第362話 出迎え
朝までくんずほぐれつして、ろくに睡眠も取らずに寝ぼけ眼で一緒に朝食をとる。
アンにはローンの事を話しておいたんだけど、ローンに気がついたフルンは、彼女が俺とねんごろになったと知ると喜んで、
「ほんとに!? ローンもうちの人になったの! エディもポーンも来たのに、一人だけ来ないから、もしかしてご主人様が嫌われるようなことしたんじゃないかって心配してた!」
「大丈夫ですよ、これは単に……そう、単にタイミングが合わなかっただけです」
「ふーん、まあよかったからいいや、休みのときは一緒に遊んでくれる?」
などと言って、約束を取り付けていた。
まあ、ローンも付き合いが長いからな、うちにもよく来てたし。
性格的にはフューエルとエンテルを足して二で割ったぐらいかなあ、と思うんだけど、冷静に考えるとしんどそうなタイプだよな。
頑張れ、俺。
そのローンはポーン同様、従者として俺に仕えるようなことを言っていた。
もともと奴隷上がりのポーンと違い、庶子とはいえ貴族のローンがそれでいいのかと思ったが、たぶん妹ちゃんに配慮してのことだろう。
姉妹揃って同じ相手に嫁に行くというのは、あまりないらしい。
従者と嫁では、結びつきが違うということは前にも言ったが、そのへんを考慮しての落とし所と言った感じだろうか。
血の契約がない従者ってのは特殊なポジションで、いまいち扱いがよくわかっていないが、それを言うなら従者って存在だって、本当にわかっているとは言い難い。
まあ、俺としてはローンがゲットできれば何でもいいのだった。
ローンたちは仕事に出てしまったので、少し仮眠することにする。
午後にはフューエルを迎えに行かなきゃならんしな。
でもって、カリスミュウルに黙ってて怒られた失敗を繰り返すわけにはいかないので、なんかいい感じに事の顛末をフューエルに説明しなきゃならんからなあ。
そのためには体力だけでなく健全な精神が要求されるわけだ。
精神の健全性は睡眠に寄って保たれるので、とにかく俺は寝るのだ。
眠いし。
毛布片手に暖炉の前に行くと、ピューパーたちが陣取って遊んでいたので場所を変える。
夜、みんなが布団を並べて雑魚寝しているスペースは、朝になると片付けてちゃぶ台が並べてあるので、ここも昼寝しづらい。
階段下のスペースが空いているのだが、ここは外で遊べないときに子どもたちが暴れるスペースなので、昼寝にはあまり向いていない。
いつも朝寝をしているカリスミュウルも、昨夜早く寝たせいか、今朝はもう起きていた。
そのせいで布団が全てあげてあるわけだが、それはさておき、俺の昼寝スペースだ。
安アパートで一人暮らしだった頃は、休日ともなればいくらでも寝ていられたのに、こんなに大家族になると、うたた寝するスペースを確保するのも一苦労のようで、実に贅沢な悩みだなあ。
だが、贅沢とはいえ、眠さがだんだん極まってきて、しんどい。
もう、どこでもいいや、寝るか。
と朝食を食べたあとのちゃぶ台の下に体を突っ込んで、毛布にくるまり横になった。
昼食の匂いで目が覚める。
時間は短くともぐっすり眠ったようで、気分は爽快だ。
ちゃぶ台の下からもぞもぞと這い出すと、ピューパーたちが飛んできた。
「起きた? ごはん食べる?」
「おう、たべるたべる、その前にちょっと顔でも洗ってくるよ」
そういって裏庭にでて、トイレ横の手洗いスペースにいく。
蛇口を捻って溢れ出すお湯でじゃぶじゃぶ顔を洗ってから、ふと気がつく。
お湯じゃん、これ。
以前は水瓶が置いてあるだけだったが、少し前に蛇口がついて手が洗いやすくはなってたんだよな。
だけど、いつの間にお湯が出るようになったんだろう。
よく見ると蛇口の形もかわって、ひねり方でお湯と水が使い分けられる形状になっている。
あんまり自然に設置されてたので気が付かなかったけど、お湯はどうしてるんだ?
風呂場の釜の方から引いてるんだろうか。
部屋に戻って昼飯をついでくれていたミラーに尋ねると、
「あれは先日ついたばかりですが、水源は地下を通っている上水道です。もともと温水も供給されていたのですが、スポックロンの方で水道設備が導入できたので、そこから分岐して引いてあります。しばらく運用して問題がなければ、炊事場や浴室にも導入する予定です」
「便利な世の中になったなあ」
するとすぐそばにいた新人狸娘のトッアンクが、
「そう、あの蛇口ってのもすごいですけど、お湯が出るのにびっくりしちゃって、太古の魔法だって聞きましたけど、昔の人って空飛ぶ船があったり、お湯が簡単に出せたり、すごいですよね!」
お湯と宇宙船は同列の驚きなのか、まあそういうものかもしれんなあ、と思いながら、目の前の山盛りの肉を食う。
豚とか鳥とかが、野菜やフルーツなんかと一緒にオーブンで大量にローストしてあって、それを切り分けながら食べる。
今日はフルンたちが道場なので、昼食は比較的穏やかに進む。
あいつらがいると戦場みたいなもんだからな。
お肉に少し山椒を垂らして頬張り、冷の酒で流し込む。
昼間から贅沢だが、このあとフューエルを迎えに行かなきゃならないので、パワーを補充する必要があるのだ。
山椒をもりもりかけていると、ピューパーが顔をしかめてこう言った。
「ねえ、その粉、すっごい舌がしびれる、いまいち」
その言葉にメーナもうなずくが、撫子は、
「でも口の中がきゅっとなる感じがちょっと好きです」
と山椒を気に入っているようだ。
特製のおじやを食べてるパマラちゃんは、言葉が通じていないので、気にせずもぐもぐ食っている。
人並みの食事が取れるには、まだ少しかかる。
しかし彼女をアップルスターまで連れて行ったとして、その後はどうなるんだろうな。
別に俺の従者にならなくてもいいけど、せっかく幼女組とこれだけ打ち解けてるんだから、なるべく一緒にいさせてやりたい。
でも、あっちにも友達とか居るんじゃないんだろうか?
