第358話 力試し
ラッチルの仲間はまだお国に帰り着いていないかもしれないので、後を追うようにリッツベルン号を飛ばす。
だが、結局ラッチルの故郷につくまでに追いつかなかった。
俺たちがグダグダと温泉でエンジョイしている間に夜通し馬を走らせたんだろう。
そのおかげで、俺達がデラーボンの都レニスに入った時には、出迎えの兵が並び、王様みずからの手厚い歓待を受けた。
「高名な桃園の紳士殿をお迎えできて、これにまさる栄誉はない。しかも我が右腕とも頼むラッチルがそなたの従者として選ばれたと聞けば、これは国を上げて歓待せねばならぬな、がはは」
ラッチルの主君であるモンチーニ家のマルトロ殿下は、五十代なかばのガハハと笑うタイプのあぶらの乗ったおじさんで、あまり仲良くしたいタイプではなかったが、可愛い従者のために上辺だけ繕うぐらいは大した苦労ではないのだった。
過剰な歓迎を受けるのにも慣れてしまって、ついぞんざいな応対をしてしまいそうになるが、そこはちゃんと紳士っぽいふるまいをして期待に答える。
まあ、俺もコミュ力だけが命綱みたいなとこあるしな。
その後ラッチルの実家に向かう。
彼女の両親は、良くも悪くも普通の貴族で、身分も名誉も備えてしまっている今の俺には、逆につきあいやすいタイプで安心した。
跡継ぎの弟は、名をレオッチャといい、成人したばかりで年の頃は十代の半ば、まだ幼さの残る紅顔の美少年だった。
「私が不甲斐ないばかりに、いつまでも姉に迷惑をかけておりましたが、紳士様のような立派な主人を得たと知って、これ以上の喜びは有りません。これからは姉だけでなく紳士様の名も汚さぬよう、立派な騎士としてつとむる所存です」
「君のような立派な跡取りがいればラッチルも安心だろう。これからは私のことも兄だと思ってくれたまえ」
などと調子のいいことを言っておいた。
「ところで、叔父上はおらぬのか?」
とのラッチルの問に、弟のレオッチャが答えて、
「叔父上はちょうど所領にお戻りでして、今朝一番で使いを出したのですが、まだ。夜の晩餐までには駆けつけるかと」
「ふむ、やはり叔父上にも祝ってもらわねばな」
「しかし、叔父上はお認めくださるでしょうか。叔父上は何事においても武勇一辺倒、その、クリュウ様は立派な人望をお持ちのお方のようですが、いささか……」
「ははは、お前は見ておらぬからわからぬのだ。たしかに剣をとって立ち会えばお前のほうが強いかもしれぬ。だが、一度封印を解かれ、後光眩しきお姿を拝見すれば、いかな武人とて頭を垂れざるを得まい。格が違うとはまさにこのことであろう」
「紳士様とは、それほどのものなのですか」
「うむ」
ラッチルは褒め方がういういしいな。
これが年季を重ねると、俺のいいところよりダメなところが魅力的に思えてくるようなので、俺も罪な男だと思う。
急な嫁入りならぬ従者入りで、屋敷の中は慌ただしく支度を整えている。
どうやら今夜の晩餐でお披露目のようなことをするらしい。
その際に着る真っ赤なドレスも見せてもらった。
衣装部屋に白いドレスと並んで飾られている。
「魔界の貴族は、嫁入りの際には白、従者になる時には赤のドレスを着る習わしです。もはや袖を通すことはないと思っておりましたが……」
「よく似合いそうじゃないか」
俺の言葉に照れてはにかむラッチルは可愛い。
晩餐とは別に、地上に引っ越すための準備なんかもしている。
同じお姫様でも、もともと近所に家のあるフューエルや、手荷物一つでやってきたカリスミュウルなどと違い、かなりの大荷物になるみたいだ。
しかも侍女もぞろぞろ引き連れていくつもりらしい。
もちろん、うちに受け入れる余裕はないので、ひとまずフューエルの屋敷の方で預かってもらうことになる。
そういえば、エディも近所に屋敷を用意するって言ってたし、お姫様は大変だな。
あっという間に夜になり、晩餐が始まる。
盛大すぎたのでお子様連中にはお留守番願って、地上でも身分のあるものだけを伴って臨む。
屋敷のホールがきらびやかな宴の場となり、王様のマルトロ殿下を始め、国の要人が集まって盛大なパーティになっていた。
俺は着飾ったラッチルをエスコートする形でそれらの偉そうな、まあ偉いんだろうけど、そういう人らにクソ丁寧に挨拶をして回る。
みな、噂でしか聞いたことのない紳士様をひと目見ようと興味津々でやってきたようだ。
あとそれとなく流れてきた話によると、家柄も器量もよいのに女だてらに槍を振り回していたせいで嫁に行きそびれたラッチルの晴れ姿をひと目見よう、という魂胆もあったとかなかったとか。
