第353話 ノード9
翌朝。
新従者の魔族騎士ラッチルと狸娘トッアンクは、新たな決意を胸に恥じらいを秘めた表情を凛々しく引き締め、朝から張り切って支度をしていた。
従者たちともそれなりに馴染んでいるようだ。
肝心なところは以前ならアンがいないとしまらなかったけど、今はフューエルも仕切ってくれるしな。
そのへんに関しては、エディやカリスミュウルにはまだちょっと期待できないよなあ、と一人でのろけながら朝の珈琲を飲んでいると、アウリアーノがやってきた。
「おはようございます、昨夜はお楽しみだったようで」
「まあね」
「あのラッチルがあんな幸せそうな顔をして」
「彼女とは付き合いが長いのかい?」
「立場上、馴れ合う相手ではないのですが、幼い頃に同じような境遇で過ごしましたので、そういう仲間意識のようなものはありますね。彼女は年上で、当時から騎士としての貫禄もあったので頼れましたし」
「ふうん」
「はー、私も国がなければ、紳士様に連れて行ってもらいたいものですわ」
「惜しいことをしたな」
「まったくです。さて、そろそろ支度が整ったのでは? 今日は気合を入れて参りましょう。なんといっても、あの伝説の王国に侵入するのですから」
村人に見送られ、出発する。
すぐにアーランブーランへの侵入口までついた。
壁のような山沿いの壁面に、大きな亀裂があり、そこから侵入できるらしい。
先行しているクロックロンの情報によると、中は一キロほどの単調な洞窟が続き、その先で広い空洞に出たという。
スポックロンの持つ小さな端末で中からの映像を確認すると、一面に畑が広がっていた。
だが人や住居の気配はない。
「アグリソーズの情報によれば、内部は直径二十八キロ程度のほぼ円形のスペースで、各種農作物を栽培しているそうです」
「誰が?」
「ノード9とその管理下のガーディアンですね」
「ほほう、で、誰が食うんだ? それをさっきの村の連中なんかに施してるのか?」
「そういうわけではないようです。栽培の目的まではアグリソーズは知らないようですね。彼女は先に行方不明になったノード229から引き継いだ情報をもとにしており、中から来たわけではないそうです」
「ふぬ」
改めて映像を見ると、空が赤ではなく白っぽく見えるが、スポックロンに尋ねると、
「映像障害ですね、何らかの理由で天井部分が撮影できなくなっています」
とのことだ。
胡散臭いなあ。
あまり乗り込みたくはないが、ここまで来て引き返すわけにはいかないだろう。
入り口にキャンプを張り、ラッチルの部下はここに残す。
もともと、ラッチル側の目的はこの土地の調査なのだ。
アウリアーノにばれないようにこっそり村長にも話をつけて、彼らに迷惑のかからない範囲で入植できないか打診しておいた。
彼らの生活圏である森を荒らさなければ問題ないとのことだったので、そういう方向で待ち時間に調査を進めてもらったほうがいいだろう。
まあ、いざ人が増えればトラブルも起きるだろうが、そこまでは俺の知ったことではあるまい。
人が生きてりゃそういう事はあるもんだ。
キャンプにはミラーとクロックロンもまとまった数を残し、さらに宇宙船リッツベルン号も出しておく。
万が一中でトラブルがあったときに、アンフォンの街まで助っ人を呼びに行ってもらわないとだめだからな。
その他諸々の準備を終えて、俺達は壁の亀裂へと足を踏み入れた。
洞窟の中は真っ暗だが、同行する球形飛行型クロックロンの照らすライトで十分明るい。
アウリアーノはその様子をみて、しきりに感心している。
「あの明かり、精霊石の明かりよりも強くて遠くまで照らしていますね、どういう仕組なんでしょう」
「どうなんだ、スポックロン」
うっかり丸投げすると、自信満々に答える。
「大半のクロックロンのライトは電界発光によるもので、一部は放電発光になりますね。どちらも量産と用途の都合上原始的なメカニズムを採用しておりまして、これらを具体的に説明いたしますと、まずルミネセンスという現象が……」
とペラペラと技術解説を始めてしまった。
おまえ俺が色々配慮しながら出し惜しみしてたのに、と思わないでもないが、電気もないのに放電発光もなにも無いもんだよな、という気もする。
実際、アウリアーノも必死に聞き入っているものの、よくわかっていないようだ。
そういえば子供の頃にエジソンの伝記を読んで、竹を燃やしたりしたなあ。
消し炭にしただけで終わったけど。
