第363話 いざ黒頭
夕食後は暖炉の前でまったり酒でも飲みながら、可愛い従者や奥方と、キャッキャウフフと楽しむのが俺の日課だ。
コの字に並んだソファのど真ん中に俺がデンと腰掛け、膝の上にはアフリエールやウクレみたいに小柄な従者を、あるいは最近だとカリスミュウルを抱っこしてみたりする。
ソファの背後には巨人のメルビエとレグがヘッドレスト代わりにでかい乳で俺の後頭部なんかを優しくフォローしてくれたりして、あとは心穏やかにグビグビやるわけだが、今日はちっとも穏やかじゃない。
左側には早く帰ってきたエディがポーンにかしずかれながらイチャイチャしており、さらにその隣ではローンがオルエンたちとたのしげにガブガブ酒を飲んでいる。
こちらはまだ許容範囲なんだけど、反対側がなかなかしんどい。
こちらにはフューエルがいて、まあこれは今までもそうだったのだが、更にそのとなりにフューエルの従者となったエームシャーラ姫がいて、なんかイチャイチャしている。
エームシャーラは昼間家に帰った後に、なんか従者は一心同体だからとかなんとか言う理由でフューエルと一緒になって、ああいうことをしたわけなんだけど、どこまで言っても妻の友人といけないことをしている感じがして実にこう、禁断の喜びに目覚めるんじゃないかとハラハラしてしまった。
塩梅はすごくよかったけど。
それはそれとして、自分の両隣でかわいこちゃんたちがそれぞれにイチャイチャしてる間に挟まれているのは、なんともいえず難しいものだなあ、と思う。
昔、俺が日本でサラリーマンをやってた頃の後輩がいわゆる百合漫画、若い女の子だけが出てきて面白おかしくイチャイチャする漫画にハマってたんだけど、それを見たハーレム物好きの先輩が百合カップルの中に自分が挟まりたいみたいなことを言い出したところ、日ごろ温厚な後輩がそんなことはありえないとかなんとか言って大変な剣幕で言い争いになったことがあった。
そちら方面に詳しくない俺はどっちもいいんじゃないかなあ、ぐらいの雑な感想を抱いていたわけだが、いざ本当に自分が挟まれる立場になると、これほど大変なものはないなというのが正直な気持ちであり、この苦しみから逃れるためにグビグビ飲んで酔いつぶれてしまった。
まあ、すぐに慣れるだろう。
翌朝、夜明けとともに目が覚めた俺は、まだ眠っている連中を起こさないようにして裏庭に出る。
外はまだまだ寒いが、そんな寒さを感じさせない元気さで、フルンたちが朝の体操をしていた。
「おはよー、ご主人様。よく眠れた?」
大きく手をふるフルンに、ぼちぼちだと答えると、楽しそうに笑う。
「今日は、黒頭ってところに行くんでしょ? 準備万端!」
フルンの言う通り、今日から黒頭に入る。
実は昨日新たな発見があったので、いきなり現地入りすることになったのだ。
それで確実に行けるかはまだ不明なんだけど、やっぱり現地に行ってみないとわからないところもあるしな。
目の前にある課題は確実に片付けていくのが穏やかな日常への近道であろうという気もするし。
あとはまあ、出かけたら従者が増えるという流れがきているのではないか、などという三流ギャンブラーみたいな心理が働かなかったわけでもない。
それに、あまり時間も残ってないのだ。
試練に出発するという最終的なリミットもあるんだけど、例の黒頭は周辺も含めて険しい岩山で、雪が積もってる時期しか近づけないという。
要するに、険しく脆い危険な岩だらけのがれ場も、雪が降って固まっていれば通れるというわけだ。
準備の方も、装備の方は概ね揃っているし、体作りもそれなりにできているはずだ。
山登りの体力は、山登りでつけるのが一番だという、学生時代に教わった教えを守り、内なる館の小山に毎日登ったりもしてたからな。
後はやってみなけりゃ、わからんだろう。
ダメなら諦めるのも重要だ。
「あ、ベリフトー! 今日も来た!」
フルンと一緒に体操していたエットがそう叫んで空を指す。
見ると大きな船が音も立てずに静かに湖面に降りてきた。
小型のフェリーぐらいはあるだろうか、これが噂の輸送船か。
貨物のコンテナらしきものを裏庭の開けたところに降ろすと、ベリフトーは音もなく去っていく。
「おつかれさまー」
などと手をふるフルンたちと一緒に俺も手をふっていると、家からカプルが大あくびで出てきた。
「あら、ご主人様、いらっしゃったんですね、ちょっとはしたない顔を見られてしまいましたわ」
などと笑いながら、クロックロンに指示を出し、届いた荷物を運び込む。
えいやこらと歌いながら運ぶさまは実に古式ゆかしい感じなんだけど、運んでるのは四足のロボットってところがなんとも不思議な感じだな。
クロックロンにねぎらいの声をかけると、
「ガッテン、ボス」
などと言いながら着々と荷物を運んでいった。
毎日こんな調子で運んでるようだが、何を運んできたんだろうな。
気にならないわけでもないが、出発前にあれこれ聞くのも面倒なので、後日改めて聞こう。
そんなわけで、朝飯を食べたら早速出発した。
足を使えば一週間はかかるという僻地の村だが、例のごとくあっという間に到着する。
直線距離だとそれほど遠いわけでもないが、山超え谷超えの険しい道程なので、時間がかかるのだ。
