第356話 温泉

「理解を超えた状況が続いて、お礼が遅くなってしまいましたが、この度は多大なご迷惑とご心配をおかけした上に、御自ら助けに来ていただけたことを、誠に、誠に感謝いたします次第でありまして……」


 アーランブーランでのあれやこれやを終えての帰路。

 キャンピングトレーラー・レッジロッジ号の中で、人形師助手のリックルちゃんは、ひたすらペコペコ頭を下げていた。

 話を聞くと、想像通り、人形を作る炉が壊れてしまったので、先行していたスィーダの従姉と合流して、賢者ちゃんのところに代わりを貰い受けに来たものの、色々あってここで監禁されていたそうだ。


「無事で良かったよ」

「まことに申し訳なく。しかし結局炉を手に入れることができず……」

「そのことなら、うちでかわりが用意できそうだ。詳しいことは地上に戻ってから改めて相談しよう。今はゆっくり休んでくれ」


 ひたすら平身低頭するリックルちゃんをなだめすかし、休ませる。

 ちなみに残りの三人はひとしきり俺たちに感謝した後は、精神的に疲れたのかぐったりしていた。

 若い娘が恐ろしいガーディアンが守る古代遺跡で囚われて、記憶を消されるかもしれないという恐怖にさらされていたわけだ、そりゃあ疲れもするだろう。

 ノード9あらためファーマクロンはああいう性格だったとはいえ、余計な干渉を避けるために事務的に接していたようだし。

 スィーダはそんな従姉のお世話をせっせとしているようで、そんな姿を見た従姉のクローレに、立派になったと褒められては喜んだりしていた。

 まあ、彼女たちは無事に送り返せば後はどうにかなるだろう。


 落ち着いたところで、新従者のラッチルと今後の予定を相談する。

 今一人の狸娘トッアンクと違い、色々としがらみのある彼女はホイホイと地上に連れ帰るわけにもいかないのだ。


「アンフォンの街に、まだ仲間が待機してるって話はしたと思うが、お前の故郷での後始末もそんなに簡単には終わらんだろうから、先にあっちを拾ってから行こうと思うんだ」

「しかし、アンフォンといえばここから何日もかかるのでは? 距離的には我が国に直接向かったほうが……」

「ああ、それは大丈夫。この乗り物同様、一瞬で移動できるやつがあるから」

「まことですか。遺跡の主と対等に渡り合うことといい、ご主人さまは計り知れぬお力をお持ちなのですな」

「自分でも不思議に思うよ」

「いやはやまったく。ところで私の故郷での後始末のことですが、ありていに申しますと、私自身は隠居同然で、暇を持て余して新兵の教育などを買って出ていたものですから、さほどお手間を取らせることもないかと。とくに我が国では地上へのコネを非常に欲しておりました。聞けばご主人さまはスパイツヤーデの王族とも婚約中であるとか。こう申してはなんですが、おそらく殿下は無理矢理にでも私を押し付けることでしょう。無論そのことで後々ご迷惑をかけることはなきように計らう所存ですが」

「そりゃあ、話が早くて助かるな。お前みたいにできる人材はそうそう手放さないんじゃないかと余計な心配をしてたんだ」

「自慢するわけでは有りませんが、私も赤備えを賜った身ですから、腕には自信がございます。されど女の身では戦の場でも、まつりごとでも一線にたち続けることは難しいもの」

「そうなのかい? 地上ではそうでもないが」

「そういう噂を聞いて、若い頃は悔し涙を飲んだことも有りますれど、今となっては我が身の身軽さがありがたいというもの」


 というわけで、一旦アンフォンに戻ることにした。

 思ったよりも目的を素早く達成できたし従者も増やせて今回の遠征は成功だったな。

 最近のグダグダっぷりが嘘のようだ。

 たぶん、このあと反動でひどい目にあいそうな気もするが、そういう余計なことを考えるから良くない流れを引き寄せてしまうんじゃないかという気もしないでもないが、そんな迷信じみた考えに囚われてる事が精神的な脆弱性となってスキを呼ぶのではないかとかうんぬんかんぬん考えていると、狸娘のトッアンクが心配そうに俺の顔を覗いていた。


「どうした、なにか相談か?」

「も、申し訳有りません。その、すごく難しそうな顔をしてたので、なにかお困りなのかなあと思って、でも私なんかがお力になれることなんてあまりないし……」

「ははは、俺が真面目そうな顔をしてるときは、だいたいしょうもないことを考えてるときなんだ。むしろヘラヘラしてるときのほうがピンチだったりするから、見た目に騙されないほうがいいぞ」

