第349話 探索再開
突然の衝撃発言で気を失いかけたフューエルは、気付けのウイスキーを三杯あおり、どうにか平静を取り戻したようだ。
「も、申し訳ありません、アウリアーノ様、お見苦しいところを」
「こちらこそ、驚かせてしまったようで。それほど大切なご友人でしたのね」
「大切と言うか、まあ、そうなのですが、つい先日も会ったばかりなのにおくびにも出さず……」
「まだ、決まったわけではありませんし」
「しかし……、いえ、おめでたいお話ですのに、私としたことが」
「お気になさらず。それにしても紳士様、奥様に兄のことは話しておりませんでしたのね」
といわれて肩をすくめる。
「俺だって、時と場合によっては口が堅いさ」
「これは失礼いたしました」
「しかし、どうするんだい?」
「実に悩みどころですわね。そもそもエームシャーラ姫は、兄の正体をご存知だったでしょうか。打ち明けたわけではありませんが、あの頃の私の術は、まだ未熟でしたし」
「どうだろう……それで、あちらは受けるつもりなのかな?」
「まだこちらからも返事を返しておりませんし、ただ彼女のお国や間に立つファビッタ国の意向もありますし……」
「そんなもんかい。君の方はどうなんだ?」
「我が国としては、あちらの人となりも存じておりますし、立場的にも申し分ない方ですから、断る理由はないのですが、なんとも……」
嫁いできたら人形でした、だと困りそうだよな。
とはいえ、本来お姫様の結婚なんて、政略結婚のほうが多そうだし、贅沢は言えないのかもしれない。
俺の周りのお姫様はみんな自由すぎるので、この世界はそういうもんなのかと思ってたけど、考えてみれば俺の義理の母にあたるフューエルの母なども実家の都合で嫁に来たみたいだし。
見てる限り夫婦仲はいいけど、うちみたいに夫婦仲良くデートしたりはしないっぽいし、そもそも庶民の暮らしとは縁がなさすぎて、俺が住んでるような場所には一切出てこない。
まあ、そういう関係もあるもんだ。
それよりも、今はエームシャーラのことだ。
「しかし、嫁いでこられても子を成せぬとあらば、後々面倒なことにもなりますからね。地上から婿や嫁を取る場合、異種族故に一代しか子がなせませんが、その代わり双方に都合のいい跡取りを残せるのが目当てというわけでして」
そこでフューエルが怪訝な顔で、
「あの、子を成せぬとは……」
「簡潔にお答えするならば、兄は、いえバッツ殿下なる黒衣の王は、実在しないということです」
「それはいったい!?」
「あれは私が魔法で操る、ただの人形なんですの、この国の国家機密ですから、何卒ご内密に。大恩ある紳士様の奥方様なればこそ、秘密を分かち合いたいと思い打ち明けるんですのよ」
このタイミングで、恩着せがましく秘密をばらしてくるアウリアーノの面の皮のあつさは実に好ましい。
これで事実上の王様じゃなければねえ。
「な、な、なんと、いえ、でも、そんなことが、先程確かに……あれが、人形!?」
またショックを受けたフューエルだが、今度はすぐに復活した。
まあ、ショックも慣れるしな。
「せっかくですから、地上にお戻りになった際に、姫のお気持ちを伺っておいてくださいまし、なんでしたら、このことを打ち明けていただいても構いません。今も同じ街に滞在なさっているのでしょう?」
「そうだな、まあ聞いとくよ」
驚きはしたが、まだ本決まりじゃなさそうだし、この件は地上に戻ってからでいいかな。
そもそも、口を出せる問題なのかわからないんだけど。
「そのためにも、まずは魔界に来た用件を済ませたいんだが」
「何でもお申し付けくださいませ、紳士様のためなら国を上げてご協力いたしますわ」
そこでやっと訪問の理由を説明し、協力を依頼する。
「では件の人物の捜索を再開したいと言うことですね」
「そうなんだ」
「実は先の柱騒ぎが落ち着いてから、手のものに行方を捜索させてはいたのです。その結果、やはり予想通り、魔界学士と呼ばれる賢者の元を訪れていたようなのですが、すでにそこには居ないようで、話を聞こうにも賢者は知らぬの一点張り。そもそも、彼女は人前にはめったに顔を出さぬ御仁で、私も幼い頃に一度お会いしただけで」
彼女か、美人かな?