現地には赤竜騎士団の派遣部隊と、ミラーとクロックロンによる調査隊が展開して色々準備を終えていた。
指揮をとっているのは最近姿を見なかった赤竜十一小隊のハウオウルだ。
うちのレルルの親友で、傍目にはすごく仲のいい相手だが、レルルがどう思ってるかどうかは定かではない。
そのハウオウルを労うように、エディが話しかける。
「ご苦労さま、ハウオウル。今日からは私が引き継ぐわ。その前に報告をお願いできるかしら」
ここの調査に入った当初は、何日もかかる道のりを人力で伝達していたようだが、ミラーが入ってからはリアルタイムに連絡がつくようになっている。
更にここ数日は、スポックロンの用意した船を使って資材を運んだりしていたのでほぼ距離を意識せずにすんでるはずなんだけど、まあ顔を突き合わせて会議するのも必要だしな。
実際の報告は話下手なハウオウルではなく副隊長のギロッツォが進めたのだが、それによると、
「では、紳士様もいらっしゃることですし、概要も含めて説明させていただきましょうか、がはは。まず、現在地のジビ村は黒頭にもっとも近い村ではありますが、ここが開拓されたのは四十年ほど前、住んでいるのは猟師と樵ぐらいでして特にこれといった伝承などもございませんでな。そこでここからほど近いダジーバの町で情報を集めたところ、そこの古い教会からとある文献が出てまいりました。いわく女神の庭にて試練を受けよ、さすれば道は開かれん、といった内容でして、そもそもこの文献が見つかった経緯というものが……」
くどくどと長かったのでまとめると、黒頭の麓に、女神の庭と呼ばれる盆地がある。
ここは低いところでも高さ五十メートルはある断崖に囲まれた陸の孤島で、地元の人間も中に入ることはない。
教会で見つかった伝承の断片、これには女神の庭や試練と言う言葉しかなかったのだが、それを元にミラーたちがあれこれ調べ上げた結果、次のような言い伝えが見つかった。
曰く、女神に選ばれたもののみがその地に降り立ち、何らかの試練をこなすと黒頭に住む女神のもとにたどり着くことができるという。
まさに俺たちが欲していた情報そのものであり、そのまんますぎて逆に胡散臭い気もするんだけど、他に情報があるわけでもなく、真っ直ぐ登るのも現実的ではないので他に選択肢はないのだった。
そう、あの山は素人が登れる山ではない。
ここまで来て目の当たりにするとわかるが、白と黒のまだら模様に覆われた氷と岩の壁だ。
手足に吸盤でもついてない限り、ちょっと登れたもんではないだろう。
そしてここからだとよく見えるんだが、山頂になんか立方体がくっついてる。
あれはミラーたちには見えないらしい。
同行していた連中も霞がかかっていてよくわからないと言っているので、なにか俺の特殊な能力が働いているのか、それとも俺だけが有りもしない幻覚を見ているのか。
実際、見えると言ってもなんだかよくわからない。
すごく大きくも見えるし、小さくも見える。
わかるのはそこになにかあるということだけだ。
まあ、行けばわかるだろう。
とにかく、今やることは女神の庭とやらに行くことだ。
気になるのは選ばれた者ってところだが、細かいことはこれまた後回しだ。
この村から森をかき分け、もう少し山に入ったところに、夏の間、樵が使う山小屋がある。
そこから女神の庭と呼ばれる盆地へはほど近い。
山小屋を預かる老人が冬の間もそこに残って番をしているのだが、その男が若い頃に女神の庭に降りたことがあるらしい。
なんでも岩の裂け目を伝って降りられるルートが有るのだとか。
事前の調査では、その盆地一帯も黒頭同様魔法や機械のたぐいが効かないという。
すなわち人力で挑むしかないのだ。
早速、山小屋に向けて出発する。
先頭を切るのは新人騎士のラッチルだ。
冬場は人の入らぬ森の山道は雪も深く荒れていて、魔物はほとんどいないものの、狼や熊は出るらしい。
やはりここの熊も冬眠しないのか。
気が荒いそうなので、十分な警戒が必要だ。
先陣を任されたラッチルは張り切って槍をかかえて闊歩している。
そんなラッチルと古馴染みだったエームシャーラ姫は、俺やフューエルと並んで歩きながら、こんな事を言っていた。
「こうしてラッチルの後ろを歩くと、幼い頃を思い出しますね。魔界で寂しい思いをして落ち込んでいた私を励まそうとハイキングに連れ出してくれたのですが、彼女は真面目すぎて、ちょっと不器用なほどでしょう。私をどうにか励まそうと、ああして勇ましく歩く姿を覚えております」
「彼女らしい、エピソードだな」
「ええ、そんな彼女と時を経て、同じ家につかえているのですから、不思議なものですね」
「縁ってのはなかなか切れないもんさ」
「ほんとうに、そうですわね」
などと言って笑っている。
途中いくつか難所もあったが、先に騎士団が整備していたのか、そういうところは木道が敷設されたり、梯子がかけてあってどうにか通れるようになっていた。
そうして歩くこと二時間ほどで、目指す山小屋が見えてきたのだった。
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