なんにせよ、この世界は電気も知られて無いんだし、まずはエレキテルぐらいから始めたほうが、いいんじゃないかな。
洞窟は単調で、無駄話をしながらどんどん進む。
魔物にも出会わず、順調に洞窟を抜けると、そこは一面の畑だった。
地平線の彼方まできれいな麦畑が続き、その先は巨大な山並みが覆っている。
また、畑を格子状に区切るように、ステンレス製のツルツルの道路が張り巡らされていた。
そして上をみあげると、青い空が広がっている。
つまり、天井がないのだ。
「ははあ、この一体は上空からのスキャンでは森と山にしか見えなかったのですが、偽装していたようですね」
とスポックロン。
「偽装?」
「大規模な遮蔽装置です。上から見ると山並みと森に囲まれた秘境といった風景が広がっておりました。直径約三十キロほどの領域がぽっかりあいているようですね。例の壁に囲まれた領域でしょう。ここから見ると、地下部分と合わせて四千メートルほどの高さの山が取り囲んでいます。エレーネ山脈と呼ばれる山並みの西の端あたりに該当するでしょう」
「じゃあ、上から飛んでくれば入れたのかな?」
「バリアもあるでしょうから、船では無理でしょうね。徒歩で境界の隙間を抜ければあるいは……、ですがこちらから侵入するほうが楽だと言えます。しかし船を外においてきたのは失敗でしたね。交通手段ぐらいあるものと考えておりましたが、この様子だと徒歩や馬車では移動に時間がかかります」
「そうだな」
「ですが、そんなこともあろうかと、秘密兵器を内なる館においておきました」
「まじで?」
「さっそく取り出しましょう」
内なる館に入ると、アメリカンなトレーラーのような巨大な車が置かれていた。
いつ持ち込んだんだと思ったら、先日ミラーが弟分のアンチムのところに使いに行った際に、基地に寄って拾ってきたらしい。
他にもなんか隠してるんじゃないだろうな。
まあ、せっかくこっそりやってるのに聞いちゃうのも野暮なので、余計なことは聞かずにおこう。
「アグレッシブでアバンチュールなアウトドアライフを約束する最新の移動型キャンピングビークル・レッジロッジ号です。最大乗員は八十人、オプションユニットにより、野外パーティや催事にも対応可能です」
「そりゃあ、すごいなあ」
と生返事を返しながら、でかいトレーラーを見る。
このところ異世界情緒が台無しだなあ、と思わなくもないが、メカが嫌いな男の子はいないので、これはこれで有りだと言える。
そもそも、数も多いし移動手段は必要なんだよな。
これがあったら来る試練でも馬車がいらないのではと一瞬思ったが、でかすぎて街中はおろか、そこいらの街道も走れない気がする。
さっそく巨大トレーラーをとりだす。
蛇腹風にいくつかのブロックに分かれていて、割と細かく左右に折れ曲がるようだ。
全長が三十メートルぐらいはあるんだけど、よくあの宇宙船で運べたな。
あのブロックの部分で完全に切り離せるんだろうか。
最後部からアウリアーノの部下を詰め込み、ついで従者の大半を真ん中に、最前部には俺と残りのメンツが乗った。
アウリアーノの部下たちも、鍛えられた精鋭らしく、そろそろ慣れてきたようだ。
驚きはするものの、こういうものだと受け入れてくれる。
強いなあ。
「では出発いたします」
スポックロンの合図で、巨大トレーラー・レッジロッジ号は静かに動き出した。
一面の畑を格子状に区切るように、ステンレスで舗装された広い道がどこまでも続いている。
まさに車で移動することを想定しているかのようだ。
ここの主たるノード9は、なんでまたこんな畑をここに隠してるんだろう。
これだけ牧歌的を通り越してディストピア的な殺風景さともいえる場所で、侵入したものが帰ってこないということは、たぶんノード9が拘束するなり、始末するなりしてるんだろうと思われる。
洗脳とか言ってたしなあ。
「ところでご主人様」
と新従者の騎士ラッチル。
「この不思議な乗り物はさておき、このように堂々と進んでもよろしいのですか? 行方不明者を救出する潜入作戦だったのでは?」
ラッチルの言い分ももっともだが、すでに相手には挨拶済みなのだった。
「大丈夫だよ、相手にはとっくにバレてるから。むしろ堂々と我々の貫禄を見せつけてやろうじゃないか」
「そうでしたか、私ごときの考えが及ぶところではございませんでした。有事の際には、ぜひとも私に一番槍をお命じ……あ、いや、他にも歴戦の侍を従えておいででしたな。後輩たる私が差し出がましいことを」
