第368話 名探偵再び その一

 翌朝。

 妙に早い時間に目が覚めてしまい、のそのそと起き出す。

 寝ぼけ眼で表に出ると、お向かいのオングラー爺さんが通りに箒をかけていた。


「おう、サワクロ君、早いな」

「おはようございます、ちょいと目が覚めちまったもんで。オングラーさんはいつもこの時間に?」

「年寄りはこんなもんじゃよ」


 そういって、掃除を続ける。

 魔法の御札を中心に商う、冒険者相手の商売だけあって、朝は早いのだ。

 商店街の外れにあるホム夫婦の魚屋も店を開けていた。

 ここは夜明け前から魚を仕入れて朝の早いうちに商売のほとんどを終える。

 そんな様子をぼんやりと眺めていたら、掃除をしていたオングラーが再び口を開く。


「例の劇のおかげで連日にぎおうとるが、ぼちぼち落ち着いてきたかもしれんな」

「そんなもんですか、どうもこのところ忙しくて、あまり家に居ないんですが」

「そういえば、昨日の女神騒ぎ、あれはお前さん絡みのもんかね?」


 商店街の会長も務めるオングラー爺さんは、俺の正体などもしっており、彼の従者である僧侶ホロアのエヌがうちのアンたち僧侶組と付き合いもあることから、色々と話も聞いているようだ。


「ええ、まあ、そんなところでして」

「紳士というのも、案外大変なものじゃな。それにしても名もなき神が明らかになるというのは、これは何年ぶりのことかのう。しかも国を超えて、お声が響いたという話も聞く。随分と位の高い女神のようじゃな」


 そういえば、神霊術師であるオングラーもまた、自身の女神を探求する身なのだろうが、彼のような立場の人間は、一体どんな気持ちでよその女神の声を聞いたのだろうか。

 さっぱり想像もできないことに、口を挟むもんでもないよなと黙っていると、爺さんは箒を片付けながら、こういった。


「しかし、先日もすぐ近くで新しい女神様が見つかったばかりだし、空には不思議なものが浮かんでおる。都には古の黒竜の残滓が現れた、ともきくし、これらはすべて吉兆となるか、凶兆となるか……」


 言われてみると、全部俺絡みじゃないか。

 まさか俺が諸悪の根源、ってことはないよな。

 そこにエヌが出てきてワゴンなどを並べ始めた。

 商売の邪魔をしないように場所を移動しようかと視線を西側に向けると、三叉路の向こうから人が歩いてきた。

 冒険者のようだが、どこか様子がおかしい。

 朝一でダンジョンに向かう連中であれば、こんな時間に出発してもおかしくはないが、そもそも森の方から帰ってきたところに見える。

 おかしいのはそこだけではなくて、歩き方もおかしい。

 酔っ払いのようにフラフラと揺れながら歩いていたかと思うと、どさっと地面にくずれ落ちた。


「こりゃいかん」


 隣で同じく様子をうかがっていたオングラーがそういって手を止める。

 俺もあわてて近づこうとすると、静止の声がかかった。

 エレンだ。


「ちょい待ち! そういうのは盗賊の仕事ってね」

「お前、起きてたのか」

「そりゃあ、旦那が起きてりゃ僕だって起きるさ。まあ待っててよ」


 と素早く走りより、男に近づく。

 どうやら、傷を負って気絶したらしい。

 オングラー爺さんにも手伝ってもらい、傷ついた男を抱える。

 みると腰に折れた矢が刺さっている。

 俺もこっちに来てから、傷ついた人間を何度もみてきた。

 深く矢が食い込んだ傷は痛々しいが、致命傷とは思えない。

 隣の集会所を開けて担ぎ込む。


「どうです、いけそうですか?」


 オングラーに尋ねると、


「うむ、やって見よう。まず、鏃を抜こう。抑えてくれ」


 体を押さえつけて、腰に刺さった鏃を引き抜く。

 どっと血が出たところを、布を当てて押さえつけた。

 続けてオングラーが呪文を唱えると、数十秒で出血は治まった。

 そこで男は意識を取り戻す。


「う……ぐっ…」

「おい、しっかりしろ」

「こ、これを…」

「あまり動くな、傷が開くぞ」

「港通りの…あ、曙のみみずく亭……マーレル…に」


 そういって男は懐から妙な記号の書かれたメモと小さな鍵を取り出した。


「曙のみみずく亭のマーレルだな、おい」


 そこで男は意識を失う。


「ひとまず血は止まったんで、命に別条はないじゃろう。じゃが、随分と体力を消耗しとるようじゃ。呪文で傷を塞ぐことは出来ても、失った体力を戻すには時間がかかる、まずは医者と、それから警吏の連中を呼ばんとな」


