第347話 またまた魔界

「それでは皆様、準備はよろしいですか、出発いたしますよ」


 パイロット、と言っていいのかわからんが、操作するスポックロンのセリフとともに、宇宙船は音もなく浮かび上がる。

 コクピットの外壁には森の風景が映し出されている。

 先日同様、街から離れた森の中で乗り込んだわけだが、いずれはどこか近場で人目につかない発着場を用意すべきだろうな。


「へえ、これが宇宙船ってものなのね、これであっという間にどこにでも飛んでいけるなんてすごいわねえ」


 俺の隣ではエディがワイングラス片手にはしゃいでいる。

 観光気分でいい気なもんだ。

 その隣では、いまだに慣れない様子のカリスミュウルがソファの縁を掴んで景色を眺めていた。

 更にそのむこうでは、幼女四人組がキャッキャと走り回っている。

 最初は連れて行く気はなかったんだけど、せっかくなので魔界育ちのメーナの両親の墓参りをさせておこうということになったのだ。

 あとなにやら牛娘のピューパーが、魔界の空が見たいとかなんとか言っていたのもある。

 大して面白いもんでも無いと思うけどな、赤すぎて目がチカチカするし。


 幼女四人のお守りは、ミラーだけでなく、蛇娘のフェルパテットが担当してくれる。

 フェルパテットは下半身が蛇という外見故に、地上では気軽に街中に出すわけにはいかない。

 だが、以前みんなで魔界に迎えに来てくれたときに、外を出歩いてもちょっと物珍しがられるだけで済んでいたようなのだ。

 その時のことが嬉しかったのか、また魔界に行きたいと言っていたので今回同伴してもらうことになった。


 船はあっという間に高度を上げたかと思うと、山なりに空を飛んで例の大穴の真上に到達する。

 道が悪いこともあって馬車だと数日はかかるそうだが、この船だとあっという間だな。


「もう着いたの? ほんとにすごいわねえ」


 心底感心するエディの様子に、スポックロンは鼻高々と言った感じで胸をそらしているが、誰もそちらには気を止めていないようだ。

 なかなか人望がないな、こういうところは俺の従者にふさわしいといえるが、実際は多分、擬人化した古代遺跡の管理人的な人物というスポックロンの正体について、どのように解釈すればいいのかみんな戸惑っている段階だとも言える。