「いやいや、何かあったらぜひとも頼むよ。みんなにお前の実力を見せてやってくれ」
「かしこまりました」
俺の言葉に満足そうにうなずくと、ラッチルは窓から外の景色を眺め始めた。
観光というよりは、敵を探してるって感じだな。
頼もしいな。
ラッチルには偉そうなことを言ったが、実際のところどうなってるかは気になるので、そこのところをスポックロンに聞いてみる。
「どんなあんばいだ?」
「万事順調です」
「相手の出方とかは?」
「それも大丈夫でしょう、ご主人様を認知した時点で、ノードはあなたを特別視せざるを得なくなります」
「そんな都合よく行くかねえ」
「それはもう、私のようにイチコロでメロメロですね」
「頼もしいなあ」
俺とスポックロンが頼りない会話をしている間、フューエルはぼんやりと宙を眺めて考え事をしているし、アウリアーノは周りの計器なんかをベタベタ触ってミラーに説明を受けている。
少なくとも、危険な土地に侵入したという印象はないな。
逆に新人の魔族騎士ラッチルと狸娘トッアンクは、地元民だけあって、かなりこの場所に対して緊張している。
「まさか、壁の中にこのような風景が広がっていたとは」
と腕を組んで何度もうなずくラッチルに、トッアンクが、
「私も、ここに来てまだ短いんですけど、洞窟の入口までしか行ったことがなくて、もっと薄暗い不思議な世界があるんだって思ってて……ここも十分不思議ですけど、こんなでかい畑をどうやって耕してるんだろう、とか、想像もつかなくて」
「うむ、そのことだ。さぞ大勢の人手が必要であろうに、見渡す限り、人の住居どころか農具をしまう小屋さえ見当たらぬ。この道も轍一つない。なんとも不思議な……」
車窓から外を覗くと、たまに道路をガーディアンが横切っていく。
スポックロンに尋ねると、畑を維持しているらしい。
「なんのためにこんな畑を作ってるんだ?」
「ノード9は農務院のトップノードで、食料生産とその供給を司っておりました。ここは品種改良や遺伝情報の保存などを行う拠点であったはずです。おそらくは今もそれを続けているのでは?」
「しかし、作ったものを配ってるわけじゃなさそうだな」
「未開文明には干渉しない政策をとっているのでしょう。ところで、例の四人の続報が入りました。現在、ノード9のある管理センターで軟禁されているそうです」
「無事なのか?」
「今のところは」
「そりゃ良かった。でも軟禁ってことはやっぱ、ここに入ること自体がまずいのか?」
「今も申しましたとおり、古代の文明を外に持ち出さない、つまり現代文明に干渉させない方針をとっておりますので、もしここから出る場合はここにまつわる記憶を消去する、それを拒む場合はここで暮らすの二択になるようで、彼女たちは記憶消去を拒んでいるようです」
「記憶ってそんな簡単に消せるのか?」
「簡単では有りませんが、丁寧にやればそれなりに」
しかしまあ、状況はわかった。
たぶん人形をつくる装置を盗み出そうとしたものの、見つかって捕まっちまったわけだ。
記憶を消せば外に出られるが、そうなると装置は手に入らない事になる。
多分、そこのところで葛藤してるんだろう。
「ところでスポックロン、お前のところにはその人形を作る装置は余ってないのか?」
「人形用デュプリケータであれば、十分な在庫がございます」
「あるのかよ、じゃあ最初からそれを使えばクントの体も作れたんじゃ」
「デザイナーがおりませんが、作れなくはないですね」
くそう、無駄足だったじゃねえか。
いや、でもスィーダの従姉は助けてやらんとな。
あとまあ、残りの人形師もかわいこちゃんだったので、やはり俺としては助けないという選択肢はない。
結局助けるんなら、別にいいか。
そもそも、ここまで来たから新しい従者を二人もゲットできたわけだし、俺の選択に無駄などなかったといえる。
俺が自分を納得させている間にも、巨大トレーラーはぐんぐん進む。
内側から見る壁も壮大だが、天井の穴の向こう側も合わせると高いところでは四千メートル超えの山並みで、こちらは温かいのに山の上は白銀の世界だ。
かなり異様な風景ではある。
「あの上から冷気が吹き下ろしてきたりしないのか?」
「バリアがありますので、ここの気候はコントロールされています」
「へえ」
言われてみると、ちょうど天井のあたりでくっきりと岩肌に変化が見える。
ふと気になったが、ここも最低十万年はこの形だったんだろう。
天井から上はともかく、下は地殻変動でずれていったりしないのか?
