第348話 縁談

 翌朝。

 エディやカリスミュウル、それに一部の従者たちをあとに残し、デラーボン行きの一行は船に乗り込んだ。

 こちらのメンツは俺以外の名前を上げると、


 フューエル、デュース、ウクレ、オーレ、フルン、エット、スィーダ、シルビー、エレン、紅、コルス、セス、ネール、サリスベーラ、レグ、スポックロン


 となっている。

 魔界に同行したうちの半数でこの数なので、久しぶりの大規模探索って感じだな。

 まあ都でハッスルしたのもついこの間だけど。

 また、見ての通りシルビーも一緒だ。

 こちらの前衛組としてセスを中心に侍組に担当してもらう事になったのだが、フルンたちが冒険に出ると最近は当たり前のようにシルビーも付いてくる。

 仲がいいのはいいことだし、なによりフューエルみたいにこじらせなくてよかった。

 シルビーにはある程度まとまったお金を本人の納得行く形で用意してあげられたので、当面は大丈夫かなと思ってるんだけど、若いうちに必要なのは金だけじゃないからなあ、という気もする。

 まあ、あくまであしながおじさんポジションなので、干渉は程々にしよう。

 アンフォンの街に残るのは、カリスミュウルをリーダーとして、


 エディ、レーン、クメトス、エーメス、ハーエル、フェルパテット、撫子、ピューパー、メーナ、パマラ、エンテル、ペイルーン、アフリエール


 となっている。

 カリスミュウルがリーダーなのは、本人がその気だからだ。

 まあ、エディやレーンがいるし、情報収集だけなら、そうそう失敗することもないだろう。

 もちろん、ミラーは双方に大勢付いているし、クロックロンもいる。

 特に俺の方は人海戦術で行く可能性が高いので、クロックロンを数百体体勢で投入できるようにしてある。

 内なる館にはクロックロンが山積みなのだ。

 せっかく手に入れた仲間なんだから、こういうときぐらい頼らないとな。

 先日、あの女実業家のレクチャを受けて、色んな意味で啓発されたのだった。


 船は街を出発すると、天井近くまで上昇し、まっすぐに北東のデラーボンを目指す。

 円座の中央には以前は惑星ペレラールの立体映像が浮かんでいたが、今は近隣の魔界の地図と、それに覆いかぶさるように地上の地図が描かれている。

 それを指し示しながら、スポックロンが解説する。


「この近郊の地図は、事前偵察により作成済みです。もうすぐ錆の海と呼ばれる砂漠の上空を通過します」

「え、錆の海って砂漠なのか?」

「そうです、鉄バクテリアの一種が、地下に埋蔵された鉄を酸化し続けた結果、錆が広がる砂漠となったものと思われます」


 話を聞くうちに船は一面真っ赤な砂漠の上空に差し掛かる。

 海も赤いが、砂漠も赤いのか、とことん赤が好きな星だな。

 船は砂漠の縁を迂回する街道沿いに東へ進む。

 街道には通行人や馬車がしきりに行き交っており、物流の盛況さが見て取れる。


 以前とは別の女神の柱の側を抜け、アルサに通じる大きな山が見えてきた。

 南の方には別の柱も見える。

 こうしてみると結構あちこちに建ってるんだな。

 あの中にはセプテンバーグのような何かが眠っているのだろうか。

 そういや、セプテンバーグとストームの二人は、いつ生まれてくるのかな。

 いつも馬を見てくれている調教師のアスレーテによれば、そろそろって話なんだけど、このところ来る度にそろそろって言いながら彼女自身も首を傾げていたので、推して知るべしといったところだ。


 やがて船はデラーボンの都ラブーンについた。

 少し離れたところに船を下ろし、徒歩で街に入る。

 前に来た時は騎士団の護衛でまっすぐエディのいた屋敷に直行したのだが、今回は案内も居ないので、とりあえず宮殿に行ってみた。

 気のせいか、ちょっと警備の兵が多い気がするが、宮殿の前にも人だかりができており、何やらにぎやかだ。


「ちょっと様子を見てくるよ」


 と駆け出すエレンを見送って、フューエルと相談する。


「考えてみれば、一国の王様のところにアポもなしで遊びに来るのって、かなり非常識じゃないかな」

「あなたがそんなところで常識を持ち出すとは思いませんでしたよ、まあ適当なところに顔を出して面会の段取りを……」


 とキョロキョロしていたら、エレンが帰ってきた。


「おまたせ、なんでも今日はバッツ殿下自ら商人や旅人なんかの陳情を聞いてくださる日らしいよ」

「ほほう、つまりあそこで並んでれば、会えるわけか」

「そうなるね」

「じゃあ、並んでみようぜ」

「旦那も物好きだねえ」


 全員で並ぶわけにも行かないので、僅かなメンツで並んでみることにした。

 宮殿前の広場で上納金を収めて手続きをし、列に並ぶ。

 ちょうど人が減り始めたところで二時間程度の待ち時間らしい。

 周りの商人は魔族と地上人が半々ぐらい。

 獣人なんかは、地上にも魔界にも住んでるので見ただけではどちらの住人か分かりづらいな。

 なんにせよ、エレンが前に来たときよりも地上人が増えているという。


「アンフォンでもそうだったけど、かなりの数が降りてきてるよね」

「エブンツに限らず、地上の人間ってもっと魔族を怖がってたんじゃないのか?」

「そりゃあ魔界がおとぎ話の範疇だと思ってる庶民の話さ。魔界にまで足を伸ばすような商人や、騎士団みたいな連中はここがどういうところかよく知ってるからね。今回みたいなチャンスが有れば、みんな飛びつくってもんさ。もちろん、護衛はしっかりつけてるけどね」