 とのことだ。

 その後、赤竜騎士団から人が来て、男を保護してくれた。

 駆けつけた騎士は初顔で、俺が騎士団と懇意にしていることは知らなかったようだ。

 男の言葉を伝えたが、興味なさそうに聞き流されてしまった。

 まあ、そんなもんだろう。

 隣の家で自分たちのボスがだらしない格好で惰眠を貪っているとは思うまい。


 騎士は男を連れてそうそうに引き上げてしまったが、入れ違いに警吏がやってきた。

 馴染みのヘンズ親分だ。

 見習いのウルーダちゃんもいる。


「おや、第一発見者は旦那でしたかい、この辺りと聞いてもしやと思いやしたがね」

「やあ親分。朝からご苦労さん、事情聴取かい?」

「ま、そんなところで」


 彼に鍵を押し付けて一件落着でも良かったが、曰く有りげな男の様子にちょっと興味を惹かれてしまったこともあり、その旨とともに、改めて男のことを話す。


「曙のみみずく亭ですかい、あそこはまあ……旦那がいくような店じゃあ、ありやせんな」


 親分は言葉を濁す。


「あっしがお預かりしても良うござんすが、ま、深入りはしないことをおすすめしやすね」


 などと煽るようなことを言われてしまった。

 ますます、興味が湧くじゃないか。

 女神絡みのよくわからんイベントより、人間のしでかす胡散臭いイベントのほうが面白そうな気もするしな。

 あとでヘンズが知らせてくれた話によると、男は流しの冒険者らしい。

 冒険者ギルドの記録を照会すると、以前はコーザスの試練の塔をホームにしていたそうだ。

 コーザスといえば、旅の途中で寄った街だ。

 着いてそうそう、目当ての試練の塔がぶっ壊れたんだった。

 あそこでコルスを従者にし、エディとも知りあったんだったな。


 男はパーティなどは組んでいなかったという。

 何かのトラブルに巻き込まれたのか。

 まずは、例の酒場に行ってみるか。




 昼下がり。

 フューエルたちは一足先に別荘に出発したのだが、俺は今朝のイベントの続きをすることにした。

 エレンとセス、それに燕を連れて、曙のみみずく亭とやらに出向く。

 エレン以外はメイドの格好をして、俺もちょっとした商人風に決めてみた。

 燕はエレンが連れて行くべきだというので同伴させた。

 彼女の遠目、遠耳の力が必要だということだろうか?

 そういうエレン自身は、店には入らないという。


 曙のみみずく亭は闘技場から港に抜ける路地にある酒場だ。

 いわゆるスラムに隣接する通りで、冒険者や人足がたむろする安酒場だな。

 セスと燕を伴い扉をくぐる。

 すえた臭いの薄暗い店の奥から声がした。


「まだ開いてないよ」

「人を探してるんだがな」

「うん?」


 奥から少しやつれた、けばけばしい中年女が出てくる。


「なんだい?」

「マーレルってのはあんたかい?」

「いいや……あの子はまだ来てないよ」

「そうかい。なら、待たせてもらってもいいかな?」

「好きにしなよ」


 女はカウンターまで出てくる。


「なんか飲むかい?」

「じゃあ、エールを三つだ」


 そう言ってテーブルにコインを置く。


 女は俺達に酒を出すと奥に引っ込んでいった。


「さて、出てくるかな?」

「どうかしら、エレンは奥の話を聞けって言ってたわよ」


 と燕。

 あの様子だと、マーレルって女は奥に居そうだ。

 すぐに出てこないのは、それなりに警戒する事情があるんだろう。

 燕に同期してもらい、俺は遠耳の術を使って聞き耳を立てる。

 奥の部屋と思しきところから、くぐもった話し声が聞こえてくる。


(……ご同業にも借金取りにも見えないけどねえ)

(でも、メイドを二人も連れた、にやけた男なんでしょう?)

(ああ、ちょっと堅気にはみえないね。どうする?)