「その魔界学士というのは?」
「古今の知恵を集めた大賢者で、我が国でも困難の際には知恵を授かりに、その庵を訪ねる習わしとなっているのです」
「そんな大人物なのかい」
「ええ、齢数百歳とも言われる、人知を超えた存在で、人形の術にも優れ、兄を始めとした当家の秘術もその賢者から授かったと祖先より伝わっております」
「そうなのか」
数百歳だと相当なおばあちゃん……いや、逆に百歳超えで長寿な連中は見た目が若いことが多い気もするし、見た目さえ若ければ俺はOKだなあ。
「当家にとっても大恩ある人物ですから、知らぬと言われては食い下がるわけにも行かず」
「それで、その後の足取りはつかめてないのか」
「はい、申し訳ありません」
「じゃあ、まずはその賢者の庵を尋ねてみようかな」
「では当然、私が案内を致さねばなりませんわね」
「そりゃあ、頼もしいねえ。しかしいいのかい?」
「あまり私が仕切りすぎては、臣下の力が養われぬというもの、ここらで一皮むけてもらわねば、国家の安泰は成り立ちませんわ」
いい気なもんだ。
捜索隊の出発は明日ということで、今日のところは以前エディが滞在していた屋敷に泊まる事になった。
今夜も宴会かと思ったら、姫様は明日からサボるために今夜は忙しいそうだ。
この世界の王様とか貴族って、なんか勤勉だよな。
という話をフューエルとしていたら、ミラーと一緒に給仕してくれていたスポックロンが、
「やはり官僚システムが十分に機能していないのでしょう。私の調査した限りでは、スパイツヤーデは突然国王が急死したとしても十分機能する程度には政治の仕組みが整っていますが、ここはいささか、王に、というより、かの姫君に権力が集中しすぎているようですね」
「さっき会っただけでわかるのか」
「この子達が事前にあちこちに分散して、情報を集めておりますので」
と手のひらをこちらに差し出すと、カナブン程度の小さな虫が乗っていた。
よく見ると、虫ではなく、なにかのロボットのようだ。
「スパイロボットか」
「
卑猥な響きだなあ。
「これもすべてご主人さまのため、どこに良からぬことを企む輩が居ないとも限りませんので」
「まあ、程々にな」
プライバシーってのは社会の要請と相応の技術が両立して初めて成り立つんだろうなあ。
「エレン、こんなもんで何でも情報が盗み出せたら、盗賊の仕事が減っちまうだろう」
冗談交じりにそう言うと、エレンはヒューッと口笛を吹いて、
「まったくだよ、こりゃ明日からはエクに弟子入りして、閨房術でも学ぶべきだね」
するとスポックロンが、
「そうは参りません。この子達はただ盗み見るだけ。盗賊の諜報術の真髄は、コミュニケーションにこそあるものですから、エレンには現場に立って積極的に情報を集めて頂く必要があります」
「なんだい、旦那よりよくわかってるじゃないか。そうまで言われちゃ、今夜も眠れないねえ」
などと言って、投げキッスひとつ残して、夜の街に出ていった。
せっかちだなあ。
とはいえ、俺も寝るにはまだ早い、せっかくなので夜の魔界散策といこう。
フューエルは先程のショックでやけ酒を決めているので連れ出すわけにも行かず、紅とコルスを伴って街にくり出した。
魔界とはいえ平和で活気のある街だけあって、アルサあたりと大差ない。
特に夜は暗く、あの独特の赤い光がないので、ますます違いがわからない。
大通りの出店に並ぶ料理が魔界風であるとか、その程度だ。
地上では見たことのない大きな芋のフライがいい匂いだったので、買い求めて頬張りながら練り歩く。
魔界の美女はスタイルがイイなあ。
こっちに色目を使ってる美女は、街娼の類いかな、胸焼けしそうな色気だ。
ナンパされる前に引き上げようかと思ったら、いきなり肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、なんと女実業家のレアリーだった。
「こんばんは、サワクロさん、こんなところで会うなんて奇遇ですわね、流石に驚いてしまいましたわ、おほほ」
「こちらこそ、あなたはまさか観光……ではないですよね、商売の種でもさがしに?」
「そんなところですわ、あなたも、思ったより行動力がございますのね」
「まあ、なんと言ってもダンジョン経由で潜れば半日程度の距離なのに、文化も物流もまったく異なる国が、しかもこんな大きな街まであるんですから、商売にしない手はないでしょう」
と適当なことをいって、商売に来たと思わせておこう。
「おっしゃる通り、近頃は魔界ブームのようなものがありますし、なにかめぼしいものでも仕入れようかと」
「私は魔界料理に興味がありましてね、魔界の米は炊いて食べると実にうまい、それに酒もいいですなあ」
「酒は私も良いものがあると思います。しかし米は食べたことがないですね。地上のものとは違うんですの?」
「実はこちらの米は、私の故郷の味に近くて、重宝してるんですよ」
「お生まれはどちらの?」
「東の方から」
「そうでしたか」
そう言ってうなずいてから、俺の連れにちらりと目をやる。
「しかしあなた、また別の従者を……、何人いらっしゃるんです?」
「いやまあ、自分で言うのもなんですが、どうもモテる性分なようで」
