第361話 待ちぼうけ

 結局、ローンは何事もなかったように仕事に行ってしまったので、俺はカリスミュウルの実家に向かう。

 内なる館でさっと着替えて身だしなみを整えたので、朝帰りとは誰も気がつくまい。

 バレて困るわけじゃないけど、心の準備と言うか、そういうのがちょっとね。

 こちらでは彼女の母親を交えて、のんびりと朝食をとった。


「それで、フューエルの件はうまくいったのか?」


 食後のお茶を飲みながら、カリスミュウルがそう尋ねる。


「まあ大団円って感じじゃないか? フューエルは例の彼女も交えて、こっちの友人と数日遊んでから帰るってよ」

「ふむ、それで我らはどうする?」

「黒頭行きはまだっぽいし、お前ももうちょっとゆっくりしていってもいいんだぞ?」

「母にもそう言ったのだが、妻となったからには新たな家を守れと言われてな。今日はもう帰るとする」

「じゃあそうするか」


 フューエルのところにちょっと顔を出してから、まっすぐ街を出る。

 以前も訪れたネアル神殿に立ち寄り、アンブラールの顔を拝むと元気そうだった。

 ただし、修行僧っぽい分厚いフードを身にまとい、髪もきれいに結い上げていてまったく印象が違うのが驚きだ。

 ビキニアーマーとどっちが好みかと言われれば難しいところだが、じっと祈りを捧げているところなどは、奥ゆかしい貴族のご令嬢にしか見えない。

 もっとも、口を開けばいつもの通りで、


「なんだい、カリ。しばらく見ない間に人妻の色気に目覚めたようじゃないか」

「貴様こそ、貞淑な信徒の顔になっておるぞ。これからもずっとそういう格好をするべきだな」


 などと主従らしい、心温まる会話を交わし、神殿を出た。

 あとは家に帰るだけだ。

 帰りの船内で気がついたが、下層の倉庫に、茶碗を引っくり返したような空飛ぶ円盤風のものが何台か積まれていた。

 スポックロンに尋ねると、やはり飛行機のたぐいらしい。


「こちらはカルポースです、定員八名でファミリータイプの、地球風に言えば乗用車のようなポジションの飛行機です。ちょっとした移動には便利かと思います」

「たしかに、この船も無駄にでかいからな」

「ただし、こちらは遮蔽装置が有りません。とはいえ、これなら時間帯さえ選べば裏庭から離発着しても目立ちませんし、離れた場所にエアポートを作ってそこまでの足にするという手もあります」