(どうしよう……でも)

(とにかく、話を聞いてみるんだね)

(わかった)


 そこで話は途切れた。

 なるほど、俺の印象はそんなのか。

 すぐにさっきの中年女が出てくる。


「兄さん、今マーレルが戻ったよ、ちょいと待ってな」


 ついで二十歳前後の女が出てくる。

 瞳には警戒の色が残るが、外見は馴れ馴れしく愛想を振りまいてくる。


「あらお兄さん、私にご用って聞いたけど、どこかで約束したかしら? あなたみたいな素敵なお殿様なら、忘れることはないんだけど」

「残念ながら初対面でね、だが明日からは覚えててくれるんだろう?」

「さあ、それはご用件次第かしら」


 俺は頷いてメモを差し出す。

 男が鍵と一緒に渡したメモだ。

 ただし鍵は様子見で出していない。

 受け取った女は顔色がみるみる変わった。

 素人なのか、演技なのかまではわからんな。


「これを、どこで」

「俺の目の前で男が行き倒れてね、あんたの名前を告げて、これを言付かったんだ」

「エリントが!? それで、彼は」

「大丈夫、一命は取り留めたはずだ。騎士団に引き渡したんで、たしか今は教会病院だと言っていたかな」

「あ、ありがとうございます」


 メモを懐にしまい込むと、女は女将に向き直り、


「女将さん、私」

「ああ、行ってきな」


 女は頷くとそのまま出て行った。

 あとに残った女将は、妙ににこやかに笑いかけたかと思うと、


「うちの子が世話んなったみたいだね。お礼に一杯おごるよ」


 と急に愛想良くなるが、それは断って店を出る。

 外にはすでにエレンの姿はない。

 きっと彼女を追っていったのだろう。

 あとに残った俺達は、まっすぐ家には帰らずに、事前の打ち合わせ通り、少し離れた食堂に向かう。

 以前工場のあるシーリオ村の村長に連れてこられた店だ。

 小さいがうまいものを出すので、こっちに来た時はたまに顔を出す。


「おや、旦那。今日はまた綺麗どころを連れておめかしまでして、どうしたんだい?」

「ちょいと商いの真似事をね。なにか軽いものを頼むよ」


 といって席につく。


「あら、こんな店もあったのね。自分ばっかり外で美味しいもの食べてるんでしょ」


 と燕。


「だから連れてきたんじゃないか。ここのエールはリンゴの風味がして癖になるぞ」

「へえ、楽しみね」


 白身魚のフリッターをアテにして、しばし旨い酒を楽しむ。

 一時間もするとエレンが戻ってきた。


「いやあ、寒いね。オヤジさん、僕にも一杯頼むよ」


 エレンはぬるいエールをうまそうに飲み干すと、満足そうにゲップをする。


「それで、どうだった?」

「女はまっすぐ港の小さな倉庫に向かったよ。所有者はギミア木材とあったね。聞いた話じゃ、もう何年も商いはやってないそうだよ」

「あやしいな。そもそも、男のところには行かなかったんだな」

「みたいだね。しばらく見張ってたんだけど男が一人出てきてね。こっちの尾行はギルドの後輩に任せてきたよ」

「ほほう。後輩をパシリにな」

「盗賊ギルドは縦社会なのさ」

「お前もよくこき使われるのか?」

「昔はね。今はほら、なんといっても紳士様の従者だからね。旦那のご威光でそれなりの待遇なのさ」

「俺のご威光なんてちょっと女の子にモテるぐらいだろう」

「実績だけ見てるとそうは思えないんだけど、実物を見るとねえ」


 そんなことを話すうちに、日が暮れてきた。

 流石に長居しすぎたか。

 勘定を済ませて店を出る。

 飲んでる間に雪が降ったのか、通りの石畳は真っ白な雪におおわれ、まばらな足跡だけが黒く浮き出ていた。

 もう春も近いのにな。


「うー、冷えるな。さっさと帰って飲み直そう。エレン、なんか市場で買って帰るか」


 と話しかけると、今一緒に店を出たはずのエレンがいない。


「エレンは、少し遅れてくるそうです」


 とセス。


「というと?」

「見張られていますので」


 と言って、目線だけで通りの向こうを示す。


「もしかして、店に入る前からか?」

「ええ。この寒空の下、ずっと見張っていたようですよ」


 そう言って苦笑するセス。

 さっきのあやしい酒場からつけてきてたのか。

 なるほど、ヘンズ親分が言うのもうなずける。

 こりゃあ、何かヤバイ山なんだな。

 サスペンスかミステリーか、はたまたバイオレンスか、なんにせよ、なんだか面白くなってきた。

 セスの指示でわざと狭い路地を抜けると、後ろで悲鳴が上がる。

 戻って確認すると、男が一人、エレンに捕まっていた。

