第352話 狸娘
ひとまず新従者であるラッチルとその部下を連れて、みんなが待機している空き地まで戻る。
事情を察したフューエルがやってきて、新しい従者を出迎えてくれた。
どうやら酒は抜けたようで、紳士の奥様としての威厳はたっぷりある。
「突然のことで驚いたでしょう、この人に仕えると、常人の想像を遥かに超えた出来事の連続で大変ですが、どうか支えてやってくださいね」
「これはもったいないお言葉を。この槍にかけて、誠心誠意、尽くす所存です」
などとやっている。
ついで順番に今いるメンツを紹介してたんだが、斥候に出ているエレンたちはともかく、さっきまでいたはずのネールがいない。
尋ねると、なにやらエレンが怪我人を発見したのですぐに飛んできて治療のできるネールが呼ばれたそうだ。
方向音痴だった気がするけど大丈夫かなと思ったら、飛行型クロックロンが先導しているらしい。
イカスなあ。
それにしても、今度は怪我人か。
いつになったら謎の国に侵入できるんだろうな。
中身はノードが管理する遺跡と聞いて、あの人形師たちもなんとなく大丈夫だろうという気になってるんだけど、そうじゃない可能性もないわけじゃないし。
スィーダに余計な心配をさせないために、あまりあれこれと言わないようにしてるんだけど、なかなかに厄介な問題だよな。
先送りしてたツケがまわってきたか。
そんなことを考え出すとますます気になってきたのでスポックロンに聞いてみる。
「どうだ、なにか新しい情報は入手できたか?」
「そうですね、現在、先行するクロックロンが侵入口と思しき洞窟を進んでおります。まもなく中の様子がわかるでしょう」
「ふむ」
「それ以外ですと、件の四人組はやはり捕まっているようですね」
「消息がわかったのか?」
「ノード9に挨拶を入れたら、返答がありました」
「挨拶したのかよ、こっそり入るんじゃなかったのか」
「施設の中は対人センサーがみっしり張り巡らされているので、こっそり入れるわけがございません。こちらにやましいところはありませんし、むしろ偉大なるご主人さまを盛大に歓迎していただきましょう」
「しょうがねえな、それで、無事なのか?」
「無事といえば、無事ですね。遠からず洗脳されて記憶を封じた上で、釈放される見込みのようです」
「記憶って……」
「ひとまず、こちらが出向くまでは保留するように伝えてありますから、ご安心を」
スィーダにも一言無事らしいと教えてやると喜んでいた。
やはり心配していたのだろう。
従者をゲットして浮かれている場合じゃなかったな。
まあ無事だったんならいいか。
俺がひさしぶりに不甲斐なさを発揮してる間に、ほがらかにみんなと挨拶を交わしたラッチルは、最後に巨人のレグに声をかけていた。
「貴公、人にしては随分と大柄だが、もしや巨人族か?」
「そ、そうです」
大きな体を小さくすぼめて、照れながら答えるレグ。
「そうか、地上の巨人は案外小柄なのだな、魔界の巨人は最低でも五メートルを下らぬが」
「わ、私は特に小柄で、でも、四、五メートルが普通なので、たぶんちょっと小さいかも」
「なるほどな、しかし得物の方は立派ではないか、それを使うのか?」
「はい、これしか取り柄がないので」
「うむ、私もそうだ、共に手を携えて、頑張りたいものだ、よろしく頼む」
とまあ、いい感じにやっていた。
自己紹介も終わったところで、本格的な契約に移行したいが、状況が状況なので、エレンたちのもとに出発する。
森の獣道を三十分ほど進むらしい。
獣道と言っても、クロックロンを先にやって、少し道を整備したので歩きやすい。
クロックロンの物量を活かすのがうまくなってきた気がするな。
道中、ラッチルと親睦を深めるべく、会話を楽しむ。
「では、その行方不明の娘を助けるために、自ら危険な探索に?」
「まあね、困ってる女性はほっとけ無い性分でね」
「地上の殿方は、女性の扱いが親切だと聞いた事がありますが、真実なのですね」
「どうかな、程度の問題だろう」
「魔界の男どもは、どうにも粗雑で」
「地上にだって、そういうのはごまんと居るが、ところでお前の率いていた部下はどうするんだ、訓練だったんだろう。一通り目処がつくまでは、自分の仕事をこなしてくれて構わんが」
「いえ、私はお目付け役のようなもので、隊長は別におりますし、それにその……」
