて見えた。
「ああ、紳士殿、あんたの従者と名乗る人形が助けてくれて、命拾いしたよ、いや、もはやわしなどは生きていても仕方があるまいが……」
「それを決める権利が誰にあるのかは、私にはわかりませんが、生きているうちに話さねばならぬことはあるでしょう」
「そう、そうじゃな、ビーリーの娘御は、おるのか?」
その問いにレアリーがここにいますと答えた。
「おお、その声、顔かたち、メラスによう似とる。じゃが、おまえさんはわしのことを覚えておるような年ではなかったじゃろう、誰に聞いたのじゃ?」
「ドガッチから」
「ドガッチ! そうか、あれは忠実な下僕、腕もたつ、わしのような二流の盗賊とはわけが違う。ではおまえさんは両親の仕事も知っておったのじゃな」
「盗賊だった、と聞きました。そして仲間だったあなたが、両親を裏切り、殺したと」
「殺した? わしが!? ちがう、それは違う! わしはたしかに裏切ったが、それはお主の両親も同じ、わしはっ!」
そこで興奮しすぎたのか、ボーセントは咳き込む。
ミラーに頼んで薬をぶちこんでもらうと徐々に落ち着いてきた。
「おまえさんの両親は凄腕の盗賊首領で、わしは名ばかりの貴族のコネを通じてそれを売りさばくのが役目、そうして南方で荒稼ぎをする小さな盗賊団、わしはそう信じておったが、それが全てではなかった。おまえさんの両親は、盗賊でありつつ、スパイツヤーデの隠密でもあったのじゃ、隠密とはいわば国家の狗、盗賊のフリをしながら国のために働く、盗賊の裏切り者とも言える。あの夫婦は、わしらを騙しておった、おそらくはドガッチも知らなんだであろう。知っておれば、そう伝えたはずじゃ」
その言葉にレアリーは答えなかったが、ボーセントは話を続ける。
「あの二人は南方で黒竜会の秘密を探っておったそうじゃ。その過程で、奴らの刺客に襲われ、命を落とした。わしはあの時、二人と盗品の受け渡しで待ち合わせておった。待ち合わせ場所についたときには、刺客は返り討ちにあっていたものの、お主の両親も虫の息じゃった。そうじゃ、あのときドガッチは持病の治療でおらなんだはずじゃ、あやつがおれば、また違った結果も……いや、それを言っても始まらん。とにかく、おまえさんの両親は、死の間際に自分たちの正体と隠し財産のことをわしに打ち明け、娘を頼むと言い残して死んだのじゃ」
「それで、どうしたのです?」
「わしはおまえさんを探した、探したが見つからなかった。死体さえも。だが、いつまでもそうしていれば次の刺客に襲われるかもしれん、実際、森の中に妙な光と魔力の気配を感じたのじゃ、それで……恐ろしゅうなったわしは、二人の死体も、おまえさんも捨て、逃げ出したのじゃ」
ボーセントは苦しそうに息をつく。
そのタイミングで更にミラーが躊躇なく強心剤っぽいものを注射するのでまた元気になる。
そういうコントみたいなことをされると困るんだよな。
困ってるのは俺だけみたいだけど。
「その後、わしは隠し財産を見つけ出し、自分のものにした。わしは、あの金を得る権利があると思っておった。なんせ裏切られたんじゃからな。気になるのはドガッチだけじゃ、わしとドガッチ以外は、毎回決まったメンツというものはおらなんだ。いつもお頭、つまりお主の父親が集めてきた盗賊じゃったが、あれも今思えば隠密の……、いやそれはよい。とにかくわしはドガッチから逃れるために南方を去った。そしてその財産の半分をギルドに収め、後始末を頼んだ。すなわちドガッチから身を隠し、新たな身分を得るためにな。その金の残りで成り上がり、今の地位に至ったのじゃ。気がかりはドガッチのことだけじゃったが、ギルドのつてで、やつが死んだことを知ったわしは、もはや何の憂いもなく老後を過ごすだけじゃった。だが、よもやおまえさんが生きておろうとは、ギルドはおまえさんのことは何も……ボスは知った上で、黙っておったのか」
