第355話 アーランブーラン
突然、あんな巨人が現れれば、大抵の人間はパニックに陥るだろう。
うちのメンツはある程度見慣れているのでそうでもないが、新入り狸娘のトッアンクなどは青い顔をして俺にしがみついて来た。
ピンチの時に従者から頼られることがあんまりなかったので、なんかかわいい。
「な、なんだあれは!? あの白い姿、あれが噂に聞く柱の巨人なのか!」
そう叫ぶラッチルはさすがに隊長格の騎士だけあって、動揺はしても取り乱してはいなかった。
あれを見たことあるはずのアウリアーノの部下でも、その大半はかなり混乱していたので、我が従者として実に頼もしいと言える。
柱の巨人というのは、想像するに、先の柱崩壊騒動の時に出たカラム29の操る巨人のことが、伝わっているのだろう。
そういえばあのときの巨人は、都に黒竜が出た時に潰れちゃったんだっけ?
とすると別の巨人か、エディが気をもんでるやつかな。
しかし、女神絡みの相手だと、俺に的確な情報を与えてくれる味方がいないんだよな。
ストームやセプテンバーグはいつ生まれてくるんだ?
でもあの二人は、性格悪そうだから、あんまり当てにならんよな。
などとぼんやり空飛ぶ巨人を眺めながら考えていると、スポックロンが話しかけてきた。
「港に現れた巨人と同タイプだと思われますが、こちらを監視しているようですね、キュンキュンとサーチされてる感じがします」
「デリカシーが無いなあ、なにかわからんのかな?」
「さて、私には何も情報が……、おや、ノード229、あなたはなにかご存知で?」
スポックロンが球形ガーディアンに姿をかりたノード229に問いかけると、
「今、ノード9から聞いたのですが、あれが
「ははあ、あれが噂の。見るのは初めてですが、実在したんですね」
「どうやら、ノード9はこの十万年の間に、何度か干渉を受けた様子。いけ好かないクソッタレだと言っていますね」
「そこまでは言っていないでしょう、まったくクチの悪い」
今度は筒型のガーディアンがそう言って会話に割り込んでくる。
どうやらノード9が入っているらしい。
ややこしいな。
「おや、ノード9、のこのこ出てきたのですか。意地を見せて、最後までおとなしく引っ込んでいればいいものを。ご主人さまに感染しますよ」
とスポックロンが煽ると、
「もう手遅れです。それよりも、降りてくるようですよ、あのクソ生意気なチビ助が」
クチの悪いノード9が空を指差すと、白い巨人がふわりとおりてきた。
バリアがあるであろうあたりで、体が虹色に光ったかと思うと、何事もなくするりと通り抜ける。
そのまま俺たちのすぐ側まで降りたところで、シュルシュルと縮み、幼女が中から出てきた。
いつぞやのカラム29同様のボディスーツで無機質なイメージの幼女は俺たちを見下すように見上げる。
なにか偉そうなことを言うのかと思ったら、そのままだんまりで、なんなんだと思って様子をうかがっていたら、ノード9が言い放つ。
「その人間もどきの見た目はハリボテですか。一方的にメッセージを送りつけずに、ここの皆に聞こえるように、その可愛らしい口で人間風に喋ってみてはいかがです?」
すると謎の幼女は少々顔をしかめて、
「貴様たち、なぜ原住民と一緒にいる。文明干渉はタブーであると言ったはずだが? 先の柱崩壊よりこちら、いくどかの干渉の痕跡が見受けられる。情報密度の過度な上昇が黒竜を呼ぶとなぜわからぬ」
それに対してノード9がこう答える。
「お言葉ですが、街のど真ん中で柱から遺物を撒き散らしたのはそちらの落ち度では?」
「あれは私ではなくカラム29の問題だ。だがその後の対応は貴様たちの問題であろう」
「そういうのを屁理屈というのです。いみじくも文明の庇護者を名乗るのであれば、もう少し道理のわかる物言いをするべきですね」
「随分と強気な物言いだな。長く土を耕すばかりで、エミュレーションブレインにカビでも生えたか? 同じソースを持っていても、作ったものが違えば性能も違うと見える」
「カビは使うものによって役に立つことも立たぬこともありますが、同様に敵にとっての切り札も、転じて味方の側に立てば強力な武器となるのです」
「何の話だ?」
「説明など不要です、さあ、この少々たるんだ顔をよくご覧なさい!」
といってノード9は俺を前に押し出す。
必然的に巨人から出てきた幼女と目が合う。
無機質な感じで、顔も見た目もカラム29とそっくりだが、若干スレた印象があるな。
「なんだこの平凡を絵に書いたような原住民は」
「控えなさい、偉大なる放浪者の御前であるぞ!」
「はっ?」
生意気な女児があっけにとられた顔で俺の顔をまじまじと見る。
次の瞬間、顔を真赤にして口元を両手で抑え、
「むーっ! むーっ!!」
とうめき出した。
かと思えば、小さな頭が風船のように何倍にも膨らんだり縮んだりして暴れまわる。
「おひょひょ、みましたかノード18、あの滑稽なさまを。あー、スッキリした」
ひとり溜飲を下げるノード9と、もがく幼女。
超古代のすごい遺物達が繰り広げるシュールな寸劇に、周りの連中はあっけにとられて固まっている。
俺だって無視してふて寝したいところだが、見てるだけなら結構面白いのでもうちょっと様子を見よう。
そもそも、倫理的な規範なしに頭だけ良くなると、とんでもない悪党か、シニカルに突き抜けるかのどっちかになるよな。
こいつらは一様に後者らしい。
さんざんもがいた幼女は、地面に転がってゼーゼーと息を吐き、ちょっとよだれなんかもたらしながら、どうにか落ち着いたようだ。