「秘密の任務でもあるのかい?」
「はぁ、任務と言うほどではないのですが、我が国ではこの地に入植する計画がありまして、なるべく現地民とトラブルにならぬ場所の、下見のようなものを。このことはアウリアーノ姫にはご内密に」
「うん。しかし、現地民との交流はあるのか?」
「それがまったく。このあたりに近頃山賊が出るとの噂があったので、そやつらを退治して縄張りをいただこうか、などと」
雑な作戦だなあ。
それでも、誰のものでもない土地ってのは地上にも魔界にも結構あって、そういうところを切り開いて農地にするってのはどこでもやっているらしい。
日本にいた頃には想像もつかないけど。
それに地上と違って、魔界はまだ覇権争いみたいなのが盛んだと聞くが、巻き込まれないようにしないとな。
暫く進むと、壁の裾野にたどり着く。
「やあ、遅かったね。そっちも取り込み中だったって?」
出迎えたエレンに冷やかされながら、話を聞く。
「入り口はこの奥なんだけどね、今クロックロンが何体か先行してるよ。で、僕たちは戻ろうと思ったら、争う音が聞こえてね、でまあ、ご覧の有様さ」
森の木々の間に、白くのっぺりした魔物らしきものの死骸が転がっており、その上でクロックロンが勝鬨をあげていた。
それはいいんだけど、倒した魔物の方は、ちょっと良くないな。
どうみてもいつぞやの女神の柱から出てきた、魔物っぽいなにかだ。
「あの時と同じやつだと思うか?」
「そうだねえ、あの柱の生き残りか、別の場所からでてきたのか。どっちにしろあの時同様、なかなか手強くて、僕一人じゃちょっとね。クロックロンが足止めしてコルスが首を落としたんだけど、あと二、三匹いたら大変だったね」
「ふむ、クロックロンを増員しとくか。それはスポックロンと相談するとして、怪我人はどうだ?」
「旦那好みの若い娘だよ。魔族じゃなくて獣人だね、狸っぽい耳と尻尾のグリ族だと思うなあ」
ほう、狸娘か。
と治療中のところを覗いてみる。
フルンと同じぐらいの背格好で、綺麗なブラウンの髪が波打ちながら腰まで伸びて、ふさふさのしっぽと一体化している。
耳はエットと同じで丸っこい感じかな。
腕に深い傷を負っていたが、すでに魔法で傷はふさがっていた。
じっと治療を受けていた娘のそばにエレンが近づくと、俺を指差して話しかけた。
「こっちが僕たちの主人で、クリュウって言うんだ。さっきの話を、もう一度してくれるかな」
すると娘は黙ってうなずき、俺の目をじっと見てからこういった。
「近頃、見たことのない魔物が、森に現れます。狩りで怪我をしたものもいて、山の神にお願いしようとここまできたところで襲われて……」
「一人できたのかい?」
「……はい」
答えにくそうにしているので、そこはあまり聞かないでおこう。
「あなた様は神に等しい偉大な紳士様だとお聞きしました、どうか、村をお救いください」
そういって深々と頭を下げる。
ゲームのイベントみたいな依頼だが、かわいこちゃんに頼まれて、俺が断るわけはないのだった。
そこのところをわきまえた従者たちはさておき、今入ったばかりの新人ラッチルは、驚いたようだ。
「よろしいのですか、重要な目的があったのでは」
「困ってる女の子の頼みより大事なことは存在しないというのが俺のポリシーでね」
人形師四人組が気にならないわけじゃないんだけど、一応無事らしいことはわかったし、目の前のかわいこちゃんをなおざりにすることはないだろう。
「それに……」
「それに?」
「さっきの魔物、十中八九、噂の山賊の正体だろう。そいつを倒して地元民に恩を売っておけば、お前の国の農民が近場を耕すにしても協力的になるんじゃないか?」
「な、なるほど、そこまで考えておられたとは。私は良い主人をもちました」
などと言って、感動する。
俺のいきあたりばったりな発言にいちいち感動してくれるのも、最初だけだよな。
そもそも、よそ者が入植してくれば揉めるに決まってると思うんだけど。
改めて狸娘に話しかける。
「動けるようなら、早速出発しよう。傷は大丈夫かい?」
「はい、おかげさまで。願いをお聞き届けくださって、ありがとうございます」
「困った時は助け合うのが今の流行りなのさ」
などと適当なことを言って彼女の頭をぽんとなでてやると、ピカっと光った。
またか!
今日は絶好調だな。
というか、まだまだ俺もいけるじゃん!