話はそこで終わりらしい。
レアリーは何も言わない。
信じるのも、信じないのも、彼女の胸一つだ。
「信じられんでも、無理はあるまい。実にわしにとって都合のいい話じゃ。あの時おまえさんを見捨てた罪の償いも、せにゃあならんじゃろう。いや、その方がいいんじゃ」
そう言って大きく息を吐くと、ボーセントは天井を見つめる。
「その時、森に光るものを見たのですか?」
「そうじゃ、何かはわからぬが、恐ろしい気配を持った光でな、近づいてはならぬ、近づけば我が身に恐ろしいことが起こる、そういう恐怖に囚われて、わしは逃げ出したのじゃ」
「ではきっと、それが私だったのでしょう。あの時、私は妖精の光に誘われて森をさまよっていました。きっとその光が、私の周りから危険を遠ざけていたのでしょう。あなたは本当に私を助けるつもりだったのですか?」
「それは、わからぬ、今となってはそうであったと信じるよりほかはないが、あのときは必死で……」
嘘でもいいから、そうだといえばレアリーも納得できるだろうに。
だがそういう誠実さが残ってることこそが救いなのかも知れないなあ、と雑なことを考えてたら、へそがムズムズしてきた。
この感触はあれか、パルクールだ。
「ビョーン、大妖精パルクールちゃん登場ー」
場の空気も読まずに、俺のへそからにゅーっと飛び出してお相撲さんサイズに膨れ上がる。
「な、な、なんじゃ、なんじゃ!」
驚いて苦しみだすボーセントに注射をぶちこむミラー。
「妖精はー、いくさが大好きだからー、やる気な人はますます元気にするしビクビクしてる人は追い払うんだよー、わかったー、じゃーねー」
と叫んで、また俺のへそに引っ込んだ。
「い、今のはいつぞやの妖精ですか? 体に飼ってるんですか?」
シリアスな状況も忘れて驚くレアリー。
隣りにいたエディが、そっと耳打ちする。
「彼と一緒になると、だいたいこんなものよ、諦めて受け入れなさい」
「はぁ……」
すまんな、レアリー。
当家の家風に、シリアスすぎる展開は合わないんだよ、たぶん。
「わかりました、妖精がそういうのなら、そうなのでしょう。なによりあの時、妖精の姿を見たというのであれば、他の話も信じるに足ります。あなたが両親を殺したのでないのならば、それ以外は私が追求する罪ではありません。あとはあなた自身がけじめをつけてください」
「わしを、おまえさんを見捨てたわしを許してくれるのか」
「私はすでに、大切な人に迎えに来てもらいました。ですから、それでもう十分なのです」
「おお、ありがとう、ありがとう……」
手を合わせて拝むボーセントに軽く一礼すると、レアリーは部屋をあとにした。
屋敷の外に出るまで、彼女は肩を震わせつつも表情一つ代えなかったが、我慢できなくなったのか、突然笑い出した。
「ぷふ、ぷはは、なんですかあの妖精は! あんなタイミングで、ひ、卑怯じゃないですか、これが笑わずにいられますか、どういうつもりで、こんな喜劇みたいな、あはははは」
泣くんじゃないのか。
ひとしきり笑い転げたレアリーは、スッキリしたのか、いい顔でこう言った。
「ああ、スッキリしました。これで私は、正真正銘、商人のレアリーとして、生きていくことができます。末永くよろしくおねがいしますね、旦那様」
レアリーもハッピーエンドな喜劇が似合うタイプなんだろうな。
俺が気に入るわけだ。
これにて一件落着、といいたいところだが、まだもうひとつ残ってるんだよ。
その前に家に帰って昼飯にするか。
そういやなんでウェドリグ派に襲われたのか確認してなかった。
とりあえず護衛のクロックロンを残しておいて、また後日聞くとしよう。
昼食後、今度はカントーレ婦人の屋敷に向かう。