「なるほど」


 日毎にインフラが進化していくのにも、もう慣れたな。

 こういうのは一線を越えるとガツンといくからなあ。

 実際、あっという間に家についてしまった。

 前回の都行きから一月かそこらでもうこの進歩だもんな。


 家ではちょうど昼飯の準備をしているところで、家事組に混じって、新人従者の狸娘トッアンクも料理に勤しんでいた。

 彼女はとくに何かの特技や才能があるわけではないようだが、すでにみんなと馴染んで自分の仕事をこなしている。

 俺が台所をのぞいたときも、同年代の牛娘リプルとテーブルで芋を剥いていた。


「あ、おかえりなさいませ。もう帰られたんですね。都ってすごく遠いって聞いてますけど」


 嬉しそうに俺を出迎えるトッアンク。

 こういう初々しさがグッとくるね。


「お前の顔が見たくてね、大急ぎで帰ってきたんだ」


 なんか昨日も同じようなこと言ってたな、俺。

 軽薄にもほどがあると思いつつ、言われたトッアンクの方は喜んでいたのでセーフだと思おう。

 年齢的にはフルンたち年少組の枠内だが、乳のサイズで言えば、かなり大きい。

 無論、今となりにいるリプルはもっとでかいが、彼女は種族的に特別だといえる。

 ぺったんこのフルンやエットを除けば他はみんな膨らみかけと言った小ぶりなサイズなので、その一点だけでも貴重な人材だと言えよう。

 さらに獣人らしい背中まわりのふわふわの毛並みと、むっちりしたお腹から胸元への肉感を同時に楽しめるのだ、むしろ稀に見る逸材であると言える。


 しばらく一緒に芋を剥きながら、新人従者とたわいない会話を交わす。

 トッアンクも苦労して放浪していたようなので、生い立ちみたいな話は聞かずに、食べ物の好みの話をする。


「ご主人さまは、どういったものが好みなんですか?」

「そうだなあ、やっぱり酒が前提にあってだな、それに会うツマミってのがもっとも重要だな」

「おつまみですか、すみません、私あまり飲まないので一から勉強ですね」


 それにリプルもうなずいて、


「私も飲めないので、まだよくわかってないんですけど、酒飲みの人は味の濃いものやしょっぱいものを好むみたいですね」


 などと言っている。

 そういえば、若い連中は飲まないほうが多いので、夜などは飲兵衛ばかり集まって過ごすことが多いんだよな。

 昼間は忘れずにそれ以外のメンツとイチャイチャしないと。

 イチャイチャといえば、ローンは今夜からうちに通ってくれるのかなあ。

 それ以前に、エディにあったらなんて言おう。

 いやあ、困ったなあ。

 などと思わずにやけてしまったら、トッアンクがいぶかしそうに俺の顔を見ていた。


「あの、どうかなさったんですか?」


 との問に、俺の代わりにリプルが答える。


「こういうときのご主人さまは、たいていスケベな事を考えてるだけなので、暖かく見守るぐらいでいいと思いますよ」


 それを聞いたトッアンクは何を想像したのか、顔を真赤にしてうつむいてしまった。

 かわいいなあ。


 昼食後、暖炉の前でソファに深々と腰掛け、コーヒーを楽しむ。

 隣ではトッアンクが猫みたいに体を擦り寄せて甘えている。

 時折、可愛いお口にチョコを放り込んでやりながら、ダラダラと過ごす。

 ずっとこれだけで余生を過ごしたいなあ、と思っていると、こんな時間にエディが一人で帰ってきた。


「よう、早いな、忘れ物か?」

「他に言うことがあるんじゃないかしら?」

「頑張りました」

「そう、まあいいけど」

「いいのかよ」

「他にどう言えというのよ」

「俺は君の自由意志を尊重するよ」

「最初からそういえばいいのよ。ところで、スポックロンは?」

「地下にいるだろ、どうしたんだ?」

「例の黒頭で、古い神殿に関する記述のある古文書が見つかったのよ。近所の教会の倉庫から出てきたみたい。それの写しが今届いたから、彼女に渡そうと思って」

「ふぬ、しかしそれだけならミラーに見せれば勝手に伝わるだろう」

「そうらしいから、一応見てはもらったんだけど、あとついでにハニーの言い訳でも聞いておこうと思って」

「言い訳するような後ろめたいところなど微塵もないぞ」

「大した自信ね。だいたい、なんで酔った勢いで押し倒してるのよ。そんなのでいいならもっと早くやっときなさい。こっちは彼女に気を使って毎日大変だったんだから」

「人間、変化に必要な時間ってものがあるんだよ」

「たしかに、彼女も随分変わったわよね。今から思えばハニーに初めて世話になった飛首事件あたりから変わり始めたんじゃないかしら」

「まあ俺はそれ以前の彼女は知らないんだけどな」

「ハニーはそういうところに淡白すぎるわよね」

「気にしたところで、俺がどうにかできるわけでもないじゃん。俺は俺と一緒にいる間のことだけに責任を持つスタンスなんだよ」

「女は干渉されたがるときもあるの。そんなんだから、フューエルをエームシャーラ姫に取られちゃうのよ」

「そうなんだ、俺が不甲斐ないばっかりに」

「明日になったら、迎えに行きなさい」

「子供じゃないんだから、勝手に帰ってくるだろう」

「それでも迎えに行くのが大事なのよ」

「よくわからんけど、そうします」

「よろしい、じゃあ私はスポックロンと打ち合わせたら、また出かけるから。夜にはちゃんとローンも引っ張ってくるから楽しみにしてなさい」


 そう言ってエディはスポックロンの元に向かった。

 入れ違いに新聞を手にしたカリスミュウルが、表から入ってくる。


「エンディミュウムが戻っておるのか?」

「またすぐに出るってよ」

「そうか、まあそれはよい。それよりも、サウの個展のことが新聞に出ているな」

「ほう、なんて書いてある?」

「えーとだな、……新鋭画家サウ氏の前衛的個展鑑賞に寄せて。かの若手画家は商業絵画の新たな旗手として学生たちの中心となって新たなムウブメントを形成しつつある。かの画廊に集まる若者たちは、自らの居場所を彼女を称える意を込めてサウ・ハウスと呼び、若さゆえの暴走とも言える熱意でうんぬんかんぬん、とあるな」