「え、あの、これ、なに?」
混乱する狸娘に、優しく声をかける。
「いきなりで驚いただろう、なに、ちょっと相性が良さそうってだけのことさ」
「申し訳有りません、それって、どういうことですか?」
「君が望むなら、従者になってくれると嬉しいが、そうでないなら、ひとまずその光を抑えよう」
「じゅ、従者だなんてとんでもない。私は卑しい獣の身です。しかも、紳士様にお仕えするなんて……」
「獣人の従者なら、もう何人か居るんだけどね」
と言って、後ろにいたフルンたちの方を指差す。
「ほ、ほんとうに……、でも、やっぱり……」
混乱した気持ちを振り切るように頭を二三度振ってから、狸娘は俺を見てこう話す。
「も、申し訳有りません。私にはやっぱり……、それよりも村をお願いします。こうしている間にもまた……」
「そうか、まあ村が先決だな」
というわけで、狸娘の光る体の方は、フューエルに頼んで抑えてもらった。
「あなた、今日は絶好調ではありませんか、最近ナンパに失敗し続けて自信を失っているようでしたが」
「そんなことはないだろう……あるかな?」
「さあ、それよりも急ぎますよ。あの娘にいいところを見せて良い返事がもらえるように頑張らねばならないのでしょう」
内助の功って感じあるよなあ。
光の収まった自分の体を見ながら、未だ混乱収まらぬ様子の狸娘に話しかける。
「さて、少しは落ち着いたかな」
「は、はい」
「そうだ、まだ名前を聞いてなかったな、教えてもらえるかい」
「申し訳ありません、私、トッアンクといいます」
トッの部分は破擦音っぽくて耳に馴染みにくいな。
「トッアンクかあ、地上人からすると、異国情緒にあふれていい響きだなあ」
「異国じょーちょ?」
「遠い国の馴染みのない音の響きに、普段味わったことのない良さを感じてるってことさ」
「そうでしたか、申し訳ありません、も、ものを知らないもので」
よく謝る子だな。
苦労したんだろうか。
ひとまず、言葉の意味はよくわからなくても褒めたことは伝わったようだ。
照れて顔を赤くしている。
かわいいなあ、いいところを見せて、ゲットして帰りたい。
うちに来れば、苦労とは無縁の自堕落極まりない生活が出来るってもんだし。
かわいい狸娘トッアンクの案内でたどり着いたのは、大きな丸太の杭で二重に覆われた、頑強な集落だった。
上空からは森に隠れてよく見えなかったし、ここに来るまでの噂から、蛇娘フェルパテットの隠れ里ぐらいの貧相な集落を想像していたが、魔物が生息する森で暮らすんだから、これぐらいはするよな。
そういや、モアノアの村もこんな感じだったな。
俺たちが近づくと、入り口の上に設けられた見張り台から威嚇する声が飛ぶ。
狸娘のトッアンクが事情を説明すると、中から武装した村人と、村長が出てきた。
話を聞いた村長の爺さんは、半信半疑の様子だ。
偉大な紳士様と言って俺を紹介したのが、余計にマイナスポイントになってる気もする。
俺も見かけは頼りないからな。
そもそも、よその軍隊がいきなり押し寄せれば警戒するよな。
熱烈歓迎とはいかないようだ。
「あんた、地上のもんじゃろう。わしらを助ける言われもないとおもうが……」
助けてほしいが、あとで面倒なことになっても困るというところなのかなあ。
見たところ、守りは堅牢だし、武器を構える村人もそれなりに強そうだ。
ギアント程度ならどうということはないが、あの白い魔物には手を焼くということだろう。
こういう場合、言葉を連ねて説得するのもいいが、いきなり奥の手を出すのも悪くない。
「村長さん、あなたのご心配もわかりますが、わたしはその娘の真摯な頼みに胸を打たれたまで。私にとって乙女の願いにまさる褒美はありません。そして引き受けたからには必ずやみなさんをお助けしましょう。この紳士の輝きにかけて」
そう言ってスパーンと指輪を外すと、ピカーッっと体が光る。
それを見た村人や、同行していたラッチルやアウリアーノの部下たちもみな平身低頭して俺を拝んだ。
最近、俺の体もありがたくなりすぎて、初見だと御威光が有りすぎる気がする。
「おお、なんとまばゆき光、まごうことなき神の御使いに相違ない。あなた様こそ、まことの紳士様じゃ」
自分で言うのも何だけど、便利だよなあ。
便利すぎて怖いので、なるべく使わないようにしないと。
感動して思わず膝を折っていたラッチルも涙ぐみながら、
