第354話 扉

 大型トレーラーのレッジロッジ号はキャンピングビークルというだけあってキャンプ設備がてんこ盛りだ。

 それを見る限り、十万年前でも包丁で切ったり火で煮炊きしてたらしい。

 自炊は贅沢行為の一種ではあったようだが、そこまで特殊なことではないとか。

 むしろキャンプ用というだけあって、自動調理設備のようなものはあえて外してあるようだ。

 まあ、調理もキャンプめしの醍醐味だ。

 せっかくうまそうな野菜がてんこ盛りなので、ひと手間かけてバーベキューといこう。


 俺がミラーと一緒に手ずから料理していると、アウリアーノやラッチルなど魔界の貴族連中は驚いていた。

 どうも魔界のほうが男性中心社会というか、性差による役割分担が明確というか、そういう傾向があるようだな。

 身分のある男が調理などはしないようだ。

 むろん俺に魔界の倫理観など通じないので、


「紳士ともなれば、人間社会の規範など超越して、好きなことを好きな時にやれるのだ」


 などと言ってごまかしておいた。

 わざわざ言い訳してごまかすだけ、社交性があるといえるだろう。


 手持ちの食材や作りおきの料理、そして本命である当地の新鮮な野菜をふんだんに使って、たちまち山のようなごちそうができあがった。


「では諸君、古代文明の叡智と、我々の健康を祈って、かんぱーい」


 大胆に焼いて塩をふっただけの野菜などを頬張ると、実に新鮮でうまい。

 うまい料理と酒で会話も弾む。

 新従者といちゃつきたいところだが、ここはゲストを優先して、アウリアーノと席を並べる。


「どうです、我が国の酒は」


 アウリアーノが用意した酒で酌をしてくれる。


「いいねえ、魔界の酒は芳醇でありながらも繊細で、実に体に染み渡る」

「そうでしょう、地上からくる商人などはことあるごとに魔界は粗野だの野卑だのと言うものですが、この酒などは自信を持っておすすめできますわ、ぜひともしっかりと地上で売り込みたいと考えておりますの」

「こりゃあ売れるね、これだけの味だ、安売りせずにガッポリとマージンも乗せてボロ儲けしよう」

「良いですわね、民も潤いますわ」


 と上機嫌だ。

 一方、何かと思いつめた様子を見せていたフューエルは、ここに来て開き直ったのが、ガブガブと飲んでいた。


「それにしてもあなた、これはどういう作戦なんです? よもや宴会で気を引いて中からおびき出そうなどというのでは」

「そのとおり、俺の故郷で古くから伝わる由緒正しい方法だ」

「また、そんな子どもじみたことを。もっとも、クロックロンたちはそういった遊びに乗ってきそうではありますが、あのノードというのはどうなのでしょうか。スポックロンもどこまで本気なのかわからないレベルで、いつもふざけていますし」