「おほほ、そういうことをサラリと言えるのは、才能ですわね。それに育ちもよろしいようす。ご両親をはやくに亡くされたとおっしゃっていましたが、ご実家は随分と立派なものだったのでしょうね、おほほ」
それには答えずに、視線を通りにそらすと、演劇ののぼりが見えた。
よく見ると、ボンドール喜劇団と書いてある。
アレって確か、別荘地で見た喜劇の劇団じゃなかったっけ。
次はアルサの街って言ってた気がするが、予定を変更してこっちに来たんだろうか。
「サワクロさん、あれが気になりますの?」
「ええ、以前ラスラの町で一度見たものでして」
「そういえば、初めてお会いしたときに、あの島でかかってましたわね。喜劇がお好きですの?」
「どちらかといえば、悲劇よりは喜劇のほうが自分向けな気はしますね」
「殿方は、そういう方が多いようですわね。時間があったら、ご一緒したいところですけど、今日は都合が悪うございますの、そろそろ御暇いたしますわ、ごきげんよう、おほほ」
と言って去っていった。
何だったんだろうな。
「いまのが例の、女実業家さんかい?」
そう言ってヒョイッと現れたのはエレンだ。
今日はいつものショートカットの盗賊風でもなければ、ロングヘアのドレス姿でもなく、ボサボサ髪の野暮ったい女剣士風の出で立ちだ。
「いい女だろう。こんなところで会うなんて、縁があると思わないか?」
「さてねえ、縁じゃなければ必然ってこともあるだろうけど……」
と思わせぶりなことをいう。
「なにか思うところがあるのか?」
「うーん、メイフルはちょっと怪しいって言ってたんだよね、僕が見た限りでは、まだなんとも」
「怪しいとは?」
「御同業じゃないかってことさ」
「え、マジで?」
「まだわからないんだけどね、そもそも、僕らみたいなホロアと違って人間の盗賊は仕事を明かさないのが多いからねえ。同じ色の仲間でも、顔を知らないってこともあるのさ」
「そうなのか」
「でもねえ、うーん、そうだなあ、まあ今のは聞かなかったことにしてよ」
「難しいことを言うなあ」
「ま、旦那はそろそろ帰りなよ、姫様のお膝元とはいえ、この街はアルサよりちょいと物騒だしね」
「お前はどうするんだ?」
「もうちょっとうろついてから戻るよ」
そう言ってエレンは雑踏へと消えていく。
エレンはまだわからないと言っていたが、わざわざ口にするぐらいだから、なにかしらの確信はあるのだろう。
思わぬ展開になってきたが、謎の多い美女も魅力的だと言える。
またの再会が楽しみになってきたなあ。
翌朝。
アウリアーノ姫は少人数で遠征隊を編成していた。
女神の柱崩壊という大災害を切り抜けたものの、いまだ近隣諸国に動揺が広がるなか、いかにしてこの困難を乗り切るべきか賢者にお伺いを立てる……というお題目で遊びに行くらしい。
少人数といっても立派な馬車三台に、精鋭の騎兵小隊が護衛につく。
ここいらの騎士は、二人乗りの戦車、すなわちチャリオットに乗って戦うので、それが七台あるから、結構なボリュームだ。
そういえば、なんでこのあたりじゃ戦車が主流なのかとエディに聞いたら、魔界の馬は小さいのが多いからと言っていた気がする。
馬が小さいとなんでそうなるのかはよくわからんが、改めて見ると、たしかにここの馬はでかい騎士が乗って暴れまわるにはちょっと頼りないサイズに見えた。
もしかして、地上の馬を輸出すればバカ売れなのでは?
いやでも兵器の輸出になるから、まずかったりするんだろうか。
そういや地球でも昔はいい馬を手に入れるために苦労してたみたいだもんなあ。
目的地まで、馬車で進めばどんなに急いでも片道三日、普通は四、五日ぐらいはかかるらしい。
かといって、この姫様を宇宙船に乗せるというのも、あとが怖いんだよな。
三秒ほど悩んだ結果、宇宙船に乗せていくことにした。
時間がもったいないというのもあるんだけど、アウリアーノ姫はああ見えて発明家だったのを思い出したからだ。
たぶん、こういうのに乗せれば喜ぶだろう。
俺は女の子を喜ばせるのが生きがいなんだよ。
「まあ! まあまあまあ! 空を飛ぶ船! そのようなものが実在したとは、ああ、なんて素晴らしいことでしょう、このような古代の叡智に直に触れる日が来ようとは……」
姫は感動しきっているが、同行する騎士達は、すごく動揺しているのが見て取れる。
まあ、そうだよなあ、いきなりこんなデカくて丸いものに押し込められたんだから。
どうせすぐにつくので、下の倉庫スペースに兵隊を詰めてもらい、姫を案内する。
案内役はスポックロンだが、彼女が自慢気にする説明を、いちいち感動しながら姫が聞くものだから、スポックロンはすっかりのぼせ上がってうっかり首を落としたりもしていた。
姫の方も、
「うちの兄とおそろいですわね」
などと言って笑っている。
楽しそうなら、俺としては何も言うことはない。
やがて宇宙船は賢者の庵があるという山の麓にたどり着く。
流石にこいつで横付けするのは失礼だろうということで、裾野の村から進むことにした。
訪問するときのそういう形式的なのもあるっぽいし。
賢者というからには礼節を尽くし、三顧の礼で迎えたいところだ。
別にナンパしに行くわけじゃないけど。
でも、かわい子ちゃんだといいなあ。
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