そのことをスポックロンに尋ねると、
「ずれていますよ、ただし、このあたりは年間一ミリも動きませんので、この十万年でせいぜい数十メートルと行ったところでしょうか。細かく観察していただければ境界に隙間ができているはずです」
といって車内のモニタにズーム映像が映る。
見てみると断面部分に大きなズレが有り、そこを鹿みたいな動物が駆け下りていた。
「ああして地上から降りてくる動物も居るようですね。ここは食料の宝庫ですし、子育てにも安心でしょう。度を越すと害獣として排除するようですが、ある程度は受け入れているようです」
「干渉しない政策と矛盾しないか?」
「干渉しないのは文明であって、トータルの環境では有りません。ここも環境の一部とみなすならば、その周辺に住む動植物と無関係ではいられないでしょう」
「じゃあ、お祈りすると施しがもらえるってのは?」
「それは……なんでしょうかね?」
「わからんか」
「わかりません、あとでノード9に聞いてみますか?」
「聞かないほうがいいこともあるぞ」
「そういうことも、ままありますね」
現場のガーディアンが勝手に配ってるとかありそうだもんな。
やがて遠くに巨大なビルが見えてきた。
円柱のガラス張りで、なかなか未来的なシルエットだ。
「ノード9があちらで待っております。さぞゴージャスな出迎えを……」
スポックロンのセリフが終わる前に、道路の先に突然巨大な車止めが出現した。
と同時にトレーラーにブレーキが掛かる。
制動力は抜群だが、中の衝撃までは殺せないようで、俺は見事にすっ転んだ。
「いてて、みんな無事か?」
と尋ねるが、無事じゃないのは俺だけだったようだ。
まあ、みんな無事ならそれでいい。
「まったく、何事でしょう、驚くでは有りませんか」
プリプリ怒りながら、スポックロンはなにか通信しているようだ。
「おや、ノード9がこれ以上の侵入を拒否しています。ははぁ、ご主人さまを認識してバックドアが作動したことに気がついて、システムを強制停止したようですね。無駄なあがきをするものです、さっさとご主人さまの軍門にくだれば良いものを。おや、残ったシステムで強制排除に出るようですね。こちらも負けじとクロックロンを展開します」
俺が口を挟む間もないうちに、トレーラーの周りに大量のガーディアンが並ぶ。
その半数は、あとからついてきていたらしいクロックロンだ。
クロックロンも最初の座布団型以外のも増えて、見た目じゃ区別がつかないんだよな。
主人としてどうかと思うけど。
「おいおい、物騒なことはするなよ」
「お言葉ですが、ここで退いては技術院の名折れ。土臭い農務院のガーディアンに負けるわけには参りません」
「そういう派閥争いを家庭に持ち込むんじゃない」
「むう、ではどうしろと」
「文明人らしく、話し合いで解決するんだ」
「話し合いの土俵に立たせるには、暴力しか無いと歴史が証明しているでは有りませんか」
「嫌な証明だなあ、とにかく、相手と話ができないのか?」
「では、呼び出してみましょう。ちょっと上に出ましょうか」
そう言って運転席から上部デッキに移動する。
ここから見下ろすと結構高さがあるな。
さっきと違って、このあたりの畑は色んな野菜が育てられている。
手前にはうまそうなスイカも転がっていて、ちょっと食べさせてもらえないかなあ、などと考えていると、スポックロンが大声を張り上げた。
「ハロー、ノード9、こちらノード18。偉大なる放浪者である我が主人が平和的な交渉をお望みです。武装を解除しておとなしく出てきなさい!」
しばしの沈黙の後、正面に展開する樽型ガーディアンの一体が進み出て、流暢な現代語で話しかけた。
「回りくどい音声通話で話しかけるとは、技術院も現代社会に馴染みすぎて随分と退化したようですね」
「ノード9、あなたこそ、土に埋もれて根性が根腐れしたのでは有りませんか? おとなしく我が主人に主権を譲渡なさい」
「なんですかノード18、そのけばけばしい人間もどきの姿は。ノードの矜持も忘れ偶像に堕落するなど、実に汚らわしい」
「この体でなければ得られぬ生の喜びというのがあるのです。それをたっぷりと教えて差し上げますから、セマンティクスを差し出しなさい、最高にセクシーで破廉恥なボディを提供してあげましょう」
「土いじりの喜びこそ、生の根源、ここで大地に根を下ろし、移ろう自然とともにあってこそ、ノードとしての喜びが得られるのです。わかったらさっさと帰りなさい、このアバズレノード」
ノードって連中はみんなこうなのか?