「驚きました。どこか人とは違うカリスマのようなものを感じてはいましたが、実のところ、従者ゆえの贔屓目ではないかとも、思わぬでもなかったのです。よもやこれほどまでに人知を超えたお力をお持ちだったとは、このようにありがたい力は感じたことが有りません」
「実際は単に光るだけなんだけどな、それよりも、魔物退治だ。奴らは以前アンフォンの街でまみえたが、古代の魔法で作られた謎の魔物だ、手強いぞ」
村長はじめ、たちまち協力的になった村人と状況を相談する。
例の魔物を実際に見かけたのは、ここ二、三週間ほどのことで、腕に覚えのある村の狩人たちでも歯が立たなかったそうだ。
そのため、いつものように狩りをすることができず、困っていたとか。
村を襲ってくることはまだないが、それも時間の問題で、新入りの流れ者である狸娘のトッアンクに、山の神の元まで助けを求めにいかせたというのだ。
そういうのは生贄というのでは、と思わなくもないが、倫理観の押しつけはしないことにしてるので、とりあえずスルーだ。
兵士たちには、戦闘経験のあるセス達から具体的な情報を伝えてもらう。
その間に、スポックロンと相談して森を捜索することにした。
「こういう場合は人海戦術に限りますね。クロックロン五百体、間諜虫一万匹を投入しましょう」
間諜虫ってのは昨日みたカナブンみたいなスパイロボだが、そんなにいるのか。
内なる館からクロックロンと大きな虫箱を引っ張り出して、森に解き放つ。
それを見たラッチルはまた驚く。
「いまのは一体どのような術なのです!? それにこれほどの数のガーディアンをどこから……ガーディアン一体の強さを考えれば、一国の軍隊にも匹敵する兵力ではありませんか!」
驚いてくれてもいいんだけど、あんまり頻繁だと疲れるな。
でもよく考えたら、俺もいつの間にかだいぶやばい感じにパワーアップされてるよな。
パンツ一丁で貧乏長屋の女の子の家に転がり込んでヒモをやってた頃からすると、格段の進歩だ。
ヒモなのは相変わらずだけど。
そもそも、中身もただのおっぱい好きのおっさんなのに。
ほんと、だれかさんみたいな権力者から利用されないように気をつけないと。
そのアウリアーノの方をみると、連れてきた兵士にあれこれ命令していた。
兵士たちの準備が整うと、さっそく索敵にでたクロックロンから連絡が入る。
白い魔物は二つのグループに分かれていて、数はそれぞれ三体と四体。
部隊は両国の騎士にうちの精鋭をわけて二グループとする。
クロックロンで包囲し、部隊で押し包んで確実に倒すという作戦だ。
込み入った森の中なので逃さないための作戦らしい。
それをラッチルや、アウリアーノの部下ジナータが主導する。
新入りにはなるべく手柄を立てさせてあげないとな。
作戦は順調に進み、日暮れまでにはすべて掃討できた。
索敵、情報伝達、鍛えられた部隊みたいなもんが揃っていれば、戦ってのはそうそう負けないよな。
「働きにくい森の中でこの戦果、素晴らしいですわね、さすがは紳士様」
と満足そうなアウリアーノ。
こちらの被害は、森に一斉に人が入ったせいで混乱した普通の魔物が村の外で指揮を執る俺たちに向かって突進してきたので、慌てて転んで擦りむいた俺の膝小僧ぐらいだ。
事が済んで、感謝する村長以下、村の住民たちに、手厚いもてなしを受ける。
改めて村を見ると、外界の噂と違い、ちゃんとした村だ。
狩猟中心だが、鍛冶師のような職人もいるし、小さな教会もある。
同行していたサリスベーラが地上の巫女だと知ると、ぜひにと懇願されて、長い時間皆に説教していた。
ハーエルと違って最初からエリートコースだったサリスベーラは案外説教もうまい。
こういう時に坊主は強いよな。
ひとしきり歓待を受けて、夜も更けた。
村の中に全員が泊まるスペースはないので、その日は近場に野営することにする。
が、その前に、改めて狸娘にアタックだ。
「申し訳有りません、この度は、本当にありがとうございました。おかげで村も救われました」
何度も頭を下げる狸ちゃんに、イケメンっぽくやさしく話しかける。
ちなみにこのスタイルは従者になってからだとだいたい笑われるので、今しか効果がない。
「うん、大事になる前に片付いてよかった。ところで、我々は明日の朝には出発するんだけど、もう一度だけ、尋ねてもいいかな。俺と一緒に来るかい?」
