第359話 鬼ごっこ再戦

 どうにか無事に家に帰り着くと、連絡を受けていたアンやテナの監督の元、新人の受け入れがスムースに行われた。

 狸娘のトッアンクはアンの下について当面は家事組と一緒に家のことをやってもらうようだ。

 今一人の女騎士ラッチルは騎士組と一緒でいいだろう。

 そのラッチルが実家から連れてきた侍女が十数人ぐらいいて、これはテナがフューエルの屋敷の方に連れて行った。

 全員、浅黒い肌の魔族で、首元にキラキラ光る首輪が艶めかしい。

 でもあの子達は俺の従者ってわけじゃないから、手を出したら駄目なんだよな。

 まあ、いいんだけど。


 で、そちらは問題がなかったのだが、別の問題があった。

 フューエルだ。

 彼女の親友であるエームシャーラが結婚するってことでアレコレ思い悩んだ結果、一周回って怒り始めたフューエルは帰る早々、彼女が借りているなんとかって貴族の屋敷に乗り込んでいった。

 かと思えば一時間かそこらで帰ってきたのだ。

 時間的にほぼ往復しただけなので、会えなかったとみえるんだけど、でたときより、五割増しで怒ってるので話を聞きづらい。

 聞きづらいが、それを聞くのが亭主の役目であろうと、恐る恐る聞いてみたところ、


「まったく、エムラときたら、二日前に都に発ったと言うのです!」

「そりゃあまた、急だな」

「あちらでは当然連絡を入れているものだと思っていたと言って、いい恥晒しではありませんか!」

「それはまあ、それとして、どうするんだ?」

「もちろん、追いかけますよ! もう待つのはやめたんです!」

「そりゃあ、いい心がけで」

「そんなわけで、しばらく家を空けますから、よろしくおねがいします」

「ゲートで行くのか?」

「他に何があるんですか!」

「いや、宇宙船があるじゃん、都ならあっちのほうが断然速いだろう」

「……それもそうですね、ちょっと興奮しすぎて頭が回りませんでした」

「まあ、ひと風呂浴びて、頭を冷ましてこい。船はまだ戻ってないし」


 宇宙船リッツベルン号はここに俺たちを下ろすと、その足で人形師を連れて、スポックロンの本体がある基地に向かったのだ。

 そこで人形を作る装置をもたせて、彼女たちの故郷に送り届ける事になっている。

 気をもんでいたであろう弟分のアンチムに宛てた手紙も、ミラーに託してある。

 あとはあちらで頑張ってくれるだろう。

 順調に行けば日暮れには戻るはずなので、それまでに支度をしておけばいいだろう。

 大雑把に段取りを決めたところで、物陰から様子を見ていたカリスミュウルがやってきた。


「フューエルは大丈夫なのか?」

「大丈夫すぎてパワーが溢れてるな」

「例の友人殿とは会えなかったようだな」

「みたいだな、宇宙船が戻り次第、後を追って都に行くってよ」

「ふむ」

「俺も心配だからついていこうと思うが、どうだろうな」

「まあ、良いのではないか? 私も同行して、母上のご機嫌伺いでもするとするか、ついでにアンブラールの様子も見ておきたいしな」

「あの姐さん、どうしてるんだ?」

「神殿で奉仕活動などしとるようだぞ」


 タバコ吸った中学生みたいなお仕置きだな。


「私が言えた義理ではないが、あれも無茶しおるからな。あちらの実家でも随分と金を使ったようだが、まあ、試練に出るまでには、丸く収まるだろう」

「割といい加減だな」

「そもそも、紳士の試練などというものが、現代では茶番であろう。千年前の大戦後は、世界中が荒廃して、女神の奇跡さえも及ばぬ土地に、試練を終えた紳士が行脚して人々を救って回ったそうではないか。あるいはその行程そのものが試練であったとも言うな。そうした伝説めいた話も、紳士崇拝に繋がっておるのだろう」

「そんな事もあったのか」

「言い伝えだからな、どこまで真実かはわからぬが、いずれにせよ、今の我らのようにちょっぴり体裁を上積みするぐらいしか意味のない試練では、どれほどのことがあるのやら……」