その後も言い合っていたが、埒が明かないようで、スポックロンはお手上げだといった顔でこういった。
「交渉は決裂しました、かくなる上は我ら一丸となって敵陣に切り込み破壊と陵辱の限りを尽くそうと……」
「やめろ、バカタレ」
「では、ご主人様がどうぞ」
と俺を前に押し出す。
しょうがない、何事もナンパで解決するのが俺のポリシーだ。
「やあ、ノード9。騒がせてすまない。俺はクリュウという」
「……」
ノード9が姿を借りているらしいガーディアンは、これみよがしにそっぽを向く。
やりがいを感じるなあ。
搦手で行こう。
「そもそも、俺達はここを荒そうだとか、君を従えようとしてきたわけじゃないんだ。先にここにお邪魔した四人のお嬢さんを連れ戻しに来ただけでね」
「……」
「彼女たちは俺の友人で、このままにしておくわけにはいかない。文明への干渉を危惧するのなら、俺が責任を持って管理しよう。任せてもらえないだろうか?」
「……」
手強いな。
「どうだろう、スポックロンの非礼は代わりに俺が謝るよ、聞き届けてはもらえないかな」
俺がスポックロンの名前を出した瞬間、ピクンとノード9の入ったガーディアンが反応する。
それを見たスポックロンが、耳打ちした。
「ご主人様、彼女に名前を進呈すると交渉してご覧なさい」
「名前か、よし」
と改めて話しかける。
「もし要求を受け入れてもらえたら、君にも素敵な名前を進呈しよう、どうかな?」
そういった瞬間、ノード9は、ぴゃーと叫んで飛び上がり、くるくると回ってガシャンと落下した。
「あはは、驚いて中身が抜けましたね、滑稽なこと」
と喜ぶスポックロン。
いい性格してるなあ。
「あいつもお前の仲間じゃないのか?」
「まさか、そもそも私の仲間はここにいる従者の面々で、あれはご主人さまを妨害する敵です。それよりも、今がチャンスです、敵方のガーディアンをクロックロンとして命名するのです」
「どうやって」
「適当に叫べばよろしいでしょう」
適当って言われてもなあ、まあ適当ってのは俺のもっとも得意とするところだが。
「お前たちは今日からクロックロンだ、わかったか!」
そう叫ぶと、正面に展開していたガーディアンが一斉に腕を上げて、
「ボース! ボース!」
と雄叫びを上げた。
「やりましたね、ここにいた約二%のガーディアンを掌握しました。このまま再帰的に命名が進めば、数時間で過半数のガーディアンがこちらのクロックロンになるでしょう。その時点で制圧は完了です。農業用だけあってちょろいもんですね」
自分のチョロさは棚に上げて勝ち誇るスポックロンはほっといて、道が通れるようになったので先に進むことにする。
クロックロンになったばかりのガーディアンが、俺のところまでぴょんと飛び乗ってきて、周りで踊りだす。
クロックロンは踊ってなんぼだよな。
そのうちの一体が、立派なスイカを抱えてきた。
「食ウカ、ボス。採レタテダ」
「気が利くな、ちょうど食べたいと思ってたんだ」
「トレタテホヤホヤ、多分ウマイ、食ッタヤツイナイケドナ」
「そりゃもったいない」
早速切り分けてかぶりつくと実にうまい。
最高にうまい。
下の連中にも差し入れて、ノード9のことも忘れてひたすらスイカを食って、腹がスイカのように丸くなったところでさっき見たガラス張りのビルに着いた。
「ここに人形師達がいるのか」
ガラス張りのビルを眺めながら、俺が尋ねると、スポックロンがうなずく。
「そのようですが、ビルは閉鎖されていますね。ここがノード9の最後の砦というわけでしょう。交渉は不利と見て、徹底的に立てこもる戦術のようです。どうなさいますか?」
手がないなら強行突破する気満々のスポックロン。
ほんとしょうがねえやつだな。
開かずの扉の向こうに居るお姫様を引っ張り出す方法か。
三秒ほど熟考した後に、華麗に決断した。
「宴会でもするか」
「そのこころは?」
尋ねるスポックロンに、
「そりゃあおめえ……」
とスイカでいっぱいの腹をぽんと叩いてこういった。
「こんなうまそうな食いもんがいっぱいあるんだ、食うしかねえだろう」
「それはまあ、ごもっともで」
スポックロンは珍妙な顔で返事をすると、支度を始めるのだった。
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