第360話 夜遊び
久しぶりの都は、前回来たときよりも、印象がぐっと良くなっている。
直前に問題が一つ解決して気が楽になったってのもあるだろうが、やはり活気のある夜の街ってのはそれだけで楽しくなるもんだ。
あとは誰と一緒にいるかも重要だよな。
フューエルは従者となったエームシャーラとイチャイチャしてるし、カリスミュウルは親子水入らずで楽しく過ごしてるだろうから、いまさら呼び出すのも気が引ける。
そういうときは現地でナンパするに限るというわけで、お供はミラーだけにして夜の街に繰り出したわけだ。
さて、どっかにかわいこちゃんはいないかなーとキョロキョロしてたら、いきなり視界に俺好みのかわいこちゃんが飛び込んできた。
しかもよく知ってるメガネ美人。
「なぜ、こんなところにいるんです!」
俺と目があって驚いたのは、もちろんエディの右腕で赤竜騎士団参謀のローンだ。
「もちろん、君の顔を見たくてね」
「そんな事を聞いているのではありません。今朝、エディと一緒にアルサに戻ってきたのでしょう」
ローンが驚くのも無理はない。
都は一部の特権階級を除けば直通ゲートがつかえず、最短でも丸一日かかる。
「そこはそれ、俺ぐらいの紳士になると、ピューッとひとっ飛び」
「なにがピューですか、まさかエディがゲートを使わせたのでは」
「あいつがそんな職権乱用みたいな事する……かもしれないけど、まあ今回は違うよ」
「そうですか、まあ、それならばよいのですが」
「それよりも、まだ仕事かい?」
「いえ、一段落ついたので、ちょっと一人になって静かに食事でもと」
「そりゃよかった、俺も誰かと食事したいと思ってたんだ。なんせ食いそびれて腹ペコで」
「私は一人になりたいと言ったでしょう」
「俺のことはテーブルのシミぐらいに思ってくれればいいよ」
「そんなに目立つシミがありますか、まったく」
そう言って歩き出すローンが三歩ほど進んで振り返る。
「行かないんですか? ついてこないなら置いていきますよ」
「いくいく、どこまでもお供するよ」
「はぁ、せっかくのオフだと思えば」
ローンはでかいため息をついてから、苦笑する。
「それで、紳士様はどこか良いお店を御存知で?」
「いやまったく」
「では、あなたにお似合いな、お上品な店にでもいきますか。その前に、その庶民じみた衣装をどうにかしないと」
ローンは俺と腕を組み、引っ張るようにブティックに連れ込んだ。
出来合いのものだが、お高そうなスーツを着せられて、あっという間に男前の完成だ。
一方のローンも見違えるような美人になる。
いや、もともと美人だけど。
その美人に、内なる館からちょいと取り出した豪勢な花束を送ると、複雑な顔をして受け取った。
あれは相当、喜んでいると見たね。
ブティックの入っている建物は、大きな宮殿のようなところで、どうやら貴族向けの百貨店らしい。
ここの上階にすごく豪勢なレストランが有り、連れ込まれた。
予約もなしだが、こういうときのためにエディの名前で席がリザーブされてるっぽい。
これだから貴族ってやつは。
シミひとつない静かなテーブルにはさっき贈った花束が綺麗に飾られている。
そこにうまいワインと豪華な料理、そしてとびっきりのパートナーとくれば、最高に楽しいディナーだ。
都も捨てたもんじゃないな。
「この街も短い間に様変わりしたでしょう」
「まったくだ、むしろ前回見た都の辛気臭さのほうが嘘みたいだよ」
「あれが何百年もの間普通だったのですが、あなたが来ると何もかも変わってしまいますね」
「別に俺のせいでもないと思いたいが」
「どうでしょうか、この店も以前であればエディやポーンと利用する、オフの楽しみだったのですが、今やあの二人は誰かさんのことしか眼中にない様子」
「それは俺のせいかもしれん」
「なんせあなたのすることは、およそ私の常識で推し量れないことばかりで、私の唯一のウリである知識と教養がことごとく打ち崩されていく気がしますよ」