「ふうん、盛り上がってるんだな」

「そのようだな」

「しかしそうなると、サウも一躍時の人ってわけかな?」

「さて、大きなパトロンでも付けばそうなるやもしれんが、このあたりで著名な画家のパトロンであれば、サウの主人であるサワクロなる商人の正体について、まったく無知ということもあるまい。であれば、あまりおおっぴらな動きはないかもしれんな。むしろそちらに疎い批評家連中のほうが騒ぎそうだがな」

「よくわからんが、そんなもんか?」

「私とて貴族のたしなみ程度にしか知らぬよ。だがまあ、サウは金銭にも仕事にも困っておらぬであろう。ああして仲間ができれば、それで十分ではないのか?」

「ふうん」


 俺の手の届かないところでどんどん成長していくのは、頼もしくもあるが、一抹の寂しさがないわけでもない。

 だからといって、余計なちょっかいなど出して、足を引っ張らないようにしないとな。




 夕食の後も、エディたちは戻らなかったので、かねてからの計画通り、大柄な騎士であるラッチルとオルエンの二人にいかがわしい格好で酌をしてもらいながら、比較的最近従者になった連中をなでたり抱っこしたりしつつかわいがっていた。

 やはり似たような体格でありながら、黒いラッチルと白いオルエンの対比は、実に絵になるなあ。

 オルエンなんかは、最近ではコーヒーを入れてもらうばっかりで、あんまりこうしてご奉仕してもらう機会がなかったんだけど、エツレヤアン時代は貴重な巨乳枠としてご奉仕にも大活躍してくれてたんだよな。

 やはり従者は新旧分け隔てなくイチャイチャしないとな。


 イチャイチャしながらグビグビ飲んでたら、例のごとくまたうたた寝してしまい、ご奉仕してくれてた連中も下がって眠りについていた。

 時刻は夜の十一時ぐらいで、台所の明かりも落ちている。

 エディたちはまだのようだ。

 小便でもして寝直すかとトイレで用を足すと、壁向こうの家馬車から話し声がする。

 聞き耳を立てると、レーンとハーエルのようだ。

 ちょっかい出すのに手ぶらじゃ頼りないと思い台所に戻ると、まだ寝てなかったらしいカリスミュウルが小型ランプ片手に台所を漁っていた。


「む、貴様も起きていたのか」

「まあな、それよりもこんな時間につまみ食いとは、欠食児童かよ」

「腹が減ればうまいものを食わざるをえんのだ、これぞ人の世の理であろう、ほれ、うまそうな饅頭があったぞ」

「じゃあ、離れに行こうぜ、レーンたちがまだおきてるっぽいから火も入ってるだろ、ここは寒い」


 というわけで、饅頭なんかを手土産に、二人のところにお邪魔した。


「珍しいな、アンはもう寝たみたいだぞ」


 そう言って声をかけると、レーンが手にした書類から目を離して、


「おや、もうそんな時間でしたか。少々のめり込みすぎたみたいですね」

「なんの悪巧みに精を出してたんだ?」

「また人聞きの悪い事を仰る! 一学徒として学問に精を出していただけですよ」

「ほほう、というと?」

「先日の都の件で、黒竜を目の当たりにしたことで、改めてその存在を調べるうちに、とくにその歴史的経緯に興味が湧きました。そこで先日からミラーさんを図書館に派遣してめぼしい文献をコピーしてもらい、その資料がまとまってきたので目を通していたのです」


 みんなミラーの使い方がうまくなってきたよな。

 俺の感慨をよそに、レーンはウンチクを始める。


「一般には黒竜会といえばその破滅願望に満ちた狂信的行為ばかりに目が行きがちですが、本来は弱者救済、あるいは反権力といった末世に流行る新興宗教のようなものだったのです」