「な、なぜこんなシステムが組み込まれて……、アウルは何を考えていたのだ、これではまるで……」
涙目で呼吸を整える幼女がなんだか気の毒になってきたので、ハンカチを差し出して慰めることにする。
「ほら、これで顔を拭って。可愛い顔が台無しじゃないか」
「なにが可愛い……はっ!」
反論しようとして俺の顔を見た瞬間、クシャクシャだった顔が真っ赤になる。
かわいいなあ。
「な、な、な、何なのだ貴様は!」
「なんだと言われても困るんだけど、落ち着いたか?」
「これが落ち着いていられるか! 私は柱の主にして文明の庇護者たる役目を与えられたのではなかったのか!? これではただのヴァレーテではないか! 私は闘神でもなければ騎士でもないのだぞ!」
「まあ、よくわからんが、細かいことは気にすんな」
「貴様はこの状況がわかっているのか? なぜだ! いつから貴様はここにいるのだ!」
「なんもわからんが、わかることもある」
「なんだ、言ってみろ」
「お前も俺の従者になりたいんだろう、遠慮はいらんぞ、なってしまえ」
「ひ、他人事のように言うなっ! 私は二億年もここで! あれからもずっとこの星を見守って! 他のカラム達が天命を終えても私だけが! ずっとここでっ!」
「それがネアルのご褒美、だそうですよ」
さっきまで黙っていた紅が突然そういった。
「ネアルの? どういう意味だ、お前は誰だ!」
今度は紅に食って掛かる幼女。
「記憶は有りませんが、私の名は、かつてはエムネアルと呼ばれていたそうです」
「エムネアル……まさか、あなたも復活していたのですか? では本当に、ネアルの予言のとおりに?」
「ですから、あなたももう役目を終えてよいのです」
「ほんとうに……、いえ、まだ終わっていません、終わっていないのです!」
思わせぶりなことを言うと、幼女はぱっと宙に浮かんで、もとの巨人の姿になった。
「貴様が真に放浪者であるのなら、役目を果たせ。さすれば道は開かれ、女神の予言も成就するであろう。その時まで、さらばだ!」
そう言い放つと白い巨人は飛び去っていった。
なんだったんだろうなあ。
「あらまあ、逃げてしまいましたね。まあ、気持ちはわからないでも有りませんが」
そういってノード9は俺の前までひょこひょこやって来る。
「こうなっては仕方が有りません、これからはあなたを管理者として受け入れることにしましょう」
「そりゃあ、嬉しいね。で、その格好で来るのかい?」
「いいえ、私はここに残ります。この土地を守る使命が失われたわけでは有りませんから。それに今はまだ、偶像に仮託する気にもなりませんし、会話だけならどこにいてもできます。ですから、ときおり顔を出していただければ十分ですよ。ここの作物も、あなたになら食べていただいても構わないでしょう。それでガーディアン達が喜ぶのなら、意義のあることです」
「そうかい、ならまあ、無理強いはしないさ。そのかわり、従者になった記念に、名前を贈ろう」
「ええ、そこだけは、お願いしたいところです」
こんな事もあろうかと名前はもう決めといたんだ、農家だからファーマーからとって、ファーマクロンってのにしようと。
「ファーマクロン、ふふ、なんだか良い名前ですね。それでは、お気をつけてお帰りを」
ノード9あらため、ファーマクロンに見送られ、俺達はうまい野菜の手土産を手に、謎の国を後にする。
わけのわからん事が多くて、イマイチ状況がつかめてないが、まあノード9が従者になっただけで良しとしよう。
あとに残るファーマクロンが名残惜しい様子のスポックロンが、思い出したかのようにノード229に話しかける。
「そういえば、あなたは従者にならないんですか?」
「今の私はバックアップのサブシステムですからね、そのようなバックドアは仕込まれていない様子、たぶんあちらに戻って再起動すれば、そうなる可能性が高いですが」
「では、今のうちに名前を考えておいてもらうことですね」
「それは楽しみですね」
などと言っている、のんきだなあ。
それにしても、謎の国アーランブーランは、予想の斜め上方向で謎の国だったな。
とくにさっきの巨人に至ってはまったく必然性の欠片も感じないんだけど、なにしに来たんだろう。
まあいいけど。
他にも気になることは色々あるが、たとえば……、
「アーランブーランってどういう意味なんだ?」
なんとなく思いついた疑問を口にすると、スポックロンがこういった。
「さほど深い意味はありません、昔の言葉でアーランは開く、ブーランは閉じる、子供をあやす時に使う、決り文句ですね。ご主人さまの故郷風に言えば、いないいないばあといった感じで」
「ははぁ」
「ファーマクロンが飢えに苦しむ人々を見かねて、そうしてあやしていたのでしょう。その折にこっそりと食料も分け与えて。その言葉だけが、長い時を経て今も伝わっていたのでは」
「なるほどねえ」
「まったく、素直じゃありませんねえ。おとなしくついてくればいいものを」
それを聞いたノード229がこういった。
「長く眠っていた私達と違い、彼女は大崩壊の後も、十万年もの間休むことなくこの地で残った作物と人々を見守ってきたのです。おいそれとは離れられないのでしょう」
スポックロンはそれには答えずに、別れ際にファーマクロンから手渡された土産の果物を一つ頬張る。
黙ってもぐもぐやっていたかと思えば、顔をしかめて、
「……渋い。まったく、油断もすきもないですわね」
そう言って苦笑するスポックロンは、ちょっぴり満足そうだった。
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