お供はエディとスポックロンだけだ。
「さて、名探偵のお手並み拝見と行きましょうか」
「本当ならいまからレアリーとイチャイチャするところだろう、なんでこんな事件が並行して起きてるんだよ」
「日頃の行いじゃない? ま、彼女はフルンたちが一緒にいるから大丈夫でしょ」
「まあ、そうかもしれん。さてエレンはうまくやってくれたかな?」
とつぶやくと、スポックロンが、
「先程準備完了との連絡がありました」
「そりゃあいい、ドラ息子とランプーン嬢は?」
「そちらもすでに到着しております」
「いいねえ、あとは探偵が登場するばかり、というわけか。そう言えば例のお嬢さんは?」
「テラスの屋根上に潜んでおります、いつもで躍り込む準備は万端、といったところですね」
「怖いねえ」
屋敷に着くと、俺の依頼通り関係者は夫人の部屋に集められていた。
「やあやあ、皆さんお揃いで。おまたせしましたね」
俺が口を開くと息子その一が訝しんでこう言った。
「何だこの若造は、つまみ出せ」
すると夫人がたしなめるように、
「失礼なことを言うものではありません。こちらはかの桃園の紳士こと、クリュウ様でいらっしゃいますよ、本日は私のたっての願いでいらしていただいたのです」
それを聞いた息子その二が、
「は、紳士? まさかこんなみすぼらしい……、隣の女もなんだ、けばけばしい格好の……」
そこまで言ったところでランプーンが腰の剣に手をやって恫喝する。
「無礼者! こちらはわれらが赤竜騎士団団長、エンディミュウム・ウェルディウスその人であるぞ」
それを聞いた息子コンビはたちまち震え上がって許しを請う。
小物だなあ。
そもそもこいつらが余計なことをしなければ、俺の仕事も半分で済んだのに。
「まあまあ、ご両人。我々も今日はお忍びのようなものですから。それよりも本題に入りましょうか」
大仰なポーズで部屋の中を歩く。
「夫人のご依頼は、なくした宝石を見つけ出すこと、でしたな」
というと気を取り直した息子その一が、
「ちがう、そのこそ泥を捕まえることだろう!」
と部屋の隅に立つデリエフ少年を指差す。
「なぜです?」
「なぜって、わかりきったことを。そいつが盗んだに決まっている」
「ほう、まるで見てきたようなことをおっしゃる。ですが盗人はどこにでもいるものです。例えば、うっかり窓際に置き忘れた宝石を、カラスが持ち去る、なんてこともあるかも知れませんね」
「ば、バカバカしい、そんなことが……」
「そう、世の中にはバカバカしい事があるものです。宝石泥棒などもその一つ。現金を懐からスるというのなら話は早いが、立派な宝石ともなれば、たとえ盗んだとしてもそうそう金には代えられぬものだというのは、誰でも知っています。それができるのはギルドに所属する盗賊ぐらいのものでしょう」
「では、そいつがギルドの盗賊なのだろう!」
「さあ、それはわかりませんね。腕のいい盗賊であれば、その正体はだれにもわかりません」
「だから捕まえて、口を割らせれば」
「そうもいきませんよ。ギルドの盗賊であれば、盗まれた時点でそれは立派な仕事、あとにできることはセリに流れるのを待つだけですが、あいにくと今日の時点でそのような痕跡はありませんね」
「そ、そうなのか?」
「ええ、ありません。そうだろう、ランプーン」
俺がそう尋ねると、彼女は力強くうなずく。
「貴族絡みの事件であれば、穏便に回収するために我々にすぐに情報が入るものですが、今回はまだそうした話はありません」
「ですから、これはギルド絡みの事件ではない可能性が高い。もっとも、盗んだ盗賊がコレクションにしているのであれば別ですが……」
息子コンビは何も言わずに顔を見合わせる。