 すると近くで酔っ払っていたデュースがこう言った。


「その話はー、部分的には本当ですよー、黒竜を倒したとされる勇者の娘とその夫がー、世直しのために旅をしていたんですがー、その時に同行していた一人が紳士だったはずですねー」

「知ってるのか?」

「なんだか最近ー、少しだけ昔のことを思い出してきましてー、あの頃の私はまだ成人前の子供のホロアでー、師匠と呼んでいた育ての親の魔導師らと一緒に旅をしてましたねー」

「じゃあ、その勇者様ってのも知ってるのか?」

「そちらは黒竜と相打ちになったとかでー、私が物心ついた時にはもうー」

「ふうん、じゃあその娘夫婦は、父親の跡を継いだようなもんか」

「でしょうねー、黒竜会の残党を狩りつつー、後始末をしてたんですねー、そうした功績から今のエツレヤアンの領地を授かり、そこを自由領としてアカデミアを作ったんですねー」

「ほほう」

「私が黒竜会を追い続けたきっかけもあの人達だったんですよー、そんなこともすっかり忘れていましたがー」

「まあ、動機なんてもんは後からどんどん上書きされるもんだ」


 デュースはあの一件以来、体の具合はすっかりいいのだが、それでも心臓はどうにかしなければならないだろう。

 例の賢者ちゃんも、何も知らないようだったし。

 あるいは彼女の母親が作ったとされる夢幻の心臓とかいうのとは、別物なのかもしれない。

 スポックロンの話では、通常の人間であれば、人工心臓に移植するのはさほど難しいわけではないという。

 人工心臓と言っても、本人の細胞から培養する、ほぼ本物と言っていいもので、今デュースの体に入っているような作り物とは違うらしい。

 ただし、精霊石が転じて人の形をとったと考えられているホロアに、人と同じやり方で作った心臓を移植しても大丈夫かどうかは、慎重に見極める必要がある、とのことだった。

 なんせ十万年前にはホロアは居なかったそうだからな、どこまで人間と互換性があるのか、わからないらしい。

 となると、やはりデュースの心臓を移植した誰かにまつわる情報を集めるのが先だろうなあ。

 こちらはどこかの遺跡を使った可能性が高いので、スポックロンやファーマクロンに任せるのが妥当だろうと思い、指示はしてある。

 そのうちなにか分かるだろう。


 フューエルの方はひとまず置いといて、別の案件を確認する。

 そのためにメイフルを探すと、画廊の方に居るというので裏口から覗いたところ、ほんの数日の間に画廊は大盛況になっていた。

 狭い画廊には主に学生など若い画家の卵が集まって、活発な議論が行われている。

 やれグロテスクの装飾だの、形而上絵画がシュルレアリスムだの、そちらにはとんと疎い俺には中途半端に脳内翻訳されてもかえって混乱するようなやつだ。

 どうもサウの個展を見た評論家が新聞でアレコレ批判したのを受けて、それに反論した若手が集まってここで新たなムーブメントを作るのだとか、そういう流れらしい。

 まあ、若いうちはそういうのに熱くなれるもんだ。

 俺はおじさんなので軽くスルーして、メイフルを呼び出す。


「おや大将、魔界でも大活躍やったそうですな」

「まあね、こっちも大盛況じゃないか」

「学生はんの小難しい議論はわかりまへんけどな、まあええんちゃいまっか、直接金になるかはさておき、こういう所から流行るもんがでてくりゃ、最終的には市場ができますからな」

「そんなもんか。それよりも、聞きたいことがあるんだが……」


 女実業家レアリーのことを聞いてみる。

 彼女を盗賊だと思った理由などについてだ。


「些細なことですけどな、ちょいと身のこなしの細かいくせが、盗賊っぽいところがおましてな、足運びとかそういうのですけど、例えば剣術道場なんかで習うそれとは、ちょいと違いますねん」

「ほほう」

「ああいうのは、誰かに習わんと、自然に身につくもんやおまへんからなあ。まあ、それだけですねんけどな。大将がちょっかいかけてる、ちゅーんで、ちょいと調べてみましたけど、分かる範囲では普通にまっとうな商売してましたな」