「俺も自分で自分のことが予測できないからな」
「普通の人間であれば、これほどのことがその身に降りかかれば、とても平静ではいられないと思うのですが、紳士というのはよほど肝が太いのでしょうね」
「よく言われるよ」
「最近は私の仕事の半分ぐらいは、あなた絡みの尻拭いな気もしていますが」
「それは濡れ衣では?」
「どうせいま巷を騒がせている巨人も、あなたにゆかりのあるなにかなのでしょう」
「それは……そういやこの間、巨人の一人をナンパしたな、脈はあった気がする」
「あの白くてのっぺりしたものをナンパしたんですか?」
「いや、あの中にはちゃんとかわいこちゃんがいるんだよ」
「そういうことですか、せいぜい、穏便に済ませてくださいよ。痴情のもつれで巨人が暴れでもしたら全部あなたのせいにしますから」
「気をつけるよ」
「まったく、せめてなにか重要なことをするときは事前に相談の一つも欲しいものですね」
「善処するよ」
「なんにせよ……」
そこで一旦言葉を切ってから、ローンは上品にワインを口にする。
「私の騎士団ぐらしも、あと僅かでしょう。身の振り方を考える時期が来たようです」
「君もやめるのかい?」
「私だって変わるんですよ」
と苦笑してから、
「それにもともと、エディのおまけみたいなものですから」
「でも、参謀なんだろう」
「参謀とは団長が指名するものです。次の団長が決まれば、その人が自分の信頼するものを選ぶでしょう」
「そういうもんか」
「実家の騎士団、これは騎士と呼ぶにはいささか粗野に過ぎて、傭兵集団に毛が生えたようなものですが、そちらの指揮を取らないかという話もあります。実家には帰らぬつもりでしたが、色々あってどうでも良くなりましたし。義母も歳のせいか、細かいことを言わなくなったそうで、そうなると父は私をそばに置いておきたいようですね」
「そりゃあ、君のような可愛い娘がいればそう思うだろう」
「できれば妹に婿をとって、あとは安泰ということにしたいようですが、さてどうなることだか」
「妹さんは随分と修行を頑張ってるそうじゃないか」
「そのようですね。先日、会ってきたのですが、新しい友人なども得て、さらに一皮むけた様子」
「そりゃあいいね、友人はよく考えて選ぶべきだ」
「では恋人は?」
「そいつはちょっと選べないな」
「なぜです? 友人以上に重要な相手でしょう」
「そうなんだけどな、いかんせん、恋ってやつは、気がついた時には手遅れなんだ、選ぶ余地がない」
「あなたが言うと、説得力がありますね」
そう言って笑う。
今日のローンはとびっきりかわいいな、これはなにかの罠ではなかろうか。
まあ、罠と知っても飛び込むのが、俺という男だ。
「ところで、試練の意気込みはどうなんです? そろそろルタ島に渡る道が開く頃合いでしょう」
試練の舞台であるルタ島は冬場は海が荒れて渡れない。
秋口からこっち、そのせいで足止めされてアルサに住んでるわけだが、半年足らずの間に色々ありすぎて、あっという間だったな。
「そろそろ備えないと駄目なんだろうが、まだやることがいっぱいあってな」
「黒頭の件ですか?」
「それもあるが、空に浮いてるアップルスターがあるだろう、まずはあそこに行かなきゃならんのだ」
「まさか……、本気なんですか?」
「まあね、一応目処は付いてるが、まだなんとも」
「人があんな空の彼方まで行けるものなのですね、もっともあなたは普通の人間ではないのでしょうが」
「いやあ、そんなに変わらんだろう」
「ルタ島にいる他の紳士も、あなたのように常軌を逸した力を持っているのでしょうか」
「どうだろうな、まあ他の紳士のことまで気は回らんよ」
「同じ紳士でも女性なら別でしょう」
「カリスミュウルの他にも居るのかい?」
「クイーン・オブ・ザ・サンの異名で呼ばれる紳士が女性だということですが」
「ふうん、まあ会ってから考えるよ」
「随分と余裕ですこと」
「まさか、今は目の前の女性を口説くのに精一杯でね」
「あら、口説かれてたんですか、気が付きませんでしたね」
「そうだろう、これがまた手強くて」
「でしたら、もう少しお酒でも口になさったらどうです? いつもより、舌の滑りが悪いようですよ」
「さすがは名参謀、よく見ていらっしゃる」
ウエイターを呼んで、一番うまい酒を頼む。
そいつであらためて乾杯だ。
「紳士様の故郷は東の果てにあるとか。試練を終えたら、故郷に戻られるんですか?」
「さてなあ、帰ろうにも足がなくてね、身内はいないから、帰っても墓参りぐらいしかすることがないが」
「そうでしたか、ではアルサに根を下ろすおつもりで?」
「そうだなあ、いい街だし」
「私の故郷のドーンボーンは、山しかありませんでしたから、アルサのように海も山も湖もある街は憧れでしたね」
「俺の故郷も、山間の小さな村でなあ」
話すうちに、故郷の情景がぼんやりと浮かんでくる。
やっぱり故郷には懐かしさがあるな。
帰れるものなら、もう一度ぐらいは帰ってもいいかもしれない。
「あら、郷愁を誘われた顔ですね」
「ちょっとだけね」
「やはり故郷を捨てたつもりでいても、完全には捨てられないものですね」
「そうみたいだなあ」
ローンは酔いの回った顔で、ふぅっと熱い息を吐く。
その顔は妙に色っぽく、その瞳は実に艶めかしいが、単に俺も酔っ払ってるだけかもしれない。
「私も……」
「うん?」
「身の振り方を考えようと、今夜はそう思っていたのに、考える前に現れるなんて……」
どこか潤んだ目で、ローンはぼやくようにささやく。
「あなたは本当に、ずるい人ですね、一番いいところを全部持っていく」
「自覚はあるよ」
「……ああ、ちょっと飲みすぎたみたい。あなたが男前に見えるなんてどうかしています」
「酒が足りてないんじゃないか」
「そうみたいですね、もっといきましょう」
そうして、そのまま二人でいつまでも杯を重ねたのだった。
最後の方はあんまり記憶がなかったが、気がついたら朝だった。
どこかの小綺麗な寝室で、真っ白いシーツに、ローンと二人、素っ裸でくるまれて、二人で二日酔いの頭を抱えている。
もっとも頭を抱えている理由は二日酔いだけではなかったが。
「はぁ、まさか酒の勢いでこんな事になってしまうとは」
とため息をつくローン。
二人して思いっきり酔っ払って、全裸でハッスルしてたことはなんとなく覚えてるんだけど、細かいところはどうにも……。
「そういうなよ、俺だってもっとロマンチックなやつを期待してたのに」
「私だってそうですよ! まったく、あなたに関わるとろくなことがない」
「それに関しては同意しますね」
そう言って突然寝室に入ってきたのは、ローンの同僚にして一足先に俺と懇ろになったポーンだ。
「なんですか、ポーン。朝から笑いに来たのですか?」
「まさか、お喜び申し上げようかと思いまして」
「まったく、あなたが一体どんな気分で紳士様に抱かれているのか、聞いてみたいものですね」
「それだったら、自分の胸にお聞きなさい、似たようなものですよ」
「それはどうも。報告に来たのでしょう、すぐに支度をしますから……」
「野暮はおよしなさい。今日一日ぐらいは、甘えていたらどうです?」
「そんなもったいないことができますか、仕事の後の楽しみで十分ですよ」
「では、十分でどうぞ、表の店で待っておきます」
そう言ってポーンは出ていった。
「ほら、紳士様も早く起きて」
「忙しないな、まあいいけど、その前に……」
「その前に、なんです?」
「おはようのキスぐらいさせてくれよ」
そういうと、一瞬顔を赤くしてから、すぐに嫌そうな表情で顔を背ける。
「なぜ、そんな事で許可を取るのですか」
「そりゃあもちろん、善処したからさ」
そう言ってローンの柔らかい唇に、ちょっと長めに吸い付いた。
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