 まあ、要するになんだかよくわからない新人従者との距離感がつかめてないんだろう。


 一旦停止した船は、そこからゆっくりと穴に降下する。

 巨大な穴は妖精の作った螺旋形の通路が底までつながっている。

 不規則な支柱が無作為に立ち並ぶ様子は、まるで前衛的な芸術作品のようだ。

 途中、坂を行き来する商人らしき連中がこちらを見て指差しているのが見えた。

 遮蔽装置とやらで見えなくしていても、近くに来るとなにかあるぐらいはわかるっぽい。

 驚いて落ちなきゃいいけど。


 アンフォンの近くに船を下ろし、そこから徒歩で街に入る。

 復興も進んでいるようで、以前壊れていた橋も直っているのが上空から見て取れた。

 いつぞやの寺に行って、事前に名前を確認しておいた坊主のタッサンに協力を仰ぎ、しかるのちに半数は再び船でデラーボンに向かうのだ。

 久しぶりに訪れた街は、実に活況で、住民以外にも商人や人足、冒険者のような連中が溢れている。


「これは紳士様、ようこそお越しくださいました。どうです、街は随分と良くなったでしょう」


 俺たちを迎えてくれた坊主のタッサンは元気そうにそう話す。


「なるほど、ではその四人連れをお探しと言うわけですね。最近はこの街も出入りが激しいのでなんとも言えませんが、心当たりをあたってみましょう」


 と快くこちらの依頼を引き受けてくれた。

 その後、ゆっくり墓参りなどしてから、この街での拠点を探す。

 いつものようにキャンプでいいのでは、と思ったが、先のカリスミュウルの言葉通りここで人探しをするとなればコネが必要だ。

 コネの作り方にも色々あって、一番手っ取り早いのは有力者に媚びを売るというのがある。

 ここでは俺たちは街を救った偉大な紳士様御一行なので、逆に有力者に媚びを売らせることがもっとも効果的なコネの作り方だと言える。

 というわけで、早速領主のカンドスという初老の男の元を訪ねた。

 坊主のタッサンが先に使いを出しておいてくれたので、慌ただしくも盛大な出迎えを受けた。


「これはこれは紳士様、こうも早くにわが街にご再訪いただけるとは。お二人のおかげを持ちまして、この街の復興も……」


 長い話を聞き流し、手厚いもてなしを受ける。

 領主の爺さんは調子のいい自慢話を延々と続けるだけで、特に役立つ情報はなかったが、協力の約束を取り付けた。

 俺もそれなりに経験を積んだので、貴族のあしらい方みたいなのもうまくなったのかもしれない。

 領主から賓客向けの屋敷を借り受け、ひとまずそこに腰を落ち着ける。

 ここで一晩明かしたら、カリスミュウルやメーナ達を残し、デラーボンに向かうことになる。

 エディはてっきり俺とくるのかと思ったら、カリスミュウルと一緒にこちらに残るらしい。


「あの姫様苦手なのよ、よろしく言っといて」


 とのことだった。

 領主の爺さんや土地の有力者との会食を終えると、そのうちの一人、ちょっとシックな格好で、目つきの鋭い中年男が話しかけてきた。

 名はバンドーソン、香具師の元締めらしい。

 要するにヤクザの親分みたいなもんだが、街の復興に当たる人足や露天商なんかを一手に仕切っている。


「大恩ある紳士様のお力となるなら、何でもさせていただきますよ」


 などと前置きしてから、


「うちに出入りしている行商人の話で、そのような風体の地上人四人組を二月ほど前にラブーンでみた、というものはおりました。もしこちらの街に入っていれば私の耳に入っておりましょうが……」


 ラブーンってのはデラーボン自由領の都の一つで、アウリアーノ姫が収めているところだ。


「以前ラブーンで情報を集めた時は、錆の海を南回りでこちらに進んだらしい、という情報があったのです」

「となるとたしかにこの街を通っても良さそうなものですな。むろん素通りして南か西に抜けた可能性もありますが、もし北に向かったとなると、ちと厄介ですな」

「北?」

「ご存知でしょうか、ここより北、山と森を抜けた先にはアーランブーランという国があります。長く鎖国状態で高い山と天井に覆われた神秘の国であり、どのような国かも知られておらんのですが、近年その周辺を通るキャラバンが襲われたとか、不審な人影を見たとか、そのような噂がありましてな」


 また面倒な情報が出てきたぞ。


「アーランブーランの西にも深い森が広がっておりますし、その北側とはほとんど交流もございませんで、あまり気にもとめておらなんだのですが、もしお探しの者たちがそちらに行ったとすると、なにかトラブルに巻き込まれた可能性は、ありますな」


 なんだか厄介なことになってる可能性があるなあ。

 もちろん、あんまり長い間連絡がないので、そういうことも想定はしてたんだけど。

 会食が終わり、借りた屋敷でくつろいでいると、坊主のタッサンが顔を出した。

 せっかくなので、アーランブーランという国について尋ねてみる。


「そうですな、かの国は近隣に住む我々にとっても謎の国で、言い伝えによるとかの大戦よりもはるか昔、神代の時代から山々に封じられた神秘の土地であり、そこには神の子孫たる殿上人が住まうと言われておるのです」

「ほほう」

「ここからでは見えませんが、錆の海を西廻りで北上すればやがて目の前に巨大な山並みが見えてきます。天井までそびえる山脈はぐるりと国を取り囲み、中の様子は一切うかがい知ることができません。そもそも、アーランブーランという国の名も、正式なものかもわからぬのですよ、なんと言っても交流がございませんからな」

「それなのに国があることはわかるんですか?」

「山の裾野には、地下じげとも、とも呼ばれる山の民が住み着いておるのですが、彼らが山に向かって祈りを捧げると、時折恵みの品が山の奥から届くのだそうです。彼らはそれを殿上人からの贈り物といい、ありがたがっているのですが、その時の祈りの言葉が『アーランブーラン』なのです。ですから、国の名に関しても、本当のところはわからないのですよ」

「なるほど」

「時折、好奇心に駆られた冒険者などが乗り込んでいくようですが、帰ってきたものはおらぬようですな、いかな紳士様といえども、立ち寄らぬほうがよいかと」

「ははは、言われなくても私は臆病でしてね、魔界一の美女に頼まれても行きませんよ」


 などといいながら、そんな厄介な場所があるとなると、これ絶対行くはめになるやつだよなあ、と思いつつ、なるべく考えないことにしたのだった。

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