ひとしきり挨拶を終えて、一呼吸入れようとラッチルとホールに接したバルコニーに出て夜風に当たる。
「お疲れさまでした、ご主人様」
冷えたワインのグラスを俺に手渡して、ラッチルがそういった。
「なに、こういうのもそれなりに慣れたもんさ」
「私はどうにも。戦車を駆って魔物を追い回すほうがよほど気楽なものです」
「まあ、そりゃわからんでもないが」
「それにしても、ご主人さまは庶民の育ちだと伺いましたが、このような場での立ち振舞も、私よりも遥かに洗練されておいでで、やはり持って生まれた品位の差が……」
「そりゃあ、ないと思うがね」
俺が一服している間に、フューエルやエディはマルトロ殿下やアウリアーノ姫を交えて、何やら悪巧みをしているらしいが、俺は俺のやるべきことをだいたいこなしたと思うので、そろそろ休ませてもらおう。
そう思ったのもつかの間、にわかに宴の場がやかましくなってきた。
何事かと思ったら、ラッチルの弟君が飛び込んでくる。
「姉上、大変です」
「何を取り乱しておるレオッチャ、紳士の御前だぞ」
「はっ、これは失礼を。それよりも姉上、叔父上が」
「おお、参られたか。もしや間に合わぬのではないかと心配しておったところだ」
「それどころでは有りません。ワシが品定めしてやるから紳士とやらを出せと」
覗いてみると、たしかにごついおっさんが叫んでいるようだ。
しかも酔っ払ってる。
「叔父上ともあろうものが、何たるざまだ。ご主人様はここでお待ちを」
と言うラッチルを制して、
「いや、ご指名は俺だろう。俺が行くよ」
俺がでていくと、例の叔父様を取り囲んでいた連中がさっとひける。
ポクポクと目前まで歩み寄り、名乗りを上げる。
「ご指名と聞いて参上した、私がクリュウです」
すると叔父様はじろりと俺を見下ろして、
「むうん、このような青瓢箪が、ラッチルを従者にすると?」
酔っ払っているようだが、目つきは鋭く、粗野な中にも知性を感じる。
半分は演技と見たが、それにしてもでかい。
二メートル以上はあるな、しかも筋骨隆々だ。
巨人族のデカさに慣れてはいるが、単にでかい人間というのもそれはそれで迫力がある。
「お気に召しませんか?」
「ああ、気に入らぬな。桃園の紳士とやらの噂は、こんな魔界の小国にまで聞こえておる。その貧相な体に、さぞ立派な知恵と勇気を備えておるのだろう。だが、そんなものでワシのこの拳が防げるか? 貴様自身の力はどうなのだ、いくら百戦錬磨の従者を従えたところで、朝も夕も赤子のように守ってもらうつもりか?」
そう言って叔父様はこれみよがしに拳を掲げる。
たぶんこの猿芝居は可愛い姪の主人とやらが、それにふさわしい相手かどうか、見定めてやろうという魂胆だろう。
困ったことにこういう手合は、俺の唯一の得意技である、舌先三寸で丸め込む戦術が通じないんだよな。
となると、圧倒的な力でねじ伏せるしかない。
そう思って例のごとく指輪を外そうと思ったが、もっと効きそうな方法を思いついた。
「では、お見せしましょう。紳士の力の片鱗をご覧あれ」
芝居がかった台詞のあとで、いつも懐に忍ばせてある短針銃を取り出し、パシュっと撃った。
「それが何だと……うっ」
象もイチコロと評判の麻痺銃だ、どんな巨体であろうと、ものの数秒でぶっ倒れる。
ほとんど俺が何もしていないように見えたのに、俺の倍以上はある偉丈夫が突然倒れたのだ。
周りの連中は驚いて声も出ない。
「ご主人様、い、今のは一体……」
最初に駆け寄ったラッチルの黒い顔は少し青ざめて見えた。
「なに、ちょっとした魔法さ。それよりも、叔父上殿を元に戻そう」
「叔父は、大丈夫……なのでしょうか」
「大丈夫、少ししびれてるだけだよ。スポックロンを呼んで、解毒してもらおう」
すぐに治療して麻痺は取れたが、ラッチルの叔父様は、パーティ会場で大の字になったまま、おんおんと泣き出してしまった。
「ぐぉお、何ということだ。これまで幾千の魔物と相対しても膝をついたことのないワシが、わけも分からぬままに倒される日が来ようとは、ぐおぉおん」
やかましい。
やかましいが、おっさんをあやす趣味はないので、好きなようにさせておいたら、王様のマルトロ殿下がやってきて、彼の腕を取り、引き起こす。
「いつまで駄々をこねておるレーバフ、めでたい姪御のはれの日だぞ」
「し、しかし殿下、これが泣かずにおれましょうや」
「泣きたければなくがよい、だが貴様も見たであろう、呪文も唱えずに、貴様ほどの男を手玉に取る恐るべき術を。なんと偉大な存在であることか。そしてそのような方にラッチルをもらっていただいたことを誇らぬか」
王様に励まされてボロボロ男泣きに泣きながら、俺の手を取る叔父様。
「先程の無礼の数々、詫びる言葉もないが、貴公こそまさに万人を従えるに足る偉大な紳士であった。このレーバフ完敗でござる。どうかラッチルをよろしく頼みまする」
叔父様につられてラッチルも泣いてる。
こうして目の前で泣かれると、なんだかもらい泣きして泣きたくなるので、俺も年を食ったのかなあと思いつつ、二人の手を取り、こちらこそよろしく頼みます、などと調子を合わせておいた。
翌日、盛大な見送りを受けて俺たちはラッチルの故郷を後にした。
あとはアウリアーノを送り届ければ魔界の小旅行もおしまいだ。
そのアウリアーノは、
「昨夜は随分と面白いものを見せていただきましたわ。やはり紳士様と一緒だと退屈しませんね」
「照れるな」
「あの時、手にした何かを使って、レーバフ卿を倒されたのでは有りませんこと?」
「よく見てたな、実はこいつが秘密兵器なんだ」
と懐から短針銃を取り出す。
「こんなものが、あの大男をたちまち眠らせるだけの魔力を秘めてるんですのね」
「まあね、そうだ、今回のお礼に一つプレゼントしよう」
「まあ、よろしいんですの? 貴重なものなのでは」
「だからこそ、君に持っててもらいたいのさ」
「あら、そのようなことをおっしゃられては、本気にしてしまいますわよ」
「そこは君の判断に任せるさ。使い方はミラーから教わってくれ。小さな毒矢を飛ばす武器だが、実は俺は下手くそでね。あの距離じゃないと当たらないんだ」
短針銃自体は、スポックロンがまとまった量を準備しているらしいので、一つぐらいあげても平気だろう。
女の子が喜ぶ姿を見るのが、俺の生きがいだからな。
船を下ろし、都ラブーンに入ると、今日も街が賑わっている。
「相変わらずにぎやかな街じゃないか」
とアウリアーノに話しかけると、
「それにしては、何やら兵たちが走り回っているような、何も報告は受けていないのですが」
アウリアーノ自身は、念力のような魔法でバッツ殿下であるところの人形を操作するだけでなく、そこで見聞きしたことも知ることができる。
旅の間も定期的につながって報告を受けていたようだ。
逆につながっていないときはある程度自立して動くらしい。
まあ中身はロボットだったしな。
明確な自我はなくても、日常的な行動のモノマネぐらいはできるのだとか。
そうじゃないと、やってられんよなあ、とは思う。
なんにせよ、そうした仕組みで常に報告を受けていたので、もし国内にトラブルがあれば彼女の知るところであったはずだが、そうではないらしい。
とすると、今ちょうどトラブルが発生したところか。
巻き込まれる前に別れを告げて立ち去りたいが、そうも行かないよな。
出迎えに来た兵もよくわかってないらしく、慌ただしい街の人混みを避けて宮殿に入った。
「これはお早いお帰りで」
出迎えた大臣は身だしなみも雑で大慌てで飛び出してきた感が漂っていて、この国大丈夫かなあと言う気持ちで一杯になる。
「それよりも、表の騒ぎは何事です」
「それが、カールジャーノ銀行に盗賊が押し入ったと今報告が入ったところでして」
「盗賊!? 例の賊ですか」
「そこはまだ不明ですが、おそらく……」
「ついに都にまで、しかもあれほどの大銀行がやすやすと」
「姫のご不在中にかかる次第と相成ったこと、まことに面目次第もなく」
「言い訳は後で聞きます。あなたは手配を進めておきなさい。私もすぐに参ります」
指示を受けて下がる大臣。
「というわけで紳士様、みっともないところをお見せしてしまいましたが、お聞きのようなわけで、お相手ができなくなってしまいましたわ」
「なに、君の努めだ、頑張ってくれ」
「そういたしましょう」
「落ち着いた頃に、また遊びに来るよ、今回は世話になったね」
「こちらこそ、随分と勉強もさせていただきました、またいつでもお越しくださいませ。そうそう、それから……」
と思い出したように付け加える。
「エームシャーラ姫の件、くれぐれもよろしくお願いいたしますね」
そう言っていたずらっぽく笑う。
あの顔は、たぶん先日話した以上のなにか秘密がありそうなやつだな。
それを問いただす間もなく、慌ただしく彼女と別れた。
もっとも、俺の頭の中ではそのことよりも、盗賊と女実業家レアリーのことが結びついて、離れないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます