第367話 焚き火
長々と準備してきた割にはあっけなく、と言うには色々あったが、とにかく短期間で目的を達成してしまったのと、エディが怪我をしたこともあって、俺達は早々に帰ることにした。
まあ本番ってのは、そんなもんで、準備が足りてたからこそすぐに済んだのだとも言える。
現場にはローンが残って、騎士団の撤収やその後の作業をやるらしい。
大勢に見送られながら、リッツベルン号に乗り込む。
古代文明のあれこれは隠すみたいな流れはあっという間にうやむやになってるよな、と思わなくもないが、たぶんついさっき女神様の奇跡に触れた人々にとって、ちょっと空飛ぶ乗り物で去っていくぐらい、どうってことはないのだろう。
いや、あるか。
まあどうでもいいや。
頑張りすぎて疲れ切った俺は、宇宙船に乗り込むなり、ぐっすり眠り込んでしまったのだった。
夢ひとつ見ずに目が覚めたら、うちの中だった。
のそのそと体をおこすと、ちょっと未来っぽいデザインのふわふわ浮かぶ椅子に座ったエディがメイド服を着てやってきた。
「よう、おしゃれな衣装でかっこいいのに乗ってるな」
「いいでしょうこれ、すごいわよ、椅子に座ったままどこにでも移動できるんだから」
「俺にも一つ欲しいところだな。それより具合はどうだ?」
「ちょっと足の融通がきかないだけで、あとは元気そのものよ」
「そりゃあよかった。にしても腹が減ったな」
「そりゃそうでしょ、もう夕食の時間よ」
「まじかよ、どうりであちこち体が痛いと思った。寝過ぎだな」
夕食はいつものようにみんなで食卓を囲む。
昨日吹雪の中で死にそうになりながらスープを啜っていたとは思えないところだな。
留守番だったアンたちも、報告はすでに受けているのか、特にあちらでのことは何も聞かず、普通に給仕をしてくれる。
腹いっぱい食って、みんなとイチャイチャして居るうちに、夜も更けてきた。
時刻は十時ぐらいだろうか。
子どもたちが寝静まって大人の時間だが、遠征から戻ったばかりでみんなおとなしくしている。
俺はちょっと焚き火をしたい気分だったので、一人で裏庭に出た。
アレほど準備して行ったのに、登山もキャンプも堪能できずに物足りなかったというのもある。
裏庭のど真ん中にはフルン達のテントがあって、そばでやかましくするのも悪いので、画廊の裏手あたりに焚き火台を設置する。
馬小屋から薪をもってきて火をおこすと、メラメラと燃え始めた。
焚き火はいいねえ。
こうして火のそばにいると、落ち着くんだよな。
そういう場所を持ってることが大事なんだ、などと意識の高い系の人みたいなことをうっかり考えてしまうぐらい、いいものだ。
ディレクターズチェアみたいな折りたたみ椅子にどっかりと腰を下ろし、ズボンに突っ込んできたスキットルから酒を飲む。
静かな湖面には月が写り込んでいる。
その先には雪をかぶった山並みのシルエットが薄っすらとみえる。
聞こえるのはパチパチという火の音だけ。
キャンプだなあ。
「はぁ……」
なんか、昨日のことが夢みたいだな。
まさか婆ちゃんが婆ちゃんじゃなくて、女神様だったとは。
俺の記憶も当てにならんな。
あの判子ちゃんのことも忘れてたし。
そもそも、今から思えば、両親のことはそこそこ覚えてるのに妙に婆ちゃんのことだけ記憶が曖昧だと思ったんだよ。
まあ今はちょっと思い出したんだけど。
婆ちゃんだと思ってたから婆ちゃんな気がしてたけど、婆ちゃんじゃないとわかってしまえば、あれは婆ちゃんじゃなかったんだなあ、という気がしてくる。
自分でも何言ってるのかよくわからんな。
あんまり後出しであれこれ言われても困るよなあ。
酒をもう一口飲んで、ふぅっと熱い息を吐く。
試練とかどうでもいいと思ってたけど、ああやって動機づけされてしまうと、頑張らざるを得ないよな。
たしかルタ島の試練では、試練の塔が八箇所あるんだっけ?