「ふぬ」

「しいて言えば、幼い頃のことがいまいちわかりまへんな。どちらかっちゅーと、商人やったちゅう両親のほうがちょいと怪しいような、けどこれも二十年ちこう前にのうなってはりますし、なんや事故らしいですからな」

「ふむふむ」

「なんや魔界でも盗賊騒ぎがあったとか」

「耳が早いな」

「その直前に、例のご婦人を見かけたとなると、そりゃあ気になりますわな」

「そうなんだ」

「まあ、もうちょいまちなはれ、エレンはんが本腰入れるみたいでっせ」

「そりゃ頼もしい」

「ここだけの話、あっちはあっちで、なんや緑組の手伝いしとるようですけどな」

「そうなのか」

「現時点で言えるんは、それぐらいですわ」

「ふむ、まあ任せた」


 レアリーの件を丸投げしたので、次は……どうしよう。

 黒頭登山のことは、スポックロンが帰らないとわからんし。

 でもミラーに聞けばわかるかな?

 のこのこと地下に降りていくと、また大きく様変わりしていた。

 例の司令室みたいな部屋は、いつの間にかモニターが増えて、壁いっぱいに色んな情報が映し出されている。

 例えば街中の定点観測や、上空からの映像、街の地下の断面と思しきマップや、その他よくわからんグラフ、広域地図もある。

 かっこいい。


「オーナー、御用でしょうか」


 ミラーの一人が話しかける。


「うんまあ、そうなんだけど、ここも随分かっこよくなったな」

「ノード18とのラインが一部繋がりました。海底にケーブルを敷設中で、その中継点と無線接続することで、従来より約十二倍に帯域が増えております。最終的には土中にパイプを通して、有線接続します」

「全部無線じゃ駄目なのか」

「大気中のエルミクルムの干渉で、長距離無線では十分な帯域が確保できません。中継ポイントが必要ですが、現在は全て失われているので再構築中です。また、地下のノード229と接続できれば、そちらのバックアップによる機能向上も見込まれます」

「それでノード229から、まだ連絡はないのか」

「ございません」

「まあいいか」

「それで、黒頭探索ですが、まだ入り口のようなものは見つかっておりません。現在エディ様の手のものが現地で伝承や文献などの情報収集を行っているそうで、そちらの情報を元に再度調査する予定です」