「ふぬ」

「千年前のアビアラ帝国末期には、すでに支配のシステムはほころび、帝国の各州は軍閥と化して独立が相次ぎました。ここスパイツヤーデもその一つだったのですが……」

「ふむ」

「っとそのまえに、その饅頭を頂いてよろしいでしょうか。ちょっと小腹がすいておりました」

「おう、いいぞ、どんどん食え、酒もあるぞ」

「それは結構ですね、では一杯……ぐびり、これは舌が軽くなりますね」


 などと調子のいいことをいいながら、レーンは話を続ける。


「乱世が続けば庶民の暮らしは困窮していきます。やがて庶民の怒りは歴史を動かす大きなうねりとなって行くのですが、悲しいかな庶民には自分たちの怒りをまとめる力がありません。その力とは、指導者であり、またイデオロギーでもあります」

「つまり革命だな」

「はい、当時はご主人様の好きな共和制と帝国主義の対立という流れもあったようですが、もっとも貧困な人々の受け皿となったのが……」

「黒竜会なのか」

「そのとおりです!」


 そこでさらに甘い饅頭と辛い酒をグビリとやってから、レーンは話を続ける。


「黒竜会の前提は反権威であり、結果として反多元主義に至ったものだと言えるでしょう」

「というと?」

「反権威とはすなわち精霊教会主流派への反発のことです。その教義を堕落したエリートの教えだと断じ、自分たちだけが正しい教えに導かれた存在だと唱えたのです。そして反多元主義とは、百万とも言われる女神を神と認めず、女神ごとの多様な教えもまた否定したことです。その結果、女神を黒竜の端女であると貶め、黒竜のみが真なる神であると讃えました」

「ふむ」

「ですが、そこまでであれば、新興宗教による利権の組み換え、既得権益を持たない低所得層による権力闘争だと言えますし、似たようなものは他にもあります。例えばエットが信仰する猿神も、かつてデール大陸の小国ポァンジーラにおいて、真っ赤な猿の仮面をかぶった集団が自らは猿神の末裔であると名乗り、暴れまわって国を乗っ取ったという歴史もあります。まあ、革命の常として、その後は恐怖政治の嵐が吹き荒れたそうですが、今はおいておきましょう。いずれにせよ、このときも似たような主義思想に基づき行動していたそうです。ですからそれ自体の善悪を、自分の立場を抜きにして語ることはできないでしょう。ですが黒竜会において、それらと決定的に違った点がありました」

「ほほう」

「それが黒竜の存在です。あれはその一部とは言え、実際に目にして初めて理解できます。およそ生きとし生けるものの存在とは相いれぬものです。社会に絶望したものの破滅主義、死という永遠の安らぎへの渇望、などといえば客観的に理解できなくもないですが、それらは健全な社会、短くも光り輝く生との対比において意味を持つものです。ですがあの黒竜というものは生死を超越した、もっと恐ろしいなにか、根源的な虚無への恐怖と絶望とでもいいましょうか、そのような異質な物、およそ人の理とはかけ離れた存在だったと思えます。そうした未知の力に惹かれ、行き着いた先が、黒竜復活による人類の根絶だったのです」

「物騒だな」

「まったくそのとおりです。おそらく当時の黒竜会信者の大半も、まさか自分たちの信仰の終着点が真の破滅だとはおもっていなかったのではないでしょうか。黒竜という神の力で既存の国家や社会制度を打倒し、虐げられた自分たちに都合のいい世界がもたらされると考えていたはずです」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「ですから、この問題における本質は黒竜の存在なのです。これを退けることが第一義であり、それが成れば残された信者はただの異端の一宗派に過ぎなくなるでしょう。幸いなことに精霊教会は、他の宗派を拒みませんので、最終的には共存できるのではないでしょうか、もっとも、そう簡単に行かないのが信仰というものですが」

「ふむ」

「そしてここからは私の個人的な妄想なのですが、なぜご主人様はこの世界にやってこられたのか、女神の盟友たる紳士、そして放浪者であるご主人様が、無数に存在すると聞く平行世界、異世界などというものの中からこのペレラという星をえらび、やってこられたのはなぜか! それは黒竜の脅威からこの世界を守るためなのではないか、というようなことを考えていたのです」