「そこで、私の推理は行き詰まります。宝石は素人が盗むには困難なものだし、ギルドの仕業でもなさそうだ。デリエフ君も今一人の老女中も、夫人の信頼が厚い。そこのお二人のご子息は事件当時、屋敷には居なかった。つまり単に可能性だけを考えても宝石を持ち出すことのできる人間はいないことになる。となると結論は一つ、盗難などなく、夫人の当初の主張通り、なくしただけに過ぎない、ということになりますね」
自分で言っててガバガバだなと思うが、雑な理論でも自信たっぷりに断定的に話すと誰も疑問を持たないようだ。
やはり探偵に必要なのはハッタリだよな。
その証拠にドラ息子は動揺して乗ってきた。
「そんなバカな、あれは確かに……」
「確かに?」
「な、なくなっていたではないか!」
「ええ、だからそう言っているでしょう、なくなったのだと。ですから、もう一度、書棚の引き出しをよく調べてみることをおすすめしますね」
「何を馬鹿なことを!」
「しかし、他には考えられぬのですよ。ランプーン、君すまないが、書棚をひっくり返して、よく探してくれないかな」
「かしこまりました」
彼女もここまで茶番が進むと、ピンときたのだろう。
言われたとおりに派手に書棚をひっくり返す。
そうして探すこと数分。
引き出しの奥のスキマから、真っ赤なルビーを発見したのだった。
「そ、そんなばかな! なぜ……」
動揺する息子その二をたしなめつつ、その一が、
「つ、つまらん。とんだ人騒がせな話だったな。だが、その小僧を信用したわけではないぞ、し、失礼する」
と二人は逃げるように出ていってしまった。
俺はランプーンから宝石を受け取ると、夫人に差し出す。
「ご依頼の宝石です。どうぞ、お収めください」
夫人はそれを大切そうに受け取ると、頭を下げた。
「ありがとう、紳士様。でも、約束が違うのではないかしら?」
「いいえ、これは書棚の奥に引っかかっていた、それが真実ですよ」
それから宝石箱を手渡し、
「これからは、きちんとここに収めて置くことです。ものにはそれにふさわしい場所というものがあるものですよ、ものだけではなく、人にもね」
「デリエフのことかしら」
「ええ、彼をそばに置きたい気持ちはよくわかりますが、人にもそれぞれ、ふさわしい居場所があります」
そう言ってから、テラスに向かって声をかける。
「そこで見張っているお嬢さん、降りてきなさい。君の恋人は、無実ですよ」
すると音もなく屋根の上から小柄な娘がおりてきた。
驚いたのはデリエフ少年だ。
「シシエ、どうしてここに」
「あなたが……捕まるって聞いて」
「僕は大丈夫だ、こちらの紳士様が、僕の無実の罪を晴らしてくれた」
「そう……みたいね」
そう言ってこちらをじろりと睨む。
気が強そうで可愛いな。
この少年、尻に敷かれそうだなあ。
「夫人、彼を森に返しておやりなさい。そうしてたまに会うぐらいは、きっと彼らの仲間も許してくれるでしょう。そうすれば、あなたのひ孫に、片親で寂しい思いをさせずに済むことでしょう」
俺のセリフになにより驚いたのはデリエフ少年だった。
「シシエ、本当なのか?」
「……本当よ、どうしてその人が知ってるのか、わからないけど」
そう言ってますます睨むシシエちゃん。
「失礼、お嬢さん。紳士というものは神にも等しい存在らしいのでね、その程度の神通力は朝飯前なんですよ」
「紳士なんて、本物なの?」
「では、少しだけお見せしよう」
といって指輪を外すと、二人の若いカップルは俺のあまりのありがたさに伏して拝み始めた。
「ああ、本物の女神様と同じ光、ありがとうございます、ありがとうございます」
こうして真面目に拝まれてしまうと、気まずいんだよな、まあいいけど。
一方の夫人も、目尻に涙をためて、こう言った。
「ほんとうに、リースエルの言ったとおり、なんでもお見通しなんですね。そして優しいお方」