「なるほどねえ、そういやここまで来る道中の街道も、結構馬車が通ってたな」


 さっき上空から見た様子を思い出す。


「だよねえ、あのお姫様もきっと肝いりで街道整備に勤しんでるだろうさ、前の遠征でも西の方の様子をかなり気にしてたし」

「だろうな」

「おっと列が動いた、ほら詰めて詰めて」


 やがて俺たちの順番が回ってきた。

 以前初めて謁見した部屋とは違い、宮殿の入口に近い大きな広間だ。

 周りには兵士が大勢並び、その先にはフルフェイスの真っ黒い甲冑に包まれたバッツ殿下がこちらを見下ろすように座っている。

 ここにアウリアーノ姫は居ないようだ。

 実は文字通りの操り人形に過ぎないバッツ殿下は、世間的には妹ということになっているアウリアーノ姫が魔法で操作している。

 たぶん今も、別の部屋から操っているのだろう。


「バッツ殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう、恐悦至極に存じます」


 かしこまって頭を下げると、殿下は身じろぎもせずに、しばし沈黙。

 やがて、重い声でこう言った。


「これはこれは、あいも変わらず我が友は神出鬼没と見える、ようこそ、我が国へ」


 すると隣であくびを噛み殺していた大臣が俺に気づいて動揺し始めた。


「さても再会の喜びを分かち合いたいところであるが、貴公の相手はアウリアーノに任せたほうが良いであろうな」


 とのことで、慌てて駆け寄った大臣に奥に連れて行かれた。

 そこにはスーツ姿の凛々しいアウリアーノ姫が待っていた。


「まったく、あなたという人は驚かせてくれますね」

「申し訳ない、ちょっとは印象的な再会をと思ってね」


 そう言って抱擁し、挨拶を交わす。

 次いでフューエルにも同じく挨拶し、席を勧める。


「改めまして、ようこそ我が国へ。さあ、皆様お揃いで一体どんなご用件でいらっしゃったのでしょう?」

「またちょっとお願いにね。しかし、あちらはいいのかい?」


 と殿下の謁見室を指差す。


「構いませんよ、どうせ聞き流してうなずくだけですし、その程度は勝手に動きますので。それにしても……」


 と案内してきた大臣をじろりと睨みつけ、


「外の兵士はともかく、殿下をお守りする近衛兵は、みな紳士様のお顔を存じ上げているというのに、あの場に立つまで誰一人気が付かぬとは……」

「まことに、面目次第もなく……」


 どうやら大臣は怒られているようだ。

 彼女もワンマンだからなあ。


「今言っても始まらぬこと、お前は少し席を外しなさい」


 と追い出してしまった。


「まったく……、このところ街が物騒なので警備の手も増やしたばかりだったのですが、この有様では……」

「君も苦労が絶えないね」

「ええ、そろそろ私も誰か心の底から頼れる殿方におすがりしたいものですわ……」


 などと行って体を擦り寄せてくる。

 相変わらずアプローチが派手だな。

 一方、フューエルの方は意に介さないようで、出されたお茶をすすっている。

 エディが来なかった理由がわかる気がした。


「そういえば、エンディミュウム様とご婚約なされたとか、いよいよもって、スパイツヤーデ国の覇権はあなた様のものですわね」

「ははは、あいにくと俺はそろそろ隠居の予定でね」

「まあ、もったいない。それをなし得るだけの力を持ちながらなさぬのは、私のような若輩ものからすれば実に口惜しい話ですのよ」

「君ほどの実力者なら、一人でもうまくやるさ」

「ところが、実は縁談がありますの、もっとも兄の方にですけど」


 そう言ってくすりと笑うと、聞き流していたはずのフューエルが、驚いて祝いの言葉を述べる。

 そういえば、バッツ殿下の正体はみんな知らないんだっけ。


「ありがとうございます、フューエル様。兄も喜びますわ。そうだ、縁談の相手は、フューエル様もよくご存知の相手ですのよ。私達兄妹とも旧知の、アームタームのエームシャーラ姫。なんでもフューエル様は幼馴染とか……あの、フューエル様?」


 アウリアーノの驚くべき発言に固まってしまったフューエルは、我を取り戻すまでに、それから随分と時間がかかってしまったのだった。

 まあ、俺も驚いたけど。

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