あれ、一個でもけっこう大変だったのに、八個もあるのか。
しかも難易度高そうだし。
先行してる他の紳士連中が、あんちょこの一つも用意してくれてないだろうか。
ないだろうなあ。
神聖な試練だもんな。
当の女神連中はみんなあんなんだけど。
さらに酒を飲む、ぐびぐび。
次のイベントは、アップルスターか。
あれもめんどくさそうだ。
うまく宇宙まで行けるといいんだけど。
宇宙そのものは、行ってみたいんだけどな。
前にちょこっとだけ行った時、ときめいたからな。
健全な男の子らしい喜びとも言える。
そういえばここの地下基地であるノード229はどうしてるだろうか。
明日辺り、確認してみるか。
おっと、酒が切れてしまった。
ミラーを呼んで酒とつまみを頼む。
明日と言えば、明日は別荘の方に顔を出したいとフューエルが言っていたな。
祖母であるリースエルの話を聞きたい、ということだ。
昼のうちにミラーを使いに出して、彼女の女神もまたエネアルであったことは確認してある。
今後は神霊術師ではなく、女神エネアルを祀る僧侶としてやっていくことになるのではないかと言うような話だった。
僧侶と神霊術師の違いは、信仰する神が知られているかどうかの違いだと聞いたことがある。
つまり今や皆の知るところとなったエネアルが彼女たちの信仰する女神である以上、彼女たちも僧侶となるのだろう、よくわからんけど。
そういえばこの街でも今日は相当な騒ぎだったようだ。
「ご主人様ー、ご相伴にあずかってもよろしいですかねー」
そういって酒を持ってきてくれたのは、デュースとネールだった。
珍しい組み合わせだな。
どちらも齢千年の伝説級ホロアだという点では共通しているが。
「なにか相談か? フューエルをエームシャーラに取られちまった件については、俺にはどうにもならんぞ」
「あははー、それはまあー、私にもどうにもなりませんねー、仲がいいのはいいことですよー」
「そりゃそうだ。まあ、一杯やろう」
二人に酒をついでやり、乾杯する。
「それで、どんな話だ?」
「別に相談とかではないんですけどー、ちょっと二人して昔のことを思い出したんですよー」
「ほう」
「まだ大戦の傷跡深く残る千年前のことですねー、幼い私を育ててくれたー、師匠と呼んでいた魔導師がいたんですがー、この人はネールのことも育てていた人なんですけどー」
「ふむ」
「どうもこの人が例の女神エネアルだったようなんですねー」
「そうなのか?」
「あの声を聞いてー、今朝の時点では確証はなかったんですけどー、こちらに戻ってネールと話した結果ー、間違いないだろうとー」
「そうか、じゃあお前たちも俺と同じで婆ちゃん……いや、エネアルに育てられたんだな」
「そうなりますねー。ご主人さまの知っている彼女はー、どんな人でしたかー?」
「そうだなあ、なんか結構厳しかったな、ちゃんとしてないと怒られるような」
「そうですねー、私も随分色々しごかれましたねー」
とのセリフに、ネールもうなずく。
思い出したと言っても、全てを思い出すわけじゃない。
年を経たことで忘れてしまったこともたくさんある。
だが、ぼんやりと覆いかぶさっていた蓋のようなものが取れて、幼い頃の他の記憶同様、エネアルや判子ちゃんのことも、多少は思い出したのだ。
エネアルはいつも家に居て、優しくも厳しかったし、判子ちゃんは俺が暇そうにしていると、何故か都合よく玄関の呼び鈴がなって遊びに来てくれたのだ。
二人とも俺がいてほしい時にいつもそこに居てくれてたんだよな。
目の前で燃えてる焚き火みたいなもんだったと言える。
ひるがえって今の俺は、従者たちがいてほしい時にちゃんと居てやれてるだろうか。
あの頃の二人がしてくれたように、俺がみんなにそうしてやるのが、俺の勤めなんじゃないかなあ、となんとなくそう思うのだった。
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