「ふむ」

「それ以上の報告はございません、お役に立ちましたでしょうか」

「うん、たってるたってる」

「ありがとうございます」


 ついでカプル達の工房に行く。

 サウは画廊に詰めてるので、今いるのはカプルとシャミだけだが、こちらも入って驚いた。

 以前の雑然と紙や材木が散らばってた部屋から一転してメカメカしくなっている。

 中央には巨大な立体映像装置が置かれ、シャミがフリーハンドで何やら操作していた。

 どうやら3DCADのすごい版のようなものらしい。

 あっけにとられる俺に、カプルが話しかけた。


「おかえりなさいませ、どうです、ここも見違えたでしょう」

「驚きだよ、すでに俺の故郷よりハイテクすぎる」

「この設計装置は昨日入れたばかりで、昨夜からシャミが猛特訓中ですの」

「コイツで設計して、立体物を出力するわけか」

「さすがはご主人さま、よくおわかりで。炉の方はこちらには入らないので、ノード18の遺跡の方で出力する予定ですわ」

「ほほう、しかしちょっと不便じゃないか?」

「大丈夫ですわ、現在べリフトーが一日一往復しておりますし」

「なんだその、すごい太そうなの」

「あら、ご存知ありませんでした? 空飛ぶ輸送船ですわ」

「いつのまにそんなものが」

「明け方の人のいないうちに裏庭につけて荷揚げしておりますわ、隣の部屋にも大量の資材がありますわよ」

「後で見とくよ」

「ところで、レッジロッジはどうでした? 私も先日、ノード18まで出向いて同型車両を拝んできましたけど、実に驚くべきものでしたわね」

「そりゃまあなあ」

「惜しむらくは、あれをそのままでは試練にもっていけそうにないことですわね」

「そうなのか?」

「あの手の車両は石畳よりももっと高度に舗装された道路でないと、安定して走れない、とのことでしたわ」

「ははあ、舗装な」

「とくにルタ島は馬車も通れぬ山越えの道もあるそうですわ」


 車だってあぜ道を走ると大変だもんな、あのレッジロッジ号もオフロード用には見えなかったし、すごい文明の車でも、そういうところは案外融通がきかないのか。


「それに、試練の際は世間の目もありますから、あまりむやみに古代文明の物を晒すものではないかもしれませんわね」

「そういう理由もあるか」

「そこで見かけは馬車でありながら、内装はなるべく最先端古代文明仕様に近づけたいと思いますの」

「古代で最先端って言われてもなあ」

「そこは言葉のあやですわ、とにかく、私もこのCADというものを覚えなければ。物性の力学というものも勉強を始めたのですけど、どうもこの記号の羅列と、実際の物との結びつきが」

「がんばってんな、まあいっぱい計算してればだんだんイメージが分かってくるよ、たぶん」

「応力なども長年感で身につけたものを式で表しても、ピンとこないものですわね。実際の計算はこちらの装置がやってくれるそうですけど、理屈は押さえておきませんと、ですわ」