 前にもこんなことがあったな、さてこいつは俺に美少女を運んできてくれるんだろうか。


「あ、赤猫の姐さんじゃありやせんか。ここはあっしらのシマですよ! なにを、アタタ……ちょ、勘弁してくだせえよ」

「そりゃあこっちの台詞さ。お前さん、土竜の大将の子分だね、僕の主人を付け回すとは、いい度胸じゃないか」

「ええ!? し、しかし、赤猫の主人といえば、噂の紳士さまで……アタ、ちょ……イタタ」

「どこに目をつけてんだい、この紳士様のありがたい姿がみえないのかい?」


 と言ってニヤニヤしながら俺を指差す。

 まあ、紳士には見えないんだろうなあ。


「と、とにかく、勘弁してくだせえよ。あっしは頼まれただけなんですから」

「誰に頼まれたんだい?」

「そ、そいつはちょっと……イテテッ……」


 エレンはグイグイと男を締めあげるが、こうみえてなかなか口は割りそうにない。

 諦めたのか、エレンは男を開放した。


「せめて街のVIPの顔ぐらい、全部叩きこんどくんだね」

「へ、へえ。あの、この件はどうかご内密に……」

「考えとくよ」


 と言って、エレンは手をふって追い払う。

 男はヘコヘコしながら、フッと夜の闇に消えていった。


「帰りながら話そうか、他に見張りはないようだし」


 とエレン。

 あえて人通りの多い市場と静かな路地を交互に通って、家に向かう。

 道すがらエレンはこんなことを話した。


「この街の盗賊ギルドは緑色土竜ってボスが仕切ってるって話はしたっけ?」

「聞いたような聞かないような」

「僕の派閥のボス灰色熊同様、ギルドの大幹部の一人でね」

「ふぬ」

「で、今のは確かコッポとか言う名の緑組の三下さ」

「なるほど」

「奴がつけてたってことは、依頼した方は緑組の、そこそこの立場の人間ってことだろうね。となるとあの酒場も緑組のもんかもしれないねえ」

「盗賊が酒場をやってるのか」

「まあね。知ってるかと思うけど、そもそも盗賊ギルドには事務所も窓口もないからね」

「そういや、そんなの見たことないな」

「そうさ、構成員のだれかがどこかで店を出したり、普通の民家だったり、貴族の屋敷の地下に集会所があったり、なんてこともあるね。ただしそれは、組員しか知らない秘密なのさ」

「なるほど。じゃあ、お前の灰色のにもあるわけか」

「そこは盗賊だけの秘密さ」

「ふむ、それはいいが、それじゃあ盗賊ギルドと話したいときはどうするんだ? 盗まれたものを取り返すとか、あるいはギルドに依頼なんてこともあるんじゃないのか?」

「盗品の買い戻しは教会でやるのさ。いつも施しをやってるだろ。その傍らでセリに掛ける。まあ、大抵は盗まれた人が買い戻しに来るのさ」

「なるほど。じゃあ、依頼は?」

「堅気の人間は盗賊に依頼なんてできないよ。堅気じゃない人間がなにか頼むときは、面識のある盗賊に、それなりの報酬とリスクをもってやるもんさ」

「ふむ、そんなもんか。あれ、でもそういえば、冒険者として盗賊を派遣するみたいなことを言ってなかったか?」

「そうさ、そこがまさに緑組の主な仕事なのさ」

「ほう」

「本来、盗賊はギルドの掟で縛られてるとはいえ、みんな勝手に組んだり動いたりしてるんだよ。だけど土竜の緑組は、そいつを組織としてまとめ上げて、あちこちの街の冒険者ギルドに冒険者として人材を派遣してるのさ。そしてその実績に応じて報酬と地位を保証してるんだよ」

「へえ、会社みたいだな」

「まあね。ま、僕らからすればいかがなものかと思うけど、どうしてもってなれば組は変われないわけじゃないし、皆納得してやってるんだろうさ」

「ふむ」

「そこであの怪我をした冒険者、そして謎の酒場に借金持ちの娘、さっきの見張りとくれば、色々見えてくるんじゃないかい?」

「そうかな?」

「もっとも、まったく見当違いの可能性もあるけどねえ。盗賊に予断は禁物だからね。ま、あとは僕の可愛い後輩が、うまく尾行できてるかしだいだねえ」

「可愛いのか?」

「そういうところだけは鋭く反応するよね」

「俺の唯一のチャームポイントだからな」

「そいつは知らなかった、旦那はどこをとっても魅力的だからねえ」


 と投げやりに返された。

 ボケが不発だと切ないな。

 他に尾行はいないようで、俺達はさっさと家に帰る事にする。

 その日はエレンの可愛い後輩とやらは訪ねて来なかった。

 もしかしたら、俺が知らない間に来てたのかもしれないが、盗賊には盗賊のやり方があるんだろう。

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