「不躾な点はご容赦ください。ですが、過去を取り戻そうとするよりも、生まれてくる子の幸福を祈るほうが、楽しいものですよ」
「ええ、きっとそうなのでしょうね。デリエフ……」
と優しく呼びかける。
「今までありがとう、あなたが居てくれると、あの頃得られなかった幸せをつかめたような気がしていたけど……、でももう十分だわ。これからはあなたが幸せであることで、私を喜ばせて頂戴」
「奥様……、いえ、おばあさま」
感動的なシーンだな。
今度こそ一件落着っぽい。
いやあ、めでたしめでたし。
夫人の屋敷をあとにすると、エディ以上に、ランプーンが感動していた。
「さすがは紳士様、以前の竜退治などもさるものながら、このような難解な事件を、実に鮮やかに解決してしまわれるとは、私、感服しました。さすがは団長を娶り、クメトス殿を従えるだけの器と言えましょう」
「ははは、そう褒められると照れるな」
「まことに感動というよりほかありません、私も初心にかえって励みたいと思います」
若い子は素直でいいねえ。
あまり若くない子は、自分の部下がべた褒めするものだから、言うべき言葉が見つからずにすねてるようだ。
「さて、まあこれでいいだろう。あのバカ息子二人がまた何かちょっかい出すかもしれないから、そのつもりでよろしく頼むよ」
とランプーンに頼んで、別荘に戻った。
その夜。
レアリーを中心に飲んだり食ったりイチャイチャして、いい感じに酔っ払う。
全部解決したので、明日には家に帰るつもりでいつもより余計に飲んだせいで早々に酔いつぶれた俺は、夢を見た。
真っ白いモヤの向こうに、いろんな情景が浮かんでは消える。
たとえば孤独な女が憎き敵の喉をかききり、空虚な表情を浮かべるところ。
たとえば無実の恋人を救い出そうとした刃が、恋人の大切な人を傷つけてしまうところ。
そうしたあり得たはずの情景がモヤの中に浮かんでは消えていく。
最後に残ったのは、楽しげな酒盛りのシーンだ。
「だから言ったでしょ、ハッピーエンドに限るって」
そう言って笑いながらモヤを払っているのは、角の生えた帽子をかぶっている娘だ。
「でも、マージぐらい自分でやりなさいよ。コンフリクトを放置しとくと、面倒な輩がよってくるじゃない。自分のシクレタリィが付いてるんでしょ」
すっかり綺麗になった、なにもない空間を見渡して彼女は満足そうにうなずく。
「ま、今回は劇の代金がわりね、またなにか面白い見世物があったら呼んでちょうだい、じゃあねー」
彼女が居なくなった空間をぼんやりと眺めているうちに、世界がぐにゃりとよじれて、ぽんと消えた。
なにかめんどくさい夢を見て目が覚めると、まだ宴は続いている。
飲みすぎたせいか、流石にちょっと気持ち悪い。
こりゃ飲み直したほうがいいな。
周りはみんな好き勝手にやってるので俺も手酌でグビグビと飲む。
名探偵のおかげで厄介な事件もきれいに片付いたし、家に帰ればしばらくはゆっくりできるかなあ。
でも、なんか忘れてる気もするな。
酔っ払った頭で考えても思い出せるはずもなく、さらに飲む。
そうしてフニャフニャになって椅子から転がり落ちた瞬間に、突然思い出してあっと叫んだ。
「にゃあに、どうしたのはにー」
俺以上に酒癖の悪いエディを押しのけて、そばでラッパ飲みしているエレンを捕まえる。
「なあ、あの鍵、かぎだよかぎ」
「かぎってなんだい?」
「ほら、なんとかってのがもってたなんか」
「なんかばっかりじゃあ、わかんないよ」
「おれもわからん、まあいいか、飲もう飲もう」
「そうそう、飲むのが一番」
結局、鍵のことはそのまま忘れてしまい、しばらく思い出すことはないのだった。
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