「そんなもんかもなあ」


 そうやって話す間も、シャミが操作するごついパソコン的な何かは、すごい立体映像で何かを作っている。

 こんだけすごいコンピュータがあれば、ゲームぐらい作れそうだな。

 試練を終えて引退したら、作って遊ぼう。

 いつになるかはわからんけど。




 日が暮れる前に、人形師を送り届けたスポックロンが戻ったので、再び出発することにする。

 今度の目的地は都だ。

 新人を置いていくのは忍びないが、獣人と魔族じゃ、余計なトラブルの種になりかねんし。


 都に行くのはフューエルとカリスミュウル、それにお供のテナやチアリアールの他、数人ってところだ。

 エディは帰って即、仕事に出ていったのでもういない。


 今回の目的は、エームシャーラ姫に会うだけだ。

 会うのはいいが、フューエルはあって何を話すつもりなんだろうな。

 とりあえず俺としては婚約おめでとうと言って、花でも贈ろう。

 そのために、内なる館で咲いてる季節感のまったくない色とりどりの花で花束を作ってもらっている。


 留守番組に別れを告げて、アルサの街を出発する。

 しかし船の乗り降りに家から少し離れるのは不便だな。

 なにか方法を考えないと。


 都までは、前回は片道一日以上かかる難儀な道のりだったが、今回は一時間もかからない。

 そもそも最高十七分で星を一周できるそうだからな。

 軌道上まで上がらないと、大気圏内ではそこまでのスピードは出ないようだが、スパイツヤーデの国内程度なら、すぐにつく。

 というわけで、俺達は都の側に降り立った。

 馬車に乗り換え旅人のようなふりで都入りする。

 街の外周は先のトラブルの跡がそれなりに残り、まだ復興中ってかんじだが、壁の中は落ち着いている。

 むしろ前よりも活気がある気がするな。

 時間はまだ宵の口。

 通りには人が溢れてにぎやかにやっている。

 あの重苦しい空気がなくなったことで、どこにでもある夜の喧騒が都にも生まれたようだ。


「まるで別物だな、これがあの都か」


 馬車の窓から外の様子を伺っていたカリスミュウルが呆れ顔でそう話す。


「いたって普通の街になっちまったな」

「どうにも信じられんが、これならちょっと遠景が寂しい以外は、よそと変わらぬではないか」


 俺とカリスミュウルがおのぼりさんのように窓の外を眺める間も、フューエルはカリカリしていた。

 初めてあった頃を思い出して、なんかかわいい。

 そうこうするうちに、カリスミュウルの実家の屋敷についた。


「では、私は今夜はこちらにとまる。何かあったら連絡せよ、よいな」


 そう言って馬車を降りたカリスミュウルと別れ、俺達はひとまずフューエルの友人の元に向かう。

 以前別荘地で会ったフューエルの幼馴染み、馬マニアのラーキテルの所だ。

 都で宰相のブレーンの一人として活躍中の法律学者であるラーキテルは、生まれが庶民だけあって、都に屋敷を構えたりしているわけではない。

 役人や地方から出てきた貧乏貴族の子弟が住む寮があり、その一室に寄宿している。

 もっとも寮と言っても、俺が学生時代に住んでたワンルームの寮とは違い、日本で言えば都会の億ションぐらいの立派なものらしいけど。

 フューエルいわく、


「エムラをこの国に招いたのは彼女ですから、おそらくはなにか知っているでしょう」


 とのことだったが、いざ訪ねてみると、こちらの来訪を予想していたようだ。


「おや、随分とお早いお出ましで。てっきりあと数日はかかると予想してましたのに」


 顔を合わせてそうそう、ラーキテルはそういった。


「それで、エムラはどこに居るんです?」

「どこって、そこにいますよ」


 そう言って指差すと、奥からエームシャーラ本人が出てきた。


「あら、もう見つかってしまいましたのね。今回の鬼ごっこは、気合を入れてましたのに」


 と残念そうな顔でフューエルを煽るエームシャーラ。


「何が鬼ごっこですか! 一体どういうつもりなんです!」

「どうもこうも、まずはお祝いの言葉の一つも掛けてくれるのが、友情というものではありませんの? 魔界でアウリアーノ姫から話を聞いたからこそ、駆けつけてくれたのでしょう」

「それは……本気なのですか?」

「もちろん、断る理由もないでしょう」

「それはそうですけど、でも、よりによって魔界だなんて」

「あら、距離的にはむしろアームタームよりも近いんじゃありません?」

「そういう問題では」

「じゃあ、私をどうしたいのかしら、フムル」

「どうって、どうというわけでは……」


 だんだん雲行きが怪しくなってきた。

 フューエルは秒刻みで表情が変わっていて面白い。

 一方のエームシャーラは、今にも吹き出しそうな感じで笑いをこらえている。


「ああ、もう、わかりました。私の負けです、エムラ。どうか魔界なんて行かないで」


 フューエルが泣きそうな顔でそう頼むと、エームシャーラは驚く。


「まあ、あなたがそんな簡単に折れるなんて、旦那さまの影響かしら」

「そうかも知れませんね。なんせこの人は日和見が服を着て歩いてるような人ですから」

「ふふ、でもまあ、あなたがそういうのなら、そうしましょうか。だって主人の言うことに従うのが、従者の努めですものね」

「それじゃあ……、って、従者? いったいなにを!?」

「内緒にしていたのは、婚約のことだけじゃないんですよ。私、あなたの血を受けて、あなたの従者になってしまったみたい」

「え、ええっ!?」


 顎が外れんばかりに驚いたフューエル。

 俺も驚いたが、フューエルがあまりに驚きすぎて、逆に冷静になってしまった。

 つまりあれか、以前エームシャーラが大怪我をしてフューエルの血を輸血したことがあったが、あれのせいで契約を交わしたことになってしまったのだろう。

 彼女はコアがあるって言ってたからな。

 しかし、あの時からずっと隠してたとなると、彼女も相当なタマだな。


「でも、そんな……」

「人の結婚に反対しておいて、今更従者にはできないなんて、言わないでしょうね?」

「そ、それは、でも……」

「私、同性趣味はありませんから、奉仕など命じられても困りますけど、ほっぺにキスぐらいならしてあげますよ」

「からかわないでちょうだい! ああ、でも、本当なのね」

「こんなことで、嘘は付きませんよ、フムル」

「ああ……、そうなのね、エムラ。でも、じゃあ、一緒にいて、いいのね」

「ところが、そう簡単に行かないのが王族の辛いところでしょう」

「それは、そうですね」

「これがあなたの夫に嫁ぐと言うのであれば、まだどうにかなったかもしれませんけど、いくら夫婦とはいえ、あなたの家柄的に、従者として仕えるには体裁的にちょっと弱いでしょう」


 どう違うのかよくわからんが、あとで聞いたところによると、俺の妻なら紳士という人知を超えた存在と血縁になるし、エディやカリスミュウルみたいな有力者とも姉妹になるが、フューエルの従者だと、主人の夫の別の妻になるので親等的なつながりがないからだとか。