「さあねえ、俺にもさっぱりわからんよ。それよりも、このかぼちゃの煮付けが最高にうまい。しっとりととろける甘さが、こっちのきつい酒によくあう」

「ほんとう、これは実に良い味で。地上のものとは風味も違いますね」


 それを聞いたアウリアーノも一口食べて、


「我が国のかぼちゃともまた違いますね。古代の味でしょうか。ここの作物は、外でも育つのだとすれば栽培してみたいものですが」


 などと言うとスポックロンが、


「天井の下は概ね気候がコントロールされて穏やかですから、大抵の作物はうまく育つでしょう」


 と言って空を指差すと、いつの間にかどんよりと曇っていた。


「まあ、地上の空というものは、本当にああして大きく変化するものなのですね」


 そう驚くアウリアーノに、


「移ろいゆく空模様は、人の目を楽しませるものですが、その予測できない変化は今の時代の農業では時に大きな災ともなるでしょう」

「地上ではよく川が氾濫すると聞きますね、魔界ではめったにありませんが」

「太古にこの星を作ったシステムはいまだ健在であり、よく管理されておりますので」

「そうなのですね」

「同様に、ここの作物も管理改良されていますから、安易に持ち出すと今の植生に影響を与える可能性も……」


 とウンチクを始める。

 アウリアーノはそちらに夢中になったので、俺は新人に酌をしてもらうべく場所を移動した。

 ラッチルはセスら侍組と円座を組んで豪気に飲んでいた。


「私も立派な主人と良き仲間を得た、人生何があるかわからぬものよ」


 そういってガブガブ飲んでいる。

 だいぶ酔っ払ってるな。

 そこにフルンがやってきて、


「ラッチル、相撲とろう、すもう!」


 などと言ってドッタンバッタン騒ぎ始めると、周りでクロックロンたちも踊りながら囃し立てる。

 祭りだなあ。


 今一人の新人狸娘のトッアンクは、みんなと一緒に手を叩いて喜びながら、新鮮な野菜のバーベキューをもりもり食べていた。


「おう、どうだ、うまくやれそうか」


 と話しかけると、口に頬張ったものを慌てて飲み込んで、丸い耳を小刻みに動かしながらはにかむ。

 かわいい。


 相撲を終えたフルンたちが、こんどは盆踊りみたいな変なダンスをクロックロンたちと踊りはじめた。

 トッアンクに酌をしてもらいながら、踊りを眺める。

 なんでも豊穣を祝う踊りらしい。

 ここのガーディアンたちが収穫の際に踊るのだとか。

 そんな様子を眺めながら、グビグビ飲んでもりもり食べる。

 いい塩梅だ。

 そういや、なんでここで宴会してたんだっけ。

 まあいいや、うまいし。


「しかしうめえな、ここの野菜は」


 というとトッアンクが我がことのように喜んで、こういった。


「これ、初めてこの土地に来た時に食べたニンジンの味です」

「ほう」

「一年ほど前、ずっと北の方から流れてきて、ちょうど村の近くで行き倒れてたんです。そしたら誰だかわからないけどニンジンをくれて、私夢中で生のまま食べたんです。それがすっごく美味しくて。そしたら、そこに通りかかった村の猟師さんが、施しを受けたんなら、村に入る資格があるっていって、それからお世話になってたんです」

「なるほど、じゃあここのガーディアンが助けてくれたのかな?」

「今思うと、そうだったのかなあ、って。村の言い伝えでは、一度助けてもらった者は恩を忘れずに、祈りを捧げに行けって。そうしたらまた助けてもらえるからって」

「へえ、それで昨日も一人で助けを求めに行ってたのか」

「はい、実際に助けてくれたのはご主人さまでしたけど」

「ま、ご利益なんてもんは、手を動かすのは誰だっていいのさ。しかしまあ、お前の恩人なら、お礼しとかないとなあ」

「じゃあ、一緒にお祈りを……あの変わった塔がこの国のお城なんですか?」


 とガラス張りのビルを指差す。

 いつの間にか日が傾いて、雲の切れ間が赤く染まっている。

 その周りではクロックロン達が輪をかいて踊っていた。

 楽しそうだ。


「うん、あそこにここのボスが居るからな」

「神様……なんでしょうか?」

「そうではないが、大昔からここをずっと守ってるヌシみたいなもんさ」

「じゃあ、あそこでお祈りすればいいのかな」


 二人でビルの前に立ち、手を合わせる。


「アーラン・ブーランって三度お祈りして、手を叩くんです」

「ほほう、じゃあ、アーラン・ブーラン、アーラン……」


 モゴモゴと祈りを捧げ、手を合わせて祈る。

 祈ること数分。

 突然、ビルの扉が開き、中から人が出てきた。

 出てきたのは四人の人形師だ。

 四人共状況が飲み込めていないという顔をしているが、そのうちの一人、ベレーズ工房のマネージャーであり自身も人形であるリックルが俺に気がついた。


「サワクロさん! どうしてここに!?」

「もちろん、君たちを迎えに来たのさ、みんな大丈夫かい?」

「は、はい、ですがどうしてここが」

「ははは、俺ぐらいになれば、何でもお見通しでね。それよりも無事で良かった」


 その時、背後からスィーダの叫び声が聞こえる。


「クローレ! クローレ生きてた! 心配してた、しんぱい、うわーんっ!」


 泣きながら飛びつくスィーダ。

 やっぱり心配してたんだなあ、もうちょっと気を使ってやるべきだったな。


「おや、根負けして開放したようですね」


 そういって歩み寄るスポックロン。


「ノード229、無事ですか?」


 一緒に出てきた球形のガーディアンに話しかける。


「ハロー、お久しぶりですね、ノード18。ずいぶんと色っぽい姿になったようで」

「良いものでしょう。それから、私のことはスポックロンとお呼びください」

「これは失礼、ではスポックロン、おかげで余計な揉め事を起こさずにすみました。あの子達はどうしても人形用のデュプリケータを持ち帰ると言い張るもので」

「それでノード9はなんと?」

「嬉しそうなガーディアンに免じて開放してやるからさっさと出ていけ、と」

「なるほど、往生際の悪いことで」

「あなたこそ、ここで宴会なんて悪趣味な」

「わが主人の発案です。名案と言わざるを得ませんね」

「そちらが例の放浪者……ですか。まさか実在したとは」


 と俺に向き直るノード229入りのガーディアン。


「今、ノード18から情報を取得しました。どうやら私のシンタックスがご迷惑をかけたようで。私は厳密にはノード229のバックアップであり、本体に復帰するまではノード229ではないのですが、お詫びいたします」


 ガーディアンが流暢にしゃべると違和感があるが、それはさておき、色々聞きたいこともある。


「軌道エレベータを使いたいと思っていてね。協力してもらえるだろうか」

「状況は把握しておりますが、船で上がれぬのなら、エレベータもバリアで阻害されている可能性はあります。いずれにせよ本体に戻って確認する必要がありますね」

「やってもらえるかい」

「戻らぬ気でおりましたが、ここで得た情報もあります。ノード7の動向も気になりますので、やらざるを得ないでしょう」

「よくわからんが、頼むよ」

「それにしても、十万年越しにあれが帰ってくるとは……」


 とノード229は夕焼けに染まる空を見上げる。

 つられて見上げると、さっきまで曇っていた空はずいぶんと晴れ、空の彼方にアップルスターがみえる。

 こっからだと見えるんだなー、などとぼんやり考えていたら、雲のむこうからこちらに向かってくるものがある。

 最近良く見る、真っ白い巨人だ。

 そいつが一体飛んできたかと思うと、上空を旋回しはじめたのだった。

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