「あ、あの……」
「君は、家族はいないのか?」
「はい、もっと北の方から部族で移動してたんですけど、身内が死んで、仲間ともはぐれて、今はここで」
相性の合う子って、俺と同じで身内のいないのが多いよな。
そういうところも、相性に影響してるんじゃないかと漠然と思ったりもするんだけど、偶然かもしれない。
「あの、あなた様は立派なお方だと思いますけど、あんなありがたい光を見たあとじゃ、とても私なんて……お声をかけていただくだけでも、申し訳なくて」
「そう卑下するものじゃない、体が光ったということは相性が良いということだ。それは君にとって俺が理想的な主人と言うだけじゃない、俺にとっても君が理想の従者になりうるってことなんだよ」
「ほ、ほんとうですか?」
「もちろん、よそは知らないけど、少なくとも家の従者に関しては、みんなそうさ」
トッアンクは、俺の後ろでまだ飯を食べているフルン達を見て、ついでまだ浮かれている村人の方をみる。
俺を選べば代わりに村を捨てることになるだろう。
あまり待遇が良かったようにも見えないけど、流れ者の小娘、しかも獣人の娘を受け入れてくれただけでも、ありがたいことなのかもしれない。
急に決めるのは難しいだろうけど、人間、決断を先延ばしにすると保守的な方に流れてしまうもんだ。
もうひと押しいこう。
「トッアンク」
「は、はい」
「俺を見て、ドキドキするかい?」
「し……します」
「俺もそうさ、君を離したくないと思ってる」
「あなた様も?」
「そうさ、でも一度従者になってしまえば、君の人生はずっと俺とともにあることになる。だから無理強いはできないが……俺とくるのは、不安かい?」
「不安はあります。でも、それは……あなた様を失望させるんじゃないかって不安で」
すると、今までおやつのりんごを食べながら聞き耳を立てていたエットが口を挟む。
「わかる、ご主人様、すっごく偉大に見えるから、あたしも不安だった。でも、ご主人様、結構頼りないところもあって、酔っ払っておへそ出して寝てたりすると、布団かけてあげたり出来る、あたしでも役に立てることあったから、大丈夫だった」
「そ、そうなの?」
「うん、あと、えーと、従者になってから、ずっと幸せなままだった。それすごい。あたしも失敗はするけど、後悔とか無い、だから大丈夫」
エットの下手くそだが心のこもった勧誘に、とうとう狸娘の心が決まったようだ。
「お、おねがいします、私を、連れて行ってください」
あとは血を飲ませて、契約完了だ。
浮かれていた村長たちは突然の話に驚くが、村に住み着いて日の浅いトッアンクが出ていくことに、特に反対するものもおらず、すぐに話しはまとまった。
働き手をもらっていく変わりにと、食料を渡す。
人手が貴重な社会ほど、こういうトレードは重要っぽいんだよな。
物で人を買うみたいでどうか、などといった現代人じみた感傷は、こちらの世界ではまだ早いといえる。
俺がトッアンクを口説いている間に、キャンプの設営は完了していた。
やることはもちろん、新従者の魔族騎士ラッチルと狸娘トッアンクとの濃密で神聖な契約の儀式だ。
というわけで、堪能した。
熟れすぎるほどに鍛え抜かれたラッチルの体と、ふわふわの毛並みでむっちりしたトッアンクの体は、どちらも最高にグッドでナイスだった。
魔界っていいなあ。
前来たときも言ってた気がするけど。
息も絶え絶えにぐったり横たわっている二人をおいて、キャンプの焚き火に腰を下ろす。
そこではフューエルがデュースと酒盛りしていた。
「あら、あなた。もういいんですか?」
「まあね」
「これから得体のしれない国に侵入するというのに、随分と余裕ですこと」
「俺の仕事は従者を増やすことだろう」
「そういうことにしておきましょう」
フューエルはエームシャーラのことで話したいこともあるだろうけど、自分から切り出してはこなかった。
ならば、こちらから話を振る必要はないだろう。
地上に戻る頃には、たぶん落ち着いてるだろうし。
「明日も早いのですから、そろそろ休みますか」
言われてみると、俺も随分と疲れていたようだ。
用意された床に潜り込むと、あっという間に眠りに落ちていた。
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