「そりゃあおまえ、牽強付会ってもんだぞ」

「ですが、現に一度はそれを成しておられます!」

「一度で十分だよ。そもそも、相手が何であれ過度な崇拝はよくないぞ、ましてや相手は俺だぞ?」

「それをホロアに求めるのは酷かとは思いますが、しかしですね、この短い間にご主人様はあまりにもこの世界を救いすぎているのではないかと思うのですよ。竜退治や飛び首退治であればまだ良いでしょう、あれは名のある騎士や英雄でも為せる仕事です。ですが先の黒竜退治や、その前の女神の柱の件はどうでしょうか」

「つまり二つもあれば十分だし、今後は俺ももう引退してもいいということじゃないのか?」

「結果的にそうなるかもしれませんし、この先黒竜が現れることもないかもしれません。そもそも黒竜会は滅んだものと考えて良いようですし」

「断言はできないのか」

「存在自体は誰でも知っておりますから、教義が明確に残っていなくても、反社会的な思想にとりつかれた輩が研究し、復活させようと目論むかもしれません!」

「まあ、そうかもなあ」

「ですが、それで黒竜を復活させるところまではいかないでしょう。ご主人様の希望通り、この先はさしたる事件も起こらず、順調に試練を終えて、あとは実績にふさわしい名誉と名声を備えた紳士としてまったりと従者漁りなどして余生を過ごせるかもしれませんよ!」

「まったくそんな可能性はないとでも言わんばかりの顔をしてるな」

「そんな事はありません! 従者として主人の望みが叶う日を常に願っております!」

「おまえも坊主のくせに、言葉に説得力ないよな」

「お姉さまにもよく言われます! シニカルな人間に、人の心は動かせないそうです、もっともな話だと思います!」


 隣で聞いていたハーエルは、レーンほどシニカルではないので黙って聞いていたが、レーンの爪の先ほどにはシニカルなカリスミュウルは、呆れた顔でこういった。


「ホロアが主人を崇拝するのは当然であろうが、少し落ち着いてこの顔を見ればわかるであろう、こやつが救世のためにわざわざやってきたような存在に見えるか?」

「まったく見えませんね、それどころか日々のたつきに事欠くような、実に尽くしがいのある生活力のないお顔に見えます」

「そうであろう」

「ですが実際にはこうみえて、家事全般滞り無くこなされますし、商売のセンスもなかなかのもの。教養の方も当地の知識によらずとも十分に通じるだけのものをお持ちですし、戦闘などもまったくのド素人でしたがホンの二年ほどで護身程度であれば十分にこなせるようになっておいでです。極端な話、ご主人さまはよほどの悪運に見舞われなければ、一人でもこの世界で生きて行けたことでしょう。となると我々のような平凡な従者ではなかなか自分の存在意義を見いだせない、ということになりかねません。そこでご主人様を常人の及ばざる偉大すぎる存在として崇拝することで、自分の至らなさをうめ合わせたいという浅はかな考えだとも言えましょう」

「よしんばコヤツが勇者英雄として名を成したとしても、顔つきまでは変わらんと思うがな」

「だからこそ、名声で塗り固めて見栄えを良くしたいという気持ちが出てくるのではないでしょうか!」

「そこまでしてコヤツを崇拝の対象にしたいのか?」

「実は私は幼少の頃から勇者の従者となって大活躍したいという願望がありまして、奉仕請願でもそのような願いを立てたものでありますから、ぜひともご主人さまには、私の活躍の機会を用意していただきたいなあという気持ちが溢れてやまぬのですよ」