 よくわからんが、今はそのことは置いておこう。

 問題はエームシャーラの身の振り方だ。


「そ、そうです。どうするのです?」


 エームシャーラはそれには答えず、代わりにそばで笑いを噛み殺していたラーキテルが説明した。


「そこで、彼女から相談を受けていた私が、一計を案じたのですよ」

「あなたが?」


 と驚くフューエル。


「エームシャーラが従者であることを隠しつつ、この国で手頃な身分を得て、例えば出家や偽装結婚などの形で体裁を保ちつつ、あなたと一緒にいられる算段を考えたのですが、手頃な口がなくてですね」

「それはそうでしょう」

「いざとなったら紳士様とくっつけてしまおうと考えていたところ、エームシャーラの実家からいくつか縁談の話が持ち込まれまして、そのうちの一つが例のデラーボンの王でした。エームシャーラの話を聞くと、まさに今回の件にうってつけではありませんか」

「なぜです?」

「彼女の話では、かの王は人形の傀儡であり、およそまっとうな夫婦関係にはならないでしょう」

「では、エムラはその事を知った上で?」

「もちろん、デラーボンは地理的にはアルサにも近く、エームシャーラの貞操も守りつつ、王族としての使命も果たせる、一石三鳥とはこのことです」

「しかしそんな都合のいいことを、アウリアーノ姫は承知なさったのですか?」

「無論ですよ、そのために先日、私自ら出向いて話をつけてきたのですから。あちらも殿下の正体はあかせないが、いつまでも独身とはいかず、身内から手頃な相手を据えるしかないと考えていたところ、まさに都合のいい相手が現れたというわけです」

「じゃあ、アウリアーノ姫もすべて承知の上で!? 今朝別れるまで、そんな素振りも見せなかったのに!」

「彼女は流石に一国を束ねるだけあって、相当な……いえ、私の個人的な評は避けましょう。とにかく、この壮大な茶番により、エームシャーラはあなたの従者でありながらデラーボンの后となるのです。あとは魔界の空気は体に合わぬと言って、近場の友人宅であるあなたのところで療養することにすればいいでしょう」

「そんな、茶番にも程があります!」

「いいじゃありませんか、あなた達にはお似合いですよ」


 そう言ってラーキテルは笑う。

 結局、エームシャーラが魔界に嫁入りすることは変わらないが、最終的にフューエルのもとに戻ってくるようだ。

 なんだかよくわからんが、丸く収まったっぽい。

 てっきり、エームシャーラの故郷まで延々と追いかける羽目になるんじゃないかと心配してたよ。


 フューエルは数日都にとどまり、エームシャーラやラーキテル、さらに少女時代の友人を集めて遊ぶことにしたらしい。


「あなた、すみませんけど、あとはよろしくおねがいします」


 としおらしいフューエルに、


「たまにはいいだろ。学生気分でハメを外しすぎないようにな」

「そこが悩みどころですが、まあ大丈夫でしょう」


 胸のつかえが取れたのか、フューエルの顔は数日ぶりに晴れ晴れとしている。

 なんにせよ、丸く収まってよかった。

 と思ったら、ラーキテルが突然、エディの姉の名を出す。


「ところでクリュウ様、ユーラシウム閣下とはお会いになりません? ご希望でしたら、約束を取り付けておきますけど」

「いやあ、心の準備がちょっと」

「まあ、紳士様ともあろうお方が、意気地のないことを」


 するとフューエルが、


「そうですよ、そもそもエムラの件だって、あなたが彼女を口説いておけばこんな面倒なことにはならなかったんです」

「いやおまえ、嫁さんの友達を普通口説いたりするか?」

「あなたの普通と世間の普通は違うでしょう」

「そんなに大きくは違わないと思うが」

「どうだか」


 憎まれ口をたたきつつも、フューエルはエームシャーラと腕を組んで楽しげに笑っている。

 いい気なもんだ。

 妬けてきたので、彼女たちをほっといて、俺は夜の都を堪能することにした。

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