彼女の話を聞く限りでは、母様と呼ばれる声だけの存在、おそらくはマザーだろうが、それ以外はすべて彼女と同じような穴掘り労働者で、想像する限り、人形のように作られた存在のように思える。
その存在理由はわからんけど、あまり褒められたもんじゃなさそうだよなあ。
まあ、憶測だけで知らない相手を非難するのも滑稽なので、とにかくあそこまで行くしかない。
行ってどうなるかはわからんが、ピューパー達、そしてなによりパマラちゃん自身が悲しむことのないようにしてやりたい。
できるかどうかはわからんが、自分のやるべきことを何度も反芻して、常に自覚しておくのは、重要だからな。
その場の勢いで流されるのは、女の子に言い寄られたときだけで十分だ。
そんなわけで、黒頭の方も準備を進めてある。
魔法だけでなくクロックロンのような機械類のサポートも一切使えないということで、そういう電気や魔法のようなアクティブな機構を持たない、パッシブな装備を用意している。
古代文明の特殊な繊維で氷点下でも耐えられる保温性の高いアンダーシャツや、防水しつつも透湿性が高く汗を完全に逃せるシェルなどもスポックロンに用意してもらった。
まだ本番での試験はやってないんだけど、マイナス二十度程度なら、軽装でも十分歩き回れる計算だ。
例の妖精の糸とやらは、性能的には申し分なさそうだけど、量産できないのと、扱いが難しいのでまだ保留だ。
また、電気が使えないというのも、まったくダメというわけではなく、人工知能のような高度な仕組みが妨害されると言う話だ。
妨害電波のようなものがあるらしい。
だから、電池を使った小型のヒーターのようなものなら使用できるわけだ。
こう言ったものをあれこれ用意して、過酷な登山への備えも進んでいる。
できれば秘密の入り口とかが見つかって、さくっと登頂できるといいんだけど。
とにかく、こう見えてもちゃんとやることはやってるんだよなあ、と自分に言い訳をしながら家を出た。
電車で隣町まで出かけるようなノリで行ける場所になった都も、街中での移動はそれなりに面倒なところがある。
宇宙船を少し離れた人気のない場所におろし、馬車を出して目当ての場所まで行くわけだ。
これだけでも十分便利なものだが、一度楽な方に慣れてしまうと、ちょっとの手間も面倒になってしまう。
それでも人の知恵は怠けるために使ってこそ輝くのだという信念のもとに、元プログラマらしく、怠けるための苦労はそれなりに惜しまないことにしているので、どうにかしないとなあ。
なんかいい方法ないかな。
などと考えているうちに、フューエルの宿泊先についた。
ついてみると、すでにフューエルは身支度を終えていて、
「あら、早かったですね」
などと当然のようにおっしゃる。
どうやら俺が来るのはお見通しだったらしい。
もし、何も考えずに数日放置してたらどんな事になっていたか、考えるだけで恐ろしいな。
そのフューエルと並んで、エームシャーラ姫も支度が整っていた。
フューエルの従者になった彼女も、このまま一緒についてくるんだとか。
「それはもちろん、主人と付かず離れず、共に歩むのが従者というものでしょう」
などと口では言っているが、主導権を握っているのはどうみてもエームシャーラの方だよな。
まあ、子供の頃からずっとフューエルに追いかけさせて、とうとう自分を捕まえさせたのだ。
妬けるなあ、などと他人事のように思いつつ、ふと気がつくと、常にエームシャーラとともにあって彼女のボディガードを努めていた騎士シロプスの姿が見えない。
どうやら、エームシャーラのために故国に帰って、必要な筋に話を通しておくのだとか。
代わりに同じレッデ族でフューエルが生まれた時から身の回りの世話をしてきたテナが、エームシャーラの分まで面倒を見ているようだ。
俺の分は残ってるんだろうか。
かわりにローンが甲斐甲斐しく世話をしてくれたり……はしないだろうしなあ。
「ラーキテル、世話になりましたね、都合がついたらアルサにも遊びに来てください」
フューエルは手短に宿主に挨拶を済ませて、俺の手を引く。
「さあ、あなた。何をぼんやりしているのです、帰りますよ」
などと言って早々に都をあとにした。
宇宙船は無事に出発し、ここまで何事もなく来たものの、ローンのことを打ち明けるという重大な要件をいかにして切り出そうか悩んでいると、お茶をすすっていたフューエルが不意にこんな事を言う。
「ところで、昨夜はちゃんと主人らしく過ごせたのですか?」
急に切り出されて、一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに気が付き、恐る恐る尋ねてみると、
「昨日遅くに、エディがローンを連れて挨拶に来まして」
「ははあ、そんな恐ろしい会合が行われていた、と」
「恐ろしいのはあなたですよ、どうすればあの僅かの間に、そんなことになるんです?」
「それは俺にもわからんのだけど、なんでだろうな」
俺がとぼけると、フューエルは何を今更といった顔で、こう言った。
「どうせそのために、あなたは遠い所からやってきたのでしょうけど」
フューエルは別に怒ってなさそうだったけど、はいはいと素直にうなずきながら、できた女房殿を持ち上げることに徹したのだった。
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