「やめておけ、こやつがここにいる理由など決まっておろう、我らのような趣味の悪い女をナンパしに来ただけだ」

「それは実に運命的必然と呼べるでしょうね」

「ま、妥当な落とし所だな」


 レーンとカリスミュウルはそれで納得したようだ。

 まあ、大事なのは納得だからな、本人が納得して、周りが迷惑してなければ大抵のことはそれで十分だ。

 その後は酒も入って四人でキャッキャウフフと過ごしたが、レーンとハーエルは朝が早いと言うので途中で引き上げてしまった。

 宵っ張りのカリスミュウルはさておき、俺もさっきうたた寝したのでまだそれほど眠くはない。


「それにしてもあの二人は遅いな」


 酒に飽きて干しぶどうをつまんでいたカリスミュウルがそう愚痴ったので、つい三人だろうと言ってしまったところ、


「三人? 共のミラーの事ならもっと大勢……、おいクリュウ、誰のことだ?」

「いやほら、いつも三人じゃん」

「貴様、都で何をしていたのだ?」

「なにって、そりゃあお前、俺がやることといえば女の子を口説くぐらいで」


 事情を察したのか、カリスミュウルは手にした干しぶどうをまとめて頬張ると、立ち上がる。

 どうやら先に寝るつもりのようだ。


「つれないなあ」


 とボヤくと、


「貴様はそこで一人寂しく待ちぼうけておれ」


 そう言ってカリスミュウルは出ていった。

 まあ、なんだ、俺も自業自得だな。

 空いたグラスにブランデーをどぼどぼと注ぎ、ギュッとあおる。

 喉の妬ける刺激で目が覚めたので、さっきのレーンの話を反芻してみる。

 俺がここにきた理由ってやつだ。


 無数にあるらしい異世界、しかもこの世界だけでも他の惑星に文明がある……少なくとも十万年前にはあったそうなので、たぶん今も少なからず残っているだろう。

 そうした中から、この星を選ぶというのは、相当な確率だと言える。

 もし俺に自由に行き先を選べる能力があったとしても、俺にここを選ぶ理由はないので、やはり偶然なのだろうか。

 それとも他の誰かの意思、例えば判子ちゃんとかが決めたとか。

 でもそういえば、こっちで初めてあったときに、随分探したような素振りを見せていた気がする。

 だとすると、女神の誰かだろうか。

 女神も判子ちゃんに匹敵する能力を持っていたようなので、異世界を旅する能力に干渉するような何かがあるのかもしれない。

 彼女たちが俺にナンパしてもらいたくてここに呼んだという可能性は高いよな。

 そういえば、地球には女神もホロアもいなかったし、血の契約で結ばれる従者なんてものもなかったわけだ。

 そして当然紳士なんてものも。

 この星にそれがあるってことは俺にとって最高に都合のいい環境なんだけど、それを用意したのも、やはり女神なんだろうか。

 俺の従者になるために、従者ってのが自然に存在する社会を作って、そこで俺が来るのを待ってたってことだろうか。

 しかも、おそらくは二億年ぐらい。

 もし、想像もつかない能力で、そういう未来を予言でもして準備してたんだとしても、いくらなんでもそんなに待つほど、俺って魅力のある男なんだろうか。

 自分で言うのもなんだけど、そこまでじゃないよなあ。

 うーん、判断できるだけの情報がなさすぎて、なんもわからん。

 むしろ難しいことを考えてたら、眠くなってきた。

 控えていたミラーに、エディたちが帰ったら起こすように頼み、少しうたた寝することにしよう。




 目覚めると、白いモヤの中だった。

 なんか久しぶりだなあ、と一瞬考えてから、急にいろんな事を思い出す。

 ああ、そうだ、俺って自分で好きなときに、どこにでも行けるんだ。

 ストームとセプテンバーグがはぐれたときだって、ちゃんと自分で迎えに行ったじゃないか。

 だから当然、この星にも自分で会いに来たんだ。

 それに気がついたら、安心して俺はふわりとモヤの中を飛び上がる。

 すっと白いモヤが消えると、そこは漆黒の空間だった。

 要するに宇宙だ。

 目の前には、ピカピカと光る真っ白い匣がある。

 なんだか見覚えがあるような気がするなあ、と思ったところで、ミラーに叩き起こされた。




 なにか面倒くさそうな夢を見た気がするが、どうやらエディたちが帰ってきたらしい。

 夢なんてどうでもいいのでほっといて、寝ぼけた顔をタオルでゴシゴシこすって出迎えると、エディがいつもの調子で、


「あらハニー、ちゃんと待ってるなんて偉いじゃない」

「俺はいつだって偉いよ、それよりも……」


 エディの後ろに隠れるように立っているローンに目をやる。

 普段よりちょっと可愛らしい格好をしているのは、わざわざ仕事帰りにめかしこんできたかららしい。


「別に、私は不要だと言ったのですが、そもそもこんな時間までおきてるとは思わないでしょう」


 顔を赤くして言い訳するローンは最高に可愛い。

 可愛すぎてなんて声をかければいいのかわからず、結局おかえりと言ったら、


「ただいま、戻りました」


 とローンも微笑む。

 たまらんな、この顔。

 こういう顔を見るために、俺はこの世界に来たんだろうなあ、と今なら確信を持って言えるね。

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