「そ、そうなんですね、勉強になります」


 そんなこと勉強されてもなあ、と思わなくもないが、まあどうせすぐに慣れるだろう。


 車を降りてもと来た洞窟をくぐり、外のキャンプまで戻ってきた。

 ラッチルの部下もまた、一帯の探索を終えたところのようだ。

 互いの無事を祝い、今後の計画を打ち合わせする。

 ラッチルの部下はこのまま一旦国に戻り事の次第を伝え、俺たちは予定通りアンフォンに寄ってからラッチルの故郷に向かうことになった。


 ラッチルの部下に見送られて丸い宇宙船リッツベルン号に乗り込むと、まっすぐアンフォン……と思ったら、ノード229の希望で先に賢者ちゃんのところに送っていくことになった。

 そういやあちらのことを忘れてた。

 どうも最近、キャパを超えるとトコロテンのように前のタスクをすっぽり忘れてしまう気がする。

 これが歳を取るということだろうか、やだなあ。

 ミラーを残してきたので無事に助け出した旨は伝えてあるが、やはり心配してるだろう。

 ぴゅーっと飛んでいって顔を出すと、賢者ちゃんの出迎えを受けた。


「さすがは偉大な紳士殿、といったところだな。よくぞ皆を救い出してくれた」

「どうにか、いい感じに収まってくれましたよ」


 というと、賢者のレディウムちゃんはうなずいて、


「実はお主らと入れ違いにカーネが訪れてな、後を追うように頼んだところ、お主らであれば手助けは不要であろうと言ってな」

「そりゃあ、随分と高く買われたもので」

「どうもアレも忙しいようでな。ところで雷炎の魔女殿、お主ポワイトンの行方はしらぬか?」


 と今度はデュースに話を振る。


「ポワイトンですかー、しばらく会っていませんがー南方にいたようなー、彼なら精霊教会に確認したほうがー」

「ふむ、カーネが何やら尋ねたいことがあるが、長く連絡をとっていないというのでな」

「あの人は面倒なのでー、まあカーネの頼みというのならー」

「私も、数回顔を合わせただけだが、やかましい男であったな」

「ですよねー、一応、上に戻ったら探しておきますかー」

「ふむ、その際はこちらに連絡を入れればつなぎがつくと、カーネは言っておった」


 といってメモをやり取りしていた。

 ポワイトンってのが誰かは知らないけど、男みたいなので質問する気にもならなかった。

 貴重な脳のキャパシティはギャルのためだけに使わねば。


 ノード229とはここで一旦別れる。

 彼女は後日地下基地の方に戻り、システムを復旧させ次第連絡を入れる、とのことだ。

 地下基地が安全に使えるようになれば、色々できることも増えるかな?

 とりあえず宇宙に行けるようになってくれるだけでも助かるんだけど。

 とにかく、一日も早くこういうめんどくさくて先送りしていたタスクを全部片付けて無限にイチャイチャするだけの毎日を取り戻したいものだなあ。


 今度こそアンフォンに向けて出発、と思ったが、カリスミュウル率いるアンフォン組は、まだ近場の温泉宿でエンジョイしているらしい。

 それならばということで、まっすぐ温泉宿に向かう。

 アンフォンから北に二十キロほど行った山間の小さな集落で、谷間を流れる川に沿って温泉宿がいくつも並ぶ。

 かつては湯治場として有名だったらしいが、近年は寂れる一方だとか。

 少し離れた場所に舟を下ろし、皆が泊まるという宿にぞろぞろと移動する。


「もどったか、クリュウ」


 真っ赤で派手な魔界風浴衣姿で出迎えたカリスミュウルは、温泉パワーでテカテカしていた。


「リラックスしてるようじゃないか」

「まあ、そういうな。こちらはこちらで、予期せぬ冒険というものもあってな、それで首尾は上々だったようだな」

「そりゃあお前、この俺様が自ら出向いたとあらばコレぐらい朝飯前ってもんだ」

「そういうことにしておいてやろう、フューエル、お主も苦労が絶えぬであろう」


 などと言って、俺を置いてフューエルと一緒に宿に入ってしまった。

 倦怠期だなあ。


 カリスミュウル達が泊まっていた宿は、建物は古いが手入れの行き届いた良い宿で、一風呂あびてリラックスすると、根が生えたかのように動けなくなってしまった。

 近場にこんなにいい温泉宿があったなんて、どう考えてもいつぞやの別荘より遥かにくつろげるぞ、こいつは。

 まだやることはあるんだけど、とにかく今日はもうどうでもいいやとゴロゴロしていると、エディが色っぽい浴衣姿でやってきた。


「ハニー、くつろいでるわね」

「そりゃあお前、俺がどれほどの苦労を」

「たしかに、別れたときより従者の数も増えてるものね」

「俺の甲斐性はそれしかないだろう」

「あのラッチルって彼女、早速クメトスたちと意気投合してたわよ」

「真面目そうだから、気が合うんだろ」

「クメトスやオルエンは軽く手合わせしてたみたいだけど、腕前はどうかしらね。見た限りクメトスに引けを取らないように思えたけど」

「そりゃ強そうだ」


 正直、まだ戦ってるところは見たことなかったので実力の程は俺の眼力ではわからなかったけど、多分相当なものなんだろう。


「純粋に槍の技量で言えば、私よりクメトスのほうが上でしょう」

「そうなのか?」

「ええ、まあ、私は魔法も得意だし、何より金と権力があるから、単騎でどうこうするってことがまずないと思うけど」

「そういうもんか」

「ラッチルもかなり使いそうよね、魔界の赤備えといえば、相当な……」


 とそこまで話したところで、今度はエンテルがアウリアーノ姫とやってきた。

 アウリアーノの部下は、近場で野営しているらしい。

 彼女自身は二、三の腹心だけを供にしてここに泊まっている。

 お姫様っぽい堅苦しさは微塵もない。


「あら、お取り込み中だったかしら」

「いいえ、今からよ」


 と答えるエディに、ではその前に少々お借りしますね、と笑って返すと、エンテルは何やら紙束を取り出して話し始めた。


「この近くに古い遺跡がありまして、いわゆる古代遺跡ではなく、数百年前のものでした」

「ふむ」

「ピューパー達がそれを発見したんですが、どうも岩窟の魔女のつくった研究所のようなものだったみたいですね」

「ほう、六大魔女の一人というアレか」

「目が八つある仮面のシンボルが残ってまして、それが件の魔女のものとして知られるものなのですが」

「ほほう、それで、そいつを調べようっていうのか?」

「いえ、調査はあらかた終わっていまして」

「なんだ、そうなのか」

「その過程で色々と興味深いものが」

「ほう」

「たとえば、奥で見つかったこの印章は、エディアンの王家のものだと考えられます」

「エディアン?」

「エデトの民ともいいますが、要するにプールの実家ですよ」

「プールの?」

「女神の呪いで三百年前に石にされるまでは、魔王エデトの娘として暮らしていたわけですが、その家系のことです」

「ああ、そういや、あいつの生い立ちはそんなんだったっけ。じゃあなにか、このへんはあいつの故郷だったのか?」

「正確な場所はわかりませんが、この一帯がそうだったというのは確かですね。そもそも、地上に住んでいたフェルパテットの村の人々も、このあたりから地上に逃れたのでしょうし」

「ああ、まあそうなのかもなあ」

「身内のことですから、もう少し詳しく調べたいと思ってはいたのですが、エツレヤアンの頃から手は尽くしていたものの、なんといっても魔界のことですから、なかなか手詰まりで」

「だろうな」

「ところが、アウリアーノ姫の話によりますと、姫の祖先は、エデトの民として、魔王エデトの禄を食んでいたという記録があるそうです」

「へえ、そうなのか?」


 とアウリアーノに尋ねると、


「そのとおりです。我が国だけでなくラッチルの故国や、あるいは今の宗主国であるファビッタなどもまたエディアンだったのです」

「ほほう」

「その直系の子孫……、いえ魔王の娘本人であるプール姫がご存命であらば、今も我らの主筋でありますから、彼女を押し立てることでファビッタを退けて新たな王国を……」

「そういうのはヤメレ」

「まあ、もったいない。折角のチャンスですのに」

「おめえ、そんな事になれば戦争だろうが」

「そこは紳士パワーで説得すれば」

「そんな便利なパワーはない」

「それは残念ですこと」


 まったく、どこまで本気なのかわからんな。


「ま、このことはラッチルの実家のモンチーニ家には知られないようになさいませ。私と違って冗談では済まないかもしれませんよ」


 などと言って笑っている。

 しかし、プールの故郷か。

 身内が死に絶えた後の故郷に戻ったところで、どれほどの意味があるのだろう。

 俺も墓参り以外で祖母と暮らした田舎に戻ることはめったになかったもんな。

 でも故郷の水や風景に心安らぐということもあるのかもしれない。

 俺が安らぐのはおっぱいだけど。

 面倒な話は終わったっぽいし、安らぎを求めて、エディでも誘ってもう